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毎日更新!LuckyDuckyDiary

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アベノマスク、どうするのこれ

うちにはまだ届いてない、アベノマスク。お友達がラインでいうには、「来たのはいいけど、これ絶対使えないって」だと。
 虫とか、そういうのが入っていた話?確か聞いたね?とおもったらそうではなくて、「ちーーーっちゃいのよ、見たらわかるって」というので、非常事態宣言が解消になったことだし、と見に行ってきた。

 見て納得。これはあれだ、小学校の給食当番の時に使う「学童用」と書いて、ホームセンターのクレヨンとか色鉛筆とかの文房具と同じ売り場に置いてある学用品マスク、あれとそっくり。確かに小さい。

 そりゃ安倍首相がしてたらあんなに小さく見えるわけだよ…。あれは安倍首相の顔が特に大きいのかと思っていたけれど、そうじゃない。このサイズなら大人の男性がつけたら、小さすぎるだろう。
 マスク売り場に「女性、こども用」と書いた箱と、何も書いていない一般向けがあることを考えてもわかる。1サイズだけだとちょっと、無理があるんだよね。でも、なぜ大きい方に合わせなかったんだろうね?

 それも、このサイズで新品。
 …ってことはさ?洗うと絶対、もうひとまわり縮むよ? 
別にそれはアベノマスクに限った話ではない。コットンのものはたいてい新品の時よりも洗うと縮む。1mで3センチぐらい縮んじゃうのもあるぐらいだ。ガーゼは特にその傾向が強い。
 ガーゼの肌着、ガーゼのタオル、ガーゼのハンカチ…ほかのガーゼ製品を洗ったことがあれば絶対忘れないぐらいの縮み方。
 ぴったりの大きさに作ったカバーが、洗濯したら縮んで入らなくなった、なんていう話も手芸初心者ならあるあるだ。
 つまり布製品は、布を一度洗ってアイロンかけてから作りましょうってこと。

 まあ…国会議員さんの…特に安倍首相みたいなお金持ちのお育ちの人は自分で洗濯なんかしたことがないだろうから、実感として縮むなんていうことも知らないのかもしれないね…。

 ガーゼはあらうと縮むだけでなく、しわもよるから、加工するときには洗わないことが多いみたいだから、これもそうなんだな、というのはわかるけど、それなら横幅あと3センチはほしい、縦も1センチから1センチ半は長くていいよね?
 横4センチ、縦2センチ長くても誰も文句は言わないと思う。洗って再利用が前提なのならなおさらそう。
 洗った後でアイロンかけて平らに伸ばすとしても、やっぱり小さすぎる。

 何百億も使って、国家権力が威信をかけてやる事業にあんまり文句をつけたくはないけれども、大の大人が何十人もいて、誰も「洗ったら縮むからもうちょっと大きめに」とか思わなかったのか?せめて試作品をかけてみて、「ちょっと小さくない?」と誰も思わなかった…わけないよなあ。だって、国会議員さんは安倍首相以外の人はもっと大きいマスクをしてたもの。
 せめて市販の不織布マスクの縦横の長さを測ってから作るわけにはいかなかったのか。

 国民はこれで適当に納得させとけ、と思ったなら馬鹿にしているし、全員が忖度して意見をしなかったというのも、ちょっと忖度しすぎだと思う。
 
 友達と意見が一致したのは「これは小学校低学年までのお子さんなら、役に立つので、そういうお子さんがある家にどうぞ、と持っていくのはアリ」だが、「大人にはつらいサイズだね」ということ。
 でも、私たちの周りにいる人はお子さんが中高生以上の人が多い。事前の策としてこういうゴム紐は最近品薄気味だし、これはガーゼ布としては普通のものなので、洗って(縮ませるだけ縮ませて)アイロンをかけ、材料として再利用するのが無難であろう、という結論に達した。

 内側にこのガーゼを利用、表側に普通のコットンの白いのを使って、夏向けにさわやか系のマスクを作ろうか、ということになった。
 ゴム紐もやわらかいマスク用だし、たぶんいい感じになると思う。

 ちなみに友達のお怒りポイントは「家族が4人なのに、届いたのが2枚」というところにもあった。
 足りないわね、うん。
 作れる人がいない、くれるお友達もいない、不織布マスクは品薄で買えない。そういうときのためのマスクだというのに、少なくとも全員分1枚ずつあって当然じゃないのかと。
 確かに。
 
 やっぱり、ハンカチをたたんで輪にした紐を通して、マスクのようにつけられるようにしたのがネットで話題になったのを見たことがあるけれども、あのハンカチたたみマスクのほうが全員にいきわたるのならマシかもしれない。
 
 友達が考えた「こうなってたらよかったのに」というアイディアはこう。
 布と、ゴム紐だけセットになって袋に入っていて、「おにぎり券」が2枚入っている。
 おにぎり券1枚につき、コンビニでおにぎりが1つもらえて、縫える人はおにぎり券を2枚使える。
 縫えない人は、おにぎり券をお友達に渡して縫ってもらうか、おにぎり券1枚と、布とゴム紐を役所にもっていくと、寄付された中から1枚、布マスクがもらえる。
 布マスクを寄付した人はおにぎり券がもう1枚もらえる。寄付をすると用紙に署名をすると追加の材料も配ってもらえる。
 
マスクがいらない人はおにぎり食べて終わり?でも、たぶんそんなのでもこのマスクよりはひどいことを言われなかったんじゃないかと。
 ミシンが使えたらおにぎり食べ放題だね!と言いながら「それはないでしょう」とは言えなかった。

パソコン復活

大体断捨離完成とともに、だめになっていたパソコンも修復。
 出勤の始まった夫が、仕事場に置いてあったディスクを使って、ウィンドウズ再インストールをしてくれたのだとか。
 結局OSを再インストールしたら何もなかったように動くようになったので、問題はハードのほうではなく、ソフトのほうにあったっぽい。

 家にある外付けのSSDにバックアップは取ってあるし、まっさらで何も入っていないPCでも全然気楽なものだ。

 大体、メールの設定だとか、ネットの設定だとかを自分で入れなおさなくてはいけなかった昔と違って、今はそういう設定だとかブックマークファイルだとかは、クラウドに保存されているから、グーグルにログインしたらあっという間に全部戻ってくる。
 楽々。ブラウザのテーマと、キーボードのキーの設定はこのブログに前に再インストールしたときに書いたエントリーを見ればオッケー!

 借りていたパソコンはちょっとパワーが足りないパソコンで、ちょっとつまづいたようになることが多かった。数日経ったら慣れたけど、今度は慣れたパソコンに帰ってきたらキーのストロークの速度と変換速度が違うので変換ミス多発。なんでも慣れるものなんだなあ。
 すぐこっちにも慣れなおすと思うから気にしないでどんど打つけど。
 
 itunesで買った音楽はスマホからPCに転送したし、写真はグーグルフォトに入っているし、ゲームはほとんどがダウンロード販売のもので、再ダウンロード出来るし、電子書籍は端末に入っていない分はパソコンではなく、アマゾンに取ってあるんだし…。
 PCがいきなりだめになっても、全ファイルロストの危険は格段に減っているなあ、と思う。

 息子が小さかったときの写真も、クラウドにある程度バックアップしてある。
 ないのは…うーん。CDの音楽が入っていないぐらいか。
 最近はSpotifyの音楽を聴くことが多いし、CDの出番は減っているから、しばらくはいいか。

 最近は「消えたら絶対困る」ファイルがなくなったなあ…。年のせいなのかとも思うけれど、やっぱりクラウドサービスのおかげか。
 
 パソコン歴30年超。
 クラウドコンピューティングの話を最初に聞いたのは何年前だったか…。
 学校で数万円の安い端末を配って、必要な時だけ、必要なソフトを呼び出して使えるというような話で、そんなのどんな近未来映画、と思ったものだったけれど、実現しているよね。
 当時のパソコンはやっすいのでも15万円ぐらいしたから、2、3万円の端末なんて、あり得ないと思っていた。
 
 再インストールがそれほど嫌でなくなったのは、この技術があるからだと思う。
 このパソコン使って2年半ぐらい。
 もう2年半ぐらいしたら、ディスクを乗せ換えて、そこからもう2年たったらたぶんどこかにガタがくるから、新しいのが欲しいな。
 お金貯めよう。

 

ジュリー!

 小さかった頃、「野口五郎さん」「西城秀樹さん」「沢田研二さん」の区別があんまりついていなかった。「郷ひろみさん」を覚えるのが早かったのは、たぶん近所のお友達に「ひろみちゃん」がいたからだと思う。

 親戚のお姉さんとか、母の友達の家のお姉さんが、「ゴロー」「ヒデキ」などとアイドル歌手のことを呼び、お部屋にポスターを貼り、テレビ番組を楽しみに見たり、雑誌を買ったりしているのはなんとなくわかっていた。
 もうちょっと大きくなって小学生になると、「ヒデキ、カンゲキ」=西城秀樹さんで、カレーのCMの人だ、ということとか、ギターを持って出てくるのは野口五郎さんが多いとか、なんとなくわかってくるようになった。
 そして、沢田研二さんは、日本人だけどなぜか「ジュリー」という名前で呼ばれていることも。沢田研二=ジュリー、だということがわかるのにちょっとかかった。
 当時、人のあだ名というものは、大体名前をもじってつけるものだと思っていた。
 たとえば「やまだけんじ」は「やまけん」と呼ばれていたし、「上田」という苗字なら「うえっち」であるとか、「金谷」だったら「かなやん」であるとか、「けんいち」だったら「けんちゃん」だし、「てつや」だったら「てっちゃん」。あつこちゃんは「あっちゃん」で、真紀子ちゃんは「マッキー」で…。まあ、そういうつけ方。
 そういうことでいえば「沢田」も「研二」も「ジュリー」に一文字も出ないものね。

 なんとなくカタカナの名前は外国人、というイメージがあって、最初はてっきり外国の人かと思っていたのだが、日本語ぺらぺらだし(当時外国人のタレントは、日本語が不自由な感じにしゃべるのが普通だった。わざとそうしている人もあったとか)、当時志村けんさんと「8時だよ!全員集合」に出ていた覚えがあるから、途中から日本人だということもわかった。

