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毎日更新!LuckyDuckyDiary

いらっしゃいませ。毎朝6時には更新します。さっくり読んでいってください。コメントくださった方はリンクさせてください、相互リンク歓迎、リンクがダメな方は連絡お願いします。

男の子の動き

かなり大きめのショッピングセンターで、駐輪場から自転車を出して、乗っかってちょっとこぎだしたところで、男の子と手をつないで、赤ちゃんを抱いたお父さん、という3人が前を歩いていた…と思うと、手をつないで歩いていた男の子が、くるりんと向きを変え、お父さんの手を振り払って、私の自転車の方へ一瞬で向かってきた。

結構な瞬発力で、多分2歳。3歳には多分なっていないが、私は男の子を見た途端に、自転車を止めて足を下について停止していたので、もちろん危なくはなかった。

そう…男の子はこういう動き方をするのだ。
 これが、違う組み合わせだったら、私は徐行はするけれども、多分停止して様子を見なかった。
つまり、お母さんと男の子、お母さんと女の子、お父さんと女の子。この組み合わせの場合は、
1:男の子をしっかりつかまえているお母さん(慣れている)は、それほど危なくない。
2:女の子は、大人が手をつないでいる場合は、それほど危なくない

この2パターンのことがほとんど。
 子供と歩くのに不慣れなお父さんと男児の組み合わせ…特に、抱っこしているお子さんがあって、気が取られがちのお父さんというパターンが一番危ない。

 お母さんは、男の子がどんな動きをするのかということを知っているし、慣れているので、お母さんの手のつなぎ方は、大抵腕をしっかりつかみ、男の子の手を包み込むようになっていることが多い。これは育児雑誌なんかでも紹介されているやり方で、私も息子が小さいころはそうしていた。

 なぜならば…。男の子は、興味を覚えたものがあったら、その瞬間、手を振り払って駆け出すからである。
 例えば、大人同士が手をつなぐときや、恋人同士が手をつなぐときのようなつなぎ方だと、簡単に振り払われる。歩道から車道に飛び出すかどうかというのは、興味を覚えたものが道路の反対側にあるかどうかにかかっているので、本当に命にかかわっちゃうお子さんもいる。まあ…ちゃんと手をつないで歩こうね?ということが理解できる賢い幼児というのもいるみたいだけれども、少なくともうちの息子はそうではなかったし、近所のお友達を見る限りでは、やっぱり男の子は危ない…というのは共通見解だった。

 1歳半でも、運動神経のいい子、2歳でもちょっとした隙に、3歳ともなれば幼児と侮るなかれ、瞬発力はかなりのもので、首根っこをつかまえる暇もない。犬みたいと言われようと、かわいそうと言われようと、安全には代えられない。リュック型ハーネスが流行るのには理由がある。

 私はそれまで、姪が小さいころのことしか知らなかったので、ちょこちょこ…ではなくて、びゅんっと速度を付けて自分の目的に向かってしまう息子にびっくりしたものだ。興味がないものには全く、注意を払わないし、後ろから近づいてくる自転車とか歩行者とかを感知する能力はほとんどない…んじゃないな。全然ない。目より上の高さにあるものは全く見えていない。

 ここが通れるように見えているんだ?という狭い場所をキュっとくぐって行かれてしまうと、待って!待って!となるので、ハーネスは本当に、必要だった。

 子育てエイジのお母さんたちが、ぺったんこの靴、またはスニーカーを履いているのは、こういうことのせいだ。
 まあ、慣れというものはあるし、冒頭で私が書いていたお父さんは、多分「子供がいると片付かないから、連れて買い物に行ってきて!」と頼まれたんだろうな…という感じだったから、しょうがないんだろうけど。

 …かわいいなあ。こんなころもあったのよねえ…。
そう思って、見守るようなった。子供が2人いる友達は、荷物と、子供2人分で、手が3本あればいいと思うよ、と言っていた。
 本当に、0歳と2歳ぐらいの時が一番大変なんだよねえ。
 男の子は、もうちょっと大きくなって、3、4歳になるまでは本当に危ないからね…。手をつないで、歩道をしずしずと歩けるようになるまでには、3歳なりたてでOKなら早くて、4歳前まではかかるよね…その後にも、ちょっとした時にハラハラする。女の子はもうちょっと早いんだけどなあ。

 ちなみに、私の自転車にぶつかりかけた男の子のお父さんは、さすがの力技で、抱っこ紐で抱っこしている赤ちゃん、買い物の荷物を持ったまま、荷物の逆側の手で男の子を抱っこして去っていった。
なるほどー。男性はそういう力技も軽く出来ていいなあ。
 子供が暴れて抱っこを嫌がるまでは、それでいいよね。

ベビーカーには、嫌がって乗ってくれない時もあるからねえ…。

あの頃はそういえば、軽いベビーカーを担いで歩いていたっけ。子供の着替えだの、おむつだの、おやつだのマットだのが入ったカバンと、ハーネスと、とことこ歩く2歳の息子。だっこ、と差し出す手がかわいかった。

今の外出の身軽さが、ちょっとさびしい。
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ジンジャーエールもどき

 20歳ぐらいの時だった。デートに行ったオシャレなお店で、ジンジャーエールを頼んだ。
 私が飲んだことのあるジンジャーエールは、カナダドライのジンジャーエール一択で、私はつまりジンジャーエールというのは、コーラ、スプライト、三ツ矢サイダー、キリンレモン等に並ぶ、「問題なく飲める炭酸飲料」の一種でしかなかった。
 
 出てきたジンジャーエールは、薄い褐色で、レモンが浮かんでいた。炭酸なのも見てわかる。缶入りのジンジャーエールしか飲んだことがなかったので、缶の中身はこういう色だったのか…と私は普通に口を付けた。

 辛い。ちょっとびっくりするぐらい辛い。ショウガの味がすごい。ピリピリして、糖分もはいっているのだけれども、どちらかというと余計にのどが渇きそうな刺激的な味だった。

 びっくり、という顔になったのがわかったのだろう、当時の彼氏はどうしたの?と聞いてくれたのだが、これがね、辛いの。と差し出したジンジャーエールを飲んで、「あー。」となっていた。私は年上の彼の解説で、初めて「自家製ジンジャーエール」というものがあることを知った。

 カナダドライのジンジャーエールは、「なんとなく」ジンジャーっぽく、こんな辛い味はしなかったという私に苦笑気味だったが、結局私はそのあと、子供っぽいな、と思ったがどうにもならず、グリーン色のソーダ水を飲ませてもらった。

 そのあと、一人暮らしをしたときに、本でジンジャーエールの作り方…というか、ジンジャーシロップの作り方を見て、黒砂糖とショウガを煮込んで作って、好みの濃さに出来たジンジャーエールを堪能した。あの夏が、なつかしいな。

 そんなことを思い出したのは 今日、豚のしょうが焼きを作ろうと思って買ってきたショウガのチューブの後ろ側に、ソーダにチューブ入りショウガをいれたらおいしい、と載っていたから。
 料理だけじゃなくて、飲み物にも使えば消費が増えるということなんだろう。

 今、ジンジャーシロップを作るなんて、面倒なことをする気はあんまりないけれども、味に癖のないソーダ水に、チューブのショウガをいれたら、それっぽい味になるのはわかる。

 手元にソーダがなかったので、冷蔵庫の中の、味がピンとこないスポーツドリンクに、うにゅっと絞ったチューブのしょうがをいれて、ぐるぐるかき混ぜて飲んでみた。
 おお、味がはっきりして、ぐっとおいしくなっている。

 これはイケる。いつもは、料理だけではなかなか使い切らずに、なんとなく古いんでは…と思いながら使っているチューブしょうがの消費が早くなるのはいいことだ。

 思いつきそうなことだけれど、今までやったことはなかったなあ。
今度はソーダ買いに行って、インチキジンジャーエールをこしらえよう。

iPhoneのカバー取り換え

愛用のiPhone5Sのカバーが古ぼけてきた。
背面の周囲からすり切れて柄が見えなくなっているし、レザーとプラスチックの継ぎ目からほつれた感じがするし…。

色柄は気に入っているし、プラスチックに穴をあけてストラップを付けたのも便利で、こういう感じのケースがあれば…とおもった。

 そうだ、同じのが買えるかな?と思ったら、アマゾンのリンクから同じのが買えた。ちなみに買ったのは去年の4月。
毎日持ち歩くし、朝起きてから夜寝るまで…下手をするとベッドの上でまで使おうというのだから酷使しているものね。古びるわけだよ。

 今日は朝からドリルを持ってきてプラスチックに穴をあけ(今回は内側からあけたので、塗料は剥げなかった)、ストラップを分解して…と思ったら、ストラップと、金具の結合部の紐がちょっと傷んでいる。
すぐ切れるほどでもないが、これは危なかった。 

 ストラップを新しく作って、紐も取り換えて装着。うむ、朝からがんばった。

ストラップ点検は、時々やったほうがいい。ストラップを手に持って、安心して使っていたらブッチ切れて、アスファルトに激突とか、やりたくないもんね。

 今、ブログに写真載せよう!と思ったのだけれども、よく考えたら装着してしまったカバーの写真は、スマホでは撮れない!
そうだよねえ。このカバー、きっちりはまるのはいいんだけど、一度はまったら最後、ものすごく外しづらいのだ。今回古いほうを外したら、一番細いボタンのあたりのプラスチックが勢いで割れたぐらい。次回外すのはまた、取り換えるときだなあ。

 タブレットのカメラを使って撮った写真をのせた。↓(上が新しいほう、下が擦り切れたほう)

新しい持ち物…でお気に入りなのはうれしい。でも、多分私は年を取って保守的になっているのかもな、とも思う。
気に入ったものが決まっているというと悪くはない感じもするけれども、前までは自分の持ち物として雰囲気が合おうが合うまいが、「今までと違うもの」「バリエーションのあるもの」を絶対買っていた気がするからだ。

 白、茶色、黒、オレンジがあったんだけど、白は汚れるし、黒と茶色はカバンの中で探しづらいし…となるとオレンジ一択だったんだけど。
いや、もっと他のがあったか…と思いながらアマゾン検索してみた。


条件としては、
1:手帳型ではないこと
私はいちいち開いてからじゃないと使えないというのが嫌いなのだ。キズ?フィルム貼ってるからいいよ。
2:背面にポケットがついていること。
 これはICカードをいれて使う。

この条件で調べたら、確かにほとんど選択の余地がない。有無を言わさず、買ったものの色違いぐらいしか出ない。
かわいいケースは多いけれど、ほとんどが全部手帳タイプ。そして値段も2000円以上するし、高いのは3000円超えだし。
私の使っているケースは1000円ぐらいで、条件にぴったり…。

 年を取ったから…とか考えるのはやめよう。体に悪そうだ。

記憶に残る「神の1本」ゲーム

このブログに相互リンクしてもらっている【鬼瓦権蔵さんのブログ】のおすすめゲームに関連する記事を読んで、私にもそういうテーマで記事を書いてほしい、とコメントがあったので、今日は「記憶に残る神ゲー」の記事を書くことにした。

息子やその友達の会話を見るに、「なんとかは、神!」というのは、そのなんとかが「すばらしい」ということを指すらしい。

…というわけでつまり「神ゲー」ということは、絶対素晴らしいと思う1本ということでいいんだろうと思ってみたものの、大体素晴らしいゲームなんてものは、ある程度の幅こそあれ、人気シリーズが多い。素晴らしいゲームは評価人気共に高いのだ。
つまり、マリオ、ゼルダ、ポケモン、ドラクエ、ファイナルファンタジー…とかまあ、ゲームをやったことがあれば大体ねえ…というあたり。そんな記事はウェブにはとてもありふれている。プレイをした感想、レビュー、攻略…。

 私はドラクエの1から6ぐらいまで、ファイナルファンタジーの4、5、6あたり、ポケモン全般、ドラクエの派生シリーズのトルネコ、ファイナルファンタジー派生のチョコボ系が好きだ。でも、時間を取ったゲームというと、実は全然違うんだな…。

 私は、ゲームを始めたときは一人暮らしだった。大して大きい会社でもなく、男女の給料格差は割とありがちだったころの20歳の就職では、正直給料は安かった。一人暮らしをし、貯金をし、友達と旅行に行こうと思うとまあ、ゲーム資金などというのはどうしても後回し。そんなわけで、私が遊ぶゲームは本数こそ多いものの、叩き売られているソフトが多かった。

 あんまりおもしろくなくても、他にソフトがないのだから必死で最後までたどり着くわけで、いや…。まあ…なんていうかさあ…。私よくぞ最後までいったよね?というものもかなりある。途中で投げ出したものもあるが、暇つぶしに最後まで無理やりプレイした1本が、これ。(画像は【ゲームカタログwiki】のもの。
この「スペクトラルタワー2」は、塔を1万階まで登るというのが目的のソフト。
 人気ゲーム、ドラゴンクエストや、ファイナルファンタジーの派生ゲームとして「トルネコの大冒険」とか、「チョコボの不思議なダンジョン」といったような、ダンジョンを何階層も攻略することを目的としたゲームが流行ったころで、多分似たような解き心地なのではないだろうか、と思った割には、確かこれは中古で格安200円だか、150円だったか…。

