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毎日更新!LuckyDuckyDiary

いらっしゃいませ。毎朝6時には更新します。さっくり読んでいってください。コメントくださった方はリンクさせてください、相互リンク歓迎、リンクがダメな方は連絡お願いします。

メガネストッパー

コーラスの練習の時に、最後に全員お辞儀、なんていうのがある。メガネがぷらーん、となって落ちそうになる。

実はこのメガネ、形が気に入って買ったけれども、割とずれがち。特に汗をかく季節はずり下がってくるメガネだった。
鼻にあたるところが一体成型になっているタイプで、汚れがたまりにくいのがいいところなんだけど、顔にぴったりではなかったのを、「これがいいです」とメガネ屋さんのお勧めを断って買ってきたぐらいの物なので、自業自得と言えばそう。

 舞台で全員手をつないで頭を下げたときにかちゃーん、と落っこちるのもマズい気がする。
 多分、落ちないけど、でも念を入れておいた方がいい。

 ネットで「メガネストッパー」を検索にかける。400円、500円するけど、見ただけじゃあ、あんまりうまくいくのかわからないし、いくら400円でも、送料550円とかどうなの。1000円近く出すのは嫌だなあ。
 大体これがうまくいくかというのもわからない。100円ぐらいなら出してもいいけど。いや、多分100均にある。

 案の定、セリアにあった。100円こういうものが買えるってのもすごいよね。
 あんまりぴんと来なかったけど、説明通りにつけてメガネをかけたらぴったりにかけられるし、耳の後ろになるので目立たない。パーツの色は黒で、私の髪の毛も黒いというのもあって多分ぱっと見にはわからないはず。

 お辞儀して頭をさげても全然動かないし、これはばっちり。

 そして汗をかくようなときにも全然ずれなくなって、これは快適。もっと早くつければよかったかも。
 メガネ屋さんへ行って調整してもらうのもいいけど、そういう時間のない時とか、舞台の間だけとかの短時間全く問題ないなあ。
 近いうちにメガネ屋さんへ寄る予定もいれてあるんだけど、どうしようかな。

コラーゲンマシン?

歩いているとスポーツジムっぽい場所の宣伝があった。
「酸素マシン、コラーゲンマシン、スポーツマシン各種」と書いてあって、施設の名前が書いてある。
割と古そうな看板だったので、今の物ではなく、10年とか15年とか経っているものなのかもしれない。

 酸素マシンっつーとあれだな、酸素カプセル。中に入って酸素を吸って活性化がどうの、と宣伝してるもので、他の場所でもみたことがある。やけに高いし、そんなのに30分2000円払うぐらいならマンガ喫茶で7時間パック2000円とか思っちゃうほうなのでいったことはないが、どんなものなのかはわかる。

 あと、スポーツマシンというのは、上にのってハンドルを手で前後させると足の方も動くマシン(アメリカにいたときアパートに備え付けになっていた)とか、ベルトがついていてそこを歩くウォーキングマシンとか、ペダルをこぐステーショナリーバイクとかそういうやつのことだろうなあ、という見当はつく。もしかしたらひと昔前に流行した効果不明の「ロデオマシン」とかも含むのかもしれない。

 しかし、このコラーゲンマシンというのはどういうものなのだろう。
 良質のたんぱく質をとることによって、皮膚の調子がよくなるというのはマユツバだが、まあわからんでもない。
 コラーゲンを皮膚に塗ると、一応何も塗らないよりは保湿効果があるらしい。(といっても、それをいうならオリーブオイルでも安いクリームでも保湿効果は普通にあるのでコラーゲンに限ったことではないけど)でも、マシン?

 体中の皮膚にコラーゲンを吹き付けるマシン。うわーべとべとしそう。
 コラーゲンの入った液体で満たされたタンクの中に入るとか。うーん。
 コラーゲンの入った物質からコラーゲンを抽出するマシンというのはどこかにありそうだが、あるとしたら工場だろうしなあ。

 住所と電話番号を見るに、割と近所だった。ちょっと見たいなあ。
 

あて(られ)逃げ

買い物帰りに歩いていた。
生垣のある見通しの悪いおうちの角を曲がったと思ったら、胸にボスっと衝撃が。
おっとっと、となるぐらいの強さで、何事!と思ったら、大きな虫がボトっと落ちて地面にひっくり返っている。

結構な早さで飛んできて衝突のショックで落ちたのだろう。

ちょっと大きめで、シマシマの感じから行くとハチだ。それもミツバチとかアシナガバチより大きいような…。こんなの、近所にいたっけ?アブにしちゃ羽音が小さいし、まさかスズメバチなんてこんな場所にいる?

 と思ったけどしげしげ眺めていて刺されてもいやなのでハチらしき虫が気絶している間にさっさと逃げておいた。
 
出会い頭に衝突なんてねえ。車じゃなくてよかったけど。それと虫が衝突したのが顔じゃなくてよかった……。
びっくりした。こういうのも当て逃げというのかなあ。いや、当て逃げたのはあっちなので、私にとっては当てられ逃げだけど。

中受プレテスト

 受験期が迫ってくると、各学校「プレテスト」という名前のテストをやる。
 これは別に入試ではないのだが、行った人全員に受けさせてくれて、割と入試問題みたいなのが出るという話。

 不思議なテストで、誰もはっきりは言わないのだが、「受験をするのに有利」だということになっている。噂レベルの話ならあって、たとえば「ギリギリで不合格だったとき、プレテストを2回とも受けていれば何点か加算して合格にしてくれる」とか、統一日より後の日程の試験には、プレテストの点数と、一科目受験で合格させてくれるとか…学校によっては、はっきりと「統一日の試験の点数に加算」と書いてある学校もあるとかで、うちも、一応やっておこうか…という話になった。

プレテストの受験校は、息子が受ける志望校3つよりぐっと偏差値が低い。塾によっては偏差値が出ず、「(-)」と空欄になっていることもあるような学校だ。

 ただ、息子の場合は得意科目でも波がある。うまくいけば9割超えだが、下手すると6割、とかそういう感じになってしまう。今から数カ月でそれが解消するか…と言われると、あんまり期待できないというのが本音だ。

 というわけで、そのプレテスト、行ってきたんだけど、結果がね…。

 普通は、そこより偏差値が20以上も高い学校の過去問とかをやっているのだ、当然いい点数が取れると思うよね??

 正解率が国語6割は、頑張ったと思う。だがしかし、算数も6割。
 夫とがーん、大ショックー。

 本人は、テストの帰り道に聞いたら、「あんなの、簡単すぎー!」と言っていたのにだ。
 つまり…計算ミス多発、うっかりミス連発、それから単純に問題が読めていなくて解答形式を間違っているものが散見される。(模範解答と自分の答案を郵送してくれる)

 なんだか欠点を拡大したような感じになっていた。
 本人もびっくりの点数の悪さ。つまり、パッと見て簡単だったので、なめてかかって失敗したということのようだ。

 いくら簡単に見えても、こういうミスをすると点数が取れないこと、点数が取れなければ合格しないこと。こういう力の抜き方をするのはよくないこと…とまあ、普段は冷静な夫もショックを受けたらしく、息子はがっちり説教をくらっていた。

 普段は、自信たっぷりに俺は頭がいいぞ、と思っている息子もさすがにこれはまずいことは分かった模様だったので追い打ちはかけなかったけど、いい加減にしてくれよ、と私も思った。
 このプレテストを受けておくことで、もし他の学校がダメで、意気消沈してテストを受けるかもしれない時に、「楽々合格」を狙いたかったのにー。

 楽をさせたい、なるべく心理的に負担をかけたくないという親心は、なかなか通じないものなんだなあ…。根拠のない自信と、プライドの高さが、男子の特徴だと塾の先生はいうのだけれども…。どんな学校のテストでも、この時期のものは役に立つかもしれないからという謙虚さは、ないってことなんだろうね。

 この学校のプレテストは役に立ちそうな点数が取れなかった。まあ、落ちまくったら公立にいくのは本人だからね…と珍しく2本目のビールをあけながら夫がぽつっとこぼしていた。
 そのあたりの因果関係がいまいち、わかっていない気もする6年生だった。

ゆるゆる?受験の方針

 昨日のプレテストの記事を書いた後、ネットをブラウズしているといろいろな記事があった。たとえば有名な人でいえば、東大にお子さんを3人入れたという本を書いている人とか、自分は学歴が低いけれども娘さんは高学歴になって自分とは違うタイプの人生を、というので塾も使わず娘さんを結構いい私立中にいれたという「下剋上受験」の親御さんとか(この人は教育コンサルタントみたいなのになったらしい)、各種塾の講師や、教育評論家の記事まで入れたらもう、絶対全部信じたら矛盾が多くなりすぎてわけがわからなくなること請け合い。

 結局、無理のない範囲でなるべく個人に合わせて勉強させて、競争心や向上心がある子ならがんばらせて、親はサポートに回り、無理のない範囲の学校からチャレンジ校まで数校選んで受験、どこに行っても努力はしただけのことはあるから無駄にはならない、というあたりが落としどころになる感じ。

 まあね…かなり無理をさせて押し込んだのはいいものの学校をやめた人の話とか、男子が全員受験をする私立の小学校(その学校は中学から女子校)で、授業中に叫び出して自分の手を鉛筆で刺したり、隣の子に殴り掛かったとか、突然泣き出して動けなくなった子がいたとかという具体的な話を聞いたこともあるし(話を聞いた人のお子さんはその学校にいた)、難関校に是が非でも合格しろ!というのは相当子供にプレッシャーがかかるものなのだろう。
 もともと私立の小学校から中学校高校、と考えていると、落ちたら公立に行けばいいよねという選択肢はないものとして考えざるを得ないし、それも塾に何時間もいかせて、下手をすると特別な講座などを取り、ひと月10万円どころか、その特別コースの宿題をやるための家庭教師なども雇い、20万円越えという話もあったりするそうだ。

 1カ月20万円!いや、10万円でも相当だ。そこまでしてトップ校に押し込まなきゃいけないのかと私は思うが、だからこそうちは「中堅校受験」で、難関校ははっきりと「受けません」と公言してるわけだけど。1カ月に20万つぎ込んで、年間200万円以上かけて、それでまだ「入学前」ってところがなんとも厳しい。

 うちは中堅クラスなので正直あんまりお金はかかっていない方だと思う。それと「公立には行きたくないけど、どこかに受かればいい」ぐらいのんびりした受験だ。多分、志望校3つのうちどれかにはかかる。それがだめなら、近所には去年の入学実績が中学生は男女ともに定員割れです、という中学校の2次募集だってある。ちなみにそこの高校の偏差値は結構高く、大学の進学実績は悪くない。一応模試を見る限りではその学校の偏差値は「(-)」だが、つまりは「滑り止め」の学校で、後は落ちまくった子を拾ってくれるという評判だ。学校では手厚く指導してくれてアットホーム、高校から入ってきた偏差値の高いお子さんたちにもついていけるぐらいに実力はつくらしいから、悪い学校ではないと思う。

 もちろん、「御三家」とか、「超難関」とかには比べるべくもないが、あんまり「偏差値至上主義」みたいになってほしくないのも本音だし、うちの息子にそういう「バリバリ勉強しましょう」という学校は多分合わない。どちらかと言えばアットホームで少人数のほうが合いそうなんだよね……。

 公立の学校が嫌だから受験、ってずいぶん消極的な理由だと思うし、周りの受験組のお母さんたちを見ていると多分うちはのんびりしすぎている感じもするが、肝心の息子がコツコツ勉強してくれるタイプではないので得意科目で一発勝負ということになっている。
 もうちょっと年齢が上がってから、やりたきゃ勉強するだろうし、しないならしないなりでそういう人生を選ぶのも、もうしょうがないんじゃあないかなあ。というところまでは親もあきらめがついたということでもある。

 息子の算数のひらめき具合はすばらしいし、かなり難関校用の問題を解けるところはいいのだが、式を書かない算数と問題を読まない国語では、点数が上がりきらない。算数はミスが少なければ点数が取れるが、国語は運がよくないとダメな感じ。本人はオレは頭いいぞ、と思ってるし、受かる気満々だ。

 中学受験は親の腕次第というのは嘘だと思う。お金はある程度かかわってくる。これは確かに。息子のやっている受験用の算数は、小学校の授業とは全く別のもので、どちらかというとパズルとかクイズの方に近いのでは……という感じだし、親も解けないようなのが出るから、塾の解説書なしでは厳しい。
 でも、あとは受験するのは子どもである以上、出来不出来に波があったり、やる気にむらがあるのはもう、しょうがないね、と勧めるしかない。やっぱり受験する子ども次第だと思う。

