LuckyDuckyDiary

いらっしゃいませ。毎朝6時には更新します。さっくり読んでいってください。コメントくださった方はリンクさせてください、相互リンク歓迎、リンクがダメな方は連絡お願いします。

アーサー王と騎士の物語

とりあえず、子供向けの【アーサー王と騎士たちの本】を読んでみた。
 物語は、大体「ポプラ社文庫」か、「青い鳥文庫」ぐらいの難易度だと思う。短いお話がいくつかあって、それぞれに、例えば、「グウェイン卿と緑の騎士の巻」みたいに題名がついている。

 なるほど、確かに子供向け、大人向けの本ではランスロットとグウィネヴィア王妃は確か不倫関係にあったはずだけれど、プラトニックな愛を誓いあって秘密にしているだけ…という風になっていたりして、こういうのは底本から、ヴィクトリア時代に、清教徒的価値観がもてはやされ、健全レート寄りになっていったということみたい。

 あと、緑の騎士は、多分、マーベルのグリーン・マンの元ネタかもな、とか、ランスロットは、銀と赤の鎧と盾、馬は、いつも白だった、とか書いてあるのを見れば、なるほど「白馬の王子」という絵にかいたような王子様というのは、つまりこのあたりからきているっぽいんだな…とか、思いながら読んだ。

 アーサー王自身の話はあんまり出なくて、脇役ぐらいの扱い。アーサー王の騎士たち、という題名の本だからそうなっているらしく、アーサーの生い立ちからを読みたければ、「アーサー王の死」を底本にしたものを読まないとだめみたい。

 しかし、なんていうかこの物語集、民話とか伝説とかを集めたりしたものがもとになっているらしく、なんていうか退屈…。もっとわくわくするような冒険物語に慣れた身には、「どうしてそうなるのよーーー」というのが多い。

 だって、両想いになったきれいなお姫様、おじさんである王様に話を聞かせたら、「お妃にしたい」といわれ、「このクエストが出来た人は、お姫様をお嫁さんにあげます」というのに挑戦して、苦労してクエストやって、お姫様が、喜んでいるというのに、「おじさんの王様のお妃になってほしい」とかってそれどうなの…。自分も相手と両思いだとわかってるのによ?

 それで結局恋い焦がれて、他の人をお嫁さんにもらっても忘れられなくて、死にかけている時に、会いに来てくれないよ、とやきもち焼いた奥さんに言われて、ショックで死んじゃうんだよ?ったく。面倒くさいな、そんなに好きなら、おじさんに、クエストが終わったとき、結婚します、と言っちゃえばよかったのにねえ。奥さんも不幸だよな…。誰も幸せにならないじゃないのよー。

 …とか考えながら読んでるものだから、あんまり楽しくない。これ、騎士道とか、その当時の当たり前の考え方とかがわからないと、悲劇とかがわかりにくいのだと思う。時代が違うってこういうことなんだねえ。まあ千年とか違うんだから、無理もない。

 全部読み切れるかな、これ…今、半分ぐらい。
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…年来の友達

今日は、なんだか誰かとおしゃべりがしたかった。

こういう時、日本にいたら、私は誰かを誘って、お茶なんか飲むことになる。ランチかもしれないけど、まあ軽い話題と、趣味の話。でも、今は話しかけるのは夫だけ…。これが、こうなんていうのかな…。女同士のおしゃべりと、どうもこう、反応が違う。

 普段は平気なんだけど、今日はなんだか、寂しかった。

時差があるから、と思うと、あんまり子持ちの友人は微妙か…。
独身の友達にメッセージぐらいなら…と思って、ちょっと、SNSにメッセージを入れたら、リアルタイムで返事が返ってくる。あれれ?今日、仕事は?

 友達は珍しく今日、仕事が休みだったとのことで、私に付き合ってくれた。彼女が習っているダンスの靴の話とか、服のサイズの話とか、最近会った人の話(共通の知り合いではない人だけど)、とか、最近作ったものの話とか…。軽いおしゃべりで、大変気分が良くなった。久しぶりだな、彼女と話すの…。

 いつぶり?となったけど、ふたりで2時間もしゃべっちゃったあとで、「ええと…前に連絡とったのは私が渡米の連絡をした時ではないか…」という話になった。1年近く話していなくても、まるで先週会ったみたいなノリ。

 付き合い、長いもんね…。という話になった。

 二人で、ええっと…と考えてから、「ねえ、会ってから、丸30年、たってない?」「………ほんとだ…30年だ」と笑いあった。

「私が中学校の時ね、『この子と幼稚園から10年来の友達なんだ』とかっていう子がいてね、私はそういう友達がいなかったから、高校に入ってからは、そういう友達を作って、社会人になって何年かたったら、「10年来の友達なんだー」って言える友達を作ろうと思ったこと、覚えてるわ」

「私も、中学の時はそんな友達、いなかったよー。でも…もう30年なんだねえ」

「何でも話せるし、誤解される心配もないし」

と言われて、とてもうれしかった。そうだね…それは私も。何の心配もない。

数は少ないけど…。でも、そんなに人数要らないから、こういう人がいるのは、うれしいことだ。

さびしい、なんて愚痴ったわけじゃない。でも、彼女は多分、私が話し相手がほしかったことを知っている。
相談でも、深刻な話でもなく、ただ…「なんでもないおしゃべり」がしたかったってこと。

これはやっぱり、夫には、わかってもらうわけには、いかないんだなあ…。夫のことは大好きなんだけど。

都合があったら、今年中に一回は会おうね、と約束した。忙しい彼女のこと、これより具体的に休みの予定はなかなか立たないんだろうな。いいんだ…。彼女が自分がやりがいのある仕事をやって、幸せなことはわかっている。お互い、何かあったら、またこうやってSNSで連絡すればいいのだ。居住地がお互い、すっごーーーく遠いから、きっと彼女は出張先が、私の家とある程度近くだ、となったら連絡をくれる。「この日、どこそこで会わない?」と。そしたら、また、おしゃべりに行こうと思う。
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今日のどうぶつの森
3月に入って、ぐっと春らしくなった村。ちょうちょが飛んでくるようになって、お雛様販売…と思ったら、「明日はお店が改装でお休みだ」と言われてしまう。お雛様じゃなくて、ぼんぼりしか売ってなかったし…。1日から3日までの3日しかないのに、1日お休みで、今日ははずれだったら、もしかして今年はお雛様、買えないかもしれない。残念。

 amiiboカード、日本では買えるかどうかわからない感じなので、とりあえずアメリカで買ってみた。バンタムが呼びたいので、シリーズ3ばっかり買っているけど、結構かぶるし、バンタムは来ないし…。ちぇ。1パック6枚、SP1枚で、6ドル。クリスマスのころは7ドルしたから、ちょっと下がったと思うけど、やっぱり昔のカードeより高いなあ。チップ埋めてあるみたいだし、しょうがないんだろうけど。

パンナコッタ

甘くて、やわらかくて、冷たくて・・・・そして技術のいらないデザートが食べたい。

この場合、日本だとコンビニへ走っていけばいい。チーズケーキ、シュークリーム、ロールケーキ…クリームとイチゴが入ったなんとか、とか、モンブランどうとか、とか、あんみつや、わらびもち、プリンなんかもう、何種類あることか、というぐらい手に入る。

自分で作らなくても、大丈夫。

だけど、アメリカだと、そういうものはあまり売られて…いや、いるんだよ、冷凍チーズケーキとかもある。でも、甘いんだな…。パフパフしたケーキに、やわらかそうなクリームが入ったお菓子も、箱入りで売っているけど、これがまた、甘い。マフィンも、カップケーキも、どれもこれも。

 アイスクリームは大概大丈夫で、ゼリーは味によってはいけるというのは今までもこのブログに書いた。

 ゼリーを作りながら、そういやあ、こういう感じのデザートで、ブラマンジェっつのがあったな…。イチゴでも添えたらおいしいかな…と思って検索したら、代わりに、「パンナコッタ」が出た。違いはなんじゃ、と思ったら、香りづけの違いは無視するとすれば、牛乳を固めたのが、ブラマンジェ、生クリームを固めたのがパンナコッタ…みたいだということがわかった。

 アメリカの乳製品は、日本に比べると安い。近所のスーパーの生クリームのパックはなんと、1パイント、つまり大体500mlで、1.5ドルぐらい。高いのは3ドルぐらいで結構乳脂肪分が多い。日本だと398円クラスで量は200mlぐらいだろうか。

 本格イタリアンの作り方は、「煮詰める」のだそうだが、レシピに乗っているのはゼラチンで固めるのばっかり。
 材料は牛乳250mlと、生クリーム250ml、砂糖50g、ゼラチン5g。
分量外の水でふやかしたゼラチンを、温めた砂糖入り牛乳にとかして、そこへ冷たいままの生クリームを入れて混ぜて冷やせばOK。大丈夫、もうゼリーは最近さんざん作ったから、これは失敗しない。

 技術が要らなくて、甘くて、冷たくて、濃厚で、おいしかった。
 アメリカの酸っぱすぎるイチゴに、くずしてのせたら、とてもいい感じだった。日本だと、生クリーム高いな、とか思って作らない感じがするから、日本帰るまでにもう一回作ろう。

 夫、息子にも好評だった。

おひなさまの思い出

色々ブログで、おひなさまを見かける今日。
ひな祭りなんだねえ。

アメリカでは、イースターのグッズが売られていて、ウサギ&ヒヨコ祭り(このあたりに関してはまた書きます)だけれど、日本だと、きっとスーパーには赤を基調にした飾りと、ひなあられと、、それから、おひなさまグッズが発売になっているんだろうな。

私は、「次女」なので、私のおひなさまはなかった。まあ、これは今はどうするのかしらないけれど、昭和の時代には、別に、次女、三女ならめずらしいことではなかった。
おひなさまがほしかったのだけれど、まあ、あれが場所をとること、それから高いことは子供の目にも明らか、折り紙で折って、こっちは私の…なんて思っていたものだった。

 今、実家には姉のおひなさまがそのまんま、とってあるらしい。正直、子供の時はあったらうれしいものだが、フルサイズ7段飾りというのは、やっぱりあちこち引っ越しするのには不便だし、どこにおいても場所をとるなあ…かといってなんとなく捨てられない。大人になったら案外、邪魔なものなんだな、と思う。

時々、「いらない?おいてあるのよ」「いらないから、始末していい」とやり取りしているらしい。
 そう…もともとなければ、邪魔にもならない。

 これで終わればいいのだけれども、私はやっぱり、どこかに子供のころのほしい気持ちが残っているんだな…。

去年は、箱入りのチロルチョコレートで、ひな壇になっていて、チョコレートを飾るとかわいいおひなさまになるのを、つい買ってしまった。大丈夫…これはひなまつり終わったら、食べたらなくなるもんね!…と思ったら、夫がひな祭りが来る前に食べてしまって、「なんでよぅうう!」となった。
「来年、買ってあげるから、ね?」と言ってもらったけど、よく考えたら今年はアメリカだったなあ。残念。来年買ってもらおう。

 社会人になって、ひとり暮らしを始めたとき、京都へ出かけて、ミニチュアの、それこそ、3段飾りで底面積が10センチ角ぐらいの、箱のふたをあければ飾れる…というおひなさまを、買ったこともあった。アメリカに住むときにも、実は持って行ったのだが、アメリカのお友達にあげてきてしまった。喜ばれた。

実は、自分の部屋の戸棚にしまってあるのは、キティちゃんの食玩のお雛様。持ってくるのをすっかり忘れたけれど、これは入っている箱が、おひなさまの壇になるというすぐれもの、桜と橘、ぼんぼりとお餅がついている。飾りたかったなあ…。
 
 何年か前に、本物のおひなさまがをうんと小さくしたようなのと、このキティちゃんが食玩売り場にあって、どうしようか迷ってから、キティちゃんを買ってきた。ミニチュアというのは、なんでも、かわいくて、いいなあ…という気分になる。
 ローズオニールのキューピーの3段飾りとか、毎年、いいなあ…って眺めている。(注:高い。大体2万円)

 私は、いつ、この「おひなさま、自分のがあったらいいなあ」を卒業できるんだろう。満足いくおひなさまを、買おうかどうしようか、それとも、もうこのキティちゃんで、いいことにしておくべきか。もちろん、7段飾りのフルサイズは、はっきり要らないんだよね。でも、3段ぐらいの、ミニチュアの、すごーーーくかわいいのがあったら…。いや、いっそ自力で作成とか?
 自分が、うっすらと、そういう気持ちをずっと持ち続けているのはわかっているのだけれど、それをはっきりと満足させる方法というのは、意外とわからない。
 キティちゃんで、何が足りないんだろう。やっぱり5段、7段ないのがダメなのか、600円とかで買っちゃったから値段がだめなのか、それともゆっくり飾り付けるというような時間が足りないのか…。

 そういえば、雑誌の付録に、昔は紙のおひなさまがついていたな…。ああいうペーパークラフトも、いいなあ…。
 どっちにしても、もう日本に私が帰るころには、シーズン終了で、どこにも売ってないだろうから、また来年。
 


消しゴム

私が初めて渡米留学した1990年代後半、通ったアメリカの大学の売店にはピンクの「ゴム」の消しゴムしかなかった。

 日本で「ゴム」の消しゴムというと私と同年代の人は多分、半分が白のゴム、半分がグレーの砂消しゴムになったものを思い浮かべるのではないだろうか。つまり、あの消しゴムの、白いほうだけだと思ってもらえるといい。あれで、わら半紙のプリントをこするとかなりの確率で破れるのだが、「ペンでも消える」というのに魅力を覚えたクラスの男子が教科書の文字を一生懸命こすって消えたかどうだか、というのをやっていたのを思い出す。当時、小学校4年生、いや、5年生か…。男子だなあ。

当時昭和の女の子たちはみんな、かわいいプラスチック消しゴムを使っていた。金太郎飴のように、赤いハートが白い外側のゴムの中に埋まったのとか、切っても切ってもキティちゃんとか、プラスチック製のケースに入っていて、キャップがついたのとか、カバーの後ろにブラシが付いたのとか…。


 話は戻って、アメリカの消しゴム、特に20年前は本当に消えにくかった。ノートはボールペンで取って、間違ったところは線を引いて消すという方法が、スタンダードという状態だったのだけれど、私はノートをボールペンで取るのが何だかいやで、結局シャーペンと消しゴム。当時、探し回ってなんとか見つけたのが、ステッドラーのプラスチック消しゴム。これは日本のと同じようにちゃんと消えた。
 画材コーナーで、大きいのを買って、切ってカバーを付け直して愛用した。

 

今、小学生の親となって、アメリカに来て思ったのだけれど、プラスチック消しゴムが、すごく増えている。
 私も夫も警戒して、トンボMONOの消しゴムをたくさん持ってきていたのだけれど、あんまり必要なかったかも?
 この画像のキャップ消しゴムは、日本のアマゾンの画像を拝借。「鉛筆につける消しゴム」と検索したら、なんとこれが出る。この「Staples」というのは、こっちでオフィス用品を売っているお店の名前に、このロゴのものがあるから、多分そのオフィス用品店のストアブランドを輸入して売っているとみた。

 この消しゴム、小学校で「絶対持ってくるもの」のリストに入っていた。鉛筆の後ろにつける消しゴム、と。多分、落としたりしないから便利なんだろうね。これも、昔はピンクのゴムで出来たのばっかりで、学校の売店にあったのを試したら、案の定それほど消えなかったので2度と買わなかったけど、今、日本のレビューを見ても「よく消えます」って。材質が、プラスチックになったんだね!