 ちなみになぜ「ジュリー」と呼ばれていたのかは、今も私にとって謎だ。

 なぜ、沢田研二さん=ジュリーのことを思い出したかというと、理由は、どうぶつの森のカード。
 このどうぶつさんは、名前が「ジュリー」。これを見たとき、ふと、


こういう感じの、沢田研二さんのことを思い出した。
 
 ファンの人には怒られそうだけれど、なんとなく…どことなーーーく。じーっと見ていると、そんな感じがしてくる。
 全然遠いんだけど…。この2枚の写真の間にはほとんど共通点がない。ないけど…。(片方は馬だしさ)なんのせいでこんなに似ているように思えるのか、全然わからない。
  でも誰かに言いたくて、これを書いたのでした。


クルーズおじさん

最近、買い物に行くと時々会うおじさん。

自転車で歩道をゆーーーっくり走っている。歩行者優先、安全第一…でゆっくりなのはわかっているし、小さい子供と歩いているときは特にこういう人がありがたいのも確か。でも、あんまり人通りがなくても、ゆーーーっくりなのはなぜ?
そして微妙に左右にフラフラしているので、追い抜くのがちょっと難しい。

 このおじさんの後ろをついて走るほかない時もあって、しょうがないな…と思っていたのだが、最近面白いことに気が付いた。
 このおじさん、絶対止まらない。

 私の家の近所から、駅前の商店街に行くのに、少なくとも3つの信号を越えなくてはいけない。このおじさんは、信号が青になったときに交差点を渡るのだが、信号待ちをしない。つまり、いつもおじさんが信号を渡るときは青。

 もしかして、計算してるってこと?
 長距離運転用の「クルーズコントロール」ってあるよね、車に。ああいう感じで、速度コントロールしてるのか?
 もしそうだとしたらすごいな。

 知らない人なので「もしかして、信号に合わせて走ってます?」とか聞くわけにもいかないから、結果から推測するほかはないが、フラフラしているように見えて、案外…。

 人は見かけによらないということはわかっているつもりだったが、こういうのも、発見すると面白いな、と思うのだ。
 きっと気付いている人がいることを、あのおじさんは知らないだろうけど。

 いい。すごくいい。
 こうやって待たずに渡れることにちょっとした楽しみを見出しているところが。
 お金をかけるわけでなく、誰に言うわけでもなく、でも実は…というのがいい。

 子供のころ、横断歩道の白いところだけ踏んで…とかやったことがあるけれども、あれの亜種だな、きっと。
 また同じ時間ぐらいに出かけるのがちょっと楽しみになった。
 

ついに、学校再開

再開…といってもロクに行ってもいない学校。最初は「登校日」ぐらいで短時間でクラス1つずつ登校して2コマで下校という、ソーシャルディスタンス登校。
 息子の通う学校は、近隣4県から通う生徒がいて、ついでに寮もあったりする。寮生以外は結構混んでいる電車で通学するから、感染したら困るということでこうなっているらしい。

 通勤電車は密集、密閉、密接だしねえ…。確かに心配だが、正直なところ家で勉強させるのも、もううんざり。
 家にいたら、だらだらしたいのはわかるけれども、課題はどっさり出ているし、全科目あるし、中間テストは中止になる科目もあるようだが、つまりそれは課題が評価対象になるということで。

 「あとでやる」「こんどやる」をまともに聞いていたら、提出期限に間に合わないのが続出するのが目に見えている。ついでに言うと、オンラインで提出のものも多いのだけれど「やったけど出してない」というがっくり来るようなパターンもある。やったけれど出していないのは、「やったことにならない」んだよ…。終わったら期限前でも出しとけ、と思うのだけれどそのあたりがなかなか…。

 まあ、ちょっと学校に行くことで「あとで」ではなく、「次に行くときにはもっていかなくてはならない」のだと思ってくれれば…無理かなあ。
 それと、私が息子がだらだら動画を見ているのを見なくて済めば、私のストレスが減るということは十分ある。
 私は、別に好きでもない運動を家の中で健康のためにしているし、買い物にも出ているが、息子は見事なまでに外に出ないからな…。運動もほとんどしていない。でも家から駅までとか、駅から学校まで歩けば、たぶん落ちた体力も戻るだろう。若いしね!

 そして息子の髪の毛はボサボサ。髪の毛を切りにいかなかったからね…。3月にスポーツ刈りにしてそれっきりだった。切りに行って」というと毎回、面倒だと嫌がるのだが、さすがに寝ぐせつき放題で2か月以上切っていないということで「あ、そうだった」と素直に切りに行った。

 やれやれ、始まってくれてよかった。また第2波で休校という線もないではないが、まず学校へ行く感覚を取り戻すところから…。
 私もお弁当頑張ろう。
 

45度。

部屋の時計、兼温度計の電池が切れた。もう何年前に電池を入れたのか全く覚えていない。5年ぐらい替えていなかったのじゃないかなあ。

 電波時計の機能があるので、電池を入れ替えた後に電波受信スイッチを押した。これがね…。家の中だとなかなか受信しなくてエラーになることがある。ちなみに広い公園にもっていって試したことがあるが、そうするとうまく受信する。次に有効なのはベランダに時計を出すこと。

 というわけで、時計を外に出して、そのまま寝てしまったのが22時ぐらい。
 次の日は時計のことをすっかり忘れていた。洗濯物は夜のうちに干してあるのでなおさらだ。

 ベランダに出たときに、「ああっ!」と思い出した。そうしたら、表示がひどいことに。写真を撮っていないけれど、液晶の数字の全部が、ついた状態で「88:88」とかになっていて、ちらちらと点滅している。持ち上げてみたら、とてもあったかい…じゃないな。熱い。
 晴れた日の、日向で東南向きのベランダに放置されてまともに太陽光を浴び続けて、内部の温度が上がりすぎたのだろう。

 もう一度電波受信スイッチを押しなおして、今度は見守って、時間が合ったところで面白かったので撮ったのがこれ。
 気温は45度半、だそうだ(笑)。

 コロナで右往左往しているうちに、もう夏が来たんだね。冷たい飲み物がおいしい季節になった。
 
 

久しぶりのパン

一応非常事態宣言は解除になったものの、念のため不要の外出を避ける感じが抜けきらない。
 食料品や、日用品の買い物には行っているが、やっぱり、何にも気にせず…とはいかないかな。

 といっても、徐々に日常が戻りつつあるのはなんとなく街を見ていてもわかる。マスクをしている人が減り、駅の中の店が開き始めた。 そして商店街でも休みになっていたお店が戻ってきた。
 日曜日のおひるごはんに、久しぶりに、焼き立てパン屋さんのパンを買いに行った。

 最近は家で作れる昼ご飯が多かったので、こういうパンを買いに行ったのは久しぶりだ。ミートパイ、ベーコンエピ、カレーパン、クリームパン、くるみパン…。
 このお店のデニッシュはとーーーってもおいしいのだ。最後に食べたのは3月だものね…。
 3月半ばにこのパン屋さんは「しばらく閉店」になってしまって、菓子パン総菜パンや、デニッシュやパイはおろか、食パンまで買えなくなってしまっていた。

やっぱりおいしい…。
 ナッツたっぷり、キャラメルデニッシュ。皮がぱりぱりしていて、中身はふんわり、そして多分、バターたっぷり、カロリーがっつりだが、まあ…1つなら。
 息子はベーコンエピにかじりつき、夫は、「ここのが一番おいしいよねえ」とシーフードとチーズの乗ったフランスパン片手に、うれしそうだった。
 
 ちなみに息子はそのあと、生ハムロールを平らげた後、ブルーベリーとラズベリーのパイを食べていた。
 「ベリーパイ最高!」だとか。
 
 日常が戻ってきた感じがする。
 しばらくは「いつものお店」を応援するべく、外食を増やすのもいい。だって…また冬に自粛になりそうだしね!
 
ドーナツやさんもいいなあ。それと、喫茶店とか、ケーキ屋さんもね!
 ずっしり重たいクリームパンは、明日の朝食べるとして。

 次はベリーパイを食べようか、それとも、リンゴとくるみの入ったパンにしようか…。
 来週も食べようか、ということで相談がまとまった。週末はしばらく「パンの日」になりそうだ。
 

あまがえる

実家の母から、画像が送られてきた。それがこれ。
 庭のアジサイの葉の上のアマガエル。

 これはたぶん、私が子どもだった頃に、庭にいたカエルのひ孫のそのまた孫、とかであろう。
 昭和の時代、天気予報というのは当たらないことも結構あった。
 今は、1時間単位どころか、15分単位で、今いる地点で雨が降るか?というようなことも正確にわかるから、洗濯物が濡れる危険はすごく減ったが、私が子どもだった頃は、雨を正確に予想できるなんていうのはかなり難しいこととされていた。

 「匂いで」雨が降りそうなときはわかる、というような話を聞いたこともあるが、うちではもっぱら、にわか雨や夕立の予報はアマガエル頼み。
 アマガエルは雨が降る前になると鳴く。
 これが、かなりの精度。アマガエルが鳴いたのを聞いたらすぐ、洗濯物を取り入れれば大体間に合った。
 
 そんなわけで、うちの庭ではアマガエルは大事にされていた。冬に植木鉢の間から出てきたらそっと戻されていたし、アマガエルを食べようとする蛇は追い払われていた。
 バケツの中や、天水桶(バケツだったけど)や、消火用水の中でうっかり泳いでいるアマガエルを庭にリリースしたことも何回もある。
 なつかしいな…。
 
 今は割と都会に住んでいるのでアマガエルはたぶん河原とかまでいかないといないけど、しっとりした葉っぱの上にちんまりと乗っているカエルの、あのひんやりした手触りが一瞬、よみがえった。

造形の妙

これは散歩中に見かけた、鉢植えの写真。
 他所の家で丹精されているものの写真なので、「人のふんどしで相撲を取る」日記。

 これ、多肉植物とか、サボテンとかそういうものの一種だと思うんだけど、長さ2センチほどの房が垂れ下がっている。それにこのツルというか、枝?ピンクよ、ピンク。房も黄緑、ピンク、緑の三色。

 世の中の民族衣装とか、アクセサリーとかには、見慣れない感じがして、奇抜に見えるものもあるけれど、こういうのが身の回りに生えていたとしたら、普通に真似て衣装にしただけでそうなりそうな気がする。

