並んで買う高い食パン
開店準備の時から、「生・食パン」などという看板が出ていて、私は、「えー。家でわざわざ焼くの?どうせならもう焼いてあるやつのほうがいいなあ…」なんて思って通り過ぎていた。
生ぎょうざとかと同じカテゴリだと思っていたってことだ。
でも、後からわかった。「生」というのは、「やわらかい」というのと同義語のほうで、いうなれば「生チョコレート」と同じ分類ってこと。そりゃそうだよね…練り粉状態のものをボウルにいれてもらうとか、パッケージになっているのを持って帰ってオーブンで焼くとか、みんな絶対やらないよね、面倒すぎる。
そんなわけで、開店した食パン専門店はものすごい行列だった。
商店街をはみ出して、ぐるっと回って…列の後ろに「最後尾」なんていうプラカードを持った人が立っているぐらいの行列で、ディズ〇ーランドのアトラクションじゃないんだから…。
パンだよ、それもただの食パン。そりゃおいしいパンかもしれないけど、開店前から並んで2時間とかかかって買うほどのパン…なのか?
アメリカの食パンは、はっきりいうとまずかった。パン工場で焼いて、スライスしてから袋に詰めずに3日ぐらい放置してからあらためて包装しなおしたのでは…というようなパッサパサのパン。
いっそラスク?というぐらいカリッカリに焼いてから食べるのがマシではあったが、正直1ポンド99セントでも、値段が4倍の3ドル99セントでも、どっちにしてもおいしくなかった。
あのアメリカの食パンに比べれば、日本のスーパーの100円の安売り食パンでもかなりおいしい気がする。軽くトーストすると、「ふんわり、さっくり」だ。
この「生食パン」とやら、値段は一斤432円。まあ…出せない値段じゃないけど…でも、真冬の商店街に並んで買うのもなあ…と思って冬が過ぎた。
春が来ても、この食パン屋さんは、私が買い物に行く頃には閉まっていることもあった。大体販売数が決まっていて、その日に売る分が終わってしまうと店じまいになるのだ。開店直後に、並んでいるお客さんによって、すべて買われてしまうのだろう。
最後尾の看板の人は、いつしか見かけなくなったが、それでも相当の列なことは確かで、みんな…時間あるんだなあ…それと、お金もあるんだなあ…と感心しながら通り過ぎた、夏。
秋も深まった今、時々午後まで開いているのを見かけるようになった。
多分、こういうパンが食べたい人が飽きるまで買って一周回ったのだろう。
それでもまだ、開店時には何人か並んでいる。
今、私は「本仕込」食パンを一生懸命食べて、ミッフィーちゃんのシールをためている最中(あと1枚)だからねえ…。
それとアメリカのパンのことを考えたら、正直なところこれで十分だし…。
432円の食パンを食べなれて、安いのを食べるのが嫌になったら、家計が大変だ。
夫に、どう思う?と聞いたら、「もらったら食べるけど、並んでまで買うほどとは思わない」と言っていた。
ちなみに、夫の実家のそばにも支店があって、姪がアルバイトをしていて、もらってきたことがあるそうで、夫は何度か帰省中に食べたことがあるといっていた。
ほかのパン屋の高めの食パンと区別はあんまりつかないようなパンで(158円のスーパーのパンとは区別出来るらしい)、それなら、他のベーカリーのパンでいいんだって。
彼は確かに、他のベーカリーの食パンを買ってくることがある。240円ぐらいのとか、300円ぐらいのとか。
うーん…と思っていたら、夫に指摘された。
「もともと、パンよりごはん派だよね?」
うん。朝ごはんは、パンより米がいいほうだ。
なら、いいんじゃないの、買わなくても。
私がこの、生食パンを食べるまでには時間がかかりそうだ。
男ってやつぁ…
面白い話が書いてあったので、その話題を書こうと思う。
お友達の家の上のお子さんは、もう高校生。それも、県下では一番の私学に通っているという話で、すごいな、と思っていた。
そういう学校では、生徒全員に英検を受けさせるらしい。それも、3級とか2級とかじゃない。準1級とか、1級とか。
もちろん落ちる子もたくさんいるのだが(主にネックはスピーキングの2次試験らしい)、毎回必ず受けなくてはならないのだとか。
そしてもちろんその息子君も英検を受ける(今回は準1級)ことになったわけで、「振り込んでおいて」といわれてコンビニでお金は振り込んだから、もちろん私の友達は、受けることは知っていた。
受験票が届いてびっくり、なんと受験地が「東京」になっていたのだそう。
ちなみにその友人の家から東京までは新幹線でないとたどり着かない。片道1万ごえ、往復四捨五入すると3万円。
てっきり、コード番号の書き間違いか、と思ったら、そうではなくて、息子君は、なんと、(話に聞く、行ったことがない)「秋葉原に遊びに行きたかった」のだそうで、試験なら、お金を出してくれるのではないか…と思ってそうしたらしい。
なんと、クラスの仲良しグループ5人全員、受験地に東京を選んで、一緒に行こうとしていたのだって。
友人は、何を考えてるのか、ありえない!と怒りまくったそうだ。…そりゃまあね…怒鳴り倒した後、お友達のお母さんと連絡をつけ、「今回は試験はとばしましょう」ということで一応合意をみて、母親たちは全員、息子たちにがっつり説教食らわしました…という顛末に終わった…のなら、私だって想像がついた。
そのあとがまた、ふるっていて、その話を帰ってきたご主人にしたら、「俺が、出してやろうか」などとおっしゃったそうで、なんと!仲良しグループたち5人のうち、3人は「各自のお父さんの出資」により、秋葉原へ遊びに行けることになったのだって。
えーーーーー。ありえない。うちなら絶対やらない…と思ったけど、(あまりのことに手紙を読んだ私は彼女に直接電話でインタビューしたのだ。面白すぎる)ご主人は、ためておいたへそくりで、お子さんと東京へ行ったのだって!すごすぎる。
家計にかかわっていないなら、文句は言えないということで、「今度から絶対やるな、遊びに行きたいなら正々堂々、交渉しろ」という条件で、OK出したそうだ。
「私の立場って、なんなのよ、ねえ?」とご主人にもちょっと腹が立ったようだが、気持ちはわかる。
うちの息子はまだ小学生だが、ちょっと考えてみると、なんか、うちの子もやるかもしれないな…という気がしてきたので、そういうと、「そうでしょう?男の子のお母さんは、みんな、「ばっかじゃないの」と笑った後、大抵、「うちもやるかも…」と考え込むのよ」ということだった。女の子しかいないお母さんには、軽蔑のまなざしで見られたらしい。
女の子にはありえない思考回路だと思う。でも、10年以上男児を見てくると、これは男の子、それもグループで調子に乗った男の子だと、ない、とは言い切れない。
多分だけど、このお子さんたちは、とても勉強の出来る…つまり県下でも一番の進学校の子だってことだからね、きっとそういう勉強がお得意なお子さんたちなんだろうけども、その場の雰囲気とノリで盛り上がって、そうなったんだろうなあ。
夕飯の時の話題にしたら、息子は、「えー?俺はやらないよ、そんなこと」と言っていた。
うんうん、将来同じようなことが起きたとき、思い出してね。
夫は、「もし、やったのがうちの息子なら、お金、出した?」と聞いたら、「まあねえ…そういう冒険もさせてやりたいと思ったかもしれないなあ」と言っていた。
(えーー?それはつまり、出したかもしれないな、ってこと?予想外だ)
男と女って、こうかみ合わないことがあるという話は昔っからあった。男は火星人、女は金星人みたいな題名の本、あったものね。
なんだかそういう本が書きたくなる気持ちがわかる気がする。
WiiFitメーター洗濯
日頃から、運動が大嫌いな私がなんとかちょっとずつは使っているWiiFit。
ゲームをしている時の活動量というのは、ゲーム側が管理するのだけれども、そのほかの時の運動量を記録しておいてくれるのが、これ、WiiFitメーター。(画像は任天堂さんからおかりしました)
これは、一般名称としては「活動量計」というらしく、体重計で有名なタニタも出しているし、腕時計の形をしたスマートウォッチとか、スマホのアプリとかもいっぱいある。万歩計と似ているといえば似ているが、万歩計と違って、「走った」と「歩いた」の区別がちゃんとあったり、「階段を上り下りした」のと「普通に歩いている」の区別もついたりするすぐれものだ。つまり、ぴょんぴょんスキップすれば歩いているよりたくさん運動量が記録される。
WiiFitには「歩いてチャレンジ」と「登ってチャレンジ」というコーナーが用意してあって、このフィットメーターに記録した上下の上り下りとか、歩いた距離で、たとえば「マッターホルンに登ったとしたら、どこまでいったか」とか、「ハワイのオアフ島一周のうち、どのぐらいすすんだか」というような到達度チェックが出来る。
確か、うちの小学校のチャートは、最初が「XX小学校」で3マス。次が東京タワーで、30マスぐらい、次が地域の山で、これが結構面積があって、100マスではきかなかった。そして最後が富士山。
私は大体富士山の途中までで、縄跳び強化期間(たいてい三学期)が終わってしまうのだが、縄跳びの得意な子たちはプリントが2枚目とか3枚目とか…。無駄に体力があったな、と思う。
この、フィットメーター、基本腰のところにつけることになっている。後ろ側にクリップと、ストラップ用の穴が空いているので、私は落下防止のため、カラビナのついたストラップでこれをジーンズのベルトループに吊って、それをポケットに入れて使っていた。
これがね…外すのを忘れて洗うんだな。実はこのフィットメーター、二つ目。一つ目は、1度洗濯して、そのあと任天堂のサイトに書いてあった通り電池を外して乾かして再度利用。そのあと2度、洗濯したら、さすがに動かなくなった。
無理もない。
これは2つ目。気を付けていたのだけど、やっぱり洗ってしまった。
新品で購入したし、使い始めて何日も経たないうちにやっちまったので、また、電池を外して2日乾かし、電池を入れなおしたら動いたけれども、これは根本的解決にはなっていない。多分私は、またジーンズにフィットメーターをくっつけたまま洗っちゃうと思う。
たとえば、じゃあ、防水の袋にいれて持ち歩くのはどうだろうか。
でなければ「絶対外すもの」とセットにしておけばいいのか…?
洗うのが前提になっちゃいけないわけだからね、防水の袋は水漏れ事故があったときのことを考えたら、やめたほうがいい。
脱いでも、洗濯しないなにか。
私はジーンズははいても、ベルトはしていないんだけど、ベルトはどうだろう?
いや、多分ベルトごと洗濯する事故が起きそう。
ヒモで腰のまわりに結ぶのはどうだ。カイロベルトは冬、しょっちゅうしていたが、うっかりカイロごと洗ったことはないものね。
薄めで、邪魔にならず、ただ結んでおけそうなヒモ。体に当たっても痛くならないぐらいには、幅がほしい。
どこかにあったぞ、それ用のが。確か、着物用の、「ウールの腰ひも」があったはずだ。なんでそんなものがあるかというと、薄手のウール100%の布がちょっとだけ、ほしかったことがあるから。羊から刈っただけで、脱脂していない羊毛に刺しておくと、針がさびない、という話を聞いて、やってみたくなった時に探した。
羊毛を針刺しにするときに、表の布が木綿だと、木綿に刺さっている部分だけサビるという話を聞いたので、絶対ウール限定で、なおかつ、パッチワークの針刺しにしようなんてことを思ったものだから、薄手の布なのは必要条件だったんだよね。
ウールというのは、冬用の素材なのか、厚手のものが多い。それと、針刺しなんていうものは大体小さいものなので、大量には買いたくない…というわけで、200円ぐらいだったかな、ピンクのと、白の腰ひも2本買って、計画倒れで終わっている「積み素材」。
断捨離はちびちび進めているけれども、これはまだ捨てていなかった。後ろのクリップを使って、腰ひもにフィットメーターを固定。
そのあと、下着の上に結んでみた。
紐も薄いし、蝶結びにしてテキトウに中にいれておいたら思ったより邪魔にならないし、やわらかくて体を動かす時邪魔にならない。違和感がなくて、つけていることを忘れてしまいそう。着物の時と違って、二重に回したりしないのでちょっと長すぎるから、切って端をちょちょっと縫っておいた。残りはもし…もし、パッチワークすることになったら足りるぐらいはあるなあ。
これで、フィットメーターのうっかり洗濯率が下がるといいんだけど。
ひびが入って…なかった話
自分でもバカだと思う。目が悪いからね…。今度から網戸をきれいに拭くのやめようかしら…と思うぐらい痛かった。
捻挫とか、突き指とか、そういうことを思わせる痛さで、左手の小指が特に痛い。
ぎゅっと握れない。
2週間経ってもやっぱり痛い。朝、寒くなってきた昨今だが、朝が特に痛い。
なんとなく朝に手がこわばった感じがするのは多分更年期とか、自律神経なんとか…とか、いうなれば時期の問題だろうとあきらめがつくのだけれども、それとは全く別の痛み。
3週間過ぎて、さすがにこれは長いだろう…もしかして「ひびが入った」とかじゃないのかなあ…と思ったので、病院に行ってきた。
近所の外科で見てもらう。手を握って、手の甲側が下になった状態で、この部分をこうぶつけて…と説明して、もう3週間になるのに、痛みが消えないどころか、朝に特に痛くなるようになってしまった。夜は朝よりましだが、握ると痛いし、不便なんだけど…という私の話を聞いて、何カ所か触って、どこが痛いか確認される。
レントゲンを撮る。手を広げて1枚、小指を立てて1枚、角度をかえてもう1枚。
しばらく待ってから見せてもらうと、なんとひびも入っていないし、骨折もないということが分かった。
…じゃあ、この痛いの、なんなの?
