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LuckyDuckyDiary

いらっしゃいませ。毎朝6時には更新します。さっくり読んでいってください。コメントくださった方はリンクさせてください、相互リンク歓迎、リンクがダメな方は連絡お願いします。

服を買わない暮らし

息子は、最近、おさがりを着るのにちょっと抵抗があるらしい。
かといって面倒がって買い物にはついてこないのだから自業自得だ。

 大体、うちが譲ってもらうおさがりは、息子の習い事の先生からくる。お子さんは二人とも小学校から私学というおうちなので、一番着ている時間が長いのは制服!というお子さんたちだ…ということは、私服もかなり傷みが少ない。おまけに小学校からお子さんを私学に…ということは、お洋服などにもお金をかけているおうちなので、どれもみんな「私だったら絶対買わない」というブランドのものが多い。

 厚手で、乾きにくい…というぐらいのトレーナーなんて、ねえ。私が買うのは町の安売り洋服屋さんのもので、薄い上に半分ぐらいポリエステル混紡で、乾きやすいが安っぽいので、そりゃ、もらい物はありがたい。
 私もおさがりで育ったし、こんなことでどうこうなるプライドなんかないほうが人生楽だし、小さいころから一体いくら節約になったのかと思うと、十万円単位あるのでは…というぐらいだ。

 私の服も、こないだ買ったのはショッピングセンターの催事場の安売りで買った700円のカットソーと、ホームセンターの698円のフリースだし、薄手の上着が破れたので買った春秋用(あ、これの記事を書いていない)トラベルジャケットは、10年着るつもりで5500円。それまで使っていた上着は、写真から察するに、多分12年使った。春秋物はシーズンが短いので長持ちだ。

 夫のジャケットは義父のおさがり(笑)で、私のいまのジャケットも、1枚はお友達が、「ごめん、失礼かもしれないけど、これ、ほとんど着てなくて…まこさんに似合いそうだと思ったんだけど、いらない?」と言われてタダでもらったものだし、(確かに、私の好きそうな色と形だったし、似合ったと思う)もう一枚は買ったのは息子が幼稚園に入るころだった。

 服にはお金をかけていないなあ、と衣替えのたびに思う。
でも…私も夫も、お金をかけていないことが一番気にならないのが、服飾なんだよねえ…。
 私はカジュアルが好きだし、若いころから同じような服ばっかり着ていた。ジーンズ、カットソー、ベスト。若いころにおばさんっぽい格好だった、ということでもあると思う。

 夫も、スーツを着る機会は少ない職業だというのもあるし、ジャケットのもちがいい職業だと思う。
 ただ、同じチノパンを年中履くので、これだけは時々買わないといけないが、それでもユニクロのだったりする。
 
 年齢も上がってきたし、上質なものを着る…とかも考えたほうがいいのかというアイディアもちょっと心をよぎるのだけれども、いくら平均年収よりも上のお金を彼が稼いでくるからと言って、ちょっといいものを買いつづけると、やっぱりジリ貧になるんだよね。ところどころで一万円、五千円を余計にかけるというのは服飾系統においてはむずかしいことではない。正直それほど見かけがちがわないのに5900円のカットソーだとか、9900円のジャケット…ではなくて19800円のジャケットなんて、そこらじゅうにある。
 もっと高いジャケットを着ている人もたくさんいると思う。桁が違うのだって見るぐらいだ。

 それが年に何回かあったとしたら、3人分で結構な出費になりそうだ。服には流行というものがあって、気にする人にとっては「去年の服なんか着られない」というものだそうだから、そんなことまで考えたら、ねえ。
 
そんなわけで、うちの服は、年収が200万円以下だったころと同じ買い方になっている。

多分、おやつや、おいしいものを食べに行くということのために使っているお金のほうが、服飾費より高い。
息子の中学受験のことを考えると…そしてそれに付随する費用、中高6年の学費のことを考えたら、何百万円なんだから…。教育費には、かなりかけていると思う。

 でも、どこかを削らないと、年間100万円以上の学費を出したら厳しいもんねえ…。私がそのあたりに全く不満がないことは、多分いいことなのだ、うん。
 700円の服がダメになるまで着る。アメリカにいるときは古着屋さんにも行ったし、破れを繕って着るのもやったし…。

