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毎日更新!LuckyDuckyDiary

いらっしゃいませ。毎朝6時には更新します。さっくり読んでいってください。コメントくださった方はリンクさせてください、相互リンク歓迎、リンクがダメな方は連絡お願いします。

星の王子さま

私と、星の王子さまとの出会いは、およそ思いつく限り最悪だった。
 私は、8歳だった。
 私に、一部を隠した開いた本のページを見せて、「これなんだと思う?」と聞いた人がいた。

 私は、「ぼうし」と答えた。
 「えー?ほかにもっとないの?」
 「茶色いぼうし」

その人は、その茶色いぼうしは、帽子を描いた絵ではなく、ゾウを飲んだヘビの絵なのだ、と解説して、私に、「えーーー?」と言わせた後、私を「子どもらしくない」とか、「想像力がない」とか、「子どもだったらわかるかと思ったのに」とか、なじって、去っていった。

 わけがわからなかったが、自分が不興を買ったこと、「こども」として当たり前のことが出来なかったらしい…というがっかりした感じが残った。
 
 そのあと、私はその題名の本を学校の図書館で探して読んだ。
 字がそれほど小さくなく、それほど長い本でもなかったので、一応「こども用」だと思って読んだのだが、読んでも王子さまがいて、そしてその王子さまはバラが好きで…と読んでいっても、別に話がどう盛り上がるわけでもなく、何が面白いのかイマイチぴんと来ず…。ただ、絵の解釈とか、絵に描かれた箱の中に羊が入って眠っている…なんていうのは素敵だとは思ったが、自分には、ゾウを飲んだヘビの絵はやっぱり無理だ、と思って終了した。

 こういう子ども向けみたいな顔をしているのに、よくわからない本、たとえば詩集だとか、雰囲気重視の画集だとか、スピリチュアルものだとか、ナンセンスなもの、絵がきれいだけど今思えば宗教のパンフレット…みたいな本があるのは、なんとなく気づいていたので、これはきっとそういう本の一種なんだろうということでもうかかわらないことにした。


 この本をもう一度手に取ったのは多分、19歳の時。20歳の時だったかもしれない、短大にいたときだ。
 星の王子さまのグッズを確か、もらったからだったと思う。

読んでみたら、なんだか、いい話だ。
 何度読んでも、なんとなく雰囲気重視ではあるが、いい感じの話だ。

 そして、私にこの絵を見せて、子どもなんだから、これがヘビに見えないとおかしいのだと言った人はやっぱり、間違っている…と思った。

大人が考える子どもなら、わかるのかもしれない。けれども、本物の子どもには、無理だと私は思う。
 あれがへびに見えるのは、王子さまだけだ。だから、星の王子さまは特別なのだ。

小さな星に住んでいる、あの人だから。

 きっと本物の王子さまに、私が会えたとしたら、そして私が「あんなの、絶対帽子にしか見えない!」と文句を言ったとしたら、なんだか、笑ってくれそうな気がするなあ。
 そう思って、私はこの本との和解を果たした。

この本だけは、誰とも感想を話し合わないことにしている。絶対、他の人と意見が揃わず、共感が楽しめない本だから。
この本は、一人だけで、いや、王子さまと自分の二人で読む本で、他の人が入ってくる本じゃない気がする。

kindle版をゲットして、とても久しぶりに読んだ。
いろんな訳が出ているけれども、やっぱり、この内藤 濯さん訳が私の一番最初の訳だったので、これが好きだ。

運動って、役に立つのかもなあ。

運動が嫌いだ。
これは子供の頃もそうで、走るのも遅く、鉄棒や跳び箱も最低限ぎりぎりかそれ以下、泳げるのは泳げたし、マラソンは走れたが、球技は正直、チームに入れるのを嫌がられるぐらいに下手だった。

 私にとって、体育の授業や、運動会というのは耐えるものでしかなく、大人になって一番よかったことは、体育の授業がもうないことだ…としみじみかみしめたことがあるぐらいには、体育が嫌いだ。

 とはいえ、筋力というのはある程度、保持しないと減っていくのが中年というもので、夏の間は暑さのあまり、やっていなかった運動を再開してみた。
 

見られない場合は画像のリンク切れです【こういう台】を下に置いて、高さをあげたwiiFitボードで、踏み台昇降。

 前までの台はwiiFitボードの専用台という触れ込みで、ボードの足がピッタリはまる台だったのだけれど(今は探してみたけど買えない感じ。画像すら見つからない)高さが10センチぐらいだったので、合計15センチで運動していたのだけれど、新しい台の高さが14センチなので、WiiFitボード込みで大体20センチの踏み台になる。大きさもWiiFitボードをのせるのにぴったりの大きさだ。
 ただ、上り下りすると前にだんだん動いたりするので、私は念のため壁の前に台を置いてそれ以上前に動かない状態にしてから上り下りをしている。
 20センチあるとちょっと、筋肉を使う感じがする。



 まあ、10分を2セット、本を読みながらやるとちょっと息が弾む。ウォーキングとはまた違う感じ。
そのあと、今日はどうやって過ごそうかな…と着替えて休憩。

 ここ数日、なんだかどーんと落ち込む日が続いて、別に何かしっかりわかるような落ち込む理由があるわけでもないのに…とため息をつきながら、ぼーっとネットを見て歩いて終わり、みたいな感じだった。

 でも…なんか今日は、いけそうかも?
 ラジオでも聞くか…と思ったけど、電池いれたの、いつだろう(笑)。多分、半年以上前だけど…ラジオとアルカリ電池の組み合わせは案外よかったらしく、液漏れも確認したが問題なく、普通にスイッチが入った。
 何を聞こうか…と思ったら、NHKで、歴史番組をやっていたので、それを聞きながら編み物をした。

30分編み続けて、そのあとなんとなく探し当てたFMの音楽番組を聞きながらもう30分編み物。
 アナログだなあ…。音楽もトークも、なんせスピーカーがひとつしかないラジオなのだから音がなんていうか、ラジオの音なんだなあ…。
でもそれがなんとなく心地いい。こういう音に慣れているかどうかなんだろうけど、ラジオの音は昔から聞きなれた音だ。子供だったころに、小さな電池のラジオを一人で聞く時間を、私がとても楽しんでいたからだろうか。ラジオには、いい思い出しかない。

 電池切れなんか心配しなくていいのだ。ラジオというのは単三電池1本でも、かなり聞けた。当時のマンガン電池でも。
まあ、今のラジオはソニーの据え置き高級機種なのでちょっと大きいにしろ…。

 昼ごはんは、そろそろ消費期限が切れそうな非常食のカップラーメンにした。

 カップラーメンのお湯のついでに、300mlぐらい余計にお湯を沸かして、温かい紅茶も一緒に作る。

体に悪い、と言われながらもその味が大好きな、カップ麺を食べて、飲み頃になった紅茶をすすり、シナモンキャンディ…じゃないな、ここは硬派に、ニッキ飴を口に入れて、紅茶を飲み干すと、なんだか自分の気持ちが今日は上がっていることに気が付いた。

 リズムに乗った有酸素運動は、セロトニンの分泌を促進するとかいう話、やっぱり効果ある感じがするなあ。
 昨日はこんなこと、絶対出来なかったものね。

 ちゃんと、運動しよう…。これから日照時間も減るし、寒くなって血行も悪くなるから、きっと運動は体調をあげるのに有効だ。
こんなことで気分があがって、編み物が気分よく出来て、新しい本が読めれば。

 ラジオと、編み物でアナログな時間だったのもよかったのかなあ。
ラジオ聞きながら編み物。そういや、そういう午後は結構あった。学生の頃や、一人ぐらしをしていた20代の頃は、友達と遊びに行く予定がないころはそういう感じだった。

 そうか…。そうだね、一人の時間がたくさん持てるようになったってことなのだね。
好きなことって、変わらないんだなあ…。

スイッチのピカブイ版予約

Nintendo Switchで11月に発売されるソフト、見られない場合は画像のリンク切れです【ポケットモンスター ピカチュウ&イーブイ】を、本体ごと予約した。(画像は任天堂さんからお借りしました)大体、私が去年発売からそれほど時間が経たないうちに買った(当時はソフトが少なく、不人気だったので全然問題なく買えた)スイッチ本体は、スプラトゥーン2の発売と同時に、夫と子供がしょっちゅう遊ぶことになったので、全然自分のゲーム機という感じにはならなかった。

 誰のスイッチなんだよぅ…というグチが出るぐらい、私の手元に戻ってこない。

 それで今回、ピカチュウイーブイの柄が付いたバージョンが発売になるということで、「自分が独り占め出来るスイッチがほしい、全然遊べない!」と交渉に及んだ。
 私のゲーム好きと任天堂のゲーム機を忠実に買っている私の歴史を知っている夫は、苦笑しながらOKを出してくれた。
というわけで、ピカチュウバージョンのソフトと、本体のセットを買ってもらうことに!
 4万円ぐらいするデラックスな商品で、コントローラはピカチュウの黄色とイーブイの薄茶色。充電ドックにはピカチュウとイーブイのイラストが入っているという。
 かわいすぎる…。スプラトゥーン2の同梱版は、シールがついているだけでドックも普通のと同じだったので、今回のピカブイ版はドックがスペシャルでうれしい。あと、スプラトゥーン2の同梱版本体は、ソフトがカートリッジ版だったのだけれど、今回のピカブイ版はソフトはダウンロード版らしい。そりゃそっちの方が便利だよね。
 ポケモンGO+を持っているので、実はモンスターボール+は要らないんだけど、ついでに同梱されているらしいのもすごい。

 これはスマホゲームのポケモンGOと連動するらしいのだけれども、もしかしたら何らかの形で今まで3DSで出ていた本編ともモンスター交換ぐらい出来ないかなあ…と思っている。任天堂は時々そういうことをやるからね…。
 ポケモンGOで捕まえたのを、このソフト経由で本編に持っていければ最高なんだけど。

 一番最初に遊んだポケモンが、ゲームボーイのポケモン黄だった私なので、やっぱりここはイーブイよりはピカチュウ?ということでピカチュウにした。
 息子がイーブイ版買ってくれればいいんだけどなあ…クリスマスとかに。

ちなみに、9月18日から始まった任天堂の有料オンラインアカウントだが、夫と、私と、息子の3人分で家族アカウントとして登録した。夫と息子はスプラトゥーン2をまだまだ遊ぶらしい。
 
 ひとりあたり1500円で一年なら、安いよね…と思ってしまうのは、昔遊んでいたオンラインゲームは1カ月1500円だったからだと思う。スマホの基本無料ゲームが増えた今では、1カ月200円出さなきゃいけないなんて…と思うみたいだけれども、こういうサポートのことも考えないと、任天堂がつぶれたら困るからね…。
 これからも、いいゲームをどんどん出して、ポケモンの新作だってバリバリ作ってほしいのだから、この程度で済んでよかった、と思っているぐらいだ。
 ソニーのオンラインサービスは確か1年で1アカウント4500円だったからな…うちのケースで行くと任天堂の3倍?

ピカチュウ&イーブイ、発売は11月、楽しみだなあ。

googleスピーカー、謎のコマンド(我が家編)

グーグルのミニサイズスピーカーをしばらく使っている。
設定を英語にしているので、英語で話しかけないといけないのだけれども、まあ頼むのは、「ニュースを聞かせろ」とか、音楽のジャンル指定が多いので、そうそう問題はない。

 夫のグーグルライブラリに登録してある家のCDなんかもちょっとあって、その音楽は選べることになっているし、大体はちゃんとライブラリから持ってきてくれる。
 
息子は、これをなんとなくAIの入ったロボットみたいに扱っていて、例えば、うまく聞き取らなかった時にゆっくり発音して、その間延びした発音が余計聞き取られなくて、私たちに「無理だってば、これはそういう風にはなってないから」と言われているが、おおむね便利でかわいい、と思われている。

 ただ、このスピーカーには、お金を払って使う「spotify」というサービスがあって、それを有料利用していると、アーティスト名や曲名などを指定するとその音楽を出してくれることが多いのだが、うちは無料でしか利用していないので、かなりおおざっぱな指定しか出来ない。例えば「play smooth Jazz」だとか、「play 70s music」とかはかなり正確だと思うが、曲が1曲目はともかく、数曲かけると全然違うのになっていったりして、微妙だ。

無料サービスに文句は言うわけにはいかない。むしろありがたいので、ずっと使っているのだが、使っているうちに、だいぶ選曲に癖があることもわかってきた。息子はなんとかゲーム音楽を聴こうとしてがんばっていたが、大抵は失敗する。play splatoon music、なんて言っても、スプラトゥーンを理解しないのだからしょうがない。

 play American Military Music、と指定すると、曲名を指定できるのは有料ユーザーだけ、とまず言われて、そのあとに、spotifyのAmerican miltary musicステーションから、と言って曲をかけてくれる。このスポティファイのサービスから…というところは何を言っても聴き取れさえすればオウム返しに持ってくるので、多分定型文だ。
 で…かかる音楽は、軍楽隊のものがかかるのは、そうだろうな…思うのだけれど、スターウォーズのテーマがかかった時はひっくりかえった。そういうくくりになっているのか…と。