 ちなみに、今回息子に持たせたキャップ型消しゴムは「Pentel」のだった。ぺんてるはアメリカにも進出していて、シャーペンとか、ボールペン、それからこの消しゴムなんかは買える。もしアメリカのを買って、消えなかったら…と思ったので、ぺんてるは、値段的にアメリカのものの倍したけれども、よく消えそう、と思ってそうした。(色は白しかなかったが、確かにとてもよく消えた)


 バレンタインだの、クリスマスだの、ちょっとしたプレゼントをもらってくるような日に鉛筆と消しゴムをもらうこともあったけれど、消しゴムはもう、プラスチックのばっかり。

 荷物を少しずつ整理しながら、「もうゴムのなんか見ないね」と夫としみじみした。こういうのってニュースにもなったりしないけど、この20年ぐらいで、入れ替わったんだねえ、そりゃ…消え方が違うもの。
 どの分野にも、「今まで使っていたものの方がいい」という人はいると思うけど、さすがに使い心地がここまで違うと、古いのを使い続ける人って、いなくなるんだろうな。消耗品だし。(ちなみに、一番上の画像のPink Pearlは、まだ買える。メーカーも危機感があったらしく、白い「white pearl」というのを発売していて、そっちはプラ消しゴムらしい)

 前まで、留学するんだけど、何を持っていったらいい?という質問には、学生さんなら、鉛筆を使うなら、鉛筆、それからプラスチック消しゴム、細いボールペンがいいなら、ボールペンと替え芯、シャーペンの芯、と答えていたが、今なら、消しゴムはいらないな。あと、ぺんてるの芯が買えるから、0.5以上の太さのものを使うなら、持って行かなくてもいいと思う。(0.3以下はアメリカには、ないので注意)
 時は経つ、時代が変わる…。見えないところ、小さいところ、ちょっとしたもの。
ちなみに、アメリカ文化博物館には、消しゴムが展示されていて、このピンクの消しゴムに、「I don't make misteaks」とか書いたのがあって、息子は大ウケだった。

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今日のどうぶつの森
1日にはぼんぼりがお店にあった。
2日はお店が改装でお休み。
3日に、行ったら、やっぱりぼんぼり。
 うわーん。おひなさま、買えなかったーーーーー。来年だな…。
お店はホームセンターになった。これ、グレースのファッションチェックをやらないとデパートにならないらしいんだけど、3カ月ぐらいたつのに、まだ一度もグレースを見かけていない。私はおしゃれじゃないからな…。グレースはうちの村を避けているのだ、多分。

昔は、他の人に来てもらって買い物をしてもらったらそれでデパートになったのに…。(だから2村あると、一人で出来たのに)

アメリカの給食

息子が通う小学校の給食は、メインが1つ、それから「ベジタブルが2つ」というのが一応のふれこみ。

お父さん、お母さんがランチタイムに学校に行って、一緒に食べるのは「いつでも」出来るらしい。

息子が、来てほしいというので、夫がチャレンジしてみた。

メニューは、「チキンナゲット」がメインだった。

 サイドディッシュは、コーンとフライドポテトだったそうだ。
えーーー。野菜ー?そうなるのか…ちなみに、息子によると、生のニンジンスティックが選べる時もあるそうだけどもさ。
 フライドポテトは、野菜なの?いや、まあそりゃ、八百屋さんにじゃがいも売ってるよ?売ってるけど…。

 ピザに塗ってある「トマトソース」を野菜1品目に数えるという冗談が(多分冗談だと思うけど)あるアメリカのこと、こういう分け方になっているのもしょうがないかとは思うけど、1週間に2回はピザが出る給食、野菜がポテトフライでは、太る子が出るわけだよねえ。息子には、飲み物は牛乳限定にしているけれど、甘いソーダ類も買えるみたいだし。日本の給食が、バランスとかを考えたりしているのを見ていると、アメリカで健康な食生活をする大人になるというのは、とてもハードルが高くなりそう。

 アメリカの、特に古い新聞雑誌広告の本をこないだ図書館で見たのだけれど、たばこや、化粧品のほか、便秘薬の広告がやたら多かったのがなぜかわかる気がする。

 こんな食生活していれば、そりゃまあ、出ないよねえ、うん…。確か、昔、私が通っていた小学校では、献立表に材料がかいてあった。食品群が3つに分けてあって、赤(魚、肉とか)緑(野菜類)それから黄色(米とか、パンとか)に分かれていて、確かじゃがいもは「黄色」だったはず…?
 すごーく昔の記憶だから定かじゃないけど、ジャガイモは「野菜」とは数えなかったと思う。多分、トウモロコシも「穀類」と分類しているのではなかったかなあ。

アメリカの食育というものはどーなってるんだろう、ね。


名作?っぽい本

昔、まだ私が小さかったころ、家には「文学全集」というのを置いているおうちが近所や親戚には、あった。その横には百科事典もあったりして、ずらりとならんだその背表紙のかっこいいこと…。「おそろいの本」は、大概が大人の本だったが、そういうのを小学生以下の子供に読ませてくれる人もあった。

大人同士の退屈な話を、おとなしく待っていなくてはならないような「おでかけ」が、なぜあったのか、全く覚えていないが、絵だけ見る時期をすぎて、ふりがなを頼りに、わからないところはわからないまま、読みだしたのがいつだったか。
 
 大人になったら、こういうカッコいい本をずらっと本棚に並べよう…。私はそう思っていた。
 
 前に渡米したときも、本屋の、児童書コーナーに、時々やたら立派な装丁の名作がおいてあるのを見かけた。それも、1ドル100円ぐらいの時代に、800円ぐらいの安さで、ハードカバー。まあ、出版社によって装丁はバラバラだから、ずらっと並べる…という感じにはならなかったが、いかにも子供向けの日本の本の背表紙と違って、大人の本に見えるような、茶色、黒、あずき色のような渋い色の背表紙で、クロス張りだったりする。


 なんでそんなに安いのか…ということはあとでわかった。つまり「著作権切れ」の本。そういう本はつまり、印刷代と、装丁代だけで作れるから、安いのだね…。

今年、アメリカに行って見かけた本には、全集と銘打ってはいないものの、並べたときに揃っているように見える装丁の本があった。

こんな感じの表紙で、表紙に金や、銀で箔押しがしてあったりとか、本の小口のところが金色、つまり「天金」と言われるような加工がしてあったり、やけに立派。布目みたいに見えたり、革のように見えたりするような材質のもので装丁されている。

 値段が大体、1冊2000円ぐらいと、見かけの割には安いので、装丁が革というのはあり得ないけれども、それにしても、きんきんキラキラで、背表紙にまで、イラストがあったりしてずらっと並べたらそりゃあ、美しかろう…
 ドストエフスキー、トルストイ、ディケンズ、シェイクスピア、エドガー・A・ポーでしょ、それから、ジェイン・オースティンに、エミリー・ブロンテ、ええと、三銃士に、千夜一夜物語に、詩集あたりを入れるのもいいなあ…なんて思いながら見ていたら、オーソン・ウェルズの「タイムマシン」だの、ラブクラフトの「クトゥルフ神話」だの…ええっと。

 こういうのは、SFとして出版されていて、前はこう、ペーパーバックしかなかった気が。こんな立派な装丁で、マーガレット・ミッチェルとか、ヴィクトル・ユーゴーとかの本に混ざっているとは…。そりゃ、タイムマシンは名作だと思う。思うけどね?
 クトゥルフ神話も、よくぞこんなもの、思いついたよな…と思うような本だし、名作なのはわかるけど(怖いのであんまり好きではない)。
「スターウォーズ三部作」C3POとか、ダースベイダーが表紙。しかも箔押し。かっこよすぎる…うーむ。「砂の惑星 デューン」もあった。名作だけど…名作だけど…。立派すぎる本だ。ずらっと置いたらかっこいいだろうなあ。ハインライン全集が、この装丁で会ったら、買ったかも…。

 今、2000年代になって、私たちが、家を買い、お金を持ち、本棚にいつでもおいておこうと思う名作が、若いころに読んで感銘を受けた名作なのだとしたら…。こうなるってことなんだろうねえ。 しかしすごい。

 もちろん、不思議の国のアリスや、オズのシリーズもこういうカッコいい本になって並んでいた。
 私が置くとしたら、こういうのがいいなあ…。いつ読んでも、心和む昔なじみの本。

 見回すと、名作の本には、もっと安いペーパーバックの本もあった。1冊4ドルぐらいで、2冊買ったら3冊目はタダ!みたいなのも。アメリカは、土地も安いし、家も大きいのが多いから、こういう本を家に置くのもいいかもね。私は残念ながら、こういう本を家に置く余裕はないけど。昔ながらの文豪の名作は図書館に絶対置くから、借りに行くことにすると思う。

 でも…。きれいな表紙の本が山積みになっているのは、とてもおいしそうな風景で、私はつい、本屋に長居したのだった。
 かっこいい本
なんてかわいい…お花もよう。このジェイン・オースティンの本。読めないけどほしい…。あと、千夜一夜物語は、中も見ることが出来た。カラーの挿絵がもうね…。本気で重たいけど日本まで持って帰ろうかと思った。豪華だった…。この左の水色の本をクリックすると、これを売っている本屋のサイトまでジャンプします。
 ちなみにこれは、アマゾンではなくて、アメリカの大型チェーン書店、「Barns & Noble」。この本屋の「名作、コレクターズエディション」なんだそう。日本には、お金さえ払えば、発送してくれるみたいだけどさ…。
 いや、何を買う気になってるんだ、だめだめ、本棚狭いんだから。豪華本と、キンドル本は、中身は一緒さ!
 挿絵付き、千夜一夜物語、ってあるかな。カラー挿絵のやつ。探そう。


ロマンス。

読書には、何力というのだろう、体力がいる。読書の体力。多分これは、日本語でも英語でも同じだと思う。

わからない単語がいくつか出ようと、それを漢字とか、単語の感じから「大体こんな感じねえ」と意味を推測して進めるか、または、ちょっとぐらいわからなくても物語の大筋には影響しない…と判断して、ずっと読み続ける能力というのは、ある。子供のころは、「大人向け」の本を読むとよくこういう感じになったものだ。

 最近、この力がちょっと落ちている感じがする。特に英語で。
 もう面白くて、面白くて、一度開いたら置けない…というような本を「Page turner」と称する。そういう本を最近、そういえば読んでいないのもあるか…。どこでやめてもいいようなのんびりした本を読んでいると、こうなってくるんだよね。

 マラソンというのは、「絶対走り続ける」というのが割とコツであって、一度「歩いてもいいや」と思うと、もう全然走り出せなくなるように、本も、「どこでやめてもいいや」とか思うと、やっぱり駄目なのかな…

 と思いながら、なんか面白い本ないかなあ。と私はアマゾンを物色していた。まだ読み切っていないシリーズがたくさんあるのに。
 アーサー王も、途中で止まってるし、「高慢と偏見」もまだ最後まで読んでいない。
 あなたの履歴から、これをおすすめします、というリストが出るのだけれど、そこに、見慣れない題名の本がかかった。

【Aunt Crete's Emancipation】だって。作者はGrace Livingston Hill。聞いたことないや。誰だそれ。

 調べてみたら、ロマンス作家。そして【ネットにタダで置いてある本】があった。著作権、切れてるってことね。そりゃ、無料なら読んでもいいやね…と思って読み始めたら、さらっと読めてしまった。
 …簡単、なんだね、多分。ロマンスと言っても、主人公おばちゃんだし、恋愛はからんでないけど、これは確かにハッピーエンドで、ロマンスだと思う。面白かった。

高慢と偏見が1813年、このクレテおばさんが1911年。なるほど…100年ぐらい違うと、英語の読みやすさが歴然と違う…。
 使用されている単語が違う。辞書を引く頻度はクレテおばさんの方が絶対少なかった。
 それと、多分「文学作品」と「ロマンス」の間には、深い溝がありそうだ。

 高校のころは、ハーレクインロマンスなどというものを読んで、登場人物にうっとりしていたクラスメイトなんか「へっ」と内心思っていたものだったけれど、読書力が減った今ならわかる。これは、体力がないときにも読めるんだね。ご都合主義間違いないよ、うん。こんないい話、そこらに滅多にないと思うけど…。口どけ軽くなくなってしまうメレンゲのお菓子みたいな、そんな小説だった。

 一冊読めたら、また、がんばったら他のも読めるかな…という気分になってきた。
 高慢と偏見は、単語は全部わかっていても、何が言いたいのかわからない文章が出るのがなあ。

 そんなわけで、ロマンス作家をいっぱい調べたせいで、私のアマゾンのおすすめリストは、やたらにロマンス本をおすすめしてくるようになった。 
 英語のお勉強をするときには、子供向けが終了したら、割とこっち方面でもいいのかもしれないなあ。
 