お医者さんによると、「腱」をぶつけていて、それが炎症を起こしているのでは、ということだった。
朝は、特に手がこわばっていて、痛みが強くなる「でしょうねえ」ということだった。
つまり、症状から逆にたどると、こうだろう、という推測が出来ます、ということみたい。
3週間どころか、2、3カ月かかることもあるという、ものすごく気の長い話なこともわかった。
つまり「日にち薬」というやつで、時間が経つと必ず治りますが、待つほかないですねということらしい。
えー。
「ご希望でしたら、シップぐらいなら出しますけど…」と気の毒そうに提案されたけれども、断って帰ってきた。
折れたり、ひびが入っていなかったのは僥倖だけれども、痛いのはそのままか…。
ちぇーーー。
夫に、「そんなわけでー。痛いままなんだよ…」と愚痴ったら、「あららら…あ、でもそれ、俺もやったかも?こないだの冬のスキーの時!3カ月たつぐらいまで、力入れられなかった」と、新情報が。
確かに、スキーの時転んでぶつけて手が痛い、と言っていた覚えがある。ひびでも入ったんじゃ…と心配していたのだが、途中で口に出さなくなっていたので知らなかった。
「まあ、痛くない使い方をしながら、待つしかないね」とそーっと私の手を取って、なぐさめてくれた。
まあね…。主婦業だと小指は使わないようにするのは難しくない。人差し指とかじゃなくてよかった…ということにしておこう。
ちなみに、レントゲン3枚とって、病院に払ったのは1680円なり。行かなくてもよかったような…行ったほうが安心だったような、微妙な感じだ。
小学校4、5年生の親御さんに知らせたい話
最近はチェックのスカートや、セーターの制服っぽいものが多いね、とか、男の子なら、やっぱりスーツかなあ、とかそういう何の役にも立たないことを言い合っていても、案外間が持つものだ。
うちの息子は器楽クラブに入っていたので去年の卒業式でなんだかかんだか、演奏があったので、同級生がお休みだというのに卒業式に出たのだが、その前の日のこと。
おかーさん、明日は「ちゃんとした格好で来いって先生が」と。
おいおい…。そんなことを前日の夜8時に言うものではないよ、息子よ。
うちには、「ちゃんとした服」などというものはないからだ。
息子は、ジャージが好きだ。やわらかく、動きやすく、体育の時間の着替えも楽だから、というのがその理由らしい。毎日ジャージのパンツで、Tシャツか、トレーナーか、というような恰好をしている。
「六年生を送り出すのに、ジャージと、ジーンズはだめだって」
おいおい、先生…。どこの家にも、そんな用意があると思っているのか…なんでプリントで周知しないんだ!!!
ジーンズはある。時々ははくからね…。トレーナーと同じ生地のパンツもあるが、それは大体パジャマになっている。
大体、うちの外出先とか、習い事には「ちゃんとした格好をさせてきてください」というタイプのものが全くない。
うちでは「いらないかもしれない服を念のため買っておく」ということはない。だから困っている…と言われればそうだが、この手の問題が起きたのは10年で初めてだ。
襟が付いた服が1枚だけ、あった。
それと、夏物みたいな薄さのコットンパンツで茶色のがあった。
しょーがないな…というわけで、それを着せて出したが、上が白のシャツ、下が黒のパンツ、という組み合わせの子どもが多かったそうだ。
…うーん。夫は、「無理することないよ、これは別に、前に言われていたとかじゃないし、そんな「忖度しろ」みたいなのは公立の学校ではないのが普通だって」となぐさめてくれたが、ちょっと落ち込んだ。(私立なら制服一択だろうな)
卒業する六年生ならね、そりゃ私だって気を付けて準備したと思う。スーツだの、着物だのを着てくる子ばっかりだという話も聞いているし、たとえば、ブレザーとかね、そういうものだって用意しただろう。夫も買うことに賛成してくれたと思う。
でも、送り出す側の在校生にまで、それもプリントで周知もせずいきなり「ちゃんとした格好しろ」なんてさあ…思いつかないって。ジーンズにセーターぐらいで大丈夫だと思っていたのだ。
自分が卒業式に在校生として参加したときも、田舎の小学校では全く、そんな指示はなかった気がするなあ。
…ということが去年あったので、今年は実は用意してある。
ピアノの発表会があったので、チノパンと、ボタンダウンのシャツ、ブレザーは用意した。といっても、ブレザーはリサイクルショップの1750円。多分着用回数もかなり少ない感じに見えたし、ウールの金ボタンでそれっぽい。新品は3万ぐらいすることもあるっぽい(調べた)。中古の値段って、すごーく安くなるよね…。古着を売りにいって、200円だった、とかいう話、聞くものね。
靴は体育館シューズだし、まあスニーカーでいいだろう。
もし、4年生、5年生で卒業式に在校生として出席するお子さんがある方がこれを読んでいらっしゃったらば、悪いことは言わない、同級生に兄姉のいる知り合いにでも、そんな話はないか、聞いてみることをお勧め。
今からなら準備出来るし、黒いパンツ、襟付きのシャツ…ぐらいなら、リサイクルショップにもあるし。(子供用は安い)
こういう「どこにも書いていないけど、することになっている」みたいなルールって、本当に困る。
その気になって尋ねないと、「知っていると思っていた」とか「どこかで聞いたからそうした」ぐらいのことになってしまって、私みたいに鈍かったり、同じ小学校の知り合いが少なかったりすると全然知らないまま終わるからね…。
ちなみに、隣の小学校のお母さんに聞いてみたがそういう話はなかったそうだ。
そして、そういうルールがいろいろ分かったころには、もう小学校は終了して、中学校になっちゃうんだよなー。
お子さんが2人目、3人目だというお母さん方に余裕があるのがうらやましい。
ペコちゃん千歳飴
このシーズンだけ、売っている不二家の【ぺこちゃん千歳飴】が好きだ。
本当に短い間しか売らないのだけれど、ミルク味が結構濃厚で、硬くて長持ちする飴だ。
私が子供だった頃、「ミルキーバー」というお菓子があって、それがこれとそっくりの味だった。
赤い袋に入った細長い飴で、確か1本20円ぐらいだったか…。
ちなみに当時から、この千歳飴もあったと思う。確か太いのと、細いのがあって細いほうが80円ぐらい。太いほうは120円か、150円か…だったと思うけれど、サイトを見る限りでは最近はサイズは1つだけらしい。
こういう形のキャンディはあんまり他になくて、ミルキーバーをなめながら、「大草原の小さな家」のクリスマスの話で、ローラとメアリイが棒キャンディをもらう話を読んだのを覚えている。棒のキャンディが一番おいしそうに書いてある本だと思う。
売られている期間がものすごく短いので、うっかりすると見落として、ああ、今年は買い忘れた!ってなるキャンディだ。
今年は運よく目に留まった。この長細いキャンディの横に、短く切った袋入りの個包装がいっぱい入った袋もあった。
千歳飴は長いのがいい…んだけど、全部食べると時間がかかるし、口にずっとくわえておくのも邪魔だし…割るのも大変だしなあ…。というわけで、袋入りの方をゲット。
相変わらずミルキーっぽいハードキャンディだったけれど、ミルク飴という種類でいうと、味覚糖の「濃厚ミルク8.2」を食べるようになってから、「こういうミルクっぽいキャンディって他にないよねー」とは思わなくなった。
思い出の味は、いつでも一番、というわけではなくなっているんだなあ。
ちょっとさびしい。
やっぱり、これは長いのを一日かけて食べるべきかなあ。こう、節分の恵方巻のように、イベントとして。
今更?USB音楽プレイヤー
何年前だったか…4、5年前に、父に渡した音楽プレイヤーがこれ、MP330。
胆石の手術をするのに入院したときの暇つぶしにということで、私がもっていた落語とか朗読とかをいれて渡した。ついでにヘッドフォンをつないでおけば、それをアンテナ代わりにFMラジオまで聞けるという優れもの。
【トランセンドのMP330】は、iPodだの、ウォークマンだの…といった製品とは違うが、音声も録音出来たり、再生速度も変えられて、パソコンにUSBでつなげばファイル転送も簡単、音楽ファイルだけでなく、ただのUSBメモリとしても使えるという便利な代物だ。
お値段は3000円台。ファイル形式はMP3、WAV、WMAにしか対応していないのがちょっと旧式だが、必要十分。
父は年の割にはパソコンが使えるので、ファイルの持ち運びや、小型の持ち出しラジオとして便利に使っているらしい。
こういう「ちょっと旧式で単純」で、機能がわかりやすいものはいいなあ、と思う。
ipod shuffleで、いつも面倒なプレイヤーリスト再生をしていると、ふと、確かあの音楽プレイヤーはフォルダごとに再生っていうのがあったな…と思い出したのだが、私が持っていたはずのMP330はどこに行ったか不明だ。
ううう。かなり長い間見ていない。下手をするとアメリカに置いてきたかもしれない…ぐらいのことだ(2年前)。
多分これはアメリカに行ったときに、日本に置いていくパソコンのデータのうち、これだけはほしい…と思ったものを持っていくのに使った…かもしれない、という気がうっすらする。
データをいれた順番に再生するプレイヤーを何か買おう、と思った。これと別に同じプレイヤーじゃなくてもいい。いまのiTunesは音声データをデフォルトでAACで作成するので、AACデータに対応したのにしよう、と思った。
思ったんだけど、ぱっと決められない。
値段と、ほしい機能と、端末のサイズがかみ合わないのだ。
あんまり大きい画面なんかいらないんだけど、「操作しやすい大画面」のものが多い。(消しゴムぐらいしかない液晶だけど、大画面なのね)
動画再生機能もいらないなあ…。
大体、安い音楽プレイヤーは注意事項が多すぎる。「AAC対応」とかいてあるのに、「AACはブルートゥースでは再生できません」という注意書きはどうなのよ?MP3とWAVが再生出来るのになぜ?仕組みが不明だ…。
横4センチしかない液晶で、電子ブックなんか読まないって。TXT形式なら読めます、ってなんか無駄だ。
3000円台の音楽プレイヤーをアマゾンで比較しているうちに2時間ぐらい経ってしまった。
画面が大きいプレイヤーは壊れ物っぽく扱わないとダメだし、画面がいるような、たとえば動画視聴とか、電子ブックとかの場合はもっと画面が大きいもののほうがいいし、乱暴に扱っても壊れなさそうなのというとこの形のかなあ、やっぱり。
ま…。同じのでいいか。
これと同じのを売らなくなったら、また考えよう。そう思ってこのMP330を注文してしまった。
ちなみに、決め手は、充電がUSB直差しなところ。ケーブルなしなのがいい。
しかし、音楽プレイヤーって結構値段が下がっている。4000円ぐらいで買える、結構いい感じのプレイヤーがあるのに、ソニーのは似たような機能で14000円とか。そりゃ…音はいいとか、そういうことなんだろうけど、私の耳なら4000円で十分だ。
色はちなみに、ピンクにした。電気製品の常というか、ピンクのだけ、ちょっと安かった。
男性はピンクを買わない人が多いからなあ。黒、白、シルバーは多分無難な線なんだけど、安くて色がピンクなだけなら、私にとっては全然OKだ。
注文してからちょっと思った。
気を付けないとな…。前に使ったことのある製品しか使えないというのはまずい。こういうものはどんどん新しいものが出るんだから。脳みそ停滞というかガラケーしか使えない、スマホは無理だと言っているようなタイプのひとにはなりたくない。
次回、こういうものを買うときはもうちょっと新式のにしよう。
辛いニッキ飴
吉岡製作所というメーカーの、「地飴 直火炊き本舗 辛口ニッキ」という飴が、ちょっと辛いぐらいでおいしいのでとても気に入っていた。
これは、ちょっと前まで「昔がし 辛口ニッキ飴」として ダイソーで買えたのだが、これが見つからなくなってしばらくたった。
他のニッキ飴でごまかしていたのだけれど、他のを食べれば食べるほど、辛口にっき飴が食べたい。
ネット通販で見つからないでもないのだが、10袋セット。
でも、他のニッキ飴ではイマイチ感がぬぐえないのでこの際だからと思って10袋購入。
やっぱりこれが一番自分の好みだ。惜しむらくは個包装ではないところ。
あったかい紅茶と、このキャンディでリラックス。
いい匂いだ…。
ちょっとピリッとしていて、そしてもちろん飴だから甘くて。
なんとなく、風邪にも効きそうな気がする(気のせいだけど)。
なくなったら、また買おう。
どちらかと言うと、冬によく似合う飴のような気がする。
羊を数えるCDをもう1枚
羊を数えるCDは、滅多なことで最後まで聞けないぐらいには、有効だったので、もう一枚ほしいな、と思った。つまり、同じCDを聞くのに飽きてきたのだ。
かといって最近の声優さんってあんまり知らないな…と思いながら、アマゾンを見歩いていると、あ、この人は知ってるぞ?という人がひとりひっかかった。それが速水奨さん。結構古いシリーズに出ていた人で、銀河漂流バイファムとか、マクロスシリーズとか、ダンバインとか、えーっと多分ガンダムにも出ていた人だ。
そして、元祖乙女ゲー、アンジェリークにも出ていた人だった。
このシリーズは、声優さんが2人ずつ出ているのだけれど、もう一人の関俊彦さんも、アンジェリークの声優さんだった人だ。
関さんはNHK教育テレビの音楽番組「ふえは歌う」のお兄さん役をしていた人でもある。
実は好きだった、ふえはうたう。リコーダーの曲の模範演奏なんて、当時はほとんど聞けなかったからなあ。今ならYouTubeで探せば一瞬なんだけど。
【羊でおやすみシリーズ】は、最初アマゾンで見つけたのだけれども、これが、声優さんによってはプレミアム価格。この二人が出ている一枚も、やたら高かった。
だが!こういう時には気を付けなくてはならない。これがまだ「絶版」と決まったわけではないからだ。
調べてみると、どうも本家本元の通販サイトがあった(上のリンク)。
行ってみると、一枚残らず揃っていたし、通常の値段で買えた(送料はかかったけど)。多分だけどこれ、売れたら再販分を作るんじゃないかなあ。声優さんによって、人気があったりなかったりするだろうけど…。
聞いてみた。
わははは!これ、アンジェリークを知っている人だったら、ジュリアス様(という名前のゲームのキャラ)にしか聞こえない。
関さんの方は、ルヴァ様(というゲームのキャラ)とは口調が違って、ですます調ではないので違う感じに聞こえるけど。
なんで速水さんの方だけ、こんなに偉そうなんだ…。
一枚目に買ったCDの「Vol.2眠ったらいいんじゃない」、「まだ寝てないのか、こら」という感じだったけど、今回のCDは「眠れないのにも、理由があるだろう。だが、それは忘れてリラックスするがよい」というような感じだった。
んー。こういうCDはやっぱり、ゲームとかをしてキャラ設定を知っているような感じになるほうが楽しめるかもなあ…。
ポケモンもあるんだけど…ゲームをする時間も最近ないんだけど、健全レートの乙女ゲームにまた手を出そうかな…と思える一枚だった。
でもこれ、演じる人は大変だよね?羊200匹数えるなんて、自分でやりたくないからCD聴いてるぐらいなんだから。声優さんには、ありがとうございます、だ。
腕時計の電池を替えるのに挑戦
私の使っている時計は、カシオのスタンダード、LQ-139BMVという種類のもので、実売価格は大体千円。(画像はカシオの公式サイトのをお借りしています)。軽くて、見やすくて、正確で安いので、これと、それから文字盤が数字になったのとをもう1つ、それから枠が白いのを持っていて、夏には白いのを、夏以外には黒いのをはめている。
ちなみに文字盤が数字になったのは、息子が友達の家に遊びに行くときにつけさせたりとか、模擬テストを受けに行くときに持って行ったりとか…ということが多いので半ば息子の持ち物ということになっている。
正直高級感はないが、どうせ高いものを買ってもうっかり洗濯したり、海外旅行先で落としちゃったりするので、こういうので十分だ。つけているのを忘れそうなぐらい軽いのもうれしい。金属バンドの高い時計とか、機能がどっさりついた大きい時計とかもあったりするのだけれども、夕方疲れてくると、なんだかはめているのが嫌になってくる。これは20代の時には全く起きなかった現象だ。
この時計、実は、普通は黒いのしかない。時計の枠が白いものは「並行輸入品」なのだ。ちなみに大体2000円以上するんだな…。時計の枠と文字盤が両方黒いのとか、文字盤の色が水色なのとか、ネットを見ていると何種類かある。夏には、白っぽいのがいいな、と思ってわざわざ並行輸入品をゲットしたわけだ。
この時計、さすがカシオで壊れたのを見たことはないが、問題は電池切れ。電池交換は、近所の時計屋さんで大体千円。セール価格の時に行っても500円。時計が千円か、二千円で電池交換が千円ではなあ…でも、白いのは手に入れるのが面倒だし…と思っているうちに、ついに白いほうの電池が切れた。
電池交換に挑戦してみることにした。こういうのは高い時計とか、10気圧防水のとかが難しいらしいが、こういう格安タイプのは難しくないらしい。
時計のフタをあける工具もあるらしいが、私は小さいマイナスドライバーを利用した。
隙間にいれてこじあける。
パカっと外れた。時計の電池は、マクセルの時計用電池。逆輸入で5つ400円ぐらいだった。
時計の電池を取り換えるサイトを見ていると、この小さいボタン電池、上と下を普通に指でつまんでしまうと、ショートして使えなくなる…とか書いてある。えーーー。
一応、台所にあるナイロン手袋をはめてみた。
電池を念のため、プラスチックの精密ピンセットの先を使って外してから、新しい電池をいれる。
入りにくかったので最初に撮った写真を見て、どこから入れたらいいかしばらく試行錯誤しているうちに入った。
手袋をしていたとはいえ、普通につまんじゃったし、電池を時計に乗せて、押してみたりしたので、どこかの部品から電気が通ったりしちゃったのかどうか全然不明だ。
そのあと写真を見たりするときに、iPhoneの画面を手袋をはめたほうの手で操作しても操作できたってことは、多分この手袋は絶縁してないな…。というわけで、ショートして使えなくなる説はよくわからなかった。
裏ブタがはめにくいことがある、と書いてあったけれども(時計を閉めるのに使う機械があるらしい)、何のことはない、ぎゅっと押さえると、ぱくん、と普通にはまった。パッキン交換まではしなかったけど、しばらくは大丈夫だろう。
思ったより簡単だったし、安かったし、ばっちりだった。
もう2年、使えるってことだね!