 このゲームは、「ルーツ」=職業があって、その職業により、キャラクターの特性が変化する。「アイテムハンター」なら、宝箱が見つかりやすくなり、「エルフナイト」なら魔法と攻撃が強くなる、といったような感じ。ルーツは8ケタの番号を入力すると変化…するんだけど、これが全然わからない。時々はゲーム内で紹介されるのだけれど、ほとんど謎のまま終わってしまう。

 技はどの職業でも3つ覚える。覚えた技は系統別に違う職業になっても使えるので、最初はいろいろな職業を経験して、技を集めるのが王道…なんだろうなあ…と思って始めたけれども、回復技と、攻撃技…はまあ、名前は違うけれどそれほど使い勝手が違うわけでもなく。

 おなかが減るので、適当なものを口に入れると(剣とか、マントとかでも)いろいろなコメントが出るのが面白いのは評価出来る。
こんなもの、食べられるの?というものも「もぐもぐ…」と食べた後、コメントを見るのがしばらく楽しみだった。アイテム数だけは多い。

 ルーツは139種類。最初は「クレリック」「ファイター」「シーフ」とかなんとなくファンタジーの剣と魔法の世界にありそうな職業なのに、最後のほうは「カエル男爵」とか「猫」「サボテン」「かわいい野生児」「お笑い芸人」みたいな、なぜ?みたいな職業もあって、経験したルーツは「カード」になってコレクション出来るので、しばらくはルーツ番号を探すだけで数日遊んだ。自分の家の電話番号とか、友達の番号とか…結局半分ぐらいで力尽きて攻略本を買った。

 このゲームの攻略は、というと、塔を上りながらモンスターを倒し、「ここまでだなあ」と思ったら、「スカラベ」というアイテムを使って街に戻る。街に戻ると、「スカラベ」が変化したアイテム「ベラカス」を持っているので、体調を整え直したり、ルーツを替えたりしてから、ベラカスを使うと、さっきまでいた階層まで戻るので、また、冒険を続けられる。

 何のことはない、トルネコやチョコボのダンジョンが、一度ダンジョンから脱出すると一階からやり直しになるのに、このゲームは途中階からOKなので、一万階といってもルーツによってはかなり簡単。
一番簡単なのは「グルメ」という職業になって、(ルーツ番号26-1351)、3つ目の技「大食尽」を覚えること。
 この技は、モンスターを食べて倒すという技で、自分のHPが回復する。つまり、その技でモンスターを倒し続けると、HPが戦闘終了時には、元通りになっているので、まず、死なない。
 ダメージをなるべく受けづらい職業にして、次の階への扉が見つかりやすい職業とか、アイテムが出やすい職業とか、駆け足が早くなる職業について、大食尽を使いながら進めば、あとは時間をかけるだけでそのうち、1万階にたどり着けるという…。

 この1本がなぜ、神の1本なのかというと、話に聞いただけだと、とても大変なことをやり遂げたように聞こえるところ。
 息子の友達との会話でいうと、「お前、神だな」になるってこと。
 実はフタを開ければ全然すごくないんだけど…。チョコボのダンジョンで200階にたどり着くほうが、このゲームで10000階にたどり着くよりずっと難しい。

初代プレイステーションと、確かこれ、PSPのダウンロード版もあったはずだ。
確かに、クソゲー扱いだけれども、遊びつくすとこのバカらしさといい、妙に凝ったセリフといい、なんとも、味があるんだな…。
 このゲームを1万階まで遊びきった人と知り合ったことは一度もないんだけど…でも、もしいたら語り合いたい、そんな1本。
 

ぬるい炭酸

室温の炭酸飲料が飲める。これは、うちの姉に言わせると、「えーーー?本当?平気なの?」ということになるらしい。
私にとっては、それがどうしたの?というぐらい普通のことだったので、ちょっとびっくり。

 一緒に買い物に行ったとき、スーパーで売っていた冷えていない炭酸を、私が座って休憩したときに取り出して飲んだ時の反応がそれだった。姉が言うには、お茶とか、水のペットボトルならぬるくても飲めるけれども、炭酸のぬるいのは飲めないらしい。

 多分、水分に対する考え方が違うんだなあ。
 私は昔、山登りをするグループに入っていたことがある。水分…たいていの場合は便利だから水が多いけれど、水というのは重たいし、空気を抜いて詰めておけば体積が減る服とかと違って、一定の体積がある。自分で背負って行かなくてはならない場合、重さと体積の関係で有り余るほどは持っていけない。

 途中で汲める場合はまあいいのだけれど、その場合、そのまま飲んでしまうのが心配なこともある。寄生虫とか、細菌とか…、そういうことが心配な場合は煮沸する。テキトウに上澄みすくって飲んでしまえ、というようなワイルドな話もないではなかったが、それは「自分のリスクで」やることで、「ちょっとバカっぽい」ということになっていたように思う。正直私はあんまりやりたくなかったので、のどが渇いても煮沸されるのを待った。

 そんなわけで、濾して、煮沸したものにお茶とかで味がついていれば上等、味がなくて白湯でも、安全で、塩分とかアルコールのような「余計のどが渇く、脱水症状が進みそうなもの」が入っていなければありがたく飲みましょう、ということになっていた。
 
あとは、かなりひどくのどが渇いたとき…特に暑いときに、ふもとのほうまで下りてきて、最初に見た自動販売機なんかで喜んで買って、とても冷たい飲み物をすごく急いでごくごく飲むと、おなかが痛くなるときがある。少しずつ飲むか、冷たくないものを飲むか、どちらかのほうが失敗しにくい。

 何度か失敗して、自分はそういうことをやるとおなかが痛くなるんだな…ということを覚えた。(痛くならない人もいた)だから、室温のものを飲むほうが割とうまくいく…ということもわかったわけで。
 まあ、36度以上あるスプライトを飲みたいか、と言われると微妙だけれども、液温が20度台なら、平気で飲める。

 本当にのどが渇いていたら、40度のキリンレモンでも黙って飲む。フタの開いていない炭酸飲料のペットボトルとか、缶なら飲んでも安全だし、アルコールも、過剰な塩分も入っていないのなら、文句なしだ。

 外国に行ったときに、どの水が安全で飲めるのかわからなかった時も、時々この手を使うことがあるぐらいだ。どの国でも、缶入りの飲料はあったし、見かけで大体「多分、コーラか、類似の飲み物だ」と分かることは多いからね…。そして欧米ならともかく、他の国では缶がいい感じに冷えているかどうかは運次第。

 そんなわけで、ぬるい炭酸が飲める…んだけど、あ、そうなの、とコメントするにとどめておいた。
 自分が当たり前に思っていたことで、他の人は「えーー?」なことがあると、ちょっと気になる。
他の人はどうなんだろうなあ。
 
 

記憶に残る神ゲー(その2)

相互リンクしている【鬼瓦権蔵さんのブログ】で記憶に残る神ゲーについて、記事にリンクして書いてほしい、というリクエストがあってから、私はしばらく考えていた。

 記憶に残る1本、ってどれだろう。
私が【私が昔に書いた記事】の、「星をみる人」だろうか。ファミコンのもので、箱裏のストーリーが素敵だったので買ったが、正直クリアできた人は神だと思う。(このソフトについては一度書いたので割愛)

 まだ書いていないソフトのうち、思いつくのは「超能力訓練ソフト」の「マインドシーカー」だ。
このソフト、ファミコンのヘンテコなゲームの筆頭に出るようなソフトで、今は高値で取引されているそうだが、私が買ったときは古道具屋の段ボールの中に1本30円で入っていた。もちろん箱説なしで、私はそういう30円ソフトだの、5本抱き合わせで100円のソフトだのを買いあさっていた。今のように「レトロゲーは高い値段が」つく時代ではない。スーファミの新品がまだ、トイザらスで買えた時代だったからね…。面白くないゲームは中古でとても安かった。

 「吉田」だの、「たくみ」だの、油性マジックで名前が書かれていたり、ラベルがはがれかけているところに、何かの付録みたいなシールが貼られていたりするソフトも多かった。

 マインドシーカーは、題名からは全く中身が想像できなかったが、プレイをスタートすると自分が超能力を開発する学校の訓練生になった…ということがわかる。テストをクリアして、超能力者になるのだと…。
 テレパシー、念力…そういう感じ。

 ランプが5つあって、次に光るのはどれか、当てるテスト。
 カードの中から、指定の絵のものを当てるテスト。ESPカードって、確かにあったけどね!「ムー」とかの雑誌の宣伝にトランプのように売っていたのを覚えている。

 画面の中の亀とか、人形とかを念力で決まった方向に動かすテスト、窓から見る飛行船がどこから出てくるか当てるテストもあった。

 なんせ、テストを受けに行くときに、自分の部屋のドアさえ「念力を込めてボタンを押さないと開かない」のだ。
 まず、念力をこめてドアを開けろ、と言われるときは、コントローラのボタンを、適当に押してはいけない。ゆっくりと、何回か押すと開く。
 このあたりまでは、まあよかったのだ。そんなもんだろう…という予測も出来た。

 しかし、どのランプが光るか、当てろ。になると、なかなか当たらない。テストをクリアしないとゲームが進まないので、どうにかして10問中7回ぐらいは当てなくてはならない。

 このゲームを私と一緒に遊んでいたのは当時無職で暇だった友達、智樹(仮名)だった。
 「なあ…これ、法則とかあるのか?」
 「わからないね…一応メモってるけど」
私は、テストが始まってから、光るランプのパターンを番号でノートに書いていた。
 毎回同じパターンで光るのなら、やり直しをすればいいわけだし、パターンが繰り返されるのにしても、どこかで法則性があるのなら始点と終点さえわかればどうにかなるだろう、と。

 しかし法則は見つからなかった。5個のランプが10回光るテストを、30回ぐらいやってみたが、どうにも…。
…と、そのうち、8回正解してテストをクリアした。急いでセーブ。

 どのテストも、法則性がわからず、コントローラのボタンを早く押すと、「いい加減なことをするな」だったか「丁寧にやれ」だったか、お小言をくらう時もあって、しょうがない、偶然に正答が出るのを狙って、セーブ、ロードを繰り返してじわじわと進む。

 「なあ…これ本当にそのうち超能力が(自分たちから)出るんじゃないか?」
 「アンタ、そんなこと本当に信じてるの?」

とかなんとか、ぐだぐだになりながら進める。キャラが進むと思う方向の十字ボタンを押せ、とか、4カ所のうち、次に選ばれるのはどこか…というような、バリエーションがあるようで全然ない超能力テストを受け続けて1問ずつ偶然当ててはセーブして…。

 訓練所での訓練が終わると、次は街に出る。
街の人が出会うと出してくるクイズもまた、正解を予知とか、透視するといったようなもので、訓練所と大差ない。
正答率も10問のうち8個出せとか、7個出せとか…。偶然を8回当て続けるというのは、確率としてはありでも、なかなか難しい。
全く解けないというのはゲームとして成立しないんだから…と思って法則を発見しようと頑張ってみるもののわからないまま、偶然当たったらセーブを繰り返して進む。

 「このゲーム、考えたのは誰なんだろう、頭おかしいよな」
 「売れると思って、OK出した人は脳みそ発酵してると思うよ」

こんなゲームをまじめにプレイしている自分たちも、相当変だよ…というのを棚に上げて愚痴りながら、解いた。
丸一日では解けなくて、次の日までかかったと記憶している。

 最後の問題をクリアすると、字がズラズラと出るエンディングが来る。

うわあ、終わったあ!!
「超能力が、発達した気がする?」
「いや、忍耐力が…多分」

ビールで乾杯して健闘を称えあった。

今、考えるとすっごい暇だったんだなあ…。そしておバカだった。若いころって本当に本当に、時間を無駄に過ごせたんだなあ。
智樹と会うと、大抵このゲームの話になって、お互い大笑いになる。暇だったねえ、馬鹿だったねえ…、若かったねえと。

 神がかりというか、なんというか…超能力な1本でした。
ちなみに、ソフトは渡米する時に友達に全部配ってしまった。本体ごと、私の安いゲーコレクションを持って行った人とはもう今は連絡を取っていないので、どうなったか不明。今売ったら、高そうなクソレトロゲーが、たくさんあったんだけどなあ。

文旦の後始末

2000円ぐらいで10キロ買ったミニサイズの文旦の話は、【5月29日の記事】に書いた。おいしかったのだけれど、だんだんむくのが面倒になってきた。

味はおいしいんだけど…あともうちょっとでなくなるんだけど…。それにちょっと、やわらかくなって、しなびた感じになってきたのがあるのも気になる。
ちょっと水分がなくなってるかなあ、と皮に張りがないものをむいてみたら、さすが、皮が分厚いだけのことはある。中身は無事だった。
でも、多分これ、早く始末したほうがいいよね。

