LuckyDuckyDiary

自分の考えてること。

自分が頭の中に考えていることって、幅が決まっている。
子供の頃から、「人の気持になって考えなさい」とか、「色々な角度から物事は見なさい」とか、そういうようなことを言われてくるけれども、正直…その教えというのは、無駄に終わったな、と思う。

なんせ、全部「自分がそうしたつもり」の域を出ないから。
「多分、相手はこう考えてる」はず、であり、「他の角度から見たら、こうなってる」はず。でも、それが…。全然「当たり」じゃなかったならば、これは、一体…。まあ全部は外れないとしよう。大人の常識というあたりに納まるものもあるはずだ。でも、どんなに言われても、わかんないものは、わかんない…と言いたくなる時がある。

ただ、わからないだけならまだいい。でも、相手がそれにいらだつとか、私がそれに焦燥感を覚えるとか…となると、なんだか混乱してくるのだった。「人に理解された」と感じることに、喜びを覚える人は、とても多いそうだけれど、わかってくれないということに、がっくりきて、そして「どうしてわかってくれないんだろう」と、怒りにも似た感情が相手に湧き上がるとき…。私はどうしていいか、わからなくなる。

ただ、単純に、わからないだけなの。あなたを苦しめようとか、問題を大きくしようとか、思っているわけではないの。でも…本当に、本当に限界がある。考えたらわかるはず、と言われることが、つらい。

なぜなら、「何を考えたらいいのか」すら、わからないから。多分…私は「感じて」いるだけで、考えているのではない。開き直りだと言われても、投げだすのは、いい態度ではない、と言われても、どこから、何を考えたらいいのかすら、わからない。
今までの人生で、「感じたことに対処して」来て問題が起きなかった。自分では考えているのだと思っていた。でも…そうじゃなかったのかもしれない。でも、今…。私の頭には、何も浮かばない。

突然…。相手の不興を買うのは、痛いものだ。そして、その原因がどうにも…相手は「私がどうにかするべきで、それが当然」と思っていて、私には「わからなさすぎて対処法不明」のときは、本当に困る。相手と仲良くしていたいときは、余計に。

これを、夫には、甘やかしてもらってやってきたからなのか…まあ、彼は私にそんな小難しいことを求めない。私には無理だな、とさっさと見切りをつけている。

相手に買いかぶられているというか、「出来るはず」と思われているのは、私の能力を高く買っているということなんだろうけど…。
どこにも、グチに出せるところがないので、こんなところで、私はブツブツとつぶやいているのだった。
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同じ方向へ曲がる

割と、怖がりな方だ。

失敗は出来るならしないほうがいいと思うし、人からは悪く思われたくないし、たとえ全然根拠がないと(自分が)思っていても、否定的な事を言われたら、落ち込む。

大人になったら、人の欠点なんて、よっぽど親しくて気が置けない仲…でもあんまり指摘しないで、「これはこういう人」とわかって付き合っていくものだと思っているし、だからこそ、女同士のグループで出てくる、口さがない悪口とわかっていても、言われれば溜息が出るし、それを聞く羽目になった時は、肩がこる。

自分のせいに、されるのがキライだ。ただ、単純にキライ。それが、自分のせいでは、「本当はなかった」にしても、それでも、そんな気がしてしまう。上手く行かないことが、自分のせいみたいな気がしてくるのは…なぜなんだろうね。

もし、自分がもっとこうしていれば…。うまくいったかもしれない。

そんな事を考えるからだろうか。
だから、自分のせい…と思って落ち込むだけにしておけばいいのに、「自分のせいじゃない」理由というのを、一生懸命探してしまう。他の人のせい、他のことのせい…。

気がつくと、そういう風に、自分の考えがハンドルを切ってそっちに曲がっている。
絶対、絶対同じ方向に曲がる。無意識に、ラジコンカーみたいに、そっちに曲がって走っていく。

それを指摘されて、初めて気付いた。正直、はずかしい。その人は、とても気を使って発言してくれた。でも、普通の大人なら、曲がらない…というか、曲がった先についたところが、おかしいのがわかるから、修正出来るんだろうなあ。

中年極めた今になって、そういう癖があるということに気がつく(まあ、今回は気がつかされる、か)、今まで、過去になってきた年の長さからも、なんともいえない気分になるものだ。これがあったために、多分…。私の見えないところで、嫌な思いをした人もあったrだろうし、それが原因で付き合えなくなった人がいたかもしれないし…。

絶対、知っておいたほうがいい癖だと思う。知っていれば、ちょっとは修正出来るんだから。でも、はずかしくて、認めたくなくて、過去の間違いがたくさんあっただろうということは、もっと認めたくなくて。でも…もう直さないわけにはいかなくて。

そして気がついてみると、どこかに「仮想敵」がいる。
うまくいかないこと、悪いこと、大変なことが起きた時、それをわたしのせいにして、私を責める人が。

多分…。そういう人は、どこにもいない。少なくとも、今私がお付き合いをしている人たちの中には、いない。みんな、いいひとなのだ。だから、曲がるのを止める…というよりは、スイッチが入るのを止めないといけない。
誰も、責めないから。誰も、私の事を…少なくとも私を知っている人は、悪く言わない。
怖がらなくてもいい。

怖がりのスイッチが、勝手に入って、暴走する。気がついて、自分が言うこと、思うことを一つずつ、見ていったらこの回路を通ってしまうことの多いこと…。

夫は、私に優しくしてくれて、絶対私を責めないし、私がたとえ、「何かをやって」も、それに悪気がないことは、わかってくれる。結果が、悪気があるように見えても、そうじゃなかっただろうな、と思ってくれる。だから、彼との関わりの中では問題が出にくい。でも、そうでない場合は…。

悪く思われても、いい。 わかってくれるひとがいるのだから、そのほかの人には。
多分…。こう思っていかなきゃいけないのだろうと思う。他の人にまで特別に…例えば夫がしてくれるように見てもらえるわけではないのは当然。

もう一つ、出すとしたら多分、「ちゃんと、周りの人を信頼して、そういう時に、人を悪く言ったりしない人たちなのだと思っておく」ってことか。

しばらく、自分の考えを、いっこずつ見て行かないとね・・・この癖がなくなるまで。

本の選び方(中年編)

私は、SFとかファンタジー小説が好きだ。ビデオになったのとかでいえば、「星界の紋章」みたいなスペースオペラ系とか、ハリーポッターとか、指輪物語のようなファンタジー小説も好きだ。でも、それと全く違う分野も、結構すきなのがある。