夕食を作るのがつらい日に
この場合、昼ご飯は豆腐電子レンジにかけて、醤油だけかけて食べてたりするぐらいで、夕飯は、メニューが思いつかないし、作る気力はもっとわかない。
数年前まではこの状態になったときの献立はカレーだったのだが、息子が数年前に、「カレーは好きではない」と宣言したために、デフォルトでカレーにはならなくなった。
今の非常用メニューは、なんとたこ焼き。
タコ焼き用の粉と、タマゴと干したエビ、揚げ玉にネギ、そしてタコを買ってきて、ネギとタコだけ細かく切って、ボウルにたねをミックスするところまでいったら、後は夫と息子がやってくれる。
カップ麺以外の調理が出来ない夫が率先して焼いて仕上げてくれるという、とても珍しい献立だ。
ちなみに、片づけは皿洗い機を使って行い、わたしがやらなくてもいいことになっている。もし、タコ焼きを食べて元気が出て、片づけられるならやってもいいことにもなっているが、お皿が1枚ずつしか使用されないし、タコは買ってきたときのトレイに入れて準備されているぐらい、あとはボウルとレードルと、お箸とタコ焼き用ピックだけなので、大変ではない。
自分で全部準備するのではない献立というのは、とてもいい。外食より断然安いし、人に焼いてもらったタコ焼きは、自分で焼くのの10倍おいしい。
なんとなくお祭りっぽい雰囲気のタコ焼きに、気分がちょっと上がる効果もある。
まあ、バランスはよくない献立だが、ひと月に1回、あるかないかだし、みんなたこ焼き好きだし。
今日は買ってきたタコ焼きの粉の袋がいつものより大きかったらしくて、山盛りに出来た。
明日の私のおひるごはんもタコ焼きに決定だ。
子どもって、そんなにいいものなのか?
生涯未婚率、または生涯子どもをもたない人の率は年々上がっているらしい。少子化、少子化と言われてもうしばらくたつ。
でも…。私が20台だったときはまず、「結婚は?」で、結婚したらしたで「子どもは?」1人出来たら、「2人目は?」とまあ、こういうことは絶対聞かれてしまうものだった。多分、今でもある程度はそうだと思う。(2人子供があったら、「3人目は産むの?」と聞かれるという話を兄弟のあるママ友さんに聞いたことがあるから、そうなんだろうな)
私は、子どもは「もう、産めないかもしれない、夫婦だけで暮らしていくことになるのかも」と思っていた時期がある。かなり深刻に。
いろいろと事情もあったし、今は息子が1人いるが、かなり高齢出産だった。
子どもを産むまでは、子育て経験者に「子どもっていいわよー、かわいいわよ」であるとか、「女は子どもを産んでこそ一人前」とか「産めば親の恩がわかる」とか、「子どもを産んでいない人は本当の意味で大人になっていない」とか、好き勝手なことを言われていたものだ。人によっては、「子どもが生きがい、子どものためにだけ生きているといっていい」とまで言う人もいた。
でもこれさ?と私は思っていた。趣味みたいなもんじゃないのか…と。まあ、人類として生まれてきたからには、ご先祖様というものは全員にある。みんな「誰かから」生まれてきた。それはわかる。子どもを産んで育てていかなければ人類はいつか滅亡するだろう。でも、大体地球上に人口そのものは増えているのだ。なにも、全員やらなくたっていいじゃないか。集団として子孫が残ればいいだろうに…と、そういうことを聞かれるたびにうんざりした私は思っていた。
私が今まで出会ってきた中に、趣味のために生きていると豪語する人はいた。お金を稼ぐのも、たとえば休日に釣りに行くため、もうそれだけが楽しみ!という人もあったし、アメリカ人だとスカイダイビングをするために仕事をしているという人もいた。飛行機から飛び降りるのだが、飛行機を自分で操縦しておいて飛び降りる…というようなことはもちろん出来ないため、パイロットと飛行機を雇って、パラシュートだの服だのを用意してやるので、結構お金がかかるらしく、彼は仕事を2つ掛け持ちしていた。
それでも、「これが生きがい」といって、幸せそうだった。スカイダイビングをするために俺は生きているのだし、あの感覚をを知らずに生きているなんて、人生もったいない、本当に最高だから、やってみなよ、と何度も勧められたものだ(やらなかったけど)。
つまり、「やってみないとわからないよね」ということ。そんなわけで、例えば私が、パラシュートとスカイダイビング用スーツを買って、その人と一緒に飛行機に乗って、無事、スカイダイビング体験が出来たとしよう。
だめだ…ちっとも楽しくない、怖かった、絶対向いてない!となったとき、私は、「やーめた!」と言える。
パラシュートと、スカイダイビング用スーツは、お友達のお友達でサイズが合いそうな人に譲るか、メルカリとかを使って売り払うだろう。はあ…やってみたけど、1回でいいわー。終了ー。
やってみないとわからないというおすすめは子育てでもされるが、やめるとなるとスカイダイビングや釣りと同じようにはいかない。もちろん、どうしてもだめだった!という人は施設に預けるとか、養子に出すとかという手もあるだろうが、それはどっちかと言うと「非常用緊急手段」ぐらいの扱いで、社会的にあんまり推奨されていない。子育て関係でちょっとでも愚痴ると大抵「いやなら産まなきゃよかったのに」と言われてしまうぐらいだ。
この趣味に限っては、子どもの人生への責任が生じてしまうため、釣りや、スカイダイビングや、ゴルフと違って、「やーめた」と言えないものであって、始めたら最後、子どもがある程度大きくなるまで…早ければ中学卒業まで、遅ければ大学卒業ぐらいまで面倒を見なくてはならないもの、ということになっている。
その趣味が好きか嫌いか、向いているか、そうでないか…ということは全く考慮されず、ともかく完遂しなくてはならない。
世の中に、好きなことを仕事に出来る人は少ない。大体好きでもないが、やらないとごはんが食べられないのでやっている…という仕事につくことになっているので、その場合は、「仕事が生きがい」「この仕事には意味がある」「つらいときもあるけど、実は楽しい」とか、そういうことにするしかない。
人間というのはそういう風に考えるように出来ている。理不尽な目にあったら、それが当然と思えるように考えの方を変えてしまう生き物なのだ。向いていないこと、好きでもないことを、長期間やらなくてはならないのなら、それを楽しいと、当たり前と、または、やらなきゃいけないことだからやる、と思えるようになってしまう。
そしてもうやらなくてよくなったらば、楽しかったことがたくさん思い出に残っていることに気が付く。
子育ても多分、そういう風になっているのではないかな、と思う。
向き、不向きもわからず、とりあえず取り掛からざるを得ない。子供はかわいい。かわいいけど、これ、本当に自分に向いてないかもしれない…と思いながらやって、どうせやらなきゃいけないなら、やりがいがあると思ってやらないと自分の気持ちがつらいので、やっているうちに子供はある程度大きくなって終了。
終わってみれば、楽しいこともあったなあ…。っていうか、小さいころは特にかわいかったかも!