 夫が、「ジュースにしてみたらどうかねえ」というので、グレープフルーツ絞り(100均で買ったプラスチック)を出してきて、ギューッとジュースにしてみた。コップに一杯分取ろうと思うと、2個半ぐらいいるけれども、ものすごくおいしいジュースになった。
 生ジュースって、ホテルとかで飲んだことがあるけど、グラスに1杯で800円とかするもんねえ。

 はあ…おいしい、と思ったけど、ぜいたくすぎる使い道だ。
 もう1つ絞って、スポーツドリンクに入れてみた。
 600ミリリットルぐらいに対して50ミリリットルぐらいしか入れなかったのに、味がすごくいい。
こんなにおいしいのか…と思ったけどそうだよね、果汁10パーセントの飲み物がペットボトルで売られているのだから。

 ソーダにいれたら多分おいしいだろうなあ。あっという間に1つ分使い切るし、残りの文旦は飲み物の味付けに使おう。
…と思っていたら、「おかーさん、明日の朝にも、ジュース出してくれる?」とめちゃくちゃうれしそうな笑顔で息子に頼まれた。

こういう贅沢も、たまにはいい…よね。
夫は、「俺の分はいいから、息子にだしてやって」だって。
 飲んだ時のあの嬉しそうな顔と、キラキラした目を見ちゃうとねえ。
こういう時の顔は、3歳の時と全然変わっていない気がする。
 

記憶に残る神の1本(その3)

1本目がスペクトラルタワー2、2本目がマインドシーカーと、名ゲームならぬ、迷ゲームだったので、3本目は、正当に何百時間も使ったゲームを書こうと思う。

それは、これ、モンスターファーム2。画像は英語版のwikipediaのもの。
 これは私がアメリカにいるときに遊んだものなので一応英語版にしておいた。ちなみに、日本語の題名は「モンスターファーム」だが英語ではfarmというと、植物を育てる…つまり畑とか、果樹園とかがあるのが、ファーム。牛とか、豚とか、ニワトリとか…という牧畜になると「ranch」になって、両者には明確な差がある。(日本ではランチというと、「lunch」で、お昼ごはんのことだものね)

 これは、モンスターを育てて、お金を儲けるゲームで、畑からモンスターが生えてくるわけではない…ということは、英語だと、モンスターを飼育するということで、牛とか、馬とかの飼育をしていると同じ用語でランチになるわけだね。私はその用語の違いをこのゲームで覚えた。日本でも、「農園」と「牧場」は違いがあるはずなんだけど、例えば袖ケ浦にあるダチョウを放し飼いにしている「ダチョウ王国」は袖ケ浦ファーム、だからねえ。混ざっている感じがする。

 ちょっと前にも書いたけれど、私がCDを…それもあんまり聞かない要らないCDを捨てていないのはこのゲームのせいもあった。このゲームでは、モンスターを育てるのだけれど、そのモンスターは、ゲーム内には3種類しか用意されていない。残りの100種類以上は、どうやったら出るかというと、ゲーム内の神殿へ行って、指定されるところでプレイステーション本体のフタを開けて、CDか、プレイステーション用のディスク(ゲーム内では円盤石と呼ばれる)を読み込むことでモンスターが生まれるという仕組みになっている。

 モンスターファームの1のセーブデータ内のモンスターを、メモリーカードから読みだすことによって、モンスターをモンスターファーム2で再生させることも可能だけれども、2にしかいないモンスターも多いし、断然CDのほうが便利だった。

 これがね、ヘンテコなCDから、すごく珍しいモンスターが出るんだよ…日本語版に切り替えて遊ぶことになったのは、英語版では再生しないCDが多かったからと、日本語でどのCDでどのモンスターが出るかというのがウェブの攻略情報にたくさん載っていたから。

 ゲームの主題歌のCDとか、アイドルのCDとか、雑誌の付録のCDとか、攻略本の付録とか、CDを買いあさる羽目になった。私にとって、今でも持っているCDのうちの何枚かは、「レアなモンスターが出る円盤石」なのだ。

 そうだよね…こないだ捨てようかどうしようか迷ったCDは、曲は一度ぐらいしか聞いていないレアモンスターのCDだ。
 PSPだのPS3のダウンロード版だのでこのゲームは遊べるのだけれど、CDからのモンスター再生が出来ないので、私はこのゲームのためだけに初代PS本体を1台、持っているぐらいだ。

 今でも頭の中に曲が思い出せるぐらいたくさん遊んだ。3も、4も5もあるらしいのだけれど、2が最高峰だと思っている。それもダウンロード版じゃなくて初代本体で遊ぶもの。(PS2では遊べないと聞いたことがある)

 育てていると情が移るというのかな…。最初は気味が悪いと思ったモンスターでも、かわいく見えてくる。嫌いな訓練をさせるとストレスがたまったり、好きなものを揚げるとおしりをふって喜んだり、試合に勝ったら誇らしげだったりするのが、かわいくて、寿命が近づいてくると冷凍睡眠させてとっておけるのが10体ぐらい。どれを取っておいて、どれを次のモンスターの材料にするのか本気で悩んだっけ。
 
 これを書いていたら、オープニングの曲が頭の中に流れてきた。画面につなぐのがちょっと面倒だけど、また遊ぼうかなあ。
 

暮らしとお金

お金に困らない暮らし。こう書くと、どんなことを思い浮かべるかは人によっていろいろだと思う。
お金に困る暮らし…というのは割と簡単だ。食べるもの、着るもの、住むところに不自由する暮らし。

20代の頃は特に貧乏だった。献血に行ってもらったTシャツが、厚手で上等で、何年も着たのをおぼえているぐらいには。

今も気を付けて節約しましょう…ということになっているのは確かだけれども、最近、お金に困らなくなった感じがするなあ…と思うのは、洗濯用の粉の洗剤一箱買うのに258円でも、「まあ、いいや、もうなくなるししょうがない」と思って買う時だ。
 前までは絶対、198円、うまくいけば168円まで行かないと買わなかった。そのために買いだめもしていたし、洗面台の下は買いためた洗剤でいっぱいだった。でも…そうするとごちゃごちゃするし、ふとした拍子に積み上げた洗剤の箱が崩れてくるし…ということで、私は買い置きをしなくなった。

 60円なら、どこかでつじつまを合わせることが出来るということ。
 本当に厳しい家計だったときは60円でもかなり気にしていたし、肉のパックの10円の桁まで気にして計算して、いつも予算きっちりで、買い物をしたら財布の中身は30円以下…というのが通例だった。

 今はもうちょっとどんぶり勘定にしても大丈夫で、買い物が終わっても財布に500円とか1000円とか残っていることもある。
子供にお菓子も出してやれるし私も食べるし、息子の友達が遊びに来たときはジュースなんかも出したり、時々でかけた大型電器店では、ガチャポンを息子と一回ずつ…というようなこともできる。

 そんなことをしても、夫が渡してくれている一カ月の予算は、赤字になったりしないところがすごい。
 私にとっては、高級な外車を買うよりも、贅沢な宝飾品を買うよりも、日常にそういうちょっとした…数十円から数百円ぐらいの細かいものが買えるほうが嬉しい。

 まあ、お金が貯まらない人はそういう細かいものをちょっとずつ買っているうちに、大金が気が付いたらなくなっているなんていう本も読んだことがあるから、多分そうなんだろうな。
 私が使ったガチャポンの金額と、洗剤の最安値との差額60円を100回分ぐらい足したら…いや…それでも10万円とかにはならないからなあ。

 色々なブログを読んでいると、専業主婦の奥さんに、もっと食費を減らせという旦那さんもいるらしい。奥さんが楽しみのために使うお金を出してくれないどころか、化粧品のため…それほど高くないものでも、もったいないと出し惜しみするとかいう話を読むと、うちの夫には感謝しないとなあ…と思う。

 ちなみに、化粧品を買わせてくれ、と私が夫に言いに行ったならば、
「そういうのは、わからないから、予算がいるなら言いなさい、出すから」
…と、苛立った夫に言われると思う。彼は「そんなこと」を考えるのが嫌いなのだ。
 私が節約しないと、とか思って、自分に必要な経費を省いているというのを、夫が推察して、出してもいいよ、なんて言わないと買わない…というのは、夫にとっては面倒なことでしかないらしい。(結婚して長いからね、覚えた)

 そんなごちゃごちゃしたことに付き合いたくないから、金は出すから、自分でやっておいて。
…とこうなっている。だから「そんな物に金を使うなもったいない」と叱られる話を書いていたブログの人とは別の理由で…つまり「そんなことは自分でやっておきなさい」と叱られはするだろうが、お金は出てくる。

  いつも、ありがとう。
脈絡もなく、ただそういいたくなったので、昨日寝る前にそういって置いたら、「いつもおいしいご飯を、ありがとうね」と言ってもらえた。

 彼にとっては、家のことにあんまり心配がなく、ごはんが出来ていて、掃除と洗濯がそれなりに出来ているのが一番…ということみたい。
 主婦業というのは給料が出ないので、本当にこれでいいんだろうか…と思うときもあるけれども、実のところ、夫には評価してもらえているのかもしれない。
 不自由のない暮らし。
衣食住に困らない暮らしって、ありがたい。
 時々こうやって実感してしみじみする。
 

シャンプー半分

シャンプーを替えたら、髪の感じが変わるだろうか…。
割とそういうことを考えるのはあきらめていた。なんせ剛毛、太くてかたくて、ちょっとくせ毛で、うねりのある私の髪は、CMで見たどのシャンプーを使ってもさらさらキラキラにはならない…というのは中学生ぐらいの頃に確認済だった。

でも、そのころからしてももう30年以上経っているし、私はこないだヘアマニキュアというものもやってみて、確かに手触りがちょっといい感じになっているのに気が付いている。
 
それに…トリートメントというものもね?やってみたらどうかなとか。それも、シャンプーしてトリートメントして、コンディショナーという順番でやってみたら、何かが変わるのではないだろうか…という夢をちょっとさ。見てみたくなったわけで。

 だがしかし!ドラッグストアを見に行ったら高いのなんの。1本1500円のシャンプーと1500円のリンスってねえ…。3000円あったら、面白いものがもっと他にも買えるだろう…と思ってしまう。
 まあ、瓶の容量は大きいので、長持ちするのだろうけれども、思ったほど合わなかったり、または外れだったりした場合使い切るのにあんまり時間がかかるのもねえ…。

 せっけんとクエン酸で何の問題があるわけでもない、結局まとめにくく、湿気がある天気の時はふわふわとてっぺんの方の髪の毛が何本か持ち上がってくるのは、どのシャンプーを使っても同じだ。洗面所の蛍光灯に照らされると、白く反射して、頭の上に白い輪が出来るのはせっけんの成分の残りかすの脂肪分で、つやが出るかららしい。まあ、作用は何でも、臭いにおいがしなくて、フケが出ず、それっぽいつやが出るなら十分であるからして、ずっと石けんで髪を洗ってきたんだから、このままでもいいんだけど。

 そう思いながら、売り場を未練がましく回っていると、シャンプーとコンディショナーで657円というのが出てきた。うむ…。まあ、このぐらいなら…。私はこのシャンプーのびんを既にほかのお店で見ていた。1本800円近いもので、結構高かったはずだが、何この半額セット。

 よく眺めてみると、それは「お試しセット」なのだということだが、それにしては安すぎだ。お試しセットが安いのは確かにあるけれどもいいところ3割引きぐらいだろう。
と思ったら、シャンプー、コンディショナー共に、容量の半分までしか入っていないらしい。ポンプは普通のと同じサイズで、気に入ったら、これを使い切った後詰め換え用を買って、入れて使ってね!という商品らしい。

 なるほどなあ…。合う、合わないとか、好き嫌いがあるものだからね…。旅行用みたいな小さい入れ物に詰めたものでは継続使用したときの感じがわからないが、よくわからないものを1本丸ごと買うのは…と思う人向けで、ついでに気に入って買うときに、ちょっと安い詰め替え用を買うという選択が出来るところがお得感を出している。

 充填の時の機械の設定を変えるだけで同じ生産ラインが使えるだろうし、こういうものは中身の値段より実はビン代のほうがかかるものだ。出回っているものと同じビンが使えることで、お試し用の小さめの容器を使うコストがいらなくなるから、メーカーとしても、失敗しても損が少ない。

 うまいこと考えたなあ…。大体、一度自分が使っているシャンプーが決まってしまえば、同じ銘柄を買い続ける人も多いだろうから、乗り換えようかな、と思わせるのも大事なわけで、このお値段と。
 
 いろいろなものを試してみたい人には、願ってもない話。買って使ってみた。
うーん。いい匂いはするんだけど、シャンプーであれ、コンディショナーであれ、全力で流し尽くしたいので、入浴中はともかく、あとではそれほど差がない。