やっぱり新品を買い、そして数年で傷んで捨てるというのが一番自分にあっていると思う。いいものを買って、長く使うというのは、多分あてはまるのはコートぐらい。他のアイテムは「いいもの」と「安いもの」の値段の差が大きすぎて、長年着ることで「元が取れない」感じがする。
 わかりやすく言うと、7000円のカットソーは700円のカットソーの10倍もつか…というとそうでもない。7万円したら100倍すごいのかもしれないが、そういうお洋服を着る機会はまず、ないからねえ。

多分、和装というカテゴリだったら、いいものを買って、長く着るのはありかもなあ、と思う。手書きのものや、上等の染めや…親子孫にひ孫まで行こうか、という勢いのものはある。なんせ正絹、この現代に十万円、百万円…でも、普段に着物って着ない。普段着とか浴衣とか、実家に住んでいたころは着たこともあるが、あれはなんといっても動きづらいし、簡単にお洗濯というわけにもいかないし、明治ならともかく、今の生活スタイルに合わないからねえ。すごーく見栄えはするんだけど…。

 お金をかけないことも大事。稼げる額には限度があるし、マンションも買ったし子供の学費もいるし…。
 …とか思いながら捨てた、ユニクロの長袖シャツ2枚(多分7年もの)。今年はついに、新しいのを買わなかった。
 
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春が来た

 この写真にあるような草を、そのあたりで摘んで、洗って鳥かごにつっこんでおくことになっている家は近所にところどころあった。柔らかいハコベは、お手伝いでちぎって帰る草で、七草に入っているのでもわかるように、食べられる。

 私が子供だった頃は、ペットを飼うのにもお金はあんまり使わないのが普通で、たとえば、「ボレー粉」などというものが本では推奨されていても、そんなものを買えるところはいったいどこ…ぐらいのこと、うちの小鳥は卵の殻を食べていた。

 ペットの飼育の基本が書いてある子供向けの本では、小松菜などをやることになっていたのだが、そのかわりにハコベが鳥かごに引っかけられていた。

 ペットも、文鳥とか、セキセイインコなどは、家にそういうのをつがいで飼っている人が譲ってくれるという入手先が多かった。町内のインコでインコの家系図がかけるぐらいいた。

 時々アルビノのセキセイインコが生まれて、みんなの興味を引いたのを覚えている。

 やわらかな緑の春の草を見ると、ちょっとうれしくなる。春は、ものみなあらたに。って誰の詩だっけ。

日はちょっと長くなり、日差しがあたたかくなり、布団はちょっと薄くなって。
 行ったり来たりしていた春が、もうここにいることに決めたんだなあ、ということがわかる日だった。

行きづらい健康診断

健康診断にいった。
面倒くさい…し、なんとなく病気が見つかるのが怖い。
 もちろん手遅れになる方が実際問題もっと怖いだろうというのはわかっているのだけれど、それでもなんとなく知りたくないような気分がする。

 というわけで、1年に1度、ドキドキしながら病院へ。尿検査はともかくも、血圧を測って、心電図とって、血液検査の血をぬいて…。今日、血を抜いた人はとても上手で一回で成功。下手な人に当たると針で血管を探られたりするのでうまい人に当たるとうれしい。一度で終わるのもありがたい。これは、だから年度末か、少なくとも秋ぐらいに行くのに限ると私は思う。

 一番避けた方がいいのは四月とか五月の春先で、初心者の人が「この人血管よく見えるわ、やってごらんなさい」とか言われて実験台になったことがある。針を刺す方も、刺される方も気が気じゃない…という経験をすると、たとえ「年度末で混みます」と言われていても、なんとなく待ってしまった。

 結果がでるのは一ヶ月後らしい。大腸のカメラと、マンモグラフィーは、違う病院でやるのでまた今度。朝ご飯を抜いて出かけたので、終わったときにはおなかが空いた。

 でも…ずっと先延ばしにしてきたのでちょっとすっきり。8時半に病院について、終わったのが10時前。結構待ち時間が長かったけれども、ブランチにでもするか…と思って、お店に入ったら、普段は見かけないモーニングメニューをまだやっていた。

