LuckyDuckyDiary

服の整理

アメリカから帰るにあたって、服の整理。
着ない服って、持って行っても、持って帰っても、どーせ着ない。わかっているのに、持ってきたものがある。

ハワイの古着やさんで買った、そでなしのロングのワンピース。ハワイでは、何度か着た、かわいいものだったのだけれど、日本では、湿度が高いからか、材質の問題で肌にくっつく感じがして着なかった。アメリカで着るかな…と思ったけど、Tシャツと短パンという格好につい、なってしまって着なかった。もともとアメリカ製だし、サイズもアメリカ表記なので寄付決定。

 長いフレアスカート。これも、「なにかあったとき」つまり、ジーンズではまずいときに履くスカートとして持ってきた。
 この時期からもう、そういう外出はないはず!寄付決定。
 黒のパンツ。そんなに履き心地はよくなく出番が少なかった1本。これも「ジーンズまずい、スカート寒い」時の冬用お出かけ用にもってきていた。これも、寄付決定。

…これ…。いつ買ったか、思い出した。友達の訃報を突然聞いた時だ。
 あんまり派手な格好で行くのもまずいと思ったが、喪服なんて話はとりあえずあと。まず、友達の顔を見にいこう、と思った。
 なので、これは駅前の、服を売っているお店で、「黒」というだけで買って、とるものもとりあえず、電車に飛び乗ったのだった。
 下りた大きい駅で、まだうろたえながら喪服を買った。
 私が動転していることがわかったのだろう。百貨店の店員さんは、これだけあれば、大丈夫ですから、とひとそろい、いりそうなものをそろえてくれた。つるしの喪服、バッグ、数珠、ストッキング、ふくさ、靴。30代だと、友人の葬式なんていうものには、慣れていないものだ。
 
 友人も、みんな似たような慌て具合、まさかの事故だった。 実家においてある自分の喪服(着物)のことなんて、まーーーーったく、頭に浮かばなかったなあ。まさか、身内以外の葬式に出ることがあるなんて…。
  男性陣は、みんな「仕事のスーツに、ネクタイだけ、とりあえず外して走ってきた」みたいな恰好、女性は、私と似たような「とりあえず黒っぽい服出してきた」状態。彼女の家に集まった。
 お葬式の手配のお手伝いをして…。次の日みんなでじゃあ、って喪服に着がえながら、「ねえ…もっとみんなで、集まればよかったねえ…」としんみりした。今度は、黒い服着ないで、会おうね…って泣いた。

 ……もう10年ぐらい、たってる。このパンツ、何回履いただろう。全然はいてないけど、もういいや。寄付決定。

コットンレースの、ながーい部屋着。なんと20年物。あまりにもかわいい、お姫様ドレス状態になる。かわいいけど、惜しみすぎて結局何回かしか着ず、今回は断捨離の決意を込めて持ってきた。これも、アメリカで購入したので、アメリカで寄付決定。

 日本のユニクロのハイネックTは、どれも無事なのに、アメリカのWal-martで買った同じ形のTシャツは、1つは肩ほつれて穴が開き、もう1つは胴体と袖の継ぎ目部分にこれもほつれて穴が開いた。ぬう…3、4年着ているユニクロでも、そんなことないのに。値段も、ユニクロのは、790円から980円クラス、アメリカのも8ドルぐらいと、大差ないのに、去年の10月に買って、今年に入ってもう穴があくってどうなのよ。日本のユニクロ製品が日本で作られていないのは知ってるけど、多分縫製の機械とか、検品の技術とかは日本の消費者向けの技術でやっているんだろうからなあ。さすがだ。

…というわけで、これを捨ててしまうと家に着て帰る服がなくなるので断捨離ならず。次の秋口に同じタイプの服を買って断捨離しよう。アメリカで買った方は、帰るまで着て、捨てて帰る。

 夫婦で1本ずつ買ったジーンズ。安かったけど、そしてサイズもあったけど、このジーンズ、重かった。日本で愛用している普段着は、もっと軽いので、そっちが結局履き心地よかった。アメリカで寄付。
 夫のは、ポケットが「浅い」んだって。彼は新しい服を試着して買うのが大嫌いときているので、買わせるのは本当に、本当に破れちゃってから…という感じ、大変で、やっと1本買わせたのにーー。日本から持ってきたのは、どれも「これはさすがにもうだめ」と夫も言うぐらいまで傷んだ。乾燥機にかけまくったからね…。なので、このまま履いて帰って、日本で1本、なんとかしてもらう。(同意は取り付けた)。アメリカで買った分は、寄付決定。