 プラス、なぜか乾きづらい。うーん、冬には面倒かも。ドライヤーの時間が増えた。
 髪の毛の感じも、せっけんとクエン酸と…うーん、ちょっとはつるつるした感じがするかなあ。
でも、ふわーーっと立ち上がってくるアホ毛は相変わらずだ。
 クエン酸と石けんが120円ぐらいなのを考えると、600円で5倍すごいか…というとそうでもないな。1.2倍ぐらいはすごいかもしれないけど…。ドライヤーの時間が短い分、せっけんのほうに軍配が上がる。
 しばらく小銭貯金でもして、このシャンプーが切れたらもう一段回高いのを買ってみるか。
それでも、それほど違いがないなら、私はもう、一生せっけんとクエン酸でいいや。なんか、あきらめがつく気がする。
 

ポケモン映画の前売り券ゲット

夏休みに公開されるポケモン映画の前売り券を買った。
ついでに、ポケモンセンター20周年(だっけ)の記念に配られているシェイミもポケモンセンターにもらいに行こうと思っていたので、購入場所はいつもならコンビニなんだけど、今回はポケセンだった。

 もう、何年目だろう。子供が赤ちゃんの頃も、私はポケモン映画の切符を買っていた。それは、ポケモン映画をやっている映画館にいかないとくれないポケモンが絶対にいるから。
 今回のように、前売り券を買うとくれるポケモンもいる。

 どのポケモンも、珍しい、または「映画の前売り券でしか手に入らない」「映画館でしか手に入らない」ポケモンなのだからしょうがない。ポケモンは日本の映画界において、興行成績が大変に高い…ということになっているのだが、興行成績=チケットの販売枚数であって、映画そのものの評価ではない。つまり…ポケモン映画の興行成績にはこういう「ポケモンコレクター」がたくさんチケットを買って貢献している。私もその一人。

 映画なんか、見なくたっていいのだ。前売り券でくれるポケモンをゲットした後、映画館にいって、ポケモンをダウンロードしたら映画を見ずに映画館を出る、そういう大人のポケモンコレクターも多いと思う。私も、その一人であって、とりあえず切符を買って、夫に赤ちゃんとか幼児だった子供を任せてなんとか外出、それほど長時間は夫がもたないので、映画館に入ってポケモンを受信、ダウンロード、そのまま帰っていた。

 ポケモンをバージョン違いで2本プレイしていた時は2枚切符を買ったこともあった。お金がもったいない…というよりは、ひとつ残らず埋まったポケモン図鑑がほしかったし、これを逃せばどうやっても埋まらないのであるから、私のお小遣いの使い道として「あり」だということになっていた。お金を出せば、手に入る。
 映画のポケモンを逃せば何千円も出して中古ソフトを買いあさって、そこに入っていないか探すしかない。…なんていうことを考えると、確実に1200円で手に入るなら高くはない。
 趣味というのは、コレクターというのは、そういうものなのだ。

子供が幼稚園ぐらいになってくると、ポケモン映画を子供が見たがるので、そうなると私も映画を見ることになったから、そのぐらいからは映画を見て、ポケモンを取って帰ってくるので、元は取れた。
 今年は…もう小学校も高学年、そろそろそれほどポケモンに熱狂というほどでもない年齢だろうな…と思ったけれども、ソフトは2本あるので、やっぱり親子1枚ずつにしておいた。

 さっき聞いてみたら、息子は今年の夏もポケモン映画を見たいそうだ。ポップコーンと、ジュース買ってねと。
 知っているキャラクターがたくさん出てきて、ストーリーもそれなり、ただしあんまり怖い展開はなく、ちょっとドキドキして、最後に大団円を迎える…というお決まりのストーリー展開が安心して見られるのがいいみたいだ。

 今年の前売り券のポケモンは、ルギア。これは古いソフトには結構いるけど…ま、今回のももらっておこう。
映画館でくるポケモンは、公式サイトを見るに、「ゼラオラ」なのかな?
 映画公開までにもうちょっとポケモンを遊んでおこう。

3DS修理

昨日の分の日記でポケモンを遊んでおこう、と書いたあと、久しぶりにポケモンを立ち上げて遊び始めたら、なんとなく微妙な操作感。
 十字キーの左が入りづらい上に、そのキーだけ、音がする。他のボタンはほとんど操作音がしないので、これは、何かが入って汚れたとか、そのキーだけ傷んでいるとか、そういうことだと思う。

 キーは2度に1度ぐらいの割合で入るし、遊べないわけじゃない。でも、なんとなく気になる…。これが激しいアクションゲームとかだと絶対無理だけど、ポケモンだしなあ…。
 
 遊んでいるとイライラしてきて、ふと2DSLLを買おうかな…という気になってくる。 
 本体の重さも100グラムぐらい違うし、任天堂の本体は一台残らず買ってきた私であるからして、もう一台買うのは実はもう計画済み、お金は貯めて、別に取ってあるぐらいだ。

 でも、最近ゲームはPCでプレイすることが増えたのと、ポケモン成分をポケモンGOでとっているので、あんまり3DSで遊んでないというのもあって、まだ買っていなかった。
 それと私の3DSLLは限定版で、それがお気に入りというのもあった。
 新作のポケモンが、スイッチで出るかもしれないからなあ…。新しく筐体買うより、修理か…。

 最新作のウルトラサンは、ダウンロード版ではなくてカートリッジ版だから、他の本体で遊べばいいだけだ。通常版の本体もあるからね…。
 任天堂のサイトから、修理の申し込み。メールアドレス登録をしてから、到着したメールのリンクをたどって修理申し込み。
 名前、電話番号、症状を入力して、コード付きの紙を印刷。
 その用紙と本体を梱包して送付の準備をする。宅急便で、運賃が千円ぐらいかかりそうだ。まあ、しょうがない。

 ボタンの修理は、3000円ぐらいかららしい。新しい本体が16000円ぐらいだから、送料込みで4000円なら、節約だしね。
 今までにも修理に出したことはある。初代のDSの蝶番部分が落としたりしないのに割れて修理に出したときは、多分この部分の修理の人が多かったので「構造上の不具合」と判断されたらしく、無料修理されて帰ってきてびっくりした。
  
 ボタンの修理なので、滅多なことで本体の中身のソフトとか、セーブデータが飛ぶという事故はないだろうし、それまでは片づけてあった通常版の本体で遊んで待つことにした。
 通常版の本体は、実はちょっと故障している。充電ランプがつかないんだよね…。画面を見ると、充電していますというマークは出ているので充電しているのは確かで、普通に遊べるんだけど、外から充電中なのか、それとも充電が終わっているのかが全く分からない。
 限定版の本体があったら、要らないからなあ…。と思って修理していなかったけど、こっちもついでに修理に出せばよかったかなあ。完全に動くなら、売れたりするし…まあ、安くでしか買ってもらえないので、修理代を数千円かけて、その元が取れるかとなると微妙なんだけど。修理しないとランプがつかない分、買いたたかれるので売るだけもったいないみたいな値段だろうし。

 早く限定版の修理が終わるといいなあ。

 

名前にだまされる

私は、あんまり食べ放題が好きではない。正直、食べ放題というのは、それほど食べない場合は割高だ。
適量の料理を同じ値段で食べれば、大概そっちの方がおいしいものが食べられることが多い。

ただ…バラエティのあるものが食べられるところからだろう、息子は食べ放題が好きだ。
 息子のリクエストに従い、食べ放題のレストランへ出かけた。

まあ、料理の味も、悪くはないけれど「とっても普通」の味。デザートも、これなら贔屓にしているケーキ屋のケーキのほうがおいしいとは思うけど、小さく切ってあって、何種類か食べられるのと、直径30センチのプリンを切り分けて食べるのがいいかなあ…ぐらい。

チョコレートフォンデュが用意してあって、息子は大喜びなので、これはこれで、楽しい週末外食となった。

ケーキや果物、自分で焼くワッフルや、アイスクリーム何種類かのデザートのほかに、肉料理や、グラタンや、焼いたベーコンにソーセージ、ものすごく大きいオムレツを切り分けて食べる…とか、なんとなくホテルの朝ごはんのようなメニューもあって、あとはパスタとサラダがあることになっているんだけど…。
 トマトとレタスのサラダ、、レタスの上に千切りのニンジンと、紫キャベツと玉ねぎの薄切りのサラダはいいとしよう。でもね…マカロニサラダと、パスタサラダは、ちょっと、サラダでローカロリーのイメージがある割には、すごくカロリーが高そうだと思う。

 パスタとか、マカロニとかが、マヨネーズ風味にあえてあって、一応野菜も入っているけど、これはサラダというより冷たいパスタ料理。うっかりトマトサラダと同種のサラダだと思ってしまうとカロリー的にまずい気がする。
 息子には、野菜も食べなさい、と注意をしているのだけれども、サラダだから、とマカロニ山盛りになっているのをみると、説明が面倒くさい。家庭科で習ってきて、お願いだから…。繊維質が少なそうだからそのサラダ!

 ポテトサラダも、あれは名前はサラダでも、マッシュポテトの具入り味違いだよねえ。炭水化物だから、それ。
しょうがないので、ゆでたブロッコリーとか、プチトマトとかも食べさせたけど、名前がサラダなのが、だまされる原因な気がする。

おさがりのリュック

まだ、うちの息子が3歳ぐらいだったころに、従妹からおさがりとして回ってきたピカチュウのリュックサック。
紺色で、ポケットと、フタにPIKACHUとかPOCKET MONSTERSとかの文字と、かわいいピカチュウが刺繍されていて、プリントではなかったので、柄も全然はげていなかった。

 姪は他にもリュックを持っていたらしくて、あんまりつかわれていなかったとかで、紺のピカチュウリュックは、ほとんど新品同様。
旅行に、おでかけに、何回か持って行って…そしてしまい込まれていた。サイズも小さいし、小学生になった今は、もうあんまりキャラクターグッズを喜ばなくなったので、出番がなくなっていたのだ。

 お友達の弟君が、今3歳。年の離れた兄弟だけれど、かわいいなあ…家に兄弟そろって遊びに来てくれた時、ふと、そのかわいいしぐさを昔の息子に重ねたときに、ピカチュウのリュックのことを思い出した。

 もう、古いんだけど、もしかしていらない?と見せておすすめしたら、3歳の坊やがにっこり喜んで、「えー、いいの?」と言われて、もらわれていった。
 まだ、きれいよねえ、と言われた。確か最後に使ったとき洗ったからね…まだどこもすり切れたり、縫い目がほつれたりしていないので、使用可能だろう。
 幸いなことに、ポケモンのアニメは楽しく視聴中らしく、ピカチュウをちゃんと知っているらしい。
 「ボクのリュック」と帰ってからも家の中で背負って歩いているというムービーがラインで届いた。

 姪は今、もう高校生だものねえ。かなり昔のものなんだけど、多分、ちょっと高いものだったんだろうなあ。
 本当に小さいリュックだから、幼稚園ぐらいの年までしか使えないんだけど。

もらってもらえてよかった。

インスタグラムとは何か

写真を撮って、「今、こんなことしてます」ということをお友達(とか、そうでない人にも)に知らせる、「インスタグラム」。
これはつまり、お友達に電話をかけて、「今旅行中なのよー」と話す…というのを、音声でなく、画像でやって、お互い見られるところに貼っておきましょう(ネット上にね)、というものだと思えば、大体あっている。

 旅行だけじゃなくて、今日のお洋服はこんなのですよ、とか、今日こういうの買った!とか、今日のごはんは!とか、まあ写真に撮れるものならなんでもOKというわけだ。それを、お友達同士でやるか、全世界に向けてやるか…はともかく、見た人は、「いいね」と反応することで、その写真に好意的だよ、ということを知らせる機能がついている。

 この人のやってることはいつも面白いね、とか、この人の服は、自分のと共通点があって参考になるわ、とか、普段は遠くに住んでいて顔をあわせられないけど、お友達だから…とか、そういう理由で「見てるよ」という反応として「いいね」が使われるというわけだ。

 ま、お互いの日常をなんとなく知ることができるので、お友達同士、グループを作れば、少なくともお互い元気でやってるということはわかるわけだし、グループを作らず、不特定多数に発信する場合は、誰かと、なんとなく付き合いがある(ただし面倒な手間は抜きで、ただ、写真見せるだけ)という感じのつながりが、「自分は誰かとちゃんとつながっている」という実感と、「いいね」がこんなにたくさんもらえるってことは、私って自信持っていいんだわ、という気分をもたらしてくれるため、人気が出たというのが実情のようだ。

 とはいえ、写真うつりさえよければ、そのほかのことは全く、相手に伝わらないために、自分の内面が伝わらないようにすることももちろん可能。直接話してみればわかる色々なことを隠したまま、「いい格好」が出来るわけだ。
 だから、周りの人には全然いないけど、すごーくオシャレな格好をした誰かがインスタグラムの自分がいいと思ってその発言が自分のスマホに表示されるようにしている(フォローしている、という)相手にいたり、例えば普段は貧しい生活をしていても、豪勢な外食の料理の写真だけ出していたら、お金持ちに見えてしまって、「ああ…みんないい生活してるんだなあ…。それに比べて私は…」と落ち込んでしまったりする人もあるのだとか。