 息子が、何度も何度も「play super mario music」とやっては失敗している。失敗することがわかってるのに、何度もやるので、やめてくれ、と言っておいたのだが、「play supermario brothers music from spotify」とコマンドを出すと、かかる音楽が絶対に、マーチングの音楽。アメリカの大学のバンドのことが多いが、フットボールのハーフタイムの時にやるようなもの。

 play marching band music、はうまくいかないことが多いのに、毎回そういう音楽がかかるなら、スーパーマリオをかけてくれ、と頼めばいいじゃないか、というわけで、うちでは、マーチングの音楽が聴きたいときはスーパーマリオの音楽を頼むことになった。
 こういう謎コマンド、もっと他にあるかもしれない。
どういうロジックでこうなっているのかは全然わからない。

いいアイディアなんて出ないけど。

今日の当たり前ポエム↓

答えがはっきり出ない考え事の時に、誰かと話すと…じゃないな、私の場合は話す人は夫のことが多い。単にそばにいるだけというのが人選の理由で、一人で頭の中で考えていてもそれほど答えが出ないから、なんとなく外に出してしまった…というようなとき。

 この場合、夫はがんばって解決方法を考えてくれることが多いのだが、ぱっと考え付くようなことは私にだってわかっていて、「考え事」とまではいかない。
 自分で長い時間考えて、答えが出ないのね、と思っているようなことの時は結局、夫のアドバイスも「そんなことを言っても、もう、しょうがないんじゃないの?」みたいなものになることが多い。

 彼はそういう時、きっぱりと切り替えることが多いので、同じようなところをふらふらとさまよっている私の考えにはまず、それほど共感してくれない。
 たいていの場合正解は夫のほうで、どうしようもないようなことをくよくよと考えているぐらいならば、もうすっぱり考えるのをやめて今出来ることだけをやって、または物事が動いてから対処だけやっとくことにするしかないね…というようなことが多いんだけどね。

 それでもなんとなく、ちょっと時間をかけてくよくよしたいようなところが私にはある。

 もしかしたら、いいアイディアが出るのではないか、なんてことを期待しているのだと思う。
 ここまで考えても出なかったんだから、しょうがないよね、と思いたいのかもしれない。

だから「そんなこと考えたってしょーがないじゃん、おバカさんだなあ」なんてことを思われずに、一人で考え込みたいときもあるのだ。

 役にたたない上に、理解もあんまりされないんだけど…。
 悩むのが好きなわけではないんだけど…。

さっさと切り替えて、「今年の冬は何を編もうかな」とか、「今ある材料で何を作ろうかな」とか、楽しい考え事をすることにしよう、そうしよう。
 くよくよしても、いいことなんかない。手を動かして、本を読んで、一人でも楽しめるようにしないとね。

 

誰が着るんだろう…

ネット広告は、私のブラウザにも毎日出る。時々、イマイチわかんないものも出るし、これはよさげ…と思ってクリックして見に行ったこともあるし、お菓子なんか買っちゃったこともある。
見られない場合は画像のリンク切れです【doresuweというお洋服屋さん】の宣伝の【スイカのスカート】は、かなり強烈だと思った。
 私はあんまりオシャレではないので、あんまり服は買わない。特に目立ちそうなものはまず買わない…けど、この服にはどうも気持ちが引かれてしょうがない。
 絶対着ない…と思える服なんだけどね、けどね!!!
 なんとなく私の中にいる、小さい子供の時の私が、「うわあ!おもしろーい」っていうのだ。
 つい、クリックして見に行ってしまった。

 これはやっぱり、夏祭りなどにウケ狙いで来ていくものなのであろうか。確かに学生の頃ならウケは狙えそうだ。もう少し長ければ、多分入っていたバンドでは舞台で着ようか、なんていう人もありそうな衣装だけどさ!そういうものは、そういう服専門のお店とかカタログがあったりもする。それに、このオンラインショップで売っている服はごく当たり前っぽい見かけのものもあるのだ。なぜこれだけこんなのなんだろう。

 うーん。たとえば、レモンとか、スイカとか、イチゴとかのフルーツがプリントになったものなら水着とか、タオルとかで見たことがあるけど(特に子供の)、こういう風に、切ったスイカをこう…というのは珍しい。
 まあ、イチゴの断面とか、キウイの断面とかのことを考えるとスイカが一番インパクトあるんだろうけど。

 これを着た人に、街で出会いたいなあ。


にるーとさん。

息子が学校から帰ってきて、今日悔しいことがあったのだ、という。
何だったのか聞いたら、普段はお勉強があまり得意ではないので、自分の方が上、と思っていた(大体ここがなあ…)子に、「に、ルートさん」とはどんなものか、聞かれて答えられず、「へっへーん」という顔をしてバカにされた、ということだった。

ルートというのは、仕組みとしては一応知っていて、4のルートは2である、というようなことはわかっているようだったのだけれど。
ルート2ってどのぐらいだ、というので、「えーっと、1.414213…ぐらいだったと思うけど?」というと、「なんで知ってるのっ!」と八つ当たりされた。
いや、あのね…。おかーさん、高校卒業してるからさ…。

じゃあ、にるーとさんは?というので、つまり「2x√3、なので」と紙に書いて、2x1.73 ぐらいだったと思うから、3.46ぐらい?と言ったら、悔しい…と打ちひしがれていた。

多分、男子の特性として、俺のほうがよく出来るマウンティングみたいなのがあるみたいで、しょっちゅう威張る息子に、その子は意趣返しをしようと思って、多分お兄ちゃんとか、お姉ちゃんのあたりからそういう情報を仕入れるか何かしたのであろう。
 彼の側から見たら大成功だが、普段算数が得意だと思っている息子にとっては大打撃。

 「お母さんでも知ってるのに」といういい方はひどいと思うよ、とたしなめてはおいたが、そりゃあ息子よ…君はまだ小学生だからね?私は一応、高校数学を終わらせている都合上、さすがにこのあたりは「知らない」とは言えないのだ。いや、それともこれは中学生の範囲だったっけ?義務教育なんだから言うに及ばずだよね。中学校に行けば、いやでもやることになるから、待って。

 まあ、お互い威張りあいをしているみたいなので、そんなことをしていればそりゃあ、負けることもあるだろうよ…と思うし、やめろと言いたいのはあるけれど、夫に言わせると「そんなものだよ」ということでしょうがないらしいので、放っておくけど、生意気なお年頃になってきた、ということだろうね。

 お母さんでも、知っていることはたくさんあるんだよ、普段使ってないけどね!自分の知識のレベルがまだ「こども」であることにだんだん気づいていくのだろう。がんばって、目覚めて、自分で頑張って勉強するのだよ。知識はいくら手に入れてもいいものだからね!

 じゃあ、√5は!とか√8は!とかうるさいので、PCの電卓を見せて、√というキーがあることを教えておいた。
 こういう初歩の数学の話を軽く手ほどきしてくれる本があればいいかもしれないな。

体に悪くないおやつ

雨が続いて、買い物が最低限になっていたある日。
 おかーさん、おやつないの。
と言われたとき、なんと全くおやつがなかった。

アイスクリームは品切れ、スナック菓子もなく、チョコレートもなく、夫が好きな和菓子もない。

いつもなら、少しずつは買っておくのに、しばらく雨が多かったので買い物を最低限で済ませて、スーパーを歩き回っていなかったためにこうなったらしい。

 そしてやっぱり今日も雨。外に出るのは面倒だ。

冷蔵庫の中になにかないかな…。
スライスチーズはあった。これでいいか…。おにぎり用の海苔がちょうどいい大きさだったので、海苔でチーズをはさんで、じゃあ、これ食べる?と出したら、バクバク食べて、もう一枚、いい?ときた。

おっと、評価は高そうだ。
自分の分も作って食べた。いける…。

海苔の値段を考えるとあんまり安いおやつではないけれども、たんぱく質と繊維質が多そうでいい感じだ。

夫のおつまみにもいいかな?と思って、帰ってきた夫に出したら、
「これはあれだ、餅の味。あれと同じだよ」と言っていた。

言われてみれば、確かに!焼いたお餅にチーズのせて、海苔を巻いたのって、あったねえ。
冬からこっち、お餅を全然食べていなかったから忘れていた。

息子は「じゃあ、バターに海苔を巻いたら、おいしいかな!」と言っていたけど、やーめーてー。
健康に悪そうだし、バター、最近高いからね!お断りしておいた。

夏目漱石さんに。

夏目漱石さんは、イギリスに留学していたらしい。その時に出したハガキ(現物)が発見されて、全集では文章しか載っていなかったものが確認できた…という【話を福井新聞の古い記事】で読んだ。

 夏目漱石は、お札の顔になるほど有名だったし、もちろん文豪だということも知っている。吾輩は猫である、とか、坊ちゃんとか、そういう本なら読んだこともある。

でも、すごく昔の人で、知らない誰かで、遠くの人だと思っていた。

「英語もなかなかうまくならない」とか書いてあったらしいし、画像からなんとか読めるところだけ拾ってみたけれど、「第一、相手の言うことがはっきりわからないことがアルカラナ」とか、「お金がなくてロンドンのこともわからない」みたいなことも書いてあったり、「勉強も手が回らない」と読めるかな?というところもあったりして、「独りぼっちでさびしい」という気持ちが、とてもよくわかるハガキだった。

 当時は、イギリスに留学するよりはドイツに行く人が多かったらしく、一緒に遊ぶ日本人が漱石のそばには居なかったらしい。

1900年に書かれたものだというから、100年以上前のものなのだけれど、日本人留学生というのは、あんまり変わらないものだな、と思う。私が初めて渡米したのは1990年代。お金がなく、英語はなかなかうまくならず、相手の言うことがはっきり聞き取れず…。
 日本人の友達はすべて海のかなたで、とてもさびしかった。

 名もなき主婦の私と、日本文学を代表する文学者の間。全然違う二人。

 そう思っていたのに、なんだか親近感があるな…と2018年の今、思ったのがちょっとおもしろかった。
お金もなく、友もなく、若さだけがあったころ。
 
 通信手段は変わっても、交通は便利になっても、人の気持ちというのは、案外変わらないものなのかもしれない。

手紙を書いた

メールではない。紙の手紙を書いた。
とても久しぶりだった。
転勤族だった私は、短い間だったけれど北海道に住んでいたことがあって、今も年賀状でやり取りしている人に宛てて、地震の後、いかがですか…というような手紙を送った。
 ただし、結構カジュアルな文面にした。昔国語の時間に習ったような「拝啓、なんとかの候」みたいな出だしからスタートする手紙は書かなかった。中学生の頃には、きっと40代みたいな年になれば、「XXちゃん、元気?私も元気だよ」みたいなのではなくて、こんな大人っぽい手紙を書いているだろうと思っていたのだけれど、全然だ。

 SNSでもつながっていない、もうケータイも変えてしまってケータイメールの連絡先もわかりづらくなっているのだが、年賀状だけはやりとりしているので、郵便物は届く。こういう天変地異が起こったときには、ちょっとした連絡がうれしいものだ。

 最近、うちのポストにはいっているのは、ほぼ、ダイレクトメールとチラシと通販の商品だけだ。
あ、でも誕生日にはカードを送ってくれるお友達が一人だけはあるが、その1回を除けば、あとは役所の書類みたいなもの以外は大抵もう、いらないものばっかり。

 私が学生だったころはまだ、お手紙というものは案外流通していて、せっせと文通をしたものだった。
切手代もばかにならなかったので、私は白い紙に絵をかいて便箋を作成したり、封筒も作ったり。カラーペンを2本、片手に平行に描けるように持って、手描きで2本ずつ便箋に罫線をいれていた。ああ、なんてローテク!

 手紙というのは、県内なら次の日につくことが多かったが、遠ければ2日ぐらいかかるのが当たり前。
そうなると、着いてすぐに返事を書いても、返事が来るのは4日目程度。今の、既読スルー禁止、なんていうラインのことを考えたらなんとゆっくりしていることだろう。
 もちろん、返事が遅れるなんてことは当たり前だったし、1カ月に1回ぐらいしか往復しないということだってあった。
それでも、「嫌われただろうか…」なんて思ったりしなかったものだ。

 それを考えると、ラインの既読スルー禁止でやりとりをする今の10代20代の子たちは、大変だろうなあ…なんて思ってしまう。今なら別に気にならないようなことでも、当時はなんだか、やたら気になったりしたのだ。
 
 久しぶりに手紙を書くにあたって、まず便せんがない。100均に和紙っぽい紙の、罫線なし、植物柄の便箋があった。結構かわいいのでゲット。手書きでスタートしたら自分の字が汚いのにげんなり。
 しょうがない、プリンタで印刷決定だ。
 …と思ったら、今のパソコンには年賀状ソフトが入っていない。
ここからかい!と言いながら、年賀状ソフトをダウンロード(前にアマゾンで買った。再ダウンロードはアマゾンから出来る)。
10年前のパソコンには入ってるんだけど、そろそろ気を付けたほうがいいよね。そこまで古いとPCも突然死するからなあ。

 というわけで古いほうのパソコン立ち上げて、年賀状ソフトから住所録ファイルをバックアップ、クラウドにアップロード。
新しいパソコンで年賀状ソフトインストール、住所録ファイルダウンロード、読み込み。
 ふう…。出来た。

 びんせん2枚ずつぐらい打ち込んでは印刷x4回。
 最後に日付とサインだけ、手書きにする。
 封筒を年賀状ソフトから印刷。 
封入して、差出人のところに自分の住所シールを貼って、切手も貼って完成。

 返事は来ても、こなくてもいい。なんとなく楽しい。
 年賀状だけじゃなくて、手紙ももっと送ろうかな…。学生時代の友達で、同じ県内に住んでいても年賀状しか交換してないとか、隣の県に住んでいても年賀状だけとか、あるもんねえ。