 ちなみに、レビューによると、Grace Livingston Hillが書いているものは、どれも健全レートらしい。婚約と結婚はあっても、キスどまり、「情熱の嵐」は出てこないし、放送禁止用語も出てこないらしい。そこから、「この本を読んだ人はこっちも読んでいます」というロマンスのセレクションが面白いの!見たことない本ばっかり!
 「アーミッシュのロマンス」という分野があるっぽい。

 アーミッシュというのは、アメリカに住んでいるキリスト教の一派を信じる人達で、現在の技術を自分たちで所有しないことを原則に、18世紀ぐらいの生活スタイルを守っている集団で、例えば自動車を持たず、馬を利用したり、家具や道具も手作りできるものをコミュニティ内で作り、学校は中学校程度まで、確かミシンはダメなんだったかな? 服装にも、家族制度にも色々な規定があって、かなりの人数いる、アメリカ内異文化集団、といったような人たちなんだけれど、この人たちの結婚、お付き合い制度が、なんていうか、結婚まで性的にアクティブにはならないのが普通の、昔風で、お付き合いしたら大体結婚までこぎつけるのが普通、離婚は「ない」とか、まあそういう清教徒的価値観を体現しているために、アメリカ人でも好きな人が多いらしい。

 というわけで、このアーミッシュロマンスも、手を握り合うかどうか、目と目で通じ合っちゃうかどうか…の次は、もう婚約して結婚式になっちゃうというようなおとぎ話的展開を見せる。
【アマゾンの無料本がどっさり!】…うん。つい、何冊か読んだ。

 これも軽い読み心地。いいな、これ。タダだしね。ただ、無料でもらっといてなんだけど、これ、面白くないのもある。
 さっきのクレテおばちゃんは、さらっと読めたけど、何冊かダウンロードしたアーミッシュロマンスは、1冊は面白かったが、もう1冊は最初の方で、ダラダラしすぎてダメだった。
 
 ボキャブラリとしては、ロマンス本は簡単になる傾向があるし、読みやすさがあるけど、文章のうまいヘタというものは、やっぱりあるのだね。多分、Grace Livingston Hillは、文章がうまいので、100年前から残っているのだと思う。だって、今でも、Aunt Crete's Emancipationは、紙の本に印刷されて売られているんだものね。

 【99セントで20冊ぐらい入っているキンドル本】買っちゃったよ。これで準備運動して、頑張って読めてない名作を読む。
 また、体力つけよう。

電車でGOだったら

車社会のアメリカだけれども、一応、電車もある。長距離のアムトラックのほか、大都市には地下鉄もある。

最近ちょっと、その地下鉄を利用する機会があった。

まず、止まる位置がはっきりしないので、みんなてんでんばらばらにホームで待って、近いドアから適当に乗る。それほど混んでなかったので、手すりにつかまって立つ。

 スピードが上がるたびに、ぐっ!と揺れる。前につんのめるような感じ。
 そして、止まるときが、キーーーーっ! がっくん!!!と止まる。どの駅でもそれ。

 うわーーーーっ(前のめり)っと、がっくん、と揺り戻しが来るので、おおっと!ってなるので、本気でこれはどこかをつかんで置かないと危ない感じ。事故でも何でもない、駅に停車する時にそれ??

 ええ、酔いました。学生時代に毎日電車で通学していたし、乗り換えも、地下鉄も、ぎゅうぎゅうすし詰めの電車も全部日本で経験済みだけど、ここまで揺れるのは初体験。なんじゃこれーーーーっあーーー!がっくん(おっとっと)。ってこの感じ、どこかで…と思い出した。

 電車でGOだ。それも私がプレイしたら最初は特にこういう感じだった。私は特殊コントローラ物が好きで、実はプレイステーションの電車でGOコントローラも持っていたのだけれども、こーれーが、難しい。ホームの停止線ピッタリに、なんてとてもじゃないけど止まりゃしない。
 電車というのは、制動をかけてから、止まるまで結構距離が要る…というのを頭で知ってはいても、滑らかにブレーキを掛けながら止まるのは、本当に難しかった。

 「あーーーっ通り過ぎちゃうー!ええい、ブレーキっ!」
…とやるともちろん、がっくん!ってなって、乗客は怒るし、評価は下がるし、危ない!というマークは出るし…たとえ停止線ぎりぎりで停止出来たとしても、ひどい評価が出るのだけれども、つまりこの、ぎゅーーーっがったんっ!という止まり方はそれだった。

 この「電車でGO」、アーケード版もあった。これを、電鉄会社に勤めている友達にやってもらうと、そりゃもう、すごい高得点が出るんだけど(会社に、シミュレータがあって、非常事態に備えて、いろいろと練習するらしい)、教えてもらいながらやっても、なかなかうまくいかない。「肩をたたいてもらってそのタイミングでブレーキをかけ始めて…」とか、やってみてもピッタリにはならない。ホームを通り過ぎる事故は減ったけれどその程度。

 何度も見せてもらったけど、結局ピッタリには一度も出来なかった。

 車の運転がうまいヘタを経験する人は日本でも結構いると思う。でも、電車の運転が下手だと、こうなるんだ…というのは、電鉄会社の教官でもない限り、あんまり経験する人はいないんじゃないかなあ。

 ちなみに、帰りの地下鉄は、そこまではひどくなかったので、なんとか酔わずに帰れた。やっぱり朝に乗った運転手さんは、特に下手だったのだと思う。

ペパーミントキャンディ

アメリカの、ペパーミントキャンディといえば、かなりの確率で赤白のキャンディ。
つまり、よくクリスマスの絵に出てくる杖の形のキャンディは、大体がペパーミントキャンディということになる。

この味が昔からポピュラーなのは、特に育てやすく手に入りやすかったのが、ペパーミントだったからということらしい。ミント類はよく育つからね…。ガーデニングをする人には「テロ」と言われるぐらい、少量から増えるし、増えたら切ろうが抜こうが、いつのまにかまた生えて、始末が難しいのだとか。人工香料がなかった時代には、一番安く手に入るのがこれ。ペパーミントでないなら、甘草=リコリス、シナモン、アニス、キャラウェイなんかの、スパイス味がその次ぐらいに古い。

 こういうキャンディは、味は日本のものと変わりがない。まあ、リコリスは好みがあるものの、日本のだって、そういう古い飴は、香料なしのべっこう飴、ごま入り、梅干し飴、黒砂糖の黒飴、それから、ニッキ飴、はっか飴…と想像がつく味。昔っぽい飴というか、おばあちゃんちで出たような…というか。

 作る仕組みがいっしょなんだから、そりゃどこの国でも同じ味になろうというもので、こういう「古くから変わらない」ものは、私がアメリカで食べても、おいしいと思える。

 私が気に入って食べているキャラメル、Cow Talesは、1917年に開発されたそうだし、私が気に入って食べているグミキャンディのメーカーは1920年創業だそうだから、そのあたりの時代の味は大丈夫なんだと思う。

話は戻って…。何年か前に、渡米したとき、レストランのレジで、お店を出るときに、どうぞ、と勧められて口にしたペパーミントキャンディがあった。カリカリしていて、噛んで食べてしまえるようなキャンディで、軽い食べ心地、きつすぎないミント味、ふんわりとした甘さで、かなり気に入ったのだけれど、そこで1つもらって食べただけなので、袋が残っていない。そのレストランは、旅行先だったので、一度きりしか行かなかった。

 正体不明のミントキャンディになってしまって、探せなかった。いくつか、試してみたのだけれど、どれも赤白の縞模様だけは同じだけれど固いキャンディ。まずくはないけど、ただのペパーミントキャンディだったので、あきらめていたら、今日、一度、入ってみようか、いつもガラガラで、いったことないね、というスーパーに、それっぽいキャンディが置いてあった。

 普段、あんまりみない袋。でも確か、こういうボールみたいな形だったような気がする…と思ったので、買ってみたら大当たり!

正体は、「Bob's sweet stripes」というキャンディだった。ちなみに開発はやっぱり1919年だそう。おいしいと思うキャンディって、つまり、昔のばっかりってことだよね…。袋に「Soft Peppermint Candy」と書いてあるから、ソフトなのがやっぱり売りなんだね。
クリスマスには、棒の形のキャンディも売るらしい。うわー。いいなあ。かじりたかった…。
 口の中で結構早く消えてしまうのが、いい。今、食べながらこれを書いているのだけれど、こういうお菓子、日本でも食べたような気がする。あれだ、はっかの味で、ええと、はっか板?いや、それは豆か。はっか糖だ。あれに似てる。

 うん…はっか味がちょっと薄めのペパーミント味になっただけで、多分、かなり同じかも。クリーミィな感じがするのに、カリカリで、ええと…ええと、はっか味じゃないのもあった。ピンク、黄色、薄い緑色…バナナ味の、「フローレット」だ。あれとも似ている。あれはどうやって作っているのかさっぱりわからないけど…と思ったら、思い出した。

 【くまのプーさんの料理読本】っていうのが、昔あって、私はそれを図書館で借りたのだけれど、その中の「ペパーミントのお菓子」みたいな(うろおぼえ)のがこういう味だった気が…。当時はおいしくない…と思ったけれど、多分、うまく作ったときの完成形、または「ねらい」はこのあたりだったんだろう。


 日本にかえったら、もう食べないかもしれないけど、時々懐かしくなりそう。

 フローレットって、最後に食べたの、多分30年以上前だよ。よく覚えていたなあ、私(*^m^)o。
 
ミントのアイスクリームは嫌いなのに、このキャンディは、いいんだよねえ…。ミントっぽく、甘く…ちょっとだけクリーミィで(クリーム入ってないけど)、どうしてこれだけは、好きなのか謎。ミントが、すーすーして困るほど、入っていないのがいいんだろうか。カルミンとどっこいどっこいぐらいか、ちょっとカルミンより甘いぐらいだものね。最近の「ミント感重視」のミントキャンディより、刺激が少ないのがいいのか。

 ま、いいや。アメリカで好きと思えるキャンディは貴重だ。



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これをここまで書いちゃってから、いろいろ調べたら、どうも、この種類のキャンディは、Buttermintと呼ばれるものが多いみたい。口どけをよくするためにバターが入っている製法のものがあるのだね。バター風味があるとかないとかは、レビューを見ているといろいろだけれど、レストランで、配られることが多いらしい。「Thank you mint」とか呼ばれていたり、「After dinner mint」と呼ばれることもあるようだ。Hospitality mintという呼び名はつまり、「お店でタダでくれるミント」だと理解すればいいらしい。
別名として、mint puffとも。
 すっごいめずらしいのかと思ったら、呼び名がわかっていないだけだったのかー。って感じ。
 
 

何気ない日常を

最近、いろいろなブログを見に行って思う。
専業主婦で、家にいて、あまり出かけない私と同じような人って、結構いるんだな…と。
人づきあいがうまいわけでもない。かといって、沈黙が苦手でつい、テキトウなこと喋り散らしてから、帰ってきて、「あれ、いわなきゃよかったかもなあ」なんて、ひとりで顔が赤くなる。

ずっと、長い間私のことを知っている人となら、付き合えるのだけれど、新しく知り合いを作るのは苦手。
騙されやすいとか、利用されやすいとか、そういうのもあるんだけど、結局気づくのはずっと後になってから。
だから気を付けないとな…と思っていても、ちょっとほめられると、舞い上がってしまう。

人に陰口をたたかれていたとしても、それがわかるのは、周り回ってずーっといってから。
いい人だと思っていたのにな…とちょっと涙が出る。
普通の人なら、気づくのかもしれない。
でも、「いい人に見える人だけど、裏表がある人」と「いいひと」の区別がつかない。

子供が幼稚園の時も、実はクラスで、お母さんたちがいろいろともめていたらしい。
派閥とかになっていたらしいのだけど、私はぜんっぜんしらなかった。
後から聞いて、びっくりした。
夫は、「まこは戦力外とみなされたんじゃないの」と笑っていたが、私はどっち側にいた人とも、てきとーに話していた。
戦力外、か…。誰とも、仲良くないから、影響力がないということだったんだろうね。

こういう人は、多分…。ぽつん、ぽつんといるのだと思う。私も、小学校の行事とかにいっても、一人で見て帰ってくる方だ。
幼稚園が一緒だった人とは、にこやかに挨拶はするけど、その程度かな…。あんまり、仲良しのお母さんが同じ小学校の同じクラスにならなかったのもあるだろうけど、もう、だからといって、新しい知り合いを作るのも面倒…。

 さびしくないわけじゃない。
 時々、お茶なんか飲んで、軽い話題でも話せる人がもっといればいいな、と思う時もある。
 数人、いるだけいいんだろうけど、そういう人たちに声をかけるときも、本当に私とお茶飲みたいと思ってくれてるのかなあ、誘われたし断る理由もないぐらいじゃないんだろうか、とか変に心配になったりする。

 この日、どう?と聞いて、来てくれるってことは、心配しなくてもいいってことなんだよと、他の人がこんなこと考えてるんだ、と私に言ったとしたら、私は答えることができるだろう。でも、自分のこととなると、話はまた別なんだな…。

 幼稚園に子供を行かせていた時は、毎日会うことになったからそれなりに親しくもなったけど、やっぱり最近は、関係が段々薄れてきているのも感じる。結局残るのは、学生時代の友達ぐらいなのかなあ…。

 さびしくなってくると、こういうことがどんどん、頭に浮かんできて、もう、誰も私の周りには残っていないような気分になってくる。

 でもきっと…ネットの海から、このブログに来て、これを読んでくれている人の中には、「私も、そんな感じよ」と思ってくれる人が、きっといる。私がその人たちのブログを読んで、「結構、似てる…」と思っているように。

 そうだよね…全員が、充実した毎日を送っていて、雑誌に載っているような奥様なわけないよねえ。
 地元の友達関係から離れずにずっと暮らしている…という人は少ないだろう。

 転勤、転勤、また転勤。外国に長期間いっている間に、切れる友達関係があった人もいるだろうし、正直いじめられたこともあって、小中学校の同窓会になんか、行きたいとも思わん。という人もいるだろう。

ユニクロのTシャツだったり、ユニクロ「でさえない」服を着ていたりするよね?コートは去年のだったりして。 
みんな、ミンチや、鶏肉や、油揚げや、豆腐で節約献立を作り、いつもより、20円安い洗剤を、幸せな気分でストックし、おやつは100円のプリンだったりするんだよね、ね?
 