 まあ、昼ご飯が納豆ご飯でも、写すほうは楽しくもなんともないので、そこはやっぱり週末にお出かけして食べたパフェの写真なんか、撮りたくなる人も多いのだろうね、見るとそういう写真ばっかりだ。
 インスタグラムに流すとかっこいいだろうな、と思える写真が撮れるのが「インスタ映え」(略して、バエ、と発音している人を見たことがある)、どうにも写真に撮ってもそれほど見栄えがしないのを「インスタ萎え」(略してナエ)というのだとか聞いたけど、インスタ映えはともかく、萎えるほうは、本当かどうか、使用頻度が低くてあんまり聞いたことがないので、眉唾。

 …とここまで説明したら、なんとなく「インスタ映え」についてわかってもらえたと思うので、今日の本題。

外食に行くと、食べる前に写真を撮る人が最近増えてきた。それはつまり、インスタグラムにアップロードする写真を撮るため。
「ごめんちょっとまってね」と、写真を撮る人が多い。「今日のランチ」なんていう説明を付けて、アップするんだろうなあ。

 私は、ブログに話題として書いて、アップロードすることがあるので、やったことがないわけではなかったけれども、まあ、滅多にやることでもなかった。でも、最近は大抵の人が同じ挙動をする。

 なんとなく、さあ、食べよう!と思ったときに、中断されるのがあんまり好きじゃない。
 特に、見た目がきれいな…たとえば、かわいい模様付きのラテとかね?特に飾りつけのかわいいケーキとか、これはきれいな…と思うような飾り切りとか、キラキラしたフルーツタルトとか、特大のパフェとか…でなければ記念の食べ物、つまり「XX君、お誕生日おめでとう」なんていうケーキとか、そういう場合は写真に撮りたいのはわかる。

 そういうのにあんまりこだわりがなかった夫さえ、この前私と外食に行ったとき、食べる前に「まこ、写真撮る?」と尋ねてくれたぐらいだから、そういう人は多いんだろうけど…。
 天邪鬼だからだろうか、特に高いご飯を食べに行った時は、絶対、インスタ映えとか言いたくない。
料理は、その場で味わうもので、見かけよりは絶対、味重視。味は写真になんか、撮れないんだから。

 期待に満ちて、お皿が運ばれてきたら、すぐ、「いただきまーす!」と食べたい。
こういうのがウケるというので、見かけばっかりよくて、味が二の次、なんていう料理が流行るとか、嫌だよ私は。

私も、自分がもっと、いい感じに演出できるのではないんだろうか、とか思うのが嫌なだけなのかもしれない。
なんとなく、見栄っ張りな感じが、するんだよねえ。
だから、インスタグラムはやらない。

まあ…写真を撮るのがうまい人なら、どんな日常をとっても、インスタ映えするんだろうけど。

コットンパーカー

夏は日焼け止めに、パーカーを着る。
去年の夏に、ユニク〇で買った、コットンパーカーは、薄いTシャツみたいなニット地だった。斜めがけにしているバッグのストラップと相性が悪かったらしく、かばんのストラップの位置に摩擦でいっぱい小さい毛玉が出来た。新しいのに毛玉だらけ、という状態がなんとなく気に入らず、ひと夏で捨ててしまった。

そのあと、しまむらで、うすいカーディガンっぽい形のを買った。秋に買ったからか、格安で700円ぐらいだったので、白黒両方買った。役に立たないわけじゃないんだけど、これは、前にボタンもない、ファスナーもない、あきっぱなし。
 婦人服売り場を見て歩くと、こういう「前にとめるものが全然ない」夏用の上着がたくさんあるので、これは別に不良品とか、ボタンがないから安いですね、とかそういうアウトレット品ではなく、そういうものなのだと思う。
 歩いている分には大丈夫なのだけれども、自転車にのったらひらひらして邪魔なんだよね…
 この前開きひらひら上着を2枚まとめて買ったときは取り外しのできる羽織の紐みたいに、クリップと、ビーズでも使って前を止める道具を作ろうかと思っていたんだけど、一年ぐらい、そのままだ。

 一枚だけ、あるパーカーは、1センチ角ぐらいのギンガムチェック。多分買ったのは10年前…だと思う。割と柄が大きかったので、手持ちのシマシマとか、チェックとか、花柄とかといっしょに着るとごちゃごちゃして見えるので無地より使わなかったのでこの長期間持ったままになっている。割と粗い織り方のコットンで、ざらざらした肌触りが肌にくっつかなくて着心地がいい。

 袖口をみると、5ミリぐらいの三つ折りになっている。
 このパーカーは最初、袖口にゴムが入っていた。
ゴムがのびてきたら、縫い目を一部ほどいてゴムを抜く。
ゴムを抜いたまま着て、袖口が擦り切れてきたら、袖を切って1センチ幅ぐらいでまつる。
それもすりきれてきたら、もう1回切って、今度は長さがギリギリだから、5ミリ折り込んでまつる。
…と多分こうなって今まで保たせているんだったと思う。

 ボディ部分は、まだすり切れていないので出来る技だった。太い糸で織ってあるので、ちょっと厚手だったのが勝因だろう。
 ぱっと見にはそれほどすり切れていないと思っていたけれども、裾の折り目が微妙にすり切れた場所がある。

…そろそろ寿命だなあ。節約は大事だし、いい具合に生地が傷みにくかったといっても、そろそろ限界。
そう思って、パーカーを買いに出かけた。

大難航。毛玉がいっぱい出た経験から、ニット地はもうやめておくことにした。
 ポリエステルで、風を通さないタイプのはさすがに暑い。
 ラッシュガードっぽい、スポーツ用速乾タイプも多かったけど、デザインがスポーツっぽすぎて、普段着ている格好に、上だけジャージを着たような違和感がある。

 前にボタンがいっぱいついたシャツブラウスみたいなタイプのは、アイロンが必要そうだ。アイロンがいらないかもしれないけど、見ただけじゃ、なかなかわからない。
 アイロンかけるの嫌いなんだよねえ…。洗濯するたびにアイロン必須だったら、多分着る機会が減る=使わない=いらない。

 前がファスナーで、コットンで、割と大きめのポケットがあることが条件。
 ポケモンGOをプレイするのにポケットは必須。
 無地に点線が縦に並んでいる柄、小さめの水玉…それから布地に同じ色でお花のパターン。うーむ。柄物って微妙なんだよねえ。内側に着るものと合わないとか、そういうことを考えなくてもぱっと羽織って出かけられるのがいいから。

 そう思ってから、今着ている半袖を思い浮かべてみたら、断捨離したせいか、ほとんど柄物がない。
 あー。無地ばっかり。
…ってことは、この点線模様でいいや…。

 そう思って買ってきた。向こう側がうっすら見えるぐらい薄いので、これは10年は無理だろうな。
 多分3年ぐらいでどこかが破れると思う。

 ただの、無地の、コットンのパーカーで、ニットではなく、前がファスナー。意外と見つからない。
 

いいこと言ってるみたいだけどさ

時々、SNSでシェアされてくるいろいろな言葉。たとえばこんなやつ。

「人は必要なときには 必ず必要な人に出会う。 ただ、それに気づく人は少ない」

いい言葉だと思う人もいるのかもしれないけど、正直こういうのには自分の性格も手伝って、「けっ」と思う。

人間がある程度群れて暮らしていて、いい人間関係を作っていれば、ある程度は周囲の助けが見込めるのは確かだと思う。頼めば、ある程度なら便宜を図ってくれる人も多いだろう。そんなものだし、お互い様だ。
ただ、それだとこう、言ってほしいわけだね。

 人は必要なときには、助けを求めることができる。 必死になりすぎるとそれは頭に思い浮かばない。

これは、あると思う。ただ…。やっぱりどこにも、助けを求められないような問題が起きることもある。
誰が何と言っても、人づきあいの少ない人というのはいるし、お金や、人の生き死にがかかわってくるような問題…たとえば極度の生活の困窮とか、とても大変な介護問題や、病気療養や…というようなものは、どれもあんまりカジュアルに人に助けてくれ、と言えるものでもないし、言ったところでそこまで親身に面倒見てくれるか…というと、これは自分でも手出ししにくし、人にも頼めないことが多いのではなかろうか。

 もちろん日本には公的な制度というものもあるから、本当に困ったらまず、そのあたりからあたりをつけるものだとは思うが、行政がタッチしない問題もある。それと、お役所仕事なので「聞かないとあることすらわからない」サービスは結構ある。

 と、つらつら書いてきたけど、私がこのいいこと言ってるように聞こえるけど、この言葉が嫌いなわけは、実はこれは「お前が気が付かないのが悪い」と言われているからだと思う。
 本当につらいときに、「お前が気が付かないだけで、もう誰かに出会っているんだから、そいつに頼め」裏を返せばこう。

けっ。そんなのは、あとからしかわかんないのよ。そしてもう、あとになったら、助けがいる状態は終わっているんだから。本当に問題の渦中にある時は、そんなこと全然わからない。悩んで、つらくて、毎日がギリギリの時には、誰が助けてくれるだろう、なんて打算、なかなか…。
 その時、手を出してくれる人はありがたい。でも、本当につらいときは、他人を巻き込みたくはないものだ。こっちから頼むのは無理。

 こんなことを考えてひっかかっている。ありそうに聞こえるから。よさそうに聞こえるから。だからひっかかる。嫌いだ。

と思っていたら、ネットには、「当たり前ポエム」というのが一杯流通していた。それは、なんとなくよさげな背景画像と、数行までのポエムで出来ている…ところまでは、上にかいたよさそうに聞こえるポエム調のいい言葉と同じなんだけど、「よく読んだら、当たり前じゃん、全然いいこと言ってないし」というポエムらしい。

著作権とかがどうなっているのかわからないので、自作してみた。もうちょっと笑える方向へシフトしたのがやっぱり人気があるようだけれども、即席で思いついたのはこれだった。
 「そりゃそうだろうよ」というのと、「よく言われるポエム調のいい言葉とすごく似ているように見えて、実は…」という系統がある感じがする。

 いろいろ読むと面白いなこれ。こういうの作るの、趣味にしようかしら。

あたりまえポエム(その2)

昨日の記事で話題にした、当たり前ポエム、実際作ってみようと思うと、意外に難しい。
「そりゃそうだろうよ」という系統はあんまり難しくない。でも、「あー、これは面白い」となるものとなると、ちょっとひねりがいるからだ。 加えて、あんまり長ったらしいものを書くと、ただの作文になるので、そこは簡潔にいかないとダメ。
↓今日私が作った当たり前ポエムは、これ。



 結局、かなり画像の力に頼る感じになる。文章だけ見ても、「そりゃそうだろう」系だと、面白くも楽しくもなく、「へえー」とか、「いいこと言ってるみたいに聞こえる」でもない。でも、この写真を付けた瞬間、なんとなく、よさげに見えてくるのはなぜだ。

 でも、2回読むと、これがなんでもないことしか言ってないのだな…ということがわかる。このギャップがいいってことなんだろうね。 これは、名前こそ「詩」だけど、味わって読むものではないな。出オチ万歳系だ。

 画像の力を借りると、割と出てきやすいので、写真を撮ってから考えるといいかもしれない。というわけでこれはどっちかといえば、文学系というよりも、コメント付きの画像という扱いで、アート系にいれたほうがいいのかもしれない。

 普通の詩よりも、書くのは断然簡単な気がする。だって、「当たり前のことを当たり前に書く」だけなんだもん。
詩というのは、当たり前のことでも、当たり前には書かないことで成立するところがあるからなあ…。
 気軽に日記に書くにはいいかもしれない。

…と思ったけど、脳裏によみがえる誰にも言えない歴史。私はなんと、本気で詩を書いていたことがあるのだ。日記帳に。
うわあああ。恥ずかしい。 

柵をこえて

あたりまえポエム、もう1つ、作ってみた。↓

「そりゃそうだよな」というタイプのは割と難しくない。画像さえいい感じだったら、勝手に勘違いして「いいこと言ってる」と思ってくれる人が出そうだ、というようなものが出来る。

画像さえあれば、いくらでも作れてしまいそうなのはいいんだけど…

でも、違うんだ…こういうのが作りたいわけじゃないんだ、もっとこうひねりがあって、読んだとたんに笑えるようなのが作りたかったのに…。

 傑作だったものを集めて、本にしたのがあるということだったけれども、ネット上の傑作選も、相当面白かったんだよね…。
敷居が低いくせに、面白く作ろうと思うと、センスがないとダメなんだなあ。