 うまくあて名書きソフトも使えることも分かったし、プリンターの設定もわかったし(印刷面の裏表とか、どっちが上かとか、毎回わかりにくい)、便箋も封筒もまだ余っている。
 100円なのにずいぶんたくさん入っていたもんねえ。こんな安いレターセット、昔はなかった気がする。

 こういうことやるのも、脳の活性化によさそう。しばらく会ってもいない、年賀状の印刷に足す1行しか情報を交わしていない人に当たりさわりのない話題を振って、楽しい感じに終わらせる手紙って、頭を使うものね。びんせん2枚というと、やっぱりSNSで送ったり、ラインで送ったりするのとはわけが違う。

 一つだけ今日の作業でどうにもならなかったことは、プリンタの電源が10分間で切れてしまうこと!
手紙1つを10分以内に書き上げなければ、プリンタの電源を夫の部屋まで入れにいって、しばらく待たないといけないのだ。
連続して使うんだから、1時間ぐらいオンにしておいてくれればいいのに!
 この解決方法はぱっとは見つからなかった。後でゆっくり探そう。

淡々と更新することのメリット

何カ月も連絡がなかった人が、ふとFC2のメッセージ機能を使って連絡をくれた。
その人はつらいことがあって、ブログを全く更新しなくなって、ネットからも離れていたそうなのだが、ネットに戻ってきたとき、親しくしていた人のブログを回ったらしい。

 いくつかは停止、いくつかは更新が止まっていて広告が出ていたらしく、さびしくなったのだが、このブログに来たら、変わり映えもせず、フツーに更新していたのがうれしかった、と。
 それを聞いた私も、うれしかった。

毎日楽しみに読みに行っているブログは、私にもある。リンクさせてもらっているブログもそうだし、リンクさせてもらっていないところも何カ所かある。もう更新しません、と宣言して更新しなくなるブログもあるし、いつの間にか宣伝がトップに来て、ずーっと更新しなくなるブログもある。確かにそういうのを見るとさびしい。

 長く読み続けているブログというのは、ブログ主さんが知っている人みたいな気がしてくるものだし、どこかにいる友達みたいな気がしてくるものだ。
書く方でいうと、コメントくれる人はうれしいし、コメントをしなくても毎日来てくれる人もうれしいものだ。だから、毎日書こうという励みになる。
 つまり、このブログに来てくださる人たちは、私を支えているといってもいい。
 何の取り柄もない、有名でもない私が…人づきあいがそれほどうまくなく、新しい知り合いも友達も作るのが苦手な私が文章を書いてこの場所で誰かと交流を持てる、ということが、孤独感を和らげている。

 このブログに来てくれる人は、私にある程度好意を持っていると感じられること。(嫌いなら来ないだろうから)
 そして私も、自分のブログにコメントをいれたり拍手をくれたりする人に、ありがとう!と思っているということ。
 決して強いつながりではないけれども、でも、ゼロでもない。
 ちょうどいい薄さで、ほんのりと、助け合っていきたい、そう思った。

 「いつもの」がいいな、と思う人は多い。
 いつもの店で、いつものメニューが出てくるのがいいように、いつも読みに行くブログがあるのもいいよね。
 
いつでも通常営業でいられるように、せっせと予約投稿しよう。

眠れない夜対策

眠れない日がある。波があるし、時々は全然眠れず、かと思うと多分睡眠不足が一定の値に達したのだろうか、すごく早く寝付いたりするので、予測不可能だけれど、どうにも…という日がある。

 眠れないけれども、ちゃんと寝ないと体にも、気分にもよくないことはわかっているのだから、ベッドの上にはいるのだけれども、何もしないでいるのが苦痛だ。
 でもここでゲームなんかしたら徹夜…とまではいかないまでも、画面の明るさから余計に眠れなくなるだろうし、本も、あんまりおもしろいものを読んでしまうとただの夜更かしになる。

 まあ、それはそれでいい…のかもしれないが、眠れないと次の日の体のだるさや気分が何となく上がらない感じが付きまとうことを考えると、20代の頃なら何でもないことが、今は出来なくなっているのだな、ということを実感する。

 かといって、薬を飲むほどか?と言われると、病院に行って眠れません、と言って薬をもらってくるほどでもない…はずだ。
いや、まあそれはもうちょっと最後の手段に取っておきたい。

 こんな感じにうろうろしていたのだが、音楽はどうだろう!と思って、「眠れるCD」と検索をかけてみた。
クラシック、ヒーリングミュージック、ゆらぎ?あんまり、これだなーーーっ。というのはない。
ずーーっと下まで見ていくと、【羊でおやすみシリーズVol.25:ぐっすり眠れる実験をしよう】というCDが出てきた。

 あはは、これは多分、羊を数えるCDだ。眠れない時には羊を数えるとよく眠れるっていう話は、アナログな時代からあったもんねえ。…ってねえ、vol.25ってことはよ?つまりこのCDは25枚目ってことよね…。なにそれ。つまり、人気シリーズってこと?

 改めて「羊でおやすみシリーズ」と検索をかけなおしたら、ズラズラでてきた。需要のあるところには供給がある、またはその逆も然りであろうが、ちょっとすごくないか。vol.2とジャケットに入っているものはどうも「シーズン2」のようで、番号が20だの30だの…ということは4、50枚はこのシリーズにあるってことだ。
 
 羊の顔がばーんと出ているジャケットで、その羊がサングラスだったり、帽子をかぶっていたり、キラキラ目線だったり、ウィンクしていたりして、表情も色々。
何枚分かのレビューを読んでみると、これは、声優さんが2人セットになっていて、1から200匹、201匹から400匹数えてくれるらしい。
 つまり…自分が好きな声優さんを選んで声を楽しむCDなんだな。

私は昔、乙女ゲームを遊んでいたことがあって、それに出てくる声優さんはかなり知っている。ゲームがドラマ化したCDとか、その声優さんが歌っている(ゲーム内の役柄の演技をしながら)CDとかも持っていたので、ある程度はそういう市場にも理解があるほうだと思う。でも、最近の声優さんってあんまり知らないんだよなあ…。

 …と思ったら、私が知っている(つまりはまっていたゲームに出ていた)声優さんのものが一枚…と思ったらそれだけすっごいプレミア価格だった。
 まあ、全員知らないならどれを選んでも大差ない。大体声優さんというのは、誰の声もすごーーくかっこいいのだ。
声だけ聴いたらどんなハンサムか…と思えるような、たとえ英検の注意事項を読み上げているだけでも、ものすごく素敵に聞こえてしまう…というような人ばっかり。そういう声の持ち主が声優さんになれる人なんだからねえ、男性も女性も。

 一枚、ゲットして、聞いてみた。
 声も大変すてきだ。全然知らない声優さんではあったけれども、これはゲーム声だなあ…。それも、ちょっと出てくる脇役じゃない。王道な彼氏役の声だ。
 いい声だなあ…。女優さんでイタリア語のレストランのメニューを読むだけで人を感動させたなんて話、聞いたことあるけど、そういうことが演技力と声の質だけで出来そうな感じ。

 100匹数えたところで、「まだ全然眠くないって顔だ」なんて言われてしまった。しょーがないなあ、とまた数えだしてくれるところがいい。
これは、何がいいって、自分で数えなくてもいいところ。安心して数えるのは人任せにして、何にもしないでぼーっと聞いていると、「眠れないなあ…」とじーっと考えているよりましだし、確かに眠くなる。

 収録時間は短めで30分ほど。CDが定価1600円ぐらいなのは、そのせいもあるのだろう。
 声優さんが交代して、300匹目をすぎたあたりで、とぎれとぎれに意識が飛んだので、音楽を止めて寝た。

面白いCDだった。
 何より、眠れる効果がちゃんとあった。30分で入眠できるなら文句なしだ。薬と違って体に影響もないし、薬に慣れて効かなくなるなんて心配もない。市販の睡眠薬だって1000円じゃすまないのだってあるのだから、これはお金を出す価値があったと思う。

 ちなみに、朝起きてから、聞けていなかった最後のトラックを聞いたら、もう一度最初から数えようか的なセリフが入っていたので、多分これはこのCDを繰り返し再生する設定をしておけば、1匹から400匹を繰り返し聞ける…ということになっていることがわかった。
 なるほど…もっと眠れない日のために対策はしてあるのね。

私の買ったものは、「羊でおやすみシリーズVol.2 眠ったらいいんじゃない」というものだった。
ちなみに、vol.1を買おうと思ったらどれだかよくわからなかったので、2になった。

副題が「おやすみなさい、お嬢様」とか、「明日はもっと輝く君になるように」とか、こそばゆくなるようなセリフが出そうだ、というものもあるし、「木漏れ日の下でおやすみ」「雪を見ながらおやすみ」のような季節ものか?と思えるものも。

眠れなかったら聞くし、なんならもう1枚買おうか、なんて思うとちょっと楽しくなってきたので、今回の対策は大成功だった。

つゆくさ

今日の当たり前ポエム↓

今年の九月は、雨の日が多かった。
 雨の日に出かける時は、なるべく早く帰ろうと思うので、あんまり周りを見て歩かないのだけれど、ふっと通りかかったところに、つゆくさがひと群れ、咲いていた。

 ちなみにこの写真を撮ったのは9月の半ば過ぎ。
 私はつゆくさというのは、もっと早くに咲くものだと思っていたので、9月に咲いているのを見てびっくりした。
6月か、7月の梅雨の頃に花が咲くからつゆ草だ、と子供の頃には思っていたぐらいだ。

 つゆくさは、朝に咲いて、夕方にはしぼんでしまうのだということだけれど、雨の中に咲いているとちょっと長持ちしそうな気がする。

 雨の日も、楽しみを見つけられますように。思いがけない小さな美しいものたちを、私が忘れませんように。

どこかに向かって、願い事をしてから、スマホ画面の水滴を払って、写真を撮った。

 

かわいいキャンドルホルダー


 前から、これがほしいと思っていたキャンドルホルダー。私が覚えていた値段は6000円から7000円、ついでにいうと最初に見たときは特定の通販サイトからしか買えなかったように記憶している。
 これは、中にティーライトキャンドルという直径3センチ半、高さ1センチぐらいの小さいキャンドルをいれるもので、陶器で出来ている。

 これを何年か前、(多分5年以上前)見たとき、いいなぁ…と思ったのだけれど、5000円越えではまず、買えなかった。
 これと同じような、家の形をしていて、中に明かりをつけて窓から光が見えるものがほしい、そう思った。
 
 ガラスのビーカーにキャンドルをいれ、側面を、ドアや窓を切り抜いた紙で覆う物は作ってみたのだが、なんだか質感がよくない。手作り感がありすぎで、夏休みの子供の工作っぽさが抜けなかった。上面までカバーすると、熱が結構すごくて、紙が燃えてしまうのでは、という懸念があったので屋根がなかったのも、敗因だろう。

 金属で出来た、家の形のキャンドルホルダー…と思って買ったら、手のひらに乗るぐらいの大きさで、家の形はしていたけれど窓が1つで、結局それは土台から家をカパっと外して、コーン型のお香を立てるものだったということがわかったことがある。値段は1000円以下の通販だったが、つまりお香をたくのにはいいのだけれども、お香はつまりお線香の小さいのみたいなものであるから、光が外から見えない。煙が煙突から出るのはかわいかったけど、がっくりしてお蔵入り。

 石粉粘土で、壁とか屋根とかをパーツ分けにして作り、組み合わせてみよう、と挑戦。
 最初はうまくいったように見えたのだが、石粉粘土は乾くと縮むのが判明。一体成型にして、中を空洞にしたほうがよかったのか…。という感じにパーツがちぐはぐになったので、そのあたりでクラフト力が尽きて終了、未完成で廃棄。

 オークションで、似たようなものがないか…と見ても、イマイチ気に入るものが出なかった。

 ほしいものは作ってしまうのは、節約生活においては基本だが、材料費と労力がすごくたくさんいるのなら、その金額を出して完成品を買うのは正しいよね。

 そう思って、粘土の代わりに検索して、値段みてびっくり。 私は、つまりかなりの時間と労力と、数千円をすでにこれと似たようなものがほしくて使っている。
 これ以上作る努力をすると、材料費と労力でその金額を越えてしまう。なんせ3240円だったのだ。

そんなわけで、多分独占的に輸入販売していたものが、優先権を失ったかなんだかなのだろうね、ぐっとお安くゲット出来た。
 
形も、もっと何種類もあった。もっと背が高い塔っぽいのとか、神殿っぽい形のとかもきれいだったけど、この小さい家っぽいのにしておいた。
 何度眺めてもかわいい。ただしキャンドルをいれたら、後はあんまり触れないほうがいい。側面の下の方、ろうそくの炎より下はそうでもないが、上の方がとても熱くなる。子供が小さかったらやめたほうがいいな…という感じだった。
 あ、でも。そういう時はLEDのキャンドルにしとけばいいのか。

 今年の秋から、寒いシーズンはこれにキャンドルいれて眺めよう。
あったかい紅茶なんかいれてさ。ムードは大事だよ、うん。
 

更年期の心構え

 更年期というのは、当事者、経験者以外にはピンとこないだろうが、一番シンプルに表現するとしたら、「繁殖可能な年齢から、不可能な年齢になる過渡期」のこと。 
 こう書いてしまうとなんでもないことのようだが、今までは繁殖目的に調整されていた体が、その機能をかなり簡素化することになるために、各部署でものすごく調整がいる…というのがわかりやすい説明になるだろうか。