 一番不出来で、やる気がダダ下がりの時にも受かる学校を1つは用意してやるしかないかね、ということで夫とは相談がまとまっている。塾ではもっと受けろ、もっと上を目指せ、とたきつけるらしいが、うちではそれに反対だ。親も子もそのぐらいのほうが楽だし、この年齢で無理はしなくていいだろう。

 とはいえ、こういう方針の親御さんはあんまり見ないので、ちょっとブログに書いてみた。
 

ジャージの流行

 息子の服が全体的にサイズアウトしていって、服を買いそろえている最中なのだが、これがなかなか進まない。
上半身のものはちょっとぐらい大きくてもそれほどおかしくは見えないのでぱっと買ってしまえばいいのだが、問題は下半分。
ズボンは、ジャージとデニムパンツと、あとは秋口とか春先とかに薄手のチノパンをはいているぐらいなのでバリエーションはない。

 ジャージを買う時は上下セットのが多い。スポーツ店でもそういう風に売っているのが安かったりするわけで。いままではいていたジャージは近隣の量販スポーツ店の一番安いジャージだった。上下3980円ぐらい、安かったら2980円ぐらいでセールになっているもの。幼稚園の時に100センチぐらいからスタートして、ずーっとラインの色こそ違え同じジャージを110、120、130……とつまりひと刻みずつサイズをあげていたわけで。一番大きいサイズが160なので、まあ大体中学生終わるぐらいまではこれにお世話になるだろうと思っていた。ほとんど制服のノリだ。おしゃれな女の子だとこうはいかないが、服に無頓着な男子というのはこれで十分。 
 黒にラインが赤、黄、青、白の4色展開。

 腰ゴムではきやすく、やわらかく動きやすく、宿泊学習のパジャマになったり、旅行の時の予備のズボンになったり大活躍、と思っていたのだが、なんと今回スポーツ店へいったら、そのジャージがない。えええ……。
 もちろんジャージはジャージでも、PUMAだとか、adidasだとかはある。高いけど。こういうのを買う人もいるのは知っているし、そういうのを好む男の子が多いのも承知しているが、値段は上下で8000円とか突如倍で、予算オーバーこの上ない。背丈がのびなくなってからなら、「長く使うから」とかいう理由で買ってもいいのかもしれないが、今の息子の年齢を考えると下手をすると1年でサイズアウトだものねえ。

 そこで、見たことがあんまりない安いジャージを買って家に帰り、試着。
 「おかーさん、これ、きつい」
 えー?ジャージというのは大体こう、部屋着っぽいゆるさがあるものでは?見た感じわかるほど太ったというのもないし、息子は大体ひょろっとしている。2サイズ前のジャージの裾を切ったのがまだ半パンとして履けるぐらいには、体が薄いのが特徴。

 履かせたまま見てみるとわかってきた。これはつまり、スキニーのジーンズと同じ形をしている。裾の方へ向かってすぼまった形なのだ。そういうズボンが嫌いなのは知っている。私もうっかり雨に濡れて帰ってきたら脱ぐのに大苦労という形のジーンズが嫌いだった覚えがあるので、これは遺伝かもしれない。

 こういう細くなっているジャージって、流行りなのかなあ。結局返品。

 「もっとぶかぶかした感じのがいい」というので、ネット上に残っている今まで履いていたジャージの画像を検索して出して保存。それと商品画像を比べて似ているように見えるジャージをネットで探して、渡り幅を調べる。

 そうすると、今までのジャージ(サイズがうんと小さいの以外売り切れだった)のサイズ表と比較すると渡り幅を同じにすると1サイズ大きいのを買ったほうがいいことが判明。うーん……。
 
 「ゆったり ジャージ」とか検索して、特にワイドなものも検索して、結局ブランドが全く書かれていないジャージの1サイズ上を1本、それからゆったりしているというふれこみのものをもう1本買って履かせてみたら、なぜか1サイズ上は足の長さがあまるはずなのに「なんとか履けてしまう」ぐらいで、多分短めの展開だったのだろうということが判明。
 ワイドだとかいてあったものは「ばっちり!」と喜ばれた。
 
 「おかーさん、デニムのでこういうのないの?」と。
ええーーーー。探すけどさ。これってあれだ、昔あったぞ、そういうジーンズ。私が小中学生だったころ流行した。「ジョッパーズ」というズボンが結構だぼだぼだった。足首が絞ってあったかもだけど。あとは、不良学生がはいていた「ぼんたん」とよばれていた学生服ズボンもたしかダボダボだったっけ。

 検索をかけてみたけれども、ジョッパーズはどうも女性用らしく、ボンタンにいたってはボンタンアメがかかる始末。しょうがない、もうちょっとがんばるか。

 
 

太いデニムパンツが欲しい

「ゆるいデニムが欲しい」という息子。この場合、デニムショップにいくならば、「ストレート」を選ぶべきだろう。そうすると足首のほうまでの幅が一定……ということは大体息子好みのジャージと同じ形のデニムがはけることになる。

 とはいえ、近隣にそういうお店がないわけではないが、本格デニムショップのデニムというのはかなり高い。普段履いている息子のズボンは基本3000円以下。そういうものはデニムショップにはないことが多い。

 流行のズボンというのはどうも細身のものが多いのと、足首に向かってスリムフィットになっているものが多いから、「こういうのイヤ」と言われる。小さい子向けのパンツにはストレート型が多いのだが(脱着が簡単だから)、年齢が上がってくるとそういうのが減るんだよね。

 ユニクロのストレートデニムをはかせてみたら、「これよりもっとゆるいのがいい」と。うーむ、それはなかなか難問だ。

 「ゆったり デニム」「バギーパンツ」ぐらいか、と検索したが、子どものものが出ない。大体ファッション用語には疎い私なので、検索語を思いつかないんだよね。ちなみに英語の場合の検索語は「Husky Fit」これだ。アメリカは肥満の人が多い。子どもも例外ではない。家庭料理がハンバーガーとマカロニチーズとピザ、という世界なので、大人ほどではないがずんぐりした子供たちが3割ぐらいはいる。

 ハスキーフィットはウェスト周りがちょっとゆるく、なおかつヒップから太ももあたりのサイズが大きい。下半身デブで背が低い私がちょうど入るパンツだというのがあって、私はアメリカにいるときは子供服売り場のHuskyFitを愛用していた。(子供服が割安だというのもある)このタイプなら間違いなく足の部分は太いし、ダボっとした感じだったろうから、今の息子の要望にぴったりだったはずだ。

 でも日本では「ハスキーフィット」という用語は英語でも日本語でもひっかからなかった。
 かろうじて「ペインターパンツ」と「カーゴパンツ」を検索語にするとちょっとだけ出た。
 そのあたりをジー―っと検索し続けると、「この商品を買った人はこれも買っています」のあたりから傾向が読める。

 あーーー!これ!こういうの!という写真が出てきた。クリックして飛んでみると、どうもこれ、ヒップホップダンスをするお子さんたちが履くパンツっぽい?ダボダボというか、「ストレッチワイドデニム」というような名前のものが多い。
 なるほどねえ、出てきた動画を見てみると、スタジャンにワイドデニム、野球帽を後ろ向けにかぶったというような衣装のお子さんたちがブレイクダンスみたいなのを何人かで踊っている。

 「ヒップホップ デニム」で検索をかけたら、ずらりと出てきたのがほとんどダボダボなデニムパンツ。おおお!大当たり!
 股下のサイズを選んで注文出来た。2000円ぐらいの安いのもいっぱいあった。多分動きの激しいダンスに対応するためなのか腰ゴムのものが多かった。もう高学年なんだからベルトにも慣れろ、と思うのだけれど、息子はいまだに小さい時のと同じように腰にゴムが入ったパンツが好きだからねえ…サイズが上がっていくと腰ゴムのパンツが減るので困っていたのだけれどこれはばっちりだ。「この商品を買った人はこれも」で同じような感じでチノパンもあったのでそれも買っておいた。助かるー。

 到着したのを履かせてみたら「はきやすくていい」と喜んでいた。だいぶ上までサイズあったし、他の形を履きたいと言い出すまではこれでいいや。
 全員が流行のものを着たいとは限らないし、ぴったりがいい子もいれば、ゆるゆるがいい子もいるはずだもんね。
 そういう需要があってよかった。私が子どもだったころは服に体をあわせろ、ぐらいの勢いで流行でない形で、定番でもないものを買うのは「考えられないこと」だったことを思えば、バリエーションがあるのがうれしい。

 検索語がわかってよかった。

今頃衣替え

朝晩はそれなりにすずしかったが、つまり「涼しい」ぐらいの表現ですむぐらい。マンションの気密性もあって昼は窓を閉めていると28度ぐらいまで上がってしまう暑さで、窓を開けていても25度あたりをうろつく温度では、まだまだ半袖の出番があった。

 薄手の長袖でも行けるぐらいの温度になったら衣替えだなあ、と思っていたら気が付いたらもうこんな日になってしまった。
 夜はシーツと毛布をかけて寝ていれば寒くないぐらいだったのが先週。今週はシーツ、ガーゼケット、毛布の組み合わせ。冬でもかけている布団を出してカバーをかけてから、一晩シーツ+布団で試してみたら暑くて目が覚めたので、まだ早いということになった。

 長袖のカットソーと、薄手の上着を出して、夏の日よけ用パーカーとかの羽織りもの系は洗濯&収納。春秋ものの出番はほとんどないうちに冬が来そうだ。
 息子はまだ半袖のTシャツが着たいらしいので取っておくが、ズボンはもう長いのでいいそうだ。半ズボン引退。
 息子の今朝のパジャマは、タンクトップに半パン。真夏から変わっていないので、さすがに半袖に薄手のコットンの長いパンツのにしようか、ということで真夏用は片づけた。

 夫の半袖シャツ全面収納、長袖と前後を入れ替え。タンクトップの下着をひっこめて、膝までのズボン下と半袖下着を出す。長袖の下着と長いズボン下はもうちょっと後でいいよね。
 
 平年より1カ月遅れぐらい。今年の衣替えは遅かった。

戦々恐々看病

息子がどこかから、やたらせきのでる風邪をひいてきた…?と思った週末。日曜日に夫も同じ症状が。
休みなのでまだマシだったが、夫は月曜日に重症化した模様。息子は念のため学校を一日休んだ。

息子は時々せき込むものの、マンガを読んで笑うぐらいには余裕だったが、夫はかなりきついみたいで、「全然よくなる感じがしない」と愚痴りながら仕事を休んでいた。

 薄切りのリンゴを塩水につけてお皿にちょっとのせて、房にわけたオレンジをのせて、お茶を出す。冷たいのが息子の、あったかいのが夫の。

 小さめの水筒にあったかいお茶をいつでも出せるようにしておいて、タオルを出したり、トイレに起きたときにシーツを代えたり。
 病人が出るのは時々あるが、2人一度にというのが珍しい。おなじような咳をしている。
 息子はのど飴の類がほとんどダメ。味にうるさいというのか、味覚がお子様だからなのか、フルーツのど飴ぐらいの味でもダメだし、ミント系全滅、ハーブ系もまずだめ。

 唯一それっぽい効能があるかも?と思えるキャンディで食べるのはハチミツ100パーセントのだけだ。家にはない。スーパーが開くのが早いところでも9時半、遅いと10時。コンビニにもあるかもしれないけど、割高だからねえ。
 「なんかせきがとまるようなものはないの」とうるさいのでお茶をついで、ついでに梅シロップを作ったときの残りの氷砂糖が冷蔵庫の隅っこに残っていたので出してやったらおいしい、とニコニコ喜んだ。確か氷砂糖がのどにいいからと言って持ち歩いている人がコーラスをしている人にいた気がする(多分見たのは30年ぐらい前だけど。本当に効果があるのかは謎)。

 夫が食べるのは「シュガーレスのど飴ならどれでも」なのであんまり気にしなくていいが、今日に限って「薬っぽいやつ買ってきて」というので「ヴィックスでいい?」と確認を取って9時半すぎてから買い物に。
 ヴィックスドロップなら一番近くのスーパーの薬売り場にあるのがわかっているし。トローチはあったかどうか記憶にない。