 これが自然の何か、だなんてねえ。
 クジャクの羽とかも相当だと思うけど、この植物もいい勝負。

 日本のでいうと、着物の時に頭にさす簪とかにこういうのがありそう。
 残念なことに名前を書いた札が挿してあったりはしなかったので正体不明。

 植物園に行きたくなった。
 

スピーカー問題

部屋を掃除して、古い24インチディスプレイを部屋に置き、ゲームキューブを置いて、古いゲームも遊べるようにしようと思ったのがちょっと前。

 もらったモニタはものすごく古くて、都合のいいことに古いゲーム機がつなげる「S-VIDEO」の入力端子があったので思いついた。
 DELLのモニタだったのだけれど、これがね!映像は入力端子が各種あったのに、RCA(赤白)の音声入力端子がない。
 
 このモニタを使っていた夫に「これ音声どうしてたの?」と聞いたら、音はPCに別のスピーカーを付けて鳴らしていたそうで、このモニタはサブモニタとして利用したため、音声の入力端子がないことは全く問題にならなかったそう。
 うーむ。ゲームキューブの接続ケーブルは、赤白黄色の3色+S-Video端子。多分純正のやつじゃないけど、これしかないんだなあ。

 赤白ケーブルを3.5ミリのありがちなヘッドフォン端子に変換するケーブルはあったので、それにつないで、手持ちの小型スピーカーにつないでみた。電池が入っていないときはパッシブスピーカーになるというもの。

 耳を近づけるとかすかに聞こえる。
 うーーーん。
 ちょっと小さすぎ。

  スピーカーに単四電池を2つ、入れてみた。
 ぎょっとするような爆音が。

 居心地よくプレイ出来る音量を絶対超えている。このミニスピーカー、音量調整ないんだよね…。
 ヘッドフォンの音声を調整するアダプタを途中に挟んでみたが、ヘッドフォンとは違うからなのか全く音量が変わらない。
 ゲームキューブに音量調整機能はない。ひと昔前までは「ゲーム機はテレビにつなげるもの」で、テレビは大体音量調整機能が備わっているものだったから、そういう機能はゲーム機にはついていないのが当時は当然だった。

 どうしたものか…。
 モニタの後ろ側をじーーっと見つめると、「AUDIO 12V」という端子があった。
 ????12Vという表記から行くと電源ケーブルがささるところよね?でもAUDIO?

 モニタの型番を調べてみると、どうもこのモニタ専用の外付けスピーカーがあったっぽい。
 そのスピーカーの電源をこの端子からとれるというしくみになっていて、音はヘッドフォンと同じ3.5ミリの端子がスピーカーのほうについていて、そこから入力可能だったようだ。

 ようだ、というのはつまりこのモニタはかなり古くて10年以上経っているので、もう周辺機器とかが全部廃版で、情報だけは出たものの、現行機種ではないから。残念…と思ったけどふと思いついて、メルカリをチェック。

 いやあ、やっぱりね!売っている人がいた。2500円ぐらい、送料込み。
 アンプ付き外付けスピーカー買ったら大体そういう値段だし、電源ケーブルを他へささなくても、モニタから電源が取れるならケーブルが邪魔にならないのがいい。 スピーカーの電池を一週間とかひと月に1度取り換えるとか絶対やらないものね。

 音が爆音になったらどうしようか、と一瞬思ったのだけれど、商品説明を見る限りでは、音量調節ダイヤルがついているらしいから、たぶん大丈夫でしょう!
 これはつまり、コロナ第2波、第3波の自粛ひきこもり用投資、ってことで!
 目指せ家庭内ゲーセン。
 

ヘビーローテーションの曲

息子の学校は私立で、通学圏が広く、ラッシュアワーに通学する子たちも多いので、まだ普通に登校にはなっていない。
ラッシュアワーを避け、短時間で、時々登校というぐらいのレベル。

 家にいる時間が長い。
 音楽をずっとヘッドフォンで聞くと、うっかり音量上げすぎで難聴になるティーンも多いことではあるし、というので、うちではなるべく音楽はスピーカーで聞くということになっている。
 
 リビングに全員がいるときに、たいてい息子の好きな音楽が優先されてしまうのは、まあしょうがないな、と思うときもあるが、時々は私も聞きたいものが、ということで、そういう時にビートルズは割と受けがいい話は、日記にも書いたことがある。

 「イエローサブマリン」がかかったとき、「これに盆踊りの編曲があるんだ」と言ったら、信じてくれなかった。
 「イエローサブマリン音頭」っていうのがあってな?と説明したのだが、「そんなウソ」ぐらいの扱いだったので、spotifyで検索したら、ちゃんと出てきたのでかけたら、大ウケ。

 「まっちのーーはずれにー♪ふなのりがー♪ひとりー」
とまあ、日本語訳なのに、サビの部分が「うぃーおーりーぶいんないえーろさぶまりーん」とやるのが面白かったらしい。

 ア、ソレ!とか民謡風の合いの手が入るのを聞いてゲラゲラだった。
 ものすごく気に入ったらしく、今日はものすごいヘビロテでイエローサブマリン音頭がかかっている。

 なんとなくしか知らなかったけど、正確に歌えるようになってしまいそう。
 こんなにウケるとは思わなかった。

たいこの達人(古いの)ゲット。

メルカリで、「どうぶつの森」のアミーボカードを何枚か売った。
 結局3000円ぐらいで売れるカードがもう2枚ぐらい混ざっていたので、さっさと売ってしまって、何枚かお気に入りの住人さんをゲットして、まさかこんなに売れると思わなかったなあ。としみじみ。

 最初に売った「ゆきみ」のようなかわいい女の子キャラだけでなく、特徴のある「パッチ」だとか、「ロボ」だとかが売れていったのが面白かった。
 任天堂も、今カードは作成中らしく、一応次の売り出し分が夏に出るとかでないとか…。
 でも任天堂のサイトの予約分は知らないうちにとっくの昔に終わっていて、かすりもしなかった。
 いつか、買えるようになったらまた…と思ったけど、正直3枚パックで100種類のうちの1枚を当てられる気がしないから、多分お店で売り出されても、高いカードは高いままになりそうな気がする。
 安いのはすごく安くなりそうだけど。

 カードを買うのに使ったお金は回収出来たし、ついでにメルカリのポイントもたまった。
 
 dellのモニタ用のスピーカーも買えたし、ここはやっぱり、新しくゲームを買うべきでしょう!
 ちなみに「ドラクエ11」のスイッチ版を一瞬考えたのだけれど、6000円以上と高いし、3DS版を遊んだといえば遊んだ後なので、ここはやったことがないゲームを…と物色。

 息子に聞いたら、「たいこの達人はどうだろう」と言われた。
 あー。特殊コントローラな割には私が買っていないソフト。
 
 wii用、またはwiiU用に絞って検索すると、大体3000円ぐらいだということが判明(特殊コントローラ「タタコン」込み)。
 こういうゲームが好きな友達に聞いた話では、タタコンは結構遅延があるということだったし、プレイステーション版かなにかを甥たちが小中学生だった時に買った姉によると、「太鼓をたたいた効果音よりも、物理的にたたく音が大きくて、あんまり感じが出ない」というような、あんまりいい評判を聞かなかったコントローラだったということもあったから、手を出していなかったのだけれど、3000円でコントローラ込み、送料込みなら、まあありでしょう…というわけでゲット。

 息子はスイッチ版がいいのに、と言っていたが、スイッチ版のコントローラ込みだと10000円を超えるからね。そんなのは文句を言わずに自分で買えばいいじゃないか、と黙らせておいた。
 
 家に来たのでちょっと遊んでみた。
 このゲームはゲームセンターでプレイしたことは数度あるかないか、といったところ(息子もそのぐらい)。
 息子が最初にゲーセンでプレイしたときはえーっと、幼稚園児だったか、小学校低学年だったか。うれしそうだったっけ。
 ゲームセンターの太鼓が見上げなきゃいけないぐらい上にある、というような背丈の時だった。それを考えるとけっこうロングセラーなんだなあ。
 
 簡単そうな曲からたたいてみたけど、遅延が気になるのは、たぶんうまい人だけだ、これ。

 私や、息子みたいな初心者が遊ぶにはこれで十分な反応ぶり。多分昔より技術も上がってるだろうし。
 タタコンがバンダイナムコの純正品だったのもよかった。
 ネットには反応をよくする改造も解説されていたけれど、そんなのが必要になるほどの腕になってからでよさそう。
 
 うがーーー連打ーーーーー!
 意外と盛り上がる。これは秋からあと、引きこもりだ、自粛だ、となったときプレイしたらきっと楽しいと思う。
 息子には、ここに入っている曲の「オニ」レベルが半分以上クリア出来たら、スイッチ版も考えよう、と言っておいた。
大丈夫。そうなる前に絶対飽きるから(心の声)。

 隠し曲だの、裏譜面だのを出してからでも絶対遅くない。
 いい時代になったよねえ…ほんと。

 こういうゲームって、昔はアマゾンのマーケットプレイスとか、ブックオフとかGEOの中古コーナーで買うしかなかったよね。絶対こういう値段では売られないと思う。それを言うなら、売るほうだって、いくら人気ゲームだったとはいっても、弾数が多ければ買いたたかれるし、たいこの達人wiiバージョンだったら3000円なんて値段には絶対ならないものね。
 いい取引だった…と売った人も思ってくれているといいなあ。
 

 

日常が戻ってきた…かな。

うっすらと自粛気味なのは変わりがないが、町を歩いていても雰囲気が大分元に戻ってきた感じがする。
 河原に行くまでの住宅街に、ものすごく上手な…多分プロ級に上手なピアノがうっすら聞こえてくるおうちがあったのだが、最近はたどたどしい、多分小さい子が弾いているピアノの音が聞こえる。多分ピアノの先生のおうちだったのだろう、レッスン再開に違いない。
 
 テイクアウトメニューが貼ってあるのは前と違うが、ランチメニューが黒板に書いて出されるようになった喫茶店。営業時間は短めだが、そういえば先週はこの店は「しばらく休業」だったなあ、なんて前を通り過ぎたレストラン。

 水曜日の特売日が戻ってきたお菓子屋さん、火曜日は5000円以上お買い上げで無料配達のサービスが戻ってきたスーパー。

 ただ、なんとなく家に帰ってからシャワーを浴びるのがやめられない。かばんも布かばんで、帰ったら洗濯機に突っ込むのも変化なしだし、眼鏡と腕時計もせっけんで洗っているし。