 他の人が、みんな、素敵な生活を送っているように見えるとき…。
 私はどこかに、私の魂の姉妹たちが、どこかにいるのだと、思いたいのだ。

 仕事はなく、お金は節約、気心の知れた友人もそばにはいない。
 毎日、ごはん作って食べて、趣味は、ないでもないが、それほど極めたわけでもなく、家は雑誌に出るようなインテリアでもなく。

 目立たないけど、きっといる。元気だして、がんばろう。

皮膚の色での差別(アメリカの)

 今でも、アメリカには差別がある。日本に住んでいると、すごーーく、見えにくいのだけれど、アメリカに住むとやっぱり、わかる。

 1960年代に、アメリカは人権運動が起こって、「区別される、しかし平等」とされていた、人種差別は憲法違反とされた。
 たとえば、お店の入り口が「白人」と「色付き」とわけられているとか、(私たちアジア人は、色付きである)、ウォータークーラーや、トイレも、「白人のみ」「色付き用」とわけられているとか、学校も、白人の学校は今2000年代と変わらないような施設、例えば理科室とか、音楽室とか体育館があって、黒人用の小学校は教室1つしかない、複式学級とか…というような、それでも「義務教育は平等に与えられている」と定義されていた。

1960年のニューオーリンズで、【ルビー・ブリッジズ】という女の子が、6歳で、小学校に入学した。白人ばっかりの小学校に初めての黒人の子供として。

 そのルビーちゃんは、入学するなら殺す、などという脅しをたくさん受け取り、結局アメリカ連邦司法局(と訳すのだと思う)の、武装した司法官に守られた車にのって、街を抜けることになった。たった6歳の女の子に向かって、卵や、トマトを投げつけ、ののしった大人がとてもたくさんいたそうだ。

 たった6歳。彼女が、黙って前を見て、車に乗っている写真が残っている。罵られ、車に物を投げつける大人がどっさりいるというのにだ。うちの息子だったら、絶対泣く。いや、大人の私だって泣くぐらい、怖いことだと思う。6歳…。
 小学校入学する年の、幼稚園年長から、小学校1年生。自分が、自分の子供がその年のころのことを、思い出せば、それがどんなに小さいときか…。

 彼女は、自分が後から続くたくさんの子供たちのために、道を切り開いているということを、どのぐらい自覚していたのだろう。
 この行動が危険だという説明も、「なぜ危険」なのかということも、知らされていたけれど、彼女はひるまずに、がんばったのだ。

 このころ、黒人が、ただそこにいるというだけで、殴られたり、殺されたりする事件はたくさんあった。それに、犯人は「捕まらない」とか、「有罪にならない」というような結果に終わる。なぜなら、犯人は「白人だから」。
 
 そして、このころ、若者だった人は、まだ、生きている。そうだよね、今、70代、80代。そして、そういう親に育てられた人たちが、今、40代、50代、60代…。孫が、20代から30代。
 相手がたったの6歳でも、皮膚の色が黒いというだけで、そんな小さな子にものを投げつけ、殺すと脅かし、家に火をつけ、皆殺しにしてやる、といような手紙を匿名で出す、いい歳をした、「教育を受けた大人」がどっさりいる国が、アメリカ。

 あらためて、こう書くと、なんだかすごい。大体「自由と平等の国」とか言っちゃうから、みんな期待するんだよね。
もうね、差別と不平等の国、とか言っちゃえばいいのよほんと…。
 差別を「当然」とし、「白人が優遇されるのが当たり前」という環境で育ってきた大人が、まだどっさりいる。
 そういう人たちは、一応それを「公にしない」ようにしてきた。「無教養な差別主義者」と思われたくないからね…。

 でも、トランプ=そういう発言をするような人が大統領に当選した今、「えらい人がそういっているんだから、俺らも、やっぱりそうしていいんじゃないか?」と、思う人が出てきていて、最近は、差別発言を堂々とする人が、増えてきた感じがする。

  もちろん、60年台と違って、さすがに殺人まで行けば、罪に問われる、裁判で負ける…ということはみんなわかっているから、リンチとまではいかないけど、ソーシャルメディアで汚い言葉遣いで、ののしり散らすぐらいは朝飯前、あんまり英語圏の知り合いがたくさんいない私のアカウントにも、本当なのかウソなのかわからない人種差別を扱ったニュースが回ってくるようになっている。

 この町はやっぱり、割と治安が良く(=つまりものすごく貧乏な人ばっかりが住んでいる荒れた地区がない)、街に仕事関連で訪れる外国人に慣れていて、割とフレンドリーだけれど、場所によっては、もっと扱いが悪いのかもしれないなあ、と思うと、ちょっとため息。

 自分の子供を私立に行かせて、自分も公教育を受けたことがない人が教育省で一番偉い人に任命されちゃって、もっとクリスチャン教育を、みたいなことを言い出して、すごくバッシングされていたのだけれど(宗教と公教育をわける、というのは、だいじだと思われているので)、その人が当庁する時のイラストを、この6歳の黒人の女の子が最初に学校に行ったときのイラストと、そっくりの構図に描いて、もんのすごーーーーく、アフリカンアメリカンの市民感情を逆なでした…という話があったので、これを書こうと思ったのでした。

 まあね…子供のころから、私立にしか通ったことがない、ものすごいお金持ちで白人女性で…と恵まれた環境にある大人と、6歳の子供を比べたらだめだよねえ。それも、教育省の彼女は、自分の主義主張が原因でバッシングされているのだから。6歳のルビーは、ただ、皮膚の色がちがう、というだけで、バッシングされた。この違いは大きい。

 今でも、ルビーは「活動家」として名前が知られている。ちなみに私はこの人を今回、初めて知った。現在62才。まだ、62才…。まだ、それだけしか、時間が経っていない。誰でも、同じ学校に行けなかった、同じ店に入って同じサービスを受けることがかなわなかった時代から、まだ、50年ちょっとしか、経っていないのだよね…。それにしては、「人種差別はしないものだ」というのが常識ということを、みんなが知っているだけでも、ずいぶん進んだといえるのかもしれない。

 ほんと、人種差別って、根深いよなあ、と思う。なかなかなくならない。大体人間て、バナナと50パーセントぐらいDNAが同じだっていうのにねえ。細かいこと考えなくていいんだよほんと。だって、バナナよ?あれよ、黄色い食べるやつよ?

 あれと半分、おんなじなんだよ?だとしたら、個体差の方が大きいぐらい、人種間の差はない人間同士なんて、「おんなじ」でいいのに、と思う。

ありがとうございます

昨日の、ぐだぐだした記事に、みなさん、コメントや、拍手をありがとうございます。元気が、出ます。

多分、この一年、ひとりで出歩くことが一度もなく、お付き合いのある人も、今年限りでもう会わない人達だから、とか思ってやってきて、日本に帰ったら、まだ付き合ってくれる人がいるんだろうか、とか、気を使って小学校関連はやらなきゃなあ…とか思ったので、うわーーっとなった感じがします。

 多分…。10年たったら、懐かしく思い出すようなことなんでしょうね、子供が小学校の時は…って。

あと、荷物をまとめるとか、そういう作業をしていると、クラフトをして「これが完成ーっ」というような充実感がないのも、ちょっと落ち込む原因なのかな…。それと、風邪気味だってことも。

 …すごく、言い訳めいてますよね。なんだか、なんだか…。ブログに来てくださっている人に、迷惑かけてるような、甘えてだだこねて、子供みたいになぐさめてもらってしまったような…。そんな気分がして、後ろめたいのだと思います。

 「いっぱい失敗してきたけど、言い訳だけはしたことがない」と、いつも読みに行っている楽しいブログの人が書いていました。かっこいいな…と思います。自分が、悪かったのだと思いたくなくて、言い訳を重ねて、それでよかったのだと思うこともある自分が、恥ずかしくなってきます。

人は…落ち込むこともあるのだと。でもみんな気を取り直して、また歩いてくんだということ…。覚えておかなくてはね。

 ブログは2週間ぐらい先まで、予約投稿してあるんですが、時々こうやって、その時書いてすぐ、投稿する記事もあって。
 のんびりしたみたいに見えている記事は予約投稿。
 こうやって、ぐだぐだ言っている時は、どこにも言えないことをただ、書き散らしているんです、はい。

 何もないところに向かって、叫んでいるのではないということが、わかるのが、ブログはいいですね。
 ノートに書くより、ただ、頭の中で考えを回しているよりもずっと、誰かに聞いてもらっている気がします。

 私も…。誰かが、誰にも言えないけれどどこかに言いたいことを、聞ければいい、そう思います。

lunchablesランチャブルズ

はじめて、アメリカに行ったとき、この【Lunchables】というものを見た。
これは、どんなものかというと、クラッカーと、ハムとかサラミ、それからチーズなんかがセットになったもので、自分で組み立てて食べましょう、という…日本でいうと、お菓子売り場にある、作って遊ぶ「ねるねるねるね」みたいなものに見えた。
 
 かわいいー。おやつ組み立てセットだー。と思った。小さいピザみたいに、丸いクラッカーにサラミをのせ、チーズをのせるのとか、クラッカースティックと、チーズディップとか、ブレッドスティックに甘いソースのとかもあったと思う。
 途中で、名前から、これを「ランチ」に持っていくのだ…ということに気が付いた。えーーー。ランチ…。
 ただし、これはあんまりたくさん入っていないように見えるのに、3ドル、4ドル平気でする。結婚したばっかりの時は真剣に貧乏だったので、4ドルあったらジャガイモとニンジンと、玉ねぎがそれぞれ1ポンドと、手羽先が1パック買える環境にいたというのもあって、こんなものに使うお金はなかった。

 年月が過ぎて、アメリカの物価も上がり、玉ねぎとニンジン買ったら4ドルぐらいになった。我が家の経済状況も、4ドル前後なら「一回だけ買ってー」とねだれるぐらいになった今(そして多分これでアメリカ滞在は最後だから)、ついに、ランチャブルズ、試してみる日が来た。
 「一回だけだよ、もー」と苦笑する夫。
 昔は、すごく小学生低学年向けという感じだったのに、今は5年生とか6年生ぐらいにアピールしそうなシルバーのパッケージと(たぶんカロリー量が多い)ジュース入り、ジュースなしなんかに分かれていて、前より品ぞろえが増えている感じがする。

 甘いおやつ系の「Lunchables snacks」これは多分ダメ。チョコレートケーキとか、クッキーをディップにつけるのとか。
 with drinksってなってるものの、ドリンクは、味が結構化学っぽいとしか言いようがない味なのは、ドリンクだけ昔試したから知っている。ドリンクの色も、トイレのサンポールしか頭に浮かばないような緑色だったりする。

 中身は大体、「パン、クラッカー、クラスト」のどれか、「ターキー(七面鳥)、ハム、サラミ、ベーコン」のどれか、それから、「チーズ」(多分ほとんど全部がチェダーチーズ)の組み合わせ。それから、ランチとして売っている箱には、デザートとしてクッキー、チョコレートバー、グミなどがセットされている。

 健康に気を配った版と言えそうな、「with100% juice」という箱に決定。4種類のうち、デザートがチョコチップクッキー、またはオレオクッキーはあんまり…ということで、残ったのは、「クラッカー、ターキー、チェダーチーズ、ワームグミ、ミックスジュース」の箱になった。

これがそれ。うーむ…。箱を開けると、プラスチックトレイが。上のフィルムに「コミックがある」のが売りらしい。それほど面白くなかったけどさ…。
Mole: Flex Arm. Hang! 10 minutes, for a lunchables with 100% Juice... GO!
Mole: C'mon, you're a machine!
Hare: Um, lunchables with 100% juice up here please...


 中身をあけて…。クラッカーと、チーズと、肉が分けられて入っている。箱の写真をみると、クラッカー2枚にハムとチーズをはさんで一組にするのではなくて、クラッカー、ハム、チーズ、クラッカー、ハム、チーズ、というふうに載せて、オープンサンドにするのが正しいらしいのでそうする。 


盛り付け例がこれ。しかし、なんでこの形じゃないといけなかったのかねえ、グミ。まあ、子供はこういうの好きそうだけど。味は、なんていうか、ハムとチーズと、クラッカーの組み合わせってこうにしかならないよね、という味。おいしいといえば、おいしいし、かといって、もっと上等なハムだったらもっとおいしいだろうな…とか、チーズも、チェダーよりもっとやわらかいやつがいいな、とか…まあ、そんなこと言ったらきりがない。ただ、これ、食べでがないのね。カロリー的には370Kcalあるんだから、まあ、控えめな昼ごはんといったところだろうけど、あっという間になくなるし、これはカロリーはキャンディとジュースにかなりの部分、頼っている感じ。
 
 ジュースは多分、いろいろな果汁のミックスなんだろうけど、何の味なんだろう…それほどおいしくない。アルミパックので、ええと…昔日本でも売ってた、「カプリソーネ」あれの英語版だと思う、Caprisunというもので、留学生のパーティで飲んだことがある。フルーツ100%のオレンジはおいしいと思うけど、このフルーツパンチ味は微妙。一応材料のところには、アップル、チェリー、グレープと書いてある。多分この違和感はチェリー味だ。私はチェリーコークが飲めない。サクランボはアメリカのも日本のも大好きなんだけどなあ。なぜ、チェリー味になったとたん、だめなんだろうか。

 確かに、これで4ドルぐらいとなると、もったいないな、という味。でも一度やってみたかったんだ…。このおもちゃみたいなの。満足した。





おばけジュース(?)

