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毎日更新!LuckyDuckyDiary

いらっしゃいませ。毎朝6時には更新します。さっくり読んでいってください。コメントくださった方はリンクさせてください、相互リンク歓迎、リンクがダメな方は連絡お願いします。

膀胱炎…未満

 だんだん寒くなってきた。このあたりの季節の変わり目に大体夫も私も風邪気味になるのは毎年のこと。今年はコロナのこともあるから、特に気を付けているつもりだったのにやっぱり夫は2日ぐらい前から鼻水が出ると言っていた。「来たね」「来た」ぐらいのノリだが、なるべく早く治るように一枚余計に着るやら、ビールはやめてあったかい飲み物を出すやら、いろいろと気を遣う。

 この時期私が気を付けなくてはならないのは、尾籠な話だが、「ぢ」。血行が悪くなるとかかりやすくなる。大体おなかに子宮筋腫があって、年中妊娠5か月ぐらいの状態だと言われている。つまり圧迫されているので下半身の血行が基本悪いわけで。これを避けるためには、運動と腰に貼る使い捨てカイロが欠かせない。

 そんな今日この頃、トイレに行ったあとに違和感がある。
 んっ。このぎゅっとした違和感は…。ボーコーエンだ。でーたー。
 これは体調が下がってくるとなることが多い。つまり体力免疫力が下がると出る。ただでさえ膀胱が筋腫で圧迫されてトイレが近いというのに、それ以上に近くなるのですぐわかる。

 解決方法は簡単で、産婦人科へいって抗生物質をもらうことなんだけどね…。でも今回はまだ、気配ぐらいしかない。ってことは、家で何とか対処できるかも!というわけで、あったかい紅茶をたっぷり作成。ひとつはマグカップに入れてすぐ飲む。もう一つは出来立てでステンレスボトルに入れる。もう一個はちょっとだけ冷ましてもう1本のステンレスボトルに。

 腰にカイロ装着して、あとはなるべく紅茶を飲みながら過ごす。もちろんトイレにもいく。寒くなってきてから、飲み物を飲む頻度が激減しているから、意識して飲めば違うはず。

 夕方からは麦茶のあったかいのにして、ウォーキングとご飯を作る時間以外は割とのんびりお茶を飲みながら過ごした1日。
 膀胱炎の気配が薄くなっているのがわかる。

 念のため、次の日も同じように過ごしたら、全く平気になった。よし、オッケー。病院に行かずに済んだ。
 最近ちょっと夜更かしして本を読むことが増えたからなあ…。弁当を作るために起きる時間は一定だから、睡眠時間現象がある程度体調に影響するんだろう。夜にはもうちょっと早く寝よう。

 そんなことを思いながら、夜寝る前にベッドに置いてある本の貸し出し期限が明日だということがわかった。
 ああっ。これだめじゃん!大急ぎで流し読み。
 結局読み終わったら12時過ぎで、朝が6時起きのギリギリ。

 やっぱり睡眠時間6時間は短いんだろうな。次にあの違和感が来るのもいやだし、図書館の本は期限切れになりそうだったら潔く返してまた借りることにしたほうがいいかもしれない。

マウスを新調(?)

 マウスの動きが悪くて、タッチパッドを使っていたのだけれど、やっぱりマウスのほうが使っていた年月が長い分、ちょっと不便な感じが抜けない。新しいのを買うとしたら、どんなマウスがいいかな…と思って、その話を夫にしていたら、決めるまでこれ使う?と有線のマウスを貸してくれた。MacBookAirはUSBが2つしかない。1つはCDドライブとかUSBメモリとか、キンドルをつなぐとか…という用途に使いたいのであけておきたいからと思ってブルートゥースのマウスを使っていたのだけれど、有線マウスを使うと、これが快適!