 英語では、「詩」というと、韻を踏んでいなくてはならない。(無韻詩というものはあるけど、例外扱い)逆にいうと、決まった場所で韻さえ踏んでいれば詩になるといっていい。
 日本でいうと、五七五になった瞬間、それっぽくなるのと同じ。

 でも、日本語の短歌や、俳句、川柳以外の詩のルールってあんまり聞かない。
極端なことを言うと、普通の作文を書いて、「これは詩ですから」といった瞬間、詩になってしまうといってもいい。
技巧を凝らす人はそうするし、そうしない人はそうでもない。

 誰でも書けるけど…名作とそうでないものの差は大きい。
昨日の日記では、あたりまえポエムは画像がものをいうので、アートの一種じゃないのか、と書いたけれど、間口が広くて、誰にも書ける割には、傑作と、そうでないものには歴然と差が…とても大きい差があることを思うと、やっぱりこれは詩の一種なのかもしれない。

ガスが復旧していない時お風呂に入る方法

大きな地震があったので、これを書きたいと思った。
私が昔、神戸ではない周辺部の街に住んでいた時、阪神淡路大震災が起きた。
電気と水道は割と復旧が早かったが、ガスはかなり長い間復旧しなかった。

まず飲み水と食べ物がなんとかなり、夜はランプやローソクから、電気がつくようになり、と人心地着いたころ、問題になるのは風呂だった。
 2県向こうの実家に入りに行ったりもしたし、銭湯も使ったのだが、これがなかなか、高い。
水浴びが出来るシーズンでもなかった。震災は1月だったからね。

電気ポットでお湯が沸かせるようになった私が、風呂場でなんとか、編みだした方法を書いておく。

用意するもの:
5リットル以上入るバケツ
小さめの手おけか、500mlぐらいは入るいれもの(小さいのがミソ。大きいと使用量が増えるので)
タオルと、ナイロンタオル、せっけん、オプションでクエン酸。

条件は、
1:電気が復旧していて、沸騰するぐらい熱いお湯が1リットルぐらいは手に入ること
2:水道は復旧していて、水で洗濯ができること
3:下水道に水を流しても大丈夫な環境があること

水をバケツに貯める。7分目ぐらいに貯めておいて、そこに電気ポットで沸騰させたお湯を足して、36度ぐらいの温度にする。
バケツが5リットルぐらいしか入らないならもっと熱く出来る。当時私の使っていたバケツは8リットルだった。

手桶にお湯を入れ、まず顔を洗う。
その後、タオルをそのお湯に入れて、そのタオルが冷え切らないうちに体全体をぬらす。
手桶に残ったお湯にナイロンタオルをいれてぬらして、せっけんを塗る。
石けんをつけたナイロンタオルで、体にせっけんをいきわたらせる。
手桶に残ったお湯は体を流すのに使う。
新しくて桶に水を汲み、タオルをいれて絞り直し、暖かいタオルで体の泡を拭きとる。
手桶のお湯を使って体を流す。2、3回汲みなおして、泡を流す。ゆっくりかけるのがコツ。
洗いづらい場所はここで手を使って洗っておく。

注意としては、体を洗うときに、ボディソープを使わないこと。泡切れが悪いので、少ない量だと流したりなくなる。
固形のせっけん、牛乳石鹸とか、花王ホワイトとか、いかにも昔からある単純なのがおすすめ。

ここまででお湯が半分ぐらいは残っているはず。ショートの場合は、多分せっけんとクエン酸で頭も洗える。
 小さい手桶でお湯を使い、ザバっとじゃなくて、タラタラかける。コツは、泡立てるのは控えめに(シャンプーを使う場合は、泡切れのいいものを使うこと)して、手で泡を絞って下に落とすこと。全部お湯で落とすのは量的に無理だということを覚えておく。
 
 石けんをぬぐって使ったタオルと、体を洗ったナイロンタオルはすすぐ分のお湯がないので、洗濯機に放り込んでそのまま洗濯する。
 体がきれいになって、せっけんのにおいがするようになり、さっぱりするぐらいには洗える。
水を使うのは、出来ないわけじゃあないけれども、冬はかなりつらいし、今は6月とはいえ、気温によっては身震いが出るぐらいになってしまうと思うので、少ないお湯でもなんとかなるように、ということで解説でした。

 阪神大震災の時に思ったのは、湯船に150リットルとか200リットルとか、温かいお湯をためる…というのがいかにすごいことなのか、ということだった。
 こんな行水チックな方法でも、体をタオルで拭くよりはずっとすっきりするし、ニュースを見ている限りでは、水道と電気の復旧は早そうなので、あの時と一緒だな、と思って、急遽更新。
 早く日常に戻れますように。

瞬きとは

ちょっと作るのに慣れてきた気がする。

<<今日のはこれ。
なんとなく、これにもスタイルがあるのがわかってきた。
まだ、ネットが普及して間もないころ、癖のある文章を書く人の特徴をつかんで、適当な固有名詞をいれると、その人の真似をして、文章を生成してくれるプログラムが流行ったことがあった。

 ポエムの自動生成みたいなもので、うわさによると、ひと月に2冊ぐらいの割合で出される恋愛ロマン小説とか、男性向け官能小説とかの筋立てを自動生成するプログラムがあるのだとか、そんな話も聞いたことがある。
 
 ネットで見かけたことがあるのは、J-POPの歌詞生成で、たとえば「君を守るよ」とか「夢の翼広げ」とか、「あなたに会いたくて」「心震える」とか、ありそうなフレーズをいっぱい用意しておいて、歌いだし、サビの盛り上がり、歌い終わりパートにわけて、それっぽく並べるというものだった。

 それを一度見て、、適当な歌を作ってみたあとで、飲食店なんかでBGMにかかっているJ-POPなんか聞くと、本当にそういう歌詞が多くて笑えてきてしまうような傑作だった。

 この当たり前ポエムも、そういうキーフレーズがいくつかある。

 君の(君が、君は)
 一瞬の
~ない(動詞、形容動詞の否定形)
 二人の
 明日
 遠く
 星、光、太陽、月
 初めて

こういう感じの言葉を使うと、それっぽくなる。
もちろん、凡庸なのではなくて、特に面白いものはその限りではないけれども、これは、それっぽいのを量産するのは簡単でも、これはいいな、というものはなかなか…。

 短歌みたいなものだね、これは。 



外食の頻度

夜の外食は、一番安いパターンだと、近所の廉価中華屋さん…つまり王将で、ビールを飲まなければ全員が食べても2000円を切る。あとは、セルフでおかずを選ぶ定食屋さんとか、うどん屋さん。これも2000円で全員が食べられる。あとはサイゼリヤ。これも三人で大体2000円だ。
 この手の外食は、「何かがあったときに」つまり、私が体調が悪いとか、朝から夕方まで全部家から出なければいけない用事があって夕飯が用意できなかったとか、全員レジャーで外へ出て、夕方最寄り駅に帰り着いたときには私が疲れて夕飯はもう…というときにそうなる。それなりに近くにあって交通費がいらず、私がひと月の家計から「外食費」としてとってある5000円分で、2度は食べられる。(何かの都合で3回目以上になる時は夫が出す)

 それとは別枠で、一週間に1回ぐらい、外食OK、ということになっているのが「中程度」の外食。
 これは、毎日毎日ご飯を作っている私の、お休みの日を作りましょう、ということで設定されていて、しばらく食べていなければ上の安い3つのどれかのこともあるけれども、1人1500円ぐらいで、3人で5000円ぐらいまで。

 ちょっとおいしいイタリアンとか、ファミレスでも料理のボリュームゾーンが1000円クラスのか、息子はそれほどうれしくないらしいけれどエスニック料理とかが多い。彼はお酒をちょっと飲み、私も息子も水じゃない飲み物を頼んで、デザートを食べるぐらいのことをすれば、あっという間に3人で5000円、と。
 意外なことに、ラーメンもこのぐらい行ってしまうことがある。最近はラーメンも1000円以上するのが多いからね。夫がビール飲んで、息子がデザートにアイスクリームなんか食べちゃうと4000円越えということも。
 回る寿司の100円ではないものもこのカテゴリ。ちなみに100円のものは近所にはないけれども、行くときは安い外食扱いになることが多い。
 週末が大雨とか、全員が微妙に風邪だとか…で外出が嫌なときは、デリバリーのピザもここに入る。

 そして、「特別な外食」は、3人で食べると予算がどうやっても6000円を超えるもの。
 フランス料理、3人で6000円越えで、デザートとったら7000円のお店とか、中華料理でも、王将じゃなくて、コース料理がメインメニューのレストランとか、あとは滅多にいかないけど、回らない寿司とか、串揚げのお店だけど食べ放題のみで、飲み物もいれたら予算が6000円とか…。
 こういうのは「誰かの誕生日」とか、あとは息子が半年ぶりにスイミングの級が上がったとか(うちの息子は運動音痴)、そういう特別なときにしか食べない。

…とうちでは外食はこういう風になっていたのだけれども、私はこの前に、誕生日で食べに行ったフランス料理がもう一度食べたくなった。おいしかったなあ…。

 となると…。週末の外食を減らして、三週間、外食なしでがんばってみた。
 四週目に、あのフレンチレストランに行きたい、と交渉すると、予算が外食4回分、貯まっているからOKが出た。

それも、大人はコースでワゴンで出てくるデザートも!(注:一人分、4000円越え)息子はミニコースを食べて、デザートはしょぼかったので、夫と私が注文した「3つ選べるデザート」を分けた。3人で一万円をちょっと超えるぐらい。
 でも、ものすごーくおいしかった。

贅沢したなあ…という気分もした。
 
 アメリカで出る、「ステーキと、付け合わせにマッシュポテトとグレービー」というのは、うんとグレードをあげるとこうなるんだろうなあ…。多分、最高峰がこの、ソースの絡んだ、やわらかい一口ステーキと、絶妙にクリームソースがサンドされた薄切りポテトと、肉のうまみがぎゅっと詰まったこのグレービー…ということで。
 あの固い…どこからナイフをいれていいかわからないようなTボーンステーキと、マッシュポテトがジャガイモなのは確かだけど、どうしてここまで味気なくなるんだ?と疑問がわくぐらい、おいしくないマッシュポテトと、塩辛くて茶色くて、冷めて脂のういたグレービーが、多分、下限ライン。値段は、大体4、5倍しか差がないのに、味の差は天地の違いがある。

 はあ…。料理…。プロの料理人って、本当にすごいなあ。材料が買えても、絶対この味にならないものね。
じゃがいもがこんなにおいしいなんて…。このクリームソースであえたポテト、肉なしでこれだけお皿いっぱい出てきても絶対満足出来る。

 これは3人で2000円の外食ではちょっと味わえない。私はサイゼリヤの料理も好きだ。あの値段でよくぞこんなもの出せるねえ、と思う。400円のセルフのうどんも好きだ。それはそれで…ショウガやネギをのせて、だしの効いたうどんは、文句なしにおいしい。でも…
 もう一回、フランス料理食べに行くかなあ…。三週、外食なしで頑張る価値はある気がする。

すもももももも。

夫が、「珍しかったから」といって、小さめのスモモを買ってきた。
朝ごはんに、全員が食べてみた。

すっぱい…(夫)
おいしくない…(息子)
もったいないからまずいとは言いたくない。言いたくないけど…(私)

…という結果となった。
でもこれ、私もっとこういうの、食べたことある。スモモじゃなかったけど。
あれだ、ユスラウメだ。時々苦いのが混じっていたりして、種のまわりより、皮に濃い味がする感じ。

それか、子供の頃に食べて、「これはハズレだな」と言われていた桃にも、ちょっと似ている。昔は、果物の甘味を外から測定する方法なんてなかったので、買ってきた桃に「味があんまりしない」ということが時々あった。そういう桃を、種のそばまでしつこく食べて、種のまわりまで行ったときの味…が、今回のスモモの味だった。

 庭にあるユスラウメなら、これでいい。あと、山に行って、「これは食べられるよ」なんてそういうのに詳しい人に聞いて、「えー、味見たいなあ!」ってなって食べて、この味だったら、納得がいく。「へー、結構おいしいですね」と食べちゃうだろう。
 でも、これが栽培種で、小さめとはいえ、8個350円した…というところが、なんか悔しい。

 捨てるのももったいないけど、正直もう一つ食べようか、という魅力に乏しい。
 こういう時はもう、砂糖で煮てしまうに限る。

と、思って手を洗い、スモモも洗ってから、包丁でぐるっと切り目をいれて、種をとることに。
…と思ったけど、種が果肉からはがれない上に、身が結構柔らかくて、ぐじょぐじょに…。ええ、もうしょうがない、半分つぶしながら鍋の上で作業して、皮もそのままでばらばらに。

 砂糖を入れて、熱をかけて、そのあとフードプロセッサーに入れてがーーーっとやって、皮ごとソースにした。
 ちょっとオレンジがかった濃い目のピンク、これなんていう色だろう。サーモンピンクとショッキングピンクの中間みたいな色。