松谷みよこさん作、【おばけちゃん】の本。これは、私の小さいころの愛読書だった。
 
 「ぼく、かいじゅうじゃありません、おばけちゃんです、ねこによろしく」…という自己紹介をするおばけちゃん、かなり冊数のあるシリーズだったはずで、人気があった。8冊か、9冊ぐらいまでは覚えているし、私は知らなかったが、NHKのテレビ絵本で放映されたこともあったらしい。

 このおばけちゃんの物語には、「おばけジュース」というのが出てくる。これは、おばけちゃんのママが作ってくれるジュースで、いろいろな色のジュースが段になっている。
 一口飲むと、オレンジの味。その次に飲むとリンゴの味…というように、いろいろな味が楽しめるジュースなのだ。

 おいしそう…。物語の中身が面白いのは確かなのだけれど、この物語の印象はこの、おばけジュースに、決まりだった。

大人になってから、誰かとこの本の話になった後、私を「面白いもん、飲ましたろ」と、バーへ連れて行ってくれた人がいた。
 そこで、バーテンダーさんが作ってくれたのが、7層になったカクテル。
「うわー…すっごーーーい!」と大喜びして飲んだ。味は、あんまりおいしくなかった…というか、ジュースっぽい味には、あんまりならないよね。 面白かった。お酒の比重によって、そういうものが出来るのだと解説してもらった。

 大人になってから…でもないな。子供のころから、おばけジュースは架空のもので、作れないのだ…ということは、ちゃんとわかっていた。でも…なんとなく心の片隅に残っていたんだけど、ふっと、Jell-Oがあまりにも色鮮やかなので、思いついて作ってみた。
 

赤は、イチゴ、オレンジは、オレンジ、黄色はパイナップル、青はベリーブルー、紫はグレープ味だった。黄緑だけは、Jell-Oの、ライム味がこれまたレモン味と同じく洗剤みたいな香料のきつさだったので、違うメーカーのを使用。トルーパーの紫のと、皇帝の赤いのと、この緑のベリー味があった。…革命軍ベリー味ってどんなのなんだろう(まだ、食べていない)。ちなみに、トルーパーのほうは、Galactic berry味、「銀河ベリー味」でいいのか。赤いのは、First Empire punchだから、ええと、「第一帝国(フルーツ)パンチ味」か。すごいネーミング。

 

なんとなく揃えたら6色しかなかったけど、7色目を足すとしたら、ピンク?かなあとか、悩んで結局6色でいいかなと思いなおした。緑のだけ、出来上がり量が750mlだけど、他は出来上がり量が500ml。半分は水、半分は熱湯…というわけで1.6リットルの熱湯を作成、6種類のゼリー液をせっせとこしらえて冷まして、1色ずつ、10個のカップに注ぎ分けて1時間冷やして…もう1色注いで冷やして…。午前中から作り始めて、午後いっぱい夕方までかかった。ちょっぴり馬鹿。カップが下の方がせまく、上の方が広いので、黄色、をいれはじめたところで1つ減らして、オレンジは10個じゃなくて9個。赤は、かなり層がうすくなりそうだったので、しょうがないからもう1パック作って、厚めにいれた。
普通にテーブルに置いて写真を撮ったら、うまく見えなかったので、部屋のランプにかざして撮影。

 とっても、満足した。ゼリー大好きの息子は、「おお、すごーい!」と面白がって喜んでくれた。うん…。こういうの、きっともうすぐ喜んでくれなくなる年齢になるもんねえ。これは、私としては、おばけゼリー?ってことで。多分もう一生やらない(*^m^)。


UPSを受け取れなかったらどうするか

UPSというのは、何かというと、つまり宅急便の会社。
通販をするときに、これを使っている会社が多いので、普通のアメリカの郵便の次ぐらいに、これを私はよく見る。

20ドルぐらいの安いものしか今まで買っていなかったので、留守にしていたらUPSの人が玄関のところへ放置…していくのを、「まー、こんなもんだろう」と思っていた。ある程度治安がいいからこそできる技だと思う。アパートの敷地内で、見回りの人もいるからね。

で、ちょっと高いもの…の場合には、ドアに「オフィスに置いてあります」というのが貼ってある。このアパート、巨大で、空きがいつでもあるので、入居申し込みとか、あと庭の手入れ、備品が壊れたときの修理なんかを頼みに行くオフィスがあるので、オフィスを見に行って名前を言えば、荷物を前に置いていない場合、ここに取り置かれていることが多かった。土日も、オフィスは開いているので、今までは何の問題もなかった。

が。今回、祝日に当たってしまい、オフィスがお休み。…というわけで、なんと、受け取り用の「Locker」に置いてある、という通知が来てしまった。ロッカー???

 UPSの荷物をトラッキングするのは、商品を買ったサイトから出来るので、そこからUPSのサイトへ行き、荷物の番号と、ロッカーの住所と、行き方(は、サイトがだしてくれる)を印刷。「IDをもって、ロッカーへ行け」というので、車で10分ぐらいと思しき、その場所までナビを頼りに行ってみた。

 ガソリンスタンドつきのセブンイレブンの横に、UPSカラーの黄色と黒のロッカーがあった。荷物をPick upか、Drop offか、というのを画面で選んでスタート。荷物の番号を入れる。…と、IDを入れろ、というのだが、私が持っているのはパスポートのみ。カードスロットが小さすぎて入らない。

 government IDをもっていない。というのをタッチすると、モバイルの番号を入れろ、といわれるので、商品を買う時にいれておいた、夫のケータイ番号を入力…すると、番号メールか、メールでPIN、つまり暗証番号を送ってくれるというのだけれど、これが、エラー。まあ、私の名前じゃないからなあ…。夫の名前で頼んでおけば、夫の免許証で行けたんだろうけど。

 しょうがないから家まで帰って、800ナンバー、つまりフリーダイヤルに電話してみた。
 結局わかったのは、そのロッカーには、カメラがついているから、そこで、書いてあるフリーダイヤルに電話して、IDをカメラに見せれば、いけるということがわかった。

 ロッカーに逆戻り。同じ手順を、ケータイの番号、間違えたかも、と思ったのでやり直してやっぱりエラー。画面の上の方に、「Call」というボタンがあったので、これか??と思ってタッチしたら、いきなりプッシュボタンの音がして、画面付きロッカーが電話をかけている…という感じになった。

 出てきた誰かと、大声でその場でやり取り。番号を、声を出して読み上げ、確認、それからカメラにパスポートを、といわれて、かざしたら、確認OK、向こうから、何番のロッカーが開きます、と画面に通知があって、私が指で画面にサインを書き、ロッカーが開いた。

 「I'm done」というボタンを押して、ありがとーー。と帰ってきた。

ああ、やれやれ…面倒だった。ちなみに、再配達は800ナンバーに電話をかけて、頼むというのも出来るらしい。
どっちが楽だったかなあ…と夫と、話したけど、すぐ手に入れたかったので、やっぱりこっちがよかったかな?っとなった。
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サマータイムが始まった。1時間ずれて、日本と14時間差から13時間差になる。
1時間早くなって、つまり昨日までの9じが、今日の10時、ってことになる。これ、確かに朝早く起きることになるので、時間が有効に使える…ということなのかもしれないけど、毎年不便だなあ、と思う。パソコンとか、スマホとか、タブレットとかは勝手に時間をずらしてくれるから、いいんだけど体の方がしばらくついていかない。

コート新調

アメリカに持ってきていた上着は、13年着ていたベージュのコットンのジャケットと、傷むたびに同じのを買うユニクロのダウンベスト、それから薄手のダウンコート(これは去年買った。8000円)。大体寒がりなたちで、ダウンベストの上にダウンコートなんて当たり前…という感じで、コットンジャケットはあくまでおまけだった。

 このジャケットは、ポケットが多いのが特徴で、内側にも大きいポケットがあって、カバンを持たなくていいというのが売り?財布どころか、iPad(ミニ)にケータイにティッシュに小物に、ペン差しまでついているので、本当にたくさん持てる。…旅行用ジャケットとして大変、重宝だったし、子供を公園で遊ばせるときなんかすごく便利だった。10年以上着ていて、かなりへたっていたし、もう、アメリカから帰るとき捨てて帰ろう、と思って持ってきていた。

 この、コットンジャケット、結構風が通るので、寒い。でも、ダウンコートだと暑い…という微妙な温度。

実は日本にある春物コートは、安売りだったのを買ったので、サイズがちょっと大きめで、あんまり気に入っていなかった。
 私はあんまりぴったりの服を着るのは嫌いだけれども、「ゆるい」のにも、気に入るゆるさと、ただ大きいだけ、というのがある。

 …というわけで、家に帰ったら、断捨離…とか思って、今回、コートを買いたくなった。
 夫は、実は一昨年、私のお気に入りだった紺のコートを、出先で「俺が持っておいてあげるから」といって持ってくれ、そしてきれいさっぱり、置き忘れて、どこを探しても出てこなかった…という事件を起こしたことがあるので、私が「紺のコート、ほしい」といったとき、「いいよ、どのぐらいのものなの?」と結構さっさとOKをくれた。

 セールで100ドルぐらいで、着る時期は短いけど、花粉除けに着る、レインコート兼用撥水加工で、風を通しにくい材質で、払えば花粉が落ちる…ものを選択。しわになりにくく、旅行に持っていくのに便利…とか、旅行には「着ていって、もっていかない」くせに、こういう宣伝文句に弱いんだよねえ。

、「数年着るよね?」と夫がいうので、「このベージュのジャケット、10年以上着たから、大丈夫」と答えておいた。
 気に入らない、と言っている春物のコートだって、実は(今数えたら)8年は、毎年花粉の時期に着たし、去年買った今のダウンコートのまえのコートも、5年着てだめになった(=破れた)んだから、まあ…。

 私の着ているコートって、コートの最小公倍数みたいな感じのが多い。いつになっても流行らないコートというのか、どれをとっても高校生のスクールコートみたいな形というか…。全然特徴のないコート。一応、コートにも「流行り」というものがあることは私も知っているけれども、古臭くなっても、10年前のでも、それほど、気にならないのは、多分おしゃれ機能は、全く私の脳みそにははいっていないから。

 今回買ったのだって、実は私が高校生の時のスクールコートにかなり似ている。高校のコートはもうちょっと長かったけど。
 あ、でも、ボタンが違うな。今回のコートのボタンは、紺ではなかった。
 アメリカのものなので、サイズがSとかいいつつ、かなり余裕のある作りだし、これなら、中に分厚いセーターを着て羽織ってもいいなあ…という感じ。 背の低い人用の「P」とはいえ、多分、日本人なら、これで普通のMサイズだと思う。小さめのLぐらいいくかも(笑)。

 あと、特筆すべきは、洗濯機で洗って、乾燥機にかけちゃってもいいってところ。さすが、アメリカ製。お手入れ簡単。

 ちょっと、袖が長めだけど、まあ…。折って着るのも、それなりに格好がついたし愛用しよう。折って着て、擦り切れてきたら袖口を切って縫いなおす!これで10年はいける…と思う。

 服は厳選、数は絞って、という断捨離のコツも読んだけど、大体がもともと枚数がないもんねえ…。今回のコートは、コットンジャケットと入れ替えで枚数が増えなかったし、家に帰ったら8年着た、気に入らない春物のコート断捨離。
 
 …となると1枚マイナスか。春、または夏用ジャケットで、襟のあるものを着なくなったものね…。夏はもう、Tシャツと、白いパーカーばっかりだもの。 そうだよ、仕事とか、しなくなったからだ。仕事の時は襟があるものを着ていた気がする。
 
 家に帰ったら、服の見直しをしよう。
 今、考えたら、社会人してた時って、夏でも「サマーウールのジャケット」とか着てたねえ…。
 薄かったけど、スーツのジャケットって、「ポリエステル」とかじゃなかったはずだ。

麻はしわになりやすいから、着てなかったしなあ。

 今じゃあ、もうコットン、それも家で洗濯できるのばっかり。楽なのがいい。
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今日の手作り
日本から持ってきた、ミサンガの本(ブックオフで100円だった)を見て作成。
ミサンガは、材料が刺繍糸だけ、あとはクリップ程度で作れるし、道具が要らないので好き。
 マクラメの結び方を覚えるのにもいいかなとか思ったけど、今になるまでそれほど難しいパターンを結ばなかったので、これはまた日本に帰ってからもやってみる。

 ちなみにこれは、本で見たときは、一体どうなってるんだ…と思った。
 やってみるとこれは、2本作って、それを組み合わせて作るものだった。なるほど、こうなるのか…となって面白かった。

 配色がなかなか難しい。輪の中に入る色が、意外と…。これ、1本は3色で作って、もう1本は1色とかの方がいいかも…。でなきゃ、2色ずつにするか。
んでもってこれ、手首に結ぶかというと、それも微妙だな…。これはやっぱり、「作っている時が楽しい」カテゴリだ(こればっかり)。
 



生命の樹ペンダントヘッド自作

【生命の樹のペンダントヘッド】、作ってみたのが、なんとなくごちゃごちゃしていたのが気に入らなくて、もう一回作ってみた。
…というのも、図書館で借りた本は、針金を一番最初にまとめてねじって、幹を作ってから、輪に針金を止めていく方式だったから。

 作りながら、最初に根っこの部分だけ、作っちゃってからねじった方がいいんでは…という気がしたのでやってみた。
 以下、作成過程。写真は、クリックすると大きいものが見られます。輪は、キーホルダーなんかに使うキーリング(二重になっているもの)で、32mm。前回作ったときは28mm使用。
使用したワイヤーは24番。図書館の本では26番と指定があった。やってみた感じだと、24番より太い針金だとつらいかも。

15センチぐらいに切った針金を輪に、2、3回巻き付ける。これをぎっしり、10本から16本ぐらい。輪の大きさと、枝が最終的に何本ほしいかで決める。数は偶数で。あんまり少ないとそれはそれで寂しくなってしまうので、最低でも10本ぐらいあった方がいい。今回は12本で。



2本ずつまとめて、ねじる。根の部分になる。



全部の針金をまとめてねじって、幹を作る。まっすぐに作ると、木の高さが小さめに見えるので、湾曲させてもOK。売っているペンダントは湾曲した形が多かったので、そういうものなのか、と思って適当に曲げた。ただ、あんまり外側の輪との距離が短いと、ビーズがちょっとしか入らなくなる。



2本ずつにわけて、ねじって枝を作ってから、枝を1本ずつに分けて、ビーズを通して、輪に針金を巻き付ける。木の形によっては、4本ずつねじって、そのあと2本ずつにわけてから1本ずつに分けてビーズを通すパターンもあり。



完成。ビーズの色は、単色にしてもいいし、いろいろな色を使ってもいいし、枝の元から、先にかけて、グラデーションで色を変えたりすることで全然表情の違うものが出来る。アマゾンで売っていたのは、本当に色々だったので参考にされたし。(一番上の行のリンク)



前回作ったものとの比較。前のは、輪がちょっと小さかった。どおりで…今回の方が作りやすかったわけだよ…。今回のは直径32ミリ。たかが4mmの差とはいえ、かなり、作りやすさが違う。ちょっときれいに出来たのは2回目だからだと思ったけど、この輪の大きさのせいか?



