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安楽死の問題

体が徐々に動かなくなっていくALSの患者と知り合って頼まれて、それを請け負い、死なせた医師がいた事件を読んで、賛否両論あるという話を読んだ。

 これはなかなかに難しい話で、これがどうして「死にたいなら死なせればいい」とは言えないのはなぜか考えると、たとえばどの病気なら安楽死がOKで、どれならダメかの判断は誰がするのかということ。それから、進行の速度の判断、病状の軽重の判断は誰がするのかということがまずある。

 次に病気で安楽死が出来るのなら、怪我や、事故、または生まれつきで寝たきりです。という人をどうするか。病気はOKだけど、怪我はだめなのはどうしてだ、体が動かないし、苦痛もあるのになぜだめなんだ、と問われたらなかなか納得のいく答えが返せないと思う。

 そして、そこまで行ってしまえば、体は動くけれども精神的につらいから死にたい、という人は…?肉体的にならよくても、精神的にはなぜだめなのか、ここまで死を望んでいるのに。そういわれたら、それもねえ。

 そして、「家族に迷惑をかけたくないから死にたい」そういう意思表示をされたときに、それが「その人の心からの望み」であって、誰かに言わされたものではない証明は、誰がするのだろう。

 介護というのは大変なものだ。そんなに遠くない将来に死ぬだろうとは思うけど、ぐらいのお年寄りの介護でも精神的に病む人が出るぐらい大変だ。若い人の介護ならなおさら、特に老人と違って子どもや若者は受け皿がないことだって多い。吸引のような医療行為とされることを1時間に1回はしないと、みたいな話になってくると文字通り24時間戦えますか…という状態になってしまう人だっている。
 
 人間、疲れちゃったときには「もう嫌だ」ぐらいの弱音を吐く介護者は当然いるだろうし、そうなったときに「忖度」するのが美徳とされている日本文化において、「もう、死んじゃったほうが迷惑かけなくていいかなあ」とか思ってしまう人が多分、出そうな気がする。
 散り際、死に様が美しいのがいいなんていう時代劇みたいな価値観だって実際信じられていたことだってあった国だし、「俺はいいから、ほかの人を先に助けてくれ」と言って、実際助からなかった年かさの男性がいた、というような話が7月の豪雨のエピソードとして語られているのを新聞で読んだこともあるぐらいだ。ほかの人を押しのけてボートに乗るような人が「ひどい人」で「恥ずかしい話」でひそひそと「そういえばあの時も」と陰口をたたかれてしまうようなことだ、という文化において、介護される立場になったとき「迷惑をかけている」と悩む人が出るのは想像がつく。

 それに…。ネットでは「自分がもしそういう立場になったら、さっさと死ぬからいい」という人だっているけれど、これが意外とね…。本当に自分がそういう立場になったときにどんなことを思うのかは、実は元気な時には案外わからないものだと思う。そしてそうなる機会がなければ多分一生わからないことで終わってしまう。

 だからこそ、「今のところは部外者」である私たちはなるべく相手の気持ちに沿って考えるようにがんばらなくてはならないのだし、「死んだら、もうその人に関しての問題は全部終了」になってしまう都合上、「あとから取り返しがつく」から、「生きていく」方を選んできたのだと思う。

 死んだら、戻ってこられない。どんな心残りがあろうと。そして周りの人は悲しむし、その人の代わりはどこにもいないし、誰にも代わりが出来ない。

 「あ、だめだった」と思ったらまたすぐ戻ってこられるのなら、「やってみたらいい」のだけどねえ。そうはなってないんだよなあ。
 
 私がもし、事故にでもあって、体が動かなくなったら…多分、悲嘆にくれて、もう迷惑だろうしお金もかかるし、死なせてほしいと絶対思う。あとからどういう心境の変化があるかはともかく、最初はまずそう思うだろう。
 それを受け入れて、何かできることが自分にあるかどうか…ということを模索して、このままやっていけると思えるかどうか。
 そう考えると、時間と強さが必要だと思う。

 きっと怖いとおもうだろうし、やったことがない未知の領域だし、自分の体はどんどん動かなくなって、いつ死ぬかわからないとなったら、実際にまだ大丈夫かなあ、と思いながら心配しているよりは、さっさと死んでしまう方が絶対気分的に楽だと思うだろう。
 私にその強さがあるかどうか。情けないけど…多分ない気がする…。

 でもなー。それを言うなら死んだことだって一度もないんだもの、そっちも怖いといえば怖い。

 えー。ねえ、私どっちも選べなくない?
 安楽死に踏み込むのもきっと怖い。
 でも、いつ死ぬか、もうだめかと思いながら待つのもすごく気分的にきつそう。

 この場合、「安楽死はなし」のほうが、「もうしょーがないや、これは待つしかない、みんなそうなんだもの」と思って開き直れるかもしれないから、「安楽死なし」のほうがいいかなあ。

 そう考えると「安楽死を選べる」というのはこれはこれで方向性は違うけど強い人なのかもしれない。
選ぶにしろ選ばないにしろ、かなり根性のいる話になりそう。

 心が死を望んだ時。どうすればそれを和らげていけるのか。
 そういうことを考えるほうがいいのかもしれないな。二者択一みたいな考え方をしていると、実際その選択を見てしまったとき、思考停止に陥る気がする。

 安楽死はなしか、ありか…ではなくて。
 なぜ、安楽死をしたくなっちゃったのか、それは解決不可能なのか。そうなると突然選べる道が増える気がする。
 そういう選択肢を増やしていければ。老人介護や、障碍者への配慮のように30年前とは違う…というようになっていくのだろう。
 この事件の新聞記事が「参考資料」として20XX年以前はこういうことが刑事事件として起きて…なんて社会の資料集に書かれる日がくるんだろうな。

 ちょっと読んでみたい気がする。
 
 

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コメント

このニュースを見て、色々と思うことがあったけど、一番先に考えたのは、自分がこの女性の立場になったら、どうするかということで、逮捕された2人の医師には、共感できることは1つもなかったです。歪んだ正義感とも言えない、ただの屁理屈で、自分がやりたかったことを、違法と知りながらやっただけだと思う。

被害者の女性の気持ちを思うと、そういう選択肢しかなかったことが問題ですよね、本当に良かったと思っているのか、そこが気になります。
家族にも相談もできないって、切なすぎます。残された家族の気持ちもですけど。

レツゴーさんへ

そうなんですよね…ただ、そこに生きていてくれるだけでよかったかもしれない。でも、何もできない自分がつらくて…とかそういう話だったら、と思うと胸が痛みます。
 寝たきりになってもPCが使えたなら、ほかになに書出来たことはなかったのか、とかそういうことも。死ぬというのは手としては早かったのかもしれませんが、それだけで選ぶ選択肢というのも怖いと思いました。

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    まこ

    Author:まこ
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