 細かい動きが出来るし、反応が早い。夫にこれ、なんか高いやつ?と聞いても、別にそういう高級品とかではなくて、パソコンを昔買った時のおまけだったのだとか。

 うーむ…おまけ程度でこの差。まあ、前のマウスは動きがとても悪いのが体感できる状態だったというのもあるのだろうが、全くストレスのないその動きに、もうこれでいいんじゃないだろうか…という気がしてくる。
 安いしな…。っていうか、このマウスもらっちゃっていい?
 聞いたらOKだということだったので使わせてもらうことにした。ちなみに家にこのマウスが置いてある理由は、私が体験したように壊れたときの非常時用だということだった。1つぐらいは置いておくことにしてるんだって。技術が枯れている分、壊れにくいらしい。なるほどね。

 USBが足りない問題は、出たときに対処するしかない。今のところは一番使いやすい右側のUSBはあけておいて、左側の電源の横のUSBにマウスをさして、PCの画面の後ろにケーブルを回して右側にマウスを置くことにした。ケーブルが長くてよかった。

 PCの後ろ側とかにもう2つぐらいはUSBがあるタイプが多いのになあ。どうしてたった2つなのか。あと2つもあれば1つぐらいマウスのためにつぶしてもいいのに…。ないものを嘆いてもしょうがないけど。

楽譜の補修

 ピアノの楽譜の、やっすいやつをアメリカで買って使っていたのだが、さすがアメリカ…というべきか、冊子の作りがよくない。紙がこすれてモロモロした感じになってきた表紙。背表紙はすこしずつやぶれ、無線とじだからなのだろう、外れたページが出ているし、紙が劣化して、次のページに急いでめくるためにちょっと折って手でつまんでいた部分がちぎれそうだ。

 しょうがないので、この間本を補修する本で読んだようにして補修してみた。お小遣いで「図書館用製本のり」という糊をゲット。瓶入りの糊は、とろとろした木工用ボンド…というようなテクスチャの糊で、無線綴じの本の背中をまとめ直すのにいいらしい。

 表紙ははがして、ページをそろえ直してクリップで挟んで固定してから、この製本糊を刷毛で塗って、上から薄い布を貼り、本の背中を固め直す。

 表紙はきれいに切って裏に画用紙を貼る。
 
 一晩経って、本の背中が固まったら、各ページを修復。大体傷んでいるのはページの隅で、印刷があるところではなかったので、薄い和紙をちぎれた場所に貼って、ページのサイズぴったりにカッターで切り落とす。

 表紙で本文を挟んで、本当だったら見返しで本文と表紙をくっつける…ということになっているのだけれど、面倒になってきて、製本用のテープ(布のガムテープそっくりのテープで、白とか黒とか赤とかがホームセンターにあった)で表紙と本文をまとめてくっつけて終了。

 毎日使っている楽譜で、ピアノレッスンにもっていったら、先生に、すごくいいと絶賛された。
 先生の譜面にも、ものすごくボロボロのがあるのだが、レッスンしたときの注意書きがあるので、そっちが使いたいから、新しい本はあるのだけれど、どうしても古いほうを見てしまって、ぼろさに拍車がかかっているというので、見せてもらった。

 満身創痍で、ものすごかった。
 ページの角が半分ぐらいはだめになっていたし、すっぱりちぎれて欠片も残っていないとか、めくる時に勢い余って上の方が破れたような箇所もあったし、どうなったのかページの真ん中の方に謎の破れがあったりして、おまけにページが1枚と言わず、何枚も外れて落ちてくる始末。これはまた派手というか、なんというか…。

 書き写すのが面倒でやっていないのだという先生が、宿題をちゃんとやっていないのを言い訳する小学生みたいに見えたのがちょっとかわいかった。

 まあ、こういうことは練習しようと思っていたし、家の本にここまでになった本もないから、やってあげましょうか、と提案したら喜ばれた。

 本当は糸でつづった上製本のようだったが、無線綴じにしちゃっていいというので、まず背中側からきれいにそろえて、製本糊で背固め。
 四つ切の画用紙を2つ折りにして見返しを作成、表紙もかなりひどい状態だったので裏からきれいに貼る。

 そのあと、破れに薄い和紙をテープのようにでんぷん糊で貼り、ページの角の欠けた部分を補って作成。
 
 やってみると、薄い和紙をしわにならないように貼るのは意外と難航するし、はぎ目のところが薄くなるようになんていうと難易度が上がる。

 私は子どもだったころ、やまと糊についているヘラは使っていなかった。なくしたことも多かったように思う。何のためにこんな面倒なものがついているんだろう…と思っていたぐらいのことだった。糊は指でぺたぺたとつけていた。
 それが、今、付属のプラスチックのヘラが使いやすい!なにこれ!薄く延ばすのにすごく便利!余計な糊がついていないことというのはきれいに貼るのに重要なことだというのがわかってくる。