 アメリカで買ったセーター。これは中古だったので、寄付決定。日本じゃ、着ないデザインだ。
 子供の服は、持ってきたものは去年のサイズで夏はぎりぎりだったけど、もう今はサイズアウト。寄付決定。
 今年こっちで買ったものは、このまま持って帰る。数が少ないので余裕。

…こうやって、いろいろ整理すると本当に、本当に毎日着る服って、少なくていいんだな…ということがわかる。
 アメリカで乾燥機となると、「乾かなかった」というのは全く起きないので、2枚ずつでもいける。
 そして、着心地がいい服は、やっぱり何回も着てしまうし、着ない服はやっぱり、着ない…。

 下着と靴下の古くなったのはゴミに出して、ストールや、スカーフも、300円ぐらいのだし、寄付決定。
 ネックウォーマーなんかダイソーの200円だからね。活躍したし、あったかかったけど、持って帰るほどじゃない。
寄付決定。100均の毛糸の帽子も寄付決定だ。

今着ている服も、乾燥機のおかげで十分傷んだ。もう絶対捨てる決心がついた。
 ちょっとずつ、荷物の整理が進んでいるというのは、いいことだ…。気持ちばっかり焦ってしまいがちだけど、なるべくコンスタントに、無理しないでやろう。
 
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パディントンのコート

【くまのパディントン】、最近でこそ映画になったが、私が子供のころ読んだ本は白黒だった。

パディントンは、さすがイギリス、トグルの付いたダッフルコートを着ている。
 多分、深いポケットがついていて、ウールの、みっしりした、本格派。
 カラー挿絵だと紺(映画でも紺だった)だけど、私は茶色だとずっと想像していた。

 この「トグルのついたダッフルコート」が、私はとても着たかった。なぜ、というのはもう今となっては…
ただ、パディントンの着ているこれが、とても、着たかった。次点で着たかったのが、プーさんのクリストファーロビンが着ている「マッキントッシュ」だった。

 当時小学校低学年。「秘密の花園」「小公女」「くまのプーさん」「くまのパディントン」「ピーターラビットのおはなし」…当時、好きだった本は、見事なまでにイギリスものばっかり。その後も、「メアリーポピンズ」とか、「リンゴ畑のマーティンピピン」とかに進んだから、やっぱりイギリスの本が好きだったのだね。

 子供のころの服というのは本当に自由にならなかった。大体次女という立場から言って、服は基本おさがり。昭和の子供としては当然だった。いとこ、はとこ、どこだかわからないぐらい遠くの親戚からもおさがりはあった。特に「よそいきのコート」などというものは、着用回数が少なかったのだろう、結構きれいなものもあったように思うが、「ちゃんとした」ものを、という祖母が買ってくるものまで含めても、「トグルの付いたコート」はカジュアル寄りということで、まず、なかった。

 絶対、ボタンだった。ウールの、ベージュの、ステンカラーのAラインのコート。
 今から考えたら、かわいいと思う。おしとやか寄り間違いないが、普段着ている「ジャンパー」とか「ウィンドブレイカー」とか、そういうものとは別次元のおしゃれなコート。

 暖かいし、「よそいき」だからと着る機会は少なかったが、だからこそおさがりでもきれいだった。
 コートの内側がタータンチェックのフランネルだったりして。なのに、「パディントンみたいなのが、ほしいなあ…」ってね。

 高校生ぐらいになって、コートを買うとなると、これまたお金を出す人の意向が入る。「無難で、いつでもどこでも着ていけるコート」となるとやっぱり、これもボタンのコート。そしてやっぱりステンカラー。

 大人になってから…もやっぱり、仕事に着ていけるコート…。これもボタンのコート。
 結婚して転勤で北海道へ。寒さのあまり、ダウンコート一択。それから十年ぐらいたつが、軽くて暖かいダウンコートが多くて、そういや、最近、ウールのコートを着ていない。

 結局引っ越し三昧の結婚生活で、今残っているウールのコートは、なんと!高校生の時に買った茶色のウール90%カシミア10%混紡のだけ。軽くて暖かくて、そして微妙に擦り切れいてるけどまだ着られる!ボタン付け替えたぐらい?