日本人で、女性に、とっても受けがいいのが、「赤毛のアン」シリーズ。全巻何度かにわたって訳されているし、カナダのプリンスエドワード島のガイドや、赤毛のアンのクラフト本や、料理本、紀行文、エッセイ…なんかが入れ代わり立ち代わり出版されている。1980年代の古いのから、最新の今年のまで、関連本の多さといったら…。もちろん、ミーハーだとは思う…けれどもやっぱり私も好きだ。
ものすごく大きくて分厚いクラフト本も持っているし(大きくて高すぎて、捨てられない)料理本や、紀行本や…。そういうのだってさんざん読んだ。

これを書いたモンゴメリは、特にいい作家だと思うけど、つまりこういう「女の子がだんだん大人になっていく様子」を書いた小説というのが、赤毛のアンほど有名じゃなくとも、かなりたくさんある。有名どころだと、小公女セーラ、若草物語、ポリアンナ(このあたりは名作劇場アニメになった)つまり、ジャンル名としては「少女小説」になるんだろうか。女の子向きのビルドゥングス・ロマン。
男の子用は、アクションもの、事件が起きてそれを解決する系の冒険ものになりやすいのに対して、女の子向けは、その子の生活を書いたものが多い。学校や、家での出来事、恋愛、結婚、子育て。

結婚でゴールイン、物語が終わってしまうものも多い。恋愛に焦点を絞って、年齢層をちょっと上に想定したのが、「ロマンス本」で、そっちになると、結婚後の生活は、あんまり書かれないものが多い。ウェディングドレスで、終了。

こういうのを読むと、何となくそのころの空気を体験したような気分になって、自分が日本で送っていたのではない子供時代に生きているような気分になる。そして、そのころの年齢の自分の気分が、私を包んでいる気分がして。

だけれども、これが、年齢とともに、「いつも」はアピールしなくなってくる。たまには、いいのだけれども、自分の経験が積もりすぎてきたといってもいいだろう。 大人になってからの年月も、長くなったなあ…。


ここで、日本の新潮文庫の赤毛のアンでいう「アンの友達」「アンをめぐる人々」あたりが、ちょうどよくなってくる。いろいろな人を観察して書いたんだろうな…というようなものや、近所の人、知り合い、友達に起こる、いろいろな事件…新聞に載るようなものでなく、「ご近所の噂」になるようなことをつづったもの。

こういうものが、なんとなく、いい。実際に、ママ友さんや、近所の人や、知り合いや…なんていうところでされる噂話は、あんまり好きではない。自分がまきこまれると面倒だし、お金だの、社会的地位や、仕事や、どうしてもお付き合いしなければならない事情などが絡んでくると、大変つかれる。でも…。自分は、まきこまれないのであれば?

登場人物が、繰り返し、繰り返し出てくると、性格というものもわかってくる。口うるさいけれど、お世話焼きで、実は知ってみればいい人だった…とか、そんなものに縁がない顔をしてくらしているのに、ロマンチストだったとか。そういう人普通の人たちが住んでいる村の話。

ミス・リードという作者が書いた本がこれ系統で、イギリスの片田舎の19世紀の教室が2つしかない学校を教えている独身(そしてもうわかくない)女性が、書いた…という設定になっているのが、シリーズになっている。村は2つあって、フェアエーカーというのとスラッシュグリーンで、2つの別シリーズ。どれも、小さな村の生活と事件を扱ったもので、これがまた、イギリスぽく、古き良き時代っぽく、そしてのんびりしている。読んでいると、イギリスの田舎の村で、休暇中…という気分になれる。

もちろん、キンドルには全冊入っていて、ついでにこの作者の自伝まで買ってしまうという状態に。

ウィットに富み、文章が美しく、そして主人公の年齢が、中年で、「ちょうどいい」わけだ。
まだ、老齢には遠く、十分元気で、明るくて、そして「文学的にちょっとセンチメンタル」なんだけど、そこはほかの人には、あんまりばらしていなくて、彼女の文章の中だけにあって。 その「自分の中で」起きていることが文章になっているのがいい。

私がこの本をどっさり買ったので、アマゾンが時々、こういうのは、どーよ?と出すリストのほかに、私はアマゾンのレビューも時々読む。このシリーズと「こっち」が、愛読書です、というレビューに出てきたのが、【Mitford series】だった。
うーーーむ。聞いたこともないわ。

リンクを踏んで、探しに行ったら、なんと、本編だけで9冊もあってで、そして、1冊目が安くなっていない…ということは、割と人気本ということだ。「結構古い」か、「あんまり人気ない」「はじまったばっかり」という本は、たいてい1冊目はディスカウント。タダ、というものもあるぐらいで、まず1冊読んで面白ければ残りを買ってね、というやつだ。

これは1冊残らず、定価販売か…とおもったら、5冊ずつになったお得パックが…とおもったら、たったの10パーセントオフだった。すくなっ。3割4割割引になるのもあるのにーーー。

…でも、つまりこれは、期待が持てる。面白そう…ということで、最初はサンプルダウンロード。女性教師ではなくて、こっちは男性牧師が主人公だった。中年、独身、そして甘いもの…特にパイに目がない。

いけそうだ。セッティングはアメリカの小さな町で、確かに、ありそうな感じ。大変牧歌的で、ガーデンクラブと、病院のボランティア会があるようなところで、日曜日にファーマーズマーケットで野菜が売られていて、パーキングメーターがあるほどは都会じゃない町。

アメリカにいたら、車でどこかに遊びに行くときに通り過ぎるようなところだなあ…。という町が舞台で、ちょっといい感じ。時代的には、「ちょっと前」だ。ケータイがあんまり出てこないぐらいには。

めざせ、10冊読破。語彙は平易で、軽く読める感じなのもいい。中年の読書は、知識習得でなく、気分。
作者はJan Karon(女性)。シリーズ名はMitford Years というらしい。
レモネードでも作って、アメリカのオールディーズをラジオで聞きながら、長い午後を過ごすときによさそうな本だった。

そういやぁ、トランプって。

昔…といっていいだろう。20年とまではいかないが、15年は間違いなく前。フロリダで学生をしていたころに、本屋で、ドナルド・トランプの本が平積みになっていたのを見たなあと思い出した。

新刊の本を出した、トランプが、州内のチェーンの大型本屋を回って、本を買った人にサインをするというようなイベントだったと思う。正直、「やり手のビジネスマン」とか「不動産をどっさりもった富豪」というイメージしかなかったので、興味もなかったし、へー。ってなもんだった。まあ、イメージ的に「成金」な感じがすごくしたし、あのころに、もし今、私がタイムマシンで戻って、2016年の大統領選挙に、ドナルド・トランプが、最終候補に残るんですよ!といったら、きっと、みんな「Meh, Trump? THAT trump? No way」みたいになるに違いないと思う。 