 もうちょっとヘラの柄が長くてもいいかなとは思うけれど、こんなに便利なのに、子どもの頃の私はどうして要らないと思っていたのか、ちょっと問い詰めたいぐらいだ。スポンジ付きのとか、スティックのりを使わないのなら、絶対このヘラは必要だと思う。

 ページの真ん中の破れ目はちょっと細かい作業だったが、あとは慣れてくるとどんどん進んだ。

 もう一晩で、でんぷん糊を乾かし、そのあとカッティングボードと、カッターナイフでページの大きさを切りそろえて終了。
 
 持って行ったらとても喜ばれて、お菓子なんかもらってしまった。
ちょっとぱりぱりして、本が厚めになってしまったけれど、ページが外れてこないし、めくりやすいので、すごく使いやすくなったらしい。

 本当にこんなこと出来るのねえ…本を補修するなんて、考えたことがなかったから、と何度も感心された。
 まあねえ…。古い本で、絶版だとか、その個体がどうしてもいいとか、そういうこだわりがあるのならこうするしかないわけだから。「まこさんて、本当に本が好きなのねえ」だって。

 そうなのかもしれないな。ちょっと補修作業に慣れただろうし、 家にあるカバーがビリビリの文庫本を補修するのがちょっと楽しみになってきた。

小さいミカン

 

みかんがおいしくなってきた。小さい、それこそ鏡餅の上にのっている橙よりも、ちょっと大きいぐらいのがたくさん入った袋を買ってくるのが私の楽しみだ。

 もちろん上等=値段が高いものは大きくて立派だけれど、なんとなくこの小さいのがいい。
 お行儀悪く食べるとしたら一口でほおばれるぐらいのがベスト。見かけが悪いものは特に安い。そういう傷があっても中身にまでは問題がないものばかりなので、そういうのばっかり買ってくる。

 みかんは、すっぱいのがいい。甘くて酸っぱくて、味が濃いのがいい。その次にかなりすっぱくて甘くないのもまあいい。
 甘いだけで酸味が少ないミカンは、人によっては好まれるだろうが(大きいのに多い)、私は嫌いだ。大体そういうのにあたったときは、お皿に載せて夫に出してしまう。夫は酸味に敏感で、酸っぱいものが苦手だから喜ばれる。

 そして一番始末に困るのが、酸っぱくもなし、甘くもないという味が薄いもの。とはいえ、こういうのは昨今見かけなくなった気がする。私が子どもの頃は時々そういうのにあたることがあった。祖母の家で、お正月用に届けられた特大で、皮のぶわぶわしたみかんにそういうのが多かった。
 みかんの中身と、外側の皮がぴったり張り付いていないタイプのもので、むきやすかったのだが、そういうのにあたる確率が高かったので自分の家で食べている安くて小さくて、酸っぱいミカンのほうが好みだった私はすっかり大きいミカンに愛想をつかしたというわけだ。

 そんなわけで、夫には「一番安いのを狙わなくてもいいんだよ」と言われながら、今日も買ってくる奴は一番小さいタイプ。
 皮が身にぴったりくっついていて、皮をひとつながりにむくのが難しいけど、多分私はずっとこういうのを買い続けるだろう。

 ひんやりと口の中にはじける果汁は甘酸っぱく、今からしばらくはチョコレートだとかおせんべいよりもこっちがよくなる。
 こたつ、買おうかなあ。定番でこう思うのはやはり「こたつとみかん」という組み合わせが頭に浮かぶから。

 ほかの人はどんな基準でみかんを選ぶんだろうなあ。私は知らないけど「大きくておいしいミカン」の選び方とかはあるんだろうか。それとも今の時代、ミカンはどのサイズでも味が濃くておいしいのか。甘すぎるみかんに当たらないコツがあるとかさ。酸っぱいミカンが好きなので、このあたりは多分常識じゃないんだろうし。

 午前中なのにもう今日のみかんカウントは3つ。この分だとまたすぐ買いに行かないと。


 

岡村靖幸さんの曲

 息子が大音量でリビングのスピーカーから流している音楽が、鼻につく。ボーカロイドの曲というのは、あんまり同じ曲を何度も流されるとちょっと疲れてくる気がする。それと、パロディだかなんだかのふざけた曲もだ。なんだよ、その歌詞!繰り返しが多すぎだから!ついでにちょっと下品だ、というものもある。本当にどこでそんなの拾ってくるんだよ…。