 会社でいうならば、40年以上にわたって自分の会社の主要業務だったものをいきなり白紙に戻して取引先と関係部署を全部始末しろ、と言われたのに等しい大改革なわけだ。影響の出るところはかなりの広範囲に及ぶし、混乱、軋轢、不具合全開になってもおかしくない。
 
 男性にも更年期があるそうだが、影響が大きいのは女性だというのが定説だ。はじまる時期は人によってバラバラ。早い人なら30代後半で始まるし、遅い人でも50代になったばかりでスタート、60才手前ぐらいで大体の人は終わるらしい。
 どんな症状が出るかというのは個人差で色々。結局「このぐらいの年齢の女性が訴えることが多い不具合です」&「更年期の時減るホルモンを外から足すと症状が軽減する人が多いです」ということでこれは「更年期だから起きるんだと思います」ということになっているらしく、各症状の詳しい仕組みとか理由はお医者さんは説明しない。
 更年期を抜けると症状が軽減する人ばっかりなので、「その時期は耐えろ」という論調になっていて、つまり、つわりとか、加齢とかと似たような対処のされ方が多い。つわりは、出産までの辛抱だ、みんななるものだし、治療法は対処法しかない、軽ければ耐えろ、という感じだし、老齢で起こる様々な不具合は「これはみんながなるものですから、対処法でQOLをあげて耐え忍びましょう」といった感じ。更年期もつまり、「その時期だけのことだから」というわけだ。

 私も多分今が更年期なのでは、と思う。なんとなく気分が沈み、だるく、気分がいらいらしやすい。朝はむくんだ感じがしたりもする。全部、更年期の症状のリストにある。いつ終わるか、わからないものだし、10年ぐらい、と言われてもその長さにげんなりだ。3年なら我慢出来ても、10年って意外と長いと思う。
 
読売新聞社がやっているヨミドクターというサイトで【南野陽子さんのインタビュー】を読んだ。
 南野陽子さんは、私よりちょっと年上の方だが、とても参考になった。

 芸能人というのは、いつまでたってもきれいな人たちが多い。まあ、もともときれいな人がなる職業なんだろうし、スタイリストさんもついていたりとか、お化粧だって普通のと違うと聞いたこともあるので、きれいで当たり前なのかもしれないけど、だからと言って人間なんだから、そりゃあ…更年期だって来ないわけ、ないよねえ、そうだよねえ。

 そう思って読み始めた。
 50歳代は「やりすごす」と南野さんは、言っていた。
 今、この年齢で前はもっとできたはずと思って頑張っても、思ったより成果が出ない。新しいことに手を出さず、次の段階に向けて静かに過ごす、と。
 
 ここだけ読んでも、私が今まで読んだことのある更年期の人へのアドバイスと全然違う。
 40代でも50代でも、なるべくきれいに装い、出来ることをイキイキとやりましょう、新しいことに挑戦して、自分の可能性を広げましょう、というような論調のものがとても多い中、これはとても斬新だった。

 「イライラする場面でも、キーっとならずに黙って座っていれば、アンニュイで余裕があるように見える」って。
うーん、これもこの手のアドバイスではあんまり聞かない表現だけど、実現は難しくなさそうなところがいい。

若いころのように、出来なくてはいけないのだ、と思っているとつらくなるから、受け流して乗り切るというのを対処に含めましょう、ということなんだね。

 50代にはまだちょっとあるけれども、更年期が始まる時期に個人差があることを考えたら、40代でも参考になる。

そうだよねえ…。今までやっていることだって結構たくさんある。刺繍や、レース編みや、編み物や、ビーズや…極めたか、と言われると全然だものね。新しいことを始めず、今までやっていることをやるのもいいのかも。

 だるくて、気持ちが落ちやすい時に無理しない。
こういう消極的なことでいいのか?とどこか心の中で声がする気もするが、自分の限界というのを、ある程度は狭く取りたいと思う。楽して、何が悪いのか。
 
 自分の気持ちだけのことだし、他の人に何がわかるわけでも、他の人が助けてくれるわけでもない。だとしたら、楽なのは大事なことだ。周りから優しくされるのが一番ステキだろうが、そういう人がいるわけでもなし、結局仕事(つまり、私の場合は家事だけど)があるんだし、そこはこなさないといけないわけだから。

 自分で自分に優しく。更年期って、死んでしまったりすごく痛かったりするわけではないのだけれども、慢性的症状ということでいえば、間違いなくそうだよねえ。病気と同じ扱いでいいや。ただ、症状軽減が間違いなく年月を越えればある、ということが違う。
 じわじわ、がんばるしかないんだなー。
 南野陽子さんとは比べるべくもないが、フツーのおばちゃんだってがんばっている。そう思っていく。

体験、ロゴ作成ツール(無料の)

フリーで、つまり無料で、ロゴ作成をしてくれるサイトがある、というのをネットで見て面白いな、と思ったのでやってみた。
見られない場合は画像のリンク切れです【Designevo】という会社で、ネットでその場で作るのなら無料と書いてあったが、正確に言うと、出来たロゴをダウンロードする時に、フェイスブックとか、ツイッター、またはブログでそのサイトをシェアするか、自分のメールアドレスと、誰かこういうサイトがありますよ、ということを送りたい人のメールアドレスを入力して、そのサイトから定型文の(英文)メールを送ることになる。

 ただで遊んで作っていいけど、宣伝を手伝え、ということなのだね、つまり。

 最初にそのサイトに行って、絵をクリックして選ぶ。絵は適当に用意されているので、私は検索欄から「duck」と入れて、アヒルとか、鴨っぽいのが柄になっているのを選択。

 確かにアヒルだ。それから、大きく文字タイトルをいれて(このロゴではDiaryの部分)、スローガン(小さい字で絵の下に出る。このロゴではグリーンの字)をいれて…あとはお絵かきソフトとあまり変わりなかった。
 アヒルのマークの色は三色使ってあるのだが、その色の組み合わせをクリックで選べるとか、字の色も選べるとか、あとから字は1行じゃなくて、もう1つとか2つとか足せるとか(LuckyDucky部分)…

 というわけで、このブログのロゴを作ってみた。かわいいかも?と思ったけれども、最初に出来たのはずいぶんと絵と字が離れていたり、空白部分が多かったりしたので、ダウンロードしてからウィンドウズ付属の「ペイント」で開いて、文字と絵の間を詰めたり、周囲を切り取って大きさを変えたりした…ので、つまりこのアヒルのマークさえ用意しておけば自分で作れたかもしれない、という気もする。

 その場でぱっと作って見られるのと、絵のカラーの組み合わせを変えて試してみるのはペイントでは難しいのでいい機能だ。出来上がってから微妙な配置は自分でペイントでやってもいいし。


何の役に立つのさ、と言われると何の役にも立たないんだけど。あー。しまった。
これってURL入れたほうがよかった感じする?
 URLをいれるとなったら、もっと横長に作らないとだめか…。

今日できたこれは、このブログに飾っておくかな。
多分一生会社なんか起こさないけど、こういうのがあるっていうのは面白い。昔だったら、プライベートの名刺にこういうの、印刷したかったかも。そう…スマホのない時代、なんならケータイさえない時代には、連絡先交換は名刺でするものだったんだよねえ。

 仕事用の名刺じゃない、プライベートなものを持っている人もいた。今じゃあ、名刺にQRコード刷って、ラインの交換とかをやるのだもの、こんな、かわいいだけの絵を刷る隙もない。

 紙の名刺は自己表現として、初対面の人にちょっと見せる何かとして有効だったんだけど、今だと、何に当たるんだろう。やっぱりラインのアイコンだろうか。

 

レトロな窓

今日の当たり前ポエム↓

結構な勢いで通り過ぎて行った、9月初めの台風21号。
 
 ベランダにどこかのトタン屋根の板が飛んできて、ガラスが割れた大阪市内の知り合いとか、海沿いのマンションでガラスが割れた兵庫県の知り合いの近所の人…みたいな話ほどではないものの、私の家の近所でも、電線に工事現場のらしい、ブルーシートがひっかかっていたり、結構古そうな家の屋根の部品がはがれて落ちていたり…といったような被害は見かけた。

 もう1カ月以上経つので、さすがに電線にひっかかっているものはもうないし、はがれかけた看板などももうさすがにきれいに片づけられている。
 この窓は、解体途中の家のものを写真に撮った。

 こういう感じの窓を、どこかで見た覚えがある。
 窓の内側から外はよく見えないが、光は入ってくる窓で、外を見ようと顔をくっつけた覚えも、どことなくある。

 確か、玄関ドアの横がこういうふうなあかり取りの窓になっていた家もあったような…。

 あの台風は、うちのマンションのそばに大きい建物がないということもあるのだろうけれども、ガラスにビシビシと水が当たって、割れるんじゃあないかとひやひやした。
 
 こういう窓なら、分厚くて割れなさそうで、いいなあ…って思ったのだった。

外が見えないから、閉塞感があって、ベランダのサッシには向かないか。

 懐かしい窓だった。

LGBTの話と、雑誌の休刊

LGBTの人は「非生産的」であるからして、公的支援を出すことに反対である、ということを言った議員さんがいて。
それに対して批判が出て。
その批判にたいして、擁護する意見を出した雑誌があって…
その雑誌に寄稿された文章が、あまりにも非論理的で、悪意に満ちていたので
批判され、表現の自由ったってこれはないんじゃないの…?と批判されて
収集つかなくなって困った出版社が、雑誌の休刊を決めた。

…と、今までの経緯を見たらこうなっている…ところまでは読んだ。(これは9月の終わりごろ書いた)。

はああ…ってなる。LGBTの人たちの結婚で、血族としての子供が生まれないことは確かだというのは、私にもわかる。
 でも、「生産性」という言葉の定義についてはわからんなあ、と思う。

 この議員さんのいう生産性というのは、種としての繁殖行為にしかないのだろうか。そうした場合、生涯結婚しなくて子供を作らない人とか、結婚していても子供が生まれなかった人とかにも、生産性はないことになる。
 厳密にいうなら、まだ繁殖可能年齢ではない子供たちにも生産性はないし、子育てが終わった中高年から老人世代にも、生産性はない…とか、そういう解釈も出来てしまう。

 今、子供が産める条件を揃えている人にしか、公的補助をしないというのは、略しすぎだと思う。
つまり、法的に有効な結婚をしていて、子供を産める年齢の幅に収まり、受胎と妊娠出産可能、または、子供が20歳以下の人にしか、公的補助がないというようなことになるってことだ。
 老人は生産性がないので姥捨て山、病気や障害があって働けなければ、面倒見てくれる人がいなければ野垂れ死に、元気で働いて税金を納めるのが国の義務、それが出来なければ肩身の狭い二級市民。
 …いつの時代の話なのよそれ。石器時代?

 こういう時代ってあったんだよね。飢え死にとかさ…福利厚生のない世界、子供は育ったらラッキーみたいな世の中で、壮年期こえたら短命でぽっくり。最初の発言をした議員さんは働き盛りの健康な人なのだろうけれども、この現代にこういうことを高齢者の投票者の前で言えるのか?

 LGBTの人が結婚制度を持ち、決まった人を法律的に責任を持ち合うパートナーとして認めることの、何が問題なんだろう。
違う性別同士で結婚した人はそうすればいいんだし、同じ性別同士で結婚したい人はそうすればいいのだ。重婚の禁止、離婚制度、離婚の時の財産の分与…なんかは異性結婚、同性結婚、両方同じでいいと思う。異性結婚したい人に、同性結婚したい人が申し込もう、というわけではないのだから、制度を新設するだけなのに、どうしてこんな、もめた話になるんだろう。

 同性結婚できる制度が出来たとしても、異性結婚している人の生活が変わるわけではない。(重要)

つまり…異性結婚している人の間で影響が出る人は、「異性愛者の人と、世間体のために、または子供を作るために結婚した同性愛の人」と、その配偶者だろうけれども、その場合は異性結婚している人は、一度離婚しないと同性結婚は出来ない、とかそういうルールは要ると思うけど…。
異性結婚をする人、した人、するつもりの人には、あんまり関連しない。それだけのことなのだ。

 まあ、もめる原因は「自分に全く関係ないことに金が使われるのが気にくわない、自分が得をする制度に使われる分が減る!」という怒りなのかもしれない。
 でもそれも、少数派か、多数派か、という問題でしかないんだよね。結婚制度にいろいろと利点があるし、子供を産むときには様々な補助がある。子供の医療費も2歳ぐらいまではタダだしね…。でもそれをいうなら、結婚しない人は結婚制度の利点を受け取れないし、妊娠出産しない場合は妊娠出産関連の補助は受け取れないし、子供がいないならそれ関連の補助はない。
 どれも、当事者だけになるのは、どの制度もいっしょだよねえ。

 元気でぴんぴんしている人に医療補助はないし、けがをしていない人に傷病手当はないけれども、「俺はケガなんかしたことないから、そんな制度は作るな」とか…言わないよねえ。
 LGBTの人たちは、なにも、ものすごくお得な制度を作ってくれ、と言っているわけではない。ただ、LGBTではない人たちと同等の制度を、と言っているだけ。

 なぜそんな生産性うんぬん、という話になるのか、というところからして、この話はわからん話だ。

私はもう、子供を産まない。仕事も、家事だけで家の外では働いていないので税金は消費税ぐらいしか納めていないといっていいだろう。生産性がないといえば、ない。私は高齢出産だった。すんなりと恵まれて、7人も8人も子供を作れたわけではないのだ。