 ヨーグルトに入れて食べたらよかろう…。

次の日、プレーンヨーグルトにたっぷり混ぜて、きれいなマーブル模様にしてから食べた。
さすが、こうするとフルーツヨーグルトな感じがして、大変おいしい。

息子も、夫も、こうするとおいしいね、となっていたので成功と言えよう。
おいしくない果物は、フルーツソースにするのがやっぱりいいね。

夫は、「今度から、もっと違うプラムにする」と決意していた。

災害に備えて買うものを考える

今日の当たり前ポエム↓

全くポエムとは関係がないけど、日記。
 大阪で大規模な地震が起きた日、近所のスーパーからいろいろなものがすごく減った。ペットボトルの水、乾電池、パックのごはん、プラスチックのスプーン(フォークはあった)。缶詰の棚もすごくスカスカだったし、ラーメンも激売れだった。カップ麺はほとんどなくて、辛いのしか残ってないみたいな感じ。あと、レトルトのカレーもかなり減っていた。

 うちには、ペットボトルの水2リットルが2本。あとはシリアルと、常温長期保存可の牛乳が2パック、それから米。
 2リットル2本は、箱にいれて、ドアストッパーとして利用中。毎年、防災の日(9/1)に取り換える。牛乳は、朝のコーヒーに絶対牛乳がほしい夫がいるので、うっかり普通の1リットルパックの牛乳が切れたとき使えるように。使ったら買い足す。シリアルは「どうせ食べる」ので、なくなったら1つ買って、それを貯蔵、貯蔵しておいた方を食べる。1袋で10食分ぐらいあるし、非常時にぜいたくは言わないからね…。

 でも、スーパーの棚が空になったのを見ると危機感が募る。「うちにある分だけで、大丈夫だろうか」って思っちゃうんだね。
だから、こういう大地震があったら、みんな「はっ」ってなって買うんだけど…。

 でも、日本で被災すると、陸の孤島みたいな山な立地でもない限りは、半日も断水すればもう給水車が出るんだよね…。
 食べ物も、多分丸一日何とかなれば、いろいろと配られたりするみたいだし。本当に、3日も経っても誰も助けに来ないようなことになったら、もう心配するのは食べ物のことじゃない。

 ケガとか病気ってことなら、あっという間に救護だ、救急だ…ということになるだろうし、家で療養なんていうことにはならないだろうからなあ。給水車でもらいに行くのに、入れ物はあったほうがいいだろうけど、つまり最初に手持ちのペットボトルの水を飲んだらそれでいいわけだから…。

 冷静に考えると、非常時に我慢できずにおなかがすいたと泣く年齢の子供がいないならば、食料はそれほどいらない。
 水も、半日から1日もてば、多分給水車へ歩ければ、大丈夫。
 あとはお風呂は多分無理だろうから、旅行用の紙タオルの固まったやつとかがあったら、ぬれタオルが作れていいかもなあぐらいか…。(ウエットティッシュも棚から減っていたけど、あれって長期保存できるの?)
 
 買わない。買い占めない。絶対邪魔になるし、多分使わない。
 空っぽの棚を前に、ちょっとドキドキしたけど、特に何も買わずに帰ってきた。

 …という話を夫にしたら、「大丈夫だよ、3日も経てば、ちゃんと戻ってくるから」だって。
 「東日本大震災の時もそうだったじゃない」と言われた。(うちは被災地から遠かった)

 ああ…そういえばそうだったねえ。

そんなやり取りをしてから、3日。確かに、商品は元通り棚に並べてあった。
ラーメンと、水はなんだか余って安売りになっていて、2リットルペットボトルの水は税込み100円以下になっていた。

 えーっと、これはやっぱり、安いから買っておくべき…?これは買い占めてるとかじゃないよね。

阪神大震災の時、配られたペットボトル1リットルの水が、北陸地方の製薬会社の工場で作られたボトルだった。
地震とかがあったとき、普段は作っていない工場でも作れるようになっているんだ、すごいね、とラベルが真っ白に字だけのペットボトルを眺めたことを思い出した。

 きっと、この水のペットボトルも、非常時だから、と一生懸命作ってくれたんだろうなあ…。

心配しすぎないように、でも用意はしておくのって、なかなか「ちょうどいいところ」が難しいね。

 
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…
この写真を撮ってから、2、3日して同じアジサイの横を通ったら、見事に全部ピンクになっていた。
梅雨時のあじさいって、いいなあ。

サコッシュ自作

カバンに入れておきたいものを、全部詰めて持ち歩いて、しばらくたった。それで思ったこと。

スーパーに行くだけなら、ここまで全部持っていかなくていいんじゃないだろうか。
財布と、ケータイと、エコバッグだけ…でも十分。
まっすぐ行って、まっすぐ帰ってくるだけだ。
どこにもよらないし、長時間でもない。
夏用のパーカーにポケットがついていれば、全部ポケットに詰めておけばいいかも…と思ったけど、財布は意外に大きい。
でも、財布を小さいのにしたら、数日後に【財布落とした】んだよね。落としたのに気付かず、自転車をこいで帰ってきてしまったのだ。財布は届いて事なきを得たが、財布を小さくするのはそんなわけでいいアイディアではない。

 自転車をこぐのにジーンズの前ポケットに入れるのは邪魔だし…ポケットを大きくするということを考えると、思いつくのは小さかった姪たちが、ポケットのない服を着るとき使っていた「移動ポケット」。これはどんなものかというと、平らな袋に、それをぶらさげるクリップが2個ついていて、ウエストのところに留められるようになっているもの。
 ああいう感じの、ぺったんこの袋をポケット代わりに…。ウエストに留めるのはちょっとやめておいて、ポーチとして肩にかけるのはどうだろうか。

 薄くて、単純なつくりで、上は別にファスナーとか、なくていい。遠くに出かけたり、長時間出かけるときは、かばんにそのポーチごと放り込んでおいても邪魔にならないぐらいのものがいい。

 そう思って、私はネットショッピングを始めた。
ポーチというのはとても幅の広い言葉で、単に「小さいバッグ」ならどれでも?と思うぐらい。立派な革製のものとか、サイズが小さいだけで、「これはショルダーバッグではないのか…」と思うようなバッグばっかり。
 何十件も見て、「あ、これは割と近いか?」というものをクリック、また検索結果に戻って眺めて、「あ、これはそういう感じ?」と思ったものをチェックして…と繰り返してしばらく経つと、なんとなく「この商品をチェックした人はこれもチェックしています」という商品とか、「類似の商品」とかがピックアップされてくるようになる。

 そこに私は「サコッシュ」という単語が頻出するのに気が付いた。
(えーーっと…なんかこう、アメリカで食べた煮込み料理に確かそんなのがあったような…)
(注:それは「サコタッシュ」。トウモロコシと豆の煮込み。そんなに好きな味ではなかったので1回しか食べたことがない)

 試しに、「サコッシュ」と検索をかけると、一気に、ぺったんこで、肩ひもがついていて、割と単純なカバンがずらっと並んだ。
うむ…このタイプのバッグは、サコッシュというらしい。詳しく調べると、自転車レースに出る人に、補給物資を入れて渡す袋がサコッシュ。自転車のハンドルから片手だけ離して受け取って、首にかけて中身を摂る…というもので、軽さを求める自転車レース用のものには、ファスナーとかボタンとかがついていないんだって。
 薄いコットンか、雨にぬれても大丈夫なナイロンかで出来ていることが多いのだとか。それと、自転車レースのは使い捨てで、観光客が拾ってお土産にするようなものらしい。つまり…スーパーの袋みたいなテキトウさと思えばいいっぽい。

安いのは500円ぐらい。高いのは4000円越え…。うーん。ファッションバッグとして使われているものは、ファスナーとか、ポケットとかがいっぱいついていて、単に小さめのバッグ状態。本当に単純なやつは…。送料込みで800円だすぐらいなら、これなら作れそうかも…というのもちらちらある。

 安いのサコッシュのレビューを見ると、「ひもは、パラコードに取り換えたいと思います」なんていうのもあった。
パラコード!あるよ!私が使うんだから自分で作ればヒモの長さは変えられなくていいから、調節金具とかはいらないな。

 大きさはkindleがぎりぎり入るぐらいで…口のところは折って…裏はなくていいから、と思うと本当に簡単だ。外側にポケットを一応つけるとして、布を二重にして…。
 

なんせ、本物というか元祖に近ければ近いほど、単純でいいんだから、簡単に作って、「こういうのが本来の形」といえばいいさ!というわけで、作成。
 基本は、100均のデニムの耳が口のところに来るように布を2枚切って…
 それから花柄の布の裏に接着芯を貼って、表になるデニムに合わせて、布のまわりをジグザグミシンで縫って…
 ヒモ通し部分のベルトを挟んで中表に合わせて、脇と底を縫って終わり。
 全行程で30分もかからなかった。
  (と思ったけど、写真みたら、角のところがきれいじゃないのであとで縫い代を切って角を整えよう)


口のところは折って使う。
 紐はパラコードで、端は、結んだら抜けないだろう、と思ったら、紐を通すベルトが長すぎて失敗。しょうがないので飾り結びにして、こぶを大きくしておいた。縦横21センチぐらいになったし、材料は家にあるものだけだったのでこんなもんでしょう…。
花柄の布は確か高かったけど、100均のデニムだけでもちゃんと作れるだろうし、その場合はデニムの端のところをうまく使ってポケットの布を取れば、縫うところなんかめちゃめちゃ少なそう…。
 裏も表もどっちを外側に持ってもいいし、軽いし。

 ふと思ったけど、ベルト部分に市販のバッグの持ち手とかを作るテープを使えば、子供の夏休みの宿題にとってもよさそうな作りをしているなあ…。小学生だったときに、こんなの作れば面白かったかも。当時は100均がなかったので、材料が買えなかったけど、今だと、コットンの丸ヒモをベルトの代わりに縫い込めば、ベルト要らないものなあ…。

 要らない。絶対2つ要らないんだけど…でも作ってしまいそうだ。



 

咳が一カ月止まらない

ゴールデンウィークの頃、風邪を引いた。
そして、のどがイガイガして、咳が出る感じが残って、一カ月たった。ずーっと、タンがからんでいる感じ。
時々…特に朝晩咳が出る。夜に咳が出て目が覚めることもある。

ただ、普通に家事は出来る。
うーん。
 めちゃくちゃ早く寝て、睡眠時間を延ばし、家におとなしくこもって療養に専念したのだが、よくならない。変化なしだ。
一カ月半たって、うんざりしてきたので、ついにネットで「呼吸器科」というのを調べて、近所の古びた雑居ビルの2階にある病院に行ってみた。

 血液検査(の安いの)をやったら、「アレルギーの傾向がある」ぐらいのことはわかったらしい。血糖値とか、白血球の値とか、感染症がある時にあがるCRPとか…は、全く問題なく正常値だった。
 ちなみに、「マイコプラズマ肺炎」の場合は、この感染値=CRPが上がることが多いのだとか。熱が出ている場合は、血液検査なしで感染を疑うことことになるらしい。

 漢方麦門冬湯、痰きりの薬だという「ムコダイン」ってのと、アレルギーの薬を飲むことに。

この時点で一週間粘る。アレルギーの薬がとても眠たくなってだるい。いっそ薬飲まない時のほうが動けた…というぐらいだった。

しかし全然改善しない。
 薬が切れた時点でもう一度同じお医者さんへ行って、眠くてだるかったのでアレルギーの薬は変えてくれ、と頼んで、一日3回ではなく、夜に飲めばOKという薬に変更。

 もう一週間、麦門冬湯と、ムコダイン、アレルギーの薬の、エピナスチン塩酸塩20㎎ってのと、モンテルカスト10㎎ってので粘った。
夜に、咳が出て目が覚める。

 もう嫌になってきた。
夫が、「ここまで症状に変化がないなら、お医者さん、変えてみる?」というので、もう1つ、呼吸器内科を検索して、出てきたところへ行ってみた。

 一応、血液検査の結果の紙と、飲んでいる薬を書いた紙を持参した。

◎咳が長引いている
◎乾いた咳で、一度出ると止まりにくいが、ぐっと我慢して飲み物をを飲んだら止まる。
◎痰を出そうと思ったらせき込んで吐き気がするぐらい止まらないぐらいになる。
◎朝と、夜に出るが、昼はあんまり出ない。

 診察後、「あー、これは多分ですが、咳喘息だと思います」と言われた。
喘息か…。

 私は、3歳ぐらいまで喘息だと言われていたらしい。年齢が上がって体力が付いたら治ったらしいけど。
 そのケはあるかもしれないなあ。

 先生が言うには、「これねえ、自然に治ることが結構多いんですけど…」
何ですと!自然に治るなら、ねえ。ほっとけばいいわけだから、と一瞬思ったけど、そのあとのセリフが。
「でも、長引くと2、3カ月かかることがありますから…」って。そうかー。既に今の時点で大体6週間経ってるから、あと6週間たてば治るかもしれないってことね。

 「薬を使うと、治るの、早くなりますか?」
と聞くと、それについては、YESらしい。

 「吸入って、したことあります?」と聞かれたが、答えはNOだ。小さいころにしたことがあるのかもしれないと思ったけど、覚えがない。
 「じゃあ、1日1回、吸入しましょう、あと最初のほうは咳止めも出しましょうか。後、アレルギー薬も飲んでもらうことに…」と言われたので、もう、症状が和らぐなら、いいや…と思ってわかりました、と返事しておいた。

もう咳が長引くのに辟易していたのもある。

 先生が、はい、とビニール袋を破って出してくれたのが、吸入器。ただし、薬は入っていないそうだ。

ここをこう、パカっと開けて、このあたり口でくわえて、吸い込んでみてください、と出されて、

はい、じゃあ、と吸い込んだら、「これじゃダメです、もっと強く」と言われて、えー?と思いながら再チャレンジしたら、「ふぉーん♪」と間抜けな音がした。「はい、OKです」ってそうか、うまく出来たら音が鳴るようになってるのね?
 吸入器の会社が、こういう練習用のニセモノ(使い捨て)も病院に持ってきてくれるのだそう。へー。なかなかに興味深い。

 薬をもらって家に帰った。
咳止めは漢方ではなく、リン酸コデインだった。これ、眠たくなることもあるけど、効くよね…。
 30分ぐらいして咳止めが効いたら、すごく体が楽な気がする。

  痰がからんだ感じもすごく減ったし、ぐっとこらえて我慢しないと咳を繰り返すとのどが痛くなってくるので、そうしていたのだけれども、まずそうならない。

 もしかして…大丈夫だと思ってたけど結構体力使ってたのかも?