 とはいえ、私がBGMチックなものをかけているとすぐ、息子が音楽を変更してしまう。私が気分よく聴けて、なおかつ息子が「こんな古いのダメだ」と思わないぐらいとなるとどれだろう。
 息子の好みはイマイチはっきりしなくて、アカペラの男性4人ぐらいので歌うタイプのは意外といけるのはわかっているけれども、最近新しいのを手に入れていない。久しぶりにCDを保管しているファイルを開けてみた。

 岡村靖幸さんのCDが数枚入っているのが目についた。あ、この人最近どうしてるんだろう?
 最後にチェックしたのは多分、2003年から2005年ぐらいだと思う。

 スマホの音楽サービスから、聞けるかな…と思って検索したら、Spotifyのサービスに多分全アルバム分、ある感じだ。(私の持っているCDは全部あった)ランダムでガンガン再生した。

 歌はうまいし、曲は本人のオリジナル。まあ、この人が好きではない人に言わせると、歌詞が聞き取りにくいらしいが、それもまたよし…。気分良く家事をしていると息子が帰ってきた。

 数曲聞いて、「おかーさん、この人誰」と聞かれた。自分がプレイリストに入れているアーティストじゃないのはわかったのだろう。これは岡村靖幸さんというアーティストで、おかーさんが中高生のころから好きで、最初買った時はカセットテープだったアルバムの1曲だ、と説明したらびっくりしていた。
 正確に言うとその時流れていた曲は32年前の曲だった。

 えー…。と絶句する息子。
 もう2曲ぐらい聞いて、「歌がうまいなあ。こんな声どうやって出すの?」と。ファルセットは、出し方にコツがあるからねえ…。
 この人の曲はカラオケで歌おうと思うとかなりの技巧がいるだろうなあ。友達でこういう歌を歌えそうな人となると、2、3人か。それも多分練習したい、と言われるだろう。まず私はチャレンジしようとすら思い浮かばない難易度。

 別に私の手柄じゃあないんだけど、ふふふ。いいだろうー。かっこいいだろー!いいんだよ、ほんと。と自慢しておいた。
 英語もうまいね…と息子が突っ込んでいた。まあね…。前に同じぐらいの頃に活躍していたアーティストの曲を聞かせたら、英語の発音がひどいのにびっくりしてたからな…。この人はちょっと例外的にすごいから。

 ふたりでwikipediaを見たら、高校生の時からベースを弾くアルバイトをして、作った曲を持ち込みにして曲が売れ、コーラスで参加していたアーティストさんの収録でダンスを見初められてデビュー、みたいな経緯が書いてあった。
 「おかーさん、この人は『主人公』だよ、小説の」

 あー。確かに。音楽が好きで、高校を中退して自作の曲を売って、その曲がきっかけで歌って踊れるアーティストになってシングル出してデビュー。小説の主人公にそんなのがたしかにありそうだ。それに、当時はYouTubeなんかない。PVさえ稼げれば猫も杓子も曲が披露できるというような時代ではないからねえ。耳の肥えた専門家の審査を突破しないと歌手になんかなれなかったんだから、うまくて当然と言えば当然。すごい才能あるんだと思う。
 息子は特にラップっぽくなってるのが好きっぽかった。なるほどねえ。それでも20年前とかだから…なんていうか、古びないよね。

知らないアルバムもあったし、しばらく聞こう。音楽の好みって遺伝するっていうけど、どうなんだろう。

授業参観

 子どもの学校の授業参観と、学年懇談、クラス懇談、個人懇談。
 今年はコロナでやらないのかと思っていた。毎年なら2度だか3度だかある懇親会も全部中止だと聞いていたし、運動会は中止、文化祭は学生だけで保護者は呼ばずに行い、キリスト教系の学校なのだけれど礼拝も放送に切り替えだし、つまり各種行事は全部ないも同然だったので、まあ、授業参観なんかなくなっても当然と言えば当然といえた。

…と思っていたら、やることになったと連絡が入ったのが先月。個人懇談は希望者だけだが、私のところは希望することにして、学校まで出かけることになった。

 息子の通学時間は長い。かなり遠い学校なので、息子が行きたいと言い出した時は遠いからやめておいたら?と言ったぐらいの学校だが、本人が絶対そこがいいというので、通う本人の希望を通した形になった。
 私が行ったら、遠いのなんのって。そして駅から結構坂道。山奥とまではいわないが、息子によると、時々虫が入ってくるとか。