…というのが、大体のところだろうな、という気がしてきた。
スカイダイビングなんか、一生やらなくても生きていける。
多分子どもを産んで育てるのも、やらなくても大丈夫だと思う。
やったらやったで楽しいこともあるだろうけど、向いている人とむいていない人はあると思うし、それをやらないと人生損しているとか、一人前じゃないとか、そういうことまで言われなくていいと思うなあ。
その人は生きがいだったんだろうし、産んで育てて、一人前になった実感があったのかもしれないけど…。
まあ、そう思えるから人類がここまで増えたんだよね、と話をしめくくったら、その人には考え方が変わっているといわれた。
まあ、変わっているといわれたのは今に始まったことではない。
私自身は、やってよかったと思っているか…と聞かれたが、いい悪い以前の問題だと思ってるよ、としか。
小さいころは特にかわいかったと思うし、今でもかわいいとは思う。
でも私は子育てに向いていたか、と言われると多分NOだ。
男子だとありがちだといわれるノリにイライラするし、夫と爆笑している下品な冗談は本当にげんなりするし面白いとこれっぽっちも思わない。本当に大丈夫だろうか…言いたくはないけど、本当に真正のバカではないのか…と思うときもある。
ここまで空気が読めないと、人間関係でつまづいて引きこもりになるんじゃないか、というような心配もしているぐらいだ。
なんとかなってきたのは、夫がいるからだと思うし、微妙に反抗期入ってきているんじゃないかという年になって、なんか、かわいくないこというなあ!と思うときもある。大人として余裕ないんじゃ、なんて。
子育てが終わった人はみんな「それなりにうまくいった」感があるのがうらやましい。
きっと子育てがまだ始まってもいない人には、これでも十分、経験者としての体験と考えがあるように見えるのだろう。
追い詰められる前に、言ってあげたい。
スカイダイビングとか、釣りと同じようなもので、やってみないと面白さがたぶん、わからないのだけれど、やらなくても人生損はしないと思う、と。
ただ、やったことがある人がスカイダイビングよりも、釣りよりも、うんと多いのと、長期戦をこなすことになるため、慣れて習熟していくと面白さが楽しめる人が多いことが、ここまで評価が高い原因なんだよ、ってね。
少子化は、多分彼女のようにキャリアと天秤にかけて、両立出来ない、という結論が出る人が多いうちは解消しないと思う。
あとは、ここまでお金がかかると、というのも。
5年生の子どもの塾代が、1カ月5万円。6年生になったらもっと上がるというのだから。
特別進学コースみたいなのに選ばれると8万円だそう。塾によっては10万円を超えるところも…。
塾代だけで1年120万円。いい学校に行かせてやろうと思うと1年間で塾の春夏冬の短期講習と普段の授業料あわせて200万円はないと、という話を聞くと、そりゃ…3人産もうという人が減るのも無理ないと思う。
うちは1人だからなんとかなるけど…。2人、3人いたら仕事は父母両方がフルタイムでやらないと教育費が足りなくなる。保育園に入れないと仕事が出来なくなる。というような問題につながってくる。
なんとなくわかるだけに、「子育てはいいよ、絶対一度は経験しておくといいよ」なんて言えなかった。
小中高まで公立で、そのまま就職して、年功序列で給料が上がって行って、それなりに暮らせる…という教育プランは、もうない。昔の…今の私の親ぐらいの人が「何人いてもいいわよ、子どもは勝手に育つから、大丈夫よー」というのは今の時代、もうあてはまらないし、まともにそういうアドバイスを聞くと、後が大変なんだよね。
そういう発言に、悩んでいる人がいる。
釣りとか、スカイダイビングとか、スキーとかと同じで、「やりたい人はやればいいし、それほどでもない、と思えばやらなきゃいい」ということに、だんだんなっていくといいな、と思う。
ない袖はふれないし、ないものはない。少子化対策をやらなくて、GDPが増えないとか、景気が外国のせいで悪いとか…というような話になるのなら、不便な将来は全員、耐えなきゃしょうがないよね、と思う。
日本は戦後豊かになったというのだから、今度は貧しくなるってことで、起こりうることだと思う。多分、私たちの世代の寿命は短くなるとか、そういう結果になるんだと思う。病気でも治療が出来ないとか、補助が足りないとか、国家予算が足りないとかね。
今の若い世代にだけ、「子どもをたくさん産め、苦労してお金が足りなくても、子供の教育程度が低くなってもいいから産め」とは言えないものね。
手芸部の集い
大抵誰かの家に集まっていたのだが、今回はうちのマンションのキッズルームを使った。
キッズルームと言っても、マンションの総会の時はそこで会議をしたり、商談をしている人も見たことがあるので、別に子供じゃなくても使える。
ソファとテーブル、ラグと、子供用のおもちゃと、鉢植えぐらいしかない上に、毎日掃除されているから、自分のうちでやるよりずっときれいで、私があせって片づける必要もない。
マンションの入り口横にあるので、通る人から見えることをのぞけば、気楽なものだ。
「各自お昼ごはんと、飲み物と、手芸で途中になっているものを持参ねー」
…というお誘い文句だったので、私が用意するものはあんまりない。
ここでピクニックバスケット…などを用意出来ればかっこいいのだが、うちにはそんなおしゃれなものはない。
空になった洗濯かごのなかに、大判のひざかけ、サーモスに入った紅茶、紙コップ、小型のスピーカー、iPhone、充電池と、私の昼ご飯のおにぎりと、ペットボトルのお茶、テーブルを拭く台拭きと、ごみ入れに使う、ビニール袋をセットした紙袋などを詰めて出発だ。
今回持って行ったスピーカーは【サウンドコア2】。これは、幅16センチぐらいだと思うのだけれども、結構広いキッズルーム(学校のクラスの教室より広い)にきれいに音が響いた。
私のiPhoneからブルートゥースで音を飛ばすので、キッズルームの飾り棚においておいたらばっちりだった。
ソファに大判のチェックのひざかけをかけると、なんとなく家庭的な雰囲気が。
うんうん、音楽と、ソファと、お茶だよね…。
というわけで、全員の到着を待った。
今回キッズルーム案を思いついたのは、今回のメンバー4人のうち3人は子供が小学生以上なのだが、一人だけ、まだ一番下のお子さんが2才だから。
2歳のお子さんはあんまり目を離せないが、同じ部屋の中で遊んでくれたら、親は楽しくおしゃべりが出来そうだ、ということで。子供が遊べるおもちゃはあるし、十分広いし、小型とはいえ、男の子がよろこびそうなロッキングホースや、乗用玩具もある。
小さい子どもは、たいてい「初めてのおもちゃ」となると、どんなにつまらないおもちゃでも何分かは夢中になってくれるからね…。そのすきにお母さんはちょっと編み物とか、縫物が出来る、というわけだ。
ひとりひとり、メンバー到着。2歳の男の子は目を輝かせて乗用玩具に突進。かわいい。
部屋の半分で乗り回している子をちらちら見ながらおしゃべりをする。
紙コップのお茶をとりあえず全員にすすめて、持ってきてくれたお菓子をつまみながら休憩。
「とりあえずお茶でも…」とのんびりする。
2歳のお子さんのママは、「なかなかゆっくりできなくて…これはいいわー。久しぶりにくつろいだ感じがする」と喜んでくれた。
子育て支援施設は混むからね…。今は子供は一人しかこの部屋にいないから、気を使わないでいられるし、ボクちゃんはおもちゃを箱から次々出して楽しそうだ。
ブルートゥースのスピーカーは、これはマンションの備品?と聞かれたぐらい、ちょうどいい感じだったらしい。
実は、入居時にはこの部屋に音楽が流してあったのだが、「お金がかかる」ということでその機能は廃止になったんだよ、という話と、このスピーカーは私が持ってきたのだ、という話をしたら、こんなの初めて見た…という人がいて、ブルートゥースの説明をすることに。まあ、大きさの割には、広い場所で鳴らすのにいいスピーカーだと思う。
部屋の雰囲気をよくする作戦、成功? ちなみに曲はジャズだった。どこかの喫茶店でかかっていそうな選曲だったから、余計備品っぽさが出たのかもしれない。
おしゃべりをしながら編み物。「去年からそのままよ、いつ編みあがるんだろう」なんて笑う人もいれば、「もうやり方忘れた、まこさん、教えてこれ」という、100均のマフラー編み器持ってくる人あり。
トイレはマンションの共用トイレ(管理人さん用でもある)。
食べ物飲み物は持参したものばっかりで、唯一出したのは紙コップに注ぎ分けた紅茶だけで一杯で飲み切りだ。
出すほうも、出してもらうほうも、気を使わないで楽なパターンだと思う。
お昼をはさんで、またおしゃべりして、最後に全員でおもちゃを箱に片づけて、乗用玩具を並べ直し、ごみは集めて、テーブルを台拭きで拭いて、「またねーー」と終了。
お子さんは眠そうだったが、退屈して駄々をこねるところまでは行かなかったし、全員たくさんおしゃべりしてストレス解消、編み物もちょっと進んだ。
自分の家のある階までエレベーターに乗るだけで帰宅出来るし、楽々!
またやろうね、と約束した。
こっちから頑張って企画しないと、誰かに誘ってもらうのを待っていると何にも来ないしね…(それもなんていうか、さびしいけど)これからも時々やろう。
マンションに住むと、こういう施設があるのもいいよね。…と思ってから思いついたんだけど、昔田舎に住んでいる時、お金持ちの家には、「応接室」というのがあった気がする。
なるほど、応接室というのは、お客さんが来た時に、見てもいいもの、さわってもいいものだけがある部屋だとすると…つまりこういう目的のために使ったんだろうからなあ。
うちはせまかったので、「応接間」も「客間」もなかったけれども、もし家が広ければこういう「片づけなくても人が通せる、小さい子が入っても触って困るようなものがない部屋」なども作っておけるのかもしれない。
うちのマンションのこのキッズルームはじゃあ、「レンタル応接間」ってことで。
ミッフィーのコットントート改造
フジパンの【2018年秋のキャンペーン】の、ミッフィーのコットントート、無事ゲット。それほど好きではなかったマーガリン入りのバターロールに加えて、多分途中から?何も入っていないバターロールがキャンペーン商品に入ったのがありがたかった。
張り切って改造に挑戦。このバッグに、裏地と、かんたんなフタと、肩掛けベルトを付けたい。
まず材料。コットントート(今回は横型をチョイス)。コットントートと似たような感じの布のクッションカバー(ダイソーで100円)と、ダイソーの80cmx50cmのチェックの端切れ1枚。
まず、クッションカバーの両端から、袋状になった部分(右図AとB)を2枚切り取る(幅12センチぐらいずつ)。残りの部分で、左の写真のように、開いて長いパーツを取る(右図部品C)。残りの部分(右図斜線部)は、適当に端を裏から縫って内側にくっつけるポケットにする。
A、B部品は裏返して、図の赤い太い線の部分を縫って、表に返してアイロンをかける。
C部品も中表で縦に2つに折って縫って表に返してアイロン。両端はクッションカバーになっている時に三つ折りに始末されているので簡単だ。
コットントートは、折り目を付けてアイロン。こういう形のほうが好みなので、形が崩れないように、折り目のところに、側面の辺4本と底面の辺4本にステッチをかける。
裏地をコットントートと同じ大きさの袋にして底マチを作る。
裏地に内ポケット部品を縫い付ける。
裏地にフタ部品を仮止め。
裏地にベルト部品を仮止め。
裏地と、コットントートの口部分をあわせてぐるっと縫う(念のため、一番上と、その5ミリぐらい下にもう1回で2度)
内側を開けたらこんな感じ(左図)。
左右かさねるフタのところに、タブを縫いつける。(右図)
カバンにタブの位置に合わせてボタンを1つ縫い付けて完成。
肩ベルトは普段は中に入れておいて、重たいものをもった時か、両手が使いたいときに出して使えばいいかな。
後、フタは中途半端と言えば中途半端だけど、なんとなく中が全開に見えなければいい、ということで。
この作業、楽しかった。というか、大変すっきりした感じ?なんなんだろう、私は多分、このバッグの改造作業がやりたかったのだと思う。キャンペーンのコットントートの写真を見た途端に、こうやって、こうやって、こうだ!と思ったからね…。
不思議なもので、コットントート「そのもの」を作ろうという気分には、ならないんだなあ。
次回こういうキャンペーンがあったら、もうちょっと込み入った造りのものも…たとえば、フタがもっと中途半端じゃなくて、ファスナーになってるのとかに、挑戦したい。ファスナーってつけるとしたら、端から端まで付けたら…でもこのバッグ、マチが15センチあったからな…。内側に布を付けて、外側のトートより高くして、巻いて結ぶ方式とかでもいいかな?
こういうこと考えている時が一番楽しい。
お揃いのアイテムを持つ
文具でいうと、学校の男子が使っていたのは「BOXY」なんていうロゴが入ったもの。ボールペン、筆箱、下敷き、定規…いろいろあった。高校生の頃に流行ったのは、united colors of benettonなんていうロゴが入っていて、子供のおもちゃみたいな赤、青、黄色、緑の4色だったりした。あれも、ノートやシャーペン、ポーチなんかもあったと思う。
入学祝いや、就職祝いに、万年筆やボールペンとシャープペンのセットなどをもらった人も私と同じ年代の人たちなら、結構多いのではないだろうか。そういう「セット」が箱に入ったものは大抵は結構なお値段がしたもので、2本で数千円ではすまないものもあった。
ああいうお揃いのアイテムを、ちょっといいな…と思うことはあったが、実際会社に勤めてみると、万年筆はインクの補充が大変面倒だったり、ボールペンは太くて手が疲れないグリップのついたものを愛用したりで使わず、ボールペンとお揃いのシャーペンは金色の金具にパールホワイトのボディがきゃしゃでかわいかったが、実用性の面で学生の頃から愛用している0.7mm芯のシャーペンが結局続投になったりして、それほどお揃いのアイテムを使う機会はなかった。
が…最近、ちょっとやってみたのがこれ。
スマホとか、kindleとかの電子機器に貼る、模様のついたフィルム。目的は「柄を替える」ことのみにあって、全く実用性はないのだけれども、文房具の柄も同じだよね…。
写真の左側が私のkindle。右側がiPhoneSE。iPhoneSEのほうは、上から100均で買ったプラスチックカバーがかかっている(ストラップ取り付けのため)。
どっちも今、とても使用頻度の高いものだし、なんとなく柄がかわいいとうれしくなる。
今月はもう資金不足なのでやらないけど3DS用とかMacBook用とかもあった。うーん。全部同じ柄はちょっとやりすぎな気もするが、やってみたい気もする。電子タバコのケースや、ヘッドフォン用なんかもあった。
自分で塗るとかデコるとか、そういうことは技術はないので出来ないけど、出来たら自分でやったのかなあ。
トールペイントをやっているお友達に言わせると、「無地の平面を見ると塗りたくなってくる」そうだけど。
柄も、何百種類もあったし、雰囲気も色々で、誰でも好きな色柄が1つぐらいあると思う。【楽天のこのお店】で購入。