 まあ、ほかの感染症にかかるリスクも減るといえばそうだし、悪い習慣ではないのかもしれないけどね。
 姉は「不織布マスクをつい、洗って使ってしまう」と言っていたし、友達は「まだなんとなく人込みのある所にはいきたくない」と言っていた。
 感染者もゼロにはなっていないようだし、秋からも警戒するべきだろうことを考えたら、こういうことが何の気もなしに習慣として根付いていくほうが、楽に生活できそうではある。

 久しぶりにデリバリーじゃない外食をしたし、別に必要もないのに本屋にもよったし!
 新しい本って、いいねえ…。どれか買おうか、と眺めているだけでも全然違う。スーパーの催事場に、DVDとCDをまとめて売る出店も出ていた。
 セットでいっぱい売っている5枚組のCDとか、古い西部劇のDVD300円とか、そういう感じの。
 ネットで配信サービスで見られないわけではないが、そういや、私の両親が若いころの映画も多い。オードリーヘップバーンのばっかりとか、西部劇ばっかりとか、買ったら喜ぶかな…なんて思いながらしばらく眺めた。

 昔は、新しいのが見られるのにわざわざ古いのを見る意味が分からない、と思っていたのだが、古いのは古いので「その時の気分と雰囲気がよみがえってくる」のがいいのだと最近実感した。 

 ラインで連絡を取ってみたら、DVDをかける機械がうまく動かないのだそう。そこからかい!
 しょうがないなあ。今度そっちに行くときみて、だめならDVDプレイヤーを買っていくよ、という話をした。
 単純なプレイヤーなら安いからね!

 ほんと、こんなことをフラフラと考えながら歩けるのも、やっぱり日常っぽくていい。
 まだ町で見る人はほとんどがマスク着用だが、これもきっとなじんでいくのだろう。

 マスクをかけていると暑いのは…。もっと暑いシーズンになったら、首に保冷剤をまくとか、背中に背負うとか、なんか考えたほうがいいだろうな。家の中でクーラーをかけながら運動する手段も考えたほうがいい。気温34度で歩くとか、体に悪そうだし。
 
 夏、秋、それから来るべき冬。じわじわ準備しよう。
 

ハンカチ兼用バッグ

 コンビニで、「バッグにもなるハンカチ」というのを見かけた。
 なんじゃそら…。

 パッケージを開けるわけにもいかないから、外袋の説明をじーーっと眺める。
 
 うーん。薄いハンカチを2枚縫い合わせて、リボンのような薄い取っ手をへりに沿って縫い付けて、袋として使うときはそのリボンをつかんで持つと手に提げられる、という仕組みのようだ。680円はちょっとエコバッグとしては高めだ。買わずに帰ってきた。

 私は「いざというときに役に立つもの」が好きだ。そういうものはほとんどの場合「役に立てる機会はない」けど、でも好きだ。
 「備えよ常に」ってボーイスカウトじゃないんだから、とは思うものの、10代、20代のころキャンプに行っていたころは結構高価なマルチツールを持っていて(ただしあれはどの部品も使いづらいけど)予備のなんとか…を各種リュックに詰め込んでいたものだし、電池にタオルにバンドエイドに、予備のキャッシュにティッシュに…と今だって私は出かけるときに「一体何しに行くの?」というぐらいこまごましたものをバッグに詰めている。

 

このバッグのコンセプトが気になる。気になるったらなる。
 …というわけで、家で作ってみることにした。
 私の「材料箱」の中には、このプロジェクトにぴったりの柄の布があった。
 大体50センチのバンダナの柄が印刷された布。左右は110センチぐらいあって、左右に2枚、バンダナが取れる布。
 これが安売りだった時、端までうまくやったら55センチぐらいのバンダナが作れて、頭に結ぶのにちょっと大きめでいいかな、なんて思って買ってきて、そのままだったもの。

 ふちを三つ折りにして、これまた副資材の入った箱をかき回すと、ちょうど麻のテープが1メートルぐらい出てきたので、それを縫い付けて、袋にしてみた。


手に提げるときはこういう感じ。
 うまくいったと思う。思うけど、やっぱりバンダナ2枚分だけあって、たたむと結構かさばる。
 
 コンビニに行くときに持つなら、買うものが小さいから、もっと小さくてもいいかなあ。
 コンビニで買うものは小さいものが多い。大きくても500mlのペットボトルか、1リットルのパックは買うことがあるかなあ?
 そんなもの買うときは私はリュックを背負っていそうな気がする。

 びみょーーう!!!
 普通のエコバッグと同じぐらいにはかさばるんだよねえ、やっぱりこれ。
 
あ、でも!当たり前のエコバッグはナイロンが多いから、確かにそれで顔を拭くかと言われるとNOだけど、これはコットンだからハンカチとしてはありか。旅行にもっていったらいいかなあ、程度?あんまり重たいものを入れると、この薄さでは破れやすそうだし、毎日使うエコバッグには出来ない感じ。

 んー。次はもうちょっと幅がちいさいのを、手拭いで作るのはどうだろう?巾着のように、中に紐を通しておけばいいよね。
 それならもうちょっと小さめに出来るし、いつも持っているエコバッグではちょっと足りなかった時の2つ目の袋にいいかも?

 作ってみないとわからないことって多いよね。
 体験として面白かった。今日作ったバンダナバッグはリュックの底のほうへ平らにして入れておくことにしよう。
 

髪を短く

自粛明けからしばらくたって、店の前を通るたびにチラチラ見ていたのだが、やっと「すごく混んでいる」ではない感じがするようになった、行きつけの美容院。

 最後に行ったのは3月の初めぐらい、3か月も髪を切っていなかった。
 ヘアバンドやカチューシャ、バンダナなどを駆使して伸びた髪がうっとおしくないようにがんばっていたのだが、そろそろ限界が来た感じ。

 もし自粛が長引くなら、髪をのばして、後ろで結べるようにする、とかそういうことも考えたほうがいいかもしれないな、と覚悟はしていたが、暑いしもういいだろう…ということで待つのを覚悟で行ってみた。

 スーパーの中に併設されている美容院で、「自粛だというのに毎日スーパーに通うおじいちゃん(酸素付き)」とか、「家族で一人にしてくれ、と書いてあるのに家族全員来て、売り場でわいわい相談する家族連れ」とか、自粛というのはどうなったのか、と思うような人が3月4月の自粛になってからも出て、美容院はいっそ自粛になってからのほうが混んだのでは、というぐらいになり、店を念のためしばらく閉めた話、なんていうのが聞けて面白かった。

 買い物なんか4、5日に1度にして、外出しないようにすごく頑張っていたのに、自粛を全然気にしていない人もいたのね。
 いったいどうしてじゃあ、アメリカとか、イタリアみたいな事態にならなかったのかは本当に謎だ。

 ざっくり切ってください、と頼んでカット。眼鏡をかけているから、眼鏡のツルの作用で横にハネそうなところもカット。
 もうちょっと、切ってもらっていいです、と言っているうちに、ずいぶん短くなった。

 うーん、ここまで短く切ったのは高校生の時以来ではないだろうか。
 一応夫には「かなり短く切ってくる」と言っておいたけど、史上最強の短さ…まではいかないか。高校生のときは首筋のところをバリカンで刈り上げていたこともあることを思えば、そこまでは。

 とってもさっぱりすっきりした。
 写真は載せないけど、どのぐらい短いか、というと、帰ってシャワーを浴びたあと、普通のフェイスタオル1枚で頭と体が拭けるぐらいだといえばなんとなくわかるだろうか。
 3か月髪の毛を切れなかった間に「切りたいなあ」と思った分が全部清算された感じ。

 あー。でもなあ。これ、ある程度伸びるまでが大変か…。こういう短い髪にすると、1か月に1回は切りに行ったほうがいいからなあ。冬に自粛になったらザンバラになりそう。家から出ないし、多少の見かけはいいとしても。
 長引きそうならあきらめて伸ばすほうがいいかな、悩むところだ。
 

マスク・ネイティブ

コンビニでお父さんと一緒に買い物をしている男の子を見かけた。
麦わら帽子にサンダル、服の柄にぎりぎり幼児っぽさが残っていて、多分大きくても一年生、年長さんの可能性のほうが高いだろう。

 手作りらしい布マスクをしていた。ブルーのコットンのプリント地で、鼻まで覆うタイプ。

 帽子を一度脱いで、空調のかかったコンビニの店内で顔を帽子でぱたぱたとあおいだあと、もう一度帽子を装着。
 あごのゴム紐をかけなおして、そしてその過程でちょっとゆがんだマスクをチョイっと直した手つきが、とても手馴れていた。

 まだぽやぽやした丸さの残る子どもらしい手の動作にしては、なんだか不釣り合いな感じ。
 こういう身に着けるものを扱う手つきには日ごろの慣れが出る。カフスや、ネクタイ、靴べらのようなものは使い慣れていないとすぐわかるように、マスクも年齢が小さいとめったにすることがないから、「もちつき大会」のような珍しくマスクをする機会であったり、「初めての給食当番」なんかだと、このぐらいの年の子はマスクをかけなれていない感じがするものだ。

 それが普通だと思っていたから、この男の子がマスクを直す手つきが、なんだか大人のものと同じのような気がして目をひいた。

 「マスク・ネイティブ」という言葉が脳裏に浮かんだ。
 そうだよね…。2歳以下だとマスクは推奨されていないけれど、幼稚園に登園するときにマスクをしてくださいと言われているところは結構あるようだし、年長さんか、小学生ともなるともう、「自分でマスクはしていかなくてはならない」ということをこの3か月で覚えることになっただろう。
 
 毎日していれば、慣れるよねえ…。
 ここ1、2年はマスクをかけなれた子どもたちが増えていくのだろうな。
 正直大人になってからマスクをかける生活をすることになった私は、マスクが暑苦しくてしょうがないが、マスク・ネイティブのこどもたちは平気になったりするのかしら。

 だとしたらうらやましいな。あー。暑苦しい。

 そう思いながらマスクをかけて歩いて帰った。

3年がかりのプロジェクト

掃除が苦手だ。
とはいえ、一応家の中のことは私の仕事…ということになっているので、リビングに掃除機「ぐらいは」かけていた。

 2017年の春ごろから、まずトイレ掃除だけをはじめた。
 毎日掃除すると、大体3分かそこらでトイレ掃除が終わる。長くても5分。そのぐらいなら、なんとかなるだろうというわけだ。