ヴィックスドロップ発見。そして咳が止まったほうがよく眠れるかな…と思って子ども用の薬もちょっと見た。
 今年の初めまではアンパンマンの柄の風邪薬を使っていた。長年愛用していたのだけれども、一応、11歳までの使用ということみたいだし、もうちょっと年上向けもいいだろう。

……と思って売り場をみたら、5歳から14歳向けというのが1種類。選択の余地なし!
中学生になったら大人用でもいいのかなあ、とは思うけれども、15歳以上と区切ってある薬が多いし、息子はちょっと小柄なほうなので、大人向きは微妙だし。風邪をひきやすい幼児の頃ならともかく、病気になりにくい中学生用の市販薬というのは二ッチなのかもしれない。

 昼ご飯は息子は食欲があったのでお弁当のおかずを流用して昼ご飯に。夫は卵を落とした雑炊で。
 夫は病気となると絶対卵雑炊か、たまごいりお粥が食べたいので、これを出しておけば喜ばれる。
 汗をかいたら着替え、シーツ枕カバー取り換え、お茶追加とおやつにゼリー?まあいいけど。微妙に元気な息子を見ていると学校に行かせればよかったかなあと思わんでもないが、39度越えの熱が出てうとうとぐったり、熱でうるんだ目で「まま…」とつぶやかれるという幼児の頃のことを思えば、食欲があって「おかーさん、たいくつー」のほうがましだものね。

 ちなみに夫は潔く薬をのみ、水分を取った後、もう寝るしかないよね、と寝ていた。早く直さないと学校と違って仕事はあんまり長期間休めないし。

 夜も薬を飲んだり、湯たんぽをいれたりして早めに就寝。はあ。これであとは私にうつらないか、というのが問題だ。

カタカタの靴下

夫の靴下は、大抵黒いビジネスソックス。大体同じのをたくさん買って、穴が開いたら捨てている。全部同じなら、穴が開いても奇数になることはあってもそのうちもう1つ破れたら無事なほうだけでペアが出来るからこの買い方になっているはずだったのだが、今回は多分ちょっと早めに靴下を買ったのか、無事なペアがまだまだ多いうちに新しいのが投入された。

 大体残り少なくなってきたところで全部廃棄して新品を束で投入するのだけれど、今回はうっかりそれほど古びていなかった古いのが混ざることになったらしい。

 それがね……。2つまとめてセットになっているくつしたが、何かのはずみでバラバラになったのを、彼がうっかりはいていったらしい。くつしたが2種類、1つずつ洗濯に出されていた。

 今まではどれをとっても同じだったため、たいして問題はなかったが今回のはぱっとみて違いが判るぐらいパターンが違う。
 そんなわけで、ちゃんとペアになるまでは引き出しにいれず、低めの引き出しケースの「上」にその靴下を置いた。

 そしてその2日後、もう一回洗濯に出ているのを発見。

 だーかーらー。いつも引き出しに入っている靴下が上に載っている時点で、なぜ変と思わないんだろう。そしてそれをぱっと手に取って履くってさあ。

  なぜその靴下が上にのっかっているのか、という解説を夫にはして、了解してもらったはずなのに、さっき洗濯物を取り入れたら、また、その片方ずつの靴下が……。
 
 これを書く前に夫の靴下が入っている引き出しを大捜索したのだが、結局見つからず、しょうがないのでその靴下は私の引き出しに入れておいた。
 もうしばらくたって見つからなかったら捨てよう。

 しかし、3回もカタカタの靴下を履いて全然気にならないあたりが、なんとなくいらだたしいというかあきれるというか、もやもやするのでブログに書いたのでした。

インチキコタツ療養日

のどが痛い。ちょっと前に夫と息子がかかっていた風邪だな、多分。と思うぐらいには症状が似ている。
ひどくなる前に治したいなあ……なんとなくざわざわする。

用事もない、外出予定もない。全力で掃除と洗濯を終わらせて、夕飯ももやしの胡麻和えとか、大根の煮物、しめじとわかめの煮びたしと、玉ねぎと肉の炒め物……と、コンロを3つ使用して30分ぐらいで作成。味噌汁をあたためたら終わりという状態にもってきた。
 調理器具も洗って、ごみも集積所に持っていき、食べ終わったら洗い物も最低限。
 よし!というわけで電気座布団をベッドに持ち込み、こたつ状態に。

 布団をかけて小説を読んだり、お茶はサーモスでベッドサイドに持ち込み、おやつまで食べて、これは年末年始の休暇でこたつから絶対出ないでのんびりする時と同じだ。ちょっとのどは痛いけれどもその程度で、熱もないし、これで治ればバンザイだもんね。

 こたつ、ほしいなあ……。でも、コタツに一度はいると出られないし、うごけないし、動かしにくくて掃除に邪魔だし買わないことにしているからねえ。わかっていてもこのインチキコタツでのんびりするとそう思ってしまう。

 首にカイロ貼ろうか。早く風邪が治るといいなあ。 

十年ひと昔

スーパーで、レジを出て品物を詰める台からちょっとはずれたところに、半年ぐらいの赤ちゃんをスリングで抱っこした若いパパさんがいた。慣れた様子で子供に話しかけている。

 おお……。私はこの人をみたことがある。この人はゴールデンウィークぐらいだったろうか、まだ1カ月かなあ、それ以下か?というような赤ちゃんを、ものすごく不慣れな感じで捧げ持っていた人だ。
 そう、抱っこというにはあまりにもこわごわで、初々しいというか、慣れない感じがよくわかった。
 多分、奥さんが買い物をするのを待っているのだろう。奥さんが一人で行動できる時間をちょっとでも取っているのだろうなあ。とは思うが、かといってまだお子さんと2人で外出とか留守番が無理、ということでこうなっている感じ。

 今日抱っこしている感じをみるとぐっと慣れてきている感じがするし、最近はお父さん用の抱っこ用品も多いしで、きっともうちょっと大きくなったらパパと2人でお出かけも出来るかもと思わせた。

 息子がまだ赤ちゃんだった十数年前は、パパが赤ちゃんを抱っこしているのはちょっとめずらしかった。
 夫によると、「ぎょっとした顔で見られたことがある」そうだ。でも、最近週末に町を歩いていると、赤ちゃんを抱っこしたお父さんが増えている気がする。いいことだと思う。赤ちゃんも、抱かれ慣れていない人がイヤなだけで、慣れればパパでも大丈夫なんだよね。

 荷物と、ベビーカーと赤ちゃんを手分けして運べたらそれだけでも便利だし、子どもが2人いるときに、おかあさんと!と駄々をこねる上のお子さんがお母さんと手をつなぎ、赤ちゃんはお父さんが運ぶのもいい。10年ひと昔っていうけど、本当なんだなあ。
 お父さんと子どもだけで出かけている人もちょくちょく見るようになった。当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけれども、それはやっぱり今だからであって、10年前は少なかった。

 今から10年たったら、わかるぐらい差が出ることがあるかな、楽しみだ。

男の子免疫

スーパーの通路で、3歳ぐらいの男の子が、ポーズをとっていた。
足をぐっと開き、手の指をかぎづめの形に曲げ、腰を落として首を正面ではなくちょっと横に向けたその子を見てつい、ほほえましくて笑ってしまった。

 息子が3歳ぐらいだったときに、同じようなポーズで写真に写っていたことを思い出した。スパイダーマン?みたいな子のポーズは、息子の「ボクのかんがえたかっこいいぽーず」だった。顔も、がおー!みたいな顔していたかな、それともドヤ顔だったか。
 このポーズばっかり写真に残っている時期があったっけ。

 そんなことを思い出して心和んでいると、その子のお母さんらしい女性が、「すみません、すみません!」と謝りながらその子を通路の端にひっぱっていた。「大丈夫ですよ」と返しておいたが、本当にかわいい男の子で、「いいもの見たわあ」な気分だった。

 私はその子だけを見たのではない。自分の記憶の中にある小さかった時の息子も一緒に見ているのだ。それが今見た男の子の可愛さをより一層高める効果がある、そういう感じ。一度男の子の親になったことがあれば、世の中のすべての男の子の母親になったような気がするものなのだ……というのは、多分ジーン・ポーターの名作【そばかすの少年】の中の言葉だったと思うけれど、なんとなくだけれどちょっとわかる気がする。

 一生懸命静かにさせようと頑張っているお母さんと、元気いっぱいの男の子なんか見ると、応援したくなるし、ちょっとぐらいうるさくても、「あれはしょうがないよねえ」とほほえましく眺められてしまうのが、男の子育児の経験がある人の「男の子免疫」だと思う。
 何百回注意しても聞かないとか、じっと座っていられないとか、棒と見たら絶対手放さない(1歳半ぐらいから発現する)とか、水たまりに絶対向かっていくとか、気になるものがあったらもうそれしか見てない!とか、男の子のお母さん同士で話すと「あるある」というのに一定のスタイルがあることを思うと、やっぱりこの免疫みたいなのはあるとしかいいようがない。

 「赤ちゃんがおなかにいます」みたいなキーホルダーがあるぐらいだもの、「男の子に免疫があります」というのもあったらおもしろいよね。やんちゃな男の子がそばに来ても嫌な顔をしません、みたいな感じに。

 息子が幼児と言われていた年齢の頃、スーパーで「かわいいわねえ」と言ってくれた人たち、電車や新幹線、飛行機の中で息子をあやしてくれた人たちのことを思い出した。きっとあの人たちも、男の子免疫があった人たちなんだろうな。
 私もあの時の人たちみたいなおばちゃんになろうと思う。

老後が怖くなくなる本(その1)

【吉沢久子さん】という人の本を読んだ。

 題名が「90歳。一人暮らしを楽しんで生きる」という本だったのだけれども、これが棚に並んでいて、91歳、92歳、93歳……とずらっとならんで96歳まであった(後で見たらもっと後のも下の段にあった。多分100歳まである)そのインパクトに目を惹かれたので手に取った。

 この人はエッセイを書いたり講演会に出たりするような人で、地方の新聞にコラムを書いたりもしているということが何となく本文から読み取れた。職業で行くと、文筆業とか、エッセイストだろうか。

 おいしいものを、びっくりするような高価なものではなく、日常でも手に入るような自分の好きなものを、好きなように調理して食べ、出来ることはやって、出来ないことは手伝ってもらって、鉢植えの世話をしたり、自分の姪やその子たち、孫たちを時にもてなしたり。そんなに遠くに出かけることもないけれども、一人暮らしを自分のペースで楽しんでいることがうかがえて、風流な感じというか、しみじみとくらしているのだなあ……というのがわかってちょっとうらやましくなるような、そんな文章だった。

 私はあんまり人づきあいのある方ではないし、この人みたいに色々な人間関係をうまく構築して、ちょっとしたことが頼めるような親しい人がいる暮らしにはならないと思うけれども、一人でも、それなりに身の回りのことをこなしてやっていけるのではないか…と思わせてくれる。調べてみるとこういう「老後生活の本」と言ったようなテーマの本をかなりたくさん出している。売れるんだろうな…。
 年を取らない人間はいないからねえ。みんなが「自分のこと」として考える問題なので、読みたい人が多いのだと思う。

 なんせ老後に何千万必要とか、年金が破綻するとか、コンパクトシティ構想で田舎の方は人が住めなくなるとか、なんだか将来が怖くなってしまうような話が多い昨今、自分の食べる分だけの簡単料理をして、贅沢しなければそれなりにやっていけるというトーンに安心感がある。

 この人は現役でエッセイを書いているぐらいだから収入もあるだろうけれど……とかまじめに考えてしまうとそこまで自分にあてはまらないかもしれないといえばしれないが、年金破綻にしろ、コンパクトシティにしろ、何千万必要な話にしろ、あんまり突き詰めて考えてもしょうがないのも確かだものね。

 もちろんこんな年齢になる前にさっさと死ぬかもしれないし、それをいうなら明日にいきなり暴走車にひかれて死ぬかもしれないなんて考え始めたら老後のことなんか考えるだけ無駄。

 だとしたら、雰囲気重視でこういう本を読んで、私も、家でご飯炊いて味噌汁作って、浅漬けでもして、後はお惣菜買ってご飯にしたらいいし、鉢植えの世話ぐらいはして、後はブログでも書いたら、楽しいかなあ…ぐらいのことを思っておくのもいいよね。
 手を抜いて、人づきあいは義理でしかなきゃやめて、本当に仲のいい人とだけ連絡とって……。出来ないことは出来なくていい、そういう老後。