 30年。確かに、おばあちゃんの目が高かった、としかいいようがないだろう。30年、折々愛用。

でも…そろそろ、取り換えてもいいかな…と思うコートでもあった。確かに、古びてきている。

 この冬、見学に行った農場の直営ショップに出かけた。アルパカが飼われている牧場で、その「アルパカの毛糸」がほしかった。
 アメリカから、何を(自分の)お土産に持って帰るか…となったとき、アメリカ版2DSはともかく、アメリカならではのものがいいね…と思ったとき、「これはせっかく、アルパカもさわったし、記念に」と。

 みっしりもふもふ、かわいいアルパカ・・・・。茶色、白、ベージュと、いろんな色の子がいたっけ…かわいかったな…。
 
 帽子か、ネックウォーマーが編めるぐらい…

と思っていたら、コートが目に付いた。薄茶色の、本当にクマみたいな色のコート。トグル付きで、ポケットがあって、フードまでついている。

 アルパカ50%だって。
 私の頭の中でパディントンが着ていたコートにイメージピッタリ。

 「着てみる?」とお店の人に勧められて着たら、サイズもちょうどぐらい。軽い。

 ほしい…。

 「しょーがないな、今度の冬は、コートほしいとか言わないんだよ?」といいながら、夫は笑ってくれた。

 わーい。

 本の中に出てきた(かもしれない)服がほしい。
 これって、普通のおしゃれな人の好みとは全く違うと思う。
 
 でも…。茶色の30年物を断捨離して、これを着るんだー。

ねえ、でも…。1つ捨てて、1つ買ってたら、断捨離じゃないよね。単にいれかえただけ

断捨離って、意外と、難しい。

でも、今回はいいんだ…。これは私の、Bucket listなんだから。
  トグルの付いたコートを買って着る  
私のリストに、確かにこうやって、線が引かれた。

お風呂と洗濯

【ユタ州の高校で、シャワーと洗濯乾燥機を生徒が使えるようにした】…というニュースを読んだ。

ホームレスの生徒たちのために、と。ちょっと、「うっ」ってなる。これは、フェイスブックでシェアされていたニュースで、「こういうふうにニュースにはならなかったけど、私が高校生の頃も○○州ではこうなっていた」というようなコメントがいっぱいついていた。
 中学校の例もあがっていた。

 多分…。高校に行けるだけいいんだろうけど…日本なら、多分、こういう子たちは高校に行けていないだけなのかもしれないけど…。きっついなあ…と思う。アメリカには、国民保険みたいなものも、あんまりないし(トランプがオバマがだしていた保険システムをやめるといっているのもあるし)、生活保護も、つまり「戸籍」というものがないので、把握しづらいのもあって、民間の教会とかがやっているヘルプをのぞくと、こういう住むところもなくなったとき、家族ごと全員、どうにもならなくなる人が出る。

 今、日本で…と考えてみたら、やっぱり「未成年」であるということで、保護は受けやすいのではないだろうか。高校は、やめないとだめだとか、いけないとか、あるのかなあ…。…とネットで調べたら、高校生には、学費は支給されるらしい。
今は高校進学率は9割を超えて、やっぱり中卒では就職に不利ということからだって。よかった。

 日本の生活保護、不正受給とかが問題になっていたりするけれども、やっぱりそのあたりは少数。なきゃ困るんだな、と思った。大人は、自己責任論も根強いが、やっぱり病気やけがをして、働けなくなったとき、家族全員ホームレス、洗濯も出来ない、シャワーも浴びられない…というのはきついものね。贅沢なんか出来ないけど、せめて清潔な服を着て、シャワーぐらい浴びられるか、銭湯にいけるか…ぐらいまでは…。

 私は、お風呂がない賃貸にひとり暮らしをしていたことがある。銭湯がアパートの斜め前にあるという環境だったので、実は家にお風呂があるより快適かも、というぐらい堪能した。日本では、風呂ナシ賃貸=家賃が安いので、貧乏だと悪い選択じゃないけど、銭湯なしだと、確かに…。アメリカに銭湯が、あるわけないよねえー。