 トイレの掃除が毎日できるようになったのでその次に増やしたのが玄関掃除。
 これも数分で終わる。

 トイレと玄関の掃除がなんとか毎日できるようになったところで、スタート地点を廊下に変更。
 廊下、玄関にモップをかけて、それからトイレ掃除が出来るようになった。ここまでで半年。

 掃除機を適当にかけていたリビングに、モップがかけられるようになんとかなって、リビングのほこりが激減。
 プラスチックの引き出しやら、テレビの裏側やらにくっつくほこりも減ることが判明、大変気をよくして、寝室の床もなんとかモップ出来るようになって、ここまでで1年。(2018年)

 去年(2019年)はずっと、リビング、寝室、廊下、玄関をモップで拭き、もう1枚トイレ用の雑巾を出してトイレ掃除をする…というのが習慣になって、なんとか維持出来たので「かなり掃除ができるようになったなあ」と思っていた。

 そして自分の部屋をついに、掃除したことによって、自分の部屋にも毎日モップをかけることが出来るようになった。

 3年かかったけど、これで家の床の大分部に毎日モップをかけてごみを集めた後、掃除機をかけている状態に。
 夫の部屋は夫の管轄なので、「かけられる部分だけ」モップをかけているけれど、まず私の部屋からほこりが廊下に飛ばなくなり、それがこうじて廊下から夫の部屋にほこりが入り込まなくなり、それほど手はかけていない割には夫の部屋もマシな感じがする。

 あとは…毎日お風呂の掃除が出来たら、すごいんだけど、それはちょっとまだ無理な感じ(風呂の掃除は時々)。

 何事も慣れは大切。もう1年か、2年かこのまま毎日掃除が出来たら慣れてくるので、その時増やそう。
 気が長いプロジェクトだったけど、第一段階は成功、ということにしておこう。

 濡れた雑巾で床を拭くと、やっぱり足触りが全然違うんだよね…。
 毎日毎日拭いても、やっぱり雑巾は薄黒くなるし、毎日ほこりが出るのがよくわかる。
 窓を開けずに生活したらもうちょっとほこりが減るのかもしれないけど、やっぱり窓は開けたいものね。

 もっと物が少なく、床がきれいに出来ていたら、床を水拭きするロボットが使えるのかもしれないけど、床にクッション置いてたりとかするし、リビングには座布団あったりするし。ルンバのようなロボットを使える家はきっともっときれいなんだろうなあ。

 これ以上を望んでもしょうがない。ここまでなんとかなっただけでも、私としてはずいぶんな進歩なんだし!
 夫は「うちのお掃除ロボットはよくできてるから」と私をからかった。
 
 

ダンベルと洗剤

 家の中での運動は、主に踏み台昇降だが、夫と息子はダンベルも使っている。
 3キロなんだけど、これが、なんだか私には重すぎる。

 そうそう何度も上げ下げできないし、なんだか取り掛かるのがおっくうになってくるので、もうちょっと軽いのが欲しいな…と思った。

 でもね…ダンベルって意外と邪魔なんだな…。 
 漬物石にでもする以外、ほかに使い道のないものだし、うちでは今、重石の必要な漬物を漬けていない。
 掃除のときにどけるだけでも面倒だというのに、もう1組、たとえば1キロとか2キロのものを調達するのもあんまり気が進まない。
 私は飽きっぽいし、大体運動が嫌いときているのだから、お金を出して買ったところで無駄になる可能性も高い。

 2リットルのペットボトルに水を入れたらどうか、と思ったけどさすがにつかみづらいし、もっと軽いのがいい気がした。
 んんー。

 1リットルのペットボトルって意外に少ない…かも?
 それと、水を入れて「未開封」ならともかく、中の水が腐ったりすることを思うと、時々入れ替えないとダメだよね?

 そんなことを最近、考えていた。
 夕方、台所の洗剤が切れたので、詰め替え用のビンを戸棚から出して…と思ったとき、結構重いな!と思ってふと、思いついた。

 「ダンベル代わりに、いいんじゃ…?」
 670mlの詰め替え用洗剤は、大体700g。
 男性用にしては軽すぎるかもしれないが、私はこのぐらいの負荷で始めるのもいいと思う。
 それに、どっちにしたって洗剤は必要だし、未開封でなら長く取っておけるし、飽きてやらなくなったら、単に使い切って、普通に容器を捨てればいいもんね?

 ペットボトルの断面は円だけれど、台所用の洗剤は細めの楕円で、つかみやすいのもいい。
 ストックが1本から3本に増えるだけ、ということにして、もう2本買ってきて両手で持って運動できるようにしよう。

 私のダンベルはこれに決まり。がんばって運動しよう。もうちょっと二の腕を引き締めたい。、コーラスの発表で着る衣装は袖がないのが多いからね…。普段にはめったに袖がない服なんて着て出かけないけどさ。

 息子は「軽すぎない?」と言っていたが、いや、大丈夫。重いのが嫌で全然やらないよりは絶対効果あるから。

本好きの下克上再び

学校が始まるちょっと前のこと。家でとっている動画サービスのアニメを見ていた息子が、「アニメってすぐつづきがなくなるよね」と言った。
 大体言葉が足りなくなりがちな彼だが、つまり「アニメは最新回まですぐ見ることが出来るので足りない」ということらしかった。
 そりゃあ…勉強も宿題もテキトウに片づけ、他に何もせず動画ばっかり見てたらそうなるよね…とここまで出かかったのだが、言ったところで何が変わるわけでもなく、「おかあさんうるさい」と思われて終わりになるのもわかっているのでそこは口に出さなかった。

 画面を見ると、【本好きの下克上~司書になるためには手段を選んでいられません~】だった。
 「ああ、これな。お母さん本全部持ってるよ」

 そう…私はリンク先のネット小説を全部読んだ後、書籍版を既刊分全部買った。ファンブックとか、短編集とか、CDも1枚は買った。今も新刊が出るたびに購入している。そして1年ぐらい前に「面白いから読まない?」と勧めたことだってあるじゃないか!!

 ええっ??と息子は驚いていた。コミックスと市販の書籍はまだ続きが出版されている最中だが、web版の原作はちゃんと完結しているし、加筆訂正されている書籍版は「ライトノベル」というにはちょっともったいないぐらいいい出来だと思う。

 私の勧める本はあんまり読んでくれないのは、まあ好みの違いからしょうがないかとは思っていたが、その反応はないだろうよ…。いかにいい加減に私のおすすめを聞き流していたかわかろうというものだ。

 息子はアニメを見たらその気になったらしい。なるほどなあ。私はアニメよりは小説のほうが好きだ。なぜかというと、アニメは展開が遅いから!サザエさんみたいな、続き物ではなくて1エピソードごとに完結するものならともかく、長編となると、アニメの1クールでは途中までで終了になってしまって、つじつまが無理矢理合わせてあるものも昔は多かった(今はどうなんだろう)からね。

 でもまあ、本を読みたいというなら、家にあるんだしねえ。貸してやってもいいや。
 アニメを見て、本を読む気になってくれるのは親としてもうれしい。
 というわけで、今月出た最新刊までで23冊あるし、そこまで読んだら、web版で完結まで読めばいいんじゃ、というアドバイスをしておいた。
 
 ファンブックと短編集もあるんだよー!と言ったらすごく喜ばれた。
  
「てっきりクラシックかと思っていた」のだと。
 つまり、「赤毛のアン」とか「大草原の小さな家」とか「ドリトル先生シリーズ」とかの、「子供に読ませたい名作系」だと思っていたらしい。
 残念でした!私はアラフィフになっていても、ライトノベルを読む人なのだ(多分、めずらしい)。
 なろう小説であろうと、二次創作であろうと、面白ければなんでもOK、中高生向けと言われようと、気に入ったら読むよ!
 しかし、息子はまだ題名を聞いて、感じからイマドキなのと、クラシックの差が…つくほどは経験がないんだな多分。

 30巻前後で完結だとは思うけれど、既刊分23冊もあると、読んでも読んでもなくならないので楽しそうに読んでいた。
 「おかーさんこれ、最後どうなるの?」
 「大丈夫、ちゃんと完結してるから、どんどん読め」
…とあおっておいた。

 しかし、先週は「ソードアートオンライン」(アニメ化、映画化した人気シリーズ。これも元はネット小説らしい)の新刊を取り合いしながら読んだばかりだというのに、私が「どうせ息子が読まないような本」を勧めると思われていたことのほうがちょっとショック。

 私は服装だとかアクセサリーだとかのファッション系のセンスは皆無だが、小説に関してはセンスはあるほうだと思ってるからね。
自分のこだわりが、どこにあるのかよくわかるエピソードだった。
 センスがある…のとは違うか。
 
 ファッションのことは「どれがいいのかさっぱりわからないし、見わけもつかない」が、小説であれば「面白いといわれるだろう評判の高いものが割とわかるし、好みに応じて選べる」というのは確か。少なくとも「これはばっちり、自分の好みだ」と判別出来て、「なぜ私はこれを好むのか」という理由もある程度わかる。相手に勧めたらこれは好きそう!というのもある程度は…少なくとも誰にどの服が似合いそうかよりはよっぽどわかる。

 この「本好きの下克上」は、本を読むのが大好きな人で、カルチャーショックを一度でも経験したことがある人にはすごくウケる本だと思う。本を読むのが嫌いな人にはたぶんだめだと思うけどね。

 息子がしばらく読まないであろう第三部ぐらいから読み始めたら止まらなくなってしまって、午後の自由時間はすべて読書になってしまった。やっぱり面白かった。


 映像配信サービスのアニメの題名を確認すると、なろう系の小説が原作のものがいっぱいでた。
 読んだことがあるものもかなり多い。そして私が電子書籍を持っているものも。

  あと数年は、息子と読書体験が共有できそうだ。

 惜しむらくは私の好きな小説で、かなり前にアニメ化したものもあるのだけれど、アニメはあんまりいい出来ではないのもかなりあること。このアニメを見たら、小説を読む気はたぶんなくなるな…というようなのもあるので見極めはいるだろうなあ。