結構きれいに貼れるし、あとからそーっとはがせば貼りなおすのも出来る。iPhoneSEはまっ平らなので貼るのは簡単だった。kindleみたいに後ろがカーブしている端末の角は、ドライヤーを当てるときれいに貼れた。
ただし、端末の表面ぎりぎりいっぱいには貼れず、ちょっと隙間があるので、白っぽい端末には、絵の背景というか余白部分が白いものを、黒い端末には余白部分が黒いものを選ぶのがきれいに見えるコツ。
あとは財布とかもこういう柄のが注文できると面白いんだけどなあ。
カットしてないフィルムが頼めれば、kindleのカバーのカスタマイズも出来るのに。
あんまりおそろいなのは逆にイマイチかな…とか。最近は「ダサい」が死語だとして、こういうのをなんというのだろう。
網のバッグ
かなり長い間見ていない人ではあったが、ここは微笑んでこんにちは、と挨拶しておく。
彼女が持っていたバッグは、プラスチックの輪の持ち手に、ビニールひもを編んだ網のバッグだった。
ああ、こういう糸最近はやってるよね、前は見ない材料だったけど、手触りが子どもの透明のビニールなわとびみたいな糸で、金、銀なんかのメタリックカラーで、つやつやしていて、ぎゅっと押さえるとくっつく感じになる素材だ。
でも、この人は、確か幼稚園のバザーの時は工作系のグループにいた人だ。こういう手芸系のことをやる人だっけ?と一瞬思った。
「かわいいね、これ、編んだの?」
他に話題もない、適当に振ってみた。
彼女はとてもうれしそうに、そうなのよ、最近習いに行って編んだの、と言っていた。
おお、やっぱり手編みだったか。
これ、編むのに結構力要りそうだと思ってみてたのよ、というと、こういうタイプのバッグが、最近はやっていて、これを編み上げるまでの短期レッスンなどがある話をしてくれた。
へえ、いいわねえ、じゃあ、またねーっ。
…と話を切り上げて帰ってきた。
その日はお友達の家にお邪魔する話があったのだ。
…と、その人の家に行って、オパール毛糸のマフラーを編むときの、最初の方はゴム編みか、かのこ編みにして後は輪にあむんだけど、こう…みたいな解説をしていると、ふとソファの上に置いてあるバッグに目が行った。
さっき見たのと、同じバッグだ。
「これ、編んだの?」
というと、彼女は、一瞬、「むっ」っとなった。
違う違う、これはね、「本物」なのよ、と。
「???」
私の頭の上にクエスチョンマークが飛んでいるのが分かったのだろう、彼女は、このバッグは、なんちゃらというブランド(スパッと忘れた)のもので、百貨店ではちまんえんしたのだという。彼女はお洋服に合わせて、ゴールドと、シルバーと、黒いのをもっているのだそうだ。
えーーー。そっくりなのにーーー。私は、さっき会った知り合いがこれとそっくりのバッグを編んだというのを見てきたばっかりなのだ、と言い訳をした。
彼女は、バッグにはこういう金属の輪っかがついていて、その輪と、輪についている刻印で「本物」ということがわかるのだ、と解説してくれた。へーーー。
そうかあ、失礼なこといってごめんね、と謝っておいたが、まあ、彼女は私がブランドなんかには思いっきり疎いことをわかっている人だから安心だ。彼女は別にブランド「だから」もっているのではなく、好きなものを持っているのだ、というスタンスを通しているので、私がどんなバッグを持っていようと別にどうとも思わない人でもある。
8万円を3つか…。我が家では「そんなのを3つも買うぐらいなら、ゲーム機の3台でも買おうか」という家庭だからなあ。
こんなものがある、ということすら全く知らなかった。ちなみに正式名称は「ワイヤーバッグ」らしい。
コピー商品を売るのは不法だろうが、似たようなのを自力で作って使ってはいけません、というのはないだろうし、やっぱりすてきだと思う人が多かったから流行ったんだろうな。しかし、ここまで似た感じに出来るなら、やってみようと思う人が出るのもわかる。縫うのと違って編み物は欠点が目立ちにくいというのもあるし。革のカバンを素人が縫うのは無理だけど、これなら、確かに。
本物の証だというその金属の輪を見て、似たようなサイズのワッシャーでもくっつけておいたら、自分で編んだのでも、遠目には本物に見えるかもしれないなあ…という方向に私の興味が向いたことは、彼女には内緒にしておいた。
Pokemon Let's GO ピカチュウ プレイレポート(最初のほうだけ)
おおお!かわいいー!赤と青のコントローラがついている本体より、ちょっとおさえめなカラーでシックな感じ。ピカチュウの黄色って、意外と落ち着いているのね。
えーっと、本編。
基本、初代の赤、緑と近いシナリオだと聞いてはいたが、体験版を全然遊ばなかったし、ムービーもほとんど見なかったので初見。
主人公は男女選べて、3DSのウルトラサンムーンと似たような見かけの選び方で。
一緒にポケモンをもらいに行くお隣さんは、ポケモン初代のライバルより性格がおだやかで、いい感じ。いちいちかみついてこない。
ピカチュウがやたらかわいい。多分イーブイもかわいいのだと思うが、このふんわりぽっちゃりしたピカチュウの質感がもう、かわいいということにすごく力を入れたね、という感じ。なでて遊べるのは3DSと同じ。
旅に出ると、何が違うって、トレーナー戦以外、戦うという選択肢が出ない。
野生のポケモンと出会ったら、捕まえる、または逃げる。倒して経験値ゲットは出来ない。
捕まえると、経験値が入る(のはサンムーンからあとのポケモンと同じだね)。
捕まえるときには、コントローラーを構えてAボタン(ボール型でも、普通のコントローラでも、本体でも)、そのあと振ってボールを投げる。ポケモンGOと同じように、タイミングがポケモンに重なって表示される伸び縮みする輪で表現される。輪が小さいときにボールを当てると、Excellentとか、Niceとか、うまくいったよ、ということがわかる字が出る。
ポケボールは3DS版と違って1つ100ポケ。(10個買うとおまけにプレミアボールもくれる)
NPCトレーナー戦は序盤だから案の定36円とか80円とかしか賞金が出ないが、そのかわりポケモンボールを3つとかくれる時があるので、とりあえず捕まえながら進むのには問題なし。(10個ぐらいは一番最初にショップを見たときに買っておくといいかも)
モンスターとのエンカウントは草むらに動いているポケモンと当たるとスタート。少ないなら避けるのももちろんできるが、あんまりたくさんいると避けられなくてトキワの森で虫ポケモンにかなりエンカウント…したけど、逃げるは大体成功する上に、毒もあんまり使ってこなかったので倒れず抜けるのに成功。
捕まえ損ねると、ポケモンが逃げ出すことも。ああ…ボールがもったいない。
一つ目のジムのタケシは、ピカチュウだけだと相性が悪くて戦うのは難しいはずだが、なぜかピカチュウがかくとう技の「にどげり」を習得したので、(レベル9。普通に戦っていたら覚えた)それで一回途中でキズぐすり(ジムの前でお隣さんが5つくれる)を使ってレベル10でクリア。(でんこうせっかも覚えていた)
にどげりって、ピカチュウの習得技にあったっけ?と思ったけど、頼みの草ポケは「ナゾノクサ」しか出なかったし、虫ポケはもう、戦力にならないし、あとはラッタか、ポッポ、トキワの森のピカチュウで終了という状態では、ナゾノクサを鍛えなければもう、これしか方法はないよね?
多分にどげりを自然に覚えるのは、一つ目のジムがクリアできない、このタイプのポケモンゲームははじめてですが!というプレイヤーのためとみたね。
ポケモンGOのボリュームゾーンである中高年がスイッチを買うとも思われないが、お母さんのスマホであそんでいるお子さんたちのためにも、安心の仕様だ。
スイッチのコントローラを本体につけたまま遊ばず、片方のコントローラだけ外すと、横持ちじゃなくて縦持ち。
片手で方向操作と、決定、戻る、みたいな操作をすることになるのがちょっと…慣れればできるだろうけど、ポケボール+の操作も、スティックと、スティックをぐっと押し込むスティックボタン、、それからボールに埋め込まれているトップボタン…しかないので、コントローラとしては不便かも。
ポケボールでポケモンを外に連れ出して歩く…というのはやってみたら出来たけど、ゲームを遊んでいない時に中のポケモンと遊べます…というのは、ボールのスティックボタンを押したら黄色く(多分中身がピカチュウだから)光る。
あと、振ると、ぴーかーちゅーーー♪とか叫ぶのがかわいいけど、これは「遊ぶ」というのか?
スイッチのゲームを立ち上げて、戻したら、歩いたり、ポケGOとつないだりしたので、その分の頑張った分だ、ということでアイテムを持って帰ってきた。便利かも…。そして、言うほど歩いていないし、ポケストップを5、6回回しただけだったのに、レベルが12から13、14と2つも上がるというインフレぶり。100まですぐじゃないのか、これ。
このあたりもうちょっと、調べてみないとダメっぽい。
これはちょっと体感ゲームっぽくなった初代ポケモン…ということでいいかな。結構たのしかった。
一日に1つずつジム攻略しよう。
今更?新聞を取る
かといってエンターテイメントとして成立…するほどは面白くない。
まあ、なんとなく読んでいるものなんだから、しょうがないのだけれども、これなら普段読んでいるブログのほうが、その人に共感できる分面白いよなー。なんて思いながら、ちょっとセンセーショナルな題名にひかれて読んでしまう。
髪の毛を切りに行ったときに並んでいる雑誌と似たようなことを書いている割には断然面白くないのは、これがタダで読めるものだからだと思う。誰も、文章の良さ、面白さ、読みやすさ、情報としての価値、またはエンターテイメント性…などをチェックしていないのだからしょうがない。
もちろん時々、この人の書いたものがもっと読みたいと思うときもある。でも、そういうものにはなかなか当たらない。
時々、あ、これはなんかいい感じ!と思ったら、途中から「会員限定記事」とかだったりする。
無料で、ネットに散らばっている文章の中から、自分の目で好みの、または自分にとって価値のある文章を選ぶのが、疲れている時とか、気力が出ない時にはつらくなってきた。
夫にそういう話をしていると、「そうだ、久しぶりだけど、新聞読もうか」という話になった。
つまり、軽い読み物として、毎日日替わりで、いろいろなものが読めるという点で、いいかも、と。
息子は「小学生新聞」を読んでいるが、そろそろ高学年だし、家に新聞があるという環境もいいだろう、ということになった。
アメリカにいるときは、時々新聞を取っていたことも(英語の勉強に)あるのだけれども、そういやあ、ニュースはネットで読めばいいよねえ、というようなことになって、最近は新聞を取っていなかった。
全国紙といわれる新聞は、紙の新聞を届けてもらうのと、ちょっとお金をプラスすればネット版も読ませてくれる。
昔は、ネットにニュースサイトとかが少なかったので、決まったところを読むしかなかった。今の雨後の筍みたいな林立状態じゃなかったので、そういうサイトは大手か、古いか、実際新聞社とか、ニュース配信社とかがやっているところが多かったので、文章の質もいいところが多かったのだが、今はうっかりリンクを踏んで読みに行くと、読めるところ読めるところ、全部テキトー…みたいなのでより分けるのが大変だから、ここはもう、お金を出して、会員限定記事を読むのもいいかも…ということで、紙の新聞と、ネット版、両方契約した。
紙の新聞を読むのは久しぶりだ。
ニュースの見出しをかいつまんで読み、そのあとさっと流し読みしてから詳しい解説を読み…とか記事の内容によって好きな読み方が出来るし、普段は全然目につかないような珍しいニュースや、本の紹介記事。ツイッターや、SNSでシェアされるような「誰がうまいこと言えと」みたいな投稿欄や、週末の特集記事、コラム各種。
論理が破綻しておらず、書いている人がちゃんと結論にたどり着いていて、なるほどー。と思える文章は読んでいても満足感があるし、どれを読んでも情報ソースはどこなんだ!ということがわかるようになっている。宣伝は宣伝でこのあたりは宣伝ですよ、とわかるように掲載されているから、途中で、「あ、この記事は宣伝だ…情報としてはマユツバだな…」というのがない。
楽。やっぱり、ちゃんとした新聞とか雑誌とかには、意味があるんだなあ…としみじみ思った。
ネット版のほうも、コラムのバックナンバーが全部読めるサービスがあったりして。連載コラムはあとで本にするようなクオリティのものが多いので、あったらあっただけ楽しめて、読みふけってしまった。
このIT時代に、一周回って、昭和にもあった紙の新聞に戻ってきたけれど、これはこれで。まあ1カ月数千円を高いと思うかどうかはともかく、情報が既にふるいにかけられて、いいものだけ届く感じは、きっと、情報が玉石混交でどっさりある今だからこそ、ありがたい。
500文字ぐらいしかないコラムも、本当にいい文章だなあ…さすが…という感じだ。
いい文章を読んだら、いい文章が書けるようになると高校生の時の国語の先生は言っていたが、今からでも、ちょっとは私の文章もよくなるかなあ。だといいな。
ふと、昔愛読していた「天声人語」の文庫本が読みたくなった。又は「編集手帳」の本でもいい。短くて、興味深くていい文章がたくさん読みたい。天声人語は朝日新聞、編集手帳は読売新聞、あれ?毎日新聞のは、なんていったっけ。今調べたら「余禄」だった。
わあ、これ知らない。多分、私の実家では朝日と読売を取ることが多かったのだと思う。実家の親は時々新聞を変えていた。多分、安くしてくれるところを取っているとか、そういうことになっていたのだろう。
どれでもいいな…。まず図書館をチェック。天声人語を一番読んだと思うけれども、あれは年代によって、書いている人が違って、好みのとそうでないのがある。特に自然系のネタを書くと、とても美しい情景が浮かぶ文章を書く人があったのだけれども、あれは何年ぐらいのなんだろう。
今度図書館で天声人語の本を読むときは年代をチェックして好みのものが何年ぐらいのものなのか、とか、誰が書いたのかとかネットで調べてもいいなあ。昔は何年から何年まで、誰がコラムを担当していた…というようなことは子供にはなかなか調べられなかったものだけれども、今はネットにそういう情報は正確に載っているものね。
私が、新聞を取りたくなかった理由は、多分だけど、新聞の勧誘訪問が嫌いだったからだと思う。あれはしつこいし、特に子供が3歳以下の時に、夜8時とか9時とかに来るのはすごくやめてほしかった。何新聞であろうと、絶対読んでやるもんか、と思ったものだ。今のマンションは、勝手にそういう人が入ってこられるようにはなっていないので、訪問されなくなったのでよかった。
新聞が読みたくなったら、申し込むからこなくていいんだよ、ほんと。来るだけ取る気が余計なくなるってこともあると思うんだけど。
ちなみに、息子の子供新聞をいれてくれている新聞配達店は、「何か、いりますか、あの、洗剤とか…」と控えめに聞いてくれたので、古新聞をいれる袋だけ下さい、と頼んだ。今回の新聞も、多分そういうオファーが来るだろうけど…何がほしいか、と言われると美術展の切符ならほしいかな…。とか思っていたら、夫は「1カ月無料がいいなあ」だって。なるほど…実利的だ。邪魔にもならないしね。
集金に来る人には、そういう風に頼むことにしよう。
塾はいつから?