 豊かな国と言われているアメリカだけど、2つに分かれているのがよくわかる。
お金があれば、最高の生活が送れる。
お金がなかったらものすごく大変。

 お金持ちでも税金を払わなくていいようにするトランプの政策、オバマで進んできた貧乏人向けプログラムは、かなり縮小されるようだ。
 貧乏だったころ、湯船にためるお湯を惜しんで、シャワーのお湯も惜しんで、バケツにためたお湯を使って、お風呂に入っていたことのある私としては、(バケツ一杯で顔と体を石鹸で洗うのは慣れたら出来る。頭までは難しいけど)この、体が洗えない、洗濯ができないホームレス状態というのが、まざまざと想像出来たから、この国で貧乏…って大変なことだな…私が住む国は別にあってよかった…と思ったのだった。

駅の広告

これは、アメリカの電車の駅に合った広告。日本だと、「不審なものを見つけたら、お近くの係り員までお知らせください」というやつだね。

「It's never a bag full of money」で、訳としてはこうだと思う。

「中身が札束とか、絶対あり得ないから」
下の行は、不審なものをみかけたら、何か言おう…ということは、つまり黙って見過ごすな、ということだね。

なんだか、わかる気がする。噂とか、都市伝説とかであるよね、落とし物拾ってあげたら、中身が株券とか、お金とかで、お礼を2割もらっただけで、相当な額に…とか。きっとアメリカにも、そういう話が、あるのだと思う。

でも、現実にはやっぱり、爆弾とまではいかなくても、大したものが入っていないケースの方が多いものね。ふつーのカバンだったら、それはもう、届けてもらった人は嬉しいだろうけど!

アメリカで、こういう広告は、ちょっとめずらしかったので、写真に撮ってきたのでした。


*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…
インターネットの、普段使っていたものが、解約になって、モバイルの回線を利用中。
プリペイドなので、使い切って帰ろうという作戦なんだけど、これが遅いのっ。

皆さんのところをいつも通り巡回と思ったら、回線が遅すぎてタイムアウトになる。
タイムアウトになるときとならない時があるんだけど、なぜそういう揺れがあるのかは、謎。
ううう。日本に帰ったら、伺いますので、よろしくお願いします。

偏りのある文章

うちでは、息子をまだ塾に通わせていない。
高いんだ、塾代って…。

 そんなわけで、息子と一緒に家で問題集を使って勉強中。

 一応、息子には、「文章に書いてある情報が、いい、悪い、またはあっているか間違っているかということは、考えなくていい。文章が何を言っているかを読み取ることが求められているのだ」というようなことは説明済みだが、それでも、時々、違和感がある。
 
 今日の文章は、科学について。
 *科学は、いろいろな人が、自分の関心のおもむくまま、追及し続けた結果、発展した。

これはいい。

 *現在、科学の発展には、お金がかかる。個人でそういうことは出来なくなっていて、税金がかかっている。

まあ、これもそうだろうね。

 *みんなが本当に大事だと思うことに、お金を使わなくてはならない。

…まあ、いいとしよう。基礎研究なんて、地道なものだし、何が大事か、なんてわからないものだけど。

で、結論に導くブリッジが、「でも、本当に大事なことだけにお金を使ってない」「原子爆弾とダイオキシンが出来た」

最後の結論が、「悪意で作ったのではないが、20世紀の科学は人類を不幸にしているように見える」。

えーーー。なに、その最後の大跳躍!いや、「見える」と最後が主観ですよ、と言ってるだけいいのかもしれないけどさー。

で、その本の題名は「ヒマラヤで考えたこと」だって。

…ヒマラヤねえ。この人は、知らないけど、題名から行くと、登ったのかなあ。
 きっと、環境破壊とかに心を痛めた人なのだと思う。

 わかるんだけど、ここだけ見ると、すごーく違和感がある。飛行機に乗り、ヒマラヤまで行き、ゴアテックス着て登山する…いや、それ以前の問題。乳児死亡率が下がり、病気が治る薬が出来て、私たちは毎日科学の世話になって生きているんだから。

 自然は、そのままにしておいた方が、多分いいのだと思う。ヒマラヤに置き去りにされる死体、投げ捨てられるゴミの話は前から問題になっている。登る…というのは、つまり現地の人が、ではない。私たち、登山を趣味にするような贅沢な事が出来る国の人が、金の力で趣味を満喫している、そのことについて…。きっとそういう文脈なんだろうなこれは。