 本好きの下克上のアニメもちょっと見たけど、よく出来ていた。「はあ?」というような本とのずれはなかったし、何部までアニメ化するのかはしらないけど(できれば完結まで行ってほしいけど、長いからねえ)、終わったらまとめてみるのもいいかもしれない。

アベノマスク到着

アベノマスク、またの名を「簡易小顔測定器」が家にやってきた。

 てっきりまたどこかのマンションの広告かと思った。こういうつるつるした透明の袋に入っている広告って時々あるよね。

 私の住んでいる町でも、早い人は1か月ぐらい前にもう届いていたから、私が手に入れたのはかなり遅かったと見た。
 その週末前後から、確かに見ているとアベノマスク…と思しきマスクをかけている人が目につく。

 一応感想を。

 このマスクは、「一日目」は大体問題がないと思う。
 ちょっと小さめだが、どこにもマスクがないピンチの時には役立つだろう。

 問題は「洗って干して、次に使うとき」。
 柔らかくて、目の粗い布で出来ているので、洗うとやわらかくなって、一日目にあった「ハリ」がなくなる。
 へにゃへにゃした感じになって、マスクのゴムが通っている左右の部分が、ゴムの力に負けてクシャっとなって、マスクの高さがなくなる。

 そうなると、アイロンで四角く伸ばした時と全くサイズ感が違ってきて、小学生向きみたいになる。
 うすーく糊付けして、アイロンかけて乾かせば多分…一日目と同じで「ちょっと幅の狭いマスク」として使えるかもだけれども、微妙だなあ…。

 子供向けとして寄付しようというのがあると聞くし(国内、国外ともに)、子供用としてなら全く問題なく、いい具合に使えるマスクだと思うので、寄付しようか、それとも洗ってばらして材料にして作っちゃうか、迷うところだ。

イチゴ、食べなかったなあ…

気が付くと、果物屋さんにはもうブドウやビワ、さくらんぼが並んで、イチゴは跡形もない。

何度か食べたのは食べたけど、今年はイチゴを食べなかったなあ…。
 自粛で買い物が、4、5日に一度となると、その一回にしかイチゴは買えないし、大体必要なものを買っているだけで相当な量になるのだから、果物が後回しになるという事情も手伝って、買えなかった日が多かったのだと思う。

 もうちょっと食べられると思ったんだけどなあ。
 そういやあ、はっさくも1回しか食べなかった。

 ぶどうの何が悪いわけじゃない。バナナだって好きだけど。でも!

 6月の初めに数回買ったけど、本当にもう見ない。次に見るとしたら、冬にクリスマス用の前哨戦のイチゴが出回る時だろうが、冬のイチゴは珍しいものの、香気も風味も、春から初夏のものには遠く及ばない。

 ため息をついていたら、夫のおみやげは、フリーズドライのイチゴをホワイトチョコレートでくるんだお菓子だった。
 おいしいや…。このお菓子好きだ。

 来年の春は、気を付けて買おう。今年もやったんだもの、次はもっと慣れて、まとめ買いがうまくなっているはず!
 今度は歩いて買い物とか言わず、自転車に乗って後ろのかごに積むとか、そういうことも考えよう。

 皮ごと食べられるブドウは、なかなかにおいしい。夏は夏で、切り替えて楽しまないとね。
 さくらんぼは高いから、どっちにしても1回、2回しか食べない…と思えば、あんまり気にすることでもないのか、と気分を切り替えた。

暇つぶしのチェス

自粛中のことをまだ書くのか、と言われそうだが、今回のコロナ自粛は正直暇だった。

 私はゲーマーだし、読書は好きだし、手芸もかなりやるほうだから、スポーツが好きでアウトドア系の趣味がある人よりはましだったのは確かだと思う。
 でも、時々、ゲーム機のコントローラーを手に取る気分じゃないときも、細かい手芸をやる気分じゃないときもあったし、今読んでいる本がどれもあんまり続きが読みたい感じにならなかったこともあった。
 今のうちに暇つぶしの科目を増やしておくのはいいアイディアだと思う。

 部屋がかなりごちゃごちゃだったので、見つからなくなっていたものの1つに、チェスセットがある。

部屋の掃除をすると同時に、戸棚の整理もしたので発見。
 画像はアマゾンの商品画像をお借りしました。箱の裏の画像がこれ。

チェスのコマって、もっと立体的なやつじゃないの?と思う人が多いと思う。確かに高いセットのとかを買うとそうなるんだけどね?それと安いセットのでもそういうのが入っていることは多い。世界中で人気があって、プレイ人口が多いからなのかなんなのか、チェスのコマは日本では高いのが多かったけど、アメリカ、ヨーロッパ、アジアで見かけたときは「つくりは悪いのもあるが安い」のとか「細かいことを気にしなければ割といい」のも結構あった。

 ミニサイズのはかわいいのでちょっと集めたこともあったし、家には大体15センチ四方ぐらいまでのボードに、ミニサイズのコマが入った99セントだとか、2ドルぐらいのセットがいくつかあった(し、今でもある)。

 でも、私が一番使うのはこれなんだなあ。なぜか。
 私はチェスをプレイしないからである。
 チェスを対戦ボードゲームとして遊ぶ人は、コマが手でつまみ上げやすいように、立体のコマのほうがいいと思う。
 チェスをプレイしないのに、チェス盤とコマがいるのか…という話なんだけど、そこは要るんだな。いくつもはいらないけど。

 私は、詰め将棋のチェスバージョン、詰めチェスの本を持っている。その問題を解いて遊ぶのにこれを使っている。
 頭の中だけで問題を解くよりは実際に問題の通りにコマを並べて、自分で動かしてみるほうが解きやすい。
 パズルの一種で、多分上手な人だとすぐに答えがわかって、クイズとしては遊べないかもだけれど、チェスは「絶対負ける」ことが確定しているといっていいぐらい弱いので、対戦ゲームとしては遊べない私にとっては、それがチェスの楽しみ方、ということになっている。
 小さいのがかわいいからと一番駒が小さいセットを使っていた時期もあったのだけれども、言いたくはないが、老眼がそろそろ厳しくなってきて、直径5ミリ以下のコマが見分けにくくなった。特にコマが小さいと、ビショップは小さめに、ポーンが大きめに出来ていたりして、そっくりに見えちゃったりするのだ。細工がよくない安いセットのコマだと特に。
 でも、この「ホッケーのパックみたいな形」のコマはそういう問題があんまりない。

 ちなみに夫と息子が遊んでいるチェス盤は、渡米しているときに買った「安いのにめちゃくちゃ大きい」もので、コマも一番大きいキングのコマが高さ10センチぐらいあるのだが、それはまず盤が大きくて邪魔なのと、普通の木の盤なのでコマがずれるのでだめ。
 膝の上に本を見ながら盤を置いて、ちょっとぐらい傾いてもずれないマグネット付きなのが、この盤のいいところ。

 これも、暇つぶしのリストに入れておこう。そう思って一問、なんとなく解いた。
 塗料が結構剥げてるなあ。

 こういうの、新しく買えないかな!そう思ってネットを見ているだけで結構な時間が経過した。
 
  私のチェスセットも、誰か要らないかなあ。かわいいのもあるし、メルカリでは全く見かけないようなのもあるから、そういうの好きな人は買うかも?
 とか考えると全く別方向に暇つぶしが出来そうだ。

 今、わかったのだけれど、「ちぇす」と入力して、変換をかけると、機種依存文字でチェスのコマのマークが出る。
♔♘♟iOSの人には見えないかもしれないけど、面白いなあ。
 「きんぐ」「びしょっぷ」「ぽーん」などのコマの名前を入れても出るようだ。

 どの小説で読んだのだっけ、お手紙(切手を貼って出すタイプの)で、チェスを1手ずつ指すという気の長い文通をしている話があった。ほかの人が、その相手の人を殺して、気づかれないようにその人のふりをして手紙を書くのだけれど、当たり障りなく、その人らしい文章を書いた後、チェスの1手を書かなかったのでバレた、というような話だったけど。

 今でもチェスをそうやってプレイする人がいるから、ウィンドウズのIMEに入れてあるのかなあ。だとしたらすごい。

妄想deピクニック

3月から運動がてら、歩いていると、こんな木が散歩の途中に。
 
 数日前に降った雨のせいか緑も濃く、流れる川の水音に耳をすませば鳥の鳴く声がして、その涼しげなこと。

 ああ…こんなところでピクニックしたらいいだろうなあ。
 それも20世紀ですらない、19世紀の、物語の中みたいに。

 つばの広い日よけ帽子、白いスカートに、スカーフ。草の上に広げる敷物は洗って縮んで水がしみにくくなったウールのチェックの毛布で、持っていくのはバスケット。
 魔法瓶に紅茶でしょ、マフィン…いや、スコーンか。バター付きロールパンでもいいや。それからジャム。ガラスの瓶に入ったのでないとだめ。
 それと日傘。白いコットンの…じゃなくて絹張りのやつかなあ。柄が象牙のはちょっとやりすぎか、竹かなあ。

 スマホなんか持って行かない。持っていくのは本で、詩集とかがいいかな、それとも短編集。
 明るいから、刺繍でもいいし、編み物でもいい、そういうのを持って行って、戸外でちょっと気分を変えて手作業もいいなあ。

 若草物語なんかこう、そういうのだよね。足はくるぶしぐらいまでしか出せない時代だから、靴をぬいで小川に足を浸して…

 ぷぃーん…とかが飛んでくる音がして、現実に戻ってきた。

 妄想の中の19世紀の朝の10時のピクニックにも、多分蚊はいたに違いない。
 はあ…ちょっと楽しかった。
 
 絶対今の自分じゃやらないピクニックだということもわかっているのだけれど(だって、手間がかかるし)、妄想は無料だもの。
 この写真はとっておいて、またコロナで自粛になったら眺めよう。


 

多分最終のイチゴ

母の胃にがんが見つかった、と聞いてびっくり。
とはいえ、サイズが小さいので内視鏡で切り取ったらOKぐらいのものだということもわかって、久しぶりに両親に会いにいった。
 
 最後に会ったのは2月の末で、3月からはこのコロナ騒ぎでは私も「行こうか」とも言えず、両親も「来て」とも言えず…という状態だったのだが、さすがに手術だ入院だ、となると来てほしくなったらしい。

 病院は基本お見舞いはしないことになっており、入院手続きの時に「今日は書類を書いて、検温してください」とのこと。
 書類を書いておでこに非接触式体温計で体温を測ってもらい、時間と日付を書いたステッカーを胸に貼ってスタート。

 手術当日は付き添いにOKが出る、ということと、あとは「何かあったら呼ぶ」ぐらいのスタンス、「基本は感染防止のため、来ないでください」という感じだった。

 胃カメラと大差ない手順なので、初めてのことにちょっとパニック気味の母ではあったが、スルーしつつ手続き。
 病院もあんまり人数を入れないように調整しているのか、それほどいっぱいではなかった。
 プラス、母が入るはずだったところに急に来た人がいたらしくて、部屋が「病院の都合で個室に」なるという幸運さ。
 ラジオもヘッドホンなしで聞けるし、テレビはカードなしで見られるし、トイレバス完備。これでもうちょっと家具がデラックスだったらホテルのような。

 …とまあ、無事手術は終わって帰ってくるとき、親の手術と入院があって、実家によったときに、父が「持って帰れ」と袋をくれた。
私が前回来た時に置いて帰ったエコバッグだったので、ありがとう、と受け取って自分のリュックに入れて持って帰ってきた。

中を見ると、プラスチック容器に入っていたのは何とイチゴ!父の菜園でとれたものなのだろう。
まだとれるんだ?