否定的に評価するなら、「拝金主義」「成金」「俗物」みたいな扱いで、「大統領の器じゃないって」という雰囲気だと思う。

ビジネスで成功して、お金があるのはすごいけど、それで?みたいな。
わかりやすいイメージでいうと、「ホリエモン」? ホリエモンが、日本の首相に!みたいなものだと思ったら、なんとなーく、イメージがわかるだろうか。

ケネディや、リーガンとは、だいぶイメージが違う感じというか、大体、イメージ戦略が横行するアメリカの大統領選においては、やっぱり人気があるのが、「洗練された、立派な」人物というイメージのある人であって、ケネディなんかは、やっぱり「名家」のイメージがあったし、ブッシュなんか、まあ、あれはブッシュのお父さんがよかっただけとはいえ、やっぱり「政治家を輩出する家」というのがあった。 ヒラリーはクリントン大統領のファーストレディを立派に務めたというイメージが絶対得をしている…んだけど、やっぱり、トランプは、「あの成金」という感じが抜けないんだよね…。

まあ、私は、アメリカ市民ではないので、投票権は、ないから、面白がって眺めているだけだけども。トランプがさあ…大統領になったら、円が、上がりそうじゃないか…?というのは、夫とちょっと話題になった。イギリスがEUから抜けたときも、一時的にぐわっと上がって、アマゾンで買い物するとき、対ドルで、1ドル112円ぐらいまで下がっていたのが、確か104円かそこらまでいったので、お、という感じだったけど、トランプが勝ったら、確かに…。

そして、そのころ私が英語力増強のために読んでいた女の子向け雑誌には、「女性の大統領が先か、アフリカン・アメリカンの大統領が先か、どっちだと思いますか?」というアンケートをやっていたっけ。つまり、オバマがくるまでは、白人男性ではない大統領はひとりもいなかったから。

今回、ヒラリーが当選したら、「非白人の大統領についで、初の女性大統領!」ってなるなあ…。と思うと、あのころから、時間がたったんだな…と思う。 

昔話をするようになったら、年を取った証拠なんだって。そうかもしれないな…。
あのころは、とーーっても貧乏で、本なんか、ほとんど買えなかった。夫との休日デートが、本屋さんで座り読みデート!クーラー対策をしていって、二人で本を読んで、寒くなったら帰るデート。スターバックスのコーヒーと紅茶のために出す、二人で4ドルが、ぜいたくで、出せない時があるぐらいだった。 ふたりで、缶コーラを、1本20セントか、15セントか、家に帰って飲めば、いいんだものね!と家まで帰るまで待って…。 今は、 アイスクリーム、子供と三人で食べに行ったら、10ドルなんかあっという間。 おいしかったね!って帰ってくる。 

よく、若かったころに戻りたいか…と言うような質問があるけど、ちゃんと通過してきてよかった、と思えるということは、幸せなことだと思う。

セレブという言葉

日本語では「セレブ」という言葉があって、つまりそれは「お金持ち」というのを指すらしい。というか元は日本語じゃないけれども、これはもう、今はたくさんの人が使っているので、流行語とはいえ、日本語といっていいだろう。

元の英語はcelebrity。発音をかなで書くとしたら、「せれーぶりてぃ」になるだろうか。
で、大体英語で入ってきたものが、日本語になるときには、最初の3文字か、4文字で略されることが多いので、「セレブ」と、こうなったのだと思う。 (4文字の例は、extentionで、エクステなど)

「セレブな奥様」という言葉が成立することを思うと、単に、お金のあるなしで決まっている?ある程度「お上品さ」も要求されるような気がするけれども、別にその人が近所の山田さんでも、いとこの家のそばに住んでいる佐藤さんでもいいわけだ。

でも、英語の意味には、実はもう一つ、欠かせない要素がある。
それは、「有名である」こと。つまり、雑誌や、テレビに出るような人…ということだ。実は、金持ちかどうか、ということはそれほど重要ではない。どちらかというと「有名さ」のほうが前面に出た言葉なのだ。

だから、すごーくお金持ちでも、お隣のブラウンさんはCelebrityでは、ない。

プロのスポーツ選手、テレビや映画の俳優、タレント、歌手。それから政治家(大統領とか、首相とか…。上院議員とかは、入るのかな、ちょっと疑問)、それから業界人(ビルゲイツみたいな)あたりも入る。つまり「ああ、あの!」と一般人から言われてしまう人が、「セレブリティ」なわけだ。

私が英語を勉強しはじめたころには、「セレブ」という言葉は、日本語には入っていなかった。私が英語のCelebrityという言葉と、その意味するところを覚えたほうが先なわけだ。「テレビに出るような人のこと」だと。だから、日本の雑誌で「あなたもセレブの仲間入り」とか見ると、すごーくもやもやした感じがする。

「お金に余裕がある人がやるようなことをあなたもやりましょう」ということが言いたいんだろうな。
「生活にちょっとしたゆとりを」「日常が楽しくなる、ちょっとしたお金の使い方」…ではインパクトが足りないんだろうけどさ。

あなたもスターになれる!と中学生や高校生に夢を見させて金をふんだくる、声優養成科付きの専門学校の宣伝文みたいに、みえるんだよねえ…。ああ、うさんくさい。

「ちょっとセレブっぽい」はそんなわけで、もっと嫌いだ。日常にきらめきをもたらす何かを取り入れること。心躍る体験をするのはいいと思う。ちょっとした素敵なもので、気分が上がるということは、誰にだってある。気分転換というものは、いつだって楽しいものだ。でも、誰かの真似をしないとだめなのか。 湯水のように金を使える誰かの真似を? そんな気がしてしまう。

素晴らしいものはいつだって、小粒で…。宝石のようで。

細部に宿るその光を、大切に…。手に入れるものが小さくても、それを見逃さないのが、日常の楽しみというものじゃないだろうか…。 まあ…お金が湯水のように使えれば、こんな夏の日には、リゾート地へでもいって、地中海風のライトミール…食後のシャンペンに、白い波がしらを見ながらサンセットクルーズと洒落込めるものなのかもしれないけれども(日焼けしそうだな)、一本20セントで、きんきんに冷えたフレスカもどき(フレスカは、コカ・コーラ社の柑橘味炭酸。近所のスーパーのプライベートブランドのレモン味炭酸は、値段が6割ぐらい)を飲みながら、近所のプールに行くのだって、絶対、いい。

缶にくっついた水滴が、きらきらしているのを手で拭いながら、、「まだ、冷たいよ?飲む?」と、運転している夫と、目を見合わせるときに…。私が感じている幸せは、本物だと思う。 「Celebrity」では、絶対に、ない。「セレブ」でもない。でも…。
私は、こういうのが、好きだ。 
手に入れるのが難しい幸せだって、好きだけど、でも簡単に手に入る幸せが好きだ。