 図書館の本では、輪は既成のものではなくて、16番の針金を丸く輪にして、上にループを付けていたので、自作の輪でもいいと思うけれど、針金を巻き付けるとき、結構ぎゅうぎゅうひっぱらないときれいにならないから、輪がゆがんだり、形が変わったりしないか気を付けながらやるのは無理だな、とおもったのでキーリングを使った。あと、図書館の本では、これよりずっと直径が大きい45mmぐらいのものだったので、大きく作るともっと楽かも。

 緑の薄いのと濃いの2色で作ろうかな…とか、白だけ、とか青だけとか、ショップのを見ていると、違う色も作りたくなる。
輪は30個セットしかなかったので、いっぱい余っているから、色違いも作ろうかな。

 もうちょっと手がなれたら、小さいのを作って、イヤリングに…は無理か…。重たそうだ。
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…
1時間、時間がはやくなったので、いつもより1時間早くベッドに入ることになって。
眠れない…。そんな気がしてくるとよけい眠れなくなって、そして朝が眠い。だって1時間、早いのだものね。
突然1時間ずれるのって、やっぱり不便。日本にサマータイム導入とか、なくてよかった。

アメリカのレジのサービス

アメリカのスーパーでは、袋詰めは、レジをやっているひとがやるか、袋詰め係の人がいて、その人が詰める。
うまい人はうまいし、早いが、ヘタな人はヘタで、遅い。

うまく冷凍食品だけまとめてくれるとか、軽いものと重いものを混ぜないとか、卵パックとかバナナだけ、別にしてくれる…といういい感じの人に当たるときもあれば、桃と缶詰を一緒に入れるのはやめてほしい…という人まで、正直、「袋詰め力」のばらつき具合は大きいので、実は自分で詰めてしまいたい…と思うことも。

 1ガロン(3.6L)の水のビンを買う時、「袋に入れるか、そのままか」と聞かれることが多いが、これはわかる。プラのビンには取っ手が付いているので、実は袋に入れるより持ちやすかったりする。1.8Lのミルクとかオレンジジュースは、何も言わずに袋詰め。

 ミントとか、キャンディの時はなぜか、「このまま持っていけ」とばかりに、袋に入れずに、手渡されることが多いのは、なぜなんだろう。

 他のサービス、たとえば、卵パックだけ別にしてくれるとか、水をそのままにするか聞かれるとか、そういうサービスは「してくれる人」と「してくれない人」がいるのだけれど、ミントとか、キャンディの手渡しは、なぜか、優先度が高くて絶対そうなる。

 私は息子には小さいころから、「家に帰ってから、あけようね」と教えていたし、確か私も、お店で買ったものをその場で食べる…というのは、屋台とか、ソフトクリームの売店とか…というような「飲食専門」ならともかく、スーパーで買ったものを家に帰らないうちに開けて食べちゃう…というのは、やっていなかったので、息子にキャンディの箱を手渡されても、袋に入れてくれればいいのになあ、と思ってしまう。

 別に、食べたかったら、車までもって行く間に袋のなかから探し出してしまえばいいだけなんだから、その手間のかけ方が、ちょっと、謎だ。そのキャンディ手渡しを徹底するぐらいなら、缶詰と柔らかいものを一緒にいれないとか、冷蔵するものは一緒の袋に入れてくれるとかを徹底してくれた方がいいのになあ。

 「どこが気になるか」。これが多分、文化の差というものなんだと思う。きっとアメリカの人も、日本に行ったら、「レジ袋に毎回自分で詰めるんだよ?信じられなーい」と思うのだろうな。

ベッドメイキングのコツ

これは、今まであんまり、誰にもばらしたことはないのだが、夫には目撃された。

「?」という顔だったので、ネタばらしをしたら爆笑された。

便利な技だと思うんだけど…というわけで、今日はブログを読みに来てくれた人とシェアしようと思う。

ベッドに寝たまま、大の字になって、手と足をつかって、上にかかっているシーツと、毛布と布団を伸ばす。
つまり、足を布団の隅に届くように開いたり、横に開いた手を上下にすべらせて、シーツと毛布と布団をスムースにする。
上のシーツを襟元で折り返す。

のちに、そーっとベッドから出ると、ベッドメイキングの手間が省ける。

これは、私が考えたのじゃない。2000年前後ぐらいに、私が読んだアメリカの8歳から13才向け女の子雑誌の「American Girl」という雑誌の「部屋をきれいにしておくコツ」に載っていたものだ。アメリカの子供は、ベッドは自分でちゃんとしておく…というのを親から言われる子が多い。この作業をやらないと、やっぱりだらしなく見えるからね…。

 こうやって、のばしたあと、ベッドの横にカバーを押し込めばOK、ということみたい。

最近は、ベッドマットレスの横の部分からベッドの横の部分と、上にかかっている部分が、ファスナーになっていて、ぐるっとファスナーを閉めたら、ベッドメイキング終わり―。という、【寝袋みたいになっているベッドセット】があったりするのも、やっぱり手間を省こうということなんだろうね。アメリカのこういうセットは、全部洗濯機に突っ込んで丸洗い出来てしまうので、いいかな、と思うけれど、私は寝るときに暖房をあんまりかけないで部屋は寒く、布団はあったかいのが好きだから、これだけじゃ足りないな。

うん、まあ、大概は子供用だけど。大人はがんばってベッドメイキングしろってことかねえ、やっぱり。面積が大きいから目立つし、クッション山積みにしているのをよく見る。
毎晩寝る時、クッションはどうするんだろう。あれはインテリア雑誌で見ても、すごく不思議。
まあ、1つは枕に使うにしても。やっぱり落として寝て、次の日、ベッドメイキングしてから載せなおすのかなあ。
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…
荷物の整理は、なかなか進まない。気を付けて買うものは控えめにしていたつもりなんだけど、どーしてこんなにあるんだ(笑)。
アメリカの方が、分別が少なくて捨てやすいというのはあるので、頑張って整理して帰ろう。

ピンと来ない英語

大統領選挙の後、よく聞くようになった、alternative factという単語。alternativeというのは「…のかわりになる」とでも訳せばいいだろうか。alternateという単語もあって、これは「交互に」かな。たとえば、打楽器をたたくとき、右手、左手、右手、左手、と交互に使ってたたきましょう、という時には楽譜に、「alternate」と指示がある。

 alternativeで、他のコンセプトで聞いたことがあるのは、alternative rockとか、alternative music、これは聞いたことはあった。つまり、「主流じゃないタイプの」だと理解すればいいらしい。つまり、同じようなジャンルなんだけど、代表的なもの、みんながそのジャンルのことを考えたとき、ああ、あんな感じね?と思いつくものではないものが、こう呼ばれるらしい。

 そこまでは知っていたのだけれど、このalternative factってのは、なんだ?というのが何度も聞く割にわからないな。と思って、今日改めて調べてみた。

 ネットで、「what is alternative fact?」とグーグルにかけてみた。
するとてっぺんに出たのは「what are alternative facts?」あ、そうか。複数形で聞くべきだったか。
 トランプ大統領が、就任式をやったとき、オバマ大統領の時より集まった人が少なかったのだけれど、それを「すごい大人数」と報道したことがあって、その報道が、「うそ」ではなく、alternative factだと言ったことが、この言葉がよく使われるようになったきっかけらしい。
 
 alternative fact=falsehood、つまり「虚偽」ということは「うそのこと」…という理解でいいようだ。
えー。なんていうの?これはつまり、英語としてもともとある言葉を使っているけれども、コンセプトは最近のインタビューとかで出来て、はやっちゃった…というだけのことか。わかりにくいなあもう。

 ちなみにalternative rightという言葉は、「主流でない」という意味の方で、「右翼のなかでも、少数派」ということでいいみたい。
「人種差別主義者たちは」とはっきり言うわけにはいかないんだろうな。

 こういう、辞書に載っていない組み合わせの言葉というのは、学習するのは難しいね。その時々で学んでいくしかないんだろうけど、細かい雰囲気、例えばalternative factとトランプ側の主張をあざけるときの、シニカルな感じとかまで読み取れなくてはいけないってことだからねえ。

 「不都合な真実」とか「おひとりさま」とか、「負け犬」みたいな、流行った時代を知っていれば、「ああ、あれね」という感じの日本語と同じなんだと思う。

 ピンと来なかったら、やっぱり調べるしかないんだな。語学って、ほんと、底がないよねえ。



 

どーやったら、かわいくできたのかなあ。

近所の人に誘われて、これまた近所の手芸店でやっている、リース作成教室へ行ってみた。アメリカでそういう教室に参加するのは初めてだ。参加料10ドル。
 これが見本ですー。と1つ、見せてもらう。
 グルーガンがテーブルに2つ。小さめの、茶色いツルを巻いたリースが各人に1つずつ配られる。
 テーブルに、造花がバラバラっとおかれて、リボンが10巻ぐらい、テーブルに置かれる。

 花をリースにくっつけてください、グルーガンのグルーはとても熱いので気を付けてくださいね?
 花は、このテーブルにあるのを使ってください。ハサミは置いてありますので交代で使用してください。
 リボンはこのテーブルにありますから、どうぞ。

 はい、じゃあクリエイティブにねーーー。

…で、説明は終了!

えええー。花、自分で選べないの??(選べないらしい)
 しょうがないから、その場にいた5人でテキトウに花を分けて、これまた、テキトーにくっつけて、リボン…。
 なんだかリボンの色がすっごい微妙なのばっかり。それにすごい細いのが半分ぐらい。売れ残り?売れ残りなの??
 これで10ドルはないよな…と思ったが、まあ…。うわーん。センス、ないんだよぅ…。
 見本に使われていた花も、リボンも、使えるのには入ってないってどうなのよーーー。

 しくしく。日本でやったら、もうちょっと造花が豪華だっただろうに…。
 それ以前の問題で、やっぱりこういうの、センスとかないしさ…。こう、ブログとかに載せるんだったら、もっとこう…もっとこう…
こういう出来でブログに載せる人っていないよねえ…。
 ちょっとしょんぼりしながら帰ってきた。
 「うまく出来なかったのよー」と愚痴ったら、夫は、「大丈夫、誰のとも比べなければ、かわいく出来てるよ」と微妙ななぐさめ方をしてくれた。

 日本の造花を思い出した。あの本物っぽい、ベルベットのような花びらを再現したバラの造花、ああいうの使って、リボンは深緑に金とかをこう…ネットでふんわりした結び方になるのを探して作って…松ぼっくりとかを貼るのもいいなあ…

 うん…頭の中でだけなら、うまく出来るような気がするよね。でも現実は厳しいなあ。
 日本人は、創造力にかける人が多い、なんて言われるけれども、私も、見本がほしい。見本から「ちょっと」変えるのならいいんだけどな…。
せめて、こういうのブログに載せると、私のほうがずっとうまいわーー。とうれしくなる人がいてくれたら、いいな。


クルミシェイク

アメリカも、そろそろ終盤、アメリカでしか食べないもの…ということで、ハンバーガーやさんの、シェイクを飲みに行ってきた。
この日はかなり暖かい…というより、むしろ暑く、長袖のTシャツ1枚に、薄いベストを着て出かけた。この温度なら、シェイクも問題なし。

 マクドナルドあたりのファーストフード店へ行けば、バニラ、チョコ、ストロベリーあたりのシェイクは日本でも飲めるが、アメリカでは、「モルト入り」(小麦の麦芽らしい。つまり、ミロみたいな味が足される)と、それから、ピーナツバターとか、チョコレートバーを粉砕したのが入っていたり、バナナやキャラメルがあったり…。

 というわけで、今日は20種類ぐらいのメニューを前にした。普段は、ハンバーガー食べた上に、シェイクを飲んじゃうとあまりにもカロリーが多くなるので、ダイエットコークなどを頼んでいたのだが、今日はシェイクだけを飲むので大丈夫。

 「walnuts」というのがあった。ナッツ系のアイスクリームが好きなのでこれに決定。

ストローが刺さって出てきたのはいいけど、固い。なんていうか、これはむしろ、アイスクリーム寄り?
ちょっと、固めのソフトクリームか、夏の日差しの中で食べるアイスクリームはこんな感じ…といった風体。
そして、てっきり、クルミは、細かくなって混ざっているものと思っていたのに、結構大きいまま入っている。少なくともこれ、もらったストローで吸ったら、ストローに絶対詰まるよ?という感じだった。

 しょうがないので、スプーンをもらってきて、ふたを取り、すくって食べた。
 アメリカのシェイクは、何にも言わずに出てくるサイズだけどこれ、日本のLだよね…。
 多いったらないよ…。日本のサーティワンだったら3スクープ分ぐらい…いやもっとか?というぐらいあった。

ナッツっぽい味…これは多分、ナッツ系のシロップと、バニラアイスを混ぜたところに、クルミを散らして混ぜたんだな。
クルミ入りアイスクリーム、これはハーゲンダッツのメイプルウォールナッツにかなり似ていた。

 日本で、ハーゲンダッツのアイスクリーム屋さん、もうなくなったんだっけねえ…。と思いながら食べた。

おいしかったけど、これは絶対、シェイクじゃない。アイスクリームだった。

正しい英語なんだけどね

ブログをみていると、「スポンサードリンク」というのをよく見る。
つまり、このブログは、無料で運営されているのだけれども、どこかの企業が、広告をだして、このブログを「スポンサー」しているということなんだね。