 甘いのと酸っぱいのが混在していたが、何も気にしないで持って帰ってきた割には固いイチゴで傷んでおらず、とてもおいしかった。
 多分、その日の朝に採ったのに違いない。

 息子も大喜び。いいイチゴだった。
 ちょっと食べたら、とっても気が済んだ感じ。もう来年まで待てる。

 畑をやっていると、季節感がはっきりわかるんだろうなあ。

*********
 この日、父が病院から帰る時、この近くに定食屋さんが新しくできたという話をした。
 入ってみたいというので、一緒に昼食をとることに。

 あれだ、「大戸屋」とか、「やよい軒」とか、「さくら水産」とかああいう系統のお店らしい。
 こんな田舎にそんなものが出来るのは確かに珍しいが、幹線道路沿いに出来たのだとか。

 遠い…。
 父の「近い」をなめていた。そうだった、農村で生まれ育った彼は4キロ=一里は「近く」という人だったのを忘れていた。
 病院から2キロぐらいは離れていた。

 大体病院の送迎バスの時間がまばらだったので、駅から病院まであるいただけで1キロ半はあった。自宅から駅までで大体1キロあるから、すでに2キロ半歩いて、その上昼ご飯食べるのに2キロ歩くのはきつい。

 食堂で「安くて多い…っていうか多すぎだ」と苦笑しながらご飯を食べて、その食堂からの最寄りの駅までがどう軽く見積もっても、3キロ前後。いや、歩いたけど(途中に実家がある)。

 駅前で足がだるいな…と思いながら軽く買い物をして、家まで帰ってからスマホを見たら、15000歩近くになっていて、歩いた距離が9キロになっていた。

 踏み台昇降を毎日やって、毎日3キロぐらいずつだけれど歩いておいてよかった。
 やってなかったら9キロは歩けなかった気がする。

男女平等の時代

中学生か、高校生ぐらいの時、自転車に二人乗りして帰ったことがある。
大丈夫、走るから。そういう私にぶっきらぼうに「こっちのほうが早いから」と。

意識しすぎだったかもしれないが、なんとなくちょっとうれしかったのも確かだった。
 今考えるとすごく青春ぽいし、ちょっと映画の一コマにこんなのがありそうだと思う。

 自転車に二人乗りをすると、絶対顔は合わせないことになる。
 男子は前を向いて運転して、女子は後ろで横を向いて座る(この場合、前をむいてまたがるという選択肢はないとされていた)から、まったく向いている方向は別で、だからちょっと照れずにしゃべれる…というような効果もあった気がする。

 今日こんなことを書こうと思ったのは、町で今日、二人乗りする男女を見たから。
 今はもうたぶん二人乗りというのは違法だし、おまわりさんには絶対止められるけれど、でも時々は今でも見る。

 そして、高校生だろうな、という恰好だったのだけれど、なんと、女子が前!男子が後ろに乗っていた。
 おおおおおー。と思った。これは2、30年前にはなかったことではないだろうか。
 多分「自転車の持ち主が運転する」ということになっているのだと思うけれど、その場合でも私が高校生の頃は男子が「自転車を借りて前に、女子が自分の自転車だけど後ろに」乗ることになっていたと思うから、これはやっぱり時代の流れだと思う。

 なるほどねえ…。意識が変わっていくということをすごくはっきりと目にした感じがする。 
 いいよ、すごくいい。
 中高生の時から、こういうのが当たり前になっている子たちが就職したり、家庭を持ったりする時代になったら、違いが出てくるだろうと思う。本人たちはそれほど意識していなくても。
 就職差別や、給料の格差が減っていく時代がちゃんと来るのだ…という気がした。

 今から20年たてば「えーー?そんな格差なんてあったんだ?大変だったんだねえ」という感想が聞ける日が来そうだ。
 

静けさ

やっと息子の学校がちゃんとはじまった。
 6月の15日あたりからスタートしたのだが、最初はオンライン授業と併用で、時差通学でかなり遅く出て行って、2時間もたたないうちに帰ってくる日がしばらく続いて、そのあとは1日1コマしかない定期テスト。

 久しぶりに朝から出かけて、3時半とかに帰ってくるのは今日が初めてだった。やれやれ…。
近隣の公立の小中学校はもっと早くスタートしたし、全日登校になるのも早かったけれど、私立の学校は通ってくる範囲が広いのと、電車通学の子がほとんどなのでちょっと警戒気味だったのだろう。

 弁当を作って送り出し、掃除と洗濯を済ませて、ちょっとご飯の下ごしらえなんかしてから、読書。
 なんだかとてもゆったりした時間が流れているような気がする。

 いつぶりだろう、こんなにのんびりしたの…。
 なんて思ってから、ちょっと疑問がわいた。

 私、やってること変わってないよね?
 掃除洗濯、踏み台昇降、ご飯の下ごしらえ。

 まあお弁当でちょっと早起きとはいえ、それほど先週、先月とやっていることが変わっているわけではない。
 ただ、「そこ拭くから、ちょっとどいてくれる?」とか息子に言わなくて済むようになったのはあるけど…。

 ちょっと本を置いておいて、なぜこんなにゆったりした気分なのか探ってみた。

 わかった。静かなのだ。
 息子がしょっちゅう見ていた早口と爆笑の効果音が入ったうるさいゲーム動画だとか、絶叫調なのが何がいいのかいまいちわからないボーカロイド曲とかが聞こえてこない。
 
 なるほど…私はこの3か月ほど、静かな環境で本を読むことがあんまりなかったのだな…。
 私は基本ゲーム動画が好きではない。あんまりイライラしたときは「ごめん、ヘッドフォンかけて」と息子に頼んでいたぐらいだ。大体、自分が全然プレイしないゲームを動画で見る意義ってなんなのさ。ゲームはプレイしてこそではないのか?と思っている上に、やけにわざとらしい爆笑や突っ込みの入ったゲーム動画が耳障りで仕方がない。

 アクションゲームのお手本動画みたいなものはもうしょうがない、ああいうゲームはコツをつかむにはうまい人のプレイ動画を見るのは効果があるのはわかる。でも、わざと失敗する動画とか、どのぐらい馬鹿なことをタイムアタック出来るかみたいな動画はなあ。 …と愚痴りたくなるぐらいには、ゲーム動画が嫌いだ。

 3月からこっち、私は頑張ったよな!耐えきった。

 音楽だって聞きたいことがないわけではない。ないけど…やっぱり静かな時間があってこそ、音楽を聴く時間がいい感じになるのだと思う。聞きたくないときには何も聞かなくていいというのもあるってことだね。

 家で家族で過ごすのだって割といい時間だったと思った時もあった。あったけど、家に一人きりでいる時間もたまにはいい。
 誰のことも気にせず、自分のペースでご飯を作ったり、食べたり、片付けたり掃除したり出来るのがなんだか新鮮だ。
 
 昼食までゆっくり本を読んで、冷蔵庫の納豆と残りご飯でも食べて。
 全員家にいたときはさすがに納豆ご飯というわけにもいかないので作っていたけれど、いやー、楽でいい。
 自分一人ならふりかけと残りご飯と、お茶でもいいぐらいだもんねえ。

 数日やったら飽きるかもしれないけど、それまでは堪能しよう。
 

塩分控えめすぎ

 母が無事退院。5日目からは普通の食事も食べて、痛みは全くなく、違和感もなく。
 胃の粘膜を保護する薬か何かを飲んでいるけれども、そのほかはそれほど気を付けなくても大丈夫のようだ。

 血液検査なんかも病院でやって、言われたのが、「もうちょっと塩分を取ってもいいかもしれない」という話だったのだとか。
 ええー。
 
塩分を控えめにしてください、という注意をされる人はよくあるよね?高血圧とかさ?でももっと塩分摂取していいですよ、という注意をされる人は初めて聞いたなあ。

 確か、私が中学生ぐらいになったときだっただろうか、父が健康診断で高血圧の診断をもらってきたことがあって、そのぐらいからだろうか、料理の塩分がぐぐっとへった。

 しょうゆをかけていたほうれん草のおひたしは、ゆでて絞った状態で出されて自分で小皿のしょうゆをつけて食べる方式に変更、冷ややっこに至ってはしょうゆをかけないで食べることになったぐらいだ。何もこんな急に…と思いながらも健康のためと言われれば文句も言えず、慣れることになった。

 現在の私は外食して、味が濃い目だな…と思うことも多いから、世間一般でいうと私の味付けも平均より薄めだと思う。料理の本によっては分量の半分以下で作っても平気なこともあるぐらいだ。

 その状態の私でも実家の料理の味は特に薄いと思う。薄すぎる、と思うときもあるがまあ、人のうちのご飯に文句をつけるのもな、というわけでそのまま食べてくる。

 確かに塩分が冬はともかく、夏は不足するというのも納得の味。
 血液検査して、結果が数値でちゃんとそう出たのなら、確かにちょっと足してもいいのだろう。
 
 朝方にこむら返りになりやすいというような症状もあるらしいから、確かに…。
 塩分が不足するとなりやすいんだっけね。
 
 確かアメリカではピクルス食べるとか、ピクルスの汁を飲むという話があったなあ。ピクルスの汁味の凍らせて食べるアイスキャンディの素、なんていうのを見たときはびっくりしたけど。日本だとこれはつまり、梅干しだろうなあ。