 そういう人にたいして、生産性が低い、というのはいかがなものかと思う。ほしくても子供が出来ない人に、どうしろというのだろう。色々な条件が、満たせなかった。事情があった。それだけの話なのだ。身体的な話、経済的な話、なんでもだ。
 結婚したくても、出来なかった、という人に、もっと努力して結婚すればよかったのに、とか?無茶だから。
 LGBTの人に、生産性がないから、他の人たちとは同列に扱えません、と?ありえない、と思う。
大体LGBTの人には、先天的な理由でそうなっている人が多い。生まれてからあとの環境要因でそうなる人のほうが少ないのだ。
 そういう風に生まれる人が3%ぐらいは必ずいるらしい。自分ではどうにもならないことなのに…。

生まれたときに目の色が青かったからと言って、「目が黒い人だけが日本人なので、医療補助はないです」と言われているようなものだ。そんなことどうしろと、となると思う。
 結婚制度は、同性婚、異性婚とも基本同じで、育児の補助や、妊娠出産の補助金は出さないのは、異性の夫婦でも、同性の夫婦でも子供がいないとそうなりますよ、でいいと思う。すごくあたりまえに思えるのだけど、これのどこにもめる要素があるんだろうね。実子がいたり、養子縁組して子供があったら児童手当とかが出るのも、全員同じでいいよね?子供を育てるのには実子であろうと、養子であろうとお金がかかるのは同じだからねえ。

新潮社は老舗の出版社だし、新潮文庫には私も中学生ぐらいからはずいぶんお世話になったから、何の落ち度もない少数派を犯罪者と同列に並べて比較するような非論理的な文章を、新潮の名前が付いた雑誌に載せるということ自体驚きだ。
 全国の本屋で発売される定期刊行の雑誌は、アジテーションビラや、ネットの掲示板や、ブログではないのだから、そこはもうちょっとチェックしておくべきだっただろう。でも…そんなことはきっと、新潮社の中の、ちゃんとした社員さんはみんな思っているんだろうな。
心労はいかばかりか。良識ある人間であるということは疲れることなのだ…って誰のセリフだっけ。本当にそうだと思う。
新潮社のこの雑誌関連以外の人が気の毒だ。

どこにでも、少数派を嫌い、自分を多数派に置くことで、威張っていいと思う人がいるんだということが、よくわかる事件だった。

抱き枕を使う

子宮筋腫がある、ということが発覚してからしばらくたった。違和感があって病院に行ったら判明したけれど、結局今のところ違和感以外に問題はないので様子見だ。

 お医者さんによると、「妊娠4カ月ぐらいのサイズ」なのだそう。
排卵日周辺は特に、気になるんだな…仰向けに寝ると、重たい感じがするのだ。

つまり今から、多分閉経するまでの間か、手術して筋腫を取るまでは私はずーーーっと妊娠4カ月状態。
 横向きに寝ると確かに違和感はないけれども、どうにも寝づらい。
 そう思ったとき、そういやあ…と思い出したのが抱き枕。

 妊婦さんは、腰に問題が来ないように、寝る姿勢にもある程度おすすめがある。その体制になるのにちょうどいいのが、抱き枕を抱いて、太ももの間に枕を挟むという姿勢。実際妊娠したときには私も使っていた。(出産が終わったとき、使わないし邪魔なので捨てたけど)

 抱き枕を使えば、楽になるのでは?…というわけでいろいろ検索してみた。
私が買った枕は見られない場合は画像のリンク切れです【マダムコットンというお店】のもので、「サンプル品」と注意書きがしてあった。どこかのお店の見本品だったのか、と思ったが、サンプル品というのは試作品で作ってみたけど、採用されなかったものだということらしい。
 でも、捨てるのもなんだから売っちまえ、ということなんだろうね。ちなみにそういう商品なので返品不可だが値段も激安。
1080円だった。

 大体の抱き枕が3000円ぐらいする中、1000円なら試してもいいだろうと思ってゲット。ちなみにこの形の枕はほかのお店、たとえばニトリみたいなところにもあった。多分、ありがちな形なんだろう。

本当は、曲がっている部分に顔をのせるみたいだけれども、使ってみたら普段の枕のほうがいい感じがしたので、上下を変えて、まっすぐなほうを抱っこして、曲がった部分を足にはさむ。
 三日月形で上下とも曲がっている枕は結構あるようなので、多分頭をのせる枕を用意すればこれでいいはず。

 楽…なのは多分楽。
片膝を曲げて、ちょっと横からうつぶせに近くなったような姿勢が取りやすい。
 でも途中で邪魔になってしまって、遠くに押しやったり。まあ、要らないってことはおなかの苦しいのを意識していない時なので、これでいいんだよね、と思いながら数日使うとわかってきた。

 これ、暑い。多分もっと寒いシーズンならいいのかもしれないが、まだそれほど温度が下がっていないので、抱っこして寝ているうちに蓄熱効果なのか、それとも放熱が妨げられているからなのか、どっちにしろ暑い。

 それで手放してしまうんだということがわかった。
 息子がちいさくて抱っこで寝ていた時は暑かった。でもそれは、息子の体温のせいだと思っていたのだけれども、枕でも暑いのか…。
 もうちょっと寒くなったら一晩中ぎゅっとしてても大丈夫なのか、また試そう。


 

シナモンキャンディ「めさまし」レビュー

100均に置いてある、吉岡製菓所という会社の辛口ニッキ飴がお気に入り。
 個包装ではない飴なので、手早く食べないといけないが、100均のは量が少ないのでなんとかなる。
 100均ではないバージョンの「地飴辛口にっき」という表記の、袋が大きいものもあるようなのだが、これは探し回っても近所にはなかった。

 砂糖の入っていない温かい紅茶と、これを一緒に食べるのがいい。いい匂いだし、甘すぎないし、ちょっと辛めの味だが、大手メーカーの物よりも好きだ。

…と思っていたのだけれども、これが!品薄なのか、それとも扱わなくなったのか、近所のダイソーになくなってしまった。
念のためセリアとかの系統の違う100均も回ってみたのだが、春日井のハッカ飴ニッキ飴はあっても、この辛口ニッキ飴がない。
 ええー。いつでも買えると思って買いだめしておかなかったんだよなあ…。

アマゾンで、ニッキ飴を検索にかける。大体10袋セットが多い。うーん。個包装でない飴は10袋は無理だし、たとえ個包装でも口に合わなきゃあ、10袋は絶対つらい。何種類かのレビューを読んでそのままにしておいた。

 あと2粒しか残っていない辛口ニッキ飴を見つつ、100均めぐり。
何があったのか知らないけど、どこの店にもないなあ…。お菓子の専門店にいくと、アマゾンで10袋セットで売っていた見られない場合は画像のリンク切れです【めさまし】というカラーのニッキ飴、発見。実はちょっと辛そうな感じのレビューが多かったので、いいかな、と思った飴だった。

 アメリカには、「atomic fireball」と呼ばれているめちゃくちゃ辛いキャンディがあって、20年ぐらい前かな、私はその飴をタイムスリップする物語で読んだ。現代から、100年前にタイムスリップする10歳の主人公が、かばんの中に持っていた飴。
 取引の材料として使うのだが、そのものすごい味に100年前のアメリカ人びっくり!というような。

 この飴、どんな味なんだろう、と思って探してみたら、箱や袋に入った小さめの粒のほかに、1つずつでレジとかの前でばら売りになっている大粒があった。
真っ赤で、かなり大粒だったそれは、大学の売店のレジのところにあったので、25セントだして1つ購入。
 食べたら、辛いのなんの!!うひゃー。となるキャンディで、なんていうか、甘さはどこかに吹き飛ぶような感じ?
慣れればおいしい…のかなあ…いや、ちょっと無理。というような味で、これをなんの注釈もなくいきなり口に入れたら、そりゃびっくりするだろうよ…という飴だった。

 いくら辛めのニッキ飴がいいといっても、atomic fireballよりは辛くない飴がいい。
 別に色は何色でもいいんだけど…。一袋、130円ぐらいだった。安い。150gで個包装でこれ?いいの、本当に?
 「めさまし」飴というぐらいだから、目が覚めるぐらい辛いのかなあ…。

口にいれたら、ザラメが周りについてごつごつした感じ。辛さは辛口ニッキ飴よりちょっと甘め。

 ちょっと細長い枕みたいな形だった辛口ニッキ飴と、まん丸のめさまし飴は形が違うからかちょっと食べ心地も違う。
 本当に目が覚めるほど辛いか…と言われると、そうでもない。
 めさまし飴のほうが、素直な味で、癖がない感じがする。辛口ニッキ飴のほうはちょっと漢方というか、のど飴っぽい雰囲気がちらっと漂うような…。
 辛口ニッキのほうがピリピリ来るので、めさましのほうが万人受けすると思う。

しばらくは「めさまし」を食べよう。また100均で辛口の方も見つかるといいなあ。


モノラルを両耳から聞くにはどうするか

最近、自分の音楽プレイヤーに入っている音楽があんまりしっくり来ない。
 夜に、羊を数えるCDは聞いているものの、他の音楽を聴く気分にならない。
次の曲がこれ、と分かってしまうぐらいどのアルバムも聴きこんだってことだ。

普段はグーグルのスピーカーが適当な音楽を流してくれるが、夜は自分でヘッドフォンで…となると解決法は2つ。1つは新しいCDを手に入れること。もう1つはラジオを聞くことだ。

 スマホを見ると目がさえるのと、スマホのバッテリーを減らさないで聞けるということで、ラジオを持ってきて聞いてみた。

これは、パナソニックのラジオRF-551。ポータブルと言われるタイプで、かなり前のものだ。パナソニックのサイトで調べてみると、多分、平成7年とかのものらしい。

 いつから持っているかも覚えていないが、懐かしい形のラジオだ。
 これが、ヘッドフォンをして聞くと片耳からしか音が出ない。うーん、さすがポータブルラジオ、出力はモノラルなんだね。

あれ?でも、私は子供の頃こういうラジオを両耳で聞いていたと思う。別にステレオだったわけじゃなくて、モノラルが両耳から聞こえるようになっていた。ペラペラの、何かの購入特典みたいなラジオで、姉が取っていた学習雑誌だったか、教材だったかの中学入学祝いみたいな全員プレゼント品だった。これ以上安いラジオはないだろう、というぐらいのもので、あれと比べればこの安いポータブルラジオが高級品に見えるぐらいだ。

 たしか、イヤホン(当時はインナーイヤー式のをイヤフォン、頭の上にかぶって両耳にかぶせるものをヘッドフォンと呼んで区別していた)も、ぺらぺらというか、線も細くて、これも「これ以上安そうなのは見たことがない」というようなものだった。
 
あの頃は、音の良し悪しよりも、両耳からラジオが聞こえて、日常からちょっと離れて自分だけの世界に入るような感じがするのが気に入っていた。ステレオ放送なんて言わない、ただ、両耳から聞こえるだけでいいのだ。

 当時のテレビや、ラジカセもそういう風になっているものが多かった。なんなら片耳しかないイヤホンもあったものだ。
両耳あってもステレオでなんか聞こえない。同じ音が両耳から聞こえる。
…あれ、今ないのかなあ。

 そう思って調べてみると、そういう風になっているのは「テレビ用」というものばっかり。ヘッドフォンのコードの長さが3メートルとか5メートルとか。要らないよね、その長さ。
 モノラルの出力端子を【ステレオに変換するアダプタ】もあった。うーん、これを差せば多分、モノラルの端子がステレオになって、右左両方にモノラル音声を出してくれるんだけど…多分なくすなあ。
 いろんなレビューを読んで、ついでにラジオのレビューを読んでいたら、【このヘッドフォン】を紹介している人があった。

 これは、モノラルヘッドフォンなんだけど、両耳から同じ音が出るというヘッドフォンで、コードが120センチと短い。おお、あった!
値段も389円…って安いね。

ものすごーく二ッチな商品ではあると思うけれども、モノラルの出力をするもので、音楽じゃないもの…たとえば機器の操作音とか、指示音声を聞くならこれがいいという人もあると思う。
 それと、レトロなラジオを両耳から聞きたいという私みたいな人にも。

 あまりにも安そうな見かけで、多分断線するのが早そうな感じなので念のため2つ購入。届いてから使ってみた。
 ばっちり、モノラルの出力端子で、両耳から同じ音が聞こえる。ちょっとボリュームをしぼり気味でも、両耳から聞こえると全然ちがう。
 ステレオ出力の端子に突っ込んだらどうなるかな…と思ったけど、それも両方同じ音が聞こえる。
 右左両方の音がミックスされて、両方から聞こえる感じ。
 いつでもスピーカーに音が出せるわけではないものね。

あとは、両耳が聞こえる場合でも、安全のため片耳を外部の音を聞くのに開けておくためにも。
まあ、その場合モノラル出力だったら片耳ヘッドフォンでいいんだけど、出力がステレオの時に、一応全部音が聞こえるのはいいかもしれないもんね。

ステレオの機器から、左右ミックスして、片耳だけで聞くヘッドフォンは【こういうの】があった。
 なるほどー。探せばいろいろあるね。
このタイプのは、片耳を開けておきたい人のほかに、片耳が難聴という人にも好評らしい。