日本語で言うと「提供」でいいんだと思う。
最近はテレビをあんまり見ないので、わからないけれども、昔サザエさんなんかを見ていると、
「この番組は明るい暮らし、東芝の提供でお送りします」…などとアナウンスされていたから、この言葉は、ちゃんとわかる。

スポンサーリンク。つまりこれは英語で書くとすれば、
Sponsored link、とこうなる。英語の検索で定義を調べると、検索結果にある程度関係のあるものの広告を、お金を払って表示させるというのを、こう呼ぶらしい。

このedは、過去のことを指すのではなくて、「受け身」の方なんだよね。「お金を払って出るようにされた」広告。

だから、「スポンサード」リンク、でいいんだよ、あってるんだよね、これ。

でも、これが何回見ても、「スポンサー」「ドリンク」に、見えちゃうんだな…。
最初は、なんのドリンク?と思った。

だから、「スポンサーリンク」と書いてあるほうが、「ドリンク」がみえなくていい。
これは多分Sponsor's link、つまり広告にお金を出した人のところに飛ぶリンクを意識した表現。
日本語では、たとえば、花子ちゃんのお母さんは、「花子ちゃんママ」と呼ばれるように、所有格の「の」が飛ぶ時があるから、こっちのほうがしっくりくるんだなあ。

英語って、だいぶ長い間読んでるし、勉強してるけど、やっぱりなかなか、日本語のくせというのは無視できないものだと思う。

windows起動後の音をなくす

ここ半年ぐらい、ウィンドウズが立ち上がって、使える状態になった、ぐらいのところで、「ポンぽぽポーン♪」と音がするようになっていた。
ポンぽぽポーン♪

しばらくたったら、2回になった。ポンぽぽポーン♪ポンぽぽポーン。

何の音だこれ。

多分、ダウンロードゲーム販売のGoodOldGamesか、Steamのアプリの音だろう、と思っていた。
この2つのサイトのアプリは、Windowsのバックグラウンドで動作して、買ったゲームを遊ぶ時に起動が早かったり、または買ったゲームにアップデートがあったとき、バックグラウンドでダウンロードをすませておいてくれたりする。

これが2月ぐらいに、ポンぽぽポーン♪ポンぽぽポーン♪ポンぽぽポーン♪ポンぽぽポーン
…と4回鳴るようになっていた。

うるさいな…。と思ったが、スリープから戻るときはならないので、つけっぱなしにしている時はまあ、いいか…というわけで放置になっていた。立ち上げなおすのは、ブラウザの動きが遅くなったり、パソコンの動きが悪くなった時だけ。

それが、3月に入って、
ポンぽぽポーン♪
ポンぽぽポーン♪
ポンぽぽポーン♪
ポンぽぽポーン♪
ポンぽぽポーン♪
ポンぽぽポーン♪
…と6回に。

スピーカーを消音して対処。(←対処がテキトウすぎる)

3週間後(つまりこの日記)の時、ちょっと前に音楽をパソコンで聞いていたので、うっかりスピーカーを音が出る状態にしたまま再起動。
ポンぽぽポーン♪x

だーーー。
ちなみに、ウィンドウズの起動音は、コントロールパネルのサウンドの「サウンド」タブの、「ウィンドウズの起動音を鳴らす」のチェックボックスを外すとならなくなるらしい。グーグルで、「ウィンドウズ起動後の音をならさない」とグーグルしたら、これが出た。
一応、自分のもチェック。もともと、チェックは入っていなかった。(起動音って、どんな音だっけ)

しょうがないので、まず、GoGのサイトからダウンロードしたゲームと、GoGアプリをアンインストール。
音が11回に増えたorzがっくし。

夫に相談だ。
「あのね、Windowsの立ち上げ直後に、音が鳴るんだけど、それがどんどん増えるの。ゲームアプリのバックグラウンド動作の音かと思って、削除したんだけど、音が減るどころか、増えたんだけど、どうしたらいいと思う?」

「一回、立ち上げなおして?」
といって、「ポンぽぽポーン♪」を聞いた夫は、言った。
「この音はねえ、USB接続のものを探しに行くときの音だよ、なんか覚えがある?」

あーーーーー!仮想ドライブ!!
CDドライブがないパソコンで、CDが「入っています」と認識させるために、CDの中身を全部コピーしたファイルをCDドライブとして読む…というツール「Daemon Tools」が、なにかをやっていたらしい。

ツールを立ち上げて、全部の仮想ドライブを外したら、音が鳴らなくなった。なぜか、ドライブが1つだけでいいのに、すごくいっぱいに増えていた。この「増えていた」のが原因らしい。

古いゲームは、CDがドライブに入っていないと動かないものが多いんだよね…。
遊びたくなったら、またマウントしなおしたらいいだけなんだけど、そのままにしておいたのがダメだったらしい。
「そのツール、最新版にアップデートしておいたら?」
というのが夫の助言だった。

 これだけで直るんだったら、音が2回になった時、相談すればよかったなあ…。

早く帰りたいな。

もうちょっとだけの間なんだけど、早く帰りたいな…って思う。
さいきんSNSでシェアされてくる話が、怖いのが多くなっている気がする。
まあ…トランプが嫌いな人が多いので、特にそういう「トランプを大統領にしたら、こんなひどいことが起こっている」というのをシェアする人が多いだけというのもきっとあるんだろうけど。

ユダヤ人のコミュニティセンターが爆弾をしかけるという脅しがあってセンターが使えなくなったとか、シナゴーグも退避することになったとか、インドから来た人がレストランで突然国へ帰れ、と銃で撃たれたとか(一人死亡、一人けが)、春節で中国からアメリカの親戚の家に遊びに来た中国人が、そのアパートの駐車場で車に乗っているところを撃ち殺されたとか。ただ、そこにいただけ程度のことで、喧嘩したとか、中国人が銃を持っていたとかじゃ、全然ないんだよね…。
 特に、中国人の話は正直他人事ではない。アメリカ人は、中国人韓国人、日本人の区別なんかつけちゃくれないからだ。

 私も…私の夫も、街を歩いている時、レストランで食事をしている時に、そういう頭のおかしいアメリカ人に撃たれることがあるかもしれない。私は、精神障害を持っていると人たちを差別してはいけないということは、常識としては知っているが、全く関係のない人を突然、銃で撃つ人を、他にどう呼べと、と思う。

 頭がおかしい…。絶対おかしい。皮膚の色が違うだけで、相手を殺していいと思う人がいる。
 インドから来た人は、アメリカで高等教育を受けた人も多い。もちろん、不法移民なんかじゃない。ちゃんと合法的な移民で、税金を納め、何年も平和に暮らしている人達。ユダヤ人だってそう。永住権を持ち、何代にもわたってアメリカにいる人も多い。

 「アメリカは、白人の国だ」…というポスターがあちこちで発見されている。こういうのをゲリラ的に貼る人がいる。これは、「犯罪」になるので、見つけ次第はがされるし、貼ったのを見つかったら警察に捕まるんだけど、やっぱりこういうことを本気で信じている人がいる。

 最近のジョークに、
1960年代、高卒資格:5人の家族を養える給料がもらえる仕事に就ける、よかったね。
1960年代、大卒:どっさりかせげる。ほかの人に押しのけられず、一生やっていける、やったね!
現在、大卒資格2つ、大学院卒業、仕事の経験あり:しばらく、スーパーでバイト。仕事掛け持ち、ぎりぎり、そして、年寄りが書いた、「今の世代は怠け者だ」と書かれたSNS投稿を目にすることになる。

…なんていうのがあったぐらいだから、確かにいい給料を払う仕事というのは減っているのだと思う。
物の価格は相対的に下がると同時に、経費削減が進み、賃金削減も進んでいるんだよね、きっと。
昔は「白人男性」だというだけで、いい仕事が手に入った時代もあったんだろう。

 でも、今はそんな時代じゃない。いい給料取ろうと思ったら、高卒どころか大卒、手に職をつけるか、特殊技能を習得するか…ともかく、機械が出来ないことを出来なきゃ稼げない時代になった。

60年代はよかったなあ、そのころと変わったことといえば…。ということで、黒人は搾取労働されていたとか、給料が低くてもどうしようもなかったとか、そういうこともあるから、じゃあ、そのころに戻れば、俺らはいい生活が出来るんじゃないの?というのがこういう白人至上主義者の主張なわけで、もっとすごい人になると、黒人なんか、給料なしの奴隷で十分、南北戦争で南部が勝っていればよかったのに、とこう来るんだよね。

 頭がいい人、教育を受けた人はこの理論に穴が開いていることを知っている。このグローバル時代に、何の寝言か…と思っている人たち。
でも、無教養な人は、こういう理論に、飛びつくんだよなあ…。

 トランプは、こういう無教養な人たちを利用したんだなあ、と思う。

見てると、疲れる。そして、やっぱり怖いと思う。
 マイノリティとして、戦う…というほど、アメリカに義理があるわけじゃなし…。
だから、ほんと、早く帰りたいな…と思う。

 マジョリティでいることというのは、やっぱり楽。
銃がない社会というのは、やっぱり安全だと思う。

アメリカで引っ越し準備

要らないものが山になって出る。
こんなに、家にあったんだ…状態。ごみもすごくたくさん出る。引っ越しのたびに思うのだけれど、これ…全部捨てても大丈夫だったんだよね?ってなる。もっと早く捨てておけばすっきり暮らせたのかなあ…とか。

 息子の学校で同じクラスの中国人の家族が、いらないものをたくさんもらってくれた。
 アメリカでしか使わない、学校に持っていく文房具とか、電気製品で持って帰らないものとか、おもちゃや、パズルで、日本に同じものがあります…というものとか…。その家族も、短期で来ているので、あれば便利、買うほどでもない、もらえばうれしい、というものがたくさんある。

 息子が仲良くしてもらったし、どうせ、捨てるか、寄付するかなので、もらってね、と言ってばんばんだした。
 中国の、同じように引っ越していく人からは「売られた」そうで、(何代にもわたって使われ、結構ひどいものが多かったらしい)本当に、ただでもらっていいのか、とさんざんお金をオファーされたけれど、どうせ寄付するつもりで買ったアメリカで一番安いものとかだし、一年使い切って、正直壊れるかもしれない(アメリカの電気製品の安いのは、本当によく壊れる)し、お金をもらうほどじゃない、もらってくれないなら、ただで寄付に出すか捨てるんだから…となだめておいた。

 フライパンは「あるからいい」といわれたが、私が別に買った、フライパンのふたは、喜ばれた。

 アメリカ人はフライパンのふた、いらないけど、料理するときにいるよね?というのでそのママさんともりあがった。
そうなんだよ、いるよ。蒸し焼きにするとき、ふたは要る。ぐつぐつさせたいものもあるよね。そういうものがフライパンで調理される…というところが、ちょっと似てると思う。

 多分、使う調理器具が違うか、調理法がないか、どっちかだ。でも、中国と日本だと、共通点があるんだなあ。
深い鍋も、すごく喜ばれた。浅い鍋が多いんだ…。深い鍋は突然「イタリア」の鍋だったりして高い。この深い鍋は、グッドウィル、つまりキリスト教団体が、ただで寄付されたものを、売ることで利益を出すショップで、買った。

 家具は、「こわれていなければ」、こういうクリスチャン系の団体が電話をかけたら、引き取ってくれることが多い。
 布団、タオル、服などは、プラスチックの袋(ゴミ袋でOK)にいれれば、引き取ってくれる。マットレスは袋に入れなくてもOK。
 1年だけ使ったとかだと、もったいないし、毛布なんかまだまだきれいだから、十分使えるので、ぎりぎりまで使って洗ってから、引き取ってもらうことになった。羽根の入ったものは洗わないでそのまま持って行ってもらう。

 中国人のママさんと、話題になったのは人によって、「ただでもらっても売る」という人がいること。
 何世代にもわたって、短期滞在の人がいて、ただでどうぞ、ともらったものを売る人が時々混ざっているんだよね。
 なんとなく、せこい気がするよねえ、と。(せこい、という単語が見つからず、2人で沈黙した(笑))
 多分、「けち」で stingyだと思う。
 私も、ここに来たばっかりの時、「買いませんか」と日本人のグループの人からおすすめされたことがあったが、もうその時は必要なものは大体そろっていたのでお断りした。そういうグループに先に連絡取っている人もいるみたいだったけど、うちはすっかりそういうのを忘れて、テキトウにそろえたからなあ。
 駐在が初めてだったら、確かに…そういう連絡を前もってしたかもしれない。

 電子レンジと、掃除機は、日本人の人がほしいというので、譲ることになっている。
 お金は、もらえればうれしいけど、正直もう帰国寸前で、忙しすぎて、そんなこと考えている余裕がない。
 ただでないなら、いらないという人も多いし、だったら、売れるまで待とうか、というほど期限に余裕もないし、直前まで料理もしながら住んでいるのだから、ぎりぎりまでゆずれないし。
 部屋に山積みにしたのを、ありがとう、と持って行ってくれる近所の部屋を借りている中国人のママ友さんがありがたいのは、つまり片付くのが優先だから。

 要らなかったら捨てて!といって、どんどん引き取ってもらっている。ちなみに、粗大ごみであろうがなんであろうが、アパートの集積所に放り込んでおけば、持って行ってくれるので、引っ越しシーズンには、ベッドのマットレスが突っ込まれているのを、時々見たぐらい、アメリカのゴミ収集というのはものすごいので、捨てに行くのは、さほど手間でもないはず。

 全く英語をしゃべらない中国人駐在妻のグループがあるらしいので、いりそうな人がいたら、売るなり、あげるなりしてちょうだいっ。そのあと、誰も要らなかったら捨てて!というのにOK出してもらった。

 日本の引っ越しと違って、飛行機で国ごと引き払う、というのは、予定に全く変更が聞かないということでもある。
 えっほ!えっほ、と詰めて、多分だけど、日本に帰ってから、「なーぜーこーれーがー」というものが入っているんだろうな。
 毎回、どの引っ越しの時にも、「あ?捨ててもよかったのにね」というものと、「えーっと…。あれはもしかして、捨てちまったか…」というものが出る(笑)。
 