そのほうが、楽しいから。 

今日の結論:だからやっぱり、「せれぶ」という言葉には、違和感がある。

ネットの日記

ネットには、面白い読み物がたくさんある。雑誌に記事を書いているような人のエッセイが無料で読めたりする。
面白いなあ、と思っていた人のブログだったりすると、書籍化されたりとか、雑誌に連載することになったりとか、有名エッセイサイトみたいなところに「作家として載っていたり」する人だってあるものだし、昔と違って、本と、雑誌と、新聞、地方のミニコミ…でないなら自費出版。みたいな紙の媒体以外のものも、たくさんあるので、ネット環境さえあれば、好みのものや、見たこともないものや、めずらしいものや…。いろいろなものが読める。

そこまで知名度のある人でなくても、面白い文章というのはあるもので、似たようなものを書いている人はリンクされていたり、実は出版社がサポートしているものだったりして、本を出版した記念のインタビューなんか、そりゃもちろん本を買わせるのにあるわけだから、プロが書く本気の文章、面白いのは当然だ…と言えば当然?

リンクをたどって読むと、知らない言葉が、あっちこっちにポコポコでてくる。「みそじにー」というのは「三十路」とは全く関係がない「女性蔑視」とか「女嫌い」みたいなものを指すとか、「みさんどら」というのは、ミサンガ…のかわいいやつ…みたいな語感だが、実はミソジニーの逆版、「男性蔑視」「男嫌い」みたいなやつのことだ、とか。まあ記事の分野が、そういうやつだった…というのもあるだろうけど、一般大衆向けエッセイというものを読んで、知らない単語が出るというのがちょっとショックだった。

割と、本が好きで、語彙はあるほうだと思っていたのだけれど、やっぱりカタカナ…ということは外国語から、持ってきたものは、だめというのは、これはやっぱり、自分が中年だからなんだろうか…と思ったけど、検索結果を見る限りでは、やっぱりそういう分野…男女機会平等、とか、男女の役割とかというようなことを特に研究している人から使われ始めた言葉みたいだった。

まあね…。「ミソジニー」と書いたほうが、「女性蔑視」と書くより、「それ、何?」と思ってもらいやすいからね…。有名な人が書いた本の題名からとか、広がったんだね…。もう10年ぐらいたてば、誰でも知っている言葉になるのかもしれない。

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リンクされているHow to、男性が知るべき何とかポイント、とか女性が一番輝くなんとかTips、とかそういう記事もやたらめったらある。たくさん読んでいると、なんだか割と紋切り型で、ちょっとおもしろかった。誰が、何の根拠で…というような、まあこれ、書いてる人も信じてないんだろうけど、こういうこと、マニュアルとして、知ったら、何かが変わるかなあ…とか思う人、多そうだし、需要と供給は、大事だよね…。

ちょっと、説得力があるような…微妙にウソっぽいような。 もちろん、人生に「絶対当てはまる法則」なんてないし、これを参考にしたら、うまくいく人と、うまくいかない人があるだろうよ、そりゃ…という結論に達しておくなら、どれも「あり」。 でも、こういうの参考にして、人生変わりました!ってない気がするなあ…あれだ、昔私が子供のころに、雑誌の後ろにあった、「幸運のペンダント」みたいなものだなあ…と思う。

これで、人生が変わったと思える人は、それでいい。変わらない人もいる。でも、みんなどこかに、そういう「これさえ自分のものにすれば、大丈夫」というものがほしいと思うときがあるんだなあ…と思う。
ニーズが多様化した今でも、みんな、安心できる絵に描いたような幸せがほしい…または、キラキラ輝く、自分の力を発揮して、なにかすばらしいことが起きてほしいと思うのだろう。昔っから、やってることって、実は変わってない。媒体が雑誌の裏表紙か、ネットなのか、という違いだけで、選べる種類は増えたけど、探している、そして見つからないものは、同じ。

誰かと比べるなと言われても、比べてしまうし、現実を見ろ、と言われても、なんとなく自分にはもっといろいろなことが出来そうな気がするし。 かといって努力しても、うまくいく保障なんてないし。 そして、ほとんどの人が、自分が有名でも、有能でもないこと、時間が有限であることを、受け入れていく。 ネットの情報にあふれているのは、有能で、有名で…少なくとも一部では有名な人のこと、それが文章に書けるような人のこと。

毎日、ただ淡々と一日をこなしていく人…というのは、珍しい事件がある人よりずっと、ずっと多い。でも、それはネットには、あんまりでてこないんだな…。

だから、私は、ブログが好きなのかもしれないと思う。 本なんか、書いてない、読者が、そんな何百人もいたりしない人のブログが。 「誰でもない、無名の」私みたいな人が、ほかにもいる…世界にいるのは、有名な人、すごい人たち、賢い人たち、または報道されるほど馬鹿で、目立つ人…だけではないってことが、わかるから。

自分の半径10キロ以内で生活して、誰にも名前も知られず、生きて、そして去っていく人もいるってこと。それでもいいってことがわかるからだ。 人間、ずっとそうやって生きてきた。 100年たっても、名前が残っている人なんて一握り。

今日は、何を食べた。 こんな料理をした。 こんな気分がした。
実はそういうことを書いている本がある。昔の人の日記が残っていて出版されると、そうなる。夕食のメニューだけで埋まってる日記とか、実は好きだ。

いつか…。膨大なネットの海から、100年後の誰かが、私たちが書いているネットの日記を探し出して読むことがあるだろうか。もしそうなら、面白いのにな。 

のうきん。

トランプが、大統領になったら、どーなるか…まあ、私は選挙権がないから、眺めてるだけだけれども。見ていると、やっぱりトランプの支持層には、白人男性が多いな、と思う。それと、勢いだけで、あんまり物を考えていない気がする。

 まず、トランプが言う、「メキシコとの間に壁を作ります」という話。その壁を作るのに、一体いくらいるか。予算はどこから出すのか。そして、メンテナンスはどうするのか。まず、そのプランについて、全く言及がない。多分作るとしたら、「万里の長城」とまでは行かないと思うけれど、かなり大がかりだと思う。で、そんなもの、作るのに賛成じゃない人もたくさんいると思う。国家予算をどっさりつかって、そして、メキシコからの不法移民が減るか、どうか。