 ふりかけ、つくだ煮、梅干し。このあたりを用意したらあっという間に解消しそうだね、という話をして帰ってきた。
 漬物もいいだろうし。

 おいしいお漬物でも買っていくか…。割と古い商店街のある私の住んでいる町には、老舗の漬物屋さんがある。
 確か、いろいろなつくだ煮を売っているお店もあったと思うし。見に行くかな。

初志貫徹出来たんだねえ。

 久しぶりに訪れた実家のある駅の駅前で「市会議員山田智明(仮名) 後援会」と書いた立て看板を見た。
政治家の後援会の名前だけの看板は、時々見るが、私はこの人を知っている。
 
 この人は同郷で、同級生…じゃないんだが、同窓生で、正確に言うと同級生のひとつ違いの弟だ。

 この人の兄にあたる山田義明(仮名)君は、野球少年で、近隣の強豪リトルリーグの帽子とジャンパーを制服のように着用に及んだ元気な男の子だった。お勉強よりは運動が好きで、ドッヂボールは強烈な横投げが得意で、学校は給食が一番好き…というとまあ、そんなクラスメイトは誰にも一人ぐらいはいたのでは、というタイプだった。

 田舎には珍しくはないが、農家の、それもかなりの豪農の長男だったが、おじいちゃん子で、おれはおじいちゃんの後をついで農業をやり、最高の米を作るのだ、と言っていた。
 そして「弟は頭がいいから、勉強をがんばって議員さんになるのだ」と。「おれは勉強はだめだし、嫌いだからちょうどいい」と笑っていたのを覚えている。

 ここのおうちのお母さんは「教育ママ」だという噂で、勉強が苦手だ嫌いだという長男君のほうだって、それほどひどくはなかったし、科目によっては結構いい成績も取っていたように思うが、弟君はどっちかといえば運動音痴で本が好きで、科学と学習を両方取ってもらっているような子だったから、多分お母さんの期待が弟君にあるのだろうなあ…なんていうことがなんとなくわかる感じだった。

 この駅前の看板を見るとつまり、弟君は「議員さん」になるのに成功したっぽい。
 地元から離れず、このあたりに古くからいる地主さんたちの支持があるのだろう。特に古い家がたくさんある地区の子だったし、町の神社のお祭りで、子どもに回ってくる役を学校を休んで務めていたっけ。

  多分この兄弟は私のことなんか全然覚えていないと思うけれど、子どものころに同じ小学校に通っていた子たちの今の職業がはっきりわかる、なんていうことは滅多にないので、面白かった。

ちょっとだけ塗りなおす

ちょっと前の日記にこのチェスのセットのことを書いたとき、「新しいのが欲しいな」と最後に書いた。

 このチェスセットのコマはプラスチックで、チェスのシンボルが盛り上がっているところに銀色の塗料が乗っているのだけれども、それがもうかなりこすれて剥げてきていたし、金属の薄い板が盤として貼ってあるのだけれど、その塗料もちょっとはがれて、銀色のところが見えていたからだ。

 これがね…。これと同じようなタイプのをネットで探してもあんまりない。ほとんどの人はもっと立体の駒を好むからだろう、こういうボタンとか、コインみたいな形のは少ない。昭和の時代のものに、一応あった、というのがわかったのはさすが、売れてしまった商品でも出品履歴の残るメルカリならではだけれど、(エポック社のブックゲームシリーズ19番、マグネットチェス)誰か持っている人がいい感じの値段で出品するまでどうしようもないので、この場合は待つしかない。

 プラス、その商品が「新品同様」ということはあんまりないだろうなあ。

 しげしげと自分のセットを眺めて、「どうなっていたらうれしいか」を考えてみた。
 まず、銀色の塗料が剥げて、下の赤とか、黒とかの地がところどころ見えているのがないといい。
 あと、さすがアメリカ製というか、真ん中の盤の切れ目のところが数ミリ、ずれている。こういうズレはないほうがいいよね…。あと版の縁の白いところが不規則に剥げているのは、多分閉じたり開いたりするときにこすれるところだったりするからか。

 マグネットのチェス、というだけなら、結構たくさん出品がある。割と出来がいいものもあるし、新品同様のものも買うことが出来そうだ。問題は、小さめの盤についているコマは、ともかく小さくて、立体の駒にしたとたんに見えにくくなること。老眼がこれからも進むだろうから、見えやすいシンボルのコマであることは大切なことだ。

 よし…盤だけ取り換えるか!コマはこれを続投で、ちょうどよさそうな盤だけ安く売っていたら買おう。
 コマは本当言えば、新しいのが欲しいところだけれど、ちょっと塗りなおすのはどうだろう?平面を塗るのは絵心がないから難しいとしても、盛り上がっているところだけ注意深く塗料を乗せ直せば、行けるのでは…?

 というわけで、100均へ行って、銀色のペイントマーカーをゲット。マーカーを浮かせ気味にして、先の細いところでちょいちょいと塗ってみたら、割とうまくいった。

 ペイントマーカーは、ちょっと塗料としてはマットな感じなので、もとのピカピカした感じはなくなったけれど、マークがきれいに見えるようになった。みすぼらしい感じがぐっと減る。
 コマの裏側には、ステッカーが貼ってあったのだけれど、経年劣化でぽろぽろと粉になって落ちていたので、はがして直径14ミリのステッカー(CAN★DOにあった)を貼りなおした。(コマの直径は15ミリ)
 
 ついでにこの盤をたたんだ時に「TRAVEL Checkers/Chess」と題名が書いてあったのも、こすれて剥げていたので、上から塗ったら、これもいい感じになった。

 …もうしばらくこのままで使ってもいい感じ。

 そうだよねえ…。いろいろな道具を修理しながら使うというのは、昨今あんまりはやらない感じもするけれども、売っていないのならこうやって手入れしながら長く使えるようにするしかないよね。
 ふと、「私もっといろいろ持ってた気がする」と思いついた。

 多分、押し入れの奥のほうとかに、もっと大きいセットとか、夫が外国に行ったときに買ってきてくれた、職人さんが作ったっぽい外国のセットとか、2ドル、3ドルで買ったいかにも子どものおもちゃ的なやつとかも持ってたはず。

 ちょうどいい盤も持ってるかも?
 「なぜこの盤に、この駒がついてるんだろう」というようなサイズ感が微妙なセットもあったから、組み合わせを考えて、いくつか断捨離してもいいな。
 
 そうだよ…。息子が小さいころ、やりたいというので最初に使わせたセットは磁石でくっつく立体コマのだったはず(多分はなやまの)。あれどうしたんだろう?

 そしていらないやつをすてたら、一つなんか面白そうなのを買ってもいいよね、メルカリとかで。
 全然知らなかった古い製品とか、「こういうのがあったらよかったのに!」な特徴をもったのがあったりするので、実はお店で新しいのを買うより面白いものが買えることが多いからね、ヤフオクとか、メルカリは。
 
 昔はちゃんとしたのを作っていたのだけれども、だんだんコスト削減になって作りが悪くなっていったとかいうものもあるから、古いのを手に入れるのはいいアイディアの時もあるしね!

 1000円ぐらいまでで、(自分にとっては)新しいものを買ったり、面白いものを見つけたりする楽しみがあるのがいい。
 自分がコレクションしているもののことを考えると、確かに、利益を上げなくてはならないお店よりも、同じ分野の商品で選び抜かれたものがあるのは、戸棚の中だものね。
 誰かのコレクションだったものが、ちょっとずつ出てくる。私のコレクションも少しずつ売って(笑)。

 チェスの問題をもう1つ、解きながらそんなことを考えた日だった。
 

眼鏡新調

アラフィフになって、老眼が出てきた。まあ、しょうがないことなのだろうけれども、眼鏡をはずさないと近いところが見えにくいのは面倒くさい。

 もともと眼鏡をかけているので、別に老眼鏡を作るのにそれほど抵抗もない…と書きながら「老眼鏡」という文字にちょっと抵抗を感じているので、そうでもないのか…。
 2焦点眼鏡、とでも言っておこう。

 なじみの眼鏡屋さんへ行って、レンズを合わせる。
 私は上下や左右焦点のずれに問題があるので、「プリズムレンズ」というのを使わないといけないから、5000円程度の眼鏡では全然だめなのがつらいところ。

 それでもここ10年のレンズの進化は素晴らしい。
 一度試してみたことはある、下半分と上半分で焦点距離の違う当たり前の老眼鏡は、すごく境目がよくわかる(安い)ものだったのだけれど、違和感が全然ないのにはっきり遠くと近くが見える。もうなぜそんなことが出来るのか全然わからん…という感じのものだった。

 プリズムで上下の位置を合わせるのは一気にやると違和感が大きいというので、眼鏡を作り直すたびにちょっとずつ進めていたのをもう1段階、進めて大体ぴったりまですすんだからか、老眼鏡だと左右の視野が狭くなるという問題も私に感じられるほどではなかったし、今までの眼鏡との違和感のなさ、眼鏡の枠も今までのと見た感じがなるべく変わらないように作ったせいか、ブログのネタがなにかないかな…と考え込むまで眼鏡を変えたことすら頭から消えていたぐらいだ(昨日作った)。

 技術が進むっていいことだなあ。
 「割と最新のレンズなんです」と眼鏡屋さんが威張っていたが、それだけのことはある。
 念のため、ブルーライトのフィルターもついたのにしてもらったし、UVのフィルターもかけたし。

 前の眼鏡よりも念入りに表だけでなく裏もUVフィルターだそうで、うっかり日焼け止めを忘れるとスキー焼けみたいになるかもしれない。

 目がだんだん悪くなるのと、技術の進化が同時に起こってそれほど違和感なく過ごせている感じなので、このままもっと技術が進むといいなあと思う。

 いつも思うんだよね…。
 ちょっと目をしかめたり、細めたりしてがんばって見る時期が長くなってから眼鏡を作ると、目の周りに力が入っていたことがわかる。そんなことするぐらいなら毎日のことなんだから早く眼鏡を作ればよかったのに、と。

 今回もやっぱりそう思った。
 

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    まこ

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