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毎日更新!LuckyDuckyDiary

いらっしゃいませ。毎朝6時には更新します。さっくり読んでいってください。コメントくださった方はリンクさせてください、相互リンク歓迎、リンクがダメな方は連絡お願いします。

結局買わなかった。

消費税の税率が上がる前にかけこみ需要……という話があるようだけれど、結論から言うと結局なにも買わなかった。

多分、車とか、家とかを買う人は2パーセントでも相当だろうけれども、私が買うもので2パーセントというと大した金額ではなく、結局一生懸命買いまわれば、それなりに吸収できてしまうことも結構あるから、あわてて今いろいろなものを買いだめるほうが、底値を狙って買うより高くなりそうだったからだ。

 しかし軽減税率になるものとならないものは結構ややこしいなと思う。
 納得いかないものもある。

 たとえば、紙おむつ。布おむつの税率はどうなっているのかしらないが、この令和の時代に布おむつを使っている人がいるのか??というぐらい当たり前のものだと思う。老人の介護もそうだし、赤ちゃんもそうだし、あれは必ず必要だからねえ…。赤ちゃんは数年で卒業するが、老人は寝たきりになると使う年月もながくなりがちだ。負担は大きいが、やめるわけにはいかないそういうものなのに。

 生理用品、これも10代から50代ぐらいまで幅広い年齢の女性が必要としている。
 赤ちゃんの布おむつのように、使い捨てではないものもあることはあるが、かなり少数派。
 これも、自分で停止出来るものではない。
 男性が使わないものとしては、例えばファンデーションとか、つけまつげとかが軽減税率にならないのはわかる。
 あれは別に塗らなくても健康被害はないからだ。
 でも、生理用品が「必需品」扱いにならないのはなぜなんだろう。

 まあ…トイレットペーパーでさえ、軽減税率ではないのだから、しょうがないかもしれないけどさ!
 トイレットペーパーがいらないひとというのも、あんまり見たことないことを考えると、つまり「全員いたみわけ」ということなのだろう。

 底値で買い物は頑張ろう。ちなみに近隣のスーパーのお徳用箱入り生理用品の値段は、安いドラッグストアと比較すると100円ぐらい違うこともある。2パーセントどころの騒ぎじゃないものね。
 とりあえず、生活費の予算は変えない方向で。

自家製コーヒーチケット

100均ショップ、セリアで、こんなメモ帳を見つけた。

 コーヒーチケットが作れるというか、書き込み式になっているメモで、チケット部分3枚はちゃんとミシン目がはいっていて、ちぎれるようになっている。
 これにちょちょっと書き込みをして、夫に渡したらとても喜ばれた。
 アメリカに住んでいて、お金が全然なかった若かったころ、誕生日にこういうのをお互い送りあったことがあった。
 パソコンで刷って、自力で折り目を付けて渡したっけ。私のは、朝ごはんをベッドまで持ってきてくれる券で、彼のはコーヒーをいれてあげる券だった。

 夫はコーヒーを自分でいれず、誰かにいれてもらうのが好きらしいが、私にちょっと遠慮してくれているらしい。でも、これを私が渡しておくと、遠慮せず頼める気分になるんだって。

 遠慮しなくてもコーヒーぐらい、いれてあげるよ、と思うのだが、気分というのは大切だ。
 「当店でのみ有効」なんて書いて、配っておいた。

 近所のお菓子屋さんが2割引きになるセールの日だったので、夫はお茶菓子にと個包装のケーキを買ってきてくれた。
 これでおうちで喫茶店、いいね。
 こんなのですごくうれしそうに笑ってくれて。夫のこういうところが好きだな、と思う。

 面白いメモ帳だったが、他のチケットは見つからなかった。


朝ごはんに?

ここしばらくですっかり冷蔵庫に常備することになった、杏仁風味ミルクプリンと、フルーツゼリー。
どっちも1リットル単位で作る。

 ゼリーは息子のお気に入りで、おやつに食べるし、ついでにお弁当に毎日持って行かせるので、消費が早い。

 ミルクの方は私がおやつに食べなければ割と残るのでは、と思っていたけれども、結構な早さでなくなる。どうも、夫がミルクプリンを朝ごはんに食べていっているらしい。

 私が子供の時には、実家の朝ごはんは大抵、「ごはん、(昨日の残りの)味噌汁、常備菜」あたりに決まっていた。漬物か、つくだにか、または納豆か卵か……。お茶碗一杯分のごはん、みそ汁一杯、卵とか納豆まで食べれば、まあ結構な量があったものだ。昨日のおかずの残りがあれば出ることもあった。

 父は農家の出身で、朝ごはんはお茶碗2杯も当たり前、つまり「朝飯前」に仕事をしてから学校へ行く…というような子ども時代を送っているとそういう感じに「しっかり食べないと動けないから」式の朝ごはんになるわけだ。そんなわけで、うちでは「朝ごはんはしっかり食べましょう」だった。

 これが、夫の実家になると話はぐっとかわってくる。夫の場合は朝ごはんは軽いのが当たり前。トーストは「半分」に切ってあったり、ヨーグルトと、小型のロールパンと飲み物……ぐらいで、「そんなにたくさん、朝から入らない」という感じ。
 パン、果物、飲み物という感じの組み合わせで、どっちかと言えば「カフェオレとクロワッサンで終わり」ぐらいの洋風のノリだった。

 なので、新婚当時からこっち、私がごはんと味噌汁とおかず……なんて用意すると、「多すぎるから」と言われるのがオチ。結構イヤそうな顔をされるのでパンとコーヒー、またはシリアルとコーヒー程度になるのは早かった。

 私はいまだにご飯と納豆と味噌汁が軽々入るので(なんなら卵も追加で)、これは多分習慣の問題なんだとは思う。
 
 朝ごはんはコーヒーは必要でも、パンも「まあ、いらないや」みたいになることがある夫が、これなら入るから的にミルクプリンを食べているらしい。コーヒーだけよりは、マシだろう。もっとこう……。カスタードプリンとかそっち系にするべきかなあ。
 卵も入ってる方がいいかも。
 まだ結構気温も高いし、冷たいのがおいしいかもしれないけど、冬はどうするかな。

 私が作る料理にあんまり文句を言う人ではないけど、朝ごはんを「出しすぎる」ことに関してだけは点が辛いからなー。
  ポタージュとかスープはどうだろう。それともこのまま、ミルクプリンを作り続けてどうなるか見ようか。

お天気アプリ

台風が来ていたころ、雨雲の動きがわかるアプリを導入した。

 ネットでもわかるけれどもアプリ版だとスマホの位置情報を使って、15時間後の天気の予想までしてくれる。

 私が使ったのはYahoo!天気アプリ。
 1時間前後は特に細かくみられるようになっていて、もうすぐ雨が!というときにわかるし、突然の豪雨の前に洗濯物をいれるとか、または突然豪雨になったとき、どのぐらいであがるのか、あきらめてぬれて帰ったほうがいいのか、それとも雨宿りして15分待てばぐっと雨脚が弱まるのかといったようなことがわかるようになっている。

 使って見たら思ったより便利だった。時間経過にそって、スライドさせると地図上の色が水色から、緑、黄色、赤……と変わっていって、赤のほうが豪雨。薄い水色だったら「ぱらぱら」ぐらい。
 現在位置が赤でひどい土砂降りでも、30分後には水色……とかだったら、買い物で時間をつぶして30分後に帰ったほうがマシだし、なんとなくどんよりした重たい雲が見えていて、今は降っていなくても、1時間たったらかなり降るとなれば洗濯物を中に入れて、買い物は近場にしようかなとか、かなり計画が立てられる。

 ちなみに5時間後とかになるとちょっとはずれることもあるが、30分1時間だとかなりの精度がある感じがする。
 スマホで生活が変わる、わかりやすい例だと思う。

線路にkindle

息子が駅のホームで人にぶつかられたはずみで、線路にkindleを落としたらしい。

 駅員さんを読んで拾ってもらった。画面も割れず、普通に読めたので、「kindleって丈夫ー!」と思ったらしい。

ところが!2日後の今日になって、横に1センチぐらいの帯が出た。そこだけ写らない。
 派手なドット抜けといったところだ。左側に縦の線も幅8ミリぐらい出ている。縦の方はマージンを広くとることで問題なくなったが、下から3センチぐらいのところに出ている帯はいかんともしがたく、買い替えとなった。

 あーあ。でも電車の中で読書はしてほしいからなあ。読解力というのはテストの点数をあげるのに役立つし、読書しないと読解力は上がらないからね…たとえ15分でも、20分でも。
 
 テーブルの上からぐらいなら私も落としたことがあるけど、全然こわれなかったから、kindleはスマホより丈夫だと思うけどやっぱり線路に落とすのは落下距離も長いし、衝撃だったんだろうな。
 今度は、効果があるかどうかわからないけどkindleのカバーつけさせよう。

北海道フェア

近所に、「北海道フェア」がやってきた。
 大体こういう「都道府県のフェア」というのはその土地の名産が売られて、ついでに麺類とか揚げ物とかの名物の軽食が食べられるブースが出るというイベントで、沖縄とか、京都とか、北海道とかが多い。島根フェアとか、栃木フェアはそういえばあんまり見ないなあ。

 今回は北海道フェアで、六花亭とか、北見のハッカ飴とか、ルタオのケーキとか、おいしそうなものがいっぱい。白いプリンに、チーズにと、ミルク系が多いのはやっぱり酪農のイメージがあるからだろうな。
 写真のこれは、ハチミツとチーズアイスのパフェ。どこかの牧場の名物らしい(どこの牧場だったか、忘れた)。
  濃厚で、甘くて、ハチミツとチーズの組み合わせがしょっぱくて甘くて、予想出来る味といえばそうだけれど、とってもおいしかった。

 とてもカロリーは高そうだったけど。ラーメンもあったのだけれど、かなりの行列だったのでラーメンはあきらめた。
 写真のパフェは、立ち食い推奨?としかいいようがない、販売ブースしかなかったので待ち時間はなかったし、そのあたりのテキトウなベンチに座って食べて出てきた。

 あとは六花亭のコーヒークリームが挟まったパイが食べたいと夫が言うので、それはゲットした。
 北海道、いいよね。また遊びに行きたいなあ。


チョコレートのカード

グリコのアーモンドピークというチョコレートのおまけに、このカードが入っていた。

 「名画で見る主婦業」というらしい。
 この絵はジョン・ウィリアム・ウォーターハウスという人が描いた「黄金の箱を開けるプシュケ」という絵。
 つまりパンドラの箱を開けてしまうというような題材らしいのだけれど、「いつのかわからない弁当箱が出てきた」と言われると確かにそういう風に見えてくるのが面白い。

 この名画で見る主婦業は、最初ツイッターから始まって、人気の出たものだけ選んで書籍化したこともネットをみたらわかった。面白そうだなあ。
  主婦業をやったことがある女性向けとみた。こういう、「誰が見てもクスッとなる」本は、お見舞いに持っていくのにいいんだよね。覚えておこう。


NintendoSwitch用タッチペン


最近、見られない場合は画像のリンク切れです【Tales of the Orient--The Rising Sun】をクリアしようとがんばっているのだけれど、NintendoSwitchの画面を手でタッチしているとミスタッチが出る。
 このゲーム、元はPC用だから、ちょっとゲーム機でやると画面が狭くて小さすぎる。

 携帯機、たとえば3DSの場合はタッチペンが有効。3DSのタッチペンは、感圧式といって、画面にかかる圧力を検知するタイプなので、ガラスの画面が傷つかない硬さの物なら何でもOK。つまようじ、綿棒、割りばし、なんでもござれ。売っているペンはそんなわけで、樹脂をペン型にしたものが多い。形さえ加工出来ればOKだから、かなり安い。
 
 同じくNintendoSwitchでもタッチペンを使いたい場合、「静電式」というものを使わなくては反応しない。iPhoneなどのスマホ、ipadみたいな「タブレット」も静電式が多い。電流がとおらなくてはならないので、「導電ゴム」とか、「導電繊維」とか、「導電塗料」とか……とうようなものを先端部分に使い、金属製のペンになっていて電流がとおるようになっていたり、または電池が入っていて電流を流すようになっているので、技術もいるし、仕組みもややこしいのでちょっと高い。

 iPadに使うペンを夫が面白がって買ったが、4000円ぐらいしたとか。このタイプのペンを自作する記事をネットで読んだが、一番簡単なのは、アルミホイルでペンを包んで、手でもって使う……というものだった。
 アルミでくるんだ棒に、アルミの鉛筆キャップをつけたのとか、短すぎる鉛筆を持つためのアルミのエクステンダーをくっつけたのもあった。

 自分で作ろうかな…と思ったが、その前に!と思って100均を見に行った。
 案の定100均にあった。ボールペンぐらいの大きさで、先が丸くて黒いゴムになっている。

 使って見たらばっちりだった。ちなみに4000円したという、アップル社のiPad用のペンはアップル端末専用らしく、NintendoSwitchでは使用出来なかった。
 100円の静電タッチペンよりはアップルの高いペンのほうがちょっと先が細かったけれども、そこまで細かい絵を描くとかでないなら、100円のタッチペンも十分使えた。
 ほんと、どうなってるんだろうね、こういうものの値段って。


せっかく来たのに

ちょっと遠くのスーパーは卵が安い。雨の日になるとタマゴが1パック98円になったりする。
 小さめの卵を売っている時は138円。安くない時でも178円から198円で、一番近くのスーパーが278円なのに比べたら断然安いので面倒でも買いに行く価値はある。

 100円違えば、5000円分の2パーセントにあたるのだと思えば、消費税も上がった昨今、馬鹿に出来ない。
 私は卵が小さくても全然かまわないので、期待値は138円、あわよくば98円が狙いたいところだ。お弁当に入れる卵焼きは毎日だし、プリンもまたリクエストが来ているし、私の手間なし昼ご飯にたまごかけご飯もちょくちょく食べる。
 
 かにかまをいれたかに玉とか、ひき肉料理のつなぎにいれるとか、夕飯の材料にも結構使うからねえ。
 ……ってんでまだ暑い中、プラプラと出かけた。

 土曜日だったのでかなりの混みぐあい。卵売り場の前には新婚っぽいカップルが。

 「あーー!せっかく来たのに!安くない!」と女性。
 
 本日卵は残念、198円であった。私も1パックかごにいれながら、(ねー。残念だよねー)と心の中で相槌をうった。

 次のパックは平日に買おう。多分、週末のほうが高いとか、関係があると思う。

お茶碗変更

100均で買って使っていたごはん茶碗にひびが入った。
 しばらくそのまま使っていたら、なんと2個目の縁が欠けた。
 どうしようかな…と思いながら使っていたら、「あのさ、お茶碗、買ってこない?」と夫に提案された。

 「そんなに高くなくていいから、今度は100均じゃないやつで」と。
 難しいな、その注文。彼は茶碗の値段なんか多分みたことないから、簡単に言うけどー。ホームセンターの300円ぐらいのやつは、それほど100円と違いがない。柄が選べるぐらい?

 ふっと思いついて、近所のリサイクルショップに行ってみた。鍋とか、ブランド食器とか、ブランドタオルケットとかを箱の新品のまま、安くで引き取って売る店で、そこでお盆を買ったことがある。前まではゲームソフトなども投げ売りにしていたので、そのあたりはチェック済みだ。

 真っ白の有田焼のおちゃわん。蛍がはいったもので、5つ800円。箱入りの立派なのだった。四弁のお花みたいな蛍がはいった湯飲みでお茶が出たのは、確か祖母の家だ。薄い緑色が透けてきれいで、冷たくて、いい香りのするお茶だったなあ。
 そんなことを思い出しながら手に取った。

 ごはんをいれるんだから、蛍のお茶碗でも全然関係ないだろうけど、これは何のために入ってるのかなあという疑問は沸いたが、 確かに安い。隣の木箱の5つセットのお茶碗も有田焼のセットで、こっちは1780円で5つ、それは全部柄違いだった。
 ……ここまではいらないだろう。

 というわけで、有田焼の白いお茶碗が5つ、うちの台所に仲間入りとなった。
 夫みせたら、「前のより薄いね」という感想だった。まあね……。すぐ割れるかなあ。
 5つあるから(前は3つだった)そういう意味では一応長持ちするはず。


保育園無償化って効果あったのかなあ。

 私が住んでいる町は、中規模で、割と便利なところにある。大都市圏に仕事に行く人が住む街、といったところだ。
故に、人口が増加傾向にあり、駅前にはマンションが並び、まだ新築のマンションがじわじわ増えている。市内の学校には、大型マンションが近くに建ってしまって教室が足りなくなったところがあるぐらいだ。(マンションの子は越境してちょっと遠めの小学校に通っているのだとか)

 少子化の昨今、学校の教室が足りなくなるなんてねえ。ちなみに、30年ぐらい前にいくつかの学校の統廃合があったぐらいには少子化だったらしく、「あの時に学校を壊さなかったら、今使えたのに」という笑えない話もあるらしい(今は廃校は公園になっている)。
 
 ここに引っ越してきたときに、試みに調べてみたら保育園の待ち人数は200人近かった。母子家庭か、お父さんが病気で失職というような事情があるのならもっと順番は早まりますが……というような説明はあったが、市内でも相当遠くの、隣町のほうが絶対近いからというような場所にある保育園とか、山の上の方に「こんなところに保育園あるんだ?」みたいな場所のものは数十人待ち程度。
 とてもじゃないけど入れる気がしなかった。

 認可のない保育園……というにはあまりにもせまそうな、ビルの2階と3階が保育園みたいなのとかは、ないではないみたいだったけれども、保育料がびっくりの高額、こんな額稼げないって。みたいな話だったので、結局仕事にはつかなかった。
 もちろんこの町でも、市議会選挙だのなんだのということになれば、「保育園待機児童を減らします」とか、「保育料の軽減」とかが話題になるし、この間は国でも「無償化」」とかやったのだから、もっと入りやすくなっているといいな…とは思うけれど、実情どうなんだろう。

 私の息子はもうかなり大きくなったので、保育園だの幼稚園だのに用事があるママ友さんは減ってはいるが、そういう人たちと話をする機会があった。
 「新しく保育園を作る」という話は噂で聞こえていたが、待機児童がかなり減ることを期待して作った保育園も、もちろん一瞬で埋まってしまい、(それも、開園前に)「保育園が出来るのなら、預けやすくなるわよね、私も働こうかしら」と思ったお母さんがかなりいたらしく、結局待機児童の数はかえって増えたぐらいの勢いらしい。

 「どうせ無理よねえ」と思ってあきらめていた保育園が、「一つ丸ごと増えるのなら、きっとチャンスがあるはず!」と思ってやる気をだして就活に挑むお母さんが増えるということだ。隠れ需要ってやつだね。
 今は年齢も高くなったし、この年齢で雇ってくれるかどうかはかなり厳しいから、それほどもう働くことに未練はないけれど、子どもが小さく、私も今より若かった頃は、実はちょっと働きたかった。

 でも、保育園はやっぱり足りなかったし、幼稚園のお預かり保育まで考えても、なかなか難しかった。
 夫は、「全員、入れるようにはなってないのだから、誰かが家で子育てするしかないんだよ」、と私が働けないのはしょうがないことだというスタンスだった。夫が私の稼ぎがなくても生活出来るだけ稼いでくれてよかったとは思う。

 でもこれが、夫の稼ぎが3人暮らすのにつらいぐらいしかなかったら……。フランス人と結婚している私の友達はフランス在住だが、働きたい人が全員預けられるようになっているそうだ。それはまたすごいな、と思うけど、そういうのって、どこから財源取ってるんだろう。なぜ日本では出来ないのかなあ。

 保育園が無償化して、入りたい人が増えて、みんなが働いて……。そういうことが出来るようになっているのならいいけれども、身近な人を見る限りでは、あんまりそういう風にはなっていない感じがする。
 無償化で、預けたい人が増えて、保育園や幼稚園の先生は増えなくて、結局待機。
 そうこうしているうちに子供が小学校に入れる年になってしまって、次に足りないのは学童保育。

 3年生にもなれば、学童保育はもう、この町にはないから、いきなりかぎっ子。まあ、そういう子は昔からいたけれども。
 有償の学童保育は3年生から上もあるらしいけど、月に6万円とか聞くと、うわあ、ってなる。習い事に出す?

 食料品や日用品を買いまわる手間が取れないとなると、生活費も上がる。結局専業主婦のほうが安上がりになってしまう世帯もあると思う。無償化といいつつ、この町ではいきなり全額タダになったりはしないらしく、「軽減」はするものの、やはり数万円は当然のように出すことになるらしいから、厳しいよね。

 何が足りないのか…というと多分、「子供が理由で」休める制度が少ないのと、そういう理由で休んだことで査定が下がる習慣があることなんだろうな、と見当はつくけれども、なかなかそういうところって変わらない。
 共働きでもなんとかなってますというところは、大抵親がそばにいて、病気の時にはそこに預けることが出来るというような話が多い。
 結局、そういうところは40年前と同じなんだよね。晩婚化で、そういうのに無理が来ているというのは全然計算に入ってない。
 40代で祖母になったという友達を見ていると、昔はこういうのが普通だったんだろうなー。と思うし、楽しそうだ。
 でもうちの息子が例えば、35歳で結婚したとしたら、私70近いわけよ。無理感ありありだ。

 保育園の送り迎えと思われる、布団袋2つ提げて、自転車の前後に子供を乗せたお母さんとか見ると、昼寝の布団まで毎週持って帰って洗濯を求められる習慣は、どうにかならないのかな…と思う。アメリカの保育園の昼寝マットは、保育園の備品で、ヨガマットみたいなやつだった。部屋が温度調整してあって、何もかけないでゴロ寝。ホースで流してジャバジャバ洗えるマットで十分だと思うんだけど。
 保育士さんがノート書いて渡すとかも、毎日やるのはあんまり聞いたことがない。特筆すべき問題がなければ、別に……ぐらい。保育士さんも、お母さんも負担が減るように効率化してもいいんじゃないか、と思う。

トイレでの勘違い

今まで行ったことのある外国ではまず、見たことはないけれども、日本の公衆トイレにあるのが、トイレを使用中の音を隠すために、音を出す機械。
音楽が流れるのではなくて、水が流れている音がするのが多い。

そういう機械がくっついている、百貨店のトイレに入ったときのこと。
最初に入った個室は、前の使用者が流していない状態だった。

いや、流してから使用すれば何の問題もないのだけれど、なんとなく感じが悪いものだよなあ、と思いつつ。

で、腰を掛けたら勝手に装置のスイッチがオンになるようで、大音量で水音が流れる。
用を足して、ふと、「あ……」と思った。
この機械、流れる水音が、すごく「本物っぽい」。この装置、2、30年前にはもうあったけれども、当時はそれほど本物っぽくはなかった。「水音を模しているが、機械の音」であることがよくわかったのだが、今日のこのマシン、すごく本物のトイレの水が流れる音に似ている。

 継続して流れる水音を聞きながら服を整え、トイレを流しながら思った。多分、前に使った人はもう、自分が流したのだと勘違いをしたのだろう。確かにうなずける勘違いだ。
―――私も気を付けよう。

 そう思いながらトイレを後にした。

神戸市長と組体操

朝日新聞の2019年9月24日の記事から。
 神戸市の市長さんが、ツイッターで組体操でけが人が出ていることをあげて、教育関係者は組体操をやめる勇気をもってほしい、という意見を出しているという記事だった。

 小市民の感覚でいえば、例えば市長さんが組体操はけが人が出るから危ないのでやめたらどうでしょう、と言ったらいきなり中止に出来そうな気がするのだが、そうするとこういう「まあ、そうよね」と思うようなことだけじゃなくて、好き勝手に「それはないんじゃない?」というようなことでも市長さんが教育に口を出したときに止められないので、市長さんは教育現場でのいろいろには手を出せないようになっているらしい。

 神戸市では、この3年間に小中学校で123件もの骨折事故が起きていると書いてあった。「骨折事故」ということは、捻挫だとか、打ち身だとかはこの件数に入っていないのだろうな、ということを考えると多分、そういう事故も含めると件数はググっと増えると思う。多分、2倍ではきかないだろう。

  このブログに載せた写真は、朝日新聞の9月24日のもの。上の段の右側の「3」の番号のところにある、「サボテン」は私も覚えがある。けどこれ、1、2のところにあるその「サボテン完成までの過程」が!これ、昨今のお子さんたちは出来るのか?私が中学生の時出来ただろうか、と思うと、「上の役は無理」だと思う。
 私が小中学校の時にやった「サボテン」は、スタート時に一人が立って、もう一人が後ろにしゃがんで足の間に頭を突っ込み、その後立ち上がって肩車になるところからのスタートだった。
 次の号令で上の人が下の人の太ももの上に足を置き、前に立ち上がる動きを見せると同時に、下の人は足の間から頭を抜いて後ろに反り、この写真の「3」の状態にもって行って完成。

 この写真の通りにサボテンをやるとしたら、まず難易度が高い「倒立」からスタート。そのあと2番で前の人が足を押さえて後ろの人が勢いよく振り上げて腹筋力で起き上がる……?これ、運動部の子はともかく、文化系だと無理じゃない?どうにも起き上がれなかった時とかには、下の子が後ろに重さがかかりすぎて尻もち、上の子は足が上で押さえられているのでにっちもさっちもいかなくなって共倒れになるよね?頭や顔が前の子が後ろに倒れると同時に地面に激突しそう。こういうプロレス技、なかったっけ?
 失敗した時のとっさの行動で全員パッと手が付けたり、足が外せたりするわけじゃない。組体操は「全員やる」ことになっているケースが多いからねえ……。

 私が子供のころ――つまりまだ昭和50年から60年代だった時代でも、「昔より体を動かさなくなって筋力がなくなっている」と文句を言われていたけれども、さらに歩かず体を動かさず、外で遊ばない平成キッズにこれは相当無理があると思う。この写真の下の段の帆掛け船も、上の子の手が滑って下の子と頭突きになりそうな感じだし、腹抱え倒立も、安定しなさそうだ。(この2つは私はやったことがない)

 大体、体育大学ではじまって、そういう大学出身の体育の先生を通じて全国の学校に広がったという組体操。難易度が高い技は体育大学の学生には出来ても、全員には無理よね。
  手をつないで広がる「扇」とかでけが人がそうそう出るとは思わないが、神戸ではこの図にあるような技をやらせているのだとしたら、骨折だのケガだのが多くなるのも無理はないと思う。

 せめてもうちょっと難易度を下げないと……。体育の先生になろうなんて思う人は、絶対体育が得意な人だ。小さい頃から体育が大好きで、成績もよかったことだろうし、学校の体育でやることならなんでもきっと上手に出来た、そういう人が体育の先生になる。そういう人にとっては、体育が苦手で、がんばってもうまく体が動かないというような子どもが一定数いることが多分、理解できないんじゃないかなあ。練習すれば出来る!というような感じになりやすいのだと思う。

 多分練習すればある程度はうまくなる。体を動かすことは全部そうだと思う。ただ、その過程がもっと小刻みに設定されているとか、難易度が低いとかでなければ失敗が多くなって、ケガもしやすくなるのが「運動神経の悪い人たち」だということは、わかってほしい。運動神経がいい人だけ選抜してやるのでなければ、難易度を下げない限り危ないのだ。

 勉強が「やってもそれほど出来ない」人がいるのは見過ごされるのに、体育だけなぜ難しくても全員がやらなきゃいけないんだ……とため息をついていた私としては、難易度が下がるのは大歓迎。自分の子供が危ない目に遭わないのもありがたい。
 怪我までしてやることではないよね。ほんと。

 怪我が多いタイプのを調べて、それを取りやめるだけでもだいぶ違うと思う。神戸の市長さんは、自分に出来ることをして、頑張ったよね。
 こういうことって、「伝統だから」「習慣だから」で通されてしまうことも多いからね。ちなみに、うちの町では、組体操の演目に、集団でやるダンスと体操の中間みたいなマスゲームをいれて、人と組むところを減らすことにした学校が多い。中学校ではどうなんだろう、まだ見に行ったことないけど、多分小学校で減っているということは中学校でもそういう対策をしているんじゃないかなあ。


生活費がたりない……?

4月に年度がかわってから、どうも資金不足感が抜けきらない。
髪の毛を切りに行く頻度を減らしたり(1回4000円)、季節ごとのクリーニング用に毎月積み立てている2000円から1000円拝借……というような感じにしていたのだが、やっぱりギリギリ感がある。今年の春から夏にかけて、私の下着と靴下は全く新調されなかった。

今までは4週間にわけて4つの封筒に入れていた食費を、5枚にわけることで1週間に使う量をちょっと減らして月末分にやたらと足りない感じを埋め合わせていたのだが、なんとなくまだ足りない。

 クッキーとかポテトチップ、おせんべいなんかのおやつ類を「今から買い物に行くけど、ほしいものある?」と聞いてくれる夫に頼みながら、「最近、そういうもの買うお金が残らないんだよね」とつい、言ってしまった。

 夫は、「弁当じゃない?」と。
 「別におかず作って、冷凍庫に貯めてるでしょ?」
――確かに。小分けにしてあるとは言うものの、たった今冷凍庫から出して解凍しておけば、3人がおなか一杯おかずを多分、2食分食べて余るぐらいは、冷凍庫に常にストックしてある状態だ。いや、2食分よりもっとあるかも?

 エビマヨが好きな息子のために炒めたエビとか、マグロも好きだし切り落としとか、材料費も確かにかかっている。
 安い材料でも鶏肉とか、ハンバーグとか、確かに普段食べて消費しているほかに「ストック分」というのが存在するようになったよね
 
冷凍庫に普段の食材としていろいろな材料を保存しておくのは実は苦手。
 奥の方とかに入っちゃった材料を使い忘れて味が落ちるとか、それだけならともかく「これ、まだ食べられるのかな」という状態になって発見したりするので、お弁当のおかず以外では冷凍保存されている食品はアイスクリームと、油揚げと、炒めたみじん切りタマネギと、刻んだベーコン程度になっている。アイスクリームは勝手に消費されるし、油揚げとタマネギ、刻みベーコンは使用頻度が高いからどうにかなるが、うちの料理の材料は基本、買ってからすぐ調理、長くても2、3日で消費。
 つまり弁当が本格化するまでは手元のお金=食料品ぐらいの計算でよかった。

 でも今はつまり、ストック分の金額が普段の食料品でもなく、生活費でもないところにプールされているってことで。
 「今度から振り込む分、2万円ぐらい増額しておくよ」
――とサラッと生活費増額が決まってしまった。

 えー!多分、5000円でいいのに……。
 ちょっと多すぎない?と思ったのだが、夫は「いいもの食わせてやって」と。なるほど、弁当のおかずを豪華に……それと食事のグレードを上げるってことでいいかな。

 そりゃあね、「下げる」ほうには難しい食費も「上げる」方なら全然難しくはない。ハンバーグにとろけるチーズをのせてやるとか、お弁当に厚切りのベーコンを焼いたの(息子の大好物)をいれてやるとか、なんなら胸肉の代わりにモモ肉にするとか、数千円あっという間、間違いない。

 お弁当のゼリーに使うジュースを奮発して300円のやつにしたら、「これ、めちゃくちゃおいしい!」と大喜びした。
 まあね、100円のジュース+果物100円分より簡単だからねえ。

 節約……。と考えていたら、夫が「大丈夫、このぐらいなら増額出来るよ」と言っていたので大丈夫だとは思うけど。
 このブログに書いているようなことを話していたら、「髪の毛切りにいって、下着新調しなさい」と言われてしまった。

 手取り15万ぐらいで過ごしていた一人暮らしの時代もあったし、服が破れても繕って着るような貧乏な新婚時代もあったしで、「なくてもどうにか」してしまうことが出来るから、つい増額なんて頭に浮かばなかったけど、確かに食べる量も増えてきているし増額するタイミングなのかもしれないな。

 とりあえず引き出す分は+1万円にして調子見よう。
 残りの1万円は使わなければ口座においておけばたまるんだし。

 「おかーさん、これもう多分だめ」
 半パンツからすずしくなったので履き始めた息子のジャージの長いパンツ、すごく短くなってた。うへえ、伸びたねえ。
 2枚と体育の時のがいるから、3枚で4000円ってわけにもいかない。多分5、6000円はいくだろうなー。
 
やっぱり2万円、いるかもしれない。はあ……。お金って、あればあるだけ、なくなるものなんだなあ。

2段蒸しプリン

 生活費にかかる分を増やす話を昨日の日記に書いたけれども、夫に「生活のレベルをあげるとしたら、どんなところか」とリクエストを聞いたら「プリン常備」とかどう?と。ミルクと生クリームを味付けしてゼラチンで固めた杏仁ミルクプリンもいいけれども、かなり長期間出し続けたので今度はカスタードプリンがいいらしい。

 ちょっと面倒というか、去年の今頃だったら絶対そんな気力出なかったと思うのだが、最近ちょっと調子がマシになってきているのでやってもいいかな、というわけで、「冷蔵庫にプリンを常備するとしたら大作戦」を立案。

 この案の問題点は、一度に出来るプリンの数の少なさ。うちではプリンは深めのフライパンにお湯をいれて蒸すことにしているが(オーブンの皿に水をいれて蒸し焼きは、サイズの関係でもっと数が減る)、底面積の関係で4つは出来るものの、6個となるとちょっとギリギリ。モロゾフの小さいほうのプリンカップぐらいのサイズなら6個いけるだろうけど、あれはフタがないし、重ねておけないので冷蔵庫の中で結構邪魔。

 ゼリーが入っている9センチx7センチ、高さ3センチの150mlプラスチック容器でプリン、作れないかな?空の容器と、フライパンを使って検証。
 フタは耐熱温度が低いので、耐熱温度140度の容器部分だけで、タオルをたたんで入れたフライパンになんとか4つ並ぶ。
 4つ……。上に2つ縦横ずらして並べたら6個でどうにかフタがしまった。

 普段は使わない特大の四角いフライパン(アサヒ軽金属のディナーパンとかいうやつ。くっつかないので餃子とかハンバーグを焼くときだけ使う)でやってみたら、見事2段で8個、収まることが判明。

牛乳600mlと砂糖90g、卵6個で2段のプリンを蒸した。
 下の方は割と固めに「おうちで作る質実剛健」という感じになったのだが、上の方は「やわらかくてお店のみたい、絶品!」と夫が大絶賛の柔らかプリンに。

 カラメルはいれていないので、ちょっと甘さ控えめだがハチミツとかケーキシロップをちょっとだけたらすとおいしいのなんの!
 「これがいつでも食べられるなんて、生活が豊かになった気がする」と喜ばれた。

 1つ40円以下ぐらいかな、このプリン。卵と牛乳と砂糖の消費量があがって、光熱費が余計にかかるが、おいしいものがいつでも食べられるというのは、確かにいい感じがするね、ということで同意した。
 売ってるプリンより大きいしね!

 朝ごはんにプリンは、ちょっと珍しいかもしれない。でもプリンが卵、砂糖、牛乳で出来ていることを考えると、材料的には甘いミルクコーヒーと、目玉焼きと大差ないしこんなものか。
 「生活の質が上がる」が、車や、アクセサリや服でなく、プリンってとこが、なんていうか、ね。

ようやくの秋

いつまでたっても夏……としか言いようがない10月の初めだった。10月3日のメモには、部屋の温度32度、暑すぎる、なんて書いてあるぐらいだ。10月9日のメモには、「滅多にないような運動会日和」。

 洗濯物を干そうとベランダに出たときの感想だ。からりと晴れて空が高く、空気が爽やかにひんやりとしていて、微風。私が覚えている「運動会の朝」はこういう感じだった。焼けて、夏の水着の跡とまた違う場所に「ブルマー焼け」が出来てしまうのがなんとも面倒な(その当時、日焼け止めは小中学生が塗るものではなかった)10月の秋晴れ。

 息子も薄いパーカーを早朝には着るぐらいには温度が下がった。
 果物屋さんで柿を見た。緑と黄色のミカンが袋に詰めて売られるようになった。これを「秋の遠足」や、「運動会」のお弁当に持っていったっけ。

 半月、いや、ひと月はずれているかもと思わせるが、とうとう秋になった実感がある。
 お月見は、うちではあんまり注意していないのでいつだったかは知らないが、ピンク、白、緑のスーパーで売っている三色だんごが、「黄色、白、緑」の三色になっているのをみかけた。

 うーん。気持ちはわからんでもないが、月見団子ってこう…白くて丸くて、積んであるものじゃないっけ?
 ピンク白緑の団子は「花見だんご」らしいが、年中売っていることを思えば、もうそれでもいいのか。
 クリスマスにはてっぺんの団子が赤いやつを売るとか、ハロウィンにはてっぺんの団子がオレンジで、下が黒砂糖のハロウィンだんご売ったらいいのに、とか思いながら帰ってきた。

アップデート必須

図書館で見られない場合は画像のリンク切れです【あなたの知らない奈良県の歴史】という本を見つけて読んだ。

 この本の出版元へ行って、紹介ページにリンクを貼ろうと思ったら【洋泉社】のサイトはあったけれども、この本が検索しても出ない。絶版なのか?

 読んでみたら、なるほど私が小中学生の時習った定説を覆すような話がちょこちょこ入っていて面白かった。
 「平成8年に発見された」とかだと、確かに……。そのころには歴史の教科書とは縁がなかったからなあ。
 今の20代、30代のヒトなら「そう習った」ことでも、40代だとずれてるってことかあ。と思いながら読んだ。

 学問は後から発見がある。例えば生物学とかでも昔私の子供のころは恐竜の祖先というのは爬虫類と共通だということになっていたが、今の定説では恐竜の祖先は鳥類の祖先と共通しているということになっている話とかを見ると、アップデート必須。

 社会の常識と言われることも、技術革新と共に結構変わってきていて、パソコンは30万円もしない上に、長く使えるようになったから、企業でもリースよりは購入を考えるようになったとか、電話も「もしもし」と出るのは携帯電話、スマホが普及した今「常識」じゃないとか、いろいろと「そう言われればそうかあ」ということにも時々気づく。

 気を付けて自分のアップデートをしていかないと、「それが当たり前」「そんなの常識」と思っていることがずれてきて、時々見かける「最近の若いもんは常識がない」と怒っている人になっていきそうな気がする。

 ネットを見ていると、匿名だからか罵倒も多いし、情報の出どころが怪しいものも多い。やっぱり本は大事だよね。
 再読したい本も多いのだけれど、新しい本、見たことない本をなるべく読もう。

 もしかして、この歴史の本も、もうすでに古いのかもしれない。平成20年から後に出た本も探すかな。


格安!モンブラン食べ放題

黄色い渦のようなクリームの載ったモンブランは、姉が好きだった。ケーキ屋さんではモンブラン一択。
私はそれほどモンブランは好みではなかった。どちらかといえば生クリームの載ったいちごのケーキか、チーズケーキ。

私がモンブランに目覚めたのは北海道に住んでいた時。六花亭で、すごく短い期間「マロン・シャンテリー」というカップに入ったデザートを売る。栗が絞り出されているといった感じのポロポロした栗のクリームの上に生クリームがのせてあるもので、スプーンですくって食べる。

 一度買って、そのおいしさにうれしくなったのだが、2、3週間で売る期間が終わってしまうというその短さに、数年住んでいたが数えるほどしか食べられなかった。

 【簡単に栗ご飯を作る記事】を書いた後、また栗ご飯作ろうと思って、お菓子屋さんで甘栗の袋をチェックしていた。今回は120グラムの袋を発見、2袋購入。

 栗ご飯といっても、入れて炊くだけだし簡単!と思ったのだけれど、ふと六花亭のマロンシャンテリーのことを思い出した。モンブラン、いいなあ。フードプロセッサーでこれ、バラバラにしたらどうなるだろう?と思って、甘栗をフードプロセッサーに入れてバラバラにしてみた。
 あまりにもパラッパラだったので、ちょっと水を足してフォークでぎゅっと押さえてまとめてみた。

 泡立てた生クリームと合わせてスプーンで食べたら、めちゃくちゃおいしい……。砂糖、入れてないんだけど、栗が甘いんだねえ。
 甘くなかったらハチミツとかシロップで栗の粉を練ってもいいかも?

 クリームが198円、栗が200円で大体400円で、どんぶり一杯はあるな…という量が出来た。
 400円でケーキ屋さんで買えるモンブランのことを考えると相当食べられる。
 はあ……楽だしおいしいし、モンブランをケーキ屋さんで買うより安いし。

 今日のデザートは大成功!と思ったが、モンブランがさほど好きではない息子には「ふーん」扱い。
 夫は「おいしいね」と言ってはくれたが、私ほどモンブランが好きじゃないもんねえ。知ってた。

 残りは全部私が食べよう。

タピオカショップ

タピオカというのは、キャッサバだっけ?でんぷんを丸めて乾かしたのをゆでて食べるもの。

 私が最初に食べたときは甘みを付けたココナツミルクに浸されていて、どちらかというとこう、オートミールとか、コーンフレークスとか、そういうものの亜種として紹介されたと思う。甘い、お腹の膨れるおやつみたいなもので、各国保存食品というのはいろいろあるねえ、冷たくて甘くておいしいね、という感じ。場所はタイ料理店だったか、中国料理屋さんだったか?(デート先で。平成1桁だ)

 そのあと、繁華街でミルクティとか、スムージー(というのは当時はそう呼ばなかったけど)っぽいジュースにタピオカが入っているタイプのものを飲んだのが、多分15、6年前かなあ。他のアイスクリームとか、飲み物にアイスクリームを浮かべたフロート、ソフトクリームあたりも販売していた店だったので、アイスクリームのトッピングぐらいの扱いで、「タピオカを」特に売っている店ではなかった。

 一時流行った「ナタデココ」。あれとか、ゼリーが下の方に沈んでいる飲み物とか、ああいうものと一緒に売られていたので、モチモチした食感がおいしいとは思ったけど、さあ、あの店今でもあるのかなあ、飲んだことがある程度の記憶しかない。

 まさかここまでタピオカが流行するとはねえ。
 ゆでて冷やして甘いココナツミルクをかけるデザートとしては作ったこともあるし、中華街まで出かけたときに袋で買ったこともあるけど(多分今行ったらめちゃくちゃ品薄だと思う)、ここまで流行るとなんだか食傷気味で、自分で作って食べようという気にはあんまりならない。

 歩いて行ける範囲のカフェはあらかた「タピオカあります」みたいな感じになって店の前にタピオカドリンクの写真が貼られた看板があるし、そのカフェの斜め向かいに何屋さんだったか忘れたがそのお店がつぶれた後に、タピオカドリンクの専門店が出来た。
 
 クレープ屋さんもあるのだが、そこの主力商品は、今はタピオカじゃないのか?というぐらいクレープよりはドリンク推しだ。
 あっちを見てもこっちを見てもタピオカ。でもココナツミルクとタピオカじゃないんだよなあ。伝統的な調理法のものが全く見当たらないのも不思議だ。

 大体、大都市の繁華街ならともかく、それほど大きくないうちの町に来た時点で微妙に流行りのピークは過ぎている気もする。流行らなくなったら、また食べようと思っているあたり、「流行ると突然、好きな気がしなくなってしまう」という自分の癖がちょっと、いやになる。おいしいものならいつだって食べてもいいのにね。

 ……ミルクティとタピオカという組み合わせが嫌いなだけかなあ。これを書いていたらココナツミルクとタピオカが食べたくなってきた。100均にあった30グラム入りのタピオカはもうどこにも見かけなくなったからなー。今どのぐらい値上がりしているんだか、あとで輸入食料品店でも見に行こう。
 

毛糸湯のし器 購入!

【毛糸湯のし器自作】の記事を書いたのが2017年12月。

 この前見に行ったリサイクルショップで見つけたのがこれ。なんと、200円。有名メーカーの物ではないし、かなり古そうだが、200円なら買ってもいいなあ、と思って購入。

ちなみに、今調べてみたらオークションとか、メルカリだと有名メーカーのものが新古品だと3000円から5000円ということが判明。2017年に調べたときは3500円ぐらいが多かったので、ジワジワ値段があがっている感じがする。

 箱を見ると「新案回転式 毛糸ゆのし器」とかいてあって、「特選」というぴかぴかしたシールが貼られていた。製造元は「常盤金属工業所」というところらしい。
 実用新案の番号が書いてある。箱の裏の説明はこんな感じ。

回転式毛糸ゆのし器の使用法(図解参照)
 (1) 先づ添付した針金の穴へ毛糸を通してください。ゆのし器の一方のパイプの口から針金をいれてください。
 毛糸はたやすく内側へ通ります。次ぎに針金を毛糸からはづして下さい。

 (2) 内側へ通った毛糸のはしを指先でつまんで出口のパイプのつけ根の所で手前へ引くように矢印の方向に、三角穴の四つ開いたドラムへ毛糸をそわしながら三回巻きつけてください。それからドラムへ巻き付いた毛糸のはしを再び針金へ通し針金の先を出口のパイプのつけ根へ通し、毛糸を外側へ引き出します。

 (3)これで用意ができましたからヤカンの蓋と取換えて御使用下さい。

 (4)先づ添付した皿をヤカンの口へのせて、その上へゆのし器をよく合せてのせてください。
 蒸気がパイプの口から出たころが最もよろしいから毛糸を引っぱることを始めてください。するするとしわが取れて、つやが再現します(継目も心配御無用です。石油コンロの炎はテキトウに小さくしてください)
 又毛糸を二條にしてドラムへ二回巻いて使用されると時間が半分で終ります。
 糸類はなんでもできます。 

レトロ極まりないな…。
 

アルミで出来ていて、なんだかへっこんでいるところもあるけれども、十分。なんせ200円だからねえ。

 昔付属していたであろう「針金」はないけれども、長めの毛糸針で代用可能だろうし。
 箱もきれいに残っている。しかし最近はこういう「箱に説明書を印刷」とか見ない気がする。大抵中に説明書が入っているものね。印刷の料金が下がっているということなんだろう。

 飽きて要らなくなるかなーとは思うけれど、ちょっと使って、うまくいくようなら、編み物が趣味の人に要らないか聞いてみてもいいな。しかし、面白い道具だよね。

 見た感じちょっとピンがさびているところもあるけれども、作りを見たら簡単だし、今他の部品を使って修理するのは難しくない感じ。こういう「壊れても修理できる」ような道具って面白い。


参照図の順番が右から左に並んでいるのが時代を感じさせるなあ。

やっすいセーター

 商店街を歩いていたら、安い服を売っているのが目に入った。
このお店は、時々ものすごく安いものを売る。倒産処分品?と思うような同じものがみっちり並んでいることもあれば、サイズが極端に大きかったり小さかったりするものが並んでいる時もある。
 値段は200円ぐらいから、500円、7、800円までだろうか。1000円をこえたらいきなり商品がほかのお店にもありそうな感じに「まとも」になるのだが、店の前には目を惹くような安いものが多い。

 そんなわけで、ハンガーにずらっと並んだ秋冬物を見たら、399円。ハイネックのセーター、カーディガン、カットソー。別にぱっと見、そんなに奇抜な色でもないけど(たまにすごい紫とか、レモンイエローとか微妙なピンクとかが安くなっていることがある)とよく見てみるとタグに「難あり」と書いてある。

 

いいな、と思ったグレーのセーターは袖がぱっくり割れている。あー。なるほどぅ。
 どこかが破れていたり、ほつれていたり。その場所にカラーのテープが貼ってあって、どこなのかわかるようになっている。結構致命的なのもあったが、袖がぱっくり……は多分、編み物なんだし、普通に綴じればいいや、と思って買った。糸はまだくっついてたしね。
 
 税込み430円。これならまあ、今シーズン着て捨てても惜しくない。帰って着たらちょっと袖が長い。もう全部ほどいちゃえばいいや、ということでハサミでざっくりリブ部分を切ってちょいちょいとほどいて…と思ったらさすが390円(税抜)、機械で平に編んでから綴じはぎがしてあるものらしく、簡単にほどけない。あらら……。ちょっとずつほどきながら棒針で目を拾いなおした。結構時間がかかった。

 平で編んであると言っても、往復で編んであるわけじゃないみたいで、糸が切れ切れで続いてほどけない。うーん。なるべく長く糸を取って、1段無理矢理輪にして編んで、しょうがないので手持ちの毛糸でちょちょっとゴム編みを1センチ。こんなもんでよかろう……というわけでこうなった。


 


 ぱっくりあいていた袖の下は、裏側から糸が残っている分は引き抜きはぎにして、ちょっとほどけやすそうだった部分はかがっておいた。あんまり目立たなくなったし、まあいいだろう。

 こういうの、貧乏くさいというので実母あたりはいやがりそうだが、編み物の仕組みがわかっていれば出来るのが、なんとなくいい。
 他の人は困るかもしれないが、ちゃんと直ったというのがちょっとうれしい。
 自分でこんなセーター最初から編む根性ないけど、こういうことをちょっとだけやるのは好きなんだよねえ。
 
 数時間で終わって、成果が残る趣味ってのがいいんだよね。
 もうちょっと時間がかかるものも、取り掛からないとなとは思うのだけれど、そこまでの根気がなかなか出ない。
趣味の一環で、午後一回分のお楽しみだと思えば、お茶でも飲みに行ったら終了の金額ではあるので「あり」ってことで。

生活費は上げてみたけれど……

結局、息子の服が全部サイズアウトになったため、その分で結構吹き飛んで終了になりそうだ。
パンツ全滅、Tシャツもダメ、プラスジャケットだのベストだのがかなりダメ。もらっておいたお下がりに1つ上のサイズはあったものの、かなり買い足すことになった。シャツは着られないこともない…かもぐらいだが、やはりサイズアウトしたんだね、という感じにしか見えない。潔く断捨離しよう。

 たいして高い服を着せているわけではないのだけれど、基本親の私たちがほとんど服を買わないため、5000円2回とか買うと「うわあ」という気分だ。

 「服を買いに一緒にくるか、お母さんが買ってきたものを黙って着るか、どっちにする?」と聞くと着いてこない程度にはおしゃれじゃないのだが、おさがりを嫌がるという微妙な線なんだよね。でも朝晩は急に冷えるようになったし、買わない選択肢がないところが成長途中の子どもってこと。

 きっとこれを懐かしく思い出すこともあるのだろう。

 私はあんまり服を新調した覚えがない。2つ上に姉がいたから、順当にお下がりを着ていたわけだ。何も考えなくてもコーディネートされているといえばそうで、遠目に見ると姉そっくりに見えるので、姉の友達から間違えて「XXちゃーん」と呼ばれてしまうのが難だったぐらいか。
 今年は私の服はあんまり買う予定はない。買うとしたら去年着つくして伸びた長袖のTシャツかなあ。(1枚1000円ぐらいで2枚か)

 ちなみに服に使わなかった分はおかず代になって、豚肉の代わりに牛肉を出したら喜ばれた。食べ物っていくらでもグレードがあげられるからなあ。危険だ。

献立のヒント

献立を毎日考えるというのは、意外と面倒だ。
 正直なところ決まってしまってから材料を買い、作るほうが気が楽な気がするぐらい。
 まず、バランスの取れた献立であること。「きつねうどんと、ごはんできつねうどん定食」みたいな炭水化物バンザイ献立というのは出さないことになっている。まあ、タコ焼きとかお好み焼きも時々は出すが、それは時々だからいいのであって、しょっちゅう出すのはダメということにしている。

 次に、予算に大体おさまること。料理というのは材料がゴージャスならそれだけでかなりおいしくなる。だからといってお金をどんどん使って高い材料を買うと家計費がかかってしょうがない。節約大切。材料が珍しくなく、近隣で買えるのも大切だ。

 そして最後に「あんまり同じものがしょっちゅう出ないこと」。これが一番難しい。うちの夫はあんまり珍しいものを食べたいというタイプではない。玉ねぎと肉を甘辛く炒めた料理が一番好きで、それと唐揚げとカレーの3種類しか献立がなくてもいいと言うぐらいには、バラエティには無頓着。

  ハンバーグもいつでも歓迎、トンカツはうれしいし、寒い時期ならグラタンもいいね…ぐらいのことしか考えていないため、献立に迷ったときに意見を聞いてみてもあんまり参考にはならない。息子も「おいしければなんでもー」という、わがままなのかテキトウなのかよくわからない意見しか出てこないから、家族二人の意見は全く参考にならない。

 そして私は料理があんまりうまくない。夫や息子と比べると格段に上手と言えるだろうが、それは比較対象の問題であって、主婦歴が長い割には腕が上がっていないのが実情だ。失敗しづらい煮物とおひたしと、胡麻和えが多い。
 失敗しづらく、作りやすく、料理にかかる所要時間が短いという隠れた条件も実は、ある。

 昨日、アマゾンの購入履歴からのおすすめの所に見られない場合は画像のリンク切れです【ソードアートオンラインの22巻目】が出た。これはつまり私がソードアートオンラインを買っているから出るんだろうな。
 新刊?と思って即行で買ったら、21巻のストーリーの続きではなく、短編集、DVDボックスとかの特典の小説だったらしい。DVDボックスを買わないと読めなかったものなのでうれしい。
 バーチャルリアリティゲームの中でクレープを食べるシーンがあった。
 そのクレープのおいしそうなことったら!!果物と、クリームとトッピング……。やわらかく、まだあたたかい生地に冷たい生クリームがあふれそうになるところにかぶりつくときの感じが頭の中に再生された。うわあ……食べたいなあ。

 そしてもう1篇は、こっちはゲーム内ではなくて主人公たちが家で夕飯にうどんを作って食べるところ。
 冷たいうどんだったのだけれど、温泉卵やエビをのせたうどん。温泉卵とうどんがからんだところがやたらと食べたくなってしまった。冷たいうどんは、もうあんまり気分じゃないけど、鍋焼きうどんだったらどうだろう?最後に温泉卵のっけてたべたら、きっとおいしいなあ……と思ったらもう、それ以外の献立が頭に浮かばなくなってしまった。

 鶏肉、息子と夫はモモ肉で、私は胸肉(カロリー少な目だ)、お店のエビで一番小さいの(冷凍のはそれほど高くない)、お浸しにでもしようと思って買っておいたほうれん草、ネギ。準備しているとなんていうか、鍋っぽいチョイスだ。
 うどんもちょっと奮発して、32円の一番安いゆでうどんではなく、「讃岐うどん」と書いてあって、煮てもくずれにくいという75円のうどんにしてみた。

  しいたけは高かったのでシメジになったが、薄切りのカマボコをのせればぐっと「うどん」ぽさがある。ぐつぐつ煮てから、最後に温泉卵をぱかんと割ってのせて出した。
 タンパク質にエビと卵と鶏肉にカマボコ、ほうれん草とネギとキノコで野菜たっぷりで、炭水化物にうどん、と。バランスはOKのはず。
 
 夫は「寒くなったねえ、上着はもうちょっと厚いのがいいかも?」と帰って来て、「風邪ひきかけみたいな感じだったからこれはいいいねえ」と喜んでいたし、息子は「エビ好きー。うどんに温泉卵からまってるのがいいー」と喜んでいた。
 大成功、予算内におさまるし、バランスOK、作るの簡単、片付けも楽、おまけに家族に好評ということない献立だった。

 1カ月に1回だったら、作っても多すぎないかな。覚えておこう。
 

クレープを食べる

昨日の日記に書いたソードアートオンライン22巻の短編には、見られない場合は画像のリンク切れです【クローバーズリグレット】の舞台になっている「アスカ・エンパイア」(ゲームの名前)で、クレープを食べるシーンがあった。
 これがまたおいしそう。脳にモノを食べている信号を送って体感する世界なので、つまりゲーム内で物を食べても太らない物語内の登場人物がうらやましい!(ゲーム内で毎日お腹いっぱい食べても、ログアウトしてご飯を食べないと飢えて死ぬので注意しなくてはならない感じ)いつか、こういう技術が現実のものになったら、そういう食べ歩きが「太らない食べ歩きの趣味」として人気が出そうだ。

 クレープをおやつに、ではなくて昼ご飯の代わりに食べに行くのはどうかな…と思った。
 そう。摂取カロリーが消費カロリーを上回らなければ太らない(はず)。昼ご飯にも500キロカロリーぐらいは予定しているのだから、その分をクレープに回せば行けるはず。
 
 近隣でクレープを専門に売っている店は2軒。1つはフードコート内、もう1つはカフェ。カフェの方は一番下のお値段が700円ぐらいで高いのは1600円。フードコートの方は400円ぐらいから650円ぐらい。全く値段帯が違うが、私が食べたいクレープはイチゴと生クリームと、チョコ、またはカスタードとバナナぐらいまで。生マスカット山盛りの季節限定ゴージャスなのとか、火を点けてアルコールを飛ばすクレープシュゼットとかではない。

 なのでフードコートに決定だ。
 番号で注文する。一番人気のいちご生クリームチョコは5番、バナナを足したら6番。いちご生クリームカスタードは1番。ツナレタスクレープは8番。うーん、しょっぱいのはダメ。甘いのがいい。
 イチゴと生クリームは決定、チョコとバナナをどーするかだなー。とか考えながら見ている自分の思考回路が14歳の時とあんまりかわっていないのにちょっと笑えてくる。

 イチゴ、生クリーム、バナナ、チョコレートで6番、お値段は450円。
イチゴとクリームとチョコレートを味わって、後からバナナが出てくる感じのクレープ。クリームとチョコはかなりたっぷりで、イチゴ少な目かな…。あたたかい生地と、冷たいクリーム、バナナとチョコでボリュームがあってかなりおいしかった。

 はあ…おいしかった。この前クレープ食べたのっていつかなあ……多分去年の冬、スキー場かどこかで食べようと思ったら確か、バスの時間ギリギリだったから食べなかったんだっけ。半年に一度ぐらい、こういうことするのもいいな。
 不思議だ。ケーキのおいしい喫茶店で一人でケーキを食べようとは思わないのに、クレープだったら一人で食べても大丈夫な感じがする。

 ドーナツとか、クッキーとかとちょっと違う「出来たて」な感じがいいよね、クレープ。
 半年ぐらい経ったら、また食べよう。
 


一瞬だけだけれども

気分が正直上がらない時も。

 ずっと同じような気分を抱えているとつらくなる感じがするので、面倒だな、という気分を無理に抑えて、外に買い物に出る。
 どうせ夕飯は必要だし、有酸素運動……というほどではなくても運動はセロトニンの分泌がよくなるとかいうし!

 かなりの田舎に住んでいた子供のころと違って、近隣には野原とか、山とか、森とか、自然公園とかもないから、他所の家の手入れされた花壇でもない限り咲いているといってもこんなものだ。

 これはちなみに、草ぼうぼうだった昭和っぽい家が取り壊されて、跡地にかわいい家が何軒も建ったのだが、そこの駐車スペースのコンクリートの隙間から、ガッ!と生えていた。根性あるなあ。
 
 この花は私が小さかった頃に、河原とか用水路の脇とかによく生えていた。茎を折ると白い汁が出るので、タンポポの仲間だと認識されていた。この花が終わると、白い綿毛が出来るのだが、これを近所の子が嫌がるのが不思議だった。
 これは子供たちの間で「耳にこの綿毛が入ると耳が聞こえなくなる」と言われていた。私は、そんなものが入っただけならお医者さんへ行って取りだせばいいだけのことなのだし、いきなり耳が本当に聞こえなくなるような毒があるとしても耳からはないよね?とか考えていた。それを「デマ」と判断していたわけだ。大体タンポポの綿毛はみんなが喜んで手に持って吹き飛ばして遊んでいたのだ。これだけを怖がる理由なんかなかった。

 一応父には「これが耳に入ったら、耳が聞こえなくなるというのは、嘘だよね?」と確認はしたあたり、自分の知識が足りないということに自覚がないわけではなかったが。同じようにススキの穂のふわふわも耳に入ると聞こえなくなるという話をしている子もあった。それが怖くて、ススキとか、この写真の草とかが生えているところに来ると、耳をふさいでキャー―!と駆け抜ける子もいた。怖いから近づかないという子も。

 ばっかじゃないのかと思っていたけど、ああいうのもノリでみんなに合わせるのがフツーだったんだろうか。
 4、5歳の頃からかわいげがなかったということなんだなあ。

 そういやあ、「キリン草」(正式名は確かセイタカアワダチソウ)も、吸い込むと病気になると言われていて、「キャー」と走る子がいたのを思い出した。割と荒れたところにしか生えないものだったので、少なかったからどうにかなったが、多分キリン草の花粉のアレルギーがあるというようなことから出てきたデマだろうなあ。私は確かそれも「もしそれが本当だったら大人が放っておくわけないじゃんか」と思っていた。

 そういうことを思い出したり、冷たくなってきたそよ風に、秋の気配が見えて、空の薄青さが「高くなった」ということなんだろうな、なんて思いながら歩いて、牛乳2本、大根とネギと豆腐と、卵1パック、肉とトマトにチーズ……とリュックに詰めて帰ってきた。
 夕飯にシェパードパイ。付け合わせがダシ味の煮物とベーコンの大根炒めなあたりが家庭料理。

 すごくはつらつとしてやる気が出たりはしないが、「まあ、こんなものだろうなあ」というあたりに落ち着いた。
 ちょっと違うことを考えられるように、毎日そうじせんたくごはんが出来るようにっていうのが大切だよね。
 掃除洗濯食事の準備は私の仕事なんだから。しかし毎日で休みが全然ないのはどーかと思うけど。土曜日は掃除も洗濯もごはんも全部なし、とかだといいのになあ。さすがに一人暮らしではないのでそういうことが出来ない。

 お花屋さんの前を通るルートで買い物に行くのはどうかな?(タダだし)なんてちょっとけち臭いことを考えながら料理をした。

声のこと

先月コーラスにいれてもらってちょっと経った。
舞台に出るのが、来月と、再来月ということになっているらしいというのは入ったときに聞いてはいた。
来月は2曲で、いろいろな団体が出る行事にちょっと出番が……というタイプ。2曲なら多分、覚えて出られるだろうとは思っていたので、「一緒に出ましょう」と言われたときに「はい」と返事をしておいた。

 問題は再来月のほう。こっちはこの団でやるコンサート、それも周年コンサートで、始めから最後までこの団のヒトしか出ない。曲もかなりたくさん歌うことになっているらしい。
 練習期間2カ月で踊ったり回ったり手話をしたりするというようなのを何曲も何曲も暗記するのは無理だ、と思ったので「出演は辞退で」と伝えていたのだが、これが微妙。

 子どものころに入っていた合唱団は舞台から人がこぼれるとまではいかないものの、舞台のひな壇が3段あっても乗り切らないぐらいには人数が多く、だれかが抜けたところで「それがどうした」ぐらいのことで、ソロを歌う人が抜けない限りは全く問題にならなかったのだが、今回入れてもらったところはアットホームな雰囲気が売りの小規模グループ。アルトは確かに少な目だ。

 かといってマルチタスクが苦手な私のこと、一緒に練習を試しにやらせてもらったら、振り付けをしながら歌えないし(そもそも歌がうろ覚えだ)、歌詞が3番まであってもまざってしまったり、一人だけあげるほうの手が逆だったりと大変な感じに。

 先生―無理ですー。と辞退にいったら、「歌えなくても気にしないで、ここへ来るのが楽しかったら参加でいいのよ、楽しくないならやめていいけど」みたいなことを言われて、「えええ……」ってなった。確かに楽しくないわけじゃないんだけど、足はひっぱりたくない。みんながんばっているんだものね。

 という話を、習い事の先生にした。この人は趣味でほかのコーラス団を主催もしている人で、人数が足りない時に声をかけられて助っ人に出たことがある。譜面を見ながらで、突っ立ったまま歌えばOKだったので問題なく勤め終えた。
 「まこさんは音が外れないし、溶け込みやすく合わせやすい声をしているから、人数が少な目なら、入ってほしいと思うよ?」と言われた。

 これはほめられたってことでいいんだよね。子どもの頃に入っていたコーラスではいつも「その他大勢」。
 小さいころからやっていれば音なんか外れないのが当然であって、声の質が良くて目立って声がきれいな子たちがソロに選ばれていたのがうらやましかった。実際選ばれたとしても、ひどく緊張するタイプなので困ったと思うし、本気で歌いたいならやらせてあげよう、と言われたら絶対あとずさりしたに決まっているのだけど。

 でも……。今入っているコーラス団ではお役に立てそうではある。人数がある程度たくさんいるほうが聞きばえがするのがコーラスだからね。褒められたらなんとなく、やる気出さなきゃな、という気分になってきた。家にある電子ピアノで音を取って練習してみた。
 
 間違っているところがわかったのでそこだけ直して、1日1回ぐらいずつでも歌って歌詞を覚えて、振り付けは練習場へいってから人のを見ながらやるとしても、なんて家の中でごちゃごちゃと準備している。間に合うのか、これ…。

 あと問題になりそうなのは制服がすっごいロングスカートだってこと!足がほとんど見えないように着るもので、踏みそうだ。ちなみに習い事の先生には「本当はヒールを履いたほうがいいんだけど……」と口ごもられたが、私がヒールを履いたのはええと、30年以上前だね!
 転ぶ確率が90パーセントぐらいまで上がりそうだし、その場で回るとか、隣の人と位置を入れ替えるとか、歩くこともあるので無理だろうなあ。大体私はいま、ヒールが付いた靴を持っていない。膝が悪いので履いて歩けないというのもある。ヒールは勘弁してもらおう。

 コーラスの演奏会を見に来てくれる人にお願いしたい。一人だけ振り付けが違っても、見ないふりしてくださいと。
 

もう時効の話だけれども。

私は子供のころ習い事をしていた。県下に支部が地区や市町村にあり、一年に2度全員集まる大会がある。「合同練習」というものもそのために何度か行われた。

 一週間に一度の普段の練習はみんなが歩いてだの、自転車だので通えて、合同練習は電車やバス。年齢は「一人で電車に乗れれば入れる」のが目安とされて、基本小学校3年生からだったが、「近所の子が一緒に連れて行ってくれる」とか、「上に兄弟がいる」とかだと1年生から受け入れ。募集は中学校3年生までで、高校3年生まで在籍出来た。

 小さいころから何年も通うと、他の支部でも知っている子、仲がいい子が出来てくる。同じ学年だとなおのこと。かなり遠い町の子と仲良くなって文通なんかしていたものだった。お互いの家は県庁所在地を挟んで反対側に20キロ同士とか、そういう距離感。
 あれは多分、私が中学校2年生だったときのこと。

 田舎の中学生の「お付き合い」というのは、「学校に一緒に来る」とか「学校から一緒に帰る」ぐらい。私が小学校の頃聞いた「恋のABC」は、Aが手をつなぐ、Bが腕を組む、Cがキスだったという状態で、それを信じている子がいたぐらいの時代。学校の性教育はかなりぼかされており、生理用品は「女の人のティッシュ?」ぐらいの知識しかないのが小学生男子(高学年)であり、中学生になっても結局、「C」までいくと子どもが出来るらしい、ということは伝わってきたが、それがキス……なわけないよね?ならどうなってるってこと?みたいな情報錯綜状態になっているのが奥手の子たち、という感じだった。
 一番「進んで」いるのは学校にいるヤンキーグループの子たちで、もう「はじめて」は済ませているのだという話も噂されていた。

 習い事の合同練習で仲良しの子たちとお弁当を食べていた時に、「どんな男の子がタイプか」などという話題になるのは流石に中学生。「やさしいひとがいい」「かっこいいひとがいい」と全然具体的な話が出ないタイプの子も多いが、「そんなの興味ない」とは絶対言えないのが女の子のグループ。
 たとえば「キスをするとしたらどんなシチュエーションがいいか」なんて、「ときめきトゥナイト」か、「星の瞳のシルエット」かみたいな、憧れしかない頃で。(注:両方「りぼん」に掲載されていた当時の人気少女コミック。健全レート)

 河原で夕陽を……とか、校庭の片隅で…とかまあ、そういう話をしていると、「そんなの、子どもっぽくてダメ、私はもう大人の恋愛をしているんだもの」という子がいた。一つ年上で15歳だった。

 十人ぐらいはいたグループの注目を集めて、言うには、「キスよりも、抱き上げてベッドに連れて行ってくれるほうがいい」なんていう話。一応それが「眠るため」でないのは全員にわかった。わかったけどそれ、聞いちゃってよかったの?
 やさしくお姫様抱っこでベッドに移動……たってちょっと、それ相手は誰?相手はなんと学校の先生!その子が通う中学校の先生。
 興味津々という感じで話を聞いている子もいたが、私は「それってまずいんじゃあ」と思っていた。

 12歳年上だという「大人の彼氏」が、その子はとても自慢のようだった。そんなキスだの手をつなぐだのというような「こどもっぽい」恋愛ではなく、「そういう関係」になるのが本物で、大人の恋愛なのだと言っていたが、私はかなりもやもやしたものを感じて、こういうのって誰に言いに行けばいいんだろう……と思ったのを覚えている。

 近所に住んでいる子ならその子の親御さんであるとか、その子の学校であるとか…に連絡できたのかもしれないが、その子の家とうちは直線距離でも30キロ以上離れていて、全く生活圏が別。何も出来なかった。その時グループにいた、本人とは別の友達ともそのあと話題に出して話しあったこともあるのだが、「本人たちがよければ、それでいいんじゃないかなあ。私だったら10個も年上のヒトなんていやだけど」という結論で終わったと記憶している。

 大人になってから思いだして、こうやって文章にすると、めちゃくちゃマズいじゃないのこれ!!
 中学生に手を出す、それも自分の学校の教え子に手を出す教師??
 知識もそれほどない中学生、大人ぶりたい年頃だということを利用して手を出すなんて。こういうのを「同意の上」というのだとしたら……。

 国によっては、成人が18歳以下に手を出すと何はともあれ厳罰になる国もあるそうだ。未成年同士なら、罪にならないが、年齢が10年とか違うと罪になる国とか、学校で生徒に手を出す教師は罰則が特筆で別にあるとか、そういうシステムになっている国もあるらしい。
 さすがに小学校はないだろうけれども、中学生に教師が、なんていう話が最近ニュースでも取り沙汰されていたが、別に今に始まったことではない。私が聞いた話は1980年代の話なのだ。

 いくら同意したからと言っても、未成年保護のために何か具体的にこういう時に対処できる法律はあったほうがいいんじゃないかな、と思う。
 

相容れない。

電話をかけて文句をつけて、いろいろなことを中止とか廃止に追い込むのを「電凸」というらしい。「電話突撃」の略かな。
 愛知トリエンナーレの補助金廃止とかのニュースも記憶にまだ新しい。

 夫となんとなくお茶を飲みながら雑談した時、そういうのはよくないと思う、という話になった。
 全くの匿名で、いやがらせのような電話をかけ、それでいろいろなことをやめさせるのが「あたりまえ」になるのはよくないと。確かにそう思う。それはつまり、数を頼んで脅迫するようなものだし、そういう方法をとることを当たり前とするならば、言論の、表現の自由というものはどうなるのか、ということについては私も賛成だ。

 相手に嫌がらせをしたり、権力を使って圧力をかけて意見を言えないようにしてきた歴史というのが日本にはある。「官憲」なんていうものがいた時代にはそういう言論弾圧があったし、そういうことが起きないように法律を整えて権利を保証して、現在があるわけだ。

 で、彼がその時に、赤十字の献血ポスターが、そういう攻撃をされているという話を出してきた。それが「巨乳」だというのが理由らしい。

それがこのポスターらしい。
 実は、見たときに私は「うっ」と思った。こういうサイズの人間ってあんまりいない気がする。
 「これは私もいやだなあ。ここまで強調されてると。人間のサイズじゃないよね」
「グラビアアイドルにはこんなのもいるよ、最近の水着とかすごいし」
「まこが読んでる『アクセルワールド』の表紙なんかもっと露出度が高いよね?」

違う。なんか違う。
「『アクセルワールド』は本屋さんへ行って、買うものだよね?自分で買いたい人だけが見るなら別にいいんだ。もっと露出度が高くても、水着でもなんでも。でもこれが「ポスター」ってのが問題なんだと思う」

「だからといって、電話をかけて文句を言って、取り下げさせるのは問題だと思う。どこまでなら取り下げさせる?誰か一人でも嫌だと思ったら、そこでもう炎上させて電凸するのが当たり前というのが怖いんだよ」

わかる……わかるけど。
でもね、こういうポスターの地続きに、たとえばスポーツ新聞の官能小説の挿絵とかがあるのさ。
 満員電車で身動きできない時に、若い女の子の目の前でそういうのを至近距離で見せて反応をうかがい、にやにやするおじさんとか、いたんだよね。満員電車で痴漢とか。お酒に酔って触って来て「減るもんじゃなし」と次の日に「酔ってたから覚えていない」という人とか、自転車ですれ違いざまに胸触られるとか。そういう「性的なもの」として胸を見ている人たち、ああいう人につながっている気がする。

 「俺だって痴漢に遭ったことあるから、それがイヤなものだということはわかってるつもりだけど」
 って。聞いたら1回そういう目にあったことがあるそう。
でも、絶対わかってない。これはつまり、12歳ぐらいから、15年間ぐらい、そういう目に遭ったり、あった人の話を聞いたりしながら、「女の子がこんな夜遅くに歩いちゃダメ」と言われ、痴漢に遭っても魅力的だから触りたいと思われたんじゃん、気にすんな、などと言われたりし、夜は歩かないほうがいい危ない場所を念頭に置き、飲みに行っても帰り道のことを考えて警戒しながら飲み、飲み物に何かが混入されていないかということはある程度注意しておかなくてはならない、というような生活をしたら、わかってくることなのだと思う。

 つまり、自分と逆の性別の人はほとんど全員が自分より腕力があり、社会的地位の高い人につながっている確率が高く、会社では上司が多くて自分の訴えがとおらないことが多く、「女子供」の言うことなんて、扱いになりやすいこと、そして自分の性別が「コンテンツとして消費」される環境におかれていて、自分が望まなくても同意しなくても自分の体に勝手に触れて性的な楽しみに使う人がいるということを、そのポスターは想起させるということなんだよね。

 別に、男性がこういうものを楽しみたいというのを止めるつもりはない。もらって帰ってもいいだろうし、家に貼っていてもいいと思う。でも、誰にでも見えるところに貼ってあるのはなんかなあ……

 彼は法律の話をしている。
 私は感情の、気分の話をしている。

 そりゃもう、絶対かみ合わないのが当たり前だ。
 でも、もやもやする。

 この話は平行線だし、かみ合わないし、気分が悪くなるからやめようか、と議論を打ち切ってから私はまだ考えていた。
 このポスターの何が、こんなに気に障るのだろう。

 しょうがないから詳しく調べてみた。
 どうもこのキャラクター、一枚絵のイラストじゃないらしい。ちゃんとストーリーのあるマンガのキャラクターらしい。
 なるほど、この絵の人物が「ただ、胸の大きい女性」なだけじゃなくて、性格設定があって、ストーリーも知っていたら、ここまで気にならなかったかも。
 でもなあ。

彼の方にわかってもらうとしたら、どうだろう。彼はつまり当事者感がないんだよね。
 「別に男性の裸なポスターが掲示されていてもなんとも思わない」
とは彼の言だが、男性の露出度が高い写真というのはコンテンツとしては少数派。女性のほうがずっと多いわけで。
 おまけに女性が男性に力づくで、なんてなっても力でまけることは少ないだろうからなあ。容姿で評価される機会もずっと少ないし。

 男性より格段に力が強い第三の性があって、その人たちから「大きい」「小さい」と評価されたり、自分のいないところで面白半分にサイズが取りざたされランク付けされたり、じろじろ見られたりする経験をして、自分と同じ性別の人が力づくで凌辱されているうちにその加害者にベタぼれになるというようなコミックスが堂々とコンビニで売られているというような環境で思春期を過ごさないと、あんまりわからないんだろうなあ。

 おばちゃんという年になっても、習慣とか考え方が残るからね…。今はましになっているのかもしれない。コンビニで成人向け雑誌は最近売らないらしいし。このポスターは、クリアファイルとして配るだけならここまで炎上しなかったと思う。それと、もうちょっと胸のサイズが目立たなかったら、多分。後は知名度が低かったので胸のサイズだけが独り歩きした感じというか。

 今の10代、20代の人には「ああ、あのマンガのキャラか」ぐらいのノリなのかもしれないしと思う。私たちが中高生だったころというと、確かに、「カボチャワイン」のエルはそういう胸が大きい設定だったような……ここまでではなかったけど。きっと私と同世代のものでも、青年誌のキャラで私が知らないものにもこのぐらい胸が大きい子はいるのかもしれない。
 
 でもなー。ポスターなあ。それも赤十字の。これがヨドバシカメラの幟とか、書店の中にコミックスの宣伝で貼ってあるポスターだったら気にならなかった。多分赤十字でも建物の中か、献血車の中なら……まだいけたかも。駅とか、道端にあるのがダメな感じがする。

 私は電凸なんかしない。表現の自由は誰にもあると思う。でも街角のピンクチラシが違法だという話もあることを思えば、レーティングはもうちょっとなあ、とは思う。原作マンガはレーティングでいうとR15あたり?PG13?Y7ではないだろうしなあ。
 息子に読ませるとしたら…。私たちも読んで、解説したほうがいいだろうな。親になったら、いろいろと判断基準が10代20代とはちがってくるものだ。

 そう…そういう年齢のヒトよりも、その年齢を卒業しちゃった人のほうが多いんだから、こうなるんだよね。20歳だったら…うーむ。私が20歳の時にこれを見たら今よりもっとイヤだったかも。10代、20代の人向けのというなら、半分は女性だということも考えてほしいなあ。女性向けに男性のポスターとクリアファイルもあるとか?

 ともかくかみあわなかった。

チチチチ電池

台所にあるガスコンロの電池警告ランプがついた。
このガスコンロは、スイッチを押し下げると「チッチッチッチッ」と音がして火花が散って点火する。このまま電池が切れると点火しなくなる。多分マッチを擦って火を近づければ点火するだろうが、その方法は大変面倒なのが想像できるだけに、電池はさっさと交換したいところだ。

 家には常備していない単一電池。一週間ほど「あ、また忘れた」をやった挙句やっと購入に成功。

 入れ替えて、点火する時に、「チチチチチチチ」勢いといい、早さといい、全然違う。急いでる感じというか、昨日までとの違いに笑えてしまうぐらい。

 なるほど……「チッチッチッチッ」ってなってきたら取り換える算段をしたらいいのか。
 あ、でも全然違和感なかったしなあ。下手すると半年ぐらい前とか1年ぐらい前とかに音が変わりそう?
 変化があるのはわかったけど、電池が消耗する速度が遅いので取り換え時がわかりにくいからランプがあるんだろうな。

 いつ取り換えたのか思い出せなかった。下手すると5年ぐらい取り換えてないかも?
 次回ガスコンロの電池を取り換えたときに「いつぶりか」を思い出せるようにブログに書いておく。

金木犀の時期


つまりそういう季節になった。

ちょっとー。もう冬目前じゃないのさー。こないだまで暑くてスポーツドリンク飲んでいたのが、えーっと10月半ば?この花が咲いたらそろそろ年賀状のことを考えたほうがいいんだよね。考え始めて、腰が上がるまでに一カ月ぐらいかかるから!

 朝起きるときも暗くなったし、前までは息子が家に帰ってくるときはまだ明るかったのにもう暗くなっているしで、日照時間も減っている。毎年忘れやすいんだけど、こうなったら日照時間が減って気分が落ちることとか、寒くなって血流が悪くなって体調がわるくなったりすることが多いからね、と自分用のメモだなこれは。

 安めの貼るカイロを購入すること。
 マフラーと毛糸の帽子を出してくること。
 靴下と下着の入れ替え。

 いい季節って短いなあ。

スマホが来てから変わったこと

街の中で、結構な大声でひとりごとを言いながら歩いている人を見ても、もう誰もあんまりびっくりしない気がする。
 
私が子供のころだけでなく、ケータイ電話が当たり前になる前は、ぶつぶつひとりごとを言いながら歩いている人はかなり珍しかったし、大声でひとり言となると「何事?」みたいに驚いた周りの人に見られたと思う。

ケータイが出てきてからは、大声で話しながら歩いている人の手にケータイがあることが多いので、「あ、歩きながら電話中だ」ということで、ちょっと気が付いてもそれほどじろじろは見られなくなった。

 そしてスマホが当たり前になった最近は、手に何も持っているように見えない状態で大声でひとりで話しながら歩いてもあんまりびっくりされない。マイク付きヘッドフォンが耳に装着されているのはぱっと見ではわからない。線がないヘッドフォンも最近増えた。
 そのヘッドフォンを使ってカバンやポケットのスマホで電話をしていると、本当に一人で架空の誰かと話をしながら歩いているみたいに見えるんだよね。

 今日、駅までの道で延々とそういう状態で大声で話をしながら歩いている人がいたのでこれを書いた。
 ヘッドフォンをしていると自分の声の大きさってわかりにくいからそうなるんだろうなあ、と追い抜いたけれども、結構うるさかった。
 
 20年前の人、30年前の人、40年前の人がその人を見たら、みんな「えっ」ってなるだろうなあ。
 ラジオ、テレビ、飛行機やコンピューターが人の生活を変えたように、今はモバイルの技術が生活を変えている。
 あと10年経ったら、どんな変化をしているのだろう。

 20年前はデジカメはあったし、パソコンはあったけど、スマホで何でも写真に撮って画像でメモを残しておくというような使い方は不便で出来なかったし、30年前の個人用電子端末はほとんどがネットに接続されていないものだった。パソコンもインターネットではなく、パソコン通信ぐらいにしかつながっていなかった。

 今から10年20年で、そこまではすごい変化はなさそうな気もするが、それでもきっと新しいことが出来るようになっているに違いない。まずは折りたためる液晶とか、巻いておける画面とか?音声入力の精度が上がって、日本語でも手書きの字から画像データじゃなくて文章のファイルにしても誤字がほとんどないとか、思いつくちょっとしたことはあるけれど、きっと「今の時点では考えてもみないこと」が発明されるといいなあ。

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    まこ

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