 楽なほうがやっぱりいいよね…。体調が悪い時って、大したことなければあんまり病院にかかりに行かないというか、「行くほどでもないな」って思ってしまうけど、やっぱりこうして効果が出ると、早くこういう風にしておけばよかったな、と思う。

 夜か、朝に1回、吸入しましょう、ということなので、それも試してまた書き足すことにしよう。

咳はやっぱり、お医者さんに行った方が和らぐんだね…。

*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…
朝方、薬が切れたころに目が覚めて一度咳が出たものの、夜中には出なくなって、多分よく眠れた。
リン酸コデインはとても苦い粉薬だったけど、飲む価値はあったなあ…。
吸入は、朝に1回。これで24時間行けるらしい。

のどの違和感も減っているし、前までは痰を切ろうとして咳払いすると、いくらでも咳を出せたのに、今は咳払いの必要もなく、勝手に時々、辛いものとか食べると出ていた咳も、昼ご飯にエスニック食べたのに出なかった。
違和感も、気を付ければわかるけどね、程度に激減。

まだ薬を飲んで二日目なのに、すごい。
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…
もう2日後
気温が乱高下して、27度の日の次に、18度の日とかがあったので、微妙に悪化?でもちょっとのどに違和感があるぐらいで、夜中に咳が出て目が覚めるのもなく。とりあえず咳止めと、アレルギー薬は5日分で終わりなので、そろそろなくなる。
これで後は吸入だけで行ければ…。



光と影

今日の当たり前ポエム↓

「光のあるところには、影が出来る」というセリフは、映画とか、小説とかによく出てくる。
 社会においては、繁栄の裏には、貧困とか、犯罪のような大っぴらには見えないものの隠れているものがある、というような文脈で出ることが多い。
 または、光り輝く人が少人数いて、そのそばには光の当たらない…注目されない人たちがいるというようなこともこの言葉で表されることがある。
 
 誰の心にも、光を当てられても大丈夫な部分があって…誰に見せても恥ずかしくないようなところと、陰になる、出来れば隠しておきたいところがある。
 
 でも、真夏の太陽の光が、暑くて厳しい時に、日陰の薄暗さが、ありがたい時もある。
誰でも、光だけを受けていきていくわけにはいかない。

 願わくば…影の部分も、それほどは闇にのまれないように…。かといって光だけを求めて疲れすぎないように。
 
きらきらした日差しと、昼でも暗い深い山。
 木洩れ日と、涼しい日陰と…
色々な光と、影。

光と影は、表と裏。でも、お互いが分かちがたく結びついているのだと、覚えておきたい。



*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…
あたりまえポエムというのは、絵か、写真を貼って、当たり前だよね、という文章を書けば成立するのだと思っていたら、もう1つ必要なことがあるらしい。
 それは「当たり前のことを書いて」それから「いい感じに見えないとダメ」なんだって。
つまり、一瞬でもいいから、詩のように、ポエティックに見えるというのが条件みたい。
 なるほど、「あなたと」で、「星、月、一瞬」が出てくるわけだねえ。

…というわけで、当たり前ポエムに「よさそうな感じ」をくっつけて解説してみた。

望みをかなえる

夫が珍しく出張で、お昼から出かければいい…という日のこと。
こうなると、自分の昼ご飯だけではなくて、夫の分も考えないとダメなわけで、リクエストを聞いた。

 そうめんがいいらしい。

じゃ、ハムとか、キュウリ、えびとかタマゴとか…全部は材料ないな…と思ったので買い物に行こうとしたら、夫に呼び止められた。
「そうめん「だけ」が食べたい。でもいつもの1.5倍ゆでて?」だって。

えーっと…。つまり、具も、何も載っていないのがいいと。ついでにいうと、ネギとか、ショウガとか、ミョウガとか…そういうのも全然いらないらしい。そうめんだけガッツリ食べたいのだって。(そうめんつゆはさすがに必要らしかったが)

 まあそりゃ…簡単だけど。それと、私だけが素麺食べるなら、そういう感じになることはよくあるけど…。

彼は冷やしそうめんを山ほど食べて、おいしかったよ、ありがとう、と出かけて行った。

人の望みというのは、聞かないとわからないものだね。私は、具が豪華なほうがいいかな、とか思ったわけだし、豪華なのがでたら(自分で作るのではなくて、誰かが出してくれたら)、私は「わあ、すごいうれしいなあ」って思うわけだから。

 彼としては、具が入っていなくても、思いっきり手抜き…と思う食事でも、満足したらしいので、結局最高のサービスというのは、彼の望むままにする…ということなんだろうしなあ。別に私の手間に遠慮したというわけではないらしい。
 一度やりたかった、と言っていた。

 これは、あれだ。豪華なデザートを食べるよりも、フルーチェを一箱全部で食べるのがやってみたい…というような感じの望みに近いんだな…と理解しておくことにした。

サコッシュ再び

【サコッシュを作った日記】を書いた次の日に、もう1つ作成することにした。
布の耳が赤いデニムの端切れ(100均の)は、もう1枚あったからね…。昨日使った材料の残りは、息子がこの前、上靴袋をなくしてきたので上靴袋になった。

縫うの面倒だから、なくしてきたときはずいぶん文句を言ったのだが、まあ…作り始めれば、端の始末のジグザグミシンもかけないぐらいで、目分量で布を切って、適当に手で折って、ミシンの押さえでえい、と押さえて、縫い目がひょろひょろしていても気にせず終了なので、10分ぐらいで終わるんだよね…。端の始末がなくてもほつれて、布がほどけてしまうまでには、1センチ分あるからね…。綾織りなのも手伝って、2年ぐらいたっても、意外と縫い目がほどけてくるほどにはならない。

 上靴袋も無事作成したので、次は息子の、kindleケース。
 息子はレストランに行くときに、かなりの確率でkindleを持参する。あとは病院とか、待ち時間のある時は大抵そうだ。
 並んで待つ時に、静かに親と話す…ぐらいしか行儀のいい時間つぶしがない場合、「ひーまーーー!」となるので、kindleの出番、と。本を読ませて待たせれば、静かだし動かないし…病院の待合室のような、すごく静かに、なおかつ長時間待たなくてはならない時には、必須。幼稚園の頃には、絵本を持っていて、小声で読み聞かせをしたり、お絵描きボードを持って行って絵を描かせたりしたものだ。

 旅行の時は、kindleをリュックに入れて持っていくのでいいのだけれども、kindleだけが持っていきたいときに、リュックを持っていくのがイヤみたいで、手に持って出かけようとするので、その時に小さい袋があったら…と。あとはひとりで髪の毛を切りに行くときに、お金を持たせるときにポケットにむき出しの現金をいれておくよりいいかな、というのはある。

 そう思って作成して、やったね、と思っていたら、夫が、話題として「これなに?」と話を振ってくれたので、「さこっしゅ」というものがあってな?と解説した。
 夫はネットでサコッシュを調べて、「去年ぐらいから流行ってるんだって、流行最先端だ」と笑っていた。
 私が流行のバッグを持っているなんて普段だとありえないからねえ。
 

元祖のサコッシュはとても単純なものだということや、スポーツ、またはカジュアルよりであることを話し合っていたら、息子に作ったのを手に取って、「俺も、ポケモンGOやる時にいいかも」と言い出した。
 「これさ、上にファスナーとか、ついてないの?」
ってさあ…夫のお母さんは、ミシンがとてもうまい。スーツを自分で縫えるぐらいうまいのだ。彼は「これをいれる袋がほしい」と言ったら、その日の夜にはファスナー付きの袋が当たり前に出てくる環境に育ったので、こういうことをサラッという。

 ええ…じゃあつけようじゃないか…。手持ちに紺色の20センチファスナーがあった。
 まあ、2枚の布をファスナーの両端につけておいて、あとで袋に縫えばいいだけなので(裏がないから)ファスナーつけの中では一番、簡単な方法ではあったけど。

というわけで、左が夫の、ファスナー付きサコッシュ。右が、上を折って使う息子のkindleサイズサコッシュ。

遠くよりも近く。

今日の、あたりまえポエム↓

これは、私が近視だからかもしれない。

 遠くの方がよく見える遠視の人もいるだろうけれども、それはどんな風にみえるんだろう。

 *…*…*…*…*…*…*…*…*…*…
 
グローバルだとか、向上心だとか、夢をかなえるだとか…というようなことを考えて、自分にないものばっかりが見えてくるとつらくなってくる。

 自分磨きという言葉を考えた人が誰か知らないが、商売がうまいな、と思う。そういう名前がついているだけで、結局お金を使わせられているだけ、という気分がすごーくする。だから、私は遠くなんか見ない。
 今…自分がいるところだけを見て。そして近い目標だけを見て。

 遠くより、近くがよく見えて、わかりやすい。遠くは、なんとなーく、方角だけあっていればいいかなあ、ということで。

大事なことは、意外と近くに見えているのだ。

コカ・コーラクリアレビュー

カテゴリ的にどっちに入れるか悩んだけど、一応あたりまえポエム。

時々、こういう透明な清涼飲料水は発売される。「タブクリア」とか、ペプシコーラにもあったんじゃないだろうか。

 あと、「いろはす」とか、「何とかの天然水」とか、色はついていないけど、味はついている清涼飲料水は結構見る。

 私は新発売の清涼飲料水が、実は好きだ。大抵絶対飲めない味のものはない。まあ、モンブラン味とか、キュウリ味とか、真っ青なのとか…一度は試して、わははは、面白かった!ってなって、ブログに書いたり、友達とSNSでシェアしたりして楽しむことにしている。

 今回の、コカ・コーラクリア味、これ、結論から言うと割とおいしい。
 コーラは、たまに味違いを出す。例えば、昔はレモン味があったし、なんだっけ、バニラ味もあったはず。
実はアメリカにいたころ、バニラコークは飲んでいて、うわ、ダメだ…と思って一回でやめた。
 ミルクシェイクや、アイスクリームから来る、バニラのにおいはミルクっぽいものと一緒に来るはず…という期待があるからなのか、違和感があったのと、アメリカ人が好むからなのか、香料が大変たくさん入っていて、なんかダメだった。

 レモン味も、渡米中に飲んだが、これはバニラよりまし、という感じだったものの、いかにも「レモンエッセンス!」という味で、駄菓子のレモン味みたいな感じだったので、これも、2回は飲んで、それからやめにした。普通のコーラに、レモン(アメリカはレモンがとても安い)を絞って飲むとこんなにおいしいのに、どこがどうなってレモンコーラはこういう味なんだ?と思っていた。

 なので、今回のクリアコーラは「レモン風味」だと書いてあったのでちょっと躊躇したのだけれども、まあ、一回は飲んでみるか…と思って試したら、あのレモンコーラはなんだったんだ?と思うぐらい、軽めのレモン風味でおいしかった。
 
 どこかに、ハーブっぽい感じが…レモンミントを思わせる味で、これは是非、リピートを!という味だった。
 
ちなみに、目を閉じて飲むと、色がついているコーラとさほど味が変わらず、しっかりコーラ味。
色が透明なのは、カラメルが入ってないからと見た。

 少なくとも、前に発売されていたレモン味コーラよりは、好みに合う日本人が多いと思う。
さわやかで、いい感じだった。

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    まこ

    Author:まこ
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