どれも二ッチな商品だけど、面白かった。

Opalでベレー帽

テキトウに始めたベレー帽、やっと編めた。
編めてみると確かにハデだ。こんなハデなベレー帽はお店には確かに、ないと思う。
 150目でスタート、15目ずつ10パートに分けて編み、240目まで2段に1目ずつ増やしてから、3段に1回減らして編んだら、段が多すぎたらしくて、真ん中が平らにならなかった。(左の画像) うーん、とんがってる。この形の帽子は多分、ベレーとは言わないな、というわけで編みなおし。
 70目ぐらいある段までほどきなおして16個ぐらいに分けなおして、2段に1つずつ減らして、24目になったところで絞って終わらせた。(右の画像。立体迷路おもちゃにかぶせて撮影)

 うーん…。今度は増やす目数は1.6倍じゃなくて1.4倍ぐらいにして試そう。あとは、最後に残すのが24目だと多すぎな感じ?12目ぐらいまで減らしたほうがいいか…。

 4号の針で、Opal毛糸4本撚り、50グラム使った。針を3号にしてもっとみっちり編むほうがいいかな…。
 お揃いのスカーフも編みたい…と思ったけど、これ、去年にこの毛糸でネックウォーマーも編んでるんだよね。
 それとお揃いにすればいいか。

 さ、次編もう、次。
 

夢は信じればかなうと教えるか

駅前の喫茶店で、お茶を飲んでいた時のこと。
この駅は、駅前にいい感じの広場があって、そこでストリートミュージシャンが歌ったり、演奏したりしていることがある。
 かなり上手い人もいるし、そうでない人もいるし…。

今日、演奏を始めた人は、見事に、完膚なきまでに…ため息が出るほど、オンチだった。
 ギターを抱えて、弾きながら歌っているのだけれど、自分のギターの音に合わせて歌ってどうしてこうなる?というぐらい。
多分、メロディはこうなんだろうなというのはある程度ギターの音から推測できるのだが、時々合うのが逆に気持ち悪いぐらい、オンチだ。

 隣でもうひとり、歌っている人がいるのだが、この人がハーモニーを時々歌っている…はずなんだけど、この人の方も微妙にオンチだ。ハーモニーではなくて、カウンターメロディとか、カコフォニーと言う感じなのだろうか…もし、この人が編曲されたとおりに歌っているのなら、編曲した人はもうちょっと考えたほうがいいし、お客さんの前で歌って緊張して音が外れているのならしょうがないけど、なぜ絶叫調?まあ、この人も時々は合う感じだった。

 そして、多分自作の歌詞と曲なんだろうけど…。なんていうかアクセントのつけ方が演歌みたいなのだけど、多分目指してるのはポップなんだよねえ…。J-POPと言われるジャンルなんだと思う。どうしてそういう弾き方なんだよ!!!

 私は、人の趣味に文句をつける気はない。
 喫茶店にいる時間は短くなったろうが、「下手だなあ」とは思いつつ、黙ってお茶を飲んで帰ったはずだ。
 私はこういう趣味を持つ知り合いが実際いるし、本人が楽しければいいと思っている。
趣味は下手であろうが、誰も認めてくれなかろうが、楽しいからやるものだし、周囲にひどい迷惑にならなければ、いいのだ。

 私がつらつらと欠点ばっかりあげつらう気になったのは、私の隣のテーブルでお茶を飲んでいた、私よりちょっとお年上の2人の女性のせいだ。
 どうも、そのうちの1人は、このミュージシャンのお母さんらしい。
 その人が言うには、このミュージシャンのうちの少なくとも1人は、「これでデビューしたくて必死」なんだそうな。
 お母さんは、あきらめムードというか、「もう、何を言っても聞かないから…」みたいな愚痴を言いながらお茶を飲んでいた。

これでデビューしたい、というのを聞いてしまったら、趣味で好きでやっている下手なミュージシャンを見守るモードではいられなかったのだ。
 
 音楽で、お金を取れるようになりたい。つまり、プロになりたい…という夢を持っている人は多い。
 だけれども、この進路は正直、めちゃくちゃ狭い。狭いのに歩きたい人が多いという進路なので、競争率の高さはものすごいのだ。高校生から音楽の高校に入って、音大に入って、音楽だけを勉強して練習しても、プロになれない人もどっさりいる。ピアノなんかでいうと、3歳ぐらいからピアノを練習して、1日に8時間とか10時間とか練習して、20年やっても結局プロにならない人だってかなりいるのだ。
 
 まず、素人の私に、耳をふさぎたくなるようなオンチだと判断される時点で、寝言は寝て言え、だと思うんだけどさ。
 プロになろうと思うと、こういうジャンルの音楽の場合は、今だと、動画でもネットに登録して、一日に何万PVを稼ぐか、ストリートミュージシャンからファンを増やしてCDでも売り、ライブハウスでライブやって…あとはコンテストとかに出て賞取るとか、そういうのが正攻法なんだろうけど…。
 ここまでオンチな場合は、例えば曲がとてもいいとか、歌詞がとてもいいとか…そういう売り込みポイントで勝負するしかないだろうけど、歌詞はどうみても今の有名な曲の歌詞を半分以下に減らして焼きなおしてから繰り返したようなものだったし、曲もどこかで聞いたようなのを単純化したようないうなれば、スマホのゲーム音楽のフレーズを短くしたみたいな感じ…。

 夢をみるのは若い人たちの特権とはいえ、印象に残るのがアフロのかつらだけではなあ。
 
夢は追い続ければかなう、なんていうことを信じている人がいるのは知っているけれども…。
 自分を客観視するというのは、かくも難しいものなのだと思うし、自分の望みが努力でかなうものではない、ということを認めることはつらいことかもしれない。でも…これ、どうにかならんものなんだろうか。
 ストリートミュージシャンには、はっとするぐらいうまい人もいる。これでプロじゃないなんて、やっぱり層が厚いんだなあ…と気の毒になる時もあるけど、今日私はちょっと、「うっ」と思ったのだ。

 自分の息子が…もし。ミュージシャンになりたいと言ったら、どうするだろうかと。
反対すればするほど、意固地になるかもしれないものね…。知り合いには、ミュージシャンになる夢を捨てきれない彼氏に貢ぎ続けた人もいた。30越えて、夢を見ている彼が素敵なのだと。友人はみんな「やめておけ」と言ったらしいのだが、彼の理解者は私だけだと、働いて貢いでいたあの人は結局どうしたのだろう。

 音楽は趣味にしろ。絶対そう思う。多分、子供にもそうアドバイスする。
 夢は信じ続ければかなう、と教えることについては微妙だ。
 夢がかなう人もいる。でもそういう人は、もっと小さい目標を一個一個、つぶしていける人だ。

つまり…。自分で歌うのならせめて音程が外れないように練習し、(ギターのチューニングも、もっときっちり!)せめて聞きづらくないようにハーモニーのつけ方を合唱曲の譜面でも見て参考にして、リズムパターンとアクセントのつけ方も研究して、歌詞をもっと練って、せめてもうちょっとまとまりのいい…つまり、歌いだしから、盛り上がって行ってサビになって、またメロディに戻って終わりみたいな曲を書いて耳に残りやすくするとか、口ずさみたくなるような感じに作るとか、作曲の技術を勉強するとか…。
…というような細かいところを修正していかないと、一足飛びにデビューなんて考えてる場合じゃないと思う。

たとえ、それが全部できたとしても「凡庸」という評価から抜け切れず、デビューできない人はたくさんいる。
今、芸能人として音楽事務所に登録されている人だって、全く売れていない人がどさどさいるんだから…。
なんて、私が考えていることは多分、隣のテーブルの2人にも、ストリートミュージシャンの2人にも、伝わらない伝えないそういうことなんだけど、ブログのネタにはなった。

ライトノベルの電子本を買う

若いころは…なんて出だしの日記を書くと、自分が特に年取ったような気がするのがちょっと嫌だけれども、実は中高生の頃、私はライトノベルをあまり読まなかった。
左の絵の、見られない場合は画像のリンク切れです【ロードス島戦記】みたいなのは、高校の時の同級生にもすごくファンだというような子がいたもので、たしかこのロードス島シリーズは元はテーブルトークのRPGのシナリオみたいなのじゃなかっただろうか。ちょっと遊んだ覚えがあるが、私は、小説で、ハイファンタジー(世界観が全く今の世界と別世界のものなファンタジー)は、トールキンの指輪物語一択でしょう!と思っていたので、一応1巻はお義理で読んだが、「全体的に薄い」と切り捨ててそのままだった。

 当時は、重厚長大な物語が大好きだった。本を読むのが好きで好きで、まず「冊数が多い」または「分厚い」というのが目を引く一番の要因だったぐらいだ。いくらでも読みたかったし、いくらでも読めた。
 
 当時はまったのは、栗本薫の「グイン・サーガ」。私が気付いたときには30冊ぐらいあったろうか、もっとあったかもだが、あれは130冊を超えてなお、完結しないぐらいの大長編、あれをこう、学校で友達に5冊ずつ借りて、学校の机の中に積んでおいて1日で読破、なんて。もちろん授業中も読むのであるから、先生には見つかって叱られたものだったが、上下巻より、上中下巻、それより6冊セット、8冊セット、10冊セット、それよりも20冊あるシリーズが魅力的だった。

 中学の時の友達は、「三毛猫ホームズ」のファンで、出るたびに私に本を貸してくれたし、鉄道好きの友達は西村京太郎のファンで、鉄道が絡むミステリーをしょっちゅう貸してくれた。どちらもかなり冊数があったように思う。先が知りたくてどんどん読書速度が上がっていたころで、三毛猫ホームズぐらいの本だと、あんまり細かいところは覚えていないが、とりあえずストーリーを楽しむだけという条件でなら、1冊30分ぐらいで読めたと思う。
 図書館で手当たり次第に本を借りて、山に積んでおいて片っ端から読むのが、とても楽しかった頃だ。

 あの頃は、どうしてあんなに間断なく、長時間かけて本が読めたんだろう…。
 今は、本にのめりこむまでに15分ぐらいかかるようになっているし、今は家事のことを考えると細切れに一日中やることがあって、長時間本が読めない。短く切り上げられる本がよくなってきた感じがする。多分、体力…じゃないな、本を読むのに使う力は何力というのだろう。継続力?なんにせよ、本を読むのに使う読書力が、文章の読み取り能力とは別に減ってきている感じがする。

 更年期のせいなのか、はたまた老眼のせいなのか、それとも家事をしない日なら本が長時間読めるのかわからないが、ライトノベルでも読むかな…と思ったとき、アマゾンのセールで目に付いたのが上にのせた、「ロードス島戦記」だった。7冊まとめた合本版が2000円だというではないか。アニメ化もしたという人気作だし、大体30年も前の本だというのに新装版が出るってことはやっぱりこれは名作なんだろうな…というわけで、1冊300円ぐらいという値段にひかれて購入。

 この本を買った人は…のところに出たのが、ロードス島戦記の前時代にあたるという「ロードス島伝説」。これは1600円ぐらい…で6冊って、ねえ!安いんだけど!!1冊250円ぐらいだ。
 そしてロードス島戦記の続編にあたる「新ロードス島戦記」が7冊で1750円。ねー。なんか値段設定間違ってないこれ?
そしてどうも同じ世界の物語ということになっている「魔法戦士リウイ」が21冊で2350円。
 どうしてこんなに安いんだ…。10月分の小遣いはたいて、全力で買ってみた。
 これはあれだ、安すぎてほしいかどうかを本当に検討せず買ってしまう、バーゲンに負けるパターンだ。

まず1日でロードス島戦記読了。割とおもしろかった。
次の1日でロードス島伝記読了。えー。こういうことになってたのー?
そして次の日だけでは終わらなかった、もう2日かけて新ロードス島戦記読了。
えーーーー。こんな終わり方なのー!微妙にすっきりしなーい!こういうものなのかもしれないけどー。
というわけで、4日で5000円ぐらい。まあ…こんなものだろう。数年たったらまた読み返してもいいしね!
21冊のシリーズのほうは、明日から読む。

ライトノベルとはいえ、一気に6冊とか読むとちょっと頭がぼーっとする。

 多分、これ1冊600円したらここまで一度には買わないと思う。でもこれ1冊110円から250円なら、まあ…。
あと、紙の本だと場所が困る。ロードスシリーズだけで20冊、魔法戦士のシリーズまで入れたら40冊。どこに置くのよ、ってなものだが、電子版だからねえ、いつでも持って歩ける。

ライトノベルというのは、小説よりぐっと軽く、読みやすい。語彙が簡単だし、ストーリーの構造もあんまりややこしいものはない。ファンタジーといえども、世界が、言語が、文化や習俗が…というような作りこみがあんまりないのも確か。でも、コミックスよりも長編で複雑な物語が展開するのは、多分絵ではなくて文字で書かれているから、情報量が多いからだろう。
 コミックスは大体1冊で5分しかもたないから、出す金額の割につぶせる時間が短いので、よほど好きなものでないと買わないが、ライトノベルは1冊で3、40分から、厚めのだと1時間は読めるし、こういう合本版で何冊かセットになっているとたくさん読めてちゃんと物語を楽しんだ、という満足感があるのがいい。
 ちょっと体力が落ちてきた今にぴったり。
全巻揃えて「完結」になっていて売られているのもいい。
 どんなに大好きで、出版されるたびに買い集めた小説でも、未完というのは残念なものだからね。