 人間やけになったら、なんでもやってしまうものであって、高圧線がはってあろうと、銃を持った警備員が守っていようと、捨てるものは何もない…という人間は、例えば北朝鮮の国境線のように、越えてしまう人が出る。どんなものにも、対価はある。それさえ払えば、ひどい方法だろうがなんだろうが、ともかく国境を越えさせてくれるというビジネスも出てくる。途中で死のうが、なんだろうがだ。それでも、捨てるものがなく、夢を見る人間というのはやはり、いる。子供を連れて、国境を越えようとする人を、警備員が撃つのか?大人は撃っていいのか。子供は、赤ん坊は。そして、赤ん坊は撃たないとするなら、それを盾にする人はどうするか。きっと、国境を越えるための安全策として、赤ちゃんを売り飛ばす人が、値段が十分に高ければ…出てしまう。これは、想像したら、ぞっとすることではないだろうか。「子供が死ぬ」ことについては、人類全員…国籍、人種関係なく、「うわ…いや…」と感じると思う。

 すでに今でも、荷物だと偽ってコンテナに乗せた人間を輸送する「違法入国サービス」で死んでしまう人が出ている現状、国境で繰り広げられる光景がもっと血なまぐさく、そして非人道的になっていくのは、想像できる。みんな…自分が属する国が、そういう非人道的なことをするのを、知りたいだろうか。

 全員大歓迎とはいかないのは、わかる。でも、いつ来るか、何人来るか、どんな人が来るかわからない場所に、その壁を…巨大な壁を作る工事を人を雇ってやるその給料と、それを作った後、警察力、または軍事力を割くだけの税金がかかる。人道的かどうか、というのは感情もからむから、議論は紛糾しがちだが、壁を作る費用、それを守る人間を訓練し、派遣し、威嚇目的のためにしろ、配置しておくことが、どのぐらい「効率的」だろう…と考えたとき。自分が毎日働いて、そして国に出した税金を使うその用途として、それでいいか…と聞かれたら、「私の払った分の税金は、違うことに使ってください」と言いたくなるのではないだろうか。

 「壁を作る」というのが、物理的な壁のことではなくて、法律を厳しくして、入りづらくする…というような話だとしたら、これ以上どうしろと?という感じだと思う。移民にだけ、税金を高くするとか?入国制限をするとか?そうすると、「合法移民」が減って、違法な移民が増えるだけ。そういう人たちは、政府の助けを受けることが出来ないので、貧困ライン以下に落ちるような、例えば失職、病気、けが、事故、望まない妊娠、配偶者との死別 etc.が起きたとき、打つ手がなくなり、貧困からグレーゾーンへ、そして薬物取引や、売春や、運び屋や、ギャングへの参加…といったようなところへ踏み込むことになるか、そこまではいかなくても、次世代への教育資金が足りなくなり、結局貧困層から脱出できない。子供も、高校へも行っていなくて、仕事がない。みたいな連鎖になりやすい…というのが、「たったいま」の問題…ってことは、規制を厳しくしたら、余計地下にもぐって、問題は大きくなるだけじゃないのか…?それ、本当に実現しちゃっていいの?大体、国内の「生まれたときから(それも、3代とか4代にわたって)アメリカン」という人たちの貧困問題すら、解決してないのに、外国からの移民より、そっちが先では…メキシコとの間に壁を作るというのは、「あいつらのせいだ!」と指をさして叫んでおけば、そっちに気を取られるとか思ってるんじゃ…というのが、反トランプ派というわけだ。

 まあ、いろいろなことを差し置いて、壁が出来たとして、それが機能して入ってくる人が減ったとしたら…。
実のところ、今、移民が…それも、貧しい移民が担っている仕事は多い。「アメリカ人ならつかないような職業」に「この仕事がなくなったら大変だから文句が言えない」ために、びっくりするほど安い賃金で、雇われている人たちが、たくさんいる。または「違法移民だから、通報されないため」に文句をいわず、最低賃金以下で働いている人たちも。レストランで、お皿を洗うとか、深夜のファーストフードとか、清掃業、それも夜中に回るやつとか。給料が安くて、時間が長い、または深夜にわたり、体がつらい仕事。全員がホワイトカラーで、9時5時、平均以上の給料をもらえる…わけはない。「平均」というのからして、半分は平均以上、半分は平均以下…というのが、「平均」の意味だということを、忘れてはいけない。間違いなく平均以下の給与、不規則な勤務、深夜勤務、またはパートタイムで保証がない勤務体系で、肉体労働。アメリカには、「どんな職業でも、尊い。馬鹿にしてはいけないよ、誰かが、これをやってくれなかったらみんなが困るんだから」という教育は、ない。給料の安い仕事を馬鹿にする風潮があるし、「(そういう馬鹿にされているような)仕事に就くぐらいなら、職がいまなくても、探すほうがまし」という考え方の人も結構いる。だから貧しい移民がいなくなったらみんな、絶対困る。

 肉体労働、裏方の仕事、「安い商品を提供するため、給料があんまり出せない」仕事に就く人が、すごーく足りなくなるはずだ。
夜中に、ファーストフードへ飛び込んでも、ハンバーガーが出てくるのは、「当たり前」ではない。24時間スーパーなんて、昔はなかった。セブンイレブンが出来た当時はすごかったのは、朝の7時に開いている店なんてほとんどなかったからだし、11時には、開いているのはナイトクラブだけ、そんな時代にアメリカ人は、戻れるだろうか(日本人も。無理無理)。

「アメリカに仕事を取り戻す」と、トランプは言うのだけれども、アメリカ人を、みんなが「このぐらいだろう」と思う給料で雇って、ものを作ったら、その商品は、値段に給料コストが跳ね返って、ものすごく高くなること、間違いなしだ。だから、製造はみんな、給料が安い外国に回してるんだから…。その、給料分の、商品への値段を、国民が喜んで全員、出すだろうか。「しょーがないな、メイド・イン・アメリカだから、誇りに思って買い支えよう」…といって財布を出せるのは、やっぱりお金持ちの人たちだけになると思う。
 庶民は、やっぱり、安いものがいいと思ってしまうのだから。

「強いアメリカを」という響きはかっこいい。確かにかっこいい。そのカッコよさに、「おお、そうだよな、強いのいいよな」と乗ってしまう人は、結構いると思う。それがトランプの人気のかなりの部分を占めると思う。不法移民を追い出せ、外国をのさばらせるな、アメリカがナンバーワンだ、俺たちは俺たちだけでやっていける。トランプの言う、強いアメリカは、こういうトーン。もし、そうなったならば、「安い商品や、サービスは手に入らない。俺たちの給料は、高くないといけないから」…ということは、どうなっているのか。「それは、俺たちは、やらない。俺たちじゃない誰かがやればいい」。この場合、「俺たちじゃない誰か」は、白人男性ではなく、女性と…高校生みたいな「バイトの子たち」、それから、マイノリティである、黒人たち。