 掃除と洗濯は終わらせたから、今日はゆっくり出来る。ドリンクバーの温かい紅茶を飲みながら、優雅な朝ご飯だった。

電話って何時ごろまでかけていいんだろう。

 夜の9時20分、リビングの電話が鳴った。大急ぎで受話器を取ったら、名前の確認のあと、「私、全国の予備校の…」と話が始まった。
 「済みませんが、この時間のお電話はお断りしています」とはっきり断った。
 「こんな時間に申し訳ありません、では、またの機会にかけ直し…」というので、「いいえ、もう結構です、かけないでください」と打ち切った。

 うちには小学生の息子がいる。9時にはもう静かにしていること、と寝かせるモードに入っている上、元々朝4時に起きようか、という夫もいるので、うちでは9時は「遅い時間」扱いだ。

 そして実のところ、私は夜の9時から朝の9時までの間にかかってくる電話が大嫌いだ。
 それには、理由がある。身内の入院が多かった時期があるのだ。そういう時間に電話がかかってきたらもう、それは非常時。たいてい泡を食ってタクシーで病院にかけつけるとか、もうなくなる寸前とか、そういうことになっているという状態では、電話の音に敏感になるものだと思う。

 個人同士で交換するケータイのメッセージとか、Eメールとか、LINEとかがなかった、たとえば2000年より前のころなら、電話というのは友達と話すために使うことはあった。でも、携帯が普及してからあとは、予告もなしに、夜の9時に電話をかけてくる、なんていう動きをする人はほとんどいなくなった。。

 その後私がそういう時間に電話を受けるとしたならば、時差のある人のうっかり電話か、文字通り、誰かの非常時を伝えるもののみ。事故、救急車で搬送、死亡。

 電話でおしゃべりを…なんて、子育てする年齢になるとすごく減るということもあって、ここ15年ぐらいは本当に夜遅く、または朝早くのふいうち電話は非常時のものしか覚えがない。

 それに、独身だった頃だって、夜遅くにかけてくるのは、かなり仲がいいか、この時間にしか話せる時間がないとわかっている実家か…といったところだった。

 というわけで、多分息子の模試の申し込みとか、塾のあたりから漏れた名簿だと思うけれど、こんな時間に電話をかけるとうちではひどい扱いを受けることになる。
 ほかの家では非常識な時間じゃないのかもしれないけど…でも、やっぱり、夜9時からあとは、くつろぐ時間だし、たかが宣伝だの、勧誘だのの電話はいらないな。

 息子が1歳だか、2歳だかのときに、やっとこ寝かせた…と思ったとたんに玄関のチャイムで起きた新聞勧誘にもかなり腹が立ったけれど、これも似たようなものだ。

 勧誘電話の人も、一件いくらで仕事をしているのかもしれないけど、どんないい話でもやっぱりかける時間によっては印象が悪いよね。他の人の家では10時ぐらいまで平気、とかなんだろうか。

訂正印

 滅多に書かないような書類を書く機会があった。急ぐ書類ではなかったので、ゆっくり書いていたのだが、訂正したいところがあった。書き直すか、それとも訂正印でもいいかもしれないと思って、はんこが入っている引き出しをガラガラひっかきまわして出てきた訂正印。
 あったあった、と印面を確かめると…
「えー?旧姓?」
確かに私の訂正印ではあったが、旧姓だった。
ありえない。何年前のだよ…。20年以上前のものだ。私はOLだったことがあるから、当然こういうものは日常的に仕事に使っていた。シヤチハタ、あのスタンプみたいな訂正印も、もちろん持っていたが、当時はシヤチハタ不可の書類も多かったから、こっちも持っていたのだと思う。

 まとめて管理していたからこうなったのだけれど、旧姓の印鑑は残っていないのに、訂正印だけ残っていたとは。
 訂正印って、どこで買ったんだろう。私の旧姓は、田中佐藤系統の、ありがちな名字で、この名前がないはんこ売場はみたことがないが、今の名字は難読ではないが案外珍しい。

 まあ、これからいることがあるとも限らないが、ほしいときにないのも困るなあ、ということでネットのはんこ屋さんで注文した。

 ネットのはんこ屋さんを探している最中に、イラスト入りの印鑑を売るお店がひっかかった。めちゃくちゃかわいいなあ。
 こういうのもいいかもしれない。
 特に珍しい名字だとどっちにしてもオーダーすることになるから、ついでに柄ぐらい足しても。