 読んでいるとわかるのは、まず「毎日生きているだけでいい」とこの人が思っているところ。社会貢献がどう、とか専業主婦は役立たずだとネットで言われているとか、そういうことを全く問題にしていない。多分、戦争を体験した世代だからだと思う。
 食べ物がなくて死んでいった幼い子供たちや、兵隊に行って死んでいった家族がある人がとても多かった時代を抜けてきたら、確かに毎日ご飯食べて、それなりに元気に暮らせればいいのだと実感できるのだろう。

 それを私が真似してもいいなあ、と思う。毎日ご飯作って、洗濯掃除して、ご飯食べてお風呂入って寝るだけといえばだけ。編み物をしているか、ゲームをしているか、本を読んでいるか……というようなことはあっても、そういう毎日。
 仕事をして社会貢献をしている人を見ていると、自分はこれでいいのか、なんて気分がしてくる私にとっては、「これでいいんじゃないかなあ」と思わせてくれる本で、そして、きっとなんとかなる、と思わせてくれる本だった。

イングリッシュアフタヌーンティdeデート

最近、夫は仕事がとても忙しかったらしい。時々二人でしているランチや、家族での週末のブランチだとかの外食が全滅。夜も遅いし、休日も都合がつかないか、くたびれていて外出したくないような雰囲気。

 それが一段落ついたという話で、久しぶりだから、とデートにさそってもらった。
なにがいい?と言われたけれども、2人で外食は、安ければ牛丼ということだってあるぐらいだ、高けりゃフランス料理屋さんでディナーたべれば3人で1万円越えというのも可能といえば可能。電車に乗って行く大きい駅まで行けばなんでもあることを考えれば、予算は400円ぐらいから5000円ぐらいまで幅がありすぎ。

 本当に久しぶりだったので、ちょっと予算は高くてもいいと彼が言ったので考えてみた。
 多分だけれども、デートでお昼に出かけて一番高かったのは多分、結構大きい街で、イギリス風のアフタヌーンティを出すというお店に行った時だと思う。私は確か20歳そこそこだった。ミントンの銀ティーセットが出るというのが売りで、スコーンにパウンドケーキと小さいフルーツタルト、フィンガービスケット、ジャムに泡立てた生クリーム、そしてキュウリのサンドイッチ。

 スコーンを食べたことなんかなかったというぐらいで、サンドイッチもうっすーいパンに具がキュウリ「だけ」で、これが本格的というのは本で読んだから知っているけど、キュウリだけのサンドイッチってどうなの!とか思った覚えがある。それがまた、一人分8000円というのだから、いくらテーブルごとに給仕の人が控えてくれるようなサービス形態とはいえ、ずいぶん高い、とおごってもらったにもかかわらずちょっと後悔したぐらいだった。

 サンドイッチは薄ければ薄いほど上等だとか本で読んだけど……でもいくら本格的で上等でも、私はイチゴと生クリームのケーキとか、プリンパフェのほうがいいな、と思って一度だけしか行かなかった。

 …という話を夫にしたら、「じゃあ、そういうのにする?」と。そうだね、昔の彼氏としか行ったことがないっていうのも、なんかイヤだね、ということで、ネットでアフタヌーンティで検索してみた。

 あった。それも3000円ぐらい。まあ、軽食ということでいえば相当なお値段だけど、ケーキと紅茶でとか、ランチ3回分ぐらい?
 前回2人でランチしたのは息子の夏休みが終わったあたりだったということを思えば、3回分ぐらい間も空いているということで決定。

 予約をしないと「すごく並ぶ」お店なのだとか。

 イギリス風ということだったのだが、アメリカの昔風を装ったレストランにもあったような古い看板とかポスターのレプリカが飾ってあって、微妙に国籍不明。窓枠に塗られているペンキが窓のカギ部分にまで塗られているのがアメリカの建物と同じで面白かったのと、1800年代のコロニアル時代のペイントでポピュラーだったと言われる色が壁に塗ってあった(これはアメリカのコロニアル文化の博物館で見た)ので、そういうのがイギリスでも流行だったとかかなあ、なんて話しながら待つ。

 壁紙とか、花柄のテーブルクロスが確かに、博物館で見たのと似ているといえば似ている?
 まあ、あんまり詳しくもないのでえらそうなことは言えないが、結構待たせる。お店は予約のある人以外は確かに評判通り並んでいて、二階席まで上がる階段にまで列があった。人気あるんだね…。

 お皿が三段になって出てくる。
 ケーキ1種類とスコーン2種類選んで、サンドイッチは1種類のみのアフタヌーンティーセットを頼む。
 スコーンは、クルミ入りとプレーン、ケーキはチーズケーキで注文。

 夫はベリーのショートケーキと、ドライフルーツのスコーンとプレーンのスコーン。

 サンドイッチはやっぱりキュウリだけか?と思ったら、キュウリとハムのサンドイッチだった。一口サイズがかわいい。
 そりゃそうだよねえ…。キュウリだけのサンドイッチってさびしいよねえ。

 スコーンにクロテッドクリーム(甘くないクリームだった)と、イチゴジャム(粒が残ってるの)と、アンズジャム(こっちはつぶしてあった)アメリカのスターバックスコーヒーのスコーンは、結構外側が固くてボリボリいうのだが、このティールームのスコーンはさっくりふんわり。やっぱりこういうのがいいよねえ。

 クリームとジャムを食べるためにスコーンがあるだけではないのかなあ…おいしいけど。
 ケーキはチーズケーキが、しょっぱい。ブルーチーズが絶対入っている味で、甘くないクッキーにこういうチーズ味のクッキーがあった気がするけど……とてもしっかりしたケーキで、固めで、甘くない。
 ううむ。イギリス風だとこうだ、と言われると何とも言えないけど、ケーキ屋さんのベイクドチーズケーキの味を基準に考えるとちょっと予想外の味だった。甘いほうがいいなあ……。

 微妙な顔になった私に、夫がベリーのケーキを「こっちを食べる?」とくれた。
 これは「ショートケーキ」という割に、ビスケットにクリームをはさんだイギリスのクラシック風ではなくて、普通のスポンジに生クリームが乗っているタイプ。解せん。

 ショートケーキはかなり大きかったので、2人で食べても十分。大体小さいとはいえサンドイッチを一皿たべ、市販のマフィンぐらいはあるスコーンを2つ食べ、タルトも1つ食べたら、よくケーキが入ったなあ、というぐらいなので、量は多かった。

 おいしかったけど、同じ分野の物をあんまりたくさん食べると飽きるね……と帰りに二人で同意した。
つまり、サンドイッチとケーキ、サンドイッチとスコーン、サンドイッチとタルトならいいけど、ケーキ、タルト、スコーンが一気に出なくてもいいんでは……と。

 同じ3000円なら、ランチでいろいろなものを食べて最後にデザート食べることにしようか、となって帰ってきたが、夫と一緒にイングリッシュティーが出来たのは楽しかった。

 

投資の話

リンクをしている【てかとさんのブログの記事】を読んで、書こうと思ったのが今日の日記。

専業主婦の人が5000万円の金融資産を作った、という話の紹介と感想の記事だった。
 節約系の家計管理と、投資でということみたいだけど、家で投資をするのならそれは専業主婦じゃないんでは…。そういう人はええと、職業的には「投資家」というのだろう。

 でも家にいて、家事をしていれば片手間の投資は「専業主婦の趣味」みたいに書くことで興味を持ってくれる人が出るとかそういう感じなんだろうな。
 
 ちなみに、うちでは投資をしていない。学資保険はかけているけれども、これは息子が生まれてすぐぐらいに、「念のため」「非常時のため」にかけた。これは投資というより「貯金」の性格が強いもので、投資をしていないご家庭でもこのぐらいはしている家が多いだろう。

 投資は一応、うちでも試したことがある。私が「任天堂の株主優待で来るグッズが欲しい」なんて言ったときに夫がシミュレーションでやってみた。私の場合は家計費として一定額をもらい、それで食費とか日用品費とか衣料品費、習い事等日常の費用を出しているが、ローンだとか保険だとか税金だとかは夫が管理しているので、投資をするとすれば彼の役割ということになるだろうと思っていたから、自分で手出しをする気はなかった。

 夫は、やってみた感じだと、シミュレーションでもいいところ収支トントンぐらいまでしかいかない……ということがわかったらしい。いろいろとデータを集めたりして遊びがてらやってみたそうだが、使う時間の割に成果が出ないという感じだとか。

 私はゲームでこういうタイプのマネーゲームをやってみたことがあるが、緻密なデータ分析なんかできるタイプじゃないので、儲かる時はやたら儲かるが、損をするとなったら損の方も大きくて、すってんてんになってやりなおしか、大儲けで億万長者か、というようなことになるので自分にはそういう才能がないのはよーくわかった。大体ゲームだから単純化されている状態でプレイしてそれとなると、実際に株式の取引なんかやったら、他の投資家に得をさせることはあっても、もうけが多分でない。
 練習をすればうまくなるのかもしれないが、お金がきっと湯水のようになくなるだろうと思うと、練習して習熟度を上げるという選択肢はないと思ったほうがいいだろうなあ。

 ちなみに銀行とかで売っている投資商品も、夫は調べてみたらしいのだが、よーくよーく商品説明とか、規約とかを読むと、損をしても自分でかぶるのが当然らしく、得をすればラッキー、損をしたらアンラッキーで、そんなものよねえ。という商品が普通らしい。
 学資保険には「元本保証」はあったそうだが、何年も積み立てておいて元本保証というのは、貯金と同じと言えば同じと思えば、わざわざ手間暇かけてリスクを取るのが面倒だそう。全面的に同意したい。

 夫には、「多分、こういうことで儲けが出るほどは投資に向いていないみたいだから、やらないほうがいい感じ。ごめんね?」と言われたし、私も「それをいうなら私だって無理だよ、こういうのはやっぱり向き不向きがあるからねえ」という会話が交わされて、株式だの、少額個人投資商品などはノータッチで、という合意に至った。

 貯金は頑張ってしましょう、定期預金もしましょう、ローンもさっさと返しましょう。ただし積極的に投資はしない。
 こう決めたときは2人で、「なんとなーくだけどね?一攫千金の夢というか、投資で大儲けとか、ふんわりといい感じがするからやってみたい気持ちはあるよね。でも投資で何千万も借金抱えた、という話も絶対あるよね」と、しみじみ、お金ってあったらもっときっとほしくなるんだよ…。と話しあったものだった。

 でも、それに見合う時間を取り、頭を働かせ、売り買いに手間暇をかけ、なおかつ投資したお金がすごく減るようなリスクを取るかと聞かれると、もう面倒だし、いいか! <開き直り?割り切り?