 だから、トランプの支持者たちと、女性&マイノリティ=ヒラリー支持層の間の溝は、深い。トランプが言っている「強くてかっこいい」ことを実現するのには、何を対価としなくてはならないのか。それがわかっている知識層と、トランプ支持者の間の溝も、深い。

 トランプの支持者が、主張するのを聞いていると、「脳みそ筋肉」という言葉が、頭に浮かんでくるのだった。

トランプのこと

 アメリカに住んでしばらくたって、話題はやっぱり、大統領選挙。
 イスラム教の人を追い出せ、国内に入れるな。というのがトランプの論調だけれど、私はどうも、「それもなあ」と思うのだ。もちろん、テロ…自爆テロとか、乱射とか、爆弾とか、ハイジャックとかが、いいとは絶対に思わない。あれはイスラム教の神様も、よくないと言いそうな気がするなあ。死んでから天国で(地獄かもしれないけど)叱られそうではないのかねえ、と思うのだけど。不特定多数の人を殺すことについては、タブーになっている宗教は多いからねえ。

 大体、イスラム教徒という人を全部ひとまとめにしてるのが、ちょっとなあ、と思う。何千万人、何億人も信者がいるようなものなんだからして、テロ行為、犯罪行為に走る人だって、混ざっていてもしょうがないと思う。1000人しかいない宗教なら、1人、銃を人混みで乱射して「自分の主張が正しい」ということをわからせようとしたなら、その宗教の教祖は、「ちゃんと信者を見てないといけないよ」と言われそうだ。でも、何億人もいたら、ねえ。「全員、見ておくのは無理」で、ついでに「過激派グループが、ひどいことをした」からといって、「全員、やなやつ」扱いになったら、「普通の信者たち」は思いっきり、とばっちりだ。

 これが、宗教色の薄い私たち日本人にピンとこないなら、「日本人」を例にあげるとわかりやすいだろうか。ローマの遺跡に観光にいって、文化遺産に、落書きをした日本人がいた。ハートマークの中に、名前が書いてあるような。

ゆうき&あおい☆2016.7.25

↑こういうやつをだ。


 「日本人って、こういうことするから、困るんだよなあ…。日本人は、もう遺跡観光は禁止にしよう。入り口でパスポートチェックね」
…と言われたとしたら、ほとんどの人は「えーーーー?」と思うだろう。日本人がそんな人ばっかりだと思わないでほしい、「ちゃんとした」日本人もたくさんいる、そんなバカ、何人もいないってば!…と言いたくなるだろう。

 きっと、そういうことを言いたい「ちゃんとした」イスラム教徒が、どっさり、いると思う。

 何を信じていようと、人数がたくさんいれば、理由は何であれ、破壊行動、犯罪行為をする人はいる。過激な思想にかぶれる人もいるし、若ければ、影響される信者もたくさん出る。年の若い個体は、たいてい馬鹿なものだ…と、中年になった今は、(若かったときの自分を含めて)思う。経験が少なく、自己万能感が強く、または力の強いものに追随するのは、若い時には当たり前なものだ。過激な思想、正論、そして選民思想にひっかかる要素は誰にでもある。
 そして…どの国にも、一定数、馬鹿はいる。人類は、バリエーションのある生き物だ。そういう仕組みで増えてきたのだから、しょうがない。そうするとやっぱり、「何にも考えずに戦わせておくのにいいタイプ」とか、「わかりやすいことを信じさせておくと、グループのためにしゃにむに働く」タイプとか「声が大きくて、リーダーのサポートをさせるのにいいタイプ」とかが、いるわけだ。それを「バカ」と呼ぶかどうかは別としても。

 まあ、一般的には、「リーダーに付き従う(意見を割れさせない)ことが、グループ全体の生き残りに有利」とか、「強いリーダーについておくと、生存確率が上がる」と判断するのは、割と本能的な動きなのではないかと思うけれども、それが、「正しいと思うことを、行動に移すこと」という若者特有のまっすぐさと、結びついたとき…。若者たちは「元気のありあまったただのバカがいっぱい」ではなくなり、「力を持った集団」になり…。それを利用する大人の思惑に、乗せられてしまう。

 カリスマティックなリーダーの下、正しいと思えることを「選ばれた私たちが」「ほかの意見を聞かないで」突っ走った時…。テロ行為になるのだと思う。意見にバリエーションを認めない、テロ集団、過激派。そういう風に呼ばれるようになる。


 このバリエーションを排斥する考え方という点で、イスラム教の人を国から追い出せ、入れるな、というアメリカ人は、ちょっと過激派に似ている。カリスマのある、強いリーダーに、ついていく、「やつら」を排除すれば、自分たちだけなら、ずっとうまくいくのだから、と。

 アメリカは、自由と平等のの国。
 アメリカでは、誰でも成功の可能性がある。

この理想には、「多様性」を認めるところから、始まっている。
そう思いたい人は多い。アメリカで生まれれば、誰でもアメリカ人。言論の自由、思想の自由、そして宗教の自由。
人種、言語、性別、年齢関係なく、すべての人が平等に「機会に恵まれる」国。

 誰もが成功するとは言っていない。でも、「アメリカの理想」は、「機会の平等」。人種、性別、思想、宗教によって、差別されないことを大切に思ってきたアメリカで、その理想を自ら捨てるような、「イスラム教排斥」。それでいいのか?と思う。
 
 そりゃね…。宗教によって、迫害された人たちが海を渡って逃げてきて作ってきたのがアメリカなんだから、憲法作るときに「キリスト教内の宗派違い」しか想定してなかったのかもしれないけどさ?イスラム教がだめなら、じゃあ、モルモン教は?仏教は?ヒンズー教は?誰か犯罪者を出したら、その時点で全員追放?ないわ…ってなるよね。キリスト教でも、いろいろ教派はあるんだからさ…その教派の人が、銃を乱射したら、どうなるわけ…? ということになってくる。「絶対ない」とは言い切れない。人間が生きている以上、脳みそに故障が起きないとは言えないからだ…というか、ロボットでもそれはあるだろうな…精神病というのは、誰にでも起きる。脳腫瘍だって、何千人かにひとりは、かかる。その時、人間は異常な行動に出る。「誰にでも、異常な行動に出る可能性は、ある」。…としたら。「私たち」は大丈夫、とは誰にも言えないということだ。

 何かに影響された個人と、その人と同じ属性を1つでも持っている人を、全員、同じに見ちゃいけない。
なぜ、いけないのか…というと、つまり「自分もまきこまれたとき、困るから」。

 女だから。アジア人だから。キリスト教徒だから。日本人だから。私なら、人数が多い順にこうだろうか。「ゲーマーだから」も、この中のどこかに入るだろうけど、
  「やっぱりあなたって、「    」だから、こうよね」…とは、みんな言われたくないものだと思う。