お名前はAさんとしよう。
「まこさんのところ、受験するんだって?うちの子も受験したいっていうのよ、塾とか行ってる?」
…と聞かれたが、ちょっと、Aさん…遅いんじゃないのか…とここまで出かかった。
そう、塾の新年度は4月ではなくて、1月とか2月。11月ということは、確かに入塾するとしたらこのぐらいから準備は要るだろうが、5年生から塾というのはちょっと、珍しいぐらい遅い。3年生はちょっと早めにしても、4年生からというのが通例だろう。
「塾の模擬テストみたいなのには、行ってる?あれはタダのもあるから、何種類かはうちでもやったよ、後から勧誘の電話がかかってくるのがうるさいけどね」
ほとんどの塾は大体ABCと三種類ぐらい(つまり上中下みたいな感じ)にクラスが分かれている。点数によっては、最難関用のクラスとかに塾代半額で招かれたりするようだが、そんないいことはうちには起きなかった。
すると、Aさんはそれがね…と話しはじめた。
その話を総合するとこうだ。
まず、そういう話を学校でする子が増えてきて、Aさんの息子さんは、「あ、俺もやってもいいかも」と思ったらしく、お母さんに「俺も私立受験したい」と言ったのだが、そのつもりが親御さんの方には全くなく、近所の公立に普通に進学、と思っていたので驚愕。
誰から聞いたのか、というわけでその話をした友達のお母さんに聞いてみたら、そのお友達は3年生から駅前の塾に行っている。そのお母さんに、「無料入塾テストがあるから、受けてみたらどう?」と言われて受けたら、結果は郵送されてきたものの、点数はどん底、勧誘の電話すらかかってこず、こっちから問い合わせたら、なんと、お断りされた…ということらしい。
えーーー。ちょっと、勧誘の電話がうるさいなんて言わなきゃよかった。自慢したみたいになってしまった。
塾というのは基本入塾させてお金取るのが目的だ。この街の塾はたくさんありすぎで競争過多になっていると噂されているのに「入塾お断り」があるなんて考えたこともなかった。…ううう。よっぽど成績が悪かったんだろうなあ…。
なるほど、と相槌を打ちながら、一体どのあたりが落としどころか…と見当をつける。
さすがに、「勉強苦手なら、受験はやめておいたら?」というのは間違いなく失礼だからね。
まこさんなら、どうする?というので、
もし、うちの息子が今まで準備してこなくて、今から突然入試準備をするとしたら、という話ね?と確認を取ってスタート。
まず、今からやるとしたら、うちの場合は息子が(私立に入りたい、という割には)真剣に勉強してくれないので、普通の週に2回ぐらいの塾だと勉強が足りなくなる。(だから、うちは低学年のころから、じわじわとやるしかなかったのだ。長時間集中できる子ならもっと後からでもよかった)なので、個別指導の塾、つまり先生が1人に、生徒が1人か、2人というタイプの塾へかなり頻回に入れると思うよ、塾の先生が、このあたりの学校ならいけますという学校を受けるだろうね、とまとめておいた。
Aさんは、「どうせならちゃんとした学校へ入れたい」らしいが、正直なところ、「最難関」はもう、無理だと思うよ?と言っておいた。
つまり「XXとか、△△とか、〇〇とか…」と補足したら、「ああ…」ってなってたけど、つまりそういう学校は、4年生ぐらいから、ぎっちりみっちりに詰め込み、中学受験に独特な試験問題に慣れて速さをだし、短い時間に一瞬で解ける問題と、捨てる問題を見分けられる子供にしか、受かるチャンスはないからね…。多分、「難関校」も厳しいと思う。とつい、付け加えてしまった。程度の差こそあれ、最難関、難関校受験のやり方は同じだ。問題パターンの認識と習熟、問題の取捨選択で速度を出すそのテクニック。
日本の中学受験はそういうシステムになっているのだし、その良し悪しはともかく、そういう学校に入ろうと思うと、それに合わせられないといけない。中堅から下は、子供が減っているから、色々な入試をしたり、特色を出したりして難関用の勉強をしていない子どもを受け入れることもあるから、勉強が苦手な場合はそっちを狙うほうが勝算が高い。
「難関校より下の学校に関しては、本人のやる気次第では1年でだいぶ違うと思うし、中堅より下の学校でも、学力と経済力で下の方を切っているだけでもやはり子供の学力がそろいやすいから、お勉強面では公立より有利だと思うよ」とは言っておいた。
まこさんのところは、どこを狙っているのか、と聞かれたので、正直に答えておいた。
正直、学力的には素晴らしいとはされない学校だが、学校見学で息子が見に行って、ここがいいというのだからしょうがない。
小学校の英語の授業が好きではなく、ああいうのをやるんだったら、地元中には行きたくないと言われてしまうと、お金が安いから公立に行け、とは言えなかった。息子が行きたいという学校は英語が習熟度別だったからね…。
Aさんには、「つまり、お金出したら入れるような学校でも、公立よりましってこと?」と言われたが、うん、そう。
高校だと多分そうはならないけど、中学だとそうなると思う。補足説明をしたほうがいいな…
つまり、中学入試だと、偏差値がたとえば35でも、高校入試の偏差値35とは全く性質が違う。
中学入試をするのは、「経済的に6年分の私学の学費が出せる」「公教育よりもいい教育を受けさせたいと思っている」人たちばっかりだ。
勉強がよく出来るので、そのまま勉強して伸ばしてテストに受かる。
勉強がよく出来るが、さらに伸ばして難しい学校のテストに受かる。
勉強はそれなりの子だが教育費がかけられるので、塾とか、家庭教師で学力を上げてテストに受からせる。
このうちどれかの戦略で、中学受験をするのが通例。
勉強が苦手、または嫌いか、お金をかけても箸にも棒にも…という子はまず、この年齢では受験をしない。
つまり、小学校の成績でいうと、「大体真ん中から上」の子ばっかりが中学受験に挑むわけだ。
となると、すでに模試の偏差値50、つまり平均点の時点で、真ん中から上の人たちばっかりのうちの真ん中…ということは、小学生全員の上から3割ぐらいには入るね…という感じになりがち。
ということは「中学受験の偏差値35」の場合でも、全国の小学生全員の真ん中ぐらい」の子ばっかりになっちゃうということで、偏差値35ぐらいの(中学受験でいうと、それほど難しくはないとされる)学校でも、公立小学校のクラスの下半分がばっさりいない状態で授業を進めることが出来る計算だ。理由が学力か、経済力かのどっちにしろ、結果はそうなる。
だから、受験の偏差値が35でも、私立を受ける人がいるんだよね…と説明したけど、ちょっと、そんなこと大体小学校3年生になるぐらいの頃(つまり小学校2年生の秋から冬)の塾の説明会でやるってば…。なぜ今頃なのさー!
もともと、うちの息子が通っていた幼稚園は、お行儀なんかにうるさい幼稚園で、近隣のエスカレーター式お嬢様学校への受験に有利だと言われていたためか、教育熱心なママさんたちが多く、こういうことは「常識」とされていた。小学校から私学推しの人が多いんだよね…。
つまりそのころからのママ友さん中心に交友関係のある私も、「そのぐらいのこと」は知っているわけだ。
正直言うと、中学なんか公立でいいのにと思っているが、こういうことはもう、宗教みたいなもので、そう信じている人に何を言っても平行線だからねえ。
しかし…。子供の意見を尊重して学校を決めるというのはいいことだと思う。なんせ通うのは子供なんだから。
でも、それにしちゃちょっとギリギリすぎないか?
「今からじゃ無理だと思う?」
うわー。この質問は、「お子さんの素質とやる気による」としか…。
つまり、3年生から塾に入ると、3年生の教材をやるわけよ。で、4年生から入ると、「3年生の分はもう終わってますから、その分は、家でお願いします」ということになっているわけで(教材は渡してくれたりする塾もある)、今かららでも遅くないようにしようと思えば、4年生とか3年生でやることを家でやって、追いついておかなきゃいけないんだよね。
たとえば、「ことわざ」とか「慣用句」なんかは、6年生じゃなくて、3年生でも丸暗記出来るので、わざわざ6年生まで待たないから、入試には出るけど、塾では6年生ではもう、復習とか、学校別対策とかにちょこっとしか出ない…というような現象も起きる。
塾のカリキュラムの埋め合わせが出来るかだねえ…。
「この学校に行きたい、という目標をもって、頑張る男子というのは短期間で伸びるという話は聞いたことあるけど…」言っておいた。
うちの息子は集中力が30分ともたない。特に苦手科目は模擬テストの時は頑張っているようだが、普段の勉強は絶対どこかに幽体離脱しているとしか言えない状態になっていることもある。うちの息子だったら準備は1年では無理だろう。
Aさんの息子さんが典型的な男子で、なおかつお勉強が嫌いだとしたならば、今から準備して入試は大変だろうなあ…。だがこれを失礼にならないように相手に伝えるのは難しい(ので言わなかった)。
私がお茶を飲んだり、ランチに行ったりするような、仲のいいお母さんたちはみんな、中学を受けるかどうかわからないけれども、受けたいと言われたときに、「何も準備してない、どうしよう」ってなりたくないから塾には行かせる、と3、4年生ぐらいから行かせていた人が多かった。3年生の時には全然そんなことを考えていなくても、たったの2年で考えていることが全然違ってくる年齢なんだよね、小学生って。
Aさんは、私と同じく、ひとりっ子のお母さんだった。
なんだか、身につまされるものがあるなあ…。何でも初めてだからねえ。
大人は2年で考えていることはほとんど変わらない。基本は現状維持だもの、突然の変化には対応しづらいよね。
前もって準備出来るかどうかは、難しいところだ。
最近の塾には、中学受験コースだけでなく、小学生向け「高校受験準備コース」もあるんだよね。
今からだと、高校受験を目標にしたほうが…。いや、もう聞かれてもいないのにいうのはやめておこう。
Aさんにはお礼は言ってもらえたものの、なんとなく言い過ぎたような気がする。
いや、よくわからないから、とかごまかすのもなんだし、かといって今日私が出した情報が役に立ちそうかと言われると全然だしなあ。こういうところで雑談をするのって意外と難しいんだよね、ほんと。苦手だ。
一つの幸せ
私が成人したころにはバブルは終わっていたからねえ。
いまもとても「きれい」な人というか、美しい人で、20代だったころの写真も見せてもらったことがあるけれども、もう本当に、ミス・ナントカが本気で狙えそうな感じで、輝くような美貌とスタイル。本当に、今だって服装のセンスもスタイルもよくて、一緒に出掛けるとまるで百貨店のマネキンみたいなのだ。絶対個性的な服なんだけど、きれいだと何でもキマるんだなあ…という感じ。
「これが流行りで、人気でみなさん買っていかれますよ」なんていう服は絶対着ない、「誰も買ってないのを出してください」とブティックでは言うぐらいだそうだ。ちなみに、普段の服は「生協の通販よ」と笑っているが、いや、もうどこから見ても、ジャクリーン・ケネディみたいだから!!(画像はジャクリーン・ケネディ。wikipediaからお借りしました)
そんな美しい人に、もちろん旦那さんはいて、お子さんも2人。中高生でうちの子より年上だが、両方男の子なので「ああー、そんなのよくあったわよ」という彼女にはしょっちゅういいアドバイスをもらっている。
ある日、お子さんの学校に呼び出されて、早くつきすぎてしまったので、彼女はショッピングモールで時間をつぶしていたらしい。
そうしたら、「あの、もしお時間よかったらお茶でも…」と、なんと、同じぐらいの年の男性にナンパされたのだそう!
この年でナンパされるとは思わなかった、と彼女は笑っていた。もちろん、「全然時間はよくないのでお断りです」みたいなきっぱりした断り方をしたそうだし、「なんでこんな男とお茶のみに行かなきゃいけないのよ!」と腹が立ったそうだが、それでも、ちょっとすごいと思う。
本人は、若いころには特に、お茶だの、食事だのに誘われたことが数えきれないぐらいあるみたいだから、こんなことは珍しくもないのだろうけど、きっと誘った人以外にも、彼女を美しい、魅力的だと思った人はとてもたくさんいただろうなあ、と思う。
美人に生まれるって、どんな気分なんだろう。通りかかる人が振り向くぐらい美人って、こういう人のことをいうのだ、きっと。
…という話を、夫にした。
いいなあ…一度でいいから、きれいだと思われたかった。今更だけど、美人だったら、なにかもっと変わったことが起きたのかなあ。専業主婦ではなくて。
そんなことを考えていたら、ふっと夫と目があった。
「かわいいよ?」 と笑顔で言われた。
なんだか、それだけで、きれいだったらよかったのにな、なんて気分がしなくなった。
何万人もの人から、きっと、あ、美人。と思われている人もいるけれど、たった一人の人から、かわいいと思われるのも、またこれはこれで、いいのではないだろうか。
お見合い結婚だった彼女は、恋愛結婚だった私と夫が、ちょっとうらやましいと言っていた。
彼女のお友達で、お見合い結婚だった人は、もし、もう一度、若いころに戻れるならもう一度今の人と結婚するか…という質問に、「いや、もういい。結婚自体、いらない」という人が多いのだが、恋愛結婚だった人は、どんなに旦那さんの悪口を言って、こんな人と結婚しなけりゃよかったと言っているような人でも、「うっ」と一度考えるそうだ。その詰まるのが、うらやましいと。
ちなみに私もその質問をされたが、即答で「うん、相手がどう思うかはわからないけど、私はそうしたいね」と答えたので、「ねーほんと!だと思ったけどうらやましいわ!」と言われた。
…なんでもは手に入らないものだね…。としみじみした。
トマト煮込みと節約
簡単な割に、そういや、ファミレスにこういうメニューあったね、どこのだっけ、というような雰囲気に仕上がるので時々出す。
…が、夏も過ぎてしまい、トマトというのは案外高くなってきた。この間私が風邪で買い物に行きたくなかった時、シチューに必要なものをメモして夫に買ってきてもらった時も、「野菜って、結構高いね…。普段からやりくりありがとうね」という感想が来たぐらいには、野菜が高い。
ちょっと、おかず1つ分には高い。この場合はローズマリーを省くのがわかりやすいが、省いたところで850円。
トマトを、紙パック入りトマトにしてみた。国産メーカーでも120円(安売りだった)。最近は缶じゃなくて、パックもある。捨てるとき楽でいい。というわけでこの場合は450円と120円と158円で738円。
千円なことを考えれば、3/4。
ローズマリーを省かなければ、味は割とよくて、もちろん生のトマトほどはよくはないが、十分な出来だった。
省く場合は、ハーブではなくて材料のほう…と書くと、えー?本末転倒?と思いそうになるが、仕上がりの点で見ると、確かに影響が少ないのはトマトがカットトマトになるほうだった。
しっかしこのローズマリー、余るんだよねえ。1本しか料理に入れないから。
とりあえず残りは束ねてベランダに干しておいたけど確かこれ、前回やったときはビニールに入れて置いたら、バラバラになって、結局使わずに捨てた気がする。
これは逆に料理に使うのはあきらめて、布袋にでもいれて、クッションカバーに挟んで頭痛の時用にするのはどうだろう。前にローズマリーの話を書いたときに、頭痛に効くというコメントをくれた人があった気がする。
そういう使い方のほうが多分有効活用出来るよね。
あとは節約としては、瓶詰のドライハーブを使うのも考えてもいいな、値段的に。
でも生のほうがいい匂いだしなあ…。おいしさも格別だし。
100円違いでいろいろなものが買えたり買えなかったりするので、5円、10円の違いはともかく、50円、100円の節約は大事。
がんばろう…。
ノートバラバラ事件
…と息子が言った。
珍しい、すごく早いじゃないの。しばらく前に買った覚えがまだ私にある。
彼は大体すでに漢字ノートに書く場所がなくなってからそういう申告をすることが多い。
夜、遅くなってからということもあるので、【こういうサイト】で、家のプリンタで印刷して間に合わせたことが何度あるか…。(ありがたいサイトだ。感謝したい)
最後の5ページぐらいのところに、「今日帰ったら、お母さんにノート買って、ということ」という注意書きを貼っておくなどというコツも聞いたことがあるぐらいだから、この問題は男児のお母さんにはよく知られたものなのだと思う。
ほらみて、これ、バラバラ。
…と持ってきた息子の漢字ノートは確かに、ノートの表紙と中の紙がバラバラになっている。
あー。これな!