 任天堂の株主優待グッズは本当にほしければオークションでも見るかね、という結論につき、私たちは投資をすっかりあきらめたのだった。

 絶対に儲かる方法なんかない。多分だけれども、投資家の専業主婦だというその人は、そのコンテンツの広告料のほうがずっと安定した資産を稼げると思う。その努力はすごいと思う。ブログに広告貼って、稼ぐのって大変だもんね(ちなみにこのブログは全然稼いでいない)。
 多分だけれども、「絶対に儲かる方法教えます、投資教材つきの株講座半年10万円!」とかを売って、頭の悪い素人をひっかけるほうがよっぽど儲かるだろう。ネットの広告を見る限りではそういう人もいるもんね。

 凡人は堅実に貯金が確実だよなあ……。

 ちなみに、アフリカにある国に住んだことがある人の話を聞いたことがあるのだが、銀行に預けると目減りするらしい。なぜか。銀行は襲われるので、警備費がかかる、その分が預けるともっていかれるのだそう。大金というのは持ち歩くべきではないお国柄、たんす預金は銀行預金よりもっと危険。安全な保管場所としての銀行なので、管理費ががっさり持っていかれると。だから大金持ちは国内の銀行に資産を持たず、外国の銀行に預けるのだということだった。そりゃそうだよね。

 日本の銀行は、そのあたり、少なくとも減ったりはしないところがまだ、いいということで。
利息、安いけどね!こないだ自分の口座に入っていた1年の利息は100円以下だった。休日の手数料で100円取るっていうのにねえ。

 今日も誰の参考にもならない非投資ブログでした。

民間英語試験で英語がペラペラに……

結局導入が見送られた、英語入試への民間試験導入。うちの子も大学に入る時には受けるかもしれないので、割と「他人事」ではなくて、ニュースは追っていたのだが、大体ものすごくこう、無理があるなあ、と思う。

たとえば、英検の1級のような試験を受けたとしよう。私はたとえば英検1級の試験の一次試験問題をこの間やってみたが、合格点数は出せる。かといって、今アメリカにいって立て板に水とばかりにしゃべれるかといえばそうでもない。

 アメリカに何年も滞在していたし、大学もあっちで卒業した。卒業直後ならおしゃべりなら問題なかったが、いま日本に戻って来てもう10年以上経つので、正直いうと片言みたいな英会話になりやすいし、しばらく時間をかけてちょっともどってきたといっても専門的なことを話すには足りない。もちろん、道案内であるとか買い物ぐらいなら「英語しか話せない人に意味が分かる程度」には話せるだろうが、そういうことをやったあとで、ああ、言い方はこっちのほうがよかったか!とかこういえばよかったなあ…とか後悔することが多い。

 つまり「流暢には話せなくなって」いるわけだ。これはなぜかというと、つまり英会話の機会が少ないことによる。私がもっと流暢に話せるようにしようと思ったら英語圏の他の国へ遊びに行き、しばらく暮らして話す機会をたくさん持つと多分、元の水準まで戻ると思う。

 英語を中高で6年勉強してもペラペラ話せるようにならないのが日本人英語の大問題であるから、もっとスピーキングに力をいれるようにすれば、この問題は解決、とこういきたいところだが、そういう風になっているかというと、実はそうじゃないと思う。

 まずこれは、反対側から考えるとすぐわかる。英語圏の国、たとえばアメリカ。6歳の子をひとり、つれてきて英語で話しかける。きっと彼女はペラペラに英語が話せるはずだ。6年英語を勉強してきたのだから当然?でも、彼女は大学の先生が読むような論文は全く読めないだろうし、病気やケガで病院に行った時に自分がどんな状態にあるかということを専門用語で説明されてもきっと全く理解が出来ない。

 6歳の子でも5歳の子でも「ぺらぺら」だが、それは6歳なり、5歳なりのことでしかない。
 日本でも「スーパーキッズ」みたいに宣伝されている子供のころから英語がペラペラのお子さんたちも同様だ。年齢相応。

 大学を出て、英語の論文を読むようになった日本人大学院生たちは、多分読んで、何が書いてあるかを理解する力がある。ただ、単語は全部知ってはいても、話す訓練が出来ていないので詰まるだけ。話す言葉と書く言葉がずれているのは日本語も英語も同じで、慣れていないこともあるし、頭の中で文章を書かないで組み立てる速さが足りないというのもあって、考える速度と話す速度が折り合わない。

 なので口ごもることになって、ペラペラにはならないというわけだ。もちろん簡単なこと……「愛してるよ」「私もよ」「君は素敵だ」とか、「ご飯食べようか」「とてもおいしいね」「元気だった?」こういうやり取りをしている分には問題がないことが多いので、さほど英語を話せない人でも、英語圏の人とお付き合いするのは難しくない。ただ、「価値観があんまり違いすぎると話していて疲れるんだ、お金がすべてとは思わないがもうちょっと節約を考えよう」とか、「あなたのこういうところは美点だと思うわ、でもこういうところは私の気に障るということを、どれだけあなたは察しているわけ?」とかいうことを話そうと思うと一気に難しくなる。
 そういう時に使う定型文のスタイルが頭に入っていないのが原因。

 会話は練習しないとうまくならない。でも、会話集に上のような長い会話が出てくるまでに何年かかる?それに加えて講演会や、演説に使われるような表現も練習できるぐらいとなると、実際に練習する機会はまずないといっていい。「東京駅はどこですか?」「ここをまっすぐいって、二つ目の角を右に曲がるとあります」とかやっていても、実際の会話に役立たないことはなんとなくわかるだろう。

 これが、例えばインド、マレーシア、シンガポールあたりだと英語が公用語で、大学に行くと教科書が英語圏の物を利用して教えられていたりとかするので、英語で話をする機会が増えることで流暢さが上がるということになっている。大学教育が日本語である時点ですでに英語が流暢になる条件が一つ落ちているということになる。

 でもね……。自分たちの言語で高等教育が可能だというのは、発展途上の国の人たちにとっては「やりたいけど出来ない」ことで。日本では日本語で大学院まで全部いけるというのは「すばらしいこと」なんだってこと。植民地になった歴史が長いと、初等教育から英語しかない時代もあったりする国も多い。家で現地語、学校で英語を強制された国の出身の人に話を聞いた。1970年代後半の生まれだったその人によると、小学校の先生がフランス語で授業をしていたのに、ある日いきなり英語に全とっかえになったことがあるとか。子どもたちの混乱と学力低下が目に見えるようだった。

 そういう国に住むと何が起きるか。英語圏からビジネスがやってきてお金を儲けている人がいて、そこに採用されるのが一番給料が高くなる。となると英語必須。みんな生活がかかっているから死ぬ気で英語を勉強して、話せるようにならないと不採用、またはほかの人に蹴落とされる。ビジネスチャンスは外国にあるというので大勢が出ていく。そういう人たちが稼げる人たちで、現地語しか出来ないと給料が低い。

 みんないい生活をしたい、子どもにもいい生活をさせたい。つまり英語を子供のころからやって、チャンスをねらうということになって、そこの国の人たちは英語ペラペラだ。

 多分、日本も同じように「外国に行かないと稼げないもんねえ」ってなったら、同じようになるのかもしれないけれどね。
 それは頭脳流出、人材流出するということでもある。
 一体、どんな人材が欲しくて英語力がほしいのだろう。

 大人になってから外国に行けば、苦労しながらでも覚えることになる。それで今までやって来て問題なかったし、リスニング力は上がっているし、元々読解力はある程度あった。結局「必要性があって使うまで」英会話がどっちにしろ上達しないことを思えば、「あなたはペンをもっていますか?いいえ、これはペンではありません、鉛筆です」なんて会話をやらせるよりは、単語を覚えて読めるだけは読める状態にしておくのでいいと思う。つまり現状維持。

 読めない、覚えていない単語は書けない聞こえない話せない。
 知っている単語なら、書けるし、聞こえやすいし、話せるようになる可能性は十分ある。

 文章を読み、単語を覚える時間をつぶして役にも立たないレベルの英会話に宛てるのはもったいない。大体日本人がペラペラになる時というのは、英語が公用語になる時だと思う。

 なので私としては受験生には気の毒だが、この「見送り」はいい話だったと思う。
 

いったい何を見ていたんだろう

サラダオイル詰め替え用の袋の端を切り取った、U字型の袋部分にたまった微量のオイルを見ながら、「これを気球の下につければ火をつけて飛ばせるよね」とか考えているところで目が覚めた。

なにそれ。そこまでで何をしていたのかが全部すっ飛んで覚えていないのに、サラダ油がこぼれないように持っている時の感じが手に残っていた。

夢って自分の脳みそに入っていることから構築されるみたいだけど、たまにこういうすごくへんてこなのが出るから面白いんだよなあ。
 本当に小さい袋で、小さじ1杯入るかどうかというような袋だったから(ちぎりとった端だったし)、気球といっても自分が乗るような大掛かりなものではなかったはず。夢の中の自分は一体、小型の気球で何をするつもりだったんだろう。気象の観測とか?輸送じゃないだろうなあ。

おまけにそういう火力……つまりサラダオイルは芯をいれればないよりましなランプにはなるけど、熱気球にはたりないのでは?とか疑問も思い浮かぶが、夢の中の自分は全くといっていいほど自分の考えの合理性に疑問を持っていなかった。あの量のオイルをいれて飛ぶ気球か……ミニミニサイズで魔法で飛んでるんだよね、それ。

 火はスイッチとしての役割しかないのだ、きっと。
 ここしばらくファンタジーなライトノベルばっかり読んでたからなあ。それの影響か。夢の中で楽しくやっている自分が多分いて。その活動にほとんどかめないのが残念だ。

 

はあ…。なんか楽しいことないかなあ。
 まずは掃除、洗濯、ごはんだものね。がんばろう。

気球を作って夜飛ぶ話は、たしか……。これだっけ。
見られない場合は画像のリンク切れです【ゲイルズバーグの春を愛す】。気球にのるのはこの本の短編、「大胆不敵な気球乗り」。他にもタイムパラドックスものとか、パラレルワールドもの、日常にひそんだファンタジーとしては滅多にない傑作選だと思う。

また読もうかな。


顔見知り……?

 人と待ち合わせをしたレストランの前で、顔見知りと思われる人に遭遇した。お互い待っている人がある感じだったので、軽く会釈して、待っている人がすぐ来たので私は中に入ってそのあとは顔をあわせなかった。

 気の置けない人との食事だったので別に何を話すでもなく考えるのは、さっきの店の前の人。
女性で、多分私よりちょっと上。絶対知っている人だ。勘違いではない。でも名前が全然浮かばない。

 私は今住んでいる町の出身ではないので、引っ越してきた後、息子が幼稚園の時知り合った人が一番古い知り合いになる。人数が多いのも幼稚園関連だ。幼稚園の先生とか職員さん。幼稚園の各種活動をボランティアで手伝ってくださる人は卒園した子たちのお母さんたちが多い。手芸関連、バザー関連、軽食販売。うーん、違うっぽい。

 小学校での知り合いはぐっと少ないが、これも役員をやっていたりすると顔見知り程度にはなるし、名前もよく会う人なら覚えてしまうこともある。地域関連か、広報関連、学年…?うーん。そうでもないなあ。

 子どもの習い事?習い事には送り迎えが必要なこともあったし、親が見守るタイプのものもあったから、そうなると「XX君のお母さん」ぐらいまでは特定出来る人が結構ある。
 こっちもピンとこない。

 しょうがない、もう思い出すのはあきらめてご飯食べて帰ってきた。
 そしてその2日後。

 わかった。八百屋さんだ。昨今めずらしい家族経営っぽいお店で、遠いけど安い八百屋さんの、物語の登場人物的にいうなれば、「八百屋のおかみさん」だ。名前がわかるわけもない、だって知らないんだもの。

 顔を知っていたのも当然だ。少なくとも一週間に1回、多ければ一週間に4回5回会うのだから。「今日はXXが安いよ、2つXX円!」「じゃあ、これください」「はい、ありがとうー」ぐらいのやり取りしかないけれども、話をしたことがあるぐらいそばに寄ったことがある人と認識されていたのはそのせいだ。

 すっきり。忘れっぽくなっているので、これからもこういうことは増えるだろうけど、今回のはちょっと面白かった。

音楽会

小学校の音楽会の話。
親御さんにしかヒットしない音楽会だが、運動会とはまた違う感動がある行事だ。友達はSNSに「最推しの演奏会、いや、娘の音楽会」なんて書いていたぐらいで、結構楽しみにしている親も多い。
 一番最初は全員で歌う「はじめようコンサート」(作詞作曲石井了)これは親も歌っていいので、つい歌う。なんせ毎年スタートはこれなので、数年行けば覚えてしまう。

 出演順は学年順じゃなく、もろもろの事情に通じた3年生がトップ。笛を使い始めたばかりの学年で、「ソラシド」の4音しかない曲を演奏して、歌を1曲。歌はストーリー性のあるものを斉唱、そろそろ歌に静かに歌う場所と元気に歌う場所があることを理解させる感じだろうか。

 次は出番が待ちきれない1年生。いきなり出だしの声が甲高く、幼児っぽさがまだ残るのがなんともかわいい。この子たちには全員で声を揃えて楽しく歌うことを指導しているんだろうなあ、という感じ。2曲歌って、2曲目の最後で手をあげて、「ヤ―!」と元気に叫べば大拍手がもらえる。

 次は1年生よりは大きいので負けられない、2年生。ピアニカの合奏と、歌で、歌は元気よく、ピアニカは間違えないように、先生の指揮を見る訓練もしたのだろう、という感じで、一生懸命なのがなんともかわいい。足を踏み鳴らしたり、右をむいたり左をむいたりするような身振りも入れた熱演。

 ここで休憩をはさんで次は4年生。
さすがに高学年にはいっただけのことはあり、笛とピアニカ、歌のパートにわかれた合奏はなかなか見事。ピアニカはほとんどが女の子、笛は男の子で、どっちも苦手な子が歌に回ったんだな、という感じの編成なのがかわいい。A-B-A形式の曲を教えて、盛り上がりと締めくくりの差をつけましょう、と教えている感じ。合唱は途中部分が二部合唱に別れていて、うまくハーモニーを出すことに成功していた。舞台上での態度もソワソワしている子が減って、ちゃんとしている子ばっかりになる。