 そのつもりになって検索したら、出る出る。(ライトノベルのカテゴリから、「合本版」で検索した)
こういう半額?みたいな値引きになっているものは角川系統が多いようだ、と思って角川のサイトを見に行ったら、どうもライトノベルの文庫レーベルの30周年記念っぽい。
 「スレイヤーズ」シリーズも安くなっているようだ。これは誰だっけ…確か学校の図書室でよく会う男子にこれが好きだという子がいたような…。この際だから、しばらくライトノベルを読もう。
 名作で、安くて、面白いなら言うことない。読んでない本は古くても新刊本と一緒だ。

読もう、と思ったら意外と読めることも判明。
「近いうちに図書館へ行って、借りてきて読もうかなあ」だといつまでたっても読まないけど、手元にお金出して買ったら、どんどん読み進めたりする。
 ここ数年、手芸の材料を中心にお金を使っていたけれど、今年は材料はもういっぱいあるからためてある分を消費して、本を買おうかな。
 子どもの頃は「あんな子供っぽいもの読まない」とか思っていたこともあるけれど、子供っぽいのが気になるのは子供だけ。もうどんなに割り引いても子供っぽく思われない年になったのだから、多少子供っぽくてもいいや…。
 よく、残していく本や、趣味のコレクションを「死んだときに、後始末してもらうのが恥ずかしい」という話を聞くが、電子書籍は多分…それほど人目に触れないし!それに多分、これを見るであろう夫は、私が何を読もうと…それがライトノベルであろうと、少女小説であろうと、気にしないだろう。そういう人だ。多分、苦笑されるぐらいのことはあるかもしれないが。
 赤毛のアンと、ロードス島戦記が隣り合って入っている中学生の本棚みたいな私のkindle。

一周回って、とても私らしいと思う。
 


あけびの味

あけびという果物は、あんまり果物屋さんでは見かけない気がするが、この時期にちょっとだけ、出てくる。
 田舎の、山の中にあるようなつる植物で、紫色をしていて、真っ二つに割れる。

 どんな果物か説明するとなると、イチジクとざくろを足して2で割った感じ。
 イチジクのようなやわらかさの果肉を、口を付けて食べ、もぐもぐと口の中で種をより分けて、べべべべべ、っと出す感じ。
ザクロ並みに種が多いので、あんまり食べる場所がないといえばない。味も薄甘い感じで、あんまりインパクトのない味。
 種があまりにも多いので、あんまりお行儀よく食べるわけにいかないもので、山ではこう…外で食べてその場でべべべべべ、とやるような果物で、なんていうか、お店で売っているリンゴとか、ミカンとか…の仲間ではなくて、どっちかというとムカゴとか、きのことか、山菜とかああいう山に行ったら取ってくるかもしれない食用になるなにか系の分類だった気がする。

 前に食べたのは何年前だろう。昔すぎて覚えていない。ふと果物屋で見かけて今回買って食べて、「ああー、こんな味だったっけねえ」ってなった。
 当時はとてもおいしいと思っていたのだけれど、高い果物や、おいしいケーキを食べなれた今、さほどでもない感じが残念なんだか、懐かしいんだか…。
 山歩きをしなくなって、ずいぶん経つ。それでも都会に住んでいれば、こんなものがお金で買えるのだもの、便利な世の中だねえ。私の実家があった小さい町の八百屋さんには、田舎にとても近い、それこそそこらあたりの山にいけばあけびぐらい取れそうな田舎町だったのに、売っていなかった。このあけびは、いったいどこからきたんだろう。
 やっぱり、箱に入ってずらっと並んでいたってことは栽培種なんだよねえ?山に入って取ってくるようなものではない気がする。
 

ipod shuffleで曲順を変えるには?

iPod Shuffleという音楽プレーヤー。これは、もともとは名前の通り、入っている曲をシャッフルして聞くのがコンセプトといっていい。(画像はアップルの公式サイトからお借りしました)

3センチ角ぐらいしかないので、どこにでも持っていけるが、正直小さすぎてなくしそうなこれを、夜、【羊を数えるのを聞く】のに使えないかなあと思った。画面の明るいのを見ずに、曲がかけられたらそれでいいわけだ。
 このiPod Shuffleには画面がもともとない。

 …というわけで、PCにCDを読み込み、コピーして聞いてみたら、なぜか、2トラック目が最初にかかる。
2→3→1→4という順番になってしまう。
 えーっと…音楽の入っているCDなら、別にどの曲を先に聞いても構わないけれども、羊を数えるCDはオープニング、羊が1から200匹、200から400匹、エンディングという順番になっているのに、途中でオープニングってのもなあ。
 なんでそうなる?

1曲目から順番に1曲ずつコピーしてもダメ。再生ボタンを押すと絶対2トラック目からで、オープニングが再生しない。
 CD情報を見てみたが、CDの曲の情報では、ちゃんとオープニングが4曲のうち1トラック目、と登録されているのに。

 この問題はネットで調べると、「よくあること」のようで、例えば英会話のレッスンCDとかを使う人に大評。そりゃそうだよね、レッスン1から順番に聞きたいときにいきなりレッスン14とかが再生されちゃったら困るわけだし。
 解決方法は簡単に言うと、「プレイリストを作成」することらしい。

 つまり、iTunesの左の「プレイリスト」を右クリックして新規リストを作成して曲を登録、それをiPod Shuffleにドラッグ&ドロップ。
まあ、これはありがちな操作…と思ったけど、プレイリストを再生ってどうやるんだっけ?

 いつも適当にシャッフルされた音楽を聴いていたので使い方があやふやだ。
色々いじってみると多分こう、というのがわかってきた。
 
1:電源スイッチは、切、順番、シャッフルの3分割になっているので、真ん中の位置にいれておく。

2:iPod Shuffleの真ん中寄りのボタンを長押しして、「all songs」、「playlist one」と読み上げをさせて、プレイリスト、ワン、と言った途端に、再生ボタンをエイ、と押す。

…とプレイリストの順に再生してくれることが分かった。
 多分、プレイリストが2つ、3つと増えていくとプレイリスト、ツー、プレイリスト、スリー、とこう来るんだろうけど。
英語でプレイリスト名を付けていたらもうちょっと違う読み方をするんだろうかと思って、「playlist two」とひとつめのプレイリストを名付けてみたが、それでもplaylist oneと読み上げたので、多分上から順番に、1、2、3と便宜上の名前を振っているだけのようだ。

 説明書なんかもうとっくにどっかになくなっているしもともと読んだかどうかも定かじゃないけど…【オンラインのマニュアル】も、アップルのサイトにあったし。便利になったよね。真ん中のスイッチを2回押すと電池がどのぐらい残っているか声で教えてくれるなんて絶対気が付かなかっただろう。

 テキトウに使っているものを、ちゃんと使いこなす…というのはあんまりやってこなかったからなあ。もしかしたら持っている電化製品や、スマホにもまだまだ使っていない機能があるのかもしれない。
 

不眠と思っていても…

羊を数えるCDを愛用して、眠れない夜を乗り切っている私。
不安に思っていることとか、前に起きたつらいこととかが頭に浮かんでしまう…というようなことになると、余計眠れなくなるので、読んだ本のこととか、音楽のこととかを考えるか、こういうぼーっと聞いていればいいようなものを聞くのは確かにいいアイディアだった。

 特に眠れない…と思っていた夜、私はぼーっとしていた。一応部屋はもう暗くしてあるし、夫は熟睡。
あーあ、眠れないな、と思ったとき、耳から聞こえてきた声は、「羊が159匹」。

え、なんで?このCDを音楽プレイヤーにいれて、ぐるぐるとループさせてある。オープニングとエンディングの語りかけでないなら、無音状態から、聞こえるとしたら、「羊がいっぴき」か、セリフから一呼吸おいてからの、「羊が101匹」か、数えている人が交代してから「羊が201匹」のはずだ。

 そのまま聞き流して、やっぱり眠れないなあ…と思ったとき、耳に聞こえてきたのは、「羊が324匹」だった。
これはもしかして!私は実は、眠れていない、と思っているだけで、眠っているのでは?
 で、眠りが浅くなって、目が覚めて、そして羊を数える声が聞こえているけれども、眠っているということを意識していないので、「やっぱりまだ眠れてない」ような気がするってことだ。

 だから、羊の数がすっとぶんだよね。昔のレコードプレイヤーではあるまいし、音楽プレイヤーには、音飛びはない。

眠れていないような気がするのに、寝ているなんて、なんとなく気分的に納得がいかないが、それがわかっただけでも、いいよね。本当に眠れていないのではない。眠れていないような気がするだけだ。
 ちょっと気を楽に。本当に眠れていないわけではないのよ、と自分に言い聞かせてみる。

これはでも、ランダムで音楽を再生していたら絶対わからなかったと思う。このCDのトラックは15分以上あったりするし、はっきりと進行がわかるからね。
なかなかいい発見だった。

目にしみるシャンプー

こども用のリンスインシャンプーをお風呂に置いている。
 「目にしみない」なんてかいてあるもので、ポケモンとか、ミッキーマウスとか、何とかレンジャーとか、まあその時ドラッグストアにあったものを適当に買ってくるが、多分ビンの柄と香りがちょっと違うだけで、全部同じ商品だと思う。

 確か息子が3歳ぐらいまでは「ベビー用」と書かれたものを使っていたが、幼稚園ぐらいの頃にこども用のこれに移行した。頭のニオイが気になるようになって、無香料のベビーシャンプーより、香りがついたものもいいかなというのでこうなった。

 お風呂場があんまりごちゃごちゃしないようにというので、物を減らそうと思ったときに、夫のシャンプーがリストラされて、夫も息子のこども用で頭を洗っている。もともと、リンスインシャンプーを使っていたので、香りがグリーンアップルとかなことをのぞけば、使用感にわかるほど差はないと言っていた。

 私は固形せっけんで髪を洗ってリンスはクエン酸…というわけで、今お風呂にあるのは、
 固形せっけん
 泡ででる液体せっけん
 子ども用リンスインシャンプー
 クエン酸入り水ボトル
…と4つまで減った。
 泡で出るせっけんは息子が、固形石鹸をボディタオルに塗って泡立てるよりこっちがいいというので(赤ちゃんの時には確かに便利だったが、そのままってことだ)採用。私がこれで頭を洗わないのは、泡で出る液体せっけんのほうが固形のせっけんより高価だからだ。
 
 そしてある日、シャンプーが切れたと言いながら夫がお風呂から出てきた。
 息子が最後まで使い切ったとみた。夫はしょうがないので、泡で出るせっけんで頭を洗ったらしい。

 「目にすごくしみる、あれ何が入ってるの?」

体に悪いんじゃないか、と思うぐらい目にしみた、と笑っていた。
 うーん。天然が売りの無添加せっけんだから、保存料とか香料とか入ってないけどね…多分何かが入っているとすれば、それはリンスインシャンプーの方だろうけど。

 大人のシャンプーには目にしみない、なんていう注意書きがないところを見ると、シャンプーというのは基本目にしみるものな気がするけれども、慣れって、あるんだなあ…。しみないのを使っていると、目をしっかり閉じなくなるんだろうか。

 ちなみに、息子はシャンプーがなければ泡ででるせっけんで頭を洗って、黙って出てくるので、夫が大人用シャンプーを使っていたころは、こども用シャンプーが切れているのがなかなかわからなかったりしたものだけれど。
今回は思ってもみないところから文句が来て、ちょっとびっくりした。
 夫は早くシャンプーを買ってきてほしいらしい。

子どもが独立して家から出たときにも、シャンプーは替えずにこれにしておくべきだろうか。


それでいいのだ

交通安全当番に出かけた。
 交通安全当番というのは、小学校の割り当てで、通学路の危険とされるところに保護者が旗を持って立つという当番で、一カ月に一度ある。

 この街は、結構古い街らしくて、細い道が多い。それもまっすぐな道ではなくて、カーブしていたり、どこかで途切れている道もある。そんなわけで一方通行も多いので、ナビは結構、抜け道を教えてくれる。
 狭い通りなのに、変に車が多いことがあるのは、そんなことのせいだ。

 通学路にはY字路、T字路、それから幹線道路まで通っていて、横断歩道はあっても信号がない場所もたくさんある。
 だから交通安全当番は、結構大勢の人が出ることになる。

 そんな朝のこと。私が旗を持ち、交通安全たすきをかけるというすごい格好で持ち場についたのが、予定時刻の3分前。
なぜか、教頭先生がやってきた。
 この道は、通勤の人も多い。自転車なんか、遅れると思うのか、全速力のこともある。
 横断歩道で子供を渡すのだが、車は止めても、自転車にぶつかりそうになることがあるぐらいだ。
 そして、先月の交通安全当番があった日に、学校に電話がかかってきて、「子供を優先しすぎだ、交通安全当番の人間が邪魔だ」というクレームが入ったのだそう。
 
 教頭先生は大変すまなそうに、一応、そういうお話があったのでお伝えしておきます、大丈夫だと思いますけどね、一応周りの人に伝えておいてくださいと去っていった。

はあ…。そりゃ…じゃまかもしれないし、私も注意が自転車まで向かないこともあるかもしれないなあ…全然気づかなかったよ、とちょっと落ち込んだ。

 そのあと、教頭先生と入れ替わりに、私の隣のスポット担当の人がやってきた。
 「教頭先生が来てたみたいだけど、なにかあったの?」と聞かれて、私はその伝言を伝えた。
「ばかじゃないの?」
 さっくり、一刀両断。