これは、近所の文房具店の学習帳ではない。これは、文具店がお休みの日に買った、100均のものだ。
文具店の学習帳は税込みだと200円以上するが、糸で縫って作ってあるので、滅多なことで全体がばらばらになんかならない。
100均のは、背表紙が糊でくっついてるだけだからなあ…。出来の悪いのにあたったのかもしれないが、大体物の扱いもあんまりよくない男子君といったところなので、これは100均の商品の質だけが問題なのではないと思う。
表紙の下のほうの背が裂けていたので、カラーのガムテープを細く切って貼っておいた。(中身もある程度くっついた)
まだいけるよ、次のはちゃんとしたのを買っておくから、これでもうちょっとがんばっといて!と渡しておいた。
息子は、くっついてればいいや…と思ったらしく、文句は言わなかった。
消耗品だからねえ、こんなものでいいでしょう。
同じく100均で買ったノートでも、チェックしてみたら、理科とか、社会とかの登場頻度の低いもの(プリントを多用する授業だから)は、問題なさそうだった。ノートのまとめ買いとかをして単価を下げるべきだろうか。
最近は、5ミリの方眼で、1センチごとに線が太くなったタイプのノートを、社会、理科、算数の3科目に使うようになったので、そのタイプなら消費しそうだし。
一年生の時のさんすうノートとか、こくごノートのかわいらしさが、ちょっと、懐かしい。
突然お弁当
日曜日に久しぶりに外出する気力が出たので、私は大型書店まで出かけた。
本を読み、雑誌を1冊買い、次にどんな本を買うか(電子本で)検討して、頭がちょっとぼーっとするまで見てから、帰る。
今日の夕飯は朝にいろいろ準備しておいたチーズフォンデュ。野菜を蒸したり、肉を焼いたり…という工程は済んでいるので、温めなおしたり、ソーセージをゆでたり、チーズを温めるのだけはやるとして、まあ、「勝ったも同然」状態なので、元気づけに紅茶だけのんで、電車に乗った。
マンションの前あたりで、LINEが入る。「明日、お弁当だって」
なんですと!!前の校外学習、先月だったよね?(弁当はいらなかった)なぜ今頃ー。
これは由々しき事態だ。まあ、今日のフォンデュのソーセージと、ブロッコリーとニンジンは入れるとしても、絶対足りない。
しょうがないので、そのまま自転車置き場へ直行して、近所のスーパーへ。
お弁当は最近こういう時以外作っていない。
スポーツと同じで、お弁当力というのは、作っていないと衰えると思う。
まず、おかずの必要量を計るのが下手になる。埋まらないスキマが出てしまうんだよね…。
プチトマトは絶対いる。ちくわと、念のため冷凍のから揚げ、鮭一切れと、カイワレ大根、デザートにミカン。卵はまだ1つはあったはずだし、これだけあればまあ、埋まるだろう…。しかし弁当用の分だけで1000円ぐらいかかってしまう。ちくわとミカンと唐揚げは余るとはいえ、(多分鮭も半切れ余るけど)なかなかに突発食費予算としてはきつい。
教えてくれて助かったよ、ありがとう、買い物出来たよ、と夫にLINEを送った。
一晩明けて、作ったお弁当がこれ。
詰め方も、なんだかもうちょっと格好良くならないかな…という感じだけど、とりあえずちゃんと足りて、唐揚げは、「トマト1つにして唐揚げいれる?」と聞いたら、「これでいい」と息子が言うので、唐揚げは使用せず。
焼いた鮭、ちくわのカイワレ詰めと、卵焼き、ソーセージとゆでたニンジンブロッコリー。それからチーズフォンデュの時に1つとっておいたエビをもう一度焼きなおして詰めた。
こ…こんなもんでしょう…。息子はお弁当の扱いが乱暴だからね…。揺れて崩れたり、混ざったりしないようにけっこうぎっちぎちに詰めておくのがコツなのだ。
やれやれ、ちなみに今回の校外学習は、劇場に、劇を見に行く、というものでした。お弁当は多分ホールで食べないだろうけど…どこで食べるんだろう、ロビーかな?ここから劇をやるようなホールは遠いからね…。給食までに帰ってこられないということなんだろう。水筒にお茶もいれたし、はい、いってらっしゃい!
なんとなく一仕事終わった気分。
洗濯物干すのもも掃除も、まだなんだけど!あわただしい朝だった。
編集手帳を読む
図書館へ行ったとき、運よく新聞コラムのことを思い出したので、本を探してみた。
てっきり随筆、つまりエッセイのコーナーにあるものだと思ったが見つからない。しょうがないので、図書館の検索システムで【編集手帳】と検索をかけたら、304という分類番号。
えーっと、社会ナントカなわけだ?と思って見に行ったら、「社会科学」だった。へえー。そうなるのか。
あんまり普段見に行かない本棚だった。
26集からあとと、傑作選というのがあったので第26集と、傑作選を借りてきた。
本の解説を見ると、この竹内政明さんという人は、2001年からこのコラムを書いているらしい。
18年、毎日かあ…。いや、多分、毎日一つずつ書いているわけではなくて、何本か書く日もあるとは思うけれど、それでも、つまりこういう文章を18年も書き続けているのは、すごいことだな、と思う。この人はほかに著作もあるし、新聞社でほかの仕事もしているのだろうからねえ…。
パラパラっと読んでみると、天声人語よりも、何かの引用でスタートすることが多い。時事問題も割と多くて、その当時のニュースを知らないと、あれ?これどんなニュースだったっけなあ…となるだろうけれども、この26集というのは2014年の前半のものらしいので、割と覚えがあるニュースが多いので、なんとかなった。
新書版で、見開き分で一日分だから、どこでやめても大丈夫な本だ。
そして、どこを読んでも、へえー、面白いなあ…。と思える。
ばったり会った人が、縁側でお茶を飲んでいく。
「こんな話、聞いたんですよ、それがね…」
とスタートして、ひとくさり話をして、私が、へえー。そんな話が?面白いですねえー。と相槌を打つ。
「あ、長居してすみませんね、また今度」とその人が帰っていく。
そういう感じ。
いいな、これ。こういう話の面白い人が知り合いにいたら、どんなに楽しいことだろうか。
話題がたくさんあって、毎回それをまとめて面白い話に出来る人。こういう人にあこがれたことがある。
今でも、あこがれはある。「あの人は話の面白い人だ」というのは、一度は言われてみたい、ほめ言葉だ。
読売新聞を取って、1日に1つずつ受け取るのがいいか、それともまとめて届くのがいいか、どっちかなあ。
雰囲気は1つずつ届くのがいい…がたぶん、読み返すのに不便なので、私はやっぱり本で読もう。
電子版があればいいのになあ。
昔、「スクラップブック」というものがあったよね。新聞記事で気に入ったのを切って貼って取っておくの。
これは本になっているけれども、もし全部本になっていると知らなかったらスクラップブックに毎日貼って貯めたかもしれないなあ。
軽くて、覚える必要がなく、かといって知っていると面白い…そういうものを読みたいときにおすすめ。
図書館へ行き続けるコツ
お金がない時に、本を、雑誌を満足いくまで読めるのは、図書館のおかげだ。
実は私たちがこの立地にマンションを買ったのは、図書館が割と近い、という理由があったぐらいだ。駅より図書館が近い、そういう場所。本当はもっと図書館に行ってもいいはずなのに、思ったより行かなかったこの数年。
最近もっと本を読もう、と思って図書館に通い始めたのだけれど、なんとなく、私が図書館を使い続けるコツがわかった気がする。
この図書館、なぜか1階がない。正確に言うともちろん宙に浮いているわけではないので、1階はある。だが、他の部屋や、ロビー、集会も出来るコーナーや、舞台(なぜ?)などがある謎の場所となっており、図書館のある建物の2階が図書館への入り口となっているのだ。雰囲気でいうと、学校の講堂の上に図書室がのっているような建物ってことだ。
まずこの階段が問題。
エレベーターはあるのだが、かなり奥まったところまで歩いて行かないといけないし、主な入口への到達手段である階段を上るのが面倒くさい。
えー?という話もあるだろう。40代で階段が嫌いだなんて、もっと年を取ったらどうする!それもたかが2階!
うん…。私もそう思う。これが微妙に登りにくい、円形の階段で、外側を上ると意外と幅が広く、内側を上るとイヤにちょこちょこした階段でないなら、もうちょっとのぼるのが嫌じゃなかったかなあ。体の活動量がたぶん足りないのだ。最近踏み台昇降20分(20センチ)をやるようになってから、なんとなく階段が平気になってきたような…。これから維持しよう。
加えて本質的な問題として、「返却期限を忘れやすいので、返しに行くのが面倒」という問題がある。
図書館の横を通り過ぎるとき、あ、また本が読みたいなあ…でもそういえば前に借りた本がまだ家にあったっけ…という状態になる。
これは反省点。この状態になってしまうと、図書の返却がすごーく遅れたりする。ええ…期限なんかとっくに過ぎて。それが悪いことなのはよくわかっているんだけど…。となると、もういっそ、借りないほうがマシか、ということで図書館から足が遠のくことになっていた。
だが最近、図書館の入り口の前(2階)にある、図書館が休みの日に返すための「返却ボックス」ではない返却ボックスを発見した。
図書館が入っている建物の、裏道の方に面した壁に、「図書返却口」という作り付けの図書返却ボックスがあった。ポケモンスポットをチェックに行ったときに見かけた。(ちなみにポケモンスポットは道端のお地蔵さんだった)
えー?こんなところに?ここなら、自転車に乗ったままちょっと寄って返却できるではないか!買い物に行くときに入れに来ればいい。CDは返せないみたいなので、CDは2階まで自転車を止めていかなくてはならないが、本だけなら、ねえ。
図書館の本を借りに行くのは好きだが、返しに行くのは面倒くさいというなんとも勝手なその気分にちょうどいい。
重たい本を担いで、図書館にいくためだけに外出するというのはイマイチ足が向かなくても、どうせ行く買い物(行きに荷物はない)に、本をこの壁についている返却口から返しておけば、あとは、気が向いたときに、借りるだけ。
借りるためだけにだったら、なんとなく気分も軽く、「さあ、何を読もうかな!」と行ける。
、つまり、返すのが簡単になると、「まだ返していない本があったけど今は持っていないからまた今度にしよう問題」が解決するわけだ。
建物の裏口のそばの図書返却口がみつかったのはうれしいことだった。この街にもう、何年も住んでいるのに、あの返却口は本当にあるのを知らなかった。もっと早く気づいていればなあ…と思ったけど、今気づいただけでも十分、これから活用できる。
図書館が近くなった気がした。
図書館の入り口のところにある返却ボックスは図書館に行ったことがあれば嫌でも目に入るのだから知らない人はいないだろう。それが「図書館にある返却ボックス」だと認識していれば、この記述から建物の裏の返却口のことはわかるわけないよ、という書き方だった。
駅前の市民センター支所にも返却ボックスがあるのはわかったのはちょっと収穫だったけどさ。
わかりやすい案内というのは、難しいな、と思った。
乾電池整理
色々なものがごじゃごじゃに入っている、リビングの棚の、電池が入っているところを引っ張り出してちょっと整理した。
単3電池の使用が多いのだが、近所のホームセンターで8本248円ぐらいのものを使用していて、8本セットからテキトウにもぎ取って使って、この箱に放り込んでおくと、手探りで取り出したり、他の物の下になっていたりして半端なのが残っているだろうなー。と思っていたので、たまには…と思い立ったわけだ。
単4は、時々マウスとかに必要になる。エネループみたいな充電池もあるのだが(エネループじゃないやつだったけど)、なんせ必要になるのが半年に一度では、充電が微妙に(安い充電池だからね)なることもあって、結局アルカリ電池利用になることが多い。3つ発見。半端だなあ。
使用期限を見ると2022年。意外に新しい。
単3は…何かの電気製品のおまけについていたとみられる、どこのか全然わからない電池2本組とか。
3本残った8本セットの残りとか、1本だけ残ったもっと古いの…とか。
とりあえず災害用に8本セットの新しいのはこの前の夏に買ったので、それは取っておいて(使用期限2023年)使用期限をパッケージに油性ペンで書いておく。 古いのと新しいのが混在しないようにわけて、小さめの箱に並べなおし。2022年のが最古だったので、まあ…いいだろう。
最近据え置き型ラジオの電池が切れた…んだけど、これがなあ…もう何年前に入れたんだろう、というぐらい長持ちするのはいいけど、単2、それも4本。単2電池って、このラジオ以外つかう電気製品ってないんだよね…。
確か非常用の懐中電灯に「どのサイズの電池でもOKですよ」というものがあった気がするが、単2をわざわざ使わなくても、単3が使えるので、単2は災害用にとかとっておかなくてもいい。
単2は割高だしなー。と思ったとき、ふと思い出した。確かこう…単3を単2に無理やりに変身させるような道具があったような。
ネットで調べるとやっぱりあった。
電器屋さんへ行って、何かを買おうとすると大抵ぐぐっと値段が下がって、微妙に有名メーカーの商品より大きいというような風情で横に並んでいるのがここの製品。大抵Audio-Commという名前が入っている。ラジオ系統が強いみたいで、ラジカセとかを見に行くと、大抵機能的にはこれでいいんじゃね?面白い機能がついてるし…となる商品は大抵ここのもので、「まーたおまえかー」となる。たとえば、ここの小型ポータブルラジオはスピーカーはモノラルだが、ヘッドフォンで聞いた時だけステレオ、とか変化球を繰り出すのが多い。
100均でもあるらしいが、100均のものは金具の接触がよくないというような記述も見かけたので、念のため近所の量販店で買った。このリンクのものは水色だが、黄緑とかピンク、それから透明があるっぽい。
近所の量販店のものは半透明で入っている電池がどこの物なのかわかるようになっていた。
さすがに容量まで大きくなるわけではないので電池の持続時間は減るだろうけど、使ってみたらちゃんと動いた。大体私が使うぐらいの頻度なら、これでも半年とか持つんじゃないだろうか。