トランプ…。過激だよな…。勝つのかなあ。勝ったら、アメリカは大変だと思う。まだ現状維持のほうが、ましだと思うけどねえ。

相模原の大量殺人事件に思うこと

障害のある人間は生きている価値がない。こう思ってしまう人が出るのは、本当に嫌な感じがする。社会の「いいマナー」と「現代の常識」というものに照らせば、「誰でも、生きていける世界」というのが、理想ということになっているからだ。

大体において、昔は、障害が…それも重度の障害があったら、「生きていけなかった」。今のように医療が発達していない時代より、ずっとずっと前、例えば原始時代であれば、健康優良であることは、生き延びることに必然だった。そうでない個体は早死にすることになっていた。大人になれる個体は少なく、幼児死亡率は半分を超えた。「年寄り」とは40代のことで、平均寿命は35年を切ったという説もある。

体に障害があって生き延びるとすれば、軽度であるか、特殊な、ほかの人に出来ないようなことが出来るかということも争点になっただろう。手作業が出来れば、足が使えなくても共同体の一員として活躍できる。頭が特によければ「知恵袋」として、または戦略を立てるのが上手ければ、戦争のブレインとして。

どんなにつらくても、子供は「全員は大きくならない」ものだった。幾人かは死ぬので、「スペア」は大切で、一人っ子なんていう選択はなかった。増えれば増えるほどいい。少なくとも親が2人なら、それより数が多くないと、人口増は見込めない。増えて、グループとしての力をつけること。それが「集団としての人間」が生き延びる戦略だった。「個人」では生きていけなかった。

そういう時代には、「老人」になるのだって大変だ。2016年現在でいえば「若い」うちに死んでしまうのが当然なんだから、知識を蓄える時間は短く、伝えられる知恵は限られ、集合知はなかなか、発展しなかっただろう。
 人類が誕生してから、遺跡の残る文明に至るまでの時間が、結構長いのは、偶然じゃない。人類は、寿命が短すぎて知恵をためられなかったのだ。

 文明が発達して、人間が、目の前の食べ物と、生存のこと以外を考えられるようになって、宗教や、文学や、哲学が出来て…。文字を発明し、思索にふけり、子供たちに知恵を伝えてから、死ねるようになった。「老人の知恵」がいかせる、身体的能力のない個体が、知恵を使えるようになった時代。ひどいけがをして、体の一部がなくなっても、その場で見殺しにされず、生きのびて、経験をいかせるようになって、身体の障害があっても、やっていける、という考え方が出来た。
 
 生活に余裕が出来て、働けない人も「家族だから」と養える時代。子供の生存率が上がり、老人の寿命が延び…。
時代が進んでくると、「こども」に生存権が出てくる。「半人前、後回しがいやなら、働け。育てば、一人前」ではなくて、「大切に育てる」時代になったのが、中世ぐらい。それまでは子供の食事というのは基本、「あまりもの」。働く人が優先だった。働く人が、動けなくなったら「全員飢え死に」。それよりは、「子供が死んでいくが、スペアはまだいる」のほうがましという時代が、終わった。

 強いものが生き延び、弱いものは滅びる。この考え方は、ずっと強かった。なぜなら、それが「全員が体験している」ことだったから。それしか「全員知らなかった」。 
 生き延びること以外のことを考えられるようになったら、宗教や、思索というものが出てきて、それを広める人が出てくる。「弱いものは、守るのがいい」「強いものは、弱いものを虐げてはならない」「病気の人、けがをしている人を助ける人は、すばらしい」。
 
 自分が生存するだけで精いっぱいだった時代から、「よりよく」生きる時代へ。「自分がされて嫌なことは、ほかの人にもしない」「相互扶助」の考え方が受け入れられる時代になってきた。 人類は「野蛮」ではなくなってきた。文化、文明、社会の構造が、洗練されていく。

 人は、「自分も老いていく」のだと…。「突然死ぬ」のでない死に方を目にするようになってきた。人の助けを借りなければ生きていけない年齢を体験する時が自分にも来るかもしれない。人数が増え、余裕が出来たからこそ、生き延びる弱い個体。自分の子供が、そういうタイプだということもあるだろう。自分の体が弱いことだって、あるかもしれない。
 自分が、自分の子供が、体が弱かったとき。怪我をしたとき、病気になった時、老いたとき…。いい扱いをしてもらおうと思ったら、自分だけじゃない。「全員、そうするべき」なのだという考え方が、だんだん広まっていく。これが、近代。

 みんな、原始時代には戻りたくないのだ。土に掘った穴に柱を立てて、雨漏りのする家に住み、非衛生な環境で病気が蔓延し、老人は珍しく、赤ん坊は死んでいく。冬の寒さは致命的で、ちょっとした傷がもとで死ぬこともある。そんな時代に戻りたい人はいないだろう。老人になったら、けがをしたら、「役立たないから、死ね」と言われたい人はいない。
 私が、あなたが、老いたとき、病気になったとき、助けを受けて暮らしたいのであるならば、全員が…たとえそれが生まれつき障害がある人でも、全員がそれを享受できなくてはいけない。 そうでないのなら、どこで線引きをするのだろう。誰がそれを決められるのか。

 だから、この現代に、「当たり前の考え方」を持っている人は、「全員、生きる権利がある」と考えるのだ。自分が、なにかあったとき、排除されないために。自分が事故にあって、半身不随になったとき、市役所から通知が来る。
 「あなたは、市民として不適格と判定されました。安楽死決定が出ています。何日までにXX病院へお越しください」

黙って、身辺整理をして、家族に別れを告げ、去っていけるだろうか。

これはすごく極端な例かもしれない。でも、わかりやすいたとえだと思う。この事件を起こした人は、自分が病気になったとき、ひどいけがをしたとき、そして老人になった時のことをまったく、考えていない。または「俺はそうなったら死ぬからいい」と、とても漠然と考えていると思う。まじめに、交通事故に遭う可能性のことを考えたことがあったなら、現代人なら全員、「誰でも、そうなったときは、手厚く助けてほしい」と思うだろう。全員その可能性はある。そして、事故の被害がひどい結果に終わる可能性があるからだ。

だから、みんな、福祉政策にお金がかかっても、文句は言わない。
障碍者は生きていく資格がない…と堂々と言える人間は、「自分だけは、事故に遭わない、年も取らない」と思っている人間だけだ。

正直、馬鹿だと思う。

馬鹿は残念ながら、死ぬまで直らないということになっているので、のさばらせておくよりないが、考える力を持ったほとんどの人間は、そういう人に影響されないように、そして助け合って、やってきている。馬鹿に、負けないように。 こういうことが起こるたび、自分が強いと思っている馬鹿は、言うのだ。「弱い個体は死ね」と。