 5年生。このあたりからいきなり完成度が上がる感じ。歌は二部合唱で、強弱と緩急をつけて指揮が「ただの飾り」じゃなく、見ながら歌えるようになっている。合奏は笛、ピアニカとマリンバ、グロッケンや、シンバル、タンブリンの打楽器などが入って「器楽」になる。曲もクラシックの編曲版になったり、確かディズニーの曲なんかを演奏している年もあった。息子は5年生の時はピアニカを担当していたが、縦に構えて演奏するし、フレーズが結構細かく早かった。パートを決めるときには「ピアノを習っている人はなるべくピアニカ、アコーディオン、電子ピアノをやってください」と言われたとか。時々、ものすごくピアノがうまい子がリードに入ることがあって、その時は学校のグランドピアノでガンガン弾いている年もあった。

 次はなんと、先生の曲が1曲。普段から忙しいのに、こんなものまで…。お疲れ様でございます。J-POPだった。

 そして器楽クラブの演奏。4、5、6年生の器楽クラブのメンバーが並ぶ。さすがに難易度が高めで、完成度も高い。がんばっているなあ……。曲はクラシックだった。しかし全員女子!大体男女半々の小学校でこの偏りぶりはすごい。
 この「器楽」の編成ってこの小学校の音楽にしかないよね。アコーディオン、グロッケン、マリンバ、それと名前は知らないけれどもすごい低音のでる電子オルガンみたいな楽器と電子ピアノというか、キーボード、笛、ピアニカ、小太鼓大太鼓タンブリンカスタネット、そしてトライアングル。

 そして6年生。
 6年生は器楽が2曲。卒業生を送る会でも同じ曲を演奏するそうで、運動会の練習がおわったぐらいからずっと練習しているので案外それっぽい仕上がりに。映画の曲と、クラシックの2曲。あんまり詳細を教えてくれなかったので当日まで全くわからなかったが、1曲目はピアニカを縦に構えていて、2曲目は、なんとキーボードを弾いていた。キーボードは数台あるのだが、前の方に設置される。マリンバやグロッケンと並んで目立つパートでいうなれば花形。うちの息子のぞいて全員女子だというのに一人だけ男子。そりゃピアノは習わせてるけどね!大体女子は今息子がやっているようなのを小学校2、3年で通過するそうだからなあ。腕に差がありまくり。最近のピアノ女子は6年生で、ショパンだのベートーベンだのをばりばり弾くお子さんだって多いからね。
 大丈夫なのかと思ったが、無事弾けたようだった、よかった。まさかこんなに目立つパートにいるとはねえ…という感じ。

 最後は観覧しに来た親御さんも含めて「ふるさと」合唱。これも開会の歌、はじめようコンサートと同じで毎年同じなので歌う。
多分両親と祖父母が見に来ることが多いので知名度が高いということでこれなんだろうね。
 ついマジメに歌ってしまう。その場で解散、終了となった。
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…
 こういうのを見ると、アメリカで息子がやった「選択音楽」の授業と、学期末クリスマスコンサートを思い出す。
 完成度が全然違うんだよね。美術と音楽、それも器楽を選択する時点でやる気はあるのだろうけれども(楽器は自分でレンタルして家で練習して親がサインする)、なんせ初めてで、音楽系の習い事があんまりポピュラーではないのも手伝って、夏から冬まで練習しても、最後まで止まらず演奏できてよかったねぐらいの出来で、歌も斉唱で元気に歌えたね、とほめるしかないぐらい。
 たった1回、1年きりでは、ここまでが限度か……ということがよくわかる演奏だった。
 
 いくら1年に1度とはいえ、難易度を徐々に上げながら毎年合唱や、合奏をやらせることで少しずつ腕が上がるということがよーくわかる小学校の音楽会を見ると、ちょっとでもやらせておくことには意味があると思う。音楽の素養をつけること、クラシックにしろ、オペラや映画音楽にしろちょっとでも耳に覚えのある曲を増やし、他の人の演奏を聞いて楽しむことが出来る下地を作る。そういう意味で公立の学校で全員に少ない授業時間で出来る範囲でとなると、このあたりで最良だと思う。

 私が小学校の音楽会を全く覚えていないことを考えると、息子も多分大人になったら忘れてしまうだろう。でも…今は。
 本当にみんな、かわいかったなあ。
 来年、全く関係のない小学校の音楽会を見に行っても、「はじめようコンサート」を歌ったら、なんだか泣けてしまうかもしれない。

日本のマナリズム

 コーラスの周年コンサートが近づいてきた。こういう演奏団体によっては、大掛かりな周年コンサートに練習期間が短い人が出るのを嫌がるところもあって、練習期間が半年どころか、3カ月しかないというのに「一緒に出ましょう!」と反対者が全く出ないというのは私にとってはちょっと驚きだった。正直出演は辞退しようと思っていたぐらいだ。こういうところでもめると後が面倒だからね……。

 基本音楽系統の団体は女性が多く、そうなるとこう、人間関係が割と面倒くさくなることも多い。そういうのが苦手だとじぶんでわかっているから、なるべく問題を避けようと思っているわけだ。ただ、アルトは不足気味だったということも大きいだろう。これがソプラノだったら話は別だったかもしれない。

 一応細部はともかくも、はっきりわかるような間違いはしなくなり、振り付けに余裕はないものの目立つほどは落ちなくなってきた。
音程で上がりきらない、下がりづらい、または下がりすぎる……というような細かいところで失敗しやすいところのチェックは、習い事の先生(コーラスのではないが、音楽系の人。細かい音程が聞こえる)に頼んで終わっているので、そこだけ暗記しておけば多分、失敗しないはず。

 隣で歌っている人にも「ここ何週間で急に覚えたねえ」とほめてもらったし、練習に行くのに気が重いということもなくなった。
やっぱりちゃんとできるとわかって不安がなくなると違うものだなあ、と思う。

 コンサートには途中、団員の子供が出るステージがある。ちなみにうちの息子にも出演の打診があったのだが、「いや、遠慮しておく」というのでうちの子は出ないが、つまりこのコーラスグループは幼稚園のコーラスのOB会から発生したものなので、団員の子どもたちは全員同じ幼稚園の卒園生。全員が練習をそれほどせずとも歌える愛唱歌がいくつかある。

 通し稽古の時に、その子たちが出るパートもやるのだが、その時、ここでお辞儀をします、となって、先生が和音を弾いた。
 ジャーン♪じゃーん♪ジャーン、と、三回、最初の和音で気を付け、真ん中の1回がちょっと低くて、そこで頭を下げ、3回目の和音で頭をあげて、直れ、となる和音で、全員がお辞儀のタイミングがわかるという機能がある。

 そういやあ、これって日本独特かも、とふと思った。

 この和音を聞いたら、日本ではお辞儀をするのだとわかる子がほとんどではないかなと思う。
 たとえば即席で舞台にでて、全員並んで、この1つ目の和音がなったら、「あ」となり、2つ目がなったらぺこり、と全員出来る気がする。
 上の方はちょっとわからないが、1960年代に教育を受けた世代から、現在の幼稚園ぐらいの子供までの幅広い年齢の人がこの合図を理解できると思う。

日本の幼稚園、保育園、小学校でも私立公立を問わずやると思うけど、アメリカにはなかった気がするなあ。舞台に出て、最後にお辞儀をするという文化はアメリカにもあったけど。

 ここまで幅広い年齢に知られているマナリズムというのもちょっとおもしろいなと思う。これより幅広くとなると、手を合わせて「いただきます」と「ごちそうさま」をいうとか、そのぐらいまで行ってしまいそうだ。

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カラメル作成

【家でプリンを常備する記事】を書いてから一カ月ぐらい。夫がプリンを食べながら「カラメルシロップをかけるのはどうかなあ」と言い出した。

 ちなみに私はホットケーキ用のインチキメイプルシロップ(ひとびん200円ぐらい)をちょっとかけて食べていた。メイプルシロップをかけるとちょっと甘さ控えめのカスタードプリンは大変おいしいのだが、インチキのホットケーキ用シロップでもかなりおいしい。

 カラメルシロップというのはあんまり単体で売っているものではないけれど、夫がそんなこと知っているはずもなく。
 「調べてみて、安かったら買おうか、ちょっとネットで見て?」と返事をする。彼が納得するほうがいいだろう。予想通り、カラメルシロップは「1キロ」で販売していた。さすがにキロはやめよう、うん。

 プリンを作成する時に容器に最初に入れておくカラメルタブレットというものもあったが、これも案外高い。一応私もカラメルの作り方は知っているし、時々しか作らなかったころは最初はレシピ通り作っていた。けどね……自分があんまりカラメルシロップが好きではないかも?ということがわかってきた。本格的なお店のプリンのカラメルは苦めなんだよね。安いプリンのカラメルは甘いので食べられないことはないが、かかっている意義があんまりわからない感じで、プリンのおいしい部分を食べていたら最後に残っちゃった……という感じ。

 苦いカラメルは上からかかっていればちょうど味のアクセントにいいとは思うが、あんまり本格っぽく苦いのは苦手だし、正直なくてもいい。下に入っているとなるとなおさらいらないし、自分で作るのは面倒。

――というわけで、買うときはカラメルの入っていないプリン(そういうのもある)を選んだり、自分で作る時は入れなかったりしたが、「しばらくプリンを食べ続けてバリエーションが欲しくなった」と言われると確かにね。というわけで作成。

 プリンのカラメルというのは要はべっこう飴を焦がし気味に作ると思えば大体あっている。
 砂糖だけをフライパンにいれてあたためると溶けてきて、それに色がついてくる。余熱でかなり焦げが進んでしまうので、べっこう飴の金色よりちょっとすすんだ?ぐらいで火を切って、アルミホイルの光沢のないほうを上にしてフライパンの中身を垂らして、冷ますと完成。 

 固まって、パリパリのキャンディみたいになるので、ええー?と思うだろうが、プリンを作る時はこれで正解。
 この薄いぱりぱりを2センチ角ぐらいを目安に割って、先にぽんと入れておいて、上からプリン液を入れて蒸せばちゃーんとプリン完成の時には液状のカラメルソースになっている。
残りは 冷凍庫にアルミ箔ごと入れておけばOK。面倒でやらなかったけど作成手順はそれほど複雑ではない。コツはくっつかないフライパンを使うこと。

 やれやれ、カラメル完成。2、3回分あるかな?次回プリンを作る時はこれをいれればOK。

遅れてきた好物

好きな食べ物はなに?と聞かれたとき、おおまかに「果物」とか、「肉」とかのカテゴリわけではなくて、すでにどこのメーカーのどんなもの!というのは、みんなあると思う。

 たとえばお菓子でいうと「とらやのようかん」とか、「風月堂のゴーフル」とか、もっと安いものだと「グリコのポッキー」や、「森永のムーンライト」とかは、私と同年代なら「ああ、あれねえ」とわかると思うし、子どものころから好きだったとか、たくさんお菓子の並んでいるお店で買うならこれを選ぶという「好きなもの基準」があるはず。

 大体40代…というかもうアラフィフという年齢になると、これは全体的に固定化している。自分でも大体こういうのが好きというのがあったり、親戚があったりして手に入りやすい地方のお菓子にも好みがわかってくるし、今までの経験から、有名なお菓子は試す機会もあったりして、北海道の「白い恋人」の味は知っているとか、京都の「生八つ橋」がどんな味かとかは経験している人が多いために、北海道の人、京都の人じゃなくても好きな人はいるだろう。

今回紹介するのは、山形県のお菓子らしい。類似のものをあんまり食べたことがないのだが、百貨店の「東北フェア」で見かけて、ぱっと購入。いろいろなものが並んでいるのがおいしそうで何か一つ買いたかった。
 梅というと味でいうとうーん、「梅ミンツ」の味、「梅ジャム」の味が多分低価格ライン。アラレやせんべいの「梅味」もそっち系で、あまじょっぱくて酸っぱい味。梅味の柿の種、梅昆布、梅のり、梅茶漬けの「梅おかず」系の味。梅シソ系の味か……思ったら、こののし梅は「梅シロップ」の味だった。青梅と砂糖の味、さわやかフルーツ系。 

 めちゃくちゃ好みの味だった。毎年梅シロップを作っているのはこの味が好きだから。山形県に親戚も友達もいたことがなく、残念ながら旅行に行ったこともなかったので生まれて初めて食べた。くーーーっ。もっと早く知っていればよかった。お菓子の梅味(あまずっぱい味、干し梅の味)をあんまりおいしいと思わなかったので、そっちだったら困るなあと思っていたけれど、梅シロップ系の味だと知っていれば1袋といわずもう1袋買ったのに!