 「子供のためにやってるんだから、子供優先にそりゃあ、なるよね。いちいちそんなクレーム聞いていられないって」

えっと…これでいいんだ?
 邪魔になるか、ならないかはともかく、私はこの人の問題の切り上げ方に感心した。

 そうだよね…匿名と思しき、そのクレーム。多分、その人は私たちに直接怒鳴り込みには来ない。
 私たちは一生、その人とは会わない。

 そして多分、気を付けて活動したところで、その人が満足するとは限らない。
 こういう人はいる。高校生ぐらいの若いバイトの子を怒鳴りつけるタイプの人。自分がほかの人と同じ扱いを受けると失礼だと怒りだす人は接客業をしていたら出会ってしまうものだし、ちょっとしたことが気に入らないと関係各所に怒鳴り込む人って時々いるよね。多分、こういう人に当たってしまったのだ、今回は。
教頭先生はちゃんと話をしておきましたよ、という実績のために、こなきゃいけなかったというわけだ。

 こういう、怒鳴り込むタイプの人をまともに相手していたらこっちの気力が持たない。
 
実際に面と向かって…というのでないなら、「ばっかじゃないの」で済ませちゃっても、結果は真摯に対応してみたのと変わらない。
だとしたら、ばっかじゃないの、でいいんだよなあ…。

 私が気にして落ち込むことはない。相手だって一カ月に一度なんだもの、小学生のために我慢してくれたっていいじゃないか。
大人の余裕を見せろ、ってことだ。うん。

 落ち込むのはやめて、こういう処理方法も見習うことにしよう。こっそりそう思った。

iPhoneの電池交換体験談

iPhoneの電池が劣化した時、iPhoneの動く速さを落とす、という「バッテリー管理機能」が今年の春に導入されたらしい。
本体に何の問題がなくても、なんだか動作が遅くなるので、これはもう、だめになったんじゃ?と思ったユーザーが、そのiPhoneを売って、新しく買い替える。

これは、電池交換すればいいんだよね?本体全部買い替えではなくて?
…という話なのだけれども、そういう管理機能をいれたことをアップルがユーザーに周知しなかったために、これは「買い替えさせるための陰謀なのでは…」という話がささやかれ始めた。

 そういう企業陰謀説みたいなのがどんどん広がってしまうとアップル社としてはさすがに世間体がわるいので、「バッテリー交換を、安くやります、保証期間内なら無料でやります」という発表が出た。

発表は確か、春だったと思うが、交換したい人が多分、ショップに押し寄せるだろうと思ったので私はその時はお店にいかなかった。
 期限は今年いっぱいなので、そろそろ…と思って動いたというわけだ。

私のiPhoneはiPhoneSE。小ぶりのiPhoneで、割と手が小さめなのでこれがお気に入り。前に使っていたスマホもこのぐらいのサイズだった。画面は小さめだが、動画を見たりするわけでもないので、これで十分。これより大きいと、つるっと手を滑らせて落としそう。
 iPhoneの最新のと、1つ前の機種はもう両方これより一回り大きいので、今もっているiPhoneSEを大切に使わないといけない。

アップルショップは大抵都会にしかない。銀座、新宿、名古屋、大阪…ともかく遠い。郵送で送って取り換えてもらう方法もあるようだし、大規模な家電店、例えばヨドバシカメラ、ビックカメラ、カメラのキタムラみたいなお店は「アップル正規サービスプロバイダ―」になっているみたいだけれども、ヨドバシカメラがあるところまでいくなら、いっそアップルショップでも大差ない。

 大体、いろいろとややこしいのだ。店に「こんにちはー」と飛び込んで直してもらうのは無理で、アップルの直営店の場合は電話とか、【ネットで予約をとるとか】して、自分の名前とか、アップルIDとかを登録しないといけない。
 予約時間は金曜日の13時55分に決定した。中途半端な時間だが、ネットの修理予約ではこれが一番早かった。あとはみんな3時過ぎの枠しかなかった。

 平日の、昼か…。子供が学校から帰ってくるまでに間にあわない可能性もあるが、しょうがない。バッテリー交換というのは正規ショップでやると8000円ぐらいかかるという話もあるし、街の「非正規サービス店」でも5000円ぐらいはかかってしまうのを、3200円でやってくれるというのだ。交通費を差し引いてもなんとかプラスになる。

電車に乗って、ちょっと歩いてアップルショップに到着。窓がとても大きく、白とシルバーのショップに置かれた木製のテーブルに展示された色とりどりのiPhone、iPad、壁に巨大な液晶ディスプレイが総天然色のムービーを映しだし、キラキラ明るい照明の下、思い思いに展示商品を見るお客さんたち。
 えーっと…微妙に場違いなんだけど…。おしゃれすぎる。

修理窓口はどこなんだよぅ…。
カウンターも、窓口も見当たらない。レジもないぞ?(買い物ってどうやってやるの?ショップなんだよね?)

 しょうがないので、エプロンのおねーちゃんに、「修理に来たんですが、窓口はどこですか」と聞く。

そこのエスカレーターを上がっていただきましてお二階に、というので、行ってみると、そこには、新式の図書館の閲覧室みたいなものが…。また、窓口はない。
 どうしろっって!

しょーがないので今度はアップルの帽子をかぶったお兄ちゃんを呼び止め、修理に来たんですけど、と聞いてみた。
階段のそばに、iPadをもった店員がいますので、そちらへ…というので、エスカレーターまで戻る。
 …と確かに、そこにはiPadをもった店員さんが。

修理で、というと、アップルIDとお名前を…というので、それを告げて、13:55分だ、というと、そこでまるでレストランのようにテーブルまで案内された。

テーブルで、しばらく待つ。その間に「iPhoneをさがす」をオフにしておいた。これがあると修理が出来ないので、修理に出すときはやることになっていたはずだ。

 iPadを持ったお兄さんがやってきて、電池交換ですね、と横に座り、私の話を聞いてくれることに。
 「バックアップはされていますか?」と聞かれた。大丈夫、私は家を出る10 分前に全データをパソコンにバックアップしている。
 
アップルの店員さんによると、バッテリー交換でデータが消えてしまう事故は50%ぐらいだとか。
 ちなみにここでアウトで、断って次回の予約を取り直して帰る人が同じテーブルの逆の端に座っていた。
ひゃー。バックアップ取らずに修理に来る人がいるんだ…。スマホをだれでも使う時代になったものねえ…。そういうものなのかもしれない。
 あとは、もし、中を開けてみて、水没した痕跡があったら、バッテリー交換はお断りしているので、という話もあった。
水没した覚えはないのでOKする。

 実は私のiPhone、一度落としたことがあって、上の断面のところがちょっとへこんでいた。
このへこみが、「内側まで影響していた場合、修理をお断りすることがあります」と言われた。つまりフタを開けて修理したら、閉まりませんでした!という問題が起こることがあるからだそう。

 んーーー。しょーがないな、その時はあきらめて帰ります、ということでバッテリーがどのぐらい劣化しているかチェック。
85パーセントぐらいらしい。1年半使って85パーセントなら文句は言えないが、交換出来るなら、今日やってくださいと頼んだ。
 へこみの部分が問題があるかどうか、チェックしてきます、とお兄さんはいったんiPhoneをもって修理する部屋へひっこんだ。
これでフタが閉まらないかもしれないから、修理は無理です、といわれたら、引き下がって帰るのか…。せっかく来たのにー。

  帰ってきた店員さんは、修理が出来ること、ただ、左上の画面の角のところがちょっと浮くかも…という話をもってきた。
持ってバラバラになるほどではなく、カバーがかけられるなら、と私が言うと、「残りの部分がちゃんとシールされているので大丈夫だと思います」と請け合ってくれたので、修理は頼むことになった。

 データが吹き飛んでも文句は言いません、というような書類にサイン。もし飛んでもバックアップで戻ってくるんだから、まあいいよね。
所要時間は、1時間半。この時点ですでに2時ちょっとすぎ。修理終了予定時刻はつまり、3時半?うわ、子供が帰ってくるのに間に合わないどころじゃない。夕飯の準備が微妙になるぐらいかかるじゃないのさ…。てっきり30分ぐらいだと思ったのに!

 …とはいえ、ここまでもう一回もっと早い時刻に予約してくるかと言われると微妙だ。
しょうがない、一応待つ準備はしてある。外に出ても構わないといわれたが、たいして行きたい店がそばにあるわけでもなく、よくわからない場所を歩くのもそんなに好きではないので、持って行った編み物を取り出し、本を読みながら編むことにした。

 周囲の人は、自分の予約時間が来るまで待っている人、店員さんと不具合が再現するかやってみている人、私と同じようにバッテリー交換の手続きをしている人、iPad修理で、修理より買うほうが安いです、という見積もりが出て、新製品を選んでいる人などいろいろ。

 本を読みながら編みまくってなんとか1時間半経過。
 私のiPhoneを持った人がやってきた。
 ついでに謎の箱も。

 修理の結果表みたいなのをまず渡してもらって、説明に入る。
すると、不具合があったらしい。
 バッテリー交換後、バッテリーの充電量が3%から上がらない
…ってええーー??なにそれ!
悲痛な顔をした店員さんが、バッテリー修理と同じお値段で、新品交換でよろしいでしょうか、とお伺いを立ててきた。
えーっと、だめ、っていっちゃだめよね、これ?

 …しょーがないですね…。
というわけで、スイッチを入れなおし、念のためメールやメッセージをチェックしたあと、SIMを入れ替えてもらって私のiPhoneは新品になってしまった。

 古いほうの端末は店員さんが持って行ってしまった。さびしい…。
自分の使い慣れた端末が、あっという間になくなってしまって、手元にあるのは知らない新品。はあ…。

 最初から設定やり直しだし、バックアップは家に帰るまで戻ってこない。カバーだけかけなおして、トボトボ家に帰った。
 
家でバックアップを復元しようと思ったら、この新端末のOSのデータは古かったらしく、アップデートするまで復元できないことが分かった。面倒だなもう!
 アップデートするとしたら、つまりWi-Fiにつなぐ設定とかもいれないといけない。
ちまちまパスワードなどをいれて、アップデート、再起動、あれ?もう一度アップデート?
アップデートに時間はかかるし、修復したデータをロードしなおして、と思ったら、パスコードがデータ全体にかかっている(前のiPhoneを開くパスワード?)ので、データを動かせなかった、というお知らせは出るし…。

まあ、大体のデータは戻ってきた。各種サイトのパスワードを入れなおして、タッチIDの指紋の登録をしなおして、全体的なチェックをして…。やっと自分のiPhoneらしくなった時には、帰ってから2時間位経っていた。

 夫は、大体の顛末を聞くと、「よかったんじゃないの、新品になって。使える期間が延びたと思えば。お得だったと思うよ?そりゃ、アップルショップは3456円で新品丸ごと持っていかれたんだから損したと思うけど」と笑っていた。

 そうか…ちょっとびっくりしたのと、修復が面倒だったのであんまり実感していなかったけど、実はお得だったのか。
突然iPhoneがタイムふろしきで1年半時間が戻った、みたいなことだものね。
 現金なようだけど、なんとなくうれしくなってきた。

データバックアップ、しておいてよかった。本当に。iCloudで重要な部分だけ、ではなくて、PCでの全バックアップというのは大切だね。

ブラックサンダーVOLTレビュー

あんまりどっさりお菓子を買って置いておくとたべちゃうからな~とか思いながら、スーパーを歩いていて、ちらっと目にとまったのがこれ。見られない場合は画像のリンク切れです【ブラックサンダーVOLT】。夫も息子も、アーモンドチョコが好き。つまり、アーモンドチョコを3人そろっている時に開封すると私の食べる分が自動的に減る、ってこと。

 なので、割とアーモンドの書いてあるパッケージを目印に買ってくるのだけれども、これは、どうみても一人で食べる用だなー。とか思いながら購入。
 今まで食べたことがないものを食べると、寿命が延びるのだ、うん。
 
基本のブラックサンダーは、黒いココアビスケットにチョコレートをかけてある。薄い「LITE」もみたことがあるし、100円する「BIG」もあるし、ちょっと味が違う塩バニラ味のホワイトの一口サイズのも夏には見かけた。ちなみに、家で一番ウケがいいのは、ブラックサンダーWきなこ。箱ごと買っておいても、息子も夫もお茶におやつに、バクバク消費する。まあ、1つ25円というお値段だし、気にしないで出すことにしている。

 そんなわけで、このサンダーボルトにも結構期待。
 がぶっと食べるしかないでしょう!とかじったら、これが結構、アーモンドが入っている。
 製造元のサイトによると、1本あたり、アーモンドが重量換算で7粒入っているというのもうなずける量。
かみしめながら食べる感じで、ボリュームがあるし、これはあれだ、ナッツが入っているのが売りのスニッカーズからキャラメルを抜いたような…ねちっこくなくて食べやすい。
 
 アーモンドと、チョコレートの相性がよく、なおかつチョコレートがちょっと苦め…と思ったら、コーヒーが入っているらしい。
苦くて甘くて、ナッツっぽくて、とても満足のいくチョコバーだった。
 お約束だが、カロリーは高い。245キロカロリー。とはいえ、満足感があって腹持ちもよさそうなので、間食をどうせ1回するならこれか。念のため夕飯には白いご飯は食べないとして。
 あとはもし、私がまだ山歩きをしていたら、これは非常食としてリュックに入れておきたい!と思っただろうなあ。

半分にわけてあって、一袋に2つ入ってるとうれしいんだけどなあ。
それか、「ミニ」があったらいうことない。

味的には今年度の、うちの「チョコバー大賞」だ。
 


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    まこ

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