人類がやっとここまで、築き上げてきた社会を捨ててはいけない。冬の寒さで村が全滅し、旱魃で何万人もが飢え、子供が5歳になれるのが半分以下…。そんな世界に住みたくないものだ。今でも発展途上の国にはそういう現実がある。強い個体だけが生き残る世界が、まだある。それでも、少しずつ、よりよく…。みんなが協力して、そういう世界を変えて全員が生きていける場所に。それが、「文明」「文化」というものでは、ないだろうか。

 人間の多様性を受け入れていけるだけの文明が発展している現代の私たちは、洗練された文化人である。その自覚を持ち、先祖返りの野蛮な考え方は捨てていこう。そう、思う。

大丈夫か、トランプ…。

  私は、あんまり政治には詳しいほうではない。それほど気にしないでやってきてしまった…とはいえ、アメリカではあまりにも大統領選挙がにぎやかだ。いやでも目にするし耳にする。

 私は、妊娠中絶する患者を銃で撃つとか、医師を脅して病院を爆破する人はそりゃないだろう、と思っているし、銃で4歳が6歳をうっかり撃ち殺す事件が起こるこの国は、どうかと思うよ、ほんと…と思うし、人種差別はされてみればわかる、あれは本当にいやなものだと思うし…。というわけで、民主党か、共和党か…と言われるとやっぱり民主党のほうだな、と思うのだが(アメリカの投票権ないけど)、それでも、トランプの支持者、それもトランプの近くでサポートをしている人たちには、ちょっと同情する。

 大体、トランプ発言があんまり知的じゃないのはまあ…前から知られていたし、まったく政治経験がないという経歴を見ても、無理もないかなあ…とは思うけど、「もし大統領にならなかったら、また元の生活に戻るから」という発言は、そりゃそうだろうけどー。今それ、言ったらすっごい士気にかかわらないか?というのは、私にでもわかる。「ねえ…もっとましな候補はいなかったの…?共和党って、そんなに人材いないっけ?」と共和党支持者は思うだろうなあ、と。

 大統領選挙は秋、それも11月。今はまだ、真夏。これからいろんなことが起きて、どっちの候補にも上がったり下がったりがあるはずと、みんなが思っている時期。それで、「俺、もう負けてもいいしー」という宣言だよねえ、これ。戦う気なくすよね、これが、下っ端のほうなら、まあいい。やる気のないメンバーというのは混ざっているものだ。でも、トップの発言としては、ないな、と思う。

 まあ…トランプって「ISISを作ったのはオバマとヒラリーだ」とか、それはコント?なんて突っ込めばいいわけ?というようなことを言い出すかと思えば、KKKとの関与が指摘されたり(KKK(白人至上主義団体)方面からトランプを応援します、と言われたとき、イメージのことを考えたら「いや、それはお断りします」と言わなきゃいけなかったんだけど、はっきり断らなかった)、人種差別的な発言はもう、ここに例を挙げると多すぎるぐらいだし、自分のお母さんが移民で、おじいちゃんも移民…な割には、移民は全部犯罪者的ノリだし、この間の「銃の規制をされないためには、「銃の規制反対派には何かできることがあるかもしれない」」という発言は、確かに「ヒラリーを暗殺すれば、銃の規制が来ることはないだろう、やっちまえ」と取れる発言だったからねえ…。

 あれは絶対、共和党で、トランプの面倒見てる人たちは「うげっ」と思ったに違いない。さすがに、「大統領選で暗殺が起きた」というのは、アメリカ大統領選挙の歴史において最大のスキャンダルになるだろうからだ。トランプ自身が、どうこうという話ではない。でも、トランプの支持層には、脳みそまで筋肉みたいな人が多いのだ。血気にはやる若者が、「そうだな、ヒラリー殺せば、全部解決だよな」とズドンとやるというのが、「ないだろうそれー」と言えないだけの銃の数と人間の数が、あるのがアメリカ。

 もちろんヒラリー陣営もセキュリティはあるだろうけど、「初の女性大統領候補が、男性対立候補の支持者に暗殺される」…どれだけ野蛮に聞こえることか…。民主主義国家とも思えない乱暴さ、歴史が「百年ぐらい逆行」しているとヨーロッパ諸国から揶揄されてもしょうがないだろう。イメージがた落ち、共和党は自滅、サッカーでいうオウンゴールみたいなものというか、共和党のイメージが下がると、民主党のイメージが相対的に上がるからねえ。「逆キャンペーン」だ。。

 ていうかああいう時って、誰かがスピーチの原稿書いてるんじゃないの?あんな公的な場でする発言にしちゃ、あんまりだ。あれが誰かが書いたスピーチなんだったら、選んだのはトランプ…じゃないだろうから、あれはブレインの誰かの失策だと思うけど。もし、トランプが原稿にないこと口走ったのなら(多分こっちだと思うけど)共和党の支持者の人はお疲れ様ね、という感じだ。

 大体、私的な発言にしろ揚げ足取られるのが大統領選のイメージ合戦なんだから…トランプに演技させるのは無理だろうなあ…。スピーチが上手いかというと、そうでもないものね…あおる技術はあるし、インパクトはあるけど、それっきりというか。オバマは、スピーチが激烈にいいからなあ…。スピーチのうまさでいうと、オバマとか、クリントン(ヒラリーもだけど旦那のほうは特に)とかに、絶対かなわないからね…。聞いていても、英語が第二言語の私にも十分わかるぐらい違う。

 オバマは、「貧しい黒人層や、マイノリティ」の支持を取り付けるために、貧しい人の味方みたいな顔してるけど、実はエリートだし、知識層にアピールするからなあ…。発言も、すごく知性派という感じだし。それに比べてお金持ちだけど、頭が悪そうな発言が目立つトランプ。アメリカの良識が勝つか、金の力が勝つかみたいな勝負に見える。

 「自分も同じようなバカに見られたくない」人をどのぐらいヒラリー陣営に引き込めるか、ということになっていくんだろうな、と思う。割と、トランプのめちゃくちゃな発言を楽しんでいる人も多いんじゃないのかなあ、こう、テレビのショーみたいなノリで。トランプ陣営がつけこめるとしたら、そこだよね。「有名人」「面白い人」に大衆は弱いからね。

 これが大統領選挙じゃなくて、トークショーの司会決定戦なら、それでいいし、トランプ圧勝なんだろうけど…。あと、運動会みたいに勝敗決めて、へー、面白かったねー。で終わればいいんだけど、そのあと4年、トランプが「アメリカ合衆国大統領」をやる…ってこと考えると、やっぱり、ヒラリーのが、無難かな…という気がする。
 

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