 発展した科学技術がまだ導入されていない場所の自然は、美しく残っているかもしれない。ただし、その場合は人間の住環境も、ぐっと昔風。乳幼児死亡率、病気、けがなどの医療、それから教育…。
 私たちは、科学の恩恵を受けるが、お前たちはその自然な環境で生き延びろ。そういうことなんだろうか。

 「いろいろなものを発見発明することで、幸福になるのだろうか」とこの文章は問いかけている。
 これは、よく調査にあるよね。大体、人間の幸福度というものは、ある程度までしか、そういうことには左右されないというのがあるみたいだけれど…。今から、科学技術を減らした生活をして、環境にかかる負担を減らそうというようなことを実践できるのかというと、やっぱり、難しい。

 ダイオキシン汚染を、どうしたら解決できるか。原子爆弾を使わないようにしましょう…そういう科学、文明、文化…というものを育んでいくしかない。

 科学技術の恩恵をここまで受けて暮らしている私たち日本人が…。衛生的な環境と、医療、温度管理された家に慣れた私たちが、「20世紀の科学は人類を不幸にした」と言っちゃいけないよな…と思う。科学技術がなければ子供のころに、死んでたかもしれないんだから。なんせ、原始的な環境だと、「半分」は5歳までに死ぬとかだからね…。

 これを言っていい人は、科学の助けを借りないで暮らしている人だけだ、と私は思う。
 それなら、説得力あるよな、と思うだろう。

 一つ一つの文章を読むと、間違いなくもっともに聞こえる。自然は大事。ダイオキシンは環境によくない。ダイナマイトのような大量殺戮が出来るものは使わないほうがいい。
 でも、これを全部並べたとき…。同じカードの表と裏のように、科学の、医療の、工業の発展が、隠れている。

こんな文章を、小学生の息子に読ませるのが、いやだな、と思う。
 例えばじゃあ、「じゃあダイオキシンがいいっていうのか」と聞き返されたら、答えはNOだ。でも、何が裏側にかいてあるのかということも…今日本人がいる環境が生き延びるのに好都合に作ってある、楽が出来る贅沢な環境だということも、一緒に書いてあるといい。

まあ、この本を書いた人が、ヒマラヤに骨をうずめる決心をして、もう現地に住んじゃって本を書いているなら、この文章はありだ。
知らない人だから、これ以上批判的なことは書かないけど…。

根源的なことをいえば、「何を幸せとするか」。ここなんだろうな。私は…やっぱりなるべく命がたくさん助かる生活がいいと思う。たくさん産んで、たくさん死んで、丈夫な人だけが、短く命をつないでいくのが、自然の姿なのかもしれないけれども、出来れば、生まれてきたら95%ぐらいの確率で生き延びて、年を取って、もう、十分だな、と思えるぐらい生きてから、去っていくという、現在のシステムが性にあっていると思っている。

 大丈夫。不幸というものは…または幸せというものは、主観的なものだから。「ユートピア」だったっけ。
 「不幸になることを、その自由を望む」という野蛮人が出てくるのは。虱に食われ、垢まみれで、病気になっても、それが自由なのだと。そう考えると、このテーマはかなり昔から使い古されたものなんだね。

 息子には、ものには、表と裏があって…。周りをぐるっと回ってみないと、いろいろ見えないことがあるのだと教えたい。
 *=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=
今調べたらこれは岩波ジュニア新書だった。ということは、中学生向けか。
 そして、この人はヒマラヤに行ったあと、環境保全に尽力したらしい。ふーん。まあ、もちろんこういう本を書くときは、「かもしれない」なんて語尾を濁すものではないんだろうからね。こういう書き方になるんだろうけど。

 しょーがない、日本に帰ったら全部読むか…。ここだけ、切り取られたのを読んだらどうにもこうにもキモチワルイ。

国語の問題となれば、起承転結がはっきりしているとか、わかりやすい構成になっているとか、問題が作りやすいとか、いろいろ条件がある上、一部だけ抜くんだから、こういう感じになるのも仕方がないのだろうけれど、こういうのだけ読んでいると考えが偏りそうな気がする。

淡々と、または朗々と

図書館では、朗読のCDとか、テープの貸し出しもある。
指輪物語はめちゃくちゃ長編だが、これの朗読音声があったのをアメリカの図書館で借りたことがある。

男性の声で、朗読されるそれを聞いていた。
うんうん…。こうなって…こうなるんだよね…。
愛読しているだけあって、場面がどこか、ということもちゃんとわかる。
朗読というのも、案外いいな…と思った。