 学校に着いたら、熱を測って名札をつけ、学校内へ。
 教室の場所がわからず往生する。

 さすが私立。吹き抜けとか、ホールとか、オープンテラスとか、礼拝堂とか、謎の小部屋とか、構造が複雑!
 例えばこないだまで通っていた息子の小学校なんか、単純だった。東校舎と西校舎があって、それが全階で渡り廊下でつながっているという形になっていただけ。

 私が昔通っていた高校はコの字に近い形だった。3階しかない校舎と4階まである校舎があったが、つながっているところははっきりと「廊下」としての機能しかないことがわかる作りで、見ただけでどの階もこうなっているのだろうと推察できるような造りだった。

 それが息子の学校は、もう…いけそうでも半地下の階はつながっていない(1つ階段を上がればつながっている)とか、2、3階がぶち抜きになっていて、1階はラウンジみたいになっていて、横切れるけど3階はつまりそこは空中なので通れなかったりして、大回りしないとだめとか、ややこしいったらない。
 特別教室は高校生と共有なので、入学式の時には入ったこともない棟まで行かなくてはならなかったのも敗因か…。方向音痴の本領発揮で、どうしようかと思った。

 授業参観のあとの学年懇談はホールで、と書いてあるけど、ホールが2つ…?結局人に聞きながら行くしかなかった。2つのホールは見取り図上では両方「ホール」だけれども、一つは高校が使っているホールで、中学校で「ホール」といったらこっちなんだとか、わかるわけないからー!

 そのあと、息子のホームルームまで戻って、クラス懇談。35人のクラスで、20人ぐらいは参加があった。これは中学の懇談会にしては多い参加じゃないだろうか。クラスの現状は特に問題なさそうで、みんな楽しくやっているらしい。
 文化祭の時のクラス写真などを見せてもらい、15分ほどで解散。

 そのあと、個人懇談。ひとり10分ぐらいということだったのだけれど、私の順番は8番。

つまり70分待ち。しょうがないから、廊下で同じように待っている人としゃべりながら待つ。
 すでに4時半。話を聞くと、2県ぐらいまたいで通っている人が案外多い。この学校は進学校ではなく、「特色ある学校」なので、どうしてもここがいいという人がいるからか、すごく長いと思っていた息子の通学時間もちょっと長いかな?ぐらいなのだということがわかった。学校がまた、田舎の山の上にあるからなんだろうけど、つまり都会とか、中規模都市の便利なあたりに住んでいると、「全員遠い」になってしまうということらしい。

 行先だけは見たことがある電車でまず終点まで行き、それから路線を乗り換えてさらに10分。お弁当は朝4時半に起きて作っているとか聞くと5時半すぎで文句言っている場合じゃないな。
 
 そして懇談が長引くことったら!こんな長い10分、初めて見た、というぐらい。
 そりゃね…みんな1時間半とかかけて、ここまでもう一回来たくないよね?そして学校…特に私立の学校というところは、いろいろなことをなるべく学校内で済ませるところであって、よっぽど問題がない限り家には電話がかかってこない。学校での様子を先生から聞き出そうと思ったら、こうやって個人懇談をやるしかないわけだ。子供たちも、もう素直にべらべらしゃべってくれる年齢でもないしね。

 わかる、わかるんだけど…。
 1番、2番、3番…と進んでいくけどどの人も時間が10分より大幅超過。
 特に先生も切り上げ具合がうまくないらしく、隣のクラスの8番めの人が入っていった時、うちはまだ5番の人がしゃべっているぐらい。

 7番目の人が入った時にはもう真っ暗だし、教室の窓から漏れる明かりだけで廊下の照明はオフ。だんだん寒くなってくる。
 腰にカイロを念のため貼ってきた私、グッジョブ…と思いながら待つ。

 やっと自分の番が回ってきて、先生に大まかな話を聞き、まあちょっと授業態度がだらだらしていることを除けば、クラスメイトとも仲良くやっているらしいという話で、こないだあまりにも態度が悪いので呼びつけられて個別指導をくらってからは(初耳)、先生の気配を感じるとちょっと取り繕うぐらいにはなっているそう。