 あ、でも真面目な書類の時に、猫がついでにくっついたはんことかは、ダメそうだなあ。

 最近は、印鑑を押す機会も減っているし、イラストとしてはかわいくても、多分使わないだろうなあ…。それならラインスタンプの方がぐっと活躍する機会は多そうだ。名前入りのスタンプとかあるもんね。

 ちびっとした訂正印は、確かにかわいい。メモとかの下に、サインのかわりに押そうかな。
ちなみに書類は訂正印を押したのが通るかどうかわからなかったので書き直した。

外出先で文章を書くには

 外に出て、待ち時間が長いとき、文章を読むだけじゃなくて、書けないかなあ…と思った。ブログの文章とかを思いついたときにかけたら、とかそういうこと。
 
 ネットで調べると、電子インク、つまり白黒の読書端末「キンドル」と同じ形式で画面を映す「ポメラ」という電子メモみたいなのがあることがわかった。
 画面はそれほど大きくないが、キーボードと画面がセットになったもので、折り畳むと薄くなるらしい。
 電池で動いていて、USBでパソコンとつないでテキスト形式のやりとりが出来るとか。

 ちょっといいなあ…と思ってその話を夕食の話題に出したら、「あるよ」と夫。
えー。あるの?
 まあね…電子系のガジェットは、割と試してみる人だからなあ。あってもびっくりはしない。
 DM100という機種らしい。キーボードは小さめだが、割と打ちやすいし(多分男性で、手が大きいとつらいかも)、画面を開くと自動で電源が入る。

 目も疲れづらいし、これはいいのでは…。パソコンと違って文章を書く目的にしか使えないので、途中でネットをぼーっと見歩いてしまって長時間経ったというのも回避できる。

 あとでパソコンに取り込んで、ブログに貼り付ければいいし。
 さっき病院の待合室で、カチャカチャこれを書いていたら、周りに座っている人からガン見された。しょうがないね、これは。でもみんながスマホを持っているので、前よりは他の人が電子端末に慣れている気もする。

 スマホに慣れている人なら、スマホで文章を書いておけるのかもしれないけど、私はタッチパネルで長文なんて書く気がしないからなあ。キーボードの端末はいい。

 見てみると、後継機種があんまりないっぽい?それと案外このポメラ、高い。
 壊れたらどうしよう、次のが高い、という話をしていたら、まずこっちを酷使して壊してから相談して、と夫には言われた。
 はーい。しばらく愛用しよう。

ひとりでいられる

今日のあたりまえポエム↓

 花粉症だからとしばらく家の中に引きこもっていたのだけれど、なんとなく気分が落ちてくるので、マスクをして、久しぶりに散歩に行った。

 前の日が雨だったからか、花粉は少な目で、気温は16度ぐらい。歩いていれば、手足が冷えてきてつらいほどではなく、春めいた空気が感じられる。

 鳥も一番寒かった時期より増えている感じがするし、冬枯れのススキぐらいしかなかった河原に、新しい緑の芽や、柔らかそうな若葉が見える。

 春に向けて、新しい季節への期待がどこかから立ちのぼっている気がする。だからだろうか、一人でいても、自分が何かの一部分なのだ、という気がしてくる。

 誰かが一緒にいてくれないだろうか、という気分がするときがある。自分が孤独なのだという気がするときが。親しくつきあう人が、みんな遠くにいるような、近くにいる人とはそれほど仲良くやっていないような気がしてくるときがある。

 でも今日みたいに、たった一人で、周りにだれも見えないようなところを歩いていても大丈夫なときもある。結局、気分の問題、ってことなんだよねえ…。

 田舎に住んでいた私はずっと小さいときだって、一人でこうして河原を歩いていたのだ。誰にも気にされず、ススキや、ハコベや、つくしを見ながら歩いていた。自分も、鳥や、風や、花や…そんなものの一つなのだと感じながら。

 あのつながりが、なんだったのかは、今はもう、わからないけれど、当時は全然寂しいとも思っていなかった。
 その気持ちが一瞬、ふんわりと戻ってきたような、春の散歩日和だった。

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    まこ

    Author:まこ
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