トールキンの作った、指輪物語の世界には、エルフという種族がいる。人間よりも、姿かたちが美しく、もちろん声も美しく、詩を作り、歌を歌っても大変美声…ということになっている。

なにか、というと歌うんだな、この種族が。歌で悲しみを、喜びを表現するし、夜キャンプとなればまず歌う。焚火の周りで歌うキャンプソング…という感じではなく、切々、または朗々と歌い上げるその歌声が夜空に…
…といったような感じ。古い時代の物語や、美しかった先祖たちへの賛歌や…まあ、詩的なわけよ。

その「エルフが歌う」場面になったとたん、朗読のおじさんが、裏声になり、女性の声ぐらいの高さで、変なリズムを付けて、エルフ語を朗誦し始めた。

ちょ、やーめーてー。雰囲気台無し…。
おっさんが裏声で歌っているようにしか(それもヘタ)聞こえない。

メロディじゃないの、掛け声、それも変に抑揚がついていて、音楽的でもない。

これなら、淡々と朗読してくれたほうがましだってば…(エルフ語の発音は、作者が設定している)

ひぃいい、と思っているうちに、それほど長くなかった歌部分は終わって、また朗読に入った。
そのまま聞き続けた。

しばらくたって、エルフがどっさり住んでいるところへ着いて…

ああやっぱり…やっぱりおっさんが裏声で…。

その違和感に耐えられなくて、結局朗読は聞くのをやめてしまった。

淡々と朗読される中、自分の頭の中で比類なき美しさを想像することはできても、全く美しくないものを変な抑揚で聞かされながら、美しさを想像するのは、難しかった。
せめて、じゃましないで…という気分。

それ以来しばらく、指輪物語のエルフ語の部分を読むたびにおっさんの裏声で再生されてしまうというイヤな効果が残った(-"-)。

私は、ラジオドラマは好きだ。多分、「臨場感あふれる」とか「感情を込めたセリフ」とかも、ラジオドラマなら、喜んで聞いたと思う。音楽劇とかでも。でも…。朗読のおじさんが歌がうまかったら、それでよかったのかなあ…。そうでもない気がする。
ドラマが聞きたければ、そういうCDを選ぶだろう。

読書の代わりとして、ストーリーを頭の中に思い浮かべて楽しむというのなら、やっぱり、邪魔にならない朗読スタイルがいいなあ。

アメリカで引っ越し準備

要らないものが山になって出る。
こんなに、家にあったんだ…状態。ごみもすごくたくさん出る。引っ越しのたびに思うのだけれど、これ…全部捨てても大丈夫だったんだよね?ってなる。もっと早く捨てておけばすっきり暮らせたのかなあ…とか。

 息子の学校で同じクラスの中国人の家族が、いらないものをたくさんもらってくれた。
 アメリカでしか使わない、学校に持っていく文房具とか、電気製品で持って帰らないものとか、おもちゃや、パズルで、日本に同じものがあります…というものとか…。その家族も、短期で来ているので、あれば便利、買うほどでもない、もらえばうれしい、というものがたくさんある。

 息子が仲良くしてもらったし、どうせ、捨てるか、寄付するかなので、もらってね、と言ってばんばんだした。
 中国の、同じように引っ越していく人からは「売られた」そうで、(何代にもわたって使われ、結構ひどいものが多かったらしい)本当に、ただでもらっていいのか、とさんざんお金をオファーされたけれど、どうせ寄付するつもりで買ったアメリカで一番安いものとかだし、一年使い切って、正直壊れるかもしれない(アメリカの電気製品の安いのは、本当によく壊れる)し、お金をもらうほどじゃない、もらってくれないなら、ただで寄付に出すか捨てるんだから…となだめておいた。

 フライパンは「あるからいい」といわれたが、私が別に買った、フライパンのふたは、喜ばれた。

 アメリカ人はフライパンのふた、いらないけど、料理するときにいるよね?というのでそのママさんともりあがった。
そうなんだよ、いるよ。蒸し焼きにするとき、ふたは要る。ぐつぐつさせたいものもあるよね。そういうものがフライパンで調理される…というところが、ちょっと似てると思う。