 ただ、態度が悪い割には、テストの成績は結構いい点数をたたき出すので、実力はそれなりにある、という評価だった。まあね…家で夫がうるさく見ているからね。点数がいいのは息子のというより、夫の功績だろう。
 家で勉強を見ているというのはばらしておいた。

 懇談が終わったらもう7時のほうが近いぐらい。校舎から出るのに、「そこを左に曲がって、階段を下りてください」と言われて、階段を下りたら、行きたい方角がいきなり締め切り。もしや…と思って、階段を2階分おりたのをもう1階上がってからみたら、廊下がちょうど、玄関ホールの2階に着くように伸びていた。

 真っ暗で非常灯しかついていない校舎の中を歩くって怖いね!よかった、すぐ出口が見つかって。
 学校から駅までがまた、田舎で建物が少ない。うすら寂しい道なんだよねえ…。多分下校時刻にみんなでぞろぞろ通ればなんでもないんだろうけど。

 朝早くに夕飯は作って冷蔵庫にいれてあったので、連絡して夫と息子には先に食べてもらって、片付けもある程度してくれるというので頼んで、私は乗換駅でうどんを食べて、家についたら8時。お風呂に入って、やれやれ…となった。片づけの残りをやって、落ち着いたら、もう次の日のお弁当の準備をして、就寝。

 昨今コロナで全然でかけていなかったので、これもお出かけと言えばお出かけだろうか。
 ええ、心行くまで外出したといえばした。もうしばらくいいや。
 来年は一度に全部はやらなくていい。2度ぐらいにわかれているといいんだけどねえ…。

 ちゃんと行ったぞ、ということでブログで記録に残しておく。
 

高慢と偏見

高慢と偏見、ずいぶん昔に読み始めて挫折していたのを、ついに読了。最近文通している人の愛読書だという話で、その話題になったので、これを機会にちゃんと読もう…と思って、図書館で借りてきて読んだ。

 俗物な母親と、おっとり長女、しっかりものの次女、きゃぴきゃぴの五女、五女の影ともいうべき四女。そして事なかれ主義のお父さんがいい味出していて、面白かった。なんていうか、連続ドラマになりそうな本。大して大事件が起こるでもないのだが、それをこういうドラマにして、ついでに5人のうち、3人が関係者と結婚するという、当時家からあまり出なかった、そして兄弟姉妹が多かった時代に、家に一冊あれば、さぞかしみんなに人気があって、いつかこんな話がうちにも…と思った娘さんたちも多かっただろうなあ、という本だった。

 前段落で三女について、私が書かなかったのに気づいた人があっただろうか。
 三女は、ものすごく目立たないんだよね…。なんていうかもう最初から勝負にも乗れていない。理由は見かけが悪いから。もうそれだけで二軍以下の扱い。これはなかなかにつらい感じだった。そういう時代だったとはいえ、三女に自分の身をなぞらえた人もいたかと思うと、悲しくなるような扱いだった。

 そして女の子「でも」自分の意見や仕事があるのが当然という育てられ方をした現代の時代の女性には共感できるのは多分、次女のエリザベスだけだと思う。女性は不動産を持てない時代で、財産は親がよこす相続財産のみ。自分にその相続財産がいくらという値札が付いている。それ以上のものが手に入れたければ、結婚相手にその値札が高い人か、財産が相続できる嗣子を選ぶ(か選んでもらう)しかないというのが、もうね…。

 せちがらいなあ。と思いながら読んだ。

 図書館で借りた名作全集の中の1冊だったのだけれど、興ざめだったのが、前に読んだ人がここは誤訳だと思ったところに鉛筆でそれを書き込んでいたところ。図書館の本に落書きをするな!!
 意味が通らないほどの誤訳じゃない。おめでたいことの時は「おすそ分け」ではなく「お福分け」という言い方をする人があるのは知っているけれど、わざわざプロの翻訳家の訳を直すほどのこと?自分の本でもないのに、それも図書館の本に。
「図書館の本は大事にしましょう」のほうが基本だと思う。間違えているのはどっちなんだか、ほんとに。
 本当に直したいなら、自分で本を買って、好きなだけ書き込めばいいのだ。図書館の本にやってはいけない。

 幸い、インクで書き込みを入れるほど非常識ではなかったとみえ、鉛筆の書き込みだったので、消しておいた。

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    まこ

    Author:まこ
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