 ヘアターバンを2枚も荷物に入れていた私、何考えてたんだろう。結局1回も使わなかった…と思ったら思い出した。
そうだよ、私もっと伸ばすつもりだったんだな…とか思いながら捨てた。

 そして、ハンドクリームはほとんど使用していないが、ふたが開いてるので全捨て。最後にいつ使ったかすらおぼえていないってどうなの…。

 日本の食材で余ったのは、「ホイップクリームの素(粉)」と、だしの素ちょっと、それからひじきが惜しんで食べすぎて半袋残ったけど、もういいや、と捨てた。ホイップの素はないと思ったのではなくて、単に日本で出発前に残っちゃったので入れてきただけだしね…。だしの素は大袋を、ふた付の入れ物に入れなおして使っていたので、もらってもらうほどでもない。

 お米ももうないしな…。最後の日は外食にしてもらうから、最後から2日目になったら、調理器具と食器も引き取ってもらうことになった。

 もうすぐ。そう思って頑張る。

淡々と、または朗々と

図書館では、朗読のCDとか、テープの貸し出しもある。
指輪物語はめちゃくちゃ長編だが、これの朗読音声があったのをアメリカの図書館で借りたことがある。

男性の声で、朗読されるそれを聞いていた。
うんうん…。こうなって…こうなるんだよね…。
愛読しているだけあって、場面がどこか、ということもちゃんとわかる。
朗読というのも、案外いいな…と思った。

トールキンの作った、指輪物語の世界には、エルフという種族がいる。人間よりも、姿かたちが美しく、もちろん声も美しく、詩を作り、歌を歌っても大変美声…ということになっている。

なにか、というと歌うんだな、この種族が。歌で悲しみを、喜びを表現するし、夜キャンプとなればまず歌う。焚火の周りで歌うキャンプソング…という感じではなく、切々、または朗々と歌い上げるその歌声が夜空に…
…といったような感じ。古い時代の物語や、美しかった先祖たちへの賛歌や…まあ、詩的なわけよ。

その「エルフが歌う」場面になったとたん、朗読のおじさんが、裏声になり、女性の声ぐらいの高さで、変なリズムを付けて、エルフ語を朗誦し始めた。

ちょ、やーめーてー。雰囲気台無し…。
おっさんが裏声で歌っているようにしか(それもヘタ)聞こえない。

メロディじゃないの、掛け声、それも変に抑揚がついていて、音楽的でもない。

これなら、淡々と朗読してくれたほうがましだってば…(エルフ語の発音は、作者が設定している)

ひぃいい、と思っているうちに、それほど長くなかった歌部分は終わって、また朗読に入った。
そのまま聞き続けた。

しばらくたって、エルフがどっさり住んでいるところへ着いて…

ああやっぱり…やっぱりおっさんが裏声で…。

その違和感に耐えられなくて、結局朗読は聞くのをやめてしまった。

淡々と朗読される中、自分の頭の中で比類なき美しさを想像することはできても、全く美しくないものを変な抑揚で聞かされながら、美しさを想像するのは、難しかった。
せめて、じゃましないで…という気分。

それ以来しばらく、指輪物語のエルフ語の部分を読むたびにおっさんの裏声で再生されてしまうというイヤな効果が残った(-"-)。

私は、ラジオドラマは好きだ。多分、「臨場感あふれる」とか「感情を込めたセリフ」とかも、ラジオドラマなら、喜んで聞いたと思う。音楽劇とかでも。でも…。朗読のおじさんが歌がうまかったら、それでよかったのかなあ…。そうでもない気がする。
ドラマが聞きたければ、そういうCDを選ぶだろう。

読書の代わりとして、ストーリーを頭の中に思い浮かべて楽しむというのなら、やっぱり、邪魔にならない朗読スタイルがいいなあ。

偏りのある文章

うちでは、息子をまだ塾に通わせていない。
高いんだ、塾代って…。

 そんなわけで、息子と一緒に家で問題集を使って勉強中。

 一応、息子には、「文章に書いてある情報が、いい、悪い、またはあっているか間違っているかということは、考えなくていい。文章が何を言っているかを読み取ることが求められているのだ」というようなことは説明済みだが、それでも、時々、違和感がある。
 
 今日の文章は、科学について。
 *科学は、いろいろな人が、自分の関心のおもむくまま、追及し続けた結果、発展した。

これはいい。

 *現在、科学の発展には、お金がかかる。個人でそういうことは出来なくなっていて、税金がかかっている。

まあ、これもそうだろうね。

 *みんなが本当に大事だと思うことに、お金を使わなくてはならない。

…まあ、いいとしよう。基礎研究なんて、地道なものだし、何が大事か、なんてわからないものだけど。

で、結論に導くブリッジが、「でも、本当に大事なことだけにお金を使ってない」「原子爆弾とダイオキシンが出来た」

最後の結論が、「悪意で作ったのではないが、20世紀の科学は人類を不幸にしているように見える」。

えーーー。なに、その最後の大跳躍!いや、「見える」と最後が主観ですよ、と言ってるだけいいのかもしれないけどさー。

で、その本の題名は「ヒマラヤで考えたこと」だって。

…ヒマラヤねえ。この人は、知らないけど、題名から行くと、登ったのかなあ。
 きっと、環境破壊とかに心を痛めた人なのだと思う。

 わかるんだけど、ここだけ見ると、すごーく違和感がある。飛行機に乗り、ヒマラヤまで行き、ゴアテックス着て登山する…いや、それ以前の問題。乳児死亡率が下がり、病気が治る薬が出来て、私たちは毎日科学の世話になって生きているんだから。

 自然は、そのままにしておいた方が、多分いいのだと思う。ヒマラヤに置き去りにされる死体、投げ捨てられるゴミの話は前から問題になっている。登る…というのは、つまり現地の人が、ではない。私たち、登山を趣味にするような贅沢な事が出来る国の人が、金の力で趣味を満喫している、そのことについて…。きっとそういう文脈なんだろうなこれは。

 発展した科学技術がまだ導入されていない場所の自然は、美しく残っているかもしれない。ただし、その場合は人間の住環境も、ぐっと昔風。乳幼児死亡率、病気、けがなどの医療、それから教育…。
 私たちは、科学の恩恵を受けるが、お前たちはその自然な環境で生き延びろ。そういうことなんだろうか。

 「いろいろなものを発見発明することで、幸福になるのだろうか」とこの文章は問いかけている。
 これは、よく調査にあるよね。大体、人間の幸福度というものは、ある程度までしか、そういうことには左右されないというのがあるみたいだけれど…。今から、科学技術を減らした生活をして、環境にかかる負担を減らそうというようなことを実践できるのかというと、やっぱり、難しい。

 ダイオキシン汚染を、どうしたら解決できるか。原子爆弾を使わないようにしましょう…そういう科学、文明、文化…というものを育んでいくしかない。

 科学技術の恩恵をここまで受けて暮らしている私たち日本人が…。衛生的な環境と、医療、温度管理された家に慣れた私たちが、「20世紀の科学は人類を不幸にした」と言っちゃいけないよな…と思う。科学技術がなければ子供のころに、死んでたかもしれないんだから。なんせ、原始的な環境だと、「半分」は5歳までに死ぬとかだからね…。

 これを言っていい人は、科学の助けを借りないで暮らしている人だけだ、と私は思う。
 それなら、説得力あるよな、と思うだろう。

 一つ一つの文章を読むと、間違いなくもっともに聞こえる。自然は大事。ダイオキシンは環境によくない。ダイナマイトのような大量殺戮が出来るものは使わないほうがいい。
 でも、これを全部並べたとき…。同じカードの表と裏のように、科学の、医療の、工業の発展が、隠れている。

こんな文章を、小学生の息子に読ませるのが、いやだな、と思う。
 例えばじゃあ、「じゃあダイオキシンがいいっていうのか」と聞き返されたら、答えはNOだ。でも、何が裏側にかいてあるのかということも…今日本人がいる環境が生き延びるのに好都合に作ってある、楽が出来る贅沢な環境だということも、一緒に書いてあるといい。

まあ、この本を書いた人が、ヒマラヤに骨をうずめる決心をして、もう現地に住んじゃって本を書いているなら、この文章はありだ。
知らない人だから、これ以上批判的なことは書かないけど…。

根源的なことをいえば、「何を幸せとするか」。ここなんだろうな。私は…やっぱりなるべく命がたくさん助かる生活がいいと思う。たくさん産んで、たくさん死んで、丈夫な人だけが、短く命をつないでいくのが、自然の姿なのかもしれないけれども、出来れば、生まれてきたら95%ぐらいの確率で生き延びて、年を取って、もう、十分だな、と思えるぐらい生きてから、去っていくという、現在のシステムが性にあっていると思っている。

 大丈夫。不幸というものは…または幸せというものは、主観的なものだから。「ユートピア」だったっけ。
 「不幸になることを、その自由を望む」という野蛮人が出てくるのは。虱に食われ、垢まみれで、病気になっても、それが自由なのだと。そう考えると、このテーマはかなり昔から使い古されたものなんだね。

 息子には、ものには、表と裏があって…。周りをぐるっと回ってみないと、いろいろ見えないことがあるのだと教えたい。
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今調べたらこれは岩波ジュニア新書だった。ということは、中学生向けか。
 そして、この人はヒマラヤに行ったあと、環境保全に尽力したらしい。ふーん。まあ、もちろんこういう本を書くときは、「かもしれない」なんて語尾を濁すものではないんだろうからね。こういう書き方になるんだろうけど。

 しょーがない、日本に帰ったら全部読むか…。ここだけ、切り取られたのを読んだらどうにもこうにもキモチワルイ。

国語の問題となれば、起承転結がはっきりしているとか、わかりやすい構成になっているとか、問題が作りやすいとか、いろいろ条件がある上、一部だけ抜くんだから、こういう感じになるのも仕方がないのだろうけれど、こういうのだけ読んでいると考えが偏りそうな気がする。

駅の広告

これは、アメリカの電車の駅に合った広告。日本だと、「不審なものを見つけたら、お近くの係り員までお知らせください」というやつだね。

「It's never a bag full of money」で、訳としてはこうだと思う。

「中身が札束とか、絶対あり得ないから」
下の行は、不審なものをみかけたら、何か言おう…ということは、つまり黙って見過ごすな、ということだね。

なんだか、わかる気がする。噂とか、都市伝説とかであるよね、落とし物拾ってあげたら、中身が株券とか、お金とかで、お礼を2割もらっただけで、相当な額に…とか。きっとアメリカにも、そういう話が、あるのだと思う。

でも、現実にはやっぱり、爆弾とまではいかなくても、大したものが入っていないケースの方が多いものね。ふつーのカバンだったら、それはもう、届けてもらった人は嬉しいだろうけど!

アメリカで、こういう広告は、ちょっとめずらしかったので、写真に撮ってきたのでした。


*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…
インターネットの、普段使っていたものが、解約になって、モバイルの回線を利用中。
プリペイドなので、使い切って帰ろうという作戦なんだけど、これが遅いのっ。

皆さんのところをいつも通り巡回と思ったら、回線が遅すぎてタイムアウトになる。
タイムアウトになるときとならない時があるんだけど、なぜそういう揺れがあるのかは、謎。
ううう。日本に帰ったら、伺いますので、よろしくお願いします。

お風呂と洗濯

【ユタ州の高校で、シャワーと洗濯乾燥機を生徒が使えるようにした】…というニュースを読んだ。

ホームレスの生徒たちのために、と。ちょっと、「うっ」ってなる。これは、フェイスブックでシェアされていたニュースで、「こういうふうにニュースにはならなかったけど、私が高校生の頃も○○州ではこうなっていた」というようなコメントがいっぱいついていた。
 中学校の例もあがっていた。

 多分…。高校に行けるだけいいんだろうけど…日本なら、多分、こういう子たちは高校に行けていないだけなのかもしれないけど…。きっついなあ…と思う。アメリカには、国民保険みたいなものも、あんまりないし(トランプがオバマがだしていた保険システムをやめるといっているのもあるし)、生活保護も、つまり「戸籍」というものがないので、把握しづらいのもあって、民間の教会とかがやっているヘルプをのぞくと、こういう住むところもなくなったとき、家族ごと全員、どうにもならなくなる人が出る。

 今、日本で…と考えてみたら、やっぱり「未成年」であるということで、保護は受けやすいのではないだろうか。高校は、やめないとだめだとか、いけないとか、あるのかなあ…。…とネットで調べたら、高校生には、学費は支給されるらしい。
今は高校進学率は9割を超えて、やっぱり中卒では就職に不利ということからだって。よかった。

 日本の生活保護、不正受給とかが問題になっていたりするけれども、やっぱりそのあたりは少数。なきゃ困るんだな、と思った。大人は、自己責任論も根強いが、やっぱり病気やけがをして、働けなくなったとき、家族全員ホームレス、洗濯も出来ない、シャワーも浴びられない…というのはきついものね。贅沢なんか出来ないけど、せめて清潔な服を着て、シャワーぐらい浴びられるか、銭湯にいけるか…ぐらいまでは…。

 私は、お風呂がない賃貸にひとり暮らしをしていたことがある。銭湯がアパートの斜め前にあるという環境だったので、実は家にお風呂があるより快適かも、というぐらい堪能した。日本では、風呂ナシ賃貸=家賃が安いので、貧乏だと悪い選択じゃないけど、銭湯なしだと、確かに…。アメリカに銭湯が、あるわけないよねえー。

 豊かな国と言われているアメリカだけど、2つに分かれているのがよくわかる。
お金があれば、最高の生活が送れる。
お金がなかったらものすごく大変。

 お金持ちでも税金を払わなくていいようにするトランプの政策、オバマで進んできた貧乏人向けプログラムは、かなり縮小されるようだ。
 貧乏だったころ、湯船にためるお湯を惜しんで、シャワーのお湯も惜しんで、バケツにためたお湯を使って、お風呂に入っていたことのある私としては、(バケツ一杯で顔と体を石鹸で洗うのは慣れたら出来る。頭までは難しいけど)この、体が洗えない、洗濯ができないホームレス状態というのが、まざまざと想像出来たから、この国で貧乏…って大変なことだな…私が住む国は別にあってよかった…と思ったのだった。

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    まこ

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