災害備蓄用という電池もあるようだけれども、それは使用期限が10年とかあるのが売りらしい。安いのは大体5年みたい。入れっぱなしにしておいた時に液漏れしづらいとかというのもあるらしいけれども、使って消耗して捨てる…というスタイルを取っている場合は、今使っている5年の使用期限があるホームセンターの電池で問題はなさそう。
いつも8本パック1つ以上あるようにしておけばOKとみた。新しいパックをあけたら、ストック分を買うことにしよう。
お久しぶりの声
私は、フリースのベストを着て、洗濯物を干していた。
ぐっと寒くなった後のことで、今日は珍しく暖かいねえ…なんて休日の夫と話をしながら。
遠くから近づいてくる歌が、♪おいらのともだちゃぽんぽこぽんのポン♪
無意識に、頭の中で、まーけるな、まけるな、おっしょーさんにまーっけるな♪とうたってから、「???」となった。
あーー。灯油。灯油やさんだ。このあたりに回ってくる、灯油を売るトラックは、多分三種類。
この、しょっしょっしょーじょじ、の他の2種類は
「ゆきやこんこん(ゆきやこんこん、あられやこんこん)」
「たきび(かきねのかきねのまがりかど)」。
の2台だ。
なんとなく、このぽんぽこポンのぽん、だけ季節感が違う気もするけど、つまりそういう季節になったってことだ。
もう、冬、なんだなあ。
こういうのが回ってくると、ついつい、鼻歌もつられてしまって、別に好きでもない歌を歌ってしまうことになる。
子どもの頃に家にあった童謡のレコード(LP4枚セットの豪華なものだった)のせいで、私はこういう歌が結構歌えるのが、またいいのやら悪いのやら…。
色々奇抜な歌をかけてくれればもっと楽しめるのかもしれない。
紅葉の季節に
毎年、紅葉は起きるのにどうしてこんなに印象深いのだろう。
この時期になると思い出す。
「木がきれいだから、遠回りしよう」と私をドライブに連れて行ってくれた人のこと。
見ながら運転したら危ないんじゃないの?という私に、別にいいんだ、と言いながら、県境の山を越える道を運転した彼。
あんまり山道だと酔うんだけどな…と思いながら、それでも眺めた秋の山は美しかった。
あんまり通ったことのない道だったが、夜になると、「走り屋」、つまり車の暴走族みたいなのが出ることがあるから…というくねくねした道を走り、隣県に入ってしばらく走ってから突然出てきた、大型ラーメン屋さんでラーメンを食べて、引き返した。
気を付けないと鹿が飛び出すという話はどのぐらい本当だったのだろう…。
毎年、この山の紅葉がとてもきれいだなと思っていて、見せたいと思ってくれたのだって。
別に、お付き合いしているとか、そういう相手ではなかった。ただの友達だと思っていたのだけれど、今ならわかる。あれはつまり、サービスしてくれたんだなってこと。
きれいだったし、多分、ありがとう、と言っただろうとは思うけど、あんなに時間のかかることを何の見返りもなく私にしてくれたのに、全然それがすごいことだとわかっていなかった。
時間はいくらでもあると思っていた、秋の日。
シチューの次の日のメニュー
もちろん、箱入りのルーがなくてもシチューが作れるということは知識としては知っているが、そこまでなかなか手がかけられない。
なんのせいなんだろう、洗濯と掃除を済ませてしまうと、なんとなく気力がたくさんは残らない、そんな日が割とある。更年期だからなのか、季節の変わり目だからなのか、単に体温が下がって血流が悪くなっているからなのかわからないが、そんなわけで昨日のメニューは圧力鍋に4つ切りにした玉ねぎをいくつかと、ニンジンのテキトウ輪切りと、すでにカットされている唐揚げ用チキンを圧力鍋で煮て、箱入りのシチューのルーを放り込み、そのあとにブロッコリーとしめじをいれて煮たクリームシチューと、ベビーグリーンとプチトマトを半分に切ったのを適当に積んだサラダだった。
圧力鍋で作ると、シチューというのはとてもうまく出来る。肉も野菜も柔らかいし、温かいクリームシチューというのはやっぱりこのシーズンになるとおいしい。
次の日、つまり5皿分がミニマムのシチュー作成において、余った2人分をどうするか、という話になる。
3人でもう一回食べるには足りない。
そして今日もだるーい感じが…。なるべく楽に…ということで、献立はドリア。
特大のモモ肉が売っていたのでそれを買い、切って炒めるのすら面倒だったので、ご飯を炊くときに水にコンソメを溶かして、上から鶏肉を乗っけて、一緒に炊飯。
炊飯終了後、しばらく冷ましてから、鶏肉だけサルベージして、フォークでバラバラに。
フードプロセッサでしめじと、ニンジンと、赤いピーマンをばらばらにする。豆苗も細かく切る。
鶏肉とバラバラ野菜をシチューの鍋に放り込み、野菜に火を通す。
…しまった、ソースがちょっと足りない?チャーハンぐらいの感じに…。
しょうがない、あわててホワイトソースの素と牛乳で増量。
ごはんを炊飯器から、ばっこん、とシチュー鍋に放り込み、ほぐす。
コレールのボウル(これがちょうどいい大きさだった)に、盛って、上からスライスチーズをのっけてオーブントースターでチーズが焼けたら出来上がり。
レタスをちぎって、トマトを切って、はい、ドリア定食。と出したら、「おかーさん、これおいしい」と息子にも好評。
チーズをかけて焼くの、最強。煮物、炒め物、メイン、汁物を全部作るより、ぐっと手間がない気がしていい。
今日もなんとか、乗り切った。
シチューの時はつまり、2日分の献立が決定するってことだよね。
こういう献立を、もう何種類か開発したいものだと思う。
森の生活
ケータイ電話が、まだあんまり普及していなかったころは、電波が届かない場所も結構あった。
今は、あんまりそういう場所は近くにないけれども、まだポケベルもあった、なんて頃は、県境までいくと「圏外」になったものだ。
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…
こんな森の中のあずまやで、1日中本が読みたいな、と思う。
温かい紅茶と、毛布なんか持って、まあ、今よりもうちょっと温度が高いほうがいいかもしれないが、誰にも呼ばれずに、夕飯の支度のことなんか全然気にせずに。
暗くなって活字が見えなくなったら、本を閉じて立ち上がって、5分歩くと、家につく…なんていうのが理想なんだけど。
戸棚にパンがおいてあって、適当な野菜を切ってスープぐらいは作って…。紅茶か、ココアなんか飲んで。セントラルヒーティングなんかなくて、ストーブか、暖炉がある、そんな部屋。
小さいコテージぐらいのサイズの家で、2階にあがるとベッドがあって、ぐっすり眠れて、朝日で目が覚める。
こんな写真を見ると、理想がそのあたり…ということでよければ、今だってもちろんちょっと、それっぽくは出来る。
私が持っている持ち物のほとんどは、なくても大丈夫。本だって、もうね、ライトノベルなんかダメだ。そういう生活で読む本は、どうしたって名作でなければ。
ディケンズや、トウェインや、スティーブンソンなんかの軽いものでいいけど、木洩れ日の下で読むのにふさわしい、紙の本。ワーズワースの詩集や、ソローの「森の生活」が愛読書。
コーラじゃなくて、レモネードで、ゴアテックスではなくてウール。
そんなことを考えていると、なんとなく断捨離とミニマリストに人気があるのがわかる気がする。
自分の身の回りにわかるだけ、手の届くだけの暮らしをすること。音楽は録音を聞くのではない、聞きたくなったらもちろん自分で演奏するのだ。 セーターは寒くなる前に編み、買い物は週に1回。
あ、でも…水道はないと困るし、トイレはウォッシュレットでないとなあ…と思った瞬間、一気に現実に引き戻された。
無理だな…うん。
せめて、暖かい居間で、チェックの毛布でも膝にかけて本を読もう。
ココアでもいれて。
スイッチでピンボール
大きく分けて、本物のピンボールマシンを模した「シミュレーション」と、ゲームでないと出来ないことをやる「デジタルピンボール」の2部門ある。
今回、新しいゲーム機Nintendo Switchを買ったからには、ピンボールのダウンロードソフトぐらい、ないかな…と思って、任天堂のe-shopに行ってみた。
300円でピンボールが個別売りになっている。全部同じ会社が作っているっぽい。うーん…狼男、ミイラ男、サッカーピンボール、ありそうなラインナップだ。
私は、PCも、ゲーム機も、買えるだけのピンボールソフトを買ってきた。コレクションは50本を越えると思う。
その中に1本ぐらい混ざっていても違和感がないソフトだ。
ギミックは少な目。デジタルピンボールでしかできない演出が多いPinball FXよりは、ぐっと実機ぽく、なおかつちょっと古い感じのピンボールだ。70年代のデパートの屋上にあったようなやつと言えばわかるだろうか。
つまり、90年代から2000年ぐらいのPC?ぐらいで、実機寄りと言えば聞こえはいいが、思い出したのが、PS2で出ていたピンボールアーケード。50円で叩き売られていたソフトがこんな感じだった。
300円出してMummy pinballを遊んでみた。横画面、方向キーでナッジ、フリッパーはLRかZLZRボタン。カメラアングル変更は-ボタン。
ボールの動きは悪くない感じ。違和感はない。こうだろうな、という動きを出す。ゴムボールみたいに見えるピンボールが時々あるけれども、これはちゃんと老舗のゲームメーカーのと遜色ない動きをしていると思う。
プランジャーはスティック。小さいから、スキルショットを打つのがちょっとやりにくいかな…。
カメラが固定と、ボールに追随するのがあるが、追随の動きがせわしない。
すごく近いところを行き来している時に、カメラは動かなくていいと思うんだけど(まあ、これは好み?)
テレビに映して遊べるけど、縦画面には対応していない。
振動はなし。まあ、普通のピンボールマシンに300円いれたところで、よほどうまくなければ30分と遊べないので、ピンボール好きなら買ってもいいかもだけど…これはピンボールFXとか、Pinball ArcadeとかをPS4とかPCで遊び慣れていたら、イマイチ感が否めない。
ボールが全部落ちてゲームオーバーになったとき、リトライボタンが最初から選択状態になっているところがいいところか。
北米版のe-shopには、Pinball Arcadeとか、Pinball FXがあるらしい。
いいなあ…ほしい。というわけで、どうやったら北米版のショップが使えるか調べてみた。
任天堂アカウントを【アメリカの任天堂サイト】で作り、そのアカウントをスイッチと連携して、e-shopに行くときに、どちらのアカウントで行くか聞かれるので北米版に登録したほうを選ぶと、北米版のショップにいける。
ここまでは簡単だった。
問題は支払い。日本のコンビニで売っている任天堂のプリペイドカードは使えなかった。
私の日本の会社のVISAカードも使えなかった。
なんとペイパル(登録が日本だったからか?)もダメ。えー。これもだめなの?
ぬうう!と思ったが、そういえば…と思って、アメリカのアマゾンで【北米版のプリペイドカードのデジタル版】を買ってコードを手に入れて、それを入力したら通った。アマゾンへの支払いは、私の日本の会社のVISAカードで出来るからこれで大丈夫!
…というわけで、まだPCで持ってない台を買った。STERN社のコレクションは全然持ってなかったからね!
セットになっていた「Harley Davidson」、「Mustang」「Phantom of Opera」「Ghost Busters」「Last Action Hero」「High Roller Casino」をゲットしたら、「Pinball Arcade」の同じテーブルが無料でダウンロード出来るようになっていた。同じ会社のソフトなので、同じテーブルをうっかり買わないようにセーブデータを共通化しているみたいだ。
-ボタンを押すことで、なんと縦画面に対応!すごい!まあ、リビングのモニタは横型なので、縦になったら自分も寝転ばないといけないけど。
携帯モードでスイッチを使うとき、小さいけれども縦画面いっぱいに映せるのがすごくいい。実機のシミュレータの老舗なので、動きもばっちり。カメラワークもPC版と同じで問題なし。左右の手にjoy-conをもって、床に座って膝を立て、画面を縦において遊ぶとちょうどいい。
特筆すべきは振動。
PC版とか、プレイステーションで振動機能に対応しているピンボールを遊んだことはあったけれども、振動している、していないの2段階みたいな単純な感じの振動で、そりゃ、ないよりましだけどさ?という感じだったのに、任天堂スイッチの振動は全然違う。
ターゲットにそーっと当てたときの軽い振動と、勢いよくぶつかったときの振動が違う。ボールが転がる時の感じも、もちろん実機のピンボールマシンにはかなわないが、ゲーム機にしてはすごく、よく出来ている。
おお…なんかこう、「新しいゲーム機」で「新しい技術を体験している」感じがする。
ピンボールFXの方も、かなりいい感じ。Pinball Arcadeとかなり同じ操作で遊べて、縦画面にも対応。まあでもこっちはほとんどのテーブルをPCで持っているので、基本パックみたいなのだけ買った。
私のPCはリビングのモニタにつなぐのが面倒なんだよね…そばまで持って行って、ケーブルを差さないといけない。
でも、スイッチのクレードルはモニタにつなぎっぱなしなのでクレードルにガチャっとスイッチをと置いたらモニタの電源が勝手に入ってすぐ映る。こういうのも便利だよねえ…。
しばらく楽しめそうだ。ちなみに、北米版のアカウントだけあれば、Pinball ArcadeもPinball FX3も、Pinball Stern collectionも、テーブル1つだけは無料で遊べるので、実はおすすめだ。
しばらく遊んでみてわかった。Pinball Arcadeと、Stern Collectionは、マルチボールになると振動がなくなる。
無理もないな。揺れっぱなしになるだけなので、ボール1個の時だけ、計算して出してるっぽい。