 竹の皮でサンドされたフルーツ寒天で、梅シロップ味、酸っぱいのが嫌いならだめだろうが、梅酒の味が好きならおすすめ。
 1日ひとつずつ大事に食べたけど、これはお取り寄せすべきか……。この写真の、のし梅屋さんは結構老舗らしく、ネットで買えることもわかった。
 

ちまちまかじりながら味わって、これと似たような、梅じゃなくてフルーツ違いの物をどこかで食べたなあと思い出した。
 これ(左写真)だ。アメリカのスーパーで売っている健康おやつだった、1枚ずつ個包装になっていて、ザクロ、あんず、イチゴ、ベリーなんかがあっただろうか。いくつかブランドがあったが、このブランドのものは砂糖控えめで食べられる味だった。(もっと安くて、激甘のもあったが、おいしくなかった)
 酸味の強い果物のほうがおいしいお菓子だと思う。

 好物認定。山形県に行ってこれをお土産屋さんでいっぱい買いたいなあ。でもこれ、結構高いんだよねえ。
 老舗で、あんまり現代風に変化とかさせられないという伝統をしょっているのかもしれないけど、竹の皮の値段を考えると、正直アルミ蒸着とか、樹脂系のコーティングの袋で流通させて値段を下げてくれないかなあとは思う。そういうバージョンもあるのかな、これ。
 つい、四角い竹の皮を水洗いして干してしまった貧乏性の私だった。しおりにでも使うか!




体験型小説のすすめ

最近【小説家になろう】というサイトで投稿小説を読むのにはまっている。とはいえ、ネットの連載小説というのは1ページずつクリックすることになるので読みづらいから、【kindle用文書変換サイト】を使って変換してから読んでいる。

 人気ランキングから選べば、結構面白いのにあたるし、これはいける!と思ったら電子書籍を買ったのもある。
 なんせ無料で試し読みが出来る(なんなら完結まで全部読める)ので、ものすごーくいいサイトだ。もちろん誤字脱字文章の稚拙さとかには目をつぶるしかないし、完結しないものも多いから、そのあたりは無料と割り切って読むしかない。

 面白いものはかなりの数「書籍化」つまり出版社が目を付けて文章を加筆訂正などして、本、電子書籍として出版されているから、改稿され、誤字脱字チェックのある程度入ったものを読みたければ金を出せ、ということだね。いくつか気に入ったものは買った。

 ここで大人気なのが「異世界転生もの」というジャンル。これは私たち日本に住む誰かが、全く違う物語の中の世界にふっとばされたり、赤ちゃんとしてその世界に生まれたり、またはその世界である程度の年齢になるまで育った時に日本に住んでいた時の記憶がよみがえって、そのころの知識を利用して、「中身は日本人」のままその世界で生きていく様子を読むというもの。

 小説とか、エッセイとかが面白いのは、「そうだよねえ」と共感できるからじゃないかと私は思う。
 主人公の体験を自分のことのように読み、年齢や性別や育った環境が違っても感情や気分は共通のものとして楽しむのが読書の、または映画やマンガの楽しみだと思うが、それにはかなり自力で想像する力がないとだめなわけで。

 共感する力が低いと、自分と似ている人のものしか共感できないし、育った環境や性別の差を想像力で補えなければ物語というのは共感度が低くなるので楽しめなくなる。その敷居をぐっと低くするのが、この「異世界転生」もの。

 異世界に暮らしている人の常識はないところからスタート。日本人にとってあたりまえの常識と照らし合わせながら順応していくことになる。もちろん主人公は現代日本人なので、常識は読者とかなり共通するから、それ以外に文章で解説をされていく形に落ち着いていく。想像力を働かせなくても、解説されて正しい道のりがあって、その世界に入っていきやすいように知らない間に誘導されている。気が付いたら主人公の肩越しにのぞき込むような感じにその世界になじめる。

 なるほど、普通のファンタジー小説より読みやすくなるんだなあ。何かに似ている、この感じ、どこかで…とずっと思っていたのだけれど、わかった。あれだ、遊園地の体験型アトラクション。本物じゃない、でも十分面白さが堪能できるように作ってあるヴァーチャルアトラクションに似ている感じ。

 惜しむらくは異世界転生ものがファンタジーと恋愛ものに偏っているところ。まあ、どれも面白いけど!(タダだし!)
サイエンスフィクション系とか、ハードボイルドアクションものとかがもっとあればいいのになあ。
 ただ……こういうのに慣れてしまうと普通の小説の導入部を読んで、面白いところまでたどり着く力が弱くなりそうではある。

サンタクロース卒業

息子は、ついにサンタビリーバー卒業のようだ。
夫はまだかわいいのでプレゼントを出したい雰囲気だが、息子と2人の時話し合っておいた。
既に去年に何となくにおわせておいたのだが、今年はもう確定の模様。

 サンタがお父さんお母さんだという話になっているというのなら、もう「サンタビリーバーズチーム」は卒業。その場合はサンタさんに楽しい思いをさせてもらったからには、「お父さんお母さん他、サンタさん連合チーム」に入ることになる。

プレゼントは「あげるほう」になるのだし、お父さんお母さんサンタさんのお手伝いをすることになるから、ビリーバーズのメンバーには「サンタさんはいない」ではなく、「サンタさんは来るよ、楽しみだねえ」と言ってやらなくてはならない。

 それが、サンタさんにプレゼントをもらった人の義務なのだし、プレゼントをあげるほうではなく、ほしいのなら、「サンタビリーバーズチーム」に名誉会員となって残ることしてもいいが、その場合「サンタさんはいる」と信じるフリをしなくてはならない。それがビリーバーチームの不文律だし、それが出来ないなら「お父さんお母さん他、サンタさん連合チーム」に強制入会だが、どうする?と

 息子は今年もまた、ビリーバーズチーム名誉会員になるそうだ。プレゼントはもらえるし、いい選択だ、と言っておいた。

クリスマスの朝、朝4時だの、5時だのに目を覚まして、薄暗い中大喜びで箱をかかえて私たちのベッドルームに「サンタさんきたーー!」と飛び込んできていた小さいころは、とてもかわいかった。きっとたくさんの親御さんたちとサンタさんがそろそろプレゼントの選定に入るころだろう。

 アマゾンのアレクサに、配送状況を音声でお知らせする機能がついていて、そこで頼んでいたクリスマスプレゼントがお届けに入ったとアナウンスされてバレたとかいう話をネットで読んだけれど、そういう事故がなく、無事クリスマスが迎えられるといいなあと思う。
 うちは届いた箱をクローゼットに箱ごと隠しておいたものだけれど(自転車とか、大物はやったことがない)、そういう時間も楽しいものだった。

 アドベントカレンダー買おうかな。

編み物がうまくなりたい

編み物は、慣れが大事だと思う。生まれて初めて編み物をしたら、道具は単純、動作も単純だが、きれいにそろって編むのが難しいのは、字を書く動作と似たようなものだといえばわかりやすいだろう。

 幼児や、一年生の習いたての文字というのは必要な要素がそろっていたとしても隣の文字とのサイズをあわせるのは難しいし、バラバラになるのが普通だ。みっちり詰めて書くとか、一つ一つが整っているというのは練習をしないと出来ないこと。ただ、反復練習あるのみ。

 編み物もそういうものであって、要は手先の作業で、慣れればきれいに編める。
 作る、とめる、減らす、増やす……といったような作業はやり方がわからないと難しいし、やり方が何種類かあるので、基本の一種類(つまり最初に習ったもの)を除けば、応用問題になるので、取り掛からなければ解き方がわからず、基本問題だけ解いておけば最低ラインはクリアできるから出来ないままでもやっていける。

 ……というわけで、私は形が単純なものしか編めない。ゴム編み止めは「多分こう」というのは今年になってからおぼえたぐらいで、まだ本をじっと見ながら1手順ずつ図と解説を見ないと出来ないぐらい。

 うまくなりたい。でも失敗すると面倒なのも確か。こういうのは、誰か他の人と一緒に編んで、「今、こうやったけどあってる?」と聞きながらやるのが一番いい。昔はそこら中に編み物をする人があったので聞くことも出来たが、既製品が安く簡単に手に入る昨今、編み物は実用ではなく趣味なのが普通、たとえばまっすぐ編むだけのマフラーを編むだけでも「できる人」扱いになってしまって、それ以上のことを聞けるとなったらプロの編み物講師か、毛糸屋さんの店員さん(は大抵編み物講師の資格ももっている)のどちらかになってしまう。

 編み物の教室がこの町にもあるのだが、噂では「講師の人と馬が合わなくてすぐやめた」とか、「あの編み物教室の先生のうちの一人は、とても言い方がきついので、それに耐えられない人がすぐやめた」とか、本当だかウソだか、またはその先生がどの人のことを指すのかはさっぱりわからないが、聞こえてくる話を総合するに、「先生と気が合えばいいけど、合わないなら無茶」という感じの人間関係問題がからみそうだということがわかった。

 うーん……。私はあんまり人当たりのいいほうではないし、編み物教室というのは案外お月謝が高い。初心者向けの集団で受講するものはそれほどでもないが、その場合12回のうち半分ぐらいは初歩すぎて私には必要がない感じ。さすがに今更、作り目とガーター編みのアクリルたわしだとか、ゴム編みのマフラー、減らし目を使うキャップ……でもないだろう。イギリスゴム編みのマフラーとか、なわ編みのポーチはいいかもしれないけどそれは7回目からあとだし、両方多分だけど家とか図書館の本で割と用が足りてしまいそうだ。中級向けはいきなりセーター。そこまで根性が出ない感じがする。月謝も一気に8000円とかで、ちょっとお試しに出す額でもない。

 そんなことを思った11月編み物シーズン初めだったが、街の毛糸がたくさんある手芸屋さんの前を通ったら、ワークショップのちらしがあった。靴下の編み方をやるワークショップ。あ、いいなあ。こういうのやりたい。1回こっきりだし、講師の人がイヤな感じでも、1回しか会わないならもうそういうことはどうでもいいわけだし。

 3800円。結構するなあ、と思ったら、道具と毛糸コミだった。いや、それでもちょっと高いけど。
 チラシをもらって帰って来て、眺めて……ダメ元で夫に「これに行きたいんだけど」とチラシを見せてみたら、出してくれるって!
わーい。予約をしないといけないらしいので、次に出かけるときに申し込んで来よう。
 今年は、いい感じに靴下が編めるようになりたい。

必ず5分で100円儲かる家事

 家事に対価はない。
家事で給料をもらえるのはハウスキーピング業の人だけで、他にお仕事のある人も家事代はないものとして扱われるし、専業主婦ならつまり「住み込みで給料なし」の仕事になるわけだ。

 かといってごはんの要らない人はいないし、洗濯も家でやらない限りは高くつくものだし、居心地よくくつろごうと思うとある程度の掃除は不可欠。現金で支払われる給料がなくとも、生きていくのに必要な環境を整えるためにも、家事がいる……と頭ではわかっていても、なかなかモチベーションを保つのは難しい。

 なんせ丸一日休みになる日は旅行の時ぐらいしかないわけで、毎日毎日ずーっと同じ仕事をやって成果がどのぐらい目に見えるかというと全然。ごはんは毎日消費されるし、洗濯物も毎日出るし、ホコリは毎日出る。

 そんなわけで、モチベーションがどうやったら出るか……というのは私にとって必要なコツだと言える。
 主婦の気分が盛り上がるとき。それは「お得に物が買えたなあ」という感じがするとき。
 本当にどのぐらい得だったかということとは無関係にお得感があるのが大切。たとえば、卵が1パック100円。普段との違いは98円だが、このお得には98円以上の価値があるということ。これは値段の問題ではなくて、気分の問題。「今日は安く買えたなあ……とてもうまくいった気がする」と思うといい気分になる。