 多分、使う調理器具が違うか、調理法がないか、どっちかだ。でも、中国と日本だと、共通点があるんだなあ。
深い鍋も、すごく喜ばれた。浅い鍋が多いんだ…。深い鍋は突然「イタリア」の鍋だったりして高い。この深い鍋は、グッドウィル、つまりキリスト教団体が、ただで寄付されたものを、売ることで利益を出すショップで、買った。

 家具は、「こわれていなければ」、こういうクリスチャン系の団体が電話をかけたら、引き取ってくれることが多い。
 布団、タオル、服などは、プラスチックの袋(ゴミ袋でOK)にいれれば、引き取ってくれる。マットレスは袋に入れなくてもOK。
 1年だけ使ったとかだと、もったいないし、毛布なんかまだまだきれいだから、十分使えるので、ぎりぎりまで使って洗ってから、引き取ってもらうことになった。羽根の入ったものは洗わないでそのまま持って行ってもらう。

 中国人のママさんと、話題になったのは人によって、「ただでもらっても売る」という人がいること。
 何世代にもわたって、短期滞在の人がいて、ただでどうぞ、ともらったものを売る人が時々混ざっているんだよね。
 なんとなく、せこい気がするよねえ、と。(せこい、という単語が見つからず、2人で沈黙した(笑))
 多分、「けち」で stingyだと思う。
 私も、ここに来たばっかりの時、「買いませんか」と日本人のグループの人からおすすめされたことがあったが、もうその時は必要なものは大体そろっていたのでお断りした。そういうグループに先に連絡取っている人もいるみたいだったけど、うちはすっかりそういうのを忘れて、テキトウにそろえたからなあ。
 駐在が初めてだったら、確かに…そういう連絡を前もってしたかもしれない。

 電子レンジと、掃除機は、日本人の人がほしいというので、譲ることになっている。
 お金は、もらえればうれしいけど、正直もう帰国寸前で、忙しすぎて、そんなこと考えている余裕がない。
 ただでないなら、いらないという人も多いし、だったら、売れるまで待とうか、というほど期限に余裕もないし、直前まで料理もしながら住んでいるのだから、ぎりぎりまでゆずれないし。
 部屋に山積みにしたのを、ありがとう、と持って行ってくれる近所の部屋を借りている中国人のママ友さんがありがたいのは、つまり片付くのが優先だから。

 要らなかったら捨てて!といって、どんどん引き取ってもらっている。ちなみに、粗大ごみであろうがなんであろうが、アパートの集積所に放り込んでおけば、持って行ってくれるので、引っ越しシーズンには、ベッドのマットレスが突っ込まれているのを、時々見たぐらい、アメリカのゴミ収集というのはものすごいので、捨てに行くのは、さほど手間でもないはず。

 全く英語をしゃべらない中国人駐在妻のグループがあるらしいので、いりそうな人がいたら、売るなり、あげるなりしてちょうだいっ。そのあと、誰も要らなかったら捨てて!というのにOK出してもらった。

 日本の引っ越しと違って、飛行機で国ごと引き払う、というのは、予定に全く変更が聞かないということでもある。
 えっほ!えっほ、と詰めて、多分だけど、日本に帰ってから、「なーぜーこーれーがー」というものが入っているんだろうな。
 毎回、どの引っ越しの時にも、「あ?捨ててもよかったのにね」というものと、「えーっと…。あれはもしかして、捨てちまったか…」というものが出る(笑)。
 
 ヘアターバンを2枚も荷物に入れていた私、何考えてたんだろう。結局1回も使わなかった…と思ったら思い出した。
そうだよ、私もっと伸ばすつもりだったんだな…とか思いながら捨てた。

 そして、ハンドクリームはほとんど使用していないが、ふたが開いてるので全捨て。最後にいつ使ったかすらおぼえていないってどうなの…。

 日本の食材で余ったのは、「ホイップクリームの素(粉)」と、だしの素ちょっと、それからひじきが惜しんで食べすぎて半袋残ったけど、もういいや、と捨てた。ホイップの素はないと思ったのではなくて、単に日本で出発前に残っちゃったので入れてきただけだしね…。だしの素は大袋を、ふた付の入れ物に入れなおして使っていたので、もらってもらうほどでもない。

 お米ももうないしな…。最後の日は外食にしてもらうから、最後から2日目になったら、調理器具と食器も引き取ってもらうことになった。

 もうすぐ。そう思って頑張る。

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    まこ

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