100円の寿司
100円の、回るすしを食べに行った。
こういう安いお寿司屋さんのお寿司の味に、こんなのをおいしいと思う人の気が知れないという人もあるのは知っているが、私は結構、こういうお店が好きだ。
大体、回る寿司の味に文句がある人は、アメリカに5年ぐらい住んでみろと思う。魚を生で食べる習慣があまりない場所で、ニューヨークや、日系人が多いというカリフォルニアはどうだか知らないが、地方だと、正直、かなり高いお金を出しても、日本で回る寿司レベルが出れば、悪くないほう、という評価になってしまう。
すし飯が、押し寿司よりも、もっと固く押し付けたごはんの塊を包丁で切った…という風体で出てくるのなんか序の口。お味噌汁だって、「塩分多すぎ」を気にする人がいるからというので、出てくるのが、薄いのなんの。ダシなんか絶対取ってない、ミソ溶かしただけだろう、それもうんと控えめに!という味。
刺身に年輪がある…輪切り?みたいな方法の違いとか、ケチャップとブロッコリーはやめようや…というような組み合わせの違いまで、外国の寿司はなかなかに、日本で当たり前の寿司ということになっているものから逸脱しがちなのだ。
回る寿司の、ハンバーグ寿司とか、コーン寿司とか、面白いものもあるけれど、それはやっぱり、本編である典型的なお寿司がおいしいからこそ、番外編の寿司がおいしい、ってことだと思う。
茶碗蒸し、赤だし、うどん、えび、かに、さけ…。
アメリカだったら、絶対こんなの食べられない。
そう思いながら食べると、100円のお寿司のおいしさ倍増。
あのアメリカの、まずかったお寿司のおかげで、今、当たり前のお寿司が3倍おいしく思える魔法がかかっている。
こういう楽しみ方が出来るのは、幸せなこと。
カウンターのある本格お寿司屋さんで食べないと幸せになれないというのも、不経済だもんね。
サービス品の200円のうどんを食べながらしみじみと、かみしめたのだった。
こういう安いお寿司屋さんのお寿司の味に、こんなのをおいしいと思う人の気が知れないという人もあるのは知っているが、私は結構、こういうお店が好きだ。
大体、回る寿司の味に文句がある人は、アメリカに5年ぐらい住んでみろと思う。魚を生で食べる習慣があまりない場所で、ニューヨークや、日系人が多いというカリフォルニアはどうだか知らないが、地方だと、正直、かなり高いお金を出しても、日本で回る寿司レベルが出れば、悪くないほう、という評価になってしまう。
すし飯が、押し寿司よりも、もっと固く押し付けたごはんの塊を包丁で切った…という風体で出てくるのなんか序の口。お味噌汁だって、「塩分多すぎ」を気にする人がいるからというので、出てくるのが、薄いのなんの。ダシなんか絶対取ってない、ミソ溶かしただけだろう、それもうんと控えめに!という味。
刺身に年輪がある…輪切り?みたいな方法の違いとか、ケチャップとブロッコリーはやめようや…というような組み合わせの違いまで、外国の寿司はなかなかに、日本で当たり前の寿司ということになっているものから逸脱しがちなのだ。
回る寿司の、ハンバーグ寿司とか、コーン寿司とか、面白いものもあるけれど、それはやっぱり、本編である典型的なお寿司がおいしいからこそ、番外編の寿司がおいしい、ってことだと思う。
茶碗蒸し、赤だし、うどん、えび、かに、さけ…。
アメリカだったら、絶対こんなの食べられない。
そう思いながら食べると、100円のお寿司のおいしさ倍増。
あのアメリカの、まずかったお寿司のおかげで、今、当たり前のお寿司が3倍おいしく思える魔法がかかっている。
こういう楽しみ方が出来るのは、幸せなこと。
カウンターのある本格お寿司屋さんで食べないと幸せになれないというのも、不経済だもんね。
サービス品の200円のうどんを食べながらしみじみと、かみしめたのだった。