 今日のお題「必ず100円儲かる家事」も、その一環で、時々発生する。それは、味噌を買うとき。
私が使う味噌はあんまり上等ではない。私が子供のころは味噌を量り売りにするお店が商店街にあったものだが、近隣の商店街には見かけない。電車にのって百貨店までいけば百貨店の地下にはあるかもしれないぐらいの珍しさ。
 私がスーパーで買うのは「だし入り味噌」。去年ぐらいまではプラスチック容器に入った味噌を買っていたのだが、最近、袋入りの味噌を買うようになった。プラ容器のほうは328円から398円だが、袋入りはそれよりたくさん入っているのに198円から228円ぐらい。袋の口を切って、プラ容器に詰め替える手間はいるけれどもたった一度、5分以下で100円差が出る。

 5分で100円。1時間で1200円。お金がそのあたりに適当に落ちていて拾えるのではない以上、たった5分で100円もうかった!と思ってうれしくなっても誰の迷惑にもならない。

 なんとなく詐欺っぽいが、そういう広告があふれている昨今珍しくもないだろう。なんとなくうれしくていい。
味噌の味が変わるわけでなし、誰かが損するわけでも体に悪いわけでもなく、味噌代はどっちにしても必要なんだから。

 味噌の袋を捨てながら、よし、100円!モチベーションは大事。
 具は、なにがいいかな…。豆腐、きのこ、野菜……。あまりものを細かく切って突っ込めばなんでも大抵いける味噌汁は、うちの定番。今日の具は白菜の芯に決定。適当だなあ。

はじめての編み物

編み物のワークショップを申し込みに行った時、お店で中学生ぐらいの子が、「日曜日編み物ワークショップ」に参加しているのを見た。もしかしたら小学校の高学年かもしれない。

 付き添いにおばあちゃんとお母さんのダブル。多分おばあちゃんと思しき女性は編み物経験者。
 とても太い糸で、ガーター編みのマフラーを作るもので、アクリルたわしでないならそうなるわね、という初心者向け間違いなかった。目があって、話しかけられた。「こういうのって、全然わからなくて」とお母さんらしいちょっと私より若いかも、という女性がいうので、「大丈夫ですよ、もっと小さいお子さんでも、やってる方がいますから」とつい、相槌をうった。

 私が最初編み物を始めたのは多分幼稚園の時で、その時はかぎ針で電車ごっこのヒモを編んだ。鎖編みだけなら手でも編めるので、昭和の田舎の女の子たちは大抵そういうヒモなら編んだことがあった。学校に持って行っても怒られないあやとりのヒモを持っている子は多かった。ただ、毛糸をただ輪にして結んだだけのヒモは絡みやすく、複雑な形のものをつくって失敗してこんがらかるとほどきづらくなるから、編んだヒモのほうが人気が高かったし、おうちが共働きならそういうヒモでカギを首にぶら下げている子も多かったと思う。段染めの毛糸は特に人気だったと記憶している。

 昭和のお母さんたちは編み物をする人が多かったので、あまった毛糸ぐらいなら子どもにくれたし、自分の子の友達にまで融通してくれた人もあった。中心の輪から編み出してコマ編みと長編みで花びらを作って最後に真ん中をぎゅっと絞って作成するお花の形のパーツは「かわいいもの」として作る子がいたっけ。さすがにベストだ、セーターだとなると「学年にひとり」ぐらいだったが、小学校4年生でおばあちゃんに教わってポシェットを編んだ、ぐらいならびっくりされるほどでもなかった。

 軽く雑談したが、「できなかったらどうしよう」については、このお店で買った毛糸を使っているのなら、「もうだめだ」ってなったら、お金を払って編んでもらうのも可能だということ、「もっとやってみたい」のなら、図書館にいけば初級者向けの本が借りられること、本を見てわからなければYouTubeに「XX 編み方」と入れて検索すれば大抵の編み方の動画が見られることもアドバイスしておいた。
 あとは本を見て、編みたいものがあれば、その本をこのお店に持ってきて、「これが編みたいです」と見せれば、お店の方で毛糸や道具を見繕って、簡単な編み方ぐらいなら手ほどきしてくれることも。

 「いっぱい毛糸持ってるんですけどね、私が持っている毛糸では参加不可って言われたんですよ」とおばあちゃんらしき人は言っていたが、それはそうだろう……。なんせこのワークショップは毛糸と道具の代金は取るが、教える料金は入っていない。毛糸を売っているお店がこういうことをサービスでやってくれるのは顧客開拓のためなんだよね。
 手作りが実用ではなく、趣味の世界になってしまった今、毛糸を趣味で買ってくれるお客さん=編み物が趣味になる人を増やさないと毛糸が売れないからねえ。毛糸屋さんも商売というものがあるんだから。

 ちなみにそのおばあちゃんは私のネックウォーマーに興味をそそられたらしく、「見せてください」というので外して渡した。
 こういう風に輪に編むのもいいわね、と。どういう毛糸で編んであるんですか?というので、この毛糸屋さんで売っている「Opal毛糸」で編んであるんですよ、と宣伝しておいた。1玉1800円もするけど!(20グラムしか使っていないから、実質360円)

 お母さんの方には「輪に編む」の説明が必要だったみたいで、一応説明したけど、全く編み物をしない人にわかるように説明するのはむずかしかった。
 私は家庭科で編み物をやったけど、多分私より年下だし、家庭科でやらなかったんだろうなあ……。親や祖母もやっていたし、近所にそういうものを編む人も、編み物の先生をしている近所の人までいたのだから、こういうことは「なんとなく」知っていることも結構あったことを思えば、子どもの頃に編み物に出会えたのは幸運だったのかも。息の長い趣味だと思う。

 上を見たらきりがないけれども、下手なら下手なりに楽しめるし、材料費もかければいくらでも行ってしまうけれど、かけないならかけないなりに楽しめる。じわじわとガーター編みを進めている女の子に心の中で応援しておいた。

 いっぱい編んでね。楽しんでほしい。いつか、こんなことも出来なかったんだっけ、懐かしいなあ……って思う日がくるから。

 

レイ天使……?

新しいポケモンソフトが届いた。
ネットをふらふらと見て歩くと、最近ゲームを遊ぶ人は家にWi-Fi回線がない人が多く、スマホのテザリング機能でゲーム機をネットにつなぐ人が多いため、(通信容量が多くて)ギガが減るため、ダウンロード版よりもパッケージ版のほうが人気があるのだという話があった。

「ギガが減る」ねえ。つまり、データのダウンロード分が一定の量に達するまでは高速回線が使えるが、その量(単位はギガ)まで行ってしまうと遅い回線を使わないといけないため、NintendoSwitchソフトのDL版をダウンロードしたり、通信必須のゲームを遊ぶと限界の量までいってしまって他のことに使えなくなるから不便になる。故に、月ごとにお金を払って、その「限界ギガ数」を増やす人が増えているのだとか。

 同じ家に何人か暮らしていて、なおかつ家にいる時間が長いのなら、家にWi-Fi用の回線を契約したほうがお得になる。つまり3、4人で使える早い回線が一カ月3000円から6000円ぐらいで契約出来るからね。ただ、一人しかいない、大容量動画などを見ないとなると使用する量が少ないので数千円かけなくても行ける場合があるから、この場合は自分が使う量がどのぐらいかを見極めて比べないといけない。

 うーん、つまり車を買いたいけど、その額が手元にないので毎日レンタカー借りてます、とか、半年の定期券が数万円するけど出せないので毎日切符を買っていますというようなことをしているってことかあ。

 そのSNSのシェアのコメント欄に、自分の家のWi-Fi回線と、自分のスマホを使ったテザリングの回線の速度を比べた画像が貼ってあった。「レイテンシ」という項目と、「Mbps」という項目がある。
私はMbpsの方は知っていた。メガバイト、ぱー セカンド、つまり、一秒あたりに何メガバイトのデータが流せるか、という単位。これが大きければ大きいほど、回線が早い。こういうのが苦手な人に説明する時は、「ストローの太さ」と説明している。
  50Mbpsなら、「一秒間に50ミリリットルずつ流せるストロー」。こっちのほうが、10Mbps「一秒間に10ミリリットルずつ流せるストロー」より太い。映画は、一升瓶ぐらい量がある大きいもので、それを全部自分のスマホに持ってくるとしたら、50ミリリットルずつ流れるストローのほうが早く全部自分の所に全部持ってくることが出来る。メールはスポイトで3滴分ぐらいだと思って。インターネットの買い物のサイトは、スプーン1杯ぐらい。

 ひと月に灯油のタンク分ぐらいは50ミリリットルのストローが使えるのだが、そのあとはもっともっと細いヤクルトのストローみたいなのを使うことになっているので、最初の灯油タンクの容量を越えたら、回線が遅くなるのだ…と説明すると、うちの親ぐらいの世代の人にもわかる人が多い。

 それはそれとして、私はこの「れいてんし」というものがわからなかった。
天使……。いや、零点。違うな、ええと。5、6秒考えてもわからなかったのでさっさと検索した。

検索語は「れいてんしとは」。

 調べてみるとわかった。latencyだってことが。
あああ。もう。英語かあ。確かに発音はカタカナで書くとすればレイテンシ?いや、「レイテンシ―」かな?長音符があればもっとわかりやすかったかも。「遅延」だね。

 うーん。20年前は「遅延」と言っていたはずで、レイテンシとは言わなかったなあ。
日本人英語認識率があがっているということなのだろうか。

全くもう、英語と日本語を混ぜるのは前からあったとは思うけど、それならカタカナでなくいっそ英語表記のほうがわかりやすい気がする。
「ギガが減る」にしろ「レイテンシ」にしろ、使われる言葉についていけるようにしておかないとなあ。アップデート必須か……。

孤独死にならないように

人生80年よりずっと長くなっているかもしれない昨今、ひとりぐらしで誰にも気づかれず、死んでいく人が多くなっているらしい。

 生まれた場所から離れないのが当然だった時代はともかく、結婚しない人は親と一緒に住んでいるのが当たり前ではなくなった。今、一人暮らしも多いだろうし、親と折り合いが悪かったり、離婚した親と別居して居所がわからなくなっているという話のある人も知り合いにぽつぽつあるぐらいだ、めずらしくはない。

 友達が多くてしょっちゅう行き来があれば、気づいてもらえるのかもしれないが、今の時点で私の友達との行き来の少なさはかなりのものだ。SNSで一応つながっていないこともないが、私はあまり投稿をしない。あんまりニュースがある生活をしていないし、出かけた先のケーキの写真を見たい人もそうそういるとも思えない。

 私が死んだら、多分「そういやあ、最近連絡していなかったなあ」なんてことを思ってくれるひとがちょっとはいたとしても、「また多分ヒマになったら連絡がくるよね」とか思われて、軽くスルーされそうな気がする。ラインは既読にならなくても、「見てないんだな」ぐらいでそのままになってしまいそうだ。

 死んでしまって、持ち物も、この体もすべてこの世界に置いて旅立ってしまう(詩的に表現してみた)としてもその後のことについては、まず干渉できないので、死後の世界があるとしても、自分としては打つ手もなく、死後の世界がないとしたら余計に何もできずそこまでだろうから、そういうことは私は心配していない。

 問題は残してしまった体の残骸というか、腐ったり、虫に食われたりとか、そうなったあと、白骨死体になるまでの経過で、体を置いて行った場所に与えるダメージの問題。腐敗した食べ物を見たことはもちろんあるが、私の質量のことを考えるとかなりの量になると思う。コップ1杯なら腐っていてもたかが知れているだろうが、そんなかわいい量じゃないからねえ。

 発見してもらうには、か……。少なくとも一カ月ぐらいまで?
 やっぱり、新聞を取るのがいいかなあ。新聞は取りに行かないとポストにたまっていく。ちなみにうっかり日曜日取りに行くのを忘れた後、月曜日の買い物帰りにポストをみたら、「ものすごくいっぱい」だった。あんまりあふれんばかりだったら、新聞屋さんがどこかに連絡してくれないかなあ。マンションの管理人さんとかにさ。一応住所と名前と電話番号ぐらいの個人情報は新聞屋さんに教えてあるもんね。

 つまり新聞が定期購読できるぐらいの経済状況にあることが大事。新聞販売店でそういうサービスやったらいいのにね。
それほど高くはない値段で、郵便受けがいっぱいになったところで、登録してある連絡先に連絡を入れてくれるとか、そういうサービス。電話を決まったところに、または警察か、建物の管理人に入れてくれる以外のサービスはなくてもいいから、1年1500円ぐらいで。

 これから一人暮らしのお年寄りが増えるという予測もあるようだし、10年、20年経つうちにそういうサービスが出来るといいな。

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    まこ

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