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毎日更新!LuckyDuckyDiary

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子どもの才能を伸ばすには…なんて話

普段愛読しているブログ、ぢょん でんばあさんのOKKANABIKKURINGの記事【さいのう話】を読んで、うーん、となった。
うちは小学生がいるから、つまり現在育児中といっていいだろう。

 ぢょんさんは、80代のお母様が、50代のぢょんさんに、もっとあなたたちの才能を伸ばしてあげたらよかった、と幼稚園児の天才サッカー少年をテレビで見たときにおっしゃった…という話を書いていらした。

 大人になったらわかる。それはもう、別に言わなくてもいいようなことなのだと。でも、誰でもふと、「もしかして、もっとがんばっておけば違う人生があったのかもしれない」と思いつく瞬間はあると思う。

子供の才能をのばすのが大切…というのは、そういう本もあるし、ネットを見ていても広告にでるし…でも、「子供の可能性は無限です」とか「子供はみんな天才です!」とかには、正直なところちょっと疑問がわく。
 子供はかわいいし、もうこんなことが出来るようになったのか!というのはいつもうれしいものだ。興味のあることには、食いついて離れないようなところもあるし、一点集中、たとえばポケモン数百種類覚えられる子だって珍しくないし、あっという間に算数が出来るようになってしまう子もいる。
 多分1万人に2人ぐらいは「天才」といってもさしつかえないお子さんがいることであろう。

 でも、全員じゃない、「みんな」でもない。
そりゃね、私だってある程度は期待したし、幼稚園はそういうお勉強させる幼稚園だったし、ピアノに水泳に空手に体操、サッカーにダンスに、キャンプに英語にプログラミングに、中学受験に至るまで、一応やらせてみたのは、やらせてみたのよ、うん。

 小さい頃は言われるままにやっていたものも多かったが、ある程度苦手な体を動かすものからだんだんやらなくなり、本人がいやがるものを減らしていったら、今残っているのは受験勉強と、プログラミングとピアノだけ。

 まず本人が努力が嫌い。確かにだんだん練習してうまくなったものもあった。水泳なんか4種類25mは泳げるようになったものね。空手だって級もいくつかはあがったし…とはいえ、他の人より出来ない、と感じたらもう練習もイヤになるというような状態で、自分が出来ないということを認めて練習しよう、なんていうのは無理なんだということは、いくらひいき目に見たところで親にもわかってくる。

 練習してうまくなる達成感を味わって、これからの人生に役立ててほしい、と親は願っていたのだが、結局「努力せず、すごくできるようになりたい」みたいな反応で、小学校3年生ぐらいからそれほど変化がない息子を見ていると、「こんなものなのかもしれないな」と思う。

 どんなに親が願っても、最初のきっかけだけしか与えられないものであって、後は本人が興味を持って、出来るようになりたいと思って練習しないとだめなんだろうなあ。子どもが努力できる性格か、ということは大きい。
 
 今までの生活にかすりもしない、たとえば「生け花」とか、「陶芸」とかに才能があったらどうするんだろう、というのはあるけれども、芸術系に適性があれば、そのあとはもう、その道に入ってうまい人のものを見たり、本を読んで知識を付けたり、興味を持って練習するなり…ということになるのだろうから、十分美術館、博物館には行ったからなあ。

 もっとのばしてやったら、輝かしい才能が花開いたんだろうかというのは、ちょっとすてきな考えではあるけれども、個人の性格とか、資質とかもあるよねえ…と思う。
 ピアノの練習を1日3分間しかしない息子がブルグミュラーに5年でたどりついたのは、実はすごいのかもしれないけど、言われるままにであろうと、一日数時間練習出来るテレビにでるようなお子さんというのは、やっぱりものすごーく天才なのだ、と思う。

 言われてもやりたくなきゃあ、全然やらない、努力は嫌いだし、簡単に出来ることだけがやりたい、そういう子もいるからなあ…うちの子とか。

 なんとかして就職して自分で稼いでご飯食べられるようになってほしいものだ。

 私は一応、親としてお金をだしてきっかけを作り、なるべく努力をほめてきた。やるだけはやった…とここに記録に残しておくものとする。

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校則とブラ (の思い出)

最近、昔からある校則を見直す動きがあるそうだ。
その中に、「下着の色は白に限る」というような校則をどうするか、というのがあるらしい。

 下着…つまり、ショーツとか、キャミソールとか、ブラとかが白でないとだめ、というのは私の頃にもあった。
下着を見せる検査があったのは、正直今考えると、とてもひどいと思う(先生は女性だっただけマシ?)。

 「真っ白」のパンツといえば、まあ、グンゼの女児用男児用はどっちにしろ真っ白で、田舎の洋品店にも各サイズあったが、さすがに中学生にもなれば、あれを履きたい子供はまず、いない。
 男子はそろそろブリーフからトランクスへ移行する子が多かったし、白いグンゼのブリーフを履いているというのは、なんとなく幅の利かないことで、女子で、おへそが隠れるようなパンツを履いている子は、確かに、いなかった。

 安い3枚セットは、柄物が多く、うちの親が買ってくれるやつは、白が基調になってはいたが、先生にとがめられるかどうかは、割と運だった。
 姉と同じ柄にすると、洗濯物を仕分けるときに混乱するので、姉と同じにしておけば今までの経験から行って大丈夫…という法則も使えず、検査は恥ずかしいし、おまけにそれでひっかかったとして、親が新しいパンツを買ってくれるかどうかとなるともう一段難しい。

 途中で、生協がほとんど白でレース付きが揶揄されない程度にはちょっぴりかわいく、リボンだけが個体識別用に色付きみたいな商品を扱うようになったため、中学校の時の検査のある日のショーツは割とそれでクリアしたのだと思う。
 
 ブラに至っては、もう白のスポーツブラ…で決まりだったのだが、これもワンポイントがあったりなかったり。今は、「学校用」ということでそういう商品もあるようだけれど、当時はそんな配慮が近所の洋品店になく、自転車に乗っていく大型ショッピングセンターでもあるかないか…。かといってかわいいのが着けたい女子も多いという事情もあって、検査のある日だけ、気を付けることになった。
 ただ、何か問題を起こして、生徒指導室などに呼ばれると大抵、怒られついでに下着チェックまでされてしまうことが多く、ピンクのブラだの、水色のショーツだの…までついでにガミガミ言われてしまう、そんな子がしょっちゅう出る中学時代だった。

 ちなみに、この白オンリーという規則は、外から透けて見えて、男子を刺激するから…というのが理由らしいけど。
 そういう理由なんだったら、白じゃなくてベージュのほうが絶対いいと思うのだけれど(この知識は中学生の時の私にはなかった)、ベージュも禁止だった。なぜなんだろう、ほんと。

 大体、夏服で上がカッターシャツだけ、という状態で、透けて、じろじろ見られるのは嫌なものだ。何色であろうと。
 じろじろ見られないように透けない色を付けたい子はそうすればいいし、別に見えてもいいや、という子は赤でも黒でも…というより、それならコットンニットの薄手のベストでも制服に足せばいいのに、と思う。
 あとは、カッターシャツを厚手にするか、かなあ。学校指定のシャツは、結構ペラペラだった。
 冬服の時は見えないんだから、色なんか、何色でもいいのにねえ。

 そういう校則がなくなるのは、いいことだと思う。
 頭髪が黒じゃないとだめ、とかも難しいよね、地毛が茶色い子もいるんだし。
 パーマをかけている、と怒られていたクラスメイトを思い出す。

 その子はブチ切れて、水道の水をかぶって、先生のところまでいき、髪の毛を見せていた。
 直毛から、乾くにしたがって、自然に巻き上がる彼女の髪を見て、これは生まれつきのものである…ということを先生も認めざるを得なかった。(当時のパーマはぬらすとチリチリになるのが普通だった)
 縦ロールに自然に巻く、なんていう髪型があるとは先生も知らなかったらしい。確かに珍しい髪型の子だったけれども。

 当時は校則違反の髪を先生が切ってしまう、なんていうのまであったからなあ。
いまやったら大騒ぎだろうけど。

 息子が目指している学校の校則も色々だが、「XX生カット」などという呼び方がある学校があるらしい。全員校則にひっかからないように髪を切るとそうなるのだとか。(丸刈りと、スポーツ刈りだと、ひっかからないらしい)
 息子はずーっとスポーツ刈りで、今はそれ以上の注文を美容院でするのは「面倒くさい」らしいから、しばらくは問題ないだろうけど。

 自分の子供が通うとなると、校則なんて、危なくない程度にあればいいと思う。まあ、あんまりお金がかかるようなことはね…というのは、家で考えることだろう。ピアスはひっかからないような小さめのに限る、とか。
 
…うーん。うちの息子、中学校とか高校でピアスがしたいといったら、どうするかなあ。
 耳に向こうが見通せるような穴が開くタイプのはどうかと思うけど、ピアスぐらいならいいか。
 今のところは、化膿するのが心配、とかそういうのがまず頭に浮かぶけど。

 息子に聞いてみたら、「痛そうだから、いや」だそうだ。
 こっちもしばらく心配はなさそうだ。

頭痛薬とお酒 時間差がある時でも

生理痛の時に頭痛薬を飲むのは、割と当たり前…なのだけれど、最近飲む度に思い出す話がある。

 それは、私の友達が新年飲み会の時にしてくれた話。
 彼は会社勤め。働く日本のお父さん、というような典型的なサラリーマンで、夕方に軽い頭痛がしたので、頭痛薬を飲み、そのまま仕事を続行。7時過ぎに仕事を終え、そのまま誘われて同僚と飲みに行った。
 そして、途中でトイレに行き、あまりにも戻ってこないので心配した同僚がトイレを見に行ったら、意識不明で額から血を流して倒れているのを発見され、救急車で搬送!!

 …ということになったらしい。お医者さんの診たてでは、夕方の頭痛薬とお酒の組み合わせがよくなかったのだとか。頭痛薬とお酒を同時に飲んだとかではなくて、少なくとも2、3時間は時間差があったので、ほとんど意識していなかったらしい。そりゃそうだよね、私でもそう思っただろう。

 ちなみにその額の傷はちょっとだけにしろ縫うぐらいの傷で、「どんな風に倒れたか、わからないけれども場所が場所だから」ということで破傷風のワクチンを打ち、しばらくフォローアップにお医者さんへ通うことになったのだって。

…というわけで、お酒を飲むときは頭痛薬を飲んでいないか、ちゃんと考えた方がいいという話。みんなでうわあ、結構時間差でもダメなんだねえ、とびっくりした。おでこの傷跡まで見せてもらったので臨場感たっぷり。ちょっと怖い話だった。

 なので、生理痛で頭痛薬を飲むときは禁酒。
白い錠剤を2つ、飲み込みながら今日はお酒はダメだな、と自己確認。ホントにうっかりしそうだ。

0号棒針

じゃーん。ゼロ号金属棒針、ゲットー。送料込みで1800円もする、かなり高いものだった。なんせ普段は100円の竹針を使用しているのだからねえ。先月買おうと思ったのだが、お小遣いが不足だったので今月まで待った。

直径2ミリなので、竹だとしなる感じがぱきゃっといきそうで心配だったが、金属ならその心配はない。
 とがっている部分が長いほうと短いほう、2種類あって、毛糸用とレース用になっている…らしいのだけれど、棒針でレース…というとクンストレースだろうなあ、でも編まないからいいや…ということで無視して普通に編み物で使うことに決定。

 ちょっと滑りやすいけど、アメリカで買ったクロバーのアルミ針よりはすべりにくい。さすが、ドイツの編み針メーカー。これで、本当は3号で編む毛糸をみっちりぴちぴちに編んで、編み地でくるんだブローチが作りたいなあ、と思って買った。小さいプロジェクトだし、近いうちに試そう。

 0号と1号はすごく見分けがつきづらいので、0号がカラーの棒針、1号が銀色の金属針、とはっきり違う感じに買えてよかった。
 こういう針で全部そろえたら、うっかり混じって大変なことになりそう。編み針って隣同士のサイズは見分けがつかないからねえ。

 面白いのは、見分けはつかなくても、指でつまんでコロコロさせると、どちらが小さいかはわかるところ。目に頼らない方がわかるのが面白いな、と毎回思うのだけれど、誰にも言ったことがなかったので、ここに書いておく。

ラミーチョコレート

ちょっと前に見られない場合は画像のリンク切れです【ロッテのお酒入りチョコで作る飲み物の記事】を書いたあと、近所に「ラミー」も買いに行った。

 ちなみに、飲み物に使ってから、もう一回作ろうと思ったら、カルヴァドスもバッカスも空になっていた。夫が「おいしいねえ」と喜んでいた。うーん。私ももうちょっと食べたかったのに…。
 で、ラミーも二人でお茶をしながら、わくわく開封して食べてみた。

 まず、私から。
 「味はおいしいけど、レーズンなくてもいい」
 チョコレートは口の中で溶けてなくなるタイプがいい気がする。もちろん、アーモンドチョコレートとか、乾燥イチゴとかウエハースが入ったカリカリした感じのものは噛んで食べるの前提だからいいけど、ラミーは噛んで食べるには具が少ないのと、歯ごたえがないし、溶かして食べていると、口になんだかレーズンが邪魔。

 夫は、アイスクリームで一番好きなのはラムレーズンという人なので、期待して食べていた。「なんか、レーズンが邪魔という感想はわかるが、味はとてもおいしいので、これはこれでヴァージョン違いとしてあり」だという感想だった。

 私が干しブドウが全体的に嫌いなだけかもしれない。
 近所にバッカスとラミーを150円で売っている場所を見つけたので(ちなみにドラッグストアだった)また、買おう。

 カルヴァドスのほうが見つかりにくいんだよねえ。もう一度食べられるといいな。


 しかし…年をとったな、と思う。

中学校に入ったころだろうか。友達が、ウィスキーボンボンというものをくれたことがあった。
 1つ20円で駄菓子屋に売っているものなのだそうで、すごくおいしいのだと。
カシャっと壊れる砂糖の殻に、お酒の味がきつくて、うわっ。と思った覚えがある。正直おいしいとは思わなかった。

 もちろん、ありがとう、おいしいね、ということにしておいたけれど、どことなく友達が「こういうお酒が入った大人のお菓子を食べる私」というのにちょっと酔っているような気がして、クラスの何人かは喜んで食べていたようだけれども、私はなんとなく、別にそんなもの食べたってえらいわけじゃない、みたいなことを思っていた。

 単にお酒が苦手なだけだった気もするけど。
 確か、このラミーとかバッカスみたいなチョコも、学生時代に一口もらったことがあったはずだし、バレンタイン近辺には瓶の形をした洋酒の入ったチョコレートだって食べたことがあったが、正直おいしいと思ったことはあんまりなかった。
 何千円もするようなチョコレートの中には、相当アルコールの入ったものもあったっけ…。バブルの頃はすっごいのもあったし、そういうのをくれる人もあった(自分では買わなかったけど)。
 かなり上等なものもあったように思うのだけど…。

 でも、今、確かに私はこのチョコがおいしいな、と思える。

 お酒とチョコレートという組み合わせに苦手意識がなくなった感じ。
 

昔読んだ岩波少年文庫の見られない場合は画像のリンク切れです【コウノトリと6人のこどもたち】という本に、「ワインボール」というキャンディが出てくる。多分ワインが入った飴…。私はこの本を繰り返し読んだけれど、ツンとくるウィスキーボンボンの味が、ワインボールというキャンディとリンクしてしまってちっともおいしそうに思えなかったのだけれど、今読むとどうなるんだろう。おいしそうな感じがするかなあ…。
 大好きな本だった。また読みたいな。
 



よだかの星

  【よだかの星】というお菓子をもらった。
よだかの星というのは、宮沢賢治の書いた物語で、見かけがよくなくていじめられているよだかという鳥が、美しい星に…と書くと5秒で解説終了みたいなお話…ではあるのだが、読んでいるともの悲しくなってきて、子供の頃は好きな話ではなかった。

 宮沢賢治の書くものは、「注文の多い料理店」みたいな、ちょっとユーモラスなものはともかく、オツベルと象とか、グスコーブドリの伝記とか、終わりかたがどうにも、「これって、これでいいのかーーーっ」という感じのものが多かった。
 セロ弾きのゴーシュや、銀河鉄道の夜は割と好きなんだけど…。

 よだかが、「まるで味噌をつけたような」茶色のまだらだというところから、このおせんべいは作られたのだろうけど、とガブっとかじったら、おっと?これはおせんべいの味ではなかった。かりんとうの味だ。

 えー。こんな形なのに。黒っぽいところが黒砂糖なのはなんとなく見当がついたが、べとべとした黒砂糖と、油で揚げたこの味は絶対、かりんとう。

 見かけから、夫は「あんまり…」と思ったらしく、「俺いらない」といわれていたのだが、あんまりにもおいしいので、「すっごくおいしいかりんとうだったよ!」と半分に割ってすすめておいた。

 かりんとう、特に薄茶色でピーナッツがまわりにくっついたやつは、実は大好きで、ものすごくたくさん食べてしまうので、体重管理の面から禁じ手にしてあったのだが、ひさしぶりにかりんとうを口にしてとてもおいしかった。

 悲劇といってもいい、「よだかの星」がこんなにおいしいなんて…。みんなに愛されるおいしいお菓子といっていいよね。
よだかは、幸せになれたんだろうか。
どこかで、あのよだかが笑っているといいなあ、と思った。

雨の日を楽しむ

しとしと降る春の雨の中を、自転車をこいで家に帰る途中のこと。

ベビーカーに乗った、1歳ぐらいの子が、ベビーカーに固定された傘の柄を、「私が傘をさしています」と言いたげにしっかり握っていた。
 透明のビニール傘を見上げる、満面の笑顔がとても愛らしかった。

傘をさすよろこび、新しい体験への楽しみに心はずむその顔をみたら、なんだか胸が暖かくなった。

地球に来て、まだ間がないときは、雨の中で傘をさすという体験も新しいんだ…。
 大人になれば、農業でもしていない限り、雨は面倒なことだ。服は濡れるし、傘は持ち歩くことになるし、小さい子を連れていればそれだけでもう、うんざりするぐらい手間暇の増えることだし、洗濯物はかわかないし…。

 でも、あの子は雨がうれしいのだ。あの笑顔のためだけにでも、今日の雨は降っていいのだ、きっと。

あの子の笑顔が、いつの間にか私に伝染して、ちょっと幸せな気分になった。

珍しい名前の話

子どもの学校で、新しい先生の紹介がある。
 先生が、自己紹介をしたとき、「ざわっ」と保護者席がざわめいた。その人は、「松田聖子」みたいな、アイドルと同姓同名だったのだ。(松田聖子さんではなくて、他の人の名前だったけど)

 その先生の懇談会での自己紹介が面白かった。「親が、同じにつけたんですが、子どもたちに言ってもあんまり反応がなくて、ひさしぶりにこういう反応がうれしかったです」と。なるほど…私たちが20代だったころにアイドルだった人は、今ではほとんど知名度がないものね。「今日子」、「洋子」とか「有希子」、「明菜」とか、確かにありそうな名前だし。

 ネットでは、「きむらたくや」という名前で、あのキムタクよりはぐっと年上なので、実は自分のほうが先に名前をつけてもらったのに(多分この人が生まれたときはキムタクはいなかった)、病院とかで呼ばれるたび、ばっ!と注目が集まるのが嫌だ、という投稿記事を読んだことがある。なるほど、アイドルが割と珍し気な芸名を付けるのには、意味がある。

 まあ、タクヤだの聖子だのの場合は、珍名というほどではないだろうが、3月半ばごろ、割と話題になっていたのが、「王子様」という本名の人が、「肇」さんに改名した、という話だった。
 甥姪たちが小さかった頃は、多分キラキラネームと言われる、珍しい名前をつけるのが流行った時期で、保育園の名簿には、「王子」「騎士」「皇子」なんていうお子さんが散見されたし、(おうじ、ないと、プリンス、など)、ルフィ君や、ナルト君、コナン君もいたぐらいだから、「王子様」がいたところで、それの亜種ぐらいの扱いだったのだと思う。

 それと、昔…もう題名も覚えていないが、脇役として、苗字は普通なのだが、名前のほうが「サマ(漢字失念)」という子が出てくる児童文学も読んだことがある。軍隊経験のあるおじいちゃんが、偉そうな人からどんなに呼び捨てにされようと、「様」がつくのがいいだろう、とつけたという名づけの理由も本の中で解説されていた。少なくとも30年から40年は前の本のはずだから、相当古い時代から、こういう発想をするひとはあったのだろう。

 子どもの頃に「姓名判断をしたら、この名前はよくなかったから、今度から、こういう名前にします」とご近所から、新しい名前を周知するお知らせと、その子の名前書かれた熨斗のついた下敷きが近隣の子供全員に配られたことがあった。
 あゆみちゃんは、あきこちゃんと呼ばれることになったのだというような話だったが、これは多分、裁判所では改名理由としては認められなかっただろうから、通名として使う、というはなしだったのだろう。

 あとは、知り合いの知り合いが、有名な殺人事件の犯人と同姓同名になってしまったため、裁判所に届けをだして改名した話とか。珍名奇名だから、という理由なんかだと割と理由をちゃんと書いたりしないといけないのだが、殺人事件の犯人に間違えられると困るから、みたいな理由だと、ものすごく手続きが簡単に済むんだよ、というような話で面白かった。

 あとは、友人が出産したときのことも思い出される。今から25年ぐらい前。多分友達の中でも一番出産が早かった友達が、絶対女の子がいい、そしてすごーーくかわいい名前を付けるんだ!とはりきっていたことがあった。「みるくちゃん」にしたい、というのを、友達みんなでとめた覚えがある。3歳ぐらいまではミルクちゃんでよくても、絶対あとで嫌がるから、と。
 みんなが説得してなんとか、「くるみちゃん」になった。まあ、くるみちゃんは珍しいほうだが、私の世代にもいないでもない。
面白かったのは、「絶対女の子だから!」と言って、男子の名前は全然候補にも出てこなかったこと。無事生まれたのは女の子で、みんなが笑いながら、「あの思い込みの強さでは、男に生まれるのは無理だったんじゃないか」と後まで冗談になったぐらいだった。
 とてもかわいがられて、小さいころは、リボン、レース、ギンガムチェック、白いエプロン…ともかくもう、雑誌に出てくるようなお洋服を着せられていた姿を覚えている。

 多分、最近のほうが、珍しい名前は少なくなってきていると思う。息子の幼稚園、小学校を見ても、「ゆうき」とか「はると」とかが多く、ちょっと珍しくても「るい」だの「れん」だの、今時ならめずらしくもないようなのばっかり。
 ルフィ君や、コナン君はいないなあ。

 姉が妊娠中に読んだ雑誌に載っていた「ケンケン」くんや、「チャチャ」ちゃんや、「パンダ」君は元気に過ごしているんだろうか。他人事ながら、ちょっと心配になる。

 名前は付ける人と、使う人が別だからねえ…。これは、あれだ、小さいころは「幼名」を付けておいて、すごくかわいらしく、「ストロベリーちゃん」とか、「アイスクリームちゃん」とか食べ物系でもいいし、「天使ちゃん」とか「おひめさま」とか愛称系でもいいから、つけておいて、15歳になったら、自分で好きなのを付けるというのはいいアイディアだと思うんだけど。
 幼名から大人名をつけたいひとはそうしてもいいですよ、という従来タイプの案も用意しておくとしても。

この子が大きくなるころには、こういう名前が当たり前になるから、と言われて珍しい名前を付けられていた子たちも多いと思うけれど、今の小さい子を見る限り、名前が「しげこ」「かつお」ほどではなくても、ある程度原点回帰している感じもするから、この「王子様」君の世代ぐらいが一番、珍しい名前ピークの時代になるんじゃないだろうか。
 そうなるとどの時代から見ても、珍名奇名になってしまいそうで、ちょっと気の毒だ。

家事の省力化

私が子供の頃は、電子レンジがなかったので(世間にはあったが、親が嫌がっておかなかった)、牛乳は鍋で温めていた。
おかずはフライパンや鍋で温めなおしたり、白いご飯は蒸したりというような手順が面倒なもので、冷たいままのごはんにお湯やお茶をかけて食べるのはつまり、生活の知恵…ということになっていた。

 私は今になっても昨晩の温めなおしの味噌汁とか、朝の味噌汁の残りとかをおひるごはんに食べることになると、鍋をあたためている。
さっさと鍋を洗って、全部片づけてしまいたいのだが、このお椀に一杯分のお味噌汁が…

 ちなみに、私が一人暮らしをしていたころに使っていたお椀は、もらいものの塗りものだったときはもちろん電子レンジ禁止だったし、そのあと結婚して暮らしていたころに、夫がうっかり白いご飯をプラスチックのお椀に盛り、それを電子レンジにかけたら、嫌なニオイがして「あ、これはだめだ」ということがわかったので、お椀は電子レンジにかけない…ということになっていた。

 最近お椀の売り場で電子レンジOKの表示のシールがついているものを見たときは、「おおっ」と思った。
 うちのお椀…電子レンジにかけても大丈夫か?よくわからない。

 あ、でも!別に味噌汁がお椀に入っていなくてもいいんじゃ…?
だよね、そうだよね、ラーメンの汁とかスープとかはどんぶりとかお皿とかに入っているんだもの。
 
…というわけで、どんぶりに味噌汁を移し替えて、鍋を洗った。OK、お昼にこれを電子レンジにかければ!

電気代もかかるといえばかかるけれども、台所をすっきり片付けておけるというのはかなりいい。夏のことを考えても、鍋ごとコンロに乗せておくよりも、器にいれて冷蔵庫に入れるほうがいいものね。

 省力化とはいえるほど、手順に差はないけれども、でも…こういうことがちょっとずつ、ごちゃごちゃした台所を解消することになるんだよねえ。春からの今年度は、ちょっとずつ台所をすっきりさせよう。

夫婦の勝ち負け

まだまだ花粉が飛んでいる感じがする。
 杉のシーズンは終わりらしいが、試しに外で干したタオルを使うと、盛大にくしゃみが出たのでまだ駄目だ。

 大物は干しづらいので洗濯頻度が減っているシーツ。とはいえ、2週間もそのままにしておくのもな…と時々洗濯して、お風呂のポールにかけて、換気扇を3時間ぐらいかけて乾かしている。夕方までそのままにしておくと割と乾くものだ。

 「奥さん、お風呂のあれ、乾燥機でもよくない?」
と、夫に言われた。えーっとね…。うちの洗濯機は乾燥機がついている…のだが、もうだいぶ古くなってきているので、たかがシーツ2枚と枕カバー程度でも、下手をすると1時間半から2時間かかってしまうので、電気代のことを考えるとさ?
 「値段、乾燥機とあんまり変わらないと思うんだけど」

んんん?もしかして、浴室乾燥機を使ってると思われてる?
 うちのマンションは、「ドライホット」とかいう、浴室乾燥機がデフォルトで装備されている。故にポールが浴室に備え付けてあるわけだ。でもね…これ、使ったことある人はわかると思うけど、ものすごく電気だかガスだかを食うのだ。賃貸マンションでこれを使ったことがある私は、「絶対使わない」と決意しているぐらい、高くつくので、あくまで非常用だ。

 「ついているのは、乾燥じゃなくて、換気扇のはずだけど、違った?」と聞き返した。

夫は、「あ」という顔になったので、多分、勘違いに気が付いたのだと思う。

 この場合、うちの浴室のスイッチパネルは「暖房、乾燥、換気、ミスト」などが一緒に並んでいるので、私がうっかり暖房とか、乾燥などを使っていた場合は、私の負けだが、「換気」がオンになっていた場合は、私の勝ちだ。

 「大丈夫だと思うよ」と言いながら、もう一度確認に行ったら、フツーに「換気」になっていた。
 換気の場合は消費電力が低いんだよね、扇風機並み。

 ここであんまり勝ち誇るのも、ちょっと悪いかな、と思ったので、何気なくスルーしておいた。
 「換気扇だったらいいんだ、うん」
ちょっと、夫は気まずそうだった。

 ここで、気まずいな、と思ってくれるところが好きだ。

フリクションボールペンにジェットストリームの替え芯をいれる方法(改造)

フリクションボールというボールペンは、つまり消せるボールペン。こすったら消えるし、熱をかけたら消える。
ちなみに冷凍庫に入れると、消えたものが復活するらしい。

とても便利だし、ペンシルパズルを解くのにも便利…なんだけど、公的な書類を書くのには向かない。
金額改ざんとかが簡単に出来てしまうし、もちろん書類の名前なんかにも使えない。

 私はカバンにボールペンを1本入れている。ジェットストリームの芯を愛用中。とてもよく滑るボールペンだ。でも、クロスワードとか、ペンシルパズルをこれで解くほどは、自信家ではないので、消せるボールペンと、普通のボールペンが、同じペンに同居させられたらいいのになあ…と思っていた。

 ただ、フリクションはインクがゲルで、減りが早い。
 この問題をクリアするために、フリクションの芯は、太い=容量が多いのが特徴。
 普通の多色ボールペンには、フリクションの芯は太すぎて入らなかった。

 最近、コンビニにもフリクションの替え芯が置かれるぐらいポピュラーになってきて、フリクションボールの多色ペンもそろってきた。そうなると、減りが早くても人気があるのだろう、リフィル(替え芯)が、小型化してきた。

 長さだけ見れば、多色ボールペン用のジェットストリーム替え芯と、フリクション多色ボールペン用の替え芯は、割と同じ?というサイズ。

  じーっと見比べると、外側の太さはそれほど差がない。問題は内径…ってことはこれ、削ればいいんではないだろうか?
 内径が太い替え芯を、内径が細い替え芯用本体にはめたら脱落して使えないが、仕組みからいっても内径が細いものを削って、内側の穴を太くすれば、ちゃんとはまるのでは…。

というわけで、ジェットストリームの黒の替え芯を買ってきた。(本体はフリクションボール多色3色用)
 ジェットストリームの替え芯の後ろ側から、2㎜のドリルビットを回しながら押し込んでみた。電動ドリルは使わず、手で回して入れる。プラスチックが削れて、細い破片が出てくるので取り除く。

うーん。2㎜径のドリルビットでは足りないっぽい。長さ8ミリから1cmぐらいまで削ってみたが、多色ペン本体にしっかり入らない。(インクが入っていない部分が結構長いので出来る)
 手元にあるので、次のサイズは2.5mmだ。ううむ。2.3とかがあったら試してみたかったけど…と思いながら、長さ5ミリぐらい、2.5mmのドリルビットを手で回しながら入れてみた。ちょっと、ぎりぎりすぎる感じが。筒が薄くなりすぎ…

 と思ったけど、試してみたら、ちゃんとはまった。おおお!これはいける!
 ちなみに、写真は上がジェットストリームの替え芯、下がフリクションボール多色用の芯。(削った後の写真)
こうやってみると、結構インクが入っていない部分が長いなあ。

というわけで、フリクション用3色ボールペンの中身が黒の芯はジェットストリーム、青と赤の芯がフリクションの三色ボールペン完成。
 次にやる時は、100均かホームセンターで2ミリより大きく、2.5mmより小さいドリルビット買おう。

自己責任で、ちょっとギリギリだが、確かに便利だ。持ち歩くのが1本だけで済むのがいいよね。
 結構こういう組み合わせのボールペン、ほしい人があると思うんだけどなあ。
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…
追記:これを書いてから、2.3mmのドリルビットを買いに行った。ホームセンターで2本270円。
もう一本、ジェットストリームの替え芯を買って、替え芯の後ろからドリルビットをいれて、そーっと内側を削ってみた。

替え芯の管を突き破ってしまうと多分使えなくなるので、かなりそっとやったほうがいい。(手で回していれる)
じわじわと進めて、大体5ミリ半から6ミリ、ドリルが入ったところで止めておいたら、多色用のフリクションボールの本体にセット出来た。

というわけで2.3mmでいけたので、やってみようと思う人は2.3mmのドリルビットで試してみることをお勧め。

中学受験のいいところとは。

息子に中学受験をさせるつもりでいる。
本人も割とその気だし(その割にはすすんでは勉強してくれないけど)、親も、本人が望むなら、と思っているというのが表向きの理由。

誰が聞いたとしても、「子供がやりたいっていうから、まあいいかなあと思って」というのは、「えええー?」とは言えない理由だし、親の考えがからんでいないですよ、ということでもあって、中学受験「なんて」と思っている人の批判をかわしやすい表看板だということだ。

 裏の理由は、というと、実は息子があんまり、努力をしないこと、それから運動がものすごく苦手だということ、美術もかーなーり点数が取れなさそうである…ということがある。
 そう…うちの子はつまり「内申点をとれない」タイプ。

 お勉強も、自分が好きだと言っている算数と理科は、悪くはないが、国語と社会は、時々、「うっ」と親が詰まるような点数を取ってくるし、算数も、「このミスはないだろう」というような、たかが計算ミスを多発する。
まあ、お勉強関連は多分、もうちょっと改善するだろうという希望もあるので、おいておくとして。

体育に関しては、私もかなり苦手だったので、そうだよね、得意になるわけないよね!という分野だということはわかる。

 一応幼児のころから苦手をちょっとは減らそうと、基礎の体操教室(バック転をやらせるようなのではなくて、跳び箱、鉄棒などの学校体育強化系)に幼稚園の頃から行かせたり、サッカー教室だとか(競技会とかもない、楽しくやりましょうタイプ)に行かせたり、空手教室やスイミングに通わせたりということもやってみたが、努力が好きではないという性格は全体的に影響があるんだな…と思うしかないぐらい。どれも最低3年、長いのは5年ぐらいはがんばったのだが、学校の体育の成績は、「がんばろう」連発だった。

 家庭科も、たいして好きではなく、(ここは教育しそびれた)美術は、どう贔屓目に見てもコメントは避けようかぐらい。
 近隣の中学校へ行かせると、「内申点が悪くなる」と生徒を脅すようなこともあるというし、かといって先生とうまくやっていけるタイプかというとそうでもない。自分が知っていることを教えられるとイライラするというぐらいなので、態度がいいわけもなく…小学校でも先生になんとなく敬遠されるぐらいならいいけど、こういう子、嫌いな先生は多いだろうな…という感じ。
 最近反抗期も発症しているな、というのがちらちら見えることもあるから、余計にそう。

 先生に嫌われて、もともと取れない内申点が余計に低くなることが目に見えるよう…。
うまく立ち回ることが、自分のメリットにつながるということがまだわかっていないし、これがわかるようになったころには高校受験には手遅れになっていそうな気がすっごーーくする。

 中学受験をするのは、つまり話が簡単だから。
ペーパーテストの点数が取れたら入れる、取れなければ入れない。
 体育の成績は考慮されないし、先生への態度がいいかどうか、ということも、先生に好かれているか、嫌われているかということもほとんど関連しない。

 そして多分、親の力で勉強させられる最後のチャンスだと思う。
 多分、これから大きくなったら、親の言う通り勉強なんてしてくれなくなる。
 この、努力が嫌いな性格は、多分このままの可能性もある。

 なるべく努力を認めて、ほめる方向で進めてきた育児なんだけど、努力しないで最高、という状態を求めたいという、それは無理でしょう…という要求がかなわないことに苛立ちを覚えるという、これ、大丈夫なのか?と心配する現状では、息子が自分の夢に向かって努力をする高校生になるというビジョンが描けないのだよね。

 だとしたら…。
 ペーパーテストの成績だけで、割とお勉強が進みそうな学校に入れてやれる今だけが、親が手を出せるチャンス。公立の中学校は、私も通ったから知っているが、勉強は自己責任だ。やりたい人はやればいい、やりたくない人は落ちこぼれてもそのまま。大勢を一度に教育するとそうなるのがあたりまえだ。

 私立の学校は、そこでクラス分けを習熟度別にするとか、補習を手厚くするとか…というような対策をとる学校が多いので、努力が嫌いでも、学校のカリキュラムに乗っかっているだけで、公立の学校よりは効率よく、長時間勉強することになるので、落ちこぼれる危険が減る。

 日本の場合は、就職までに評価されるのは、学校の成績「だけ」と言っても過言ではないぐらい、学歴重視。
 自分で起業するとか、とても珍しい体験をして、それが強みになるとか…というのは例外的にあるかもしれないが、あくまで例外だ。
 つまり…あとから問題になるかもしれないが、学校にいる段階では学業の成績さえよければ、職業選択の幅が広がって、きっかけだけでもつかめるようになる。
 そのきっかけがつかめるようにするのが教育…ということになっているから、これが一応、今の日本社会における正解なんだろうということで進めるしかない。
 
 平凡を絵にかいてから、ずらりと並べて写真に撮ったぐらいのその他大勢だった私のことを考えれば、息子もそうなる可能性は高い。もちろん、個性と可能性が…というような話はステキだから、そっちに寄りたいのも確かなんだけど…。
 体を動かすのがもっと好きなら、お勉強は全然でもいける!という進路もあるんだろうけど、春休みに外に出た回数を考えると、「超絶インドア」としか表現のしようがないからなあ…小学生なのに。

 やっぱり、中学受験は親の力と、金の力で勉強をさせて、バスではなくて飛行機に乗せるようなものなのだと思う。
 乗り継ぎを何度もしてたどり着ける場所は最終的には同じでも、乗り物が違うだけで労力が違う。

  長時間演習させてペーパーテストの成績だけをあげていく中学受験には、思うところがある人もわかる。これが「いい教育」なのかということに関しては、私も、「まあねー、あんまりいい感じはしない」と思う。
 勉強以外のことにも目を向けて…というようなことにも、そうだね、と思う。子ども時代は一度しかないのだから、遊ばせてやれ、という人がいるのも、わかるわ、とは思う。

 でも、これから息子が生きていく年月を考えると、学歴は多分、あったほうがいい。
 努力が嫌いな息子のことを考えると、親の力で底上げ出来るほうが、多分いい。
 
公立の中学校と、私立の中学校を比べると、確かに私立の中学校のほうがいいところが多い。施設も、カリキュラムも。
 私立の中学校の問題点は、ぶっちゃけていうとお金の問題だけだ。

たとえば、私立の中学校の学費が、地域の公立の中学校と全く同じだと仮定したら、公立の方を選ぶ理由は、入りたいクラブがあるかないか、ぐらいじゃないかと思う。

 そしてもし、公立の中学校に受験なしで息子をいれたら、高校受験をするときに、「あーーー。受験のない中高一貫に入れておけばこんな思いしなくて済んだのにーーー!」と思う私がいそうな気がする。
 多分、息子は一生懸命勉強なんかしてくれない。平均よりは上ぐらいの成績で、「おれは出来るやつ」と自信満々で、テストの間違いを指摘されたらカッとなるという、今のままだったら…絶対そうなる。

 点数だけで学校に入れるのは今だけだ。
 だからきっと、内申点が取れなさそうな息子にとってこれが最善なのだと思ってこれを書き始めたのに、気が付いたら受験をしたいのは、本当に息子なのかなあ…という気がしてきた。

 しょーがないので息子に、「ねー、息子さー。近場中学校に行くっていうのは、どうなの?」と聞いてみたら、「えー。いや。オレ、XX中へ行って、パソコンクラブに入りたいから」って。
 うーん。息子もなんとなく、斜め上の方向に決着している感じがする。
 
…でも、この年齢なら、そんなものなのかもしれないなあ。

 

液体ミルクって何がいいの?

アメリカでは、赤ちゃん用のミルクは、液体が主流。
formula(フォーミュラ)と呼ばれている。

液体で、缶に入っているのもあったし、哺乳瓶の口のところが、そのままくっつくようになった使い捨てプラ容器もあった。

そして温度は、あけたそのまんま、あたためたりしない。室温。

私は実は、それを知ったとき、「ええええーー!!!」と思った。
だって、日本だとね?まずこう、熱いお湯で作って、それを、36度ぐらいまで冷やしてから、赤ちゃんにあげましょうね、というのが当たり前の手順だからだ。

 母乳というのは、人間の体から出てくる都合上、大体体温ぐらいの温度なわけで、それに可能な限り近づけましょう、というのが日本の粉ミルクの「調乳」方法なわけだ。

 でも、アメリカはそんなもん、気にすんな!という感じ。
 さすがに、熱いのはまずい。やけどするからね。でも温度が室温ぐらいなら、別に赤ちゃんは慣れていれば飲むよね、ぐらいのノリ。

 冷蔵庫に置いてあったのを飲ませる人も見たことあるぐらいで、本当にびっくりした。
 赤ちゃんが嫌がればあたためてもいいかも、的なアドバイスは本にも書いてあったが、基本、常温で缶になっている液体ミルクをそのまま飲ませるので何がダメなの?ぐらいのノリに、お国柄というのはあるものなんだなあ…と感心した。

 そうなると、外出する時も、旅行する時も、缶ごと持っていけばいい。お湯が、とか考えなくていいし、室温のフォーミュラを飲みなれた赤ちゃんは、普通にそれを飲んでくれる。
 缶で長期保存が出来るものは、半年ぐらいは開けない限りダメにならないので、家にストックしておくのも簡単だ。
ややこしい手順が要らないので、お母さん以外の、慣れていない人にも簡単。

 確かに、それを見てしまうと、日本の粉ミルクって、意外と面倒だな、と思ったものだ。
最近、日本でも解禁されたそうだ。いいことだ。

 普段は手をかけるのは難しくはない人でも、まずは非常時のために、置いておくのは絶対、いいアイディアだと思う。
 なんせ、缶を開けたらそれで何とか飲ませられるのだ。温度が36度じゃなくて、室温でも、衛生上問題なく、お腹がすいた赤ちゃんが飲めるということが大切。

 日本ではまだまだ、使ったことがない、見たことがないで、しりごみする人が多いらしいが、人口が大体倍、いるアメリカでは、当たり前に使われていますよー。ということを知っているとちょっと気分は違うかな、と思ったので書いてみました。
 液体フォーミュラで育った赤ちゃんが、何千万人ももういるってことで。

 次に出るといいのは、吸う部分を直接つけられるタイプの缶。
 あとは、すでに使い捨ての吸う部分がくっついていて、キャップ取ったらすぐ飲めるのもスーパーにあった気が…。
 旅行、災害用によさそうだな、と思ったことがある。
 ちょっと高くても、ほしい時、必要なときというのはあるから、そういうのも普及するといいなと思う。

ピンクのお花

今日のあたりまえポエム↓ 

小さい頃、絵を描いた。女の子の絵が多かったと思う。背景には、赤い屋根の家、足下には花が咲いている。てっぺんが3本のギザギザになったチューリップ、それから真ん中に○があって、周りを花びらで囲んだ、5弁の花。
 そういうときには、タンポポみたいな花とか、朝顔みたいな花は描かなかった。百合みたいなのとかアヤメみたいなのも描かなかったなあ。

 あのてっぺんが3本のギザギザになったチューリップや、真ん中が丸で、5つ花びらがついた花は記号としての花であって、本物の…植物の花は、もっと複雑な形をしていることが多いのは、幼稚園児の私にもわかっていた。庭に咲いている花には、こんなのがなかったからだ。
この間、この写真の花が、近所のプランタに育てられていた。このなんともいえないピンクといい、形といい、おもちゃみたいだ…。でも、本物の植物なんだよね、これ。真ん中が○で、その周りに5枚のかまぼこ型の花弁が配置されている。まさに、子供の落書きみたいな形。

 なんていう名前なんだろう、この花。

ハイヒールは履かなくてはいけないのか

最近、「かかとの高い靴を女性だけがはかなくてはならないというのは、差別なので反対」という運動があるらしい。
就業規則にそういう規定があって、女性だけが靴を自前で用意しなくてはならないのは差別だという運動がカナダだったかな?どこかでやっていたのはもう知っていたので、つまりそれが日本にも来たってことだなと思う。

 カナダの人は、ウェイトレスをしていて、男性の就業規則には、服装規定があるが、服は職場から支給で靴は指定なしだが、女性は靴にも規定があり、靴は自前なのは差別だし、なおかつそれがかかとの高い靴でなくてはいけないのは立ち歩く仕事において苦痛である、歩きやすい靴を履かせてほしいということで仕事先を訴えたことでこれが大反響になったということだった。

 日本人の運動は、就職活動の時に女性がパンプスを履かなくてはならないのが苦痛だということで始まったらしい。
 わかる。実のところ、私はかかとの高い靴が苦手だ。就職活動の時は見かけが間違いなくチェックされるので仕方なくはいたが、なるべく高さが低いものをください、と靴屋さんで頼んで、3センチのものを買って履いた。

3センチというのは多分女性用パンプスのかかとの中で一番低いもので、これより低い靴は「かかとのついた靴」と認められないぐらい。それでも普段より高いのは確かで、だんだん前にずれていく足のつま先が、靴の先にぎゅうぎゅうになってかなり痛いし、慣れない靴で長距離…どころか、短距離だって歩くのがかなり苦痛だった。

 おしゃれな友達は、5センチや、7センチのヒールを履いていたし、11センチヒールを履いて歩いている友達をみたこともあったけれども、みんなどうやって我慢しているのだろう…と不思議に思ったものだった。
 たいていの人は「なれたら平気だから」としか言わなかったので、謎に終わったけれども。

 結局そういう靴に慣れないまま就職活動を終えて、通勤はかかとのない黒い靴、つまり高校の時の制靴とさも似たりなスリッポンを履いて済ませて、そのあと中年になってからひざを痛めて、今はもう冠婚葬祭でも黒いペタンコの革靴を履くようになった。私はもう多分一生、ハイヒールを履かない。

 あれはものすごくはき心地が悪い。慣れていなかったら5センチヒール程度でもつま先が流血する人もいる。
 ヒールが細いと、意外なところで敷石のスキマとか、マンホールの穴とかにひっかかるし、接地面積が狭いのでかなり不安定な靴で、竹馬ぐらい(…というのはちょっと言いすぎ?)に慣れが必要なものだと思う。

 ちゃんと磨いてあれば、かかとのない靴で接客してもいいことにしてくれないかなあ…と思う。
 立ち歩く仕事の人、外回りで歩く人ならなおのことだ。
 事務職の場合は会社内で靴を履き替えて過ごすことも出来るので、その問題は回避できるとはいえ、営業が得意な人を、たかが靴の問題で内勤の事務職にしておくのはもったいないと思うのだけれども。

 この運動には大賛成だ。
 なんなら、最近は25センチから上のサイズの女性用の靴もちゃんとあるのだから、男性もお試ししてみればいい。その不安定さと、そんな靴で歩くことの効率の悪さと、痛みと不便さにびっくりするだろうと思う。
 おしゃれしてデートの時に履くのは好みの問題だが、仕事の時はなあ…。

そういえば思い返してみると、アメリカで仕事の時ハイヒールを履く人が少ない理由は多分、危ないから。
 何かあったとき、逃げにくい靴なんだよね、ハイヒールって。地下鉄の治安のことを考えると…。多分、オフィス内用にハイヒールを持ち、スニーカーで通勤する人のほうが多いと思う。

牛丼


用があって出かけた町は、それほど小さくはないが、駅のそばまで住宅街がはりだした町だった。
 おなかは空いている。でも商店街とか、ショッピングモールが見あたらない。
 駅のそばに、チェーンの牛丼やさんがあった。よし!今日は牛丼に決定だ。

 一人で外食が出来ないという女性は結構いるらしい。おしゃれなレストランでも難しく、ラーメンだとか、牛丼になるともう一段階難しいものだと聞くが、私はもう平気だ。

 アメリカにいたときは、一番安い食事といえばハンバーガー。出来たてなら、それなりのハンバーガーと、量だけはあるポテト、どこかに水道水の塩素の後味が残る薄目のコーラ。これでも、6ドルぐらいで食べられれば安い方だった。
 
 日本なら、500円あれば牛丼が食べられるのに…と毎回思ったものだ。牛丼の肉は、実は固いものなのかもしれないが、薄切りにすることでその問題をクリア。
 アメリカの薄切りは1センチだと云うことを考えると芸術的だ。

 全くおいしいとしかいいようがない短粒種で粘り気のある白米。生で食べられる卵(アメリカの卵は殺菌処理されていないので生では食べられない)をかければ、しょうゆが勝った甘じょっぱいたれと、卵の黄身が、牛肉にからんだその味が…あああああ!

 大体そのぐらいで考えるのをやめておかないと悲しくなってくるので、目の前のハンバーガーを食べることにしていた。
 
 正真正銘の牛丼と、生卵と、白菜の漬け物、それからサービスの味噌汁を前に、うれしくなった。牛丼やさんでこんなにニコニコしているおばちゃんは私だけだろう。

 白菜の浅漬け、こういうものをアメリカで食べるのは難しい。ちょっと鷹の爪なんか散らして、いい味加減だ。生で食べられる卵は、最近はタイに高級品として輸出されているらしい。どこでも生で食べられるわけではない…ということを知らない日本人も多そうだ。
 そして、サービスの味噌汁!ちゃんと味がする。アメリカで出てくる味噌汁というのは、塩分を気にする人がいるので、ものすごく薄い。出汁なんて入っていない感じで、味噌を溶いたところに、角切りの豆腐と、水で戻さず、鍋にそのままいれたとおぼしき乾燥わかめが入っているのが多かった。
 磯くさく、そして塩加減は離乳食もかくや…というぐらい薄い味噌汁。おいしいわけがない。

 日本の牛丼屋さんのサービス味噌汁はちゃんとだし入り味噌の味がする。だしを別に取れ、とかぜいたくは言わない。これは店で食べずにお持ち帰りする人にはついていない味噌汁なのだ。(値段は持ち帰りでも違いはない)とても平均的な味の味噌汁だけれど、これをアメリカで飲んだら感動しただろうなあ…。

 甘辛いたれと、卵の黄身がからんだ牛肉は、私がアメリカで妄想していたものより、ずっとおいしい気がした。
 アメリカに長期滞在すると、回る寿司が3倍おいしく食べられる魔法がかかるというのは前から知っていたけれど、牛丼も2、3倍はおいしく食べられると思うなあ。
 もちろん、牛丼が3000円もするのなら、全然すごくない。そういう値段のものはおいしくて当たり前と思うからね。でもこれがミニサイズの牛丼とはいえ、卵とお新香と、味噌汁もつけて410円というのが、本当にすごいなあ、と思う。

 あんなに鮮明に頭に牛丼を描いてあこがれたことがあったせいか、私は牛丼が昔よりずっと、好きになったと思う。

今の今まで気づいてなかった

ネットで、自虐広告というものがあることを知った。
 文字通り、自社製品で自虐ギャグを出してウケたらツイッターで拡散して広告になるというので、「誰がうまいこと言えと!」と突っ込みたくなるようなのを書くのがその会社の公式ツイッターを担当している人の腕の見せ所らしい。

 ちなみに、左の画像は接着剤の一般名詞としても通るんじゃないかと言うぐらい有名な「ボンド」の会社、「コニシ」の代表的商品である見られない場合は画像のリンク切れです【木工用ボンド】。確かに、見たことあるよね。

 ついたコピーが、「ボンド木工用だけ、有名で困ってます」。あー。確かにねえ。
 ここの商品で、もう一つとなると、すぐには思い浮かばない…かな?でもアロンアルファは確かここのだったような…(調べてみたらその通りだった)。
 これはつまり、他の商品も十分需要があるからこその余裕も含めての、いい自虐ギャグなのであろう。座布団一枚。

そこからのつながりで出てきたのが右側の画像のこれ。
 ちなみにコピーは、こう。
 「セメダインでつくものは、たいていボンドでもつく」
 ええっと…そうだよねえ、確かに一般名詞のような扱いのボンドよりは製品名寄りだが、少なくとも私の世代ではセメダインも、糊ではない接着剤」ぐらいのノリで使われていたと思う。

 …っていうか、私、今の今まで見られない場合は画像のリンク切れです【セメダイン木工用】と、コニシ木工用ボンド、区別ついてなかったかも?
 両方黄色いビンに赤いフタだし…。
 てっきり、この逆さに立てておくビンは、コニシ木工ボンドの別バージョンだと思ってたよ…時々そういう商品あるよね?ケチャップとかでさかさまに立てる瓶とそうでないのがあったりとか。
 えー、ごめんセメダインさん。本気でわかってなかった。

 えーっと、じゃあ、あの白いビンに赤いキャップの速乾版は、どっちの?
 家にあるのを見たら、白いボトルの速乾用はコニシボンドので、ひっくり返して立てておく黄色い木工用はセメダインのだった。
 なるほど、ビンの形で見分けるのだな…。

 パッと手に取って、同じ成分だから区別なく買えるから不自由がなくていいよね。この見かけで全然違う接着剤だったら、どっちのお客様センターにもうっかり苦情が届いてしまいそうだ。
 だからこそ、同じようなパッケージにする意味があるんだろうけど…いや、ほんと、知らなかったなあ。


ちょっとうれしい節約

そろそろ暖かくなったので、服を入れ替えようかな…と思ったら、息子の服がかなりサイズアウトになっていた。
息子の服は入れ替えの時期がよくわかる。つまり、パンツはクロップドパンツとしか言いようのない長さになり、トップスもなんとなくぎりぎり感が出る。

 そんなわけでユニクロへ行って、息子のパンツを1サイズ上げて買う。標準体型なので、長さの方だけ気を付けておけばいいのだから簡単だ。

 ユニクロの店の中をふらふらと一周して、何かいいものがないかな…と見て歩いた。
季節の変わり目だからだろう、いろいろなものが安売りになっている。

 男性用のコーナーのワゴンに、チノパンがおいてあった。夫が仕事に履いていくのにしょっちゅう使っているタイプ。
 彼は服を買うのが大嫌いなので、ズボンはすその折り目が擦り切れてちぎれるまで履く。それでもなかなか買いに行ってくれないぐらい。彼をユニクロまで連れてくるのはとても大変だし、買いに来ても機嫌が悪いし、そうかといって通販で買ったりすると、色とか形とか細かいところが気に入らなかったりして、3900円も出そうものなら、気に入らないことをした上に高いお金を使ったと、ぶつぶつ文句を言われるのがオチだ。

 私の服にはもっと使っても文句を言わないのにねえ…。
 今までの経験から行くと、文句が出ないとはっきりわかるのは2980円ぐらいまで。
 それを越えると、「俺の服にそんな金額かけなくても、もったいない」と言われる。

 それでも仕事に履いていくズボンというのは必要なので、文句は聞かないふりをして買うしかない。
 
 今日は、そのチノパンが、1290円だった。
 多分、値下げ処分品だ。

 こういう値段なら、まず文句は出ない。多分、「おお、節約したねえ」とほめられるぐらいの値段だ。多分長いパンツということでいえば、最低ラインのお値段であろう。もう一枚なかったのが悔やまれる。

 問題は、長さをあわせるのが無理だということ。この場に彼がいない。
 
しょうがないな…。これを置いて帰って、彼をなんとかこの店まで連れてきたときには売り切れているかもしれないので、その場で購入した。

 家に帰って、手持ちのパンツと合わせて大体の長さで切って、下をまつっておいた。これでいいだろう。
 なあに、人のパンツの裾の縫い目なんて、みんなじろじろ見てないって。

 帰ってきた夫は、やっぱり1290円という値段に、「それは安いねえ」と喜んでくれた。

 今思ったんだけど、これがうまくいったってことはユニクロでウエストサイズを今日と同じにして買ってきて、家で手持ちのパンツに合わせてこうやったら、私一人でどうにかなるってことよね。今度からそうしよう。
黙って入れ替えておけば、多分、彼は気づかない。

スーツはやっぱり黒なのか

 大学の入学式のスーツが黒いのばっかりになっているという記事を朝日新聞で読んだ。

 こういう横並びになると大体「思考停止」だとか、「出る杭は打たれる、同調圧力の強さ」だとか、そういう感じの意見が多くなる。
 まあね…。

 ただ、いくら全員黒のスーツは「やりすぎ」と思う人があるにしても、ある程度スーツか、それに準ずる格好であることは求められる…というところまでは大体の人が同意できるだろう。革のジャンパーだの、Tシャツにジーンズだので式典に出る人は非常識ということになる。
 黒のスーツから、Tシャツまでの間のどこかに、「ありそうで、よさそう」な範囲がありそうなんだけど。

 ちなみに、私が行ったアメリカの大学では、入学式はなかったのではないかと思う。みんな、どの学期に入ってくるかはバラバラで、単位も自分にどれが必要かは自分で確認して取るのでその学期に何単位とるか、というのももちろんバラバラ。卒業までにかかる期間も早い人は3年とかで終わってしまうし、のんきにやれば5年かかったなんていうのも当たり前。授業に落第はあっても、留年はなく、次の機会に同じ授業を取って受かればいいだけなので、1年丸ごとやり直しですね、なんていうのはなし。1科目足りなくって、1年卒業を待たなくてはならないのではなくて、1科目なら2単位とか4単位で1学期で終わらせることが出来るから、次の学期末には卒業申請がとおって卒業出来る。

 入学式はなくても、卒業式はアメリカにもある。卒業式はガウンと四角い学帽をかぶるので、下に何を着ていようと格好はお揃いだ。故にアメリカの大学の卒業式には、「何を着ていこう?」という問題はない。
 多分同じ時期に入社する人を集めた入社式も、ないんじゃないなかあ…。

 私は大学生になる時、こういうときのためにとスーツを買ってもらった覚えがある。ベージュのフレアスカートのスーツだった。
 百貨店の、大変無難なタイプのものだった。それを着た私を見た伝統にうるさいタイプの祖母は、「どこへ着ていっても大丈夫なスーツだ、着映えがする」とほめてくれたものだ。

 私は入学式にそのスーツを着て参加して、そして就職活動にもそれを着て行った。
 そうしたら、8割ぐらいの人が紺色のスーツを着ていた。まあ、ベージュや、黒の人もいたが、目立つぐらいに少なかった。
 あっちゃあ…と思ったがしょうがない、当時の金銭感覚と状況では、その日のうちに紺のスカートやブレザー、それもサマーウールだの、スリーシーズンだのの「ちゃんとした」スーツを買うのは無理だった。

 説明会という名目だったのを信じた私だったが、要は全員集めて話をした後、グループに分かれて面接があったりして、当時はネットで何をやるかがわかる時代ではなく、それこそ20センチ角もない学校の窓口で見られるファイルの中の紙に他の会社とまとめてかかれた情報程度しかわからない状態で飛び込むぐらい。短大だったので求人が少なかったから、なおのこと。

 その面接で「なぜスーツはその色なのか」と圧迫面接される始末。紺じゃないといけないとは知らなかったからです…と言っていいものか、と口ごもった覚えがある。確かに情報を集める力が弱かったというのはあるだろうが、面接試験でもない説明会から、それ?と突っ込みたかった。
 
 中学校や、高校と大差ないような気分で過ごしていた短大生活で、いきなり社会人としての対応を求められて大変にあせった経験だった。
 アルバイトして大急ぎでタイトスカートとブレザーのスーツを買った。就職活動に使うスーツがほしいです、と百貨店で頼んだら出てきたわけだ。老舗の百貨店だったし、これでいいだろう…と着て行って、確かに面接試験は何十回もやったが、スーツについて言及されたことは一度もなかったから、服装的には「ひっかからない」ものだったのだろう。

 今だったら、「ベージュが好きで、似合うので明るい気分で就職活動が出来そうだと思ったからです」とかなんとかごまかして、会社の出方をうかがったらどうなったんだろう、とか、「これは保護者が買ってくれたもので、紺色のものを買うお金はなく、こういう席に着てこられる服がこれしかなかったからです」とか言ってみたらどうなったんだろうとか、そういうことも考えるが、19歳の私にはそんなことは無理だった。

 たかが服の色で、不利になるかもしれないのなら、紺のスーツを買うほうがいいし、これから何十年も働くかもしれない会社を決めるときに、数万円惜しむのはいい考えではないだろうということはいくら社会人経験がなくても見当がついた。まあ今は終身雇用がないので何十年はないにしても、たかが服装、外見だけでトラブルが減るのならそうしておくのが結局楽だよね。

 …という経験をした私から言わせてもらうと、大学入学したばっかりの子たちのスーツが無難大前提の黒になるのはしょうがないことだと思う。ただでさえ勉強しながらアルバイトして学費を払っていたり、遊びに行くお金だって捻出しなくてはいけない生活なのだ。親が入学時にスーツを買ってあげようと言ってくれるのなら、それはもう、就職活動に使えるようにして、自分で買う分を減らそうと考えるのは当然だろう。

 3、4年あればもう一枚ぐらい買うかもしれないが、黒なら絶対就職のとき使える。そう思ったら、「もしかして何かあって自分では買えないかもしれない」と思ったら、安全策で1枚は「ありがとう」と親にもらっておくと思う。
 昔のように、「お金に余裕がある人だけが大学に行って、残りは高校で終了」という時代ではない。「なるべくなら、学費ローンを使っても大学に行くべき」という時代において、経済的な事情のことも考えたら、そうなるのが自然だろう。
 「入学式と卒業式だけに使う」スーツを買うよりも、「何度も使う就職活動にも使える」スーツがほしいよね、みんな。

 ただでさえ30年前と比べると服に使う金額は4割減っているという記事も読んだことがある。就職に使うまで、スーツなんていう種類の服を全く使わない大学生も多いことだろう。
 個性なんてね、服で表現しなくてもいいんだよ。お金は好きなことに使えばいい。ただ、社会的な規範にある程度は留意しています…ということのためにスーツを着るのだから、実用性を取り、合意的に判断したら黒になるだけなんだろうから、私は今の若者は画一的だとか、これからの時代が心配だとは言いたくないな、と思う。

 きっと、黒のスーツばっかりの若者の群れを見て、心配になる人は、服で個性を表現することを大事に思っているか、いろいろな色のスーツを流行に従って何着も家に置いておけるぐらい、お金に余裕がある人だと思う。
 金欠の学生なんて、20年、30年前の学生も、今の学生も全然違わないよ、ほんと。
 高校の時に就職しておけば制服で就職活動が出来たのにな、なんて頭に浮かぶ人は絶対いると思う。

お弁当を作る

息子を一人で電車に乗せるとか、お弁当を持って行かせるとか…と4月から生活が一変。
塾に行ってお勉強をする人は土曜日曜はお弁当2つだとか聞くと、まだ1つなだけいいのかもしれないが、お弁当なんて幼稚園の時ぶり。
遠足とか運動会を除けば、お弁当なんてずいぶんやっていないので、「お弁当力」は落ちている。

 そう…お弁当を作る力は、筋力、体力のように使わないと落ちる力なのだ。

 幼稚園の時の小さいお弁当箱では到底足りない上に、夕食分のお弁当ということになると、かなりサイズがいる。
 2段の弁当箱で、大きいほうにご飯を、大体半合ぐらい分は入れるとして、短い時間で食べられて、なおかつ満足感があるものを出してやりたい。おひるごはんの弁当とはちょっと違うというわけだ。

 かといって、私の料理技術がこの5年で格段に上がったという事実もないし、息子がお弁当がどっちが上かということを正確に判断して、お弁当をゆすらないように持ってくれる保証もないものだから、私が簡単に作れて汁気のないものという条件が付く。
 肉と野菜の炒め物(たいてい根菜)、青菜の胡麻和え、ちくわに何か詰めたの、ウインナー(息子が絶対入れろという)、卵焼き。なんのことはない幼稚園のお弁当のサイズアップ版だ。ちょっと、肉率が高いかな…というぐらい?

 玉ねぎをあまり入れないハンバーグを練って、焼いてから保存したのも作成して、保冷剤代わりに解凍せず入れるという乱雑なお弁当となったが、それなりに喜んでいるっぽい。
 デザートは果物をいれた常温でとけないゼリーをネジでしめるフタのついた容器で。
 常温で固まったままのゼリーは4gの粉寒天が小分けのスティックになったもので作成するのだが、袋の裏の表示通りに500mlぐらいの水分量で作るとガッチガチ。
いや、もちろんスプーンが刺さるのは刺さるんだけど、なんていうか口の中で崩れない。
 だんだん水を増やして実験したところ、「割とやわらかくて、いける」というのは4gの寒天に800mlぐらいからで、1000mlぐらいまでちゃんと固まる。ただ、4gの寒天に1リットルの水分にするとお皿の上で自立はしてくれないので、カップに入れて作成を推奨。
 ただし!1リットル出来てしまうが、どうも寒天ゼリーというのは3日位しかもたないらしい。

 1リットルって結構あるんだよねえ…というわけで、親も寒天ゼリー三昧になってしまうのがちょっと難点。

 上がれ弁当力!ちなみに息子が幼稚園の時に、練習した卵焼きの作り方はちゃんと今でも有効で、ちゃんと作れた。
 これも多分、自転車に乗るとか、25m泳ぐとか、そういうことと同じで一度覚えたらずっとできることなんだろうな。

 今度図書館でお弁当のおかずの本でも借りよう。

マンモグラフィーの体験談

乳がん検診とマンモグラフィー撮影に行った。

何年か前に「要精密検査」になってびっくりしてから毎年1回は撮りに行っている。
 幸いなことに、マンモグラフィーで取った写真には、小さい石灰化の粒がちらちらっとは見えるのだが、何年も変化なしなので、いうなれば「念のため毎年検査」ぐらいの気分で行っている。

 知り合いとか、友達とかから、マンモグラフィーを全然撮りに行っていなかった人が、ふと気が付いて行ったらもうかなり進行していて1年もたずに亡くなった…なんていう話を脅し半分に聞かされたというのもある。誰だってそういう「手遅れな話」とかは怖いものだ。

 わかっているんだけど…毎年、本当にこれが嫌な理由は「痛いから」。
 もちろん、痛い時間は全部足しても多分2分以下。ただし10秒よりは長い。

 胸をぎゅっと2枚の板の間に挟んでなるべく平たくして撮るのを、縦横1回ずつ両胸やるので4回。
 看護師さんは「そうなんですよー!痛いですよね、私もなるべく急ぎますから、がんばりましょう!」などとテンション高くお世話してくれるのだけれども。
こういう高いテンションで行くのも大変だろうなあ…とだらけたことを思いながら、ため息とともに服を脱ぐ。

 機械に合わせてハンドルを握り、ぐっと腕をあげた状態で、挟んであっちをむいて、こっちを向いて…お姉さんが引っ込んだら、写真が撮れる。お姉さんが引っ込むのはレントゲンと同じ、被爆のせいなので、ちょっとは待たないとダメなところがつらい。
 はさむと、痛くて冷や汗が出るんだよね…。アドレナリンが出ているのがよくわかる感じ。

 それほど胸のサイズがあるわけでもないんだけれども、これは誰に聞いても、大きいから痛いとか、痛くないとか…という問題ではなく、「どっちにしても痛い」ものみたいだ。

 でも…これで後からガンが発覚したら絶対撮っておいたらよかったーって思うだろうしなあ…。
触診とか超音波とかで見るのも同じ日にやるんだし(これは全然痛くないので平気)、乳がん検診をどうせやるなら、こっちだってやっちゃったほうが面倒がないしなあ…。でもでも、痛いんだよなあ…。来年はもう、やめちゃおうかしら、今年も変化なしだったし…。

 毎年これをやるたびに、嫌なことから逃げる自分が、楽なほうへ行きたくなる自分がよくわかって、痛みとは全く別のことなんだけれども、ちょっと落ち込む。
 毎年、もう次の時まで忘れよう…と思いながら、次の年の予約を入れる。
 
この乳腺外科のそばの和菓子屋さんで、出来たてだという最中を買って帰った。

ロマンスを読む

日頃ブラウズをしていると、出るのが、コミックスを有料で読ませるサイトの広告。
滅多なことではタダで1冊読めたり…はしないのだが、一話ぐらいは読ませてくれるし、実は嫌いじゃない。

 ふと見た広告のマンガは、今回は胸が砲弾みたいな女性が出てくる男性向け18禁ではなくて、女性向けロマンスっぽかったので、暇つぶしに見に行ってみた。

 あんまり美人でもない、ふくよか系の女性が医者と恋愛するロマンスのようだ。

 すると、「原作本はこちら」というリンクがあった。
 あ、これはロマンスの小説がマンガ版になったもののようだ。

 こういうパターンは結構ある。原作を考えてマンガにするのは時間がかかって難しいが、すでに売れている小説がある場合には、マンガに描いてもストーリーがちゃんとあるために、読み応えのあるコミックスになるのがいいところ。最近は活字離れも進んでいるようなのでマンガなら読んでもいい…という人のためにこういうことをするらしい。

 ただ、マンガだと小説1冊分進むのに何冊も何冊も必要で、コミックス1冊だと私の場合5分と持たず、お金がもったいないので小説が同じような値段で1冊読めるのなら断然小説のほうがいい。

 軽く読めそうな小説だな、と思ったら、これは翻訳物のようだ。
 作者の名前から行くと、多分英語圏で書かれていたとみたね。

こうなると、英語版で買うほうが安いんだよね…。日本語の場合、たとえば代表的なレーベルである「ハーレクインロマンス」はkindle版でも648円。ものによっては900円前後はするが、アメリカの場合は古いのなら1ドル99セントとか、2ドル99セントで買えるものが多い。つまり今の日本円のレートから行くと、200円ちょっとが最低ラインで、400円ぐらいがボリュームゾーン。
 毎週発売されて、あっという間に読めてしまうのが身上のライトなロマンスに5ドル以上出す人は少ない。
 スーパーマーケットに積まれている版型の小さいものは大体3ドルぐらいだった覚えがある。
傑作集という名前ではあっても、廉価版再発売バージョンの場合は2ドルだったり、99セントショップ(つまり日本の100均)で売られているものがあったりして、大体日本で買うよりも、紙が悪く小さく、すぐ焼けて、2回、3回読むとページがぴったり閉じなくなり、表紙はペラペラで角がすごく折れやすくて、読んでいるうちに外側に反ってくるのが一番安い本で1ドル99セント。表紙がもうちょっといいやつは3ドル99セント、紙がもっといいのは5ドル99セントぐらいだろうか。

 話は脱線したけれども、つまり英語のロマンスでよければ、日本語より断然安い(多分、翻訳をする費用と、権利を買う費用が必要だからだね)。
 カタカナの著者名からなんとなく綴りを推測して、アマゾンで探してみた。
 本の説明を見て、主人公の名前が同じものを探す。日本語の題名と英語のの原題はあまり関連していないことが多いのでこういう時困る。
 

私が見に行ったコミックサイトの見られない場合は画像のリンク切れです【雨上がりの告白】というコミックスの原作本は、【A Gem Of a Girl】という本で、kindle版は3ドルだった。


初版は1976年…?えー。古っ!

Harlequin Readers' Choiceと表紙の画像にあるということは、多分この本は人気があるとみた。人気がある物だけ抜いたシリーズが多分、ある。
 もしかして、何冊かセットにして、安く売っているのがないかなあと思って検索してみたら、
「The Best Neels collection」
「Betty Neels collector's edition」
「Best of Betty Neels」
「Betty Neels:The Ultimate Collection」
「Best of Betty Neels Large print」(大活字版)と、題名の後ろについたシリーズが出るわ出るわ…。
表紙に番号を振って、1冊残らず出したシリーズとかもあるみたい。(wikipediaによると134作品あるらしい)
人気があることの証明として、まとめて安売りの合本版はなかった。残念!

ロマンスは単語が割と簡単で、表現もこみいったものがなく、絵本よりはもちろん難しいので、実は英語の学習向きだ。
 「赤毛のアン」とかよりは断然文章がやさしい。

 ちなみにwikipediaによると、このロマンスは古いだけあって、割と健全レートで、中学生ぐらいでも大丈夫らしい。
 まあ…子供向けの絵本を抜けた中学生に勧めるかというと教育的な英語学習の点ではティーン向けの名作の方角へ誘導したいところだが、大人になってから学習するのなら、無味乾燥でわかりにくい古典の名作よりはこっちのほうがいいと思う。

 読み進めてみたが、なんていうか、王道なロマンスだった。みんな、富豪とかお医者さんとか、好きだよねえ。
 赤毛のアンのお相手のギルバート・ブライスも大人になったらお医者さんになるし。
 
1976年なだけあって、幸せは、すてきな人との結婚にあり!というロマンスだった。まあ、たまにはこういうのもいいよね。
 人気があると、古くても残るんだなあ。
 


 

ラジオ活用

ラジオの語学講座は、英語はともかくも、フランス語とか、スペイン語とかはテキストなしで聞いてもちょっと楽しい。
 ちょっとだけやってみて、だめならやめたっていいと思うと、気楽なものだ。

夫がテキスト買ってあげようか、というので、来月は買おうかな…とか割と楽しみにしている。

つけたラジオをそのままにしていると、お昼になって、ラジオ体操が始まった。
普段運動をあまりしていないけれど、ラジオ体操は短いものね、ちょっとだけやってもいいな、と思ってやってみた。

前にやったのはえーっと…多分大学の体育の授業?何年前だか!
とはいえ、日本の小学校、中学校、高校へ行ったし、夏休みのラジオ体操にも参加していたのでちゃんと覚えていた。

ラジオ体操って本気でやると結構大変だよね!と思ってふう、と深呼吸を終えたら、なんと第二体操が始まるではないか!

…この際だ、第二体操もやるか…。
滅多に体を動かさないので、第二体操までやったら結構疲れた。(これも覚えていた。小学生の夏休みの記憶ってすごい)

…もしかしてこれ、毎日やったらすごくない?
タダだし、絶対やらないよりいいよね。

 語学のラジオから、なんだか突然体育になってしまった。
 無料で出来ることなんだから、別にやってもいいよね、うん。

大体体を動かすことはめったに続かない。初期投資ゼロだし、ちょっといいアイディアだ。

40年前のなぞなぞ

 

「お互いよく似た黄色い顔2つ、1つは高い、1つは低い、なーんだ」というなぞなぞがある。
 答えは、「おひさまとひなぎく」。英語圏のなぞなぞで、おひさまは絵に描くときは黄色く書くのがお約束の国々のなぞなぞだ。
 そのひなぎくが、この写真。

 ひなぎく=daisyで、ドナルドダックのガールフレンドが確かこの名前だよね。
 私がこのなぞなぞを初めて知ったのは、岩波書店の
「ホビットの冒険」…と書こうと思ったけれども、学校の図書室にあった外国のなぞなぞをまとめた絵本にあったのを思い出した。

 これはまだ、本を読むのがおぼつかない一年生ぐらいの頃、クラスメイトのともこちゃんが持っている本でもあった。お父さんが、確か学校の先生だったともこちゃんは当時でもかなり本が読めて、「あの、みんながわかんないなぞなぞ、だして」とよくみんなにせがまれていた。

 日本の一年生向けのなぞなぞは、「パンはパンでも、食べられないパンはなあに」とか、「とりはとりでも、とべないとりは」とか、ダジャレ系が多くて、一度パターンを覚えてしまえば、なんとか答えをひねり出せるものが多かった。

 でも、ともこちゃんがこの本から出すなぞなぞはぜんっぜんわからなかった。
 たとえば、「白いお部屋の中に、金色の宝物がかくれています。お部屋には窓も、ドアも、かぎもありません」
これの答えは「卵」。

 一年生はみんな、「えー?部屋ぁ?あれが?卵の黄身が金色なの?」となる。
 でも、ともこちゃんにいわせれば、「だって本にそうかいてあるんだもん」であった。
 学校の図書室にもあると思う、というので、私はともこちゃんにその本を教えてもらって読んだ。

 どれもこれも、答えを見るまで全くわからず、外国のなぞなぞというのは、難しいものなのだなあ、と思ったのだった。最初に書いたなぞなぞもその本にのっていた。
 
この花を見たとき、ふと「お日様の下のひなぎくのことよ」というゴクリの台詞が頭に浮かんで、それと同時になぞなぞの本の思い出がよみがえった。何十年も思い出していないようなことだった。自分が一年生だったことがあるというのは確かなんだけど、でも、なんだか本当のことみたいな気がもうしない。遠い世界の出来事みたいな気がする。

 今からまた40年ぐらいたったら、今日のこともやっぱり夢みたいな気がするのかもしれない。

おいしくないゼリーの処理方法

 お弁当のオレンジゼリーが息子に不評だった。
 確かに食べてみると駄菓子っぽい味だ。

 ひと口だけならこれでいいけれども、小さいカップにしろ1杯分となると微妙か。

 ジュースを買わなくても作れる大袋入りのお湯で溶かすタイプで、寒天が主原料なので常温で溶けないのがいいところ。ゼリーの素で一番有名なのは多分、ハウス食品の「ゼリーエース」だと思うけれども、あれはゼラチンで固めているのか常温だと液体になってしまうらしいのでお弁当には不向き。

 この大袋入りの問題点は一度にどっさり出来てしまうところ。うちでデザート容器に使っているネジ蓋付きのプラカップで7個から8個分出来る。
 この不評デザートが冷蔵庫にあと6個残っているというわけだ。

 捨てるのももったいないしなー。半分ぐらいは私と夫が食べちゃうにしてもあと1回、2回は弁当に持って行かせたい。

 しょうがないので味を改善できるか実験することにした。一度全部鍋に入れ直してあたためて溶かす。
 ちょっと固めだったので水を1割ぐらい増やして、砂糖を足す。

 味見をしたら、薄い。そりゃそうだ。水を足したからね。家にあったオレンジを絞って入れてみた。
 これは自転車で行く一番安い八百屋さんで8個320円で売っていた激安のオレンジで、とても小さかった。

 すると、たった一つ、それもかなり小さいオレンジなのに、突然おいしくなった。何、この差。スプーンで果肉の絞りかすを削って取って投入。かきまぜてからつぎわけて、冷やしてみた。

 ちょっとやわらかく、口当たりがよくなったし、なおかつ味も大改善。息子に味見させたら、「これはいける!」と喜んでいた。
 なるほど…。お菓子や、ジュースに書いてある果汁10%なんて、ないも同然と思っていたけれども、確かに今回のゼリーに入れた量なんて、500mlに対して50mlあったかどうかすらあやしい。それでこの味の違いがでるんだから、すごいよね。

 香りといい味といい、ちょっとの果汁でも効果はすばらしかった。今度から市販のゼリーの素を使うときは足すのも考えよう。
 たいして時間がないなかで食べるお弁当。デザートぐらい、ついてもいいよね。
 
それとやっぱり、ジュースを使うほうがいいかもしれない。
 100パーセントぶどうジュースをいれて作ったときは文句は出なかった。

ドキッとする引きこもりの定義

 3月の半ばぐらいだっただろうか。引きこもりの人数が増えているという話が新聞に載っていた。
 学校に行かず、仕事もせず、家族以外と話をしていない、部屋から、または家から全然でない人たちを「引きこもり」というのだが、今回の統計ですごく増えたのは、この引きこもりの人数に、「家事手伝い」という名目で家にいて外にでない人も数えるようにしたり、家から出ない人のほかに、「コンビニ(ぐらい)なら、買い物にいく」という人とか、「自分の趣味関連だったら、外出出来る」という人まで、数えることにしたかららしい。

 私が趣味関連で家から出たのは、多分、2ヶ月ぐらい前の手芸好きの集まりだったはずだ。電車に乗って買い物に…もあまりいっていない。
 この2週間ぐらいは、確かに家族としか話していないと思うし、買い物以外家から出てない…かもしれない。

 もしかしてかなりこれ、今回の引きこもりの定義に近いのではないだろうか。まあ、さすがに家事「手伝い」ではなく、掃除洗濯料理を全部引き受けており、ほとんど毎日スーパーに買い物に行く人を引きこもりとは呼ばないとは思うが、それでも引きこもりの定義を読んだときにちょっとドキッとするぐらいには、外に出ていないよねえ、私。

 専業主婦に買い物以外の外に行く用事がないのは、割と当たり前だとは思うけど、脱ひきこもりをしたいとすれば、足りないのは何だろう。
 散歩か、誰かとお茶を飲むか、ランチぐらい…?いや、散歩はちょっと違うかも?足りないのは、誰かほかの人との交流だ。

 子供が幼稚園でお迎え必須だった頃は結構同じ幼稚園のお母さんたちの間でランチ会をやったけれども、最近は全然だ。

 お仕事をしている人も結構多い。フルタイムではなくても、休みが不定期な人が多いので、すぐ誘える人は限られてくる。

 専業主婦をしているママ友さんに連絡してみた。新学期もそろそろ落ち着いたし、どこかでお茶か、ランチしない?と。手芸をする人なので話は楽しいし、子供も同じ年齢でインドア男子、割と共感度が高くなりやすい人だ。

 彼女は「今日でもいい?」と、なんだか予定はあっという間に決定。
 さっそく喫茶店でお茶を飲んで、サンドイッチを食べながら話をした。彼女は、「最近全然外に出ていないのよ、これはやっぱり気分を変えて外出しないと、と思ったから、誘ってくれてよかったわ」とよろこんでくれた。
 うんうん。私もそうなんだよ、そう思って声かけたんだあ…。

 主婦は自分で使える金額が少ない。家計の状況も自分でわかっているし、自分一人しか楽しめない、家族にメリットがないことにお金を使うのにためらうところがあるからだ。この500円あったら、夕飯の材料が…。いやそれとも、果物だってバナナじゃないものを子供に出せるよね、いや、それとも小鉢にちょっとマグロの切り落としでも出してあげたら、パパ喜ぶよね、とかそういうことが脳裏によぎっちゃうので、ケーキとコーヒーで800円とか、ランチで1000円とかがなかなか、ぱっと使えない。

 もちろんうちの夫は「そのぐらい、もちろん出していいよ、行っておいで」と言ってくれるのだけれども…。
 久しぶりに外でお茶を飲み、いろいろな話をした。
 今日あったママ友も、専業主婦なだけあって、本当に共通点が多かった。冬の間に寒くて家に引っ込んでいたら、気が付いたらずいぶん家族以外の誰ともほとんど交流がないこと、彼女も新聞で読んだ引きこもりの定義を読んでドキッとしたことも。

 こっちから声をかけないと待ってるとこないものね、とお互い苦笑した。
 きっとこういう人は、静かで気が付きづらいけれども、いっぱいいるんだよね…。
 毎日家事して、一週間に1回か2回、車でまとめ買いの買い物をしていたら、買い物する日以外は「あれ?私今日家から出たっけ」となるし、銀行、役所関連、学校関連の用事はともかくも、自分が「趣味で行くところ」なんてある?ないよねえ…?とふたりでうなずきあう。
 主婦というのは家の中だけで仕事がほとんど完結するため、大勢でやらないといけないような、例えばバレーボールとか、サッカーとか、オーケストラとかコーラスとか…みたいな趣味がなければ家で一人で過ごすことになりやすいんだよね。
 いうなれば、「在宅勤務」なわけだからさ。

 「ひきこもり」の定義には、多分在宅で仕事をして生計を立てていて、家からそういえばほとんど出ないや…という人は多分含まれていないと思うんだけどね。どうなんだろう。

おいしいオレンジゼリーの作り方

常温で固まったままのゼリーが作れるゼリーの素は、近所のスーパーにはない。成城石井とか、イカリスーパーでは見るけれど、うちからは結構遠いので、この前に作ったゼリーは通りかかったとき買っておいた保存版だった。(そろそろ使わないと賞味期限がギリギリだった)。ゼラチンと寒天は近所のスーパーにあるけど、寒天の食感がいまいちだというので、近所では買えない新しい材料を買うことにした。
 常温で固まったままで、なおかつちょっとやわらかめのプルプルに出来るだろう材料は、「アガー」というらしい。
 ちなみに、代表的なメーカーは、粉寒天で有名な見られない場合は画像のリンク切れです【伊那食品】

 息子に、「何のゼリーがいい?」と聞いて、リクエストのオレンジジュースで作ることに決定。
 近所のスーパーの一番安い100%ジュース1リットル108円。濃縮果汁還元のもので、いつでもあるタイプ。
 
 砂糖60グラムとアガー粉末小さじ2杯を乾いた容器で混ぜる。
 水250グラムに、砂糖+アガーをさらさらと入れながらよくまぜる(ダマにならないように少しずつ入れる)。
 
 水(砂糖+アガー入り)を沸騰させる。
沸騰したら火を止める。
 オレンジジュース500mlを温めて(沸騰しなくてOK、40℃ぐらい)鍋に投入、混ぜる。

箱に入っているレシピには、水300ml、ジュース400mlと書いてあったが、果汁は多いほうがおいしいかな!というわけでこうなった。
 ここまでで味見をしたら、なんだかこう…「濃縮果汁還元」という感じの味で、なんていうんだろう…。6個298円系の味。
悪くはない、ないが…給食のも大体こんな味だけども…。
 
 こないだゼリーの素にオレンジ果汁をいれて味を改善したのを思い出して、ミニサイズのオレンジを切って絞って果汁投入してみた。50ml前後。搾ったパルプ部分もスプーンで削っていれる。
 
 冷やしてから味見したら、おおっと、これは!という感じにおいしかった。これはあれだ、細いプラスチックカップに入ってケーキ屋さんにあってもいいような味だった。
 …というか、ケーキ屋さんにあるやつは、こうやって作っているのでは…と思ったぐらい。
 それがちょっと言いすぎだとしたら、あとは、贈答品で箱に20個ぐらいならんで入っていて、プラカップにアルミ蒸着のフタがくっついていて常温保存でおいておけるゼリー。ああいう味を思わせる。ちょっと高くて普段は家では買わなくてお中元でくるタイプの味。
 
 微妙にやわらかめで、カップのネジ蓋はぎゅっと閉めよう…と思うような感じだが、味は家で作るものとしては最強レベル。
 アガーはこれがあと49回、作れるぐらいある。
 108円のジュースで2回作れるし、オレンジは8個300円のものだということを思えばええと、150円以下で6個から7個。
 やっぱり手作りが断然安いな…。

 お弁当にもたせた後、夕飯後に夫に出したら、「おお、これはお店のみたいだね」と喜ばれた。
 帰ってきた息子は「これならいくらでもいける!」と大絶賛。

 前においしくないといっていたゼリーの素のゼリーを「一袋で1リットルぐらい出来ちゃうんだから、割り当て分は食べてね」といったら、「1個でいいよー」とイヤそうな顔をしていたのに、その手のひら返しが笑える。
 でも、実は私も思った。これなら残ったら私がおやつに!って。

 ケーキより、クッキーより、プリンよりもゼリーが大好きな息子のおかげで、ゼリーだけは作るのがうまくなったような気がする。


衣替え(今更)

今日はゴールデンウィークの一日目。
…これを書いている時はその前日なんだけれども、こんな時にやっと、衣替えに成功した。
毎年なら、大体こう…春分の日ぐらいに、それっぽくやってしまっていることが多いのだが、今年は4月になってからもずいぶん寒い日が多かったので、気が付いたらこんなところまで引きずった。

 必要なものをちょこちょこ引っ張り出して古いのがそのままになっている感じだったので、夫と子供は不自由を感じていないだろうが、ここでちゃんと去年の物を引っ張り出して始末しておかないと取り出しにくいぐらい引き出しがいっぱいになる。

 多分、いいだろう…というぐらいに出来た。子供の要らない服をまとめて紐で結ぶ。2サイズ前のものが出たのはご愛敬だ。
去年は大きかったTシャツも、今年は「今のサイズ」となり、かといって着古しすぎたものは捨てる。大体目についた一番上のものを着がちなので、おさがりなどもあって数がある割には見た感じバリエーションがないのが難だ。
 
 でも、きれいに並べておいたところで「選んで着る」をやらないのは、単におしゃれじゃないからであろう。しょうがないな。
用意していないわけではないが、着ないのならどうしようもない。こうしてうちは夫の分も、息子の分も服が少ないんだよね。まあ、それをいうなら私のだって多くはないけど。

 布団も夏用にガーゼケットを出して、布団はそろそろ片付けないと。

ちょっと落ち着いてから思うのだけれど、今年、春物の出番ほとんどなくなかった?
冬物からいきなり、初夏か、夏物まで飛んでしまった感じがする。特に息子の。

2週間前まで朝出ていくときに薄手の中綿のジャケットを着ていたのに、先週から半袖だもんねえ。

夫の春秋もののジャケットも、まーーったく出番がなかった。
ネットで半袖の夏用Tシャツをゲット。私と夫の1枚ずつ。息子の4枚+ポロシャツ1枚。
そうだ…私の七分袖もあんまり出番がなかった。

 暑くなったなあ。毎朝飲んでいた熱いお茶も、そろそろ室温でもいいかもしれない。

カバンの中身

 便利そうなものは、なるべく持ち歩きたい。もしかしたらいるかもしれない、そういうものはカバンに常備しておいて、「ほーらやっぱりあってよかったでしょうー」と言いたい。

 持ち物を見直すことになったのは、3月、花粉症の時期に息子の歯医者について行ったときにおきた事件のせいだ。

 私は、かばんの小さめのポケットにハンカチを一枚「予備」にいれていた。ジャケットのポケットにはもちろん、もう1枚入っていた。
息子が治療中で私は待合室で待機中、歯医者のドアが開いて、なぜか夫が入ってきた。

 「ハンカチ、持ってない?」
そりゃ持ってるけど?
 夫は家を出て、駅の方へ歩き出してからポケットにハンカチがないことに気が付いて、取りに帰ろうか迷って、「あ、そうだ、駅までの間にあの歯医者があった、きっと息子とまこはまだいるだろうし、まこのカバンには予備のハンカチがあるはず!」と思ってそのまま歩いて立ち寄ったのだそう。

 夫は私の、水色のミニタオルを持って出かけて行ったが、うーん。これは「いつも予備が入っている」のが役にたったということなんだろう。やっぱりいろいろ入れておくと違うよね。

 そんな事件が起きてからこっち、私はバッグインバッグを整え直し、かばんを取り換えるたびにバッグインバッグを入れ替えてきた。だけれども、1カ月以上経っても別に前のような事件が起こるわけでもなかった。私にハンカチを出してほしいと彼が言うのだって何年に一回のことなのだ。
 これ…入れておいた方が本当にいいのかなあ。

カバンの中に何をいれておくか。何度かブログにも書いた気がするけれども、結局「あったらよかったのにね」というものが出るのはそれこそ年に1回レベル。

必ず入れておくものは…というと、それほどない。
1:財布
2:スマホ(1000円札が一枚、スマホカバーにはさんである)
3:充電バッテリー(ケーブル付き)
4:ハンカチ
5:エコバッグ

近所で買い物をするだけならここまででOKだ。

6:ポケモンGO+
7:kindle
8:ヘッドフォン
9:ミント
まあ、これで困ることはまあ、ない。待ち時間にも対応。お散歩、病院、お茶を飲みに行くときは大体このあたりまで。

10:雨の時カバンをカバーするビニール袋
11:バンドエイドとティッシュ
12:ストロー
13:筆記用具とメモ帳
14:傘
15:ミニサイズのカッターナイフ
16:ミニサイズの音楽プレイヤー
17:カイロ、マスクなど季節アイテム

…とここまでくると「全部入り」ということになっている。

 最近はティッシュはなくても出先のトイレでトイレットペーパーがないです…ということはないし、正直ハンカチがあれば大抵のことはねえ…。本当に寒い時はカイロは朝から貼りっぱなしで忘れることはないし、マスクも玄関のドアに箱が貼ってあるぐらいだ、玄関で装着。雨が降っていてカバンのカバーがあったらよかったなあ、ってなったのは数年に1回といえばそうだし、バンドエイドは確かに、靴擦れしたのは数年前だし、息子は滅多に転ばなくなった。これも癖だな。

 音楽プレイヤーはラジオもきけるすぐれものだが、電池のことを考えなければ確かにスマホでも聞ける。
 大体、電池を気にしなくてはいけないような長時間の外出をするか、と言われると…。

 一応9番まではカバンのポケットに入っていて、10番からあとはバッグインバッグに入って用意してあって、おいてあるんだけど確かに筆記用具なんか、書類を書かなきゃいけない、たとえば役所とか病院では貸してくれるしなあ…。学校の役員でもやらない限り、かなりいらないものではある。メモを書くアプリもスマホにあるし。
 やっぱりあんまり色々持って歩くのは労力の無駄だろうか。

 カバンなんか、四六時中同じをの持ち歩けばいいようなものだけれども、買い物する時はリュックがいいし…お茶とか散歩なら、大きいカバンはいらないし。
 20代だったときから、おばちゃんたちが、リュックサックと小さいポーチを別に持ち歩くのを見てきた。
 やっぱりこれは普段から持ち歩く常備用と、荷物入れを別に持っているということなんだろう。そうしたい気持ちが今、おばさんになってわかるようになったってことだと思う。

 二つに分かれるカバンってないのかな、親子カバン。荷物が少ない時は子のほうだけ、多いときは親子が合体して背負えるようになっているの。
 「親子カバン」で検索をかけたら、小さいカバンと大きいカバンで人間が親子2人で使うものが出たが、そうではなくてー。
 正しい検索語がわかったら、出そうではあるんだけど…。タブにファスナーでもつけておいて、ポーチ側につけておいて装着するとか。
 やっぱりつくらなきゃダメかな。
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…
 昨日、あったかくなったな、なんて記事を書いたら、今日はめちゃくちゃ寒かった。
 北海道に住んでいた時はゴールデンウィークってこんな感じだった気がするけど、本州でこれ?薄手の春物とはいえ、コートを着て出かけるぐらいに、朝が寒かった。昼はあったかかったけど、最低温度が5度以下ってどうなの。
 体調が何だかよくないけど、まあ、この寒暖差ではなあ…。
 寒い日だったし、ご飯を作るのがなんだかおっくうだったので鍋にした。

大きいお弁当包みを作る

幼稚園は毎日弁当だった。
おべんとうは「おべんとうぶくろ」というのがあって、それに入れて紐をひっぱってしめるようになっていた。

小学校にあがって、ちょっとお弁当箱が大きくなった。3、4年生になったときには500mlぐらいのお弁当箱になっていたのと、幼稚園の時のお弁当袋の柄がなんとなくそぐわなくなってきたので、バンダナでお弁当を包んで出していた。
50センチ角ぐらいの100円バンダナで、まあなんていうか、「どこにでもあるような」バンダナだった。

そして現在、息子のお弁当は750mlぐらいになって、かばんに入りやすい細長い2段のものを使うようになった。これ、幅が広いよ…。お弁当袋はついていたのだけれど、これが扱いにくい。洗濯しちゃっていいのかよくわからないような素材で、汁がちょっともれたときに、それを吸収する能力もないので、使いづらい。バンダナをナプキン代わりに使ったりするようで、やっぱり前みたいに包んだほうがいいという結論が出てしまった。
 
 それなら前のバンダナを出してきて包んで結べばいいよね…と思ったら、弁当箱が大きすぎて結ぶのがぎっりぎり。
 ネットで検索してみたが、意外と55センチ角とか60センチ角のものは少ない。大きくても52センチ角とか。
 うーん。

 こういう時にはもう、100均に行くに限る。確か100均には「はぎれ」があったはず。
 セリアまで行って、手芸コーナーを見るとあった。

あったけど…30センチx35センチのものが多い。なんでこんなに小さいの!2枚あったらなんとか枕カバーとか作れたあれは?
 50センチx55センチの!これこれ。少ないけどあった。柄が無難そうなものを選んで帰宅。

弁当箱は細長いのだから、長いほうがしっかり結べればいいから、別に正方形である必要はない。長方形でいいんだものね。
これは110センチの布幅のものを真っ二つに切ってから、長さを50センチにカットしてあるらしく、片側が布の耳になっているので、そこは縫わずに、アイロンで残りの3方向を「コ」の字に三つ折りしてミシンで周りをだーーっ。

 100円x2枚ならまあ、出していいよね。格安の布を50センチ買うのと大差ないといえばないか…。近所で一番安いコットンを売っているお店の、無難な柄は1m550円見当だから、それを50センチ275円で買って2枚。
 この近所の手芸屋さんはパッチワーク教室などもやっていて、お客さんはキルトを手縫いする人たちが多いので、地味っぽい小花柄が人気らしく、そういう柄はいっぱいあるんだけど…あとは水玉か。男子弁当にはちょっとだめだろうな。いやがりそう。

 100均にチェック柄があってよかった。
 卵焼き、ソーセージ、ハンバーグ、切干大根の煮物(こういうのをいれるから汁が出るんだけど)、ミニサイズのチキンソテーにマヨネーズ、エンドウ豆とニンジンのサラダ、プチトマト…入れても入れても埋まらないってば。
 冷凍食品はあんまり入れないように頑張ってるんだけど、唐揚げだけは別。ぐいぐい唐揚げを残りの隙間に詰めて。

 毎日眠そうに帰ってくるが、お弁当はいつもからっぽになっているので、喜ばれているのだと